ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> BEGINNING-LIVE! 作:添牙いろは
その部屋の大部分はダブルベッドによって占められている。だが、ラブホテルなどではないらしい。パソコンデスクの上には二十四型モニタがニ枚とタワー型のデスクトップマシン。チェアは長時間座っていても蒸れないメッシュ製、これに巨大な背もたれと肘掛けが。仕事で使っているというより、趣味としての生活感がそこにある。
だが、これらはこの部屋の主によって買い揃えられたものではない。寄贈してくれたのは――ベッドに横たわってる男もそのひとりである。そして、膝を開き、男に跨っている方がこの部屋の主だ。
「ねーぇ、最初みたいに下からもズンズンしてよぉ」
杭を打ち込まれながらも逆に杭を打ち込むように、男に向けて女はたっぷりとお尻を押し込んでいく。が、男の方はぐったりと動く気配がない。
「も、もう……七回目だし……」
「一〇回は楽勝だってゆったよね?」
女はニコリと微笑む。そこに悪意は見えないが、茶化している様子もない。当然、男の方も開戦前はそのつもりだった。こうして相手をしてもらうのも数ヶ月ぶりだったし、己の精力に自信もある。だが、それを彼女は楽々と超えた。
「んん~? ちんぽ、少し弱気になってるよ」
だが、抜け出るほどではない。なので、彼女は男への接地面でぐるりぐるりと撫で回し――このあたりか、と具合を見定める。腰を少し斜め後ろへ引いたところで、ズイズイと腰を上下させれば――
「く、う、うぅ……?」
「ほぉーら、元気になってきたじゃん」
だがこれは、むしろ残された元気を最後まで搾り取ろうとしているに等しい。男は、二度と彼女に対して強気な軽口は叩くまいと心に誓った。そしていまは、何とか別のことに気を逸らさなくてはならない。
「そっ、そういえば……ちょっと面白い話があって……」
「んー? ナニ?」
上で跳ねては声も出しづらいかな、と彼女はすっと腰を止めた。が、興味を失えばすぐに再開されるだろう。
「最近、新歌舞伎町で――」
「あ、そういう話ならいーや。あの街、悪い
「だっ、だから――!」
男は必死に興味を惹き続ける。己の沽券を守るために。
「その街で、内部抗争というか、揉め事が起きてるらしくて――ッ!」
***
かつては、ストリップ劇場の入り口にはこのようなフラワースタンドがいくつも並んでいたと聞く。だが、イワ爺も実物を見たのは今日が初めてのことだった。
そして、当然
「ひ……ひえぇ~……」
祝・ご出演
通りすがりの人たちも、驚いているブレザー姿の女子学生がその本人とは思わないだろう。
「ファファファ。先日、ごそっと学生の客が来たと思えば、二回目の公演ですでにこれとは恐れ入るワイ」
義務教育を卒業すれば成人と見做されるこの時代、高校生がストリップ劇場へ来ることに違法性はないし、春奈も元々AVに出演していた身だ。だが、大っぴらに宣伝していたわけではない。ただ、クラスメイトの軽音楽部員――元は一緒の事務所に在籍していた友人からいつステージに上がるのか問われて答え――当日は、同じクラスの男子によって客席の一角が占められていた。
そして、二度目となる今日は、これである。
春奈の動揺っぷりに、プロデューサーも不安が絶えない。
「沖道さん……そのー……学校の方は大丈夫でしょうか……?」
一応、舞台に上がる際に彼の方から打診は受けている。何らかの形で入場制限を設けることはできる、と。だが、これまでビデオに出ていたのも周知のことだし、いまさら特別扱いは必要ない――春奈は、そのように断っていた。しかし、日常生活に支障をきたしては困る。
だが、そんなプロデューサーの懸念とは裏腹に。
「えーと、それは……何だかみんな親切すぎるというか」
「親切すぎる……?」
廊下を歩いていれば道を譲ってもらえるし、課題があれば手伝ってもらえるし、荷物はすぐさま肩代わりしてもらえるらしい。それも、男子たちの方から率先して。
「その見返りを求められたりなどは……?」
下心で動いているのなら、何か性的な返礼を期待されてもおかしくない。しかし、そのようなこともなかった。
「私、一応プロ……ですからね。ふふ♪」
仕事以外でのサービスは事務所の方に止められている――これは((吉座||よしざ))にいた頃から使っていた言い訳。発案は軽音楽部の友人だが、春奈も使わせてもらっている。自分たちのバックには怖い人たちがいるので、あまり変なことをすると――。最近始まった『はぐはぐサービス』との兼ね合いもあり、劇場の外では指一本触れることさえ恐れ多いようだ。
「代わりに……公式サービスの方で、クラスの男子全員とハグっちゃった気はしますけど……❤」
このときはきちんと監視をつけ、それ以上のことを求めようとする来客には然るべき措置を取っている。それで春奈本人が納得しているようなら、本当に何の心配もないのだろう。
「あー、
夕方の部であれば、プロデューサーが付きそうこともなく現地集合となる。
「サインくらいならしてあげても良かったんだけどー。ほーんと礼儀正しいよね、年頃の男子は」
と、桃は同い年の男子たちをそう評す。これまで付き合ってきたのが歳上の遊び人ばかりだったからだが、それより遥かに歳上であるはずの劇場の来客たちも、学生と同じくらい礼儀正しい。どうやら、こればかりは年齢の問題ではないようだ。実際、出待ち入待ちは禁止されているため、付近に怪しげな男の陰はない。みな、学生と同じようにファーストフード店なり喫茶店なりで時間を潰しているのだろう。
サービス精神旺盛な桃の物言いに、春奈も学校での一幕を思い出した。
「そういえば……サイン……? とかも欲しがられてるんですけど……いいんですかね、そういうの」
一応これも、事務所と相談してから、と言って断っているらしい。
「何なら、ブロマイドにサイン入れたろか。きっとバカ売れやで」
「ブロマイドって……ひぇ~!?」
当然、裸の写真である。春奈はさすがに恥ずかしい気もしてくるが、糸織の案はおそらく非常に有効だ。
「それでは、ブロマイドをご購入の方に向けたサイン会……を開いてみる、というのは如何でしょう」
「よろしいのではないでしょうか」
プロデューサーからの提案に、メイド服のしとれは即答する。先月の秋葉原のイベントで新たなメイドの誇りが芽生えたのか、日常的にメイド服で生活することが多くなった。彼女は、メイド喫茶に戻ることはなかったものの、元・メイド☆スターである。ポラロイドへのサインはこれまで日々のご奉仕としてこなしてきおり、そこに抵抗はない。
「おおっ、練習してきたあたしのサインがようやくお披露目される日が来たかっ」
桃はアイドルであることを意識して、密かにサインは開発してある。だが、これまで求められることもなかった。
「てかさー……いいよね、るなるん。うち、女子校だからさー……。扱いが雲泥の差じゃん。とほほ~」
男女共学の環境であればまだ理解もあるが、女子のみの集団となると――女性性を利用して稼ぐのは反則的と見られるし、地上波に乗るアイドルであればともかく、ストリッパーともなれば決して同性から憧れを集める職業というわけでもない。とはいえ、音声だけなら派手である。歓声を受けながらライブを披露している録音によって、クラスでの扱いは――かつて、あからさまに不審な男たちに囲まれてイチャイチャしているビデオが出回り、あからさまに避けられていた頃よりは――悪い関係を絶ってアイドル活動を始めた、と宣言したこともあり、それなりに学友関係は回復されたようだ。
いまはちやほやされている春奈だが、その取り巻く状況は少しずつ
「しっかし、最初は新鮮やからがっついて来るけど……今後何人残るかいな。ケケケッ」
糸織は健全な歌い手からアダルトサイトに転身した経緯があるからこそよく知っていた。開設当時は物珍しさから大量のアクセスがあったものの、脱ぐだけで通用するのは始めだけ。観るものを観れば次々と離れてゆき、その後も継続してついてきてくれたのはごく一部だ。しかし、そのごく一部であっても、元人気の歌い手である。春奈の同級生一同よりファンの数は多いはずだ。このスタンド花に感化されて自分にも送ってくれんかなー、と少しは期待していたりする。
これは糸織からの軽いイジリのつもりだったが、春奈にとっては減ってくれたくらいで丁度いいらしい。
「で、では、サイン会はその頃に、ということで」
「え~、みんな来てるうちにやっちゃおうよー」
「そうはいっても……このままだとクラスのみんなが私の裸の写真を持っている、ということになっちゃうし……」
それはさすがに恥ずかしい、と春奈は思う。が、おそらく春奈が期待するようにはならない。
「むしろ逆やで。減ってきたところでサイン会開いて、ファンを呼び戻すテコ入れにしようや」
「ひ、ひえぇ~?」
「では、やはりサイン会もある程度絞って……」
プロデューサーとしては、春奈のやりやすいやり方で進めたいと思っている。が、春奈自身はあえてそれに甘んじることはない。
「い、いえ……私のことはお気になさらず、皆さんと合わせてお願いしますっ」
その結果、クラス中に自分の写真が行き渡ったとしても。
「私……頑張りますから……はい❤」
こんなときの春奈が最も美しく輝くことをプロデューサーは知っている。恥ずかしいけど頑張る――だから、それを認めて褒めてほしい――今後、サイン会を開くことがあれば、みんなをしっかり労おう、と彼は心に決めた。
「今後の展開によっては、普通の色紙にサインする日も来るかもしれませんよ」
その一言に、メンバーたちの気も引き締まる。そんなときこそ、糸織は茶化したくなるのかもしれない。
「真っ白な色紙なら、“パイ拓”でも取ったろかいな」
聞き馴染みのない単語だが、何を意図しているかはよくわかる。だからこそ、桃は真っ先に乗ってきた。
「あっ、それならさー、乳輪をピンクで塗って、男のコの乳首にぺたーっってしてあげよーよー。その方が盛り上がるし」
桃発案の乳比べ――確かに盛り上がるかもしれないが、その催しは新歌舞伎町の中でしか盛り上がれない。
「お、男のコを脱がしちゃうんですか……? ひ、ひぇ~……」
真っ赤になりながらも、春奈は何故か嬉しそうだ。
「もはや、サイン会とは別物ですね」
否定はしないながらも、しとれは冷静に苦言を呈する。言い出した糸織も、何となくそんな気がしてきた。しかし、パイ拓を下ろす気はないらしい。
「じゃあ、CDの初回特典とかならどや? 誰のが入っとるかはお楽しみー、みたく」
「糸織さまはともかく、私と歩さまではそこまで違いは出ないのでは……」
しとれに言われて誰もが気づく。三人のための楽曲はすでに収録を行っており、外に向けて売り出すのであれば――その企画は、本当に実現させることができるのだと。
街の外は、もう手の届くところにあるのだと。
「秋の地方イベント……でしたね」
先陣を切るひとりとして、しとれも感慨深くフラワースタンドを見つめる。
「はい。来月にはオーディションが予定されておりますので、ユニットとしての完成度によってはエントリーしてみようかと」
「よっしゃ、実践に勝るレッスンはないわいっ」
そのためにも、糸織たち三人は多めにスケジュールを入れられている。今日も公演もそのひとつだ。オーディションに向けて、日々のステージを疎かにはできない。そろそろ開場の時刻となるため、彼はメンバーを現場へと促す。五人のアイドルに続いて彼とイワ爺は、建物二階へと足を向けた。
その背後で――
停まったのは黒塗りの高級車――というわけではない。ごく一般的な銀のカラーリングだ。ゆえに、振り向いたのはプロデューサーだけ。ただ、劇場の前に停車した車両があるようなので、少し気になったというだけのこと。だが、その助手席から降りてきたのは――
プロデューサーの驚愕が真っ先に伝わったのは女のコ集団の最後列にいた
先ず、誰もの目を引くのはその胸。桃ほどではないにせよ、歩やしとれよりも一回りは大きい。腰もしっかりくびれているからか、お尻も相応に膨らんでそうだ、と前から見ても想像させられる。そして、そんな丸みを支える骨格は思いの外しっかりしているようだ。身長も女子にしてはやや高め。凹凸が顕著な分、モデルのような体型にも見える。髪は元々癖っ毛らしくふわりと横に広がっているが、長く伸び散らかされていないため乱雑な印象はない。少しぼんやりとした目元。恥部を曝け出しながら恥じることなく自信を湛えた口元。彼女が只者ではないことを誰もが一瞬で思い知らされた。
が、何より彼が驚愕させられたのは――<スポットライト>――それも、こんなにも眩く――! それはまさに、原石どころか研磨済みの宝石が自ら転がり込んできたようなもの。あまりの奇跡に、プロデューサーは思わず放心していた。なので、糸織が代わりにツッコミを入れる。
「服くらい着んかいッ!」
路上から館内までの最も危険な領域はすでに踏破した。しかし館内とはいえ、全裸でうろつくことは推奨されていない。
だが、そんな常識的な指摘に、相手は不思議そうに首を傾げる。
「なんで? ここって裸になる場所でしょ?」
どうやら彼女は、ストリップ劇場という施設の意味を履き違えているようだ。
本来、TRKのメンバーたちは舞台の準備を進めなくてはならない時間帯である。しかし、プロデューサーの貞操が心配で仕方がない。本来、男性として女子の着替え中は控室の外で待っているべきなのだが――隙あらばプロデューサーの前でも脱ぎ散らかす女のコたちである。ならば、人手不足ということもあるし、彼も準備に加わった方が良い。実際、みな半裸のまま平然と声をかけてくる。
「Pクン、取り合うのやめときなよー。絶対おかしいって」
「どー見てもキチガイやろ。Pはん、時間の無駄やで」
何しろ、彼女の所持品は小さなハンドバックひとつのみ。服が入る余地すらなく、どこからその姿で来たのかすら未知数だ。
「けど、怪しすぎて逆に怪しくないような気も……」
「春奈はん、意思が弱すぎるでっ」
簡単に認めつつある春奈を糸織はすぐさま制す。
「私は、店長の意向に従います。ですが、もしものことがあれば――」
その力強さは――店は店、自分は自分、と切り分けていたしとれとは思えない。そこで、歩は単純な解決案を提示した。
「なら、私たちも同席すればいいんじゃない? このまま」
このまま、というのは――紫希と同じように全裸で、の意。着替えの途中だったからか、歩は裸で話に割り込んできた。そして、それが最も有効であると一同も納得する。
「せやな。
「すべてを脱いでおけば、あとは着るだけ。用意も最短で済むでしょう」
元々誰もが脱ぎかけだったこともあり、歩に続いて次々と残りを脱ぎ始めた。ブラを外せば大小様々の乳房が顕になってゆき、パンツを下ろせば柔らかそうな白桃が次々と顔を出していく。ステージ本番の支度のことは気にしつつ、ここは歩たちに従うしかなさそうだ、と彼は諦観していた。
プロデューサーであっても、ここまで全裸のメンバーに囲まれることはあまりない。ぞろぞろと五人の女のコを引き連れて、来賓の待つ客席の方へ。外から全裸で来ていただけに、その光景に物怖じもしない。むしろ、しっくりきているようだ。
「なぁんだ、やっぱ脱ぐ場所じゃん」
だからこそ、むしろ彼の方が異質に見える。
「で、
「ひえっ!?」
露骨な物言いに、春奈はつい赤くなってしまった。そして、この初々しさこそ春奈の売りでもある。
脱がないかと言われているのが自分のことだとプロデューサーも理解した。が、その要請に応じることはない。
「はい、このままでお願いいたします」
「そっかー、残念」
彼女はロビーから入ってすぐの席に座っていた。そして、ちょうど目の高さにある彼の股間をじっと観ている。その視線に気づいたからこそ、歩はすぐに彼を彼女から引き剥がし、通路を挟んだ逆側の席に座らせた。やや離れているが、会話をするには問題ない。そして、彼を背後から取り囲むようにメンバーたちが寄り添った。それは、まるで威嚇するように。それでも、先方がそれを気にしている様子はなさそうだ。
どこまでも図々しい部外者ではあるが、桃はほのかな期待を寄せる。
「それで、えーと……Pクンとエッチしにきたー……ってワケでもないんだよね」
もしそうなら――自分も混ぜてくれるのならそれでも構わない。が、ふたりはそれを断固否認。
「そういうのはダメですよっ。プロデューサーさんはみんなのプロデューサーさんですからっ」
「確か、
春奈としとれはしきりに話を進めたがる。だが、その強い意志がつい積極性に現れてしまっていた。
「って、ナニPはんにチチ押し付けとんねん」
「ひえっ!?」
「け、決してそういうわけではっ」
ふたりの体勢は彼の肩を胸に挟み込むような塩梅となっていた。それに対抗すべく、糸織は後ろから襟首に両腕を絡める。
「うわズルイ、ナニしてんの!」
「ほれ、ウチ貧乳やからな。こんくらいせな感触わからへんやろ」
背中に向けての糸織のアピールは桃からの抗議さえ物ともしない。ならば、と桃は正面から。しかし、これでは何も見えない。
「
部外者は勢いよく席を立つが、そこに注がれるのはメンバーたちによる鋭い眼光。前後左右から隙間なく彼をブロックしている。見かねた歩が、自分たちの不始末を仕方なく正すことにした。
「ほらほら、みんな席に座って。私たち、すぐにステージもあるんだから」
それで我に返って、各々プロデューサーから離れていく。これでようやく話が始められるようだ。
「それで、吉座に関する情報ですが……」
「ま、情報ってほどでもないけどね~」
彼女は
「セックスして、ちんぽたちから欲しい物もらってー」
母も、そうして暮らしていた。だから、自分もそうしている。子供の頃から、そんな母の姿を見て育ってきた。それゆえに、自分もそんな生き方しか知らない。
「けど、最近悪いちんぽに言い寄られて困ってんだよねー」
紫希はハンドバッグから一枚の名刺をつまみ出した。それを引き渡すために身を乗り出すと、たわわに実った二房が前のめりにふるりと揺れる。それに気を留めることなく、彼は名刺を受け取った。その名刺は、彼が転用されたものとも違う。だが、会社名のところだけは吉座の名に差し替えられていた。
「アイドル自体は興味あるけどねー。悪いちんぽとは関わりたくないんだ」
「アイドルに興味がおありなのですかっ!?」
前向きな姿勢に彼は思わず脱線しそうになる。
「オーナー、いまは吉座の件でしょ」
どうやらこの紫希という女性に素質を見出したのだろう、と歩は察した。が、スカウトはあとにしてほしい。
歩に言われて恥ずかしそうに、彼は再び姿勢を正す。
「それは、この男性たちでしょうか」
今度は彼が情報を示す番。プリントアウトした写真は常に持ち歩いている。だが、喫茶店での一幕を一瞥するなり、紫希は嫌そうに顔を背ける。
「うわっ、そうそう。しまってしまって。ゲボ吐きそう」
酷い言われようだが、確かに紫希は吉座と接点があるようだ。
「悪い……と申されましたが、そのー……どのような被害に……」
「すっごくキモチワルイ思いしたッ!」
その内容は話したくないらしい。ともかく、重要なのは吉座の足取りである。
「えー……では、撮影に使われた施設でも、スタッフでも、何か覚えている限りのことをお教えしていただきたいのですが」
「撮影? スタッフ? 何のこと?」
どうにも話がつながらない。吉座と会っていることは確かなのだが。紫希の状況が伝わったのは残念ながら歩のみ。
「もしかして……写真見て気持ち悪かったから、それ以降関わってない、ってこと?」
「関わるワケないじゃん! そんなキモイちんぽとなんて」
よほど毛嫌いしているらしい。
「なのに、何かとDM送ってくるし、うちの近所もうろついてるみたいだし。それ以来、新歌舞伎町って嫌いなんだよねー。こんな悪いちんぽばっかなのかー、って」
紫希が彼らのことを下半身で呼ぶので、糸織もてっきりある程度は進めてしまったのかと思っていた。
「なんやねん。見てもないのに悪いちんぽ扱いってか」
「だから、見てるからこそ……って、ああ、
紫希の言いようはあまりにも独特である。
「紫希ね、ずっとママのとこでちんぽ見てきたから。服着ててもいいちんぽと悪いちんぽくらいわかるよ。まー、実際にセックスしてみたらサヨウナラ、ってのもあるけどね。そのちんぽたちの邪悪さは特別。ご対面だってしたくない」
この奇妙な言い回しによって、ようやく皆も把握した。紫希は、男性のことをそう呼ぶのだと。把握したとはいえ、春奈にとっては恥ずかしい。
「では、その
「ん、ちんぽのことだよね」
逆に、紫希はそう呼ばないとしっくりこない。
「けど、そういう呼び方は……」
「でもみんなも呼んでたじゃん。PクンとかPはんとか」
ぼんやりしているようで、紫希は意外と周囲の会話をよく聞いている。が、真意は伝わっていない。
「……念の為にゆっとくが、PはんのPはプロデューサーのPやで」
「あ、ペニスのPじゃないんだ」
案の定の捉え方だった。
「なら、紫希はペニスのPってことでPちんって呼ぶよ。それでいい?」
「……はい」
男の人は男性器で呼ぶのに、女である自分は女性器で呼ばないんだな、と春奈は余計なことを考えていた。
それはさておき、状況を整理すると――実に不毛な時間であったと糸織は結論づける。
「んなら<<プロデューサーはん>>、このコから得られる情報ってもうないんじゃ……」
先程の解釈があったので、糸織はあえて略さずにそう呼んだ。しかし、きっと本当に紫希にはもう何もないのだろう。だからこそ、歩には違和感があった。
「それだけを伝えるためにここまで来たの? 新歌舞伎町は嫌いじゃなかったっけ」
本当に嫌いならば関わりたくすらないはずだ。けれども、だからこそ紫希は来ている。
「あの悪いちんぽとケンカしてるって聞いてね。それならどんなちんぽだろう、って気になったんだー」
「で、Pクンのちんぽは、どう? どう?」
前戯までなら体験している桃は、自分の感覚と一致するかが気になる。そして、紫希からの評価は。
「ひとまず合格かな」
「だよねっ!」
桃は、紫希とは気が合いそうだと期待する。
「だから、ちゃんと脱いで見せてほしいんだけど~ぉ?」
今度は紫希が睨まれることはない。むしろ、女子たちからの視線が彼の方へと注がれる。
「そ、それはまたの機会に……」
彼は恥ずかしそうに膝を閉じる。
「では、吉座の件はここまで、ということで。皆さん、ステージの準備に入ってください」
そろそろ本当に開場間近だ。
「ほんじゃ、気ぃつけて帰るんやで。またあんさんの
「うんー。紫希、そのつもりで服着てないからねー」
どうやら、全裸で外を出歩いてはいけないことくらいは認知しているらしい。
が、ここで彼は彼女を引き止める。
「お待ち下さいっ」
その真意に気づいていたのは歩のみ。それを彼ははっきりと告げた。
「姫方さん、あなたもアイドルユニットに加わってみませんか」
「なっ、ナニ考えとんねんPはん」
糸織には、このコにアイドルが務まるとは思えない。そして、しとれも同様の感想を抱く。
「誰彼構わず声をかけているわけでないことは存じておりますが……」
「んー……確かに、素質はあるかもねー」
桃が指すのは痴女としての素質だが。
「ふぅ~ん? どうしよっかな~? ストリップアイドル、だっけ? ただ唄って踊るだけじゃないんだよね」
そこに否定的な含みはない。むしろ、抱いているのは期待――彼女の背後から差す<スポットライト>がそれを証明している。
「では、実際のステージを観ていただく、というのは」
「うんっ!」
即答だった。きっと、最初からそのつもりだったのだろう。
***
ステージの袖からでは舞台を満喫することはできない。だが、ストリップ劇場とはいえ、全裸で鑑賞されては周囲の客が目のやり場に困ってしまう。ということで、脱いだ歩の服を着せてもらうことにした。下着までは貸していないので、乳首が浮いてしまっている。だが、ここの観客たちは紳士であるため、それをジロジロと意識することはない。というより、若い女性が席にいるだけで萎縮してしまう。特に、春奈の応援にやってきた男子学生たちには直視することすら叶わない。そんな様子を、逆に紫希は楽しんでいた。
とはいえ、舞台が始まればすぐに関心は壇上へと移る。ただし、TRKのメンバーたちは集団で上がる事情もあり、まだ彼女たちだけですべての枠を埋めることはできない。なので、外来のスタンダードなストリッパーたちを中心に、桃と春奈、歩・糸織・しとれの二組がそれに加わっている。
そもそもストリップとはダンスショーであり、TRKのように唄うことはあまりない。だからこそ、唄いながら脱いでいく女のコたちに紫希も夢中になってくれている。それは、客席の隅から様子を窺っていたプロデューサーにも<スポットライト>という形で伝わっていた。このユニットのベストメンバーである歩たちがプログラムに加わっていたのも僥倖だったといえる。
他のステージも、紫希は興味津々で観覧してくれていたようだ。しかし、やはり注目していたのはTRKの舞台だろう。これで、魅力は充分に伝わったはずだ。
***
夕方の部が終わると、彼はTRKのメンバーをカラオケボックスまで送り届ける。夕方と夜の幕間は意外と短い。外部のダンサーたちはそのまま劇場に残り、続く第二部に向けて準備を進めているはずだ。本来ストリップ劇場は、時間によって内容の違いはない。夕方の部も夜の部も同じキャストによる同じ演目が観劇できる仕組みになっている。しかし、TRKについては学校の都合や熟練度の関係から安定した出演が難しく、『TRK』の枠としてメンバーを適宜入れ替えることになっていた。比較的時間の浅い夕方は若いファンを見込んだ春奈や桃、夜は玄人好みの
「むぅ…あたしもレポートがなければ夜も出たんだけどなぁ……」
と桃は悔み、
「
PAリストを見ながら、春奈は敬意を表している。が、実際のところ、優はまだ入ったばかりだ。ソロではひと枠が限界である。
「そこは、
歩もまた、ひとりでフルを唄うことができない。そこで、ふたりを急遽組ませることで、空いたひと枠を埋めることとなった。なので、歩は劇場に残り、後行した優や花子と共に支度していることだろう。
そんな花子だが、出立前にしっかり置き土産を残してくれていた。
「ふむふむ……あとは火を入れるだけ……さすがは花子さんです」
やはり食事はできたてが美味しい、ということで、花子は夕方の部のメンバー分の下拵えを済ませてくれていたらしい。春奈が調理に慣れていることは花子も知っている。メモさえあれば、最後の仕上げくらいは申し分ない。
「えーと、食べていかれる方は……」
カラオケ暮らしである桃は返事より前に席に着いて待っている。
「それでは、私はいただきましょう。お手伝いします」
「ありがとうございます」
しとれは自ら厨房に入ると言う。
「んーと、ウチは……」
糸織は食べていくことの方が少ない。すでに自分の分は用意されていないのではないか、と尻込みしている。そんな小さな背中を押すように、大きな手の平が小さな肩にポンと下ろされた。糸織にしては珍しく、びくっと身じろぎ頭上を見上げる。
「食べていかれては、如何でしょうか」
少なくとも、欠席となった歩の分はあるはずだ。
「……ん、そやな。折角やし、ご相伴にあずかるわ」
人数は決まったので、春奈としとれは厨房へ向けて退室していく。そして、桃に手伝う気はないらしい。
「わっ、レアイベントが発生したっ」
桃に悪意はないのだが、これに糸織は何も言えずに苦笑する。そんなレアキャラに、桃は胸を押し付ける勢いで急接近。
「これはもー、食後にみんなでゲームするっきゃないっしょー。スマホのやつさー」
迫りくるふたつの厚い脂肪をお嬢様はグイグイと押しのける。
「レポートはどないしたんや、女子高生」
「ぅ、それはその後。せっかくしおりんがいるんだし」
「ネトゲならちょくちょくやっとるやろ」
「対面でやるからいいんじゃんー」
あまり店舗には立ち寄ることのなかった糸織だが、ゲームの中では意外と会っていたらしい。だが、それでも残念ながら今日は別に気になることがある。
「てかなぁ……Pはん、機材の棚卸し、そろそろやろ」
「あ、はい。そうでした」
彼も、言われて思い出した。このままでは使用できない部屋が出てきてしまうかもしれない。
「それに、食材の手配とか……そーいや
「はい、それはこちらでも把握しております」
「で、誰に入ってもらうんや?」
「それは、これから……」
すべてが後手に回っている。このままだと、
だからこそ。
「しゃーないな、ウチに任せとき」
「丘薙さんがシフトに……?」
彼女は従業員契約さえ結んでいなかったはずだ。
「アホ。ウチはそーいうん向いとらんで」
そのために、就職活動もうまくいかなかった。彼女は人の下で動くキャラではない。
「こー見えて、ウチはそういうん慣れとるからな。十五んときにゃ店一軒任されとったくらいやで」
「え、マジ?」
糸織がお嬢様だと桃も知っていた。とはいえ、いまの自分より若い頃から店長を担っていたとは恐れ入る。プロデューサーも、丘薙家令嬢の経営手腕に疑うところは何もない。
「……では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「おぅ、そしたら一先ず状況の整理だけしとくから……すまんが情報の場所くらいは軽く一通り教えてくれへんか。詳しくは帰ってからな」
彼はこれから夜の部のために劇場に向かわなくてはならない。そして、戻ってくるのはそれが終わってからになる。
「遅くなってしまいますが……」
それから説明していては、終電に間に合うかも怪しい。だが、それも承知の上で。
「かまへんやろ。今後はウチもこっちで寝泊まりさせてもらうわ」
これまでは、自分は自分、ユニットはユニット、と切り分けてきた糸織だったが、この間の一件で少し意識が変わったらしい。あの窮地であっても、ひとりで切り抜けることはできたはずだ、と糸織はいまでも確信している。だが、彼の救いの手は、正直ありがたかった。少し照れくさいけれど――組織のために貢献するのも悪くない。ただ、自分にできることで。
「っつーわけで、ちょいと頼むわ。あんま時間がないんは知っとるけど」
彼の役目はあくまでメンバーを街の外まで送り届けること。あまりここでゆっくりもしていられない。何より、紫希を控室に残してきたままだ。
どうやら、糸織はこれから小難しいお仕事に着手するらしい。このままでは、残された桃は暇になってしまう。
「そろそろご飯もできる頃かなー。あたしも手伝いにいこーっと」
細々としたことは苦手だが、皿を運ぶくらいならできる。空腹に任せて、桃はひょいひょいと退室していった。
さて、引き継ぎ資料であれば、彼自身が先代から受けたときのものがある。一先ずはそれを読んでもらうのがいい。
「では、手短になりますが」
プロデューサーは糸織を部屋へと案内しようとする。だが、そんな彼に糸織はニコリと微笑んだ。
「今後は店長代理として務めさせていただきますので、よろしくお願いいたしますね」
突如、大阪の
***
一方その頃――
劇場は入れ替え制であるため、紫希を客席に残しておくわけにはいかない。そこで、部外者ではあるものの、控室で待機してもらっている。ここは会議室のような広さがあり、実際、会議用の長机と椅子も並べられており、本番前の最終打ち合わせが行われることもあった。その他、更衣室兼――隅にはパーティションで区切られたエリアがあり、そこは来客用の応接間としてソファと座卓が用意されている。
踊り娘たちが着替えている間――紫希は来客ではあるのだが、目についた会議用の椅子に座っていた。暇そうにスマホをいじり、誰と話す様子もない。それで、歩は部屋での居残りを買って出た。紫希をひとり残したままみんなで舞台袖に向かうことはできない。きっと、もうすぐオーナーも戻ってくることだろう、と。
ただ、ふたりきりになると、さらに気まずい空気になってくる。すぐに脱ぐとはいえ、せっかく可愛い衣装を着ているのに、これでは心が踊らない。会議用の長机もいまはだだっ広く感じられる。四人ずつ向き合った八人席の角と角で、ふたりは黙ったまま、時間だけが過ぎていった。
ひとしきりスマホでやることを終えたのか、紫希は机に端末を置く。そして、いそいそと服を脱ぎ始めた。客席へ出るために歩から借りていたものである。
「これ、返すねー」
「う、うん……」
ということは、
紫希もまた、会話のきっかけを探っていたようだ。このやり取りを契機として、舞台を見ながらずっと尋ねたかったことを口にする。
「ねぇ、何で
「え……?」
それは、あまりにも斬新すぎる質問。
「最初からおかしいと思ってたんだよ。階段で会ったときは
モブ――群衆のひとり――紫希が華やかな女のコの集団を目の当たりにしたとき、最後尾にいるのはバックのスタッフか
「それが、裸で会ったときはめっちゃ存在感あって。ねえ、何で服着てんの?」
紫希はストリップの機微を理解していない。最初から裸で踊るのではなく、踊りながら脱いでいくからこそ意義がある。確かに、初舞台は全裸スタートだった。それは、初めてのお披露目だからこそ最善を尽くすため。ならば、服を着た歩は――
「それは……いつかは服を着たままで唄うために……」
「服着たいの?」
「だって……着なきゃここのステージしか上がれないし」
「じゃあ、このステージだけでいいじゃん」
「え、え……?」
その言葉一つひとつが、歩の信念を揺るがしていく。
「だって……来月には、オーディションも……」
「本気? そんな調子で受けるの?」
あまりに辛辣すぎる観客の毒舌に、歩は言い返すことができない。
「紫希ね、あのステージを観て思ったんだ。あんな
恥ずかしいこと――それは、裸になることではなく、無様なステージを見られること――
「けど、練習を積んでいけば必ずいつかは――」
歩自身、脱衣前の拙さ――思うように踊れず、思うように唄えず、そのもどかしさは身に染みている。だが、いつかは服を着ていても自然に動けるようになるはず。プロデューサーは『ユニットの仕上がりによっては』と言っていた。次は間に合わなくとも、その次はきっと――
「ファファ、残念ながら、あまり時間はないぞい」
カチャリと扉を開いたのはイワ爺だった。決して聞き耳を立てていたわけではない。ただ、舞台が始まればバーカウンターは閉じるので、控室で一休みしようと思っただけのこと。
「聞いてしまった以上、
イワ爺にとっても歩は一番の踊り娘である。伝える機会がなかったのならともかく、伝える機会に秘匿するのは老人なりに気が引けた。
「え、それってどういう……」
支配人の素振りは何気ない。しかし、纏う空気には非情なまでの重さを感じる。
「実は、この劇場を売りに出す計画が進んでおってなぁ」
「イワ爺さんッ!?」
そんな話は歩も初めて聞いた。
「すまんが、老い先短い身でも今後の蓄えが心細くてのぅ。何より……下手打つとファンムードに潰されるかもしれんからなぁ」
「そんな……その件については賛同してくれたはず……」
打倒・吉座の席で一緒に盃を酌み交わしてくれたのに――落胆以上の失望を禁じ得ない。しかし、イワ爺は飄々とそれを躱す。
「ワシが賛同したのは吉座のやり口に対抗するところまでじゃよ。確かに、ヤツらのやり口は目に余るからの。けど、失敗したときの火の粉はこの老骨にはいささか熱すぎるわい」
だからと言って、そんな急に――と思えないのが歩自身にも不思議だった。イワ爺には何かずっと不穏な陰を感じていたような気がする。それは――しとれ・花子と共にスパに向かっていたときからかもしれない。眠い時間帯だと自称しながらその時間にわざわざ動く理由――きっと、この件だったのだろう。
「それに……秋のイベントには出るんじゃろ? じゃったら、この劇場がなくなっても問題はあるまいて。ファファファ、応援には向かわせてもらうぞい」
やはり、彼もまた新歌舞伎町の老獪だった。最初から若者たちの手に負える相手ではなかったらしい。とはいえ、イワ爺としてももう少し黙っていたかった。彼女たちが羽ばたく姿を見ていたかった。こんな話をしてしまっては、この部屋で寛ごうという気分にはなれない。少し狭苦しいが、支配人室に戻るしかないだろう。扉を開けたばかりの敷居を跨ぐことなく、イワ爺はその場で踵を返す。
そこで、彼はプロデューサーと鉢合わせた。ようやく戻って来てくれたことに、歩は一先ず安堵する。しかし、考えがまとまらない。こんな状況で、舞台に上がることなどできるのだろうか。
しかし、上がらねばならない。優とも、プロデューサーとも、そのように約束している。
行かなくちゃ……紫希ちゃんのことはオーナーに任せて、私は舞台袖へと向かわないと――歩は意を決して席を立つが、その足もとは頼りなく震えている。
「何かあったのですか?」
「ファ、ファ。それはセンターの娘っ子から聞いとくれ」
これ以上は隠すつもりもないが、あまり話したい内容でもない。前途洋々な若者の道を妨げるようなことは。
歩にも、自分がTRKのセンターである自覚はある。だが、それは全裸限定。我ながら、何と脆弱なセンターなことか。
イワ爺が去った扉を歩もまたくぐっていく。
「わ……私……大丈夫だから……。絶対、服着てても唄えるようになるから……」
その様子は明らかにおかしい。だが、呼び止めることができなかった。止めてくれるな、とその背中が言っている。もし止められてしまったら――これ以上立っていることすら叶わなくなるだろうから。
小さな後ろ姿から目を逸らし、彼はパタンと扉を閉める。こうして、プロデューサーと紫希のふたりきりとなった。ステージ中は、確かな感触があったはず。しかし、いまはまったくそれがない。
紫希は、完全に白けている。ゆえに、すぐさま本題を切り出した。
「ねー、アイドルにならないかー、って件だけどー」
そして、つまらなそうに言葉を続ける。
「やっぱやめとこうかなぁって」
「何が……あったのですか……?」
腰を据えて話を聞くため、彼は歩が座っていた席に腰を下ろした。
戸惑う彼に、紫希はあっけらかんと感想を述べる。
「そりゃーさ、すっごく楽しそーだとは思ったよ。けどねー…やっぱ、紫希には無理だなーって」
それは、彼にとって意外な反応。今日のステージは、これまでの中でもとりわけ完成度が高かった。それが逆に気後れさせる原因となった――ようにも感じられない。
「そんなことはありません。練習すればきっと――」
「てか、できてないじゃん。あのコだって」
あのコ――それが、いま出ていった歩のことを指すと彼にもすぐわかった。
「蒼泉が……? 彼女はこのユニットでも一番の……」
歩で納得してもらえないのならば、誰であっても届かないだろう。しかし、それは紫希も承知していた。
「だろうね。
その指摘に、彼はギクリと肩を震わせる。
「けど……脱ぐまでの間はヒドイもんだったよ」
「そ、それは……」
手足の動きはぎこちなく、歌は喉を通らない。下着の最後の一枚を脱ぐまで、歩の本当の実力は発揮されないのだから。それについて、彼には何も言えない。そんな彼に向けて、紫希はさらに言葉を重ねる。
「それにさー、さっきあのコから聞いたけど、普通のアイドル目指してるんだって?」
「はい、もっと広く彼女たちの輝きを届けるために」
そのために、歩は日々猛練習を積んでいる。だが、紫希にそれは伝わらない。
「紫希、エッチなコトしないただのアイドルになんて興味ないんだけど」
「本当にそうでしょうか?」
「そうだよー」
即答ではある。が、それだけではないように彼は感じていた。
「しかし、アイドルに興味があると仰っていた」
「ま、ないこともないけどね。でも、エッチじゃないならツライだけだし」
ステージの華やかさ自体は興味深い。が、そこに至るまでの道のりの険しさも理解している。
「歌や踊りはツライですか?」
「うん。だって紫希、セックスしか能がないもん」
「決してそのようなことは……」
だが、紫希は決して自分を卑下しているわけではない。ここまでの短くもない年数を、それで生活してきた自負はある。
「んー、強いていえば……ゲームとか? あ、でも、プロとして食べていけるほどじゃないし。食べていけるのはセックスだけだよ」
確かに、その才はあるのだろう。だが、それは正確ではないと彼は感じていた。もっと奥深くにある別のもの――その開花の形が、いまはセックスだけのこと。
「貴女には、アイドルとしての素質があります」
「と言われてもねー。いまさら練習始めたところで、あんなコトになっちゃうわけでしょ? そんなのやりたくないなー」
舞台としての完成度は高かった。脱ぎ終わるまで、しとれや糸織が綺麗にカバーすることで。もしかすると、カバーされる歩に紫希は自分の姿を重ねていたのかもしれない。
だからこそ、共にその先を見てほしい。歩と――いや、プロジェクトのメンバーのすべてと。
「ですが、その練習の先には必ずこれまで知らなかった素晴らしい世界があることでしょう」
「と言われてもねー。知らない世界が素晴らしいかなんて、紫希にはわからないし」
だから、この話はおしまい――紫希は立ち上がりながら卓上のスマホを手に取った。しかし、カバンにしまうためではない。迎えに来てくれる男に連絡を取るためだ。
歩きながら、スッスとスワイプして空いてそうな相手に目星をつけたところで、紫希はドアノブに手をかける。だが、プロデューサーとしてここで諦めるわけにはいかない。
「言葉で伝わらないのであれば――」
できれば、これはやりたくなかったのだが――
「身体に尋ねてみるのは如何でしょうか」
振り向くなり、紫希は瞳を輝かせる。
「わっ、カワイイ♪」
下半身を曝け出し、力なくぶら下げている男のことを、紫希はそのように表現した。パタパタと彼の足元へと歩み寄り――
「紫希ね、ちんぽに触れれば相手のこと、大抵わかっちゃうんだー」
そう言って、両手の一〇の指先で両側からぐにゅうと支え上げる。
「ホントはまんこで触れ合った方がもっとわかるんだけど、これじゃ入らないから……まー、これは前戯ってことで」
それは、縦笛奏者のような繊細さで。しっかりと根本まで皮を剥き、柔らかな肉の塊をペトペトとくまなく指圧していく。
「んー……やっぱりいいちんぽだね。紫希の思ってたとおりだ。けど……」
さらにもう少しだけぷにぷにしたところで、彼女は不満そうに顔を上げる。
「Pちん……本当に紫希のこと、興味あるの?」
「なければ、このようなことはいたしません」
それは当然のことなのだが。
「ウソ吐いてもダメだよ。ちんぽは正直なんだから」
ちんぽには心があり、決して偽ることのできない魂そのもの――ゆえに、紫希にはわかる。このちんぽは自分に関心がない。怯えて萎縮しているのとも違う。ただただ優しく――なのに、自分を求めようとしない。
「もし、正直なのだとしたら……誠に申し訳ないのですが、
「えー、ナニソレー」
紫希は頬をむくれさせる。
「じゃあ、アイドルになるーって言えばいいの?」
「口先だけではダメです。本気でアイドルとなり、自分を輝かせたいと願っていただかないと」
言葉を交わしながら、紫希はしきりにちんぽに問いかける。これまで、悪いちんぽも良いちんぽも、自分の
これ以上このちんぽのことを知るためには、自分の方から歩み寄らなくてはならない。
「わかったってばー。紫希もアイドルやるって」
だが、ちんぽの心は未だに開いてくれない。
「なんで信じてくれないの?」
「それは、覚悟が感じられないからだと思います」
嘘をつけないことはわかっている。ゆえに彼は正直に答えた。
「自分を輝かせるアイドルになるためには、苦手なことにも挑戦していかなくてはなりません」
「……ぅ」
「そのためのレッスンの数々を、受け入れていただけますか?」
いまさら苦手なこと、やったことないことを始めたくはない。それに、見たこともない新しい世界の景色なども。けれど――この優しいちんぽのことはもっと知りたい――それだけは、偽らざる彼女の本心。そのためならば――アイドルという存在に興味がないこともない。それが、唄いながら脱いで裸になる舞台であればなおさらだ。そのためならば、多少は頑張れるかも知れない。
だから。
「じゃあ、条件付き、ってことでいい?」
「と、言いますと?」
「やっぱり、普通に唄って踊るだけはつまんないと思う。だから、脱いでいい間は頑張ってあげるよ。けど、脱がなくなって、それがつまらなかったら……辞めちゃうかも。それでもいいなら」
それを聞いて――ムクリ、ムクリと異変が起きる。
「……わっ……よーやく、紫希のこと信用してくれた……ってことだよね」
「はい、身体は正直なようですから」
「じゃあ、早速……♪」
これならもっと深いところまで聞くことができる。このちんぽの本当の気持ちを。しかし、通じ合うのはいまではない。彼は慣れた様子でひょいと離れると、下ろしていたスラックスとパンツを持ち上げていく。
「漲っているこの力は、貴女と交わるためのものではありません」
そして、ベルトもしっかり締め直した。
「どのような舞台を用意すれば貴女が最も輝くのか……それを見つけ出すための力です」
「うぇー……そんなの、いいちんぽ入れてくれればきっとキラキラするってばー」
「私は、姫方さんにアイドルとして輝いて欲しいのです」
きっと、無理に襲いかかっても、すぐに先程の優しさに戻ってしまうに違いない。紫希はやはり優しいだけより勇ましい方が好きだ。ゆえに、一先ず彼の期待に応えたい。
「わかったよぅ。そんじゃあ、とりあえずレッスンして、ステージに上って……それでいいんでしょ?」
「はい、姫方さんが楽しめるステージを用意するために尽力させていただきます」
何だか彼の思うように流されてしまった気がするが――それでも、このちんぽであれば信用できる。
「それじゃー、PちんのPはペニスからプロデューサーに変更だね」
こうしてPちんは、ペニスちんぽ改め、プロデューサーちんぽの略となった。
「あ、ありがとうございます」
このコの感性はよくわからないが、少なくともプロデューサーとして認めてくれたことには違いない。
「あー……さっきのコにも謝らなきゃなー。紫希も、これから向いてないことに挑戦してくわけだから」
脱げば唄えるのにわざわざ服を着て唄うなんて馬鹿らしい、と紫希は思う。けれど――あのコにとってもちんぽくらい大切なものがあるんだろうな、と納得することにした。
「それでしたら、もうすぐ彼女の出演も終わる頃ですので、その際に」
何があったかはわからないが、きっとふたりの仲も修復されることだろう。しかし、紫希には別の心配もあった。
「でも、紫希たち
意味深に呟く紫希に、彼の脳裏に悪寒がよぎる。
「それは、どういうことでしょう……?」
そこに、タタタと小さな足音が部屋へと迫ってきた。
「紫希、ひと目見たときから、あのちんぽはどーも
あのちんぽ――が誰のことを指すのか彼にはわからない。その答えは出ないまま、ガチャリと扉が勢いよく開かれる。
「プロデューサー! ……って何してんの」
それは出番を終えたばかりの歩――ではなく、そのまま続けてソロ枠を持っている優だった。ゆえに本来、彼女が歩よりも先に戻ってくるはずがない。
急用があって、優はここまで走ってきた。しかし、全裸で男に迫っている痴女――メンバーたちが部屋を出たとき、紫希は歩の服を着ていた。それを脱ぎ捨てているのだから、訝しむのも当然である。
「これには深い事情がありまして……」
「別に、他人の下半身事情には興味ないわよ」
元風俗嬢だけに、そのあたりのことはバッサリと切り捨てた。何より、それどころではない。
「というか、大変なのよ。ステージに上がっていた歩が――」
突然、劇場から逃げ出してしまって――