ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> BEGINNING-LIVE!   作:添牙いろは

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12話 雪見夜白

 ファンとしては自分の推しにこそ一番輝いてほしいもの。同級生一同――学生などに負けるわけにはいかない――

 祝・ご出演 (ひのき)しとれ様――

 祝・ご出演  丘薙(おかなぎ) 糸織(しおり)様――

 祝・ご出演  姫方(ひめかた) 紫希(しき)様――

 各々が競い合うように、狭い入り口には収まりきれないほどのフラワースタンドが立ち並ぶ。こんなにも劇場が華やかに彩られたことは、少なくともイワ爺の代では初めてのことだった。まさにいまが、老人の見る劇場の最盛期といえるだろう。

 

 だが。

 

 祝・ご出演  蒼泉(あおずみ)(あゆむ)様――

 

 彼女が、今夜の舞台に立つことはない。

 

       ***

 

 人ひとりがいなくなっても街は変わらず廻り続ける。それは、彼のカラオケボックスも、このストリップ劇場も。

「アユちゃん、ステージからそのまま出てったんでしょ? さすがにおかしいのー」

 ステージでは夕方の部が進められている傍ら、控室では夜の部の準備が行われている。脱いだ服をロッカーにしまいつつ、 朱美(あけみ)は隣の扉をちらりと覗き見た。そこは閉じられたまま、三日間何も変わっていない。あくまで、触れてはならない空気がそこにある。

 そんな中、(ゆう)はその現場を目撃しているからこそ、心配も人一倍募らせていた。

「ええ、衣装のままだから……サイフもスマホも楽屋に置きっぱだし」

「三日間も飲まず食わずで断食修行……なワケありませんッ!」

 さすがの 晴恵(はるえ)でも、これをトレーニングと捉えることはない。

「特訓の後には適切な栄養摂取と休息……それを怠る歩さんではありません!」

 信頼の方向性は間違っているが、間違いなくひとつの失踪事件である。だが、警察沙汰にすることはできない。そのようなことになれば――確実に劇場ごとプロジェクトは取り潰されることだろう。それほどまでに、彼らの立場は脆弱だった。ゆえに、自分たちのことは自分たちで解決しなくてはならない。

 だが。

「どこをほっつき歩いとったかは後で重々問い詰めるとして……目下、歩はんのパートはどーすんねん」

 糸織、しとれ、そして歩――この三人ユニットによるデビューの計画はすでに着々と進捗している。それに向けて、彼女たちには連日のように出演の予定が入っていた。しかし、一昨日も昨日もふたりだけ。これ以上穴を空けるわけにはいかない。

 この状況についてプロデューサーは、一応の手は打っている。

「今夜のステージについては代役を打診しておりますが……」

 しかし、それを聞いても誰ひとりとして表情を明るくすることはない。

「歩さまの代わりを?」

 全裸の歩の歌と振り付け――それは、しとれや糸織であっても真似できない。他の誰が来たところで満足行くステージにはならないだろう。

「やっぱり、アユちゃんを早く探した方がいいのー……」

 それは、糸織の方でも進めているのだが。

「んー……大学にも行っとらんよーやで。学生の身分で何しとんねん」

 ここ数日、エージェントには歩が行きそうな場所に当たってもらっている。しかし、未だに発見の報告は得られていない。

「あのコ、服を着てると存在感なくなりますし……。見落とし等はありませんでしょうか」

「あるで」

 しとれが抱いた根本的な疑問――糸織はそれをあっさりと認める。

「見落としっつーか、最初から調査対象外のエリアがあるさかいな」

「……新歌舞伎町……」

 それはプロデューサーも承知していた。糸織の依頼する調査会社は表社会のものである。裏稼業の街をコソコソと嗅ぎ回っていては半日も持たない。警察に職質されるか、運が悪ければその筋の者たちに捕捉されてしまうだろう。

 ゆえに。

「なんとッ、このような暗黒街に三日間も!?」

 新歌舞伎町ではマスク禁止――何故なら、怖い場所だから。そう言い聞かされてきた晴恵だからこそ、必要以上にこの街を恐れている。

「…… 吉座(よしざ)に捕まってなきゃいいけど」

 皆が懸念していることを、優はあっさり口にした。が、プロデューサーとて曲がりなりにもこの街の住人である。

「もしそうであれば、こちらに何らかの要求があるでしょう」

 当然、身代金などではなく――嗅ぎ回る行為をやめること。もしくは、プロジェクト自体の解散か。しかし、そのような通達は一切ない。だから、きっと歩は無事のはずだ――プロデューサーは、そう強く信じている。

 

 歩の身に一体何があったのか――共に出演していた優は、事件の日のことを以下のように語る。

 元々、自分と歩はふたりで出演することになっていた。補足するならば――優は、自分の持ち歌でふた枠埋めることはできない。ゆえに、前半ひと枠は事実上歩のサポート。歩は脱ぎ終わるまで本来の歌声を披露することができないし、ひとりで会場中から注目されると気後れしてしまう。よって優の役回りは――裸になるまでは拙い歩のフォロー。その後は、歩と共に羞恥心を分かち合うパートナー――もっとも、優は裸について抵抗感を持ち合わせていないが。しかしそこが、歩にとって心強いらしい。

 だが――

 本番直前、歩はやはりひとりで唄いたいと言い出したという。優はそれを承諾した。規定通りのギャラはもらうという条件で。

 しかし。

 簡単に出番を譲った優だったが、さすがに憂いなく歩を送り出したわけではない。そもそも、ひとりで唄えないからこそ自分と組んだのだから。いまから思えば、確かに様子がおかしかったかもしれない、と優は当時を振り返る。サビになっても、()()()の歌声が聞こえてこない。優も、全裸の歩の実力は認めている。手本として目標としている節さえあった。だからこそ、優自身も密かに楽しみにしていたのかもしれない。

 だが、歌声は止まった。マイクは嗚咽も拾っている。客席も異変に気づいてざわつき始めた。そして――一際大きく会場がどよめいたことで、優は思わずステージを覗き込む。そこで優が見たものは、ホールの扉を開け、飛び出していく歩の後ろ姿だった。

 しかし、音楽は主役を欠いたまま鳴り続けている。ギャラをもらっている以上、舞台を空にしておくわけにはいかない。本来の段取りは逆。ここまでを優がフォローし、ここから先は全裸の歩に任せるはずだった。自分にひとりで場を盛り上げるだけのスキルはない。ゆえに仕方なく――客席にパンツまで放り投げてやったが、必要コストだと思え――優はそう言い切るが、舞台用の下着は決して安くない。それに加えて、脱衣を前倒しにしての過剰サービス――元風俗嬢だけに、ストリップの枠に収まらない行為も披露したとのこと。むしろ、ギャラに上乗せも求めたいところだったが、さすがにそれは空気を読んだ。

 

 何か見落としはないかと優はさらに記憶を振り絞る。だが、有益な情報を思い出すことはできそうにない。

「少なくとも、服は着てったと思うわよ」

 逆光となっていたためそのシルエットと、歌声から連想される状況でしかないが。ともあれ、素っ裸で警察沙汰になっていることはないだろう。ただ、着ていたのはアイドルの衣装だ。日常生活に溶け込みようもない。

 誰もが前向きな提案を出すことができず、部屋は静寂に包まれた。そこに、コンコンとノックが打ち鳴らされる。

「悪いわね。ちょっと早めに着いちゃったから」

 馴れ馴れしく入室してきたが、晴恵はその顔を見慣れない。

「なっ、何者ですかッ!?」

 糸織も驚いたが、プロデューサーが何も言わないので――関係者以外立ち入り禁止の 区域(エリア)に堂々と入ってきたのだ。軽いノリでツッコんで良い相手とは限らない。

 一方で、朱美には見覚えがあった。一度ではあったものの、その()()()()()は鮮明に記憶に残っている。そして、しとれも当然。

憐夜(れんや)……(のぞみ)さま……」

「ん、あんさんがウワサの……」

「?」

 糸織は名前だけは聞いていたが、晴恵は名前すら聞き覚えがなかったらしい。スパの脱衣所にて歩とその場で合わせ、その後もプロデューサーが何かと気にかけているという凄腕のライブアイドルである。

「すいません、ご足労ありがとうございます」

「会議が一本キャンセルになってね。直帰で来るにはむしろ都合が良かったわ」

 希の装いはスーツにブラウス――それは、先週糸織が着飾った変装よりも板についている。

「なんや、サラリーマンみたいなカッコしよって」

「みたいじゃなくて、サラリーマンなのよ。本業はね」

 その姿は舞台に上がるアイドルではなく、むしろアイドルをステージに上げるプロデューサーに近い。だからか、人材管理の苦悩もよく理解している。

「……で、歩がいなくなったってホント?」

「はい……お恥ずかしながら」

「まさか、ご主人さまが申されていた代役とは……」

 期間限定とはいえ、希がTRKに加入――!?

「脱がないからね」

 皆の期待を希は真っ向から否定した。

「歩のライブ映像は何度か見せてもらったけど……正直なところ、唄うだけで精一杯。てか、ナニあの体幹。地面から浮力でも受けてんじゃないの?」

 希をもってしても、歩の動きは理解できなかったようだ。

「ともあれ、アユちゃんと唄いきったノンちゃんなら安心なのー」

 直に見ている朱美だけに不安はない。

「ま、お手並み拝見といかせてもらうわ」

「悪いけど、ダンスならアナタより動けるつもりよ」

「にゃにぃ!?」

 糸織の上からの挑発に、希は真っ向から受けて立った。それだけのキャリアと実力が希にはある。ゆえに、小さなお嬢様を軽くあしらうと、早々にプロデューサーとの話の続きに戻した。

「ということで脱がないし、ダンスまでは期待しないで。あと、本業もあるから出れて夜の部。しかも、進捗の都合でドタキャンあり。代わりに、ギャラはなくていいわよ。ツケにしとく」

「ロハ……?」

 仕事には相応の対価が必要――それが優の信条である。ゆえに、ギャラが発生しないということは、その程度の責任感なのではないか――優は危惧するが、そこには表の人間としての事情もある。

「それでは、我々からの対価は()()()()()()にて」

 裏の人間から現金を受け取ってはあらぬ疑惑を受けかねない。ゆえに、プロデューサーから言えるのはあくまでここまで。

 これで、歩を含む枠の問題は一先ず解決した。しかし、今夜は枠がまだふたつある。優と春恵によるふたりユニット『 Left&Light(レフト・アンド・ライト)』そして、朱美と――

「そういえば、まだひとり足りないのー……」

 朱美はメンバーに加わってからまだひと月足らずの初心者である。ひとりでステージに上がるのは心細いということもあり、パートナーが充てがわれていた。しかし、到着予定時刻を現時点で三〇分は過ぎている。

「このままだと希さまに彼女の代役までお願いすることに……」

「はぁ、ワタシに何役やらせるつもりよ」

 そこに突然、ノックなしに扉が開かれた。

「お待たせしまんこー♪」

 遅れてきたうえに素っ裸で下ネタ挨拶――初対面の希はドン引きしている。

「……ワタシ、そろそろ準備に入っていい?」

「あ、はい、お願いします」

 希は正規メンバーではない。着替えに入るのなら男は席を外しておくべきだろう。

 しかし。

「あ、待って待って。紹介したい人がいるからー」

 場を離れようとするプロデューサーを、紫希は慌てて引き止める。これ以上、希の機嫌を損ねたくはない。

「それは舞台の後にしていただきたく……」

 しかし、そこは大物としての余裕を見せる。

「気にしなくていいわよ。ジロジロ見なければね」

 希は着替えるために応接スペースの方へと移動した。一応パーティションはあるが鍵どころか扉もなく開け放たれているというのに。そんな異性に対する敷居の低さも<スポットライト>を纏うに至った一因か。

 さて、紫希が紹介したい人物とは、共に入室してきた隣の女性のことだろう。何となく、紫希と雰囲気が似ているな、と彼は思った。それはきっと、彼女もまたぼんやりと何を考えているのかわからないところがあるからだろう。ただ、スタイルは控えめ――と評してしまうのは、比較対象が紫希だからか。その女性とて人並みにはメリハリが利いている。髪は紫希よりも長いらしく、襟首で一本に束ねられていた。なお、紫希のツレだからといって、揃って全裸というわけではない。青いパーカーにベージュのショートパンツ、と常識的な装いである。

「自己紹介、しといた方がいい?」

 初対面の女性は隣の付き添いに目配せすると、紫希はコクンと大きく頷く。

「えーと、 雪見(ゆきみ) 夜白(やしろ)。ソープ嬢やってます」

「ソ……ッ!?」

「すぐに返品してきぃッ!」

 驚きのあまり硬直するプロデューサーに代わり、糸織がすぐさまお帰りいただこうとする。

「えー、なんでなんでー。そのコもソープだったじゃんー」

「私はデリヘル。それに、元」

 優も風俗嬢出身ではあるが、きちんと話をつけて移籍してきた。というか、掛け持ちという形で籍は残っており、実質開店休業中にすぎない。一方、無許可で連れてきては、また引き抜き騒動の再来である。

 そのあたりの事情は、夜白の方がよくわかっていた。

「そのへんは大丈夫ですよー。店長、紫希にゾッコンだから。あと、タメ口でいい?」

「あ、はい」

 紫希の関係者が運営する店の嬢であれば、一先ずは問題ないだろう。

 さて、多少の危険を冒してまで夜白を連れてきたのは、紫希の気まぐれというわけではない。

「このコすごくてねぇ、紫希の舌つき指つき、全部真似しちゃうのー」

 ま、ちんぽのスキなとこを見つけるのまでは真似できないみたいだけどねー、と豊満な胸を張って誇示する紫希については総員スルー。ともあれ、夜白という女のコが連れてこられた理由はわかった。

 とはいえ。

「もしかして、このかたを歩さまの代わりに……?」

「ちょっと貴女、ステージナメてんじゃないの?」

 優はこれでも半月ほどトレーナーからレッスンを受けてきている。その難しさはしっかり骨身に染みていた。

 しかし。

渋長(しぶなが)(ゆう)だね。キミの動きは、覚えてるよ」

 夜白はトントンとステップを踏むと、すーっと左手が上がっていく。そして――

「……ッ!」

 ひと目で優の顔色が変わる。彼女には覚えるだけで難しかった。そもそも、まだ完璧に踊りこなせるわけではない。だからこそ、その()()()()()()()まで忠実に――! 自分の至らなさを見せつけられているようで、優は悔しさに唇を噛む。

 だが、振り付けが進んでいくと、パーカーのファスナーを下ろし、パンツのホックを外し――

「…………ッ!」

 たしかに、夜白のコピー技術は大したものである。だが、彼が目を見張ったのは――<スポットライト>――ッ! ブラを外し、ショーツを下ろしながら膝を上げる夜白の瞳には、これまで感じられなかった光が宿っている。熱を感じさせる頬の赤み――冷たい人形から、血の通った人間へ――写しの巧妙さではなく、夜白のダンスそのものに魅入られるようだ。

 これには、糸織も興味が湧いてくる。

「なら、ウチのもできるんかいな?」

 問われて夜白は動きを止めた。そして、少し考え――

「ははっ、やっぱ恥ずかしいね、コレは」

 これが通常の女性の反応――たとえ仕事で脱ぐのは慣れているとはいえ、裸で衆目に晒される機会はあまりない。だが、必ずや光り輝くアイドルになってくれると、プロデューサーは信じていた。

 素に戻った夜白は軽く胸の頭を腕で隠している。その右手に、紫希からスマホを握らされた。

「ほら、このコだよー。思い出した?」

「えーと、んーと……あー……ウン、ウン」

 ギャラリーに背を向けて確認しているのは、密談というより、ちょっと恥ずかしかっただけだろう。すぐにメンバーたちの方へと向き直り、スッとスタートのモーションに入る。すると――再び輝いた。きっと雪見夜白という女性は、誰かの真似をすることで映えるのだろう。

 そして、その振り付け自体もまた忠実に。

「む、ふむ、む、むぅ……?」

 動き自体は覚えている。だが、忠実に再現することをふたりの体格差が許さない。胸を撫でるように素早く上下させる振り付け――夜白の意図しない下乳に指が引っかかってしまう。だがこれは、糸織からの挑戦でもあった。

「うわ、ほんまにどこまで忠実やねん」

 少し肘の角度を変えれば自分の身体にぶつかることはない。だが、夜白はそれさえしなかった。

「だって、頭空っぽにして、記憶に身を任せるのが()()()()()から」

 その快感は、決して性的なものではないかもしれない。しかし、それを裸で――それも、華やかな光と音のステージ上で――。夜白は何事も深く考えない。だから、紫希から誘われたときも、あくまで直感的な承諾だった。人が足りなくなるかもだから、代わりにステージに上がれないか、と。

「それで、あたしが踊るかもしれないってコは?」

 残念ながら、肝心の歩がこの場にいない。だが、代わりにすっと一歩前に出る者がいる。

「へぇ、面白いじゃない」

 夜白の手が止まったところで割り込んできたのはショーツ一枚の希だった。

「まずは着替えをお済ませになられては」

「ジロジロ見るなって言ったでしょ」

 そう言いつつも、希は胸を隠すどころか両腕で下から支え、男に向けて強調する。絶対意識してくると待ち構えていたのに、思わぬ伏兵が現れて男の視線を持っていかれてしまった――もっとも、夜白が踊らずとも、プロデューサーが女子の裸に気を取られることは基本的にないのだが。

 このワタシが脱いでいるのに、無視してくれるとはいい度胸じゃない――とはいえ、さすがはストリッパーのプロデューサーかしらね、と希は一先ず納得する。そして、夜白の前にズイと立った。胸を張り、腰を手に、これからする動きを真似してみろと言わんばかりに。

 そして。

「~~~~♪」

 そのひとフレーズだけで、何の曲かプロデューサーにはわかる。希が来週リリースする予定の新曲だ。限定版ミュージッククリップ付きを、全国の同人ショップで。先月の秋葉原でも宣伝としてミトックスと共に披露されていた。つまり、おそらく夜白にとって完全に初見である。見せつけられている方もその意図を汲み取り――だが、目の焦点が合っていない。元々ぼんやりしていたが、まるで意識が飛んでいるようだ。しかし、瞳孔は大きくなっている。これが彼女の『コピースタイル』なのかもしれない。

 そして、ワンコーラスが終わったところで――トントントントン、と希が両足で軽くステップを踏む。歩並みの胸だけに、それだけでふわりふわりと薄桃色の突起が人目を引いた。しかし、夜白の視線は相変わらずぼんやりしている。未だ記憶中らしい。

 だが。

「~~~~♪」

 最初のフレーズに戻ったことで、夜白も理解したらしい。ここからが()()()()()()()であると。

 右腕を左へ、右へ。夜白は見たものを映像としてではなく、動きそのもので記憶しているらしい。だからこそ、鏡面反転することなく実物どおりに再現している。

 傍から見ればまったく同じ。だが、希の目はさらに厳しく 審判(ジャッジ)する。それでも――

(このコ、左手まで……ッ)

 激しく駆け巡る右手の陰で、腰に当てられた左手もちょこちょこと形を変えている。地味だけれども、注目してほしいポイントであった。それを夜白は見落としていない。少し悔しくなってきた希は振り付けにも熱が入る。

「~~~~っ♪」

 夜白の動きが少し遅れてきた――? その場の者たちのほとんどにはそう見える。だが、しとれの目には――

(希さまのペースが少し上がっているような……?)

 アカペラでも聴き惚れてしまう歌唱力――装飾がなくとも映えるダンス力――それらに夢中になっている者では気づけなかっただろう。ふたりの光り輝く美しさの前では、プロデューサーでさえも。

 そして、唄っている本人は――ワンステップだけ自分の後手をいく目の前の相手に溜飲を下げ――そして、我に返った。外からリズムを刻んでくれるサウンドがない以上、テンポ管理にはいつもよりさらに気を使わなければならない。そして目の前でくるりと楽しそうに身を翻す女を見て――自分の敗北を認めた。

「……なるほど、もう充分よ」

 今回の新曲はこれまでの中でもかなり激しい。そのリズムについてくるどころか釣られて加速することさえなかった。さっきの糸織の件からも認めざるを得ない。夜白のコピーは完璧であり、忠実であり――だからこそ、希が止まっても夜白は踊り続けている。

 本家が止まったことで、糸織も状況を理解した。しとれほどダンスに精通しているわけではないが――歌声に熱が増したことには気づいている。おそらく、夜白が遅れたわけではなく希の方が速まったのであり、夜白は原曲のペースを頑なに守っていただけなのだろうと。

 そして、トントントンとステップを踏む。ここまで夜白は忠実に再現した。が、ここに他意はない。踊り終わったところで、夜白はペタンと尻餅を搗く。

「ははぁ~……、これは()()()()()()動きだったねぇ」

 しかし、その顔は満足そうだ。これまで、このスキルを買われたことがないこともない。学生時代は体育の授業で。実家の定食屋では父が作るすべてのメニューを再現することができる。そして、風俗嬢となったあとは、紫希の技術をすべて記憶した。が、夜白にとってそこに喜びはない。自分の特技に期待され、応じただけ。

 だが――

 はーっと息を吐き、両足をピンとつま先まで伸ばす。裸で踊るのはもっと恥ずかしいかな、と夜白は構えていた。しかし、心を空っぽにして裸のまま身体を動かすことで得られたものは――意外なほどの開放感。そして、そこに()()()が多ければ多いほど集中力も増す。我を忘れて、この開放感だけを堪能することができる。自分でも変なことしてるなー、と思わないこともない。だが、楽しかった。紫希の誘いに乗っておいて正解だったかな、と夜白は恍惚に浸っている。人前でこの姿のままいることはまだ恥ずかしいが、何をいまさら、と開き直ればむしろ開放感も増してくる。

 そして、メンバーたちも認めざるを得ない。こと、模倣に関して夜白は非常に頼りになると。

「あんさん、脱ぐのもイケるみたいやな」

 糸織からの問いに、夜白はニッと笑みで応える。風俗嬢として仕事とあれば脱ぐつもりではあったが、それ以上に、このままステージに立つことに少なからず高揚感があった。

「せやったら、夜白はんが舞台に上がって、希はんがバックで唄えば一先ず凌げるやろ」

 どうやら、夜白は歌声まではコピーできないらしい。だが、希と異なり脱ぐことはできる。

「ワタシはそれでも構わないわよ。録音を流すよりはマシでしょーし」

 これで、一先ず今日の舞台は乗り切れるだろう。と、思われたが。

「んー……この情報量になると、目の前で実際に踊ってくれなきゃ理解できないけど。あと、頭の中で反芻し続けて、覚えていられるのは三〇分くらい……かなぁ」

 優の振り付けくらいであれば、三晩ほどならいつでも再現できる。が、希の振り付けはその比ではない。そして、歩はさらにその上を行く。

「彼女のダンスはワタシでも再現できないわよ」

「だったら、本人を呼んできてくれなきゃ」

「えー、動画じゃダメなのー?」

 紫希は真似してもらおうと歩の動画をスマホに用意していた。しかし、それでは足りないらしい。

「一応観てもいいけどさ、(そこのひと)が言うほどでしょ。こんな()()()情報量じゃ難しいだろうねー」

 夜白の言うとおり、録画ではコピーというより()()()()()()()にしかならなかった。本番まで時間もないので、早々に準備に取り掛からなければならない。

「……じゃあ、ワタシが踊るから、本番まで何とか覚えててもらえる? もっとも、ワタシは歩の劣化コピーだけど」

「コピーに劣化も何もないよー。あたしはただ、真似るだけ」

 どんな動きであっても、それを真似ることで夜白は安らぎを得られる。そして、その情報量が多いほど楽しい。

「ウチらは夜白はんの動き見ながら合わせる段取り掴んどかな」

「はい、彼女のコピーは完璧なようなので」

 そして、融通がきかない。

「出演については、先ずはLeft&Lightからお願いします。 松畑(まつはた)さんと姫方さんは、その次の出演に備えておいてください」

「了解しましたっ!」

 威勢よく返事をしたのは晴恵だけ。優は黙ったまま――じっと希と夜白の方を見ている。

「……あの手法、今夜以外でも使えるわよね」

 それどころか、劇場の外の舞台であっても――

「アユちゃんのダンスをコピーしたシロちゃんに出てもらって、アユちゃん本人には裏で唄ってもらうのー?」

 優と朱美からの提案は、歩にとって酷なものだ。そもそも、それで納得できるのであれば、とっくに自分の歌声だけを録音して配信していただろう。しかし、それをしなかった。何故ならば――

「アホなこと言うもんやないで」

 一蹴する糸織の隣で、しとれもまた大きく頷く。

「私たちは『歌手』ではなく『アイドル』……なのですから」

 それは、『メイド☆スター』としてメイド喫茶のステージに立ってきた誇りでもある。歌い手と呼ばれた糸織も――いや、そう呼ばれていたからこそ、アイドルに対する強い想いがあったのだろう。

「今回はウチら三人による()()()()()()()()としてのデビュー計画や。三人で、アイドルとして君臨しなきゃ意味があらへん」

 歌手と 偶像(アイドル)の違いはそこにある。ただ、アイドルの務めは唄うだけではない。唄い、踊り、その他諸々総合的な舞台演出――その結果として人々を惹きつけてこそアイドル――なので。

「ま、ウチとしては(まいど)(めいど)(わいど)として先にデビューしとってもええけどな」

 歩と桃を入れ替えてでも、糸織は言うが。

「うーん……どうでしょうね。メジャーレーベルに耐えられるのは、正直……」

「言われなくてもわかってるわよ。私たちじゃ稼げないって。……チッ」

 希から言われずとも、優たちにもわかっている。糸織としとれ、それに、全裸の歩くらいのものだと。何しろその他のメンバーは、レッスンを初めてまだ半年も経っていない。

 ここでプロデューサーは、自分の計画の()()()()()()に気づく。その三人を先にデビューさせたところで、他のメンバーが続くことができるのはいつになるのだろうか。彼の望みは、三人のクオリティに見合った舞台を用意することだけ――そうすれば、きっと舞台に見合った輝きを魅せてくれるはず――だが、それは――

「ま、三人がこの劇場を()()したいって言うなら、取り持ってあげてもいいけど」

 ――そう、卒業――希のコネがあれば、少なくとも糸織やしとれはすぐにでもデビューできるだろう。だが、牽引役を失ったTRKを加速させていくのは、より難しいものになるだろう。

 しかし。

 それでも。

 アイドルプロデューサーとして、彼女たちがより輝く姿を見てみたい。何より、プロジェクト全体のため、と羽ばたこうとしているアイドルを縛り付けることなど――

「アホぬかせ。卒業なんてするわけないやろ」

 縛り付けることなど――する必要すらなく、糸織はその可能性を否定した。最もデビューに近い立場だったからこそ、その後について考えていたのだろう。そして、しとれもまた糸織と同じ結論に至っていたようだ。

「そもそも、劇場の外に活動拠点を移しては、ここにいる意味がありません」

 しとれはメイド喫茶に戻るキッカケを目の前に指し示されながら――あえて、ここに残る決断をしている。それは、メイド喫茶にないものを、ここに見出したからこそ。

 だが、希には少々興醒めだったらしい。

「ふたりともやる気ないわねぇ。せっかく普通のアイドルになれるかも、ってゆってるのに」

 歩のダンスを夜白に複写しつつ――その過程として、自ら服を脱いでいく。普通のアイドルになれれば、こんなことをする必要もない。

 しかし、こんなことをするために、彼女たちはここにいる。

「てか紫希、フツーのアイドルになんて興味ないしー」

「興味あると言われても、アナタじゃあと数年は無理ね」

「あ、そ」

 紫希は心底興味がないらしい。そんな彼女たちの潔い物言いを目の当たりにして、プロデューサーの心は根底から揺るがされていた。

 ――いつからだろう――父の影を意識していたのは。

 自分を捨てた父のことを恨むようなことはない。

 むしろ、いまは尊敬していた。

 自分の先をゆく者として――

 だからこそ、自分も父のように――

 それが、誤りの始まりだった。

 もしかしたら、安易な未来像にすがっただけなのかもしれない。

 父のように――

 父を越えて――

 だが。

 プロデューサーは、歩のことを思い出す。

 裸でなくては踊れない同窓生――

 もちろん彼女も、たくさんの人々に自分の歌を聴いてもらうことを夢見ていた。

 だが。

 いつしか、自分の夢を押し付けていただけなのかもしれない。

 否、それは夢とさえ呼べないものだったのだろう。

 劇場の主からどこまでいくのか、と尋ねられ――いけるところまで――それは無限大の可能性であるがゆえに、翻せば地に足がついていない。

 それはただの無計画――結局、自分には何もなかったのだ。

 そこに、わかりやすい目標を()()()()()()()()()ことで――

「――デューサー、ちょっと、プロデューサー」

 ハッとして我に返ると、希のダンスは終わっていた。彼女の動きはすでに夜白の記憶に移されており、いまは糸織としとれがそれに合わせる検討をしている。そんな一団を、希は親指で差しながら。

「アナタのプロジェクト、大丈夫? 肝心のふたりがやる気ないんだけど」

 一般部門の設立を検討していると聞いていたのに、その筆頭になると思われていた糸織たちは相変わらず未成年お断りの舞台に執着している――希にはそのように見えた。

 そして、プロデューサーにも。

「は、はい……もちろん……はい……」

 一般部門の設立――そのためにスカウトしていた希の前で、弱気な姿勢は見せられない。だが、心を強く持つこともできそうにない。これを希は――一先ず、歩を失ったことによる動揺から来ているのだろう、と見逃してやることにした。それに何より希にとっても、最も表舞台に立たせたいのは――共に歌を交わした、歩なのだから――

 

       ***

 

 みんな心配しているだろうな、と歩は申し訳なく思う。けれど、このままではずっと足を引っ張り続けてしまうし、それに――もし、自分がいなくてもプロジェクトが回るのであれば、その方が良いのかもしれない。みんな、どんどん上手になっている。なのに、自分は未だ――

 この場所は、厳密にいえば新歌舞伎町の外にあたる。が、道路一本隔てた程度で治安が激変することはない。ゆえに、糸織が懇意にしているエージェントにとっては対象範囲外となる。が、隣に()()()()()()が建っていないだけでも、女子には少しだけ安心できた。

 (カラサワ)(アイドル) DS(ダンススクール)――通称・キッズ――ここで寝泊まりするようになって、三日が経つ。

 唐沢トレーナーも歩の事情はよく知っていた。その才能を開花させるためにはできる限り協力したいとも。だが、ここは宿泊施設ではない。あまり長期にわたって誰かを滞在させていることが発覚すれば問題になる。

 ゆえに、秘密裏に一週間程度だけ。そのための条件が付けられた。というより、あまり長く隠遁していては大学の単位も危うい。だが、今度のオーディションを絶対に通過するため、せめてキッカケだけでも――様々な覚悟を背負い、歩は弛まず練習を続けている。

 だが、成果は未だ出ていない。ここはオーナーのカラオケボックスじゃないから――おいそれと裸になれないため、これまでにないほどの重装備でレッスンしているような気がする。下着を着けたうえで、ジャージの長袖と短パン――少なくとも、この格好で唄って踊れないようではオーディションなど通りようがない。

 だが、しかし――

「1・2・3……ひゃっ!?」

 足がうまく動いてくれずにバランスを崩して転んでしまう。一度服を脱いで、動きの確認をした方がいいかもしれない。

 だが、それはもう少し後のこと。まだ他の生徒もいるから。

「アンタ、全然ダメねぇ」

 手を腰に、上から歩を覗き込んでくる人影がある。だが、尊大な中に謙虚さも含まれていた。

「……あたしより下手っぴな人、初めて見たわよ」

 謙虚というより、自虐的なだけかもしれない。

 レッスンの時間はとっくに過ぎており、トレーナーさえ帰宅している。それでもこの同門生はトレーニングウェアから着替えていない。ひと息つくと、そのままの姿ですとんと歩の隣に腰を下ろす。

「まこちゃん……」

 歩とまこ――このふたりが選ばれたのだ。今度の日曜、駅前の特設ステージにて開催される『ダンススクール・オードブル』に。それは都内のスクールから初心者のみを集めてステージに上げるイベントである。ダンススクールに対する敷居を跨ぎやすくする、という目的で始まったのだが、そのクオリティは当然低く、評判もあまり良くはない。これに参加すること自体を恥だと思う生徒も多く、キッズでも希望者が足りずに難儀していた。ゆえに、それが歩を住まわせる条件――このイベントにまこと共に出場すること。ここのダンス生と呼ぶにはあまりに日が浅すぎないか、と歩も思うのだが、最低日数に規定はない。たまたま田舎から遊びに来ていた甥っ子を突然ステージに上げた学校もあったし、店の宣伝のために当日だけ在籍したと言い張る料理人もいたという。ダンスショーというより、ここ数回は仮装ステージのような様相らしい。

 会場は新宿駅駅前広場。出れば、間違いなくプロジェクトメンバーの耳にも届くだろう。だから、自分の特訓はそこまで。そのとき、何も掴めていなければ――

 背水の覚悟で臨む歩と同じくらいの練習量に、このイベントパートナーはついてきている。

「アンタが居残りしてる間は、あたしも残ってていいって。えへへ、スタジオ代得したわ」

「あ、あははー……」

 そのうえで、まだまだ疲れを見せない。だからこそ、歩も頑張れる。そのニカッとした笑顔に、歩は少なからず元気づけられた。

「絶対、他の連中食ってやろうね。初心者ばっかの中でガツンとキメれば、一気に存在感アピールできるかもよ?」

「そ、そだねー……あははー」

 目立つからこそ、特訓は一週間こっきりなのである。ゆえに、歩の心境は複雑だ。しかし、まこはどこまでも純粋である。

「やっぱ、アイドルを目指すなら目立ってナンボよね。……アイドル志望なんでしょ? アンタだって」

「ぅ、うん……そだね……」

 ダンススクールと銘打ってはいるが、歌唱についてもみてもらえる。そこが、校名に『アイドル』と含まれている所以だ。ボーカル設備から衣装まで、アイドルとして必要なものは一通り揃っている。

 “志望”――と訊かれると、歩とてTRKプロジェクトのセンターとして活躍してきた身だ。しかし、それはあくまで全裸限定。脱がずとも活躍できるよう――アイドルとしてあまりに未完成であるため、歩はアイドル()()である自分の立場を受け入れた。

 歩を同志と見做し、まこは満足そうに頷く。

「んむ、よし」

 そして、肩をグイグイと寄せてきた。自分のスマホを差し出すために。

「じゃ、せっかくだから連絡先交換しよ」

「う、うん……ぁ」

 歩は、自分が何も持たずに飛び出してきたことを思い出す。

「ご、ごめん……私、スマホ置いてきちゃったんだ」

「うわ、大丈夫? あたしもよく忘れてくるんだけど、いつも困ってるわ」

 さすがに歩は、そこまでそそっかしくはない。だが、何故かまこは歩の意図しない形で意気投合したと解釈している。

「ねぇねぇ、次はどこ?」

「どこ、って……?」

「狙ってる案件よ」

 無理して話を合わせる必要もない。だが、合わせざるをえない勢いをまこからは感じる。

「え、えーと……TRK……とか?」

 それしか知らないので、一先ず答えてみた。しかし、まこの反応は、案の定素っ気ない。

「ふぅん、そんなのあるんだ」

 そして、まこは自分のスマホをいじりだす。友達になりたかった、というのは純然たる本心。どんなイベントでも果敢に挑戦する熱心なアイドル志望者同士として。しかし、こちらの件の方が重要なのかもしれない。

「このサイト、知ってる? アイドルとかドラマ関係のリンク集なんだけど」

 まこは横から自分のスマホを差し出し、指でスッスと流していく。

「TRK……やっぱそんなの載ってないや。ってことは、競争率低い掘り出し物かも。貴重な情報ありがと。どっちか落ちちゃっても恨みっこなしだからね」

 リンクの数は、歩が思っていたよりはるかに多かった。メディアに限らず、舞台からキャンペーンガールまで、ジャンルを広げれば意外と需要はあるらしい。

「ここに載ってるやつは大体応募してるんだ、あたし。何本か通ってるんだよ? えへへ~」

 とはいえ単発系のものばかりである。事務所に所属して断続的に斡旋してもらえるような募集はやはり競争率が高い。

 頑張るまこを見ていると、歩も勇気が湧いてくる。

 だが。

「あ、これ……」

『まいど・めいど』新メンバー募集――ただし、その項目の上には取り消し線。まこも、歩が何に反応したのかすぐに察した。

「これっ、募集が終わってサイトを閉じたってことにはなってるらしいけど……知ってる? 実は()()()だったって」

「う……うら……?」

「そ、アイドル募集と見せかけて、応募するとAV事務所に売られちゃうやつ」

 まこはわかりやすく嫌そうに眉をひそめる。

「何人もの男に回されてるビデオ撮られたり、生配信でエロいことさせられたり……とにかく酷いらしいよ。さらには、仕事の外でも枕営業させられて、それが流出したこともあったって」

「そ……そなんだー……」

 どうもMMWとして活動する前のコンテンツがユニットとしての悪名に加えられている気がする。少なくとも、舞台に上がるようになってからはそのような仕事は受けていないはずなのだが。

「あたしもいちおー情報収集して、こういうのに引っ掛からないようにはしてるんだけど……」

 そして、リストの終端に辿り着く。

「この中で受けたことあるとこあった? 面接の感触とか、そういうのを情報共有できたらなー、って思ってるんだけど」

「う、うん……そだねー……?」

 そろそろ話を合わせることも難しくなってきた。が、まこはここでも都合よく解釈する。

「あ、もしかして……最近活動始めたばっか?」

 ならば、ダンスや歌が拙いのも当然のこと。

「うんうん、そうそう。だから、この業界のこともよくわからなくて……」

 実際、歩はこの春から活動を始めたばかりだ。これにまこは自慢気に胸を張る。

「こちとら、小学校でアイドルに憧れて、中学生の頃から練習を始めて――」

 といっても自己流だが。

「高校生では実際に応募してたんだから……ふふん、キャリアは長いから何でも訊いてよ」

 歩は、そのバイタリティに感心している。だが、キャリアが長い割にスキルが伴っていないことには気づいていない。

 だから、素直に後輩として、先輩への質問を。

「私……苦手なことがあって……どうしても乗り越えたくて……」

「あーあー、わかるわかる。そーいう人、いっぱいいるし」

 即答だった。自分の疑問を軽んじられて、歩はついまこに突っかかる。

「そうじゃなくてっ!」

 服を脱がなければ踊れない人なんて、そういっぱいいるはずがない。けれどもまこは、憤る歩を先輩として冷静にいなす。

「うんうん、何に悩んでるかは知らないし、いまはそれを聞くときじゃあない」

 何故なら終電が近いから。まこはそれを察して、帰り支度のために腰を上げる。

「けどね、いまは欠点を埋めるより、長所を伸ばす時代なんだよ」

 やはり自分の悩みは伝わらないか――歩は鏡に映る膝を抱えた自分に問いかける。

「けど、もし……自分の長所を伸ばしたところで、自分が望む自分になれないとしたら……」

「甘えんじゃないよっ」

 その叱咤に、歩は思わず声の方を見上げた。まこは腰に手を当て、まこに向けて指先をピッと突きつけている。

「誰しも、自分が望んだ才能を持って生まれてくるわけじゃない。人生は配られたカードで勝負するしかない……ってやつね」

「…………」

 だとしたら、自分のカードは何と残酷なことだろう、と歩は塞ぎ込む。

「でも……伸ばしたところで、すぐに行き詰まるってわかっていたら……」

 このままでは、あの劇場から出ることもできない。その劇場もすぐに取り潰されてしまう。そうなれば、もう唄うことはできない。

「ま、初心者じゃ見えないことも多いだろうけど」

 経験者として、まこはアドバイスを続ける。

「世の中は案外広いものよ。行き詰まってると思ってたけどその先もあったとか、傍にこっそり分かれ道があったりとか」

 歩にその発想はなかった。ゆえに、熱心にその言葉に聞き入る。

「それに、始めたばっかじゃ自分の長所もわからないものだし、何より短所だって裏返せば長所になることもあるんだから」

「短所は……長所……」

 それは、脱ぐこと。いまは足枷にしかならないが、限定的な場所なら活かすこともできている。そして、そこ以外でも、活かせる場所があるかもしれない。それは、自分が思い描く形ではないかもしれない。

 だけど――

 あの人なら、自分の知らない世界を描くことができる。

 自分の唄を見つけてくれた、あの人なら――

「……うん、ありがとっ」

 歩は元気よく立ち上がる。

「私……自分にできることを伸ばしてみるよっ」

「ふっ、すっかり元気になったわね」

 TRKでは歩が一番の先輩だった。しかし、頼れる先輩っていいなぁ、とまこに尊敬の念を抱いている。

「ところで……まこちゃんの長所って――」

「おっと、そろそろ終電だわ」

 まこは慌てて踵を返す。どうやら、自分のことはなかなかわからないものらしい。

「てか、歩は終電大丈夫なの?」

「う、うん……徒歩で来れるとこだから、私のうち」

「そうなんだ。いいわね。けど、近くてもこの界隈は物騒だから気をつけなさいよ」

「うん」

 そろそろ本当に時間がなくなってきた。

「じゃ、またレッスンでね」

「うんっ、今日は本当にありがとう!」

 まこは慌ただしく飛び出していく。すると、フロアは急に静まり返ったようだ。これまでは広いこの部屋に残されると少なからず寂しく感じたものだが、今日の歩は不思議なくらいに落ち着いている。それは、自分の中から焦りが薄れているからかもしれない。

 もう、帰ってこないよね……? もし誰か来ても、これからシャワーを浴びるところだった、と言い訳すればいい。

 歩はそっとジャージを剥き――封印していた自分の姿を鏡に写す。それがいいものだと自分で誇ることはできない。だが、望んでくれる人はいる。それに――

「~~~~♪」

 やっぱり裸で唄って踊るのが一番気持ちいい。歩自身も不思議に思うほどに後ろめたさが消えている。それはここ数日、ずっと着衣でレッスンしていたことによる反動か。改めて裸になってみると、いつも以上の爽快感が芽生えてくる。

 この教室に世話になる際に最低限の施設の説明は受けていた。当然、関係者立ち入り禁止の場所もある。そのひとつが――あのウォークインクローゼット。中は煩雑としているため、あまり触らないで欲しい――唐沢トレーナーからもそのように言われていた。その中に収められているのは――これまで歩にとっては、手を伸ばしても届かない夢の象徴。けれど、いまでは――届かないなら、届かないでも――それはきっと、数多くある夢のひとつに違いない。

 だからこそ。

 歩はこっそり、衣装室へと足を踏み入れる。アイドルの衣装はやはり可愛い。これを着て、唄って踊れれば良かったのだけれど――誰しも、自分が望んだ才能を持って生まれてくるわけじゃない――それには恵まれなかったのかもしれない。

 けれど、諦める前にもう少しだけ。歩は薄暗い部屋の中でそれを見つけ出した。自分たちが今度のイベントで着ることになっているドレス――水着を基調としているため露出は多めだが、パレオのようなスカートも着いており、ブーツや袖袋まで揃えればサイバーな雰囲気となる。

 それをこっそり身につけて――やはり、自分の実力は知っておきたい。手足の装飾はさておき、一先ずはメインとなるサイバースーツだけ。それでも、レッスンルームに戻ると伴奏もちゃんと流し、歩は曲に合わせてステップを踏んでいく。普段と異なり歌はない。振り付けだけに集中できる。なのに、この体たらくとは。

 やはり、自分には――けれども、もう少しだけ挑戦していたい。表舞台への憧れはそこまでの夢。けれど、そこから先は――

 難しい動きではないはずなのに、どうしても少しずつ遅れてしまう。足の捌きを間違えて、慌てて戻そうとしても音楽は待ってくれない。それはまるで、自分が追い求めている夢のようだ。ゆえに歩は懸命に追いすがる。だが――

 

 ばらっ、ばら……

「え……?」

 

 夢より先に、衣装の方が砕け散ってしまった。焦りから、おかしなところに指を引っ掛けたのかもしれない。鏡に写るのは一糸まとわぬ己の姿。その足もとには色とりどりの布の切れ端。

 衣装を壊しちゃったッ!? 急いで掻き集めてつなぎ合わせてみようとするも――そもそも衣装ってこんな簡単に壊れるものだっけ? それも、こんな――ある意味潔いほどに。よくよく見てみれば、前身頃と後ろ身頃が切り離されている。こんなの、絶対おかしい――ッ!

 次の瞬間、歩は衣装の残骸をお腹に抱え、部屋から飛び出していた。

 どんな顔して、どんな言葉でみんなに謝ればいいのかわからない。けれど、きっとこれはみんなの――オーナーにとって核心的な情報となるはずだ。歩とて、疲れていないはずがない。一日中レッスンに参加し、居残りまでしていたのだから。なのに、驚くほど身体は軽い。道には人が溢れているのに、目の前がすっと開けてゆく。硬いアスファルトを蹴る足にも痛みはない。ただまっしぐらに、この真実を大切な人に届けるため。

 そして、自動ドアが開いてゆく。そのゆっくりとした動きさえもどかしく、ガラス戸の向こう側に向けて歩は叫んでいた。

「オーナーっ!」

 しかし、肝心の室内は凍りつく。そこはちょうど、終電を逃して一晩唄い明かそうと腹を括った者たちで混雑していた。カウンターで手続きする者、その順番を待つ者、そこにいたすべての視線が彼女に集まる。

 全裸の歩には、それほどの存在感があった。

 もっとも――外から全裸の女性が飛び込んでくれば、誰もが注目してしまうのも当然だが。

 

     ***

 

 一先ず、休憩室奥の事務所の方へ。ヘルプとしてカウンターに出ていたプロデューサーも一緒に引っ込んできている。

「黙っていなくなって本当にごめんなさい。でも、すごく大変で……っ!」

「わかりましたから……一先ず状況を説明して下さい」

 本当は、彼の方からすぐにでも謝りたかった。同級生の顔で、同級生と交わした約束のことを。しかし、ここにはもうひとり同伴者がいる。

「なんや、追い剥ぎにでも遭ったんかいな」

 カラオケボックスの方の業務は糸織が担当しているため、この時間にも事務所に残っていた。やはり、いつものラフな格好だが、縦巻きロールだけは維持している。これは人前に出るのであればなるべく欠かしたくないらしい。

「あとでもう一度説明するかもだけど」

 と歩は前置きした上でここまでのことを話し始めた。劇場を出た後、唐沢トレーナーのスクールに世話になっていたこと。それと引き換えに、今度のダンスイベントに参加することになったこと。そのための衣装を試着してみたところ、こんなになってしまったこと――

 そして、新たな会議参加者が扉を敲く。

「歩さまの服をお持ちしました。それと……私に見せたいものがあると」

 どうやら歩の部屋には鍵が掛かっていなかったらしい。九階の居住フロアから着るものを持参して、しとれはメイド服でプロデューサーからの呼び出しに応じてくれた。

「これ……なんだけど……」

 歩は手荷物を渡し、服を受け取る。服にモソモソと袖を通しながらしとれの方をチラリと覗き見ると、それはまさにパズルと向き合っているような面持ちだ。しかし、すぐに構造を理解し、正しく組み直していく。そこに、呼び出し最後のメンバーが到着した。

「遅れてすいません。(もも)ちゃんのところにおりまして……」

  春奈(はるな)の物腰は礼儀正しいがノックを忘れている。寝る前だったようで、パジャマにカーディガンを羽織って来てくれた。その間に、しとれの仕事は完了している。

「おそらくこれで、問題はないはずですが」

 そっと持ち上げてみると、もう崩れることはない。歩が持ってきたパーツはすべて元通りに組み直された。そして、春奈はひと目みてそれが何かを思い出す。

「うわぁ、これって、私が、そのー……撮影のときに着てた衣装じゃないですか」

 破片になっていたときから、プロデューサーに予感はあった。春奈の一件のために、彼はその情報に一通り触れている。彼女の最初の作品のミュージックビデオ――それでさえ際どい撮影が多く――一応形式上は全年齢対象であったため、服が分解されるとニップレスと前張りの姿、というギミックだった。

「ったく、こんなんどこで売っとんねん」

「えーと……ドンキとか?」

 春奈本人が言うとどことなく自虐的にも聞こえる。

「アホ、売っててたまるか」

 少なくとも、ここまで凝った分解ギミックを搭載したものを販売するはずがない。

「しかもこれは中が水着のようになっています。下着まで着けさせずに丸裸にするのが目的ですね」

「そ、そーなんですよっ! 本当に衝撃的でしたから、コレ」

 しとれから指摘されたことで、春奈からも完全に裏が取れた。間違いなく、唐沢トレーナーは吉座とつながりがある。つまり、歩は敵陣の私物を勝手に持ち出してきてしまったということだ。発覚して揉め事になる前に早く元に戻しておきたい。鍵を持たずに出てきてしまったが、関係者口の暗証番号は教えてもらっている。そこから入ってこっそりしまい直しておけばトレーナーに気づかれる前に解決できるはずだ。

 しかしプロデューサーは、すぐに戻してしまって良いのだろうかと思案を巡らせる。

「檜さん、この服を複製することは……」

 当然、分解されない普通の衣装として。それを本番の着替える直前に気付かれないようすり替えておけば――

「せめて、もうひとりの分だけでも……」

 歩には自分だけ()()()()()()()()()()()()()覚悟はできている。だとしても、今回はあまりにも日が少ない。

「さすがに無理ですね。この服自体に細工するのならともかく」

 普段大抵のことは請け負うしとれだが、今度ばかりはきっぱりと断った。

「ほんなら、細工の方向で頼むで。なるべくバレへんよーに糸で縫い合わすとかな」

「そんなことしたら、トレーナーさんに気づかれちゃいません?」

 春奈の懸念はもっともだが、糸織にも引くつもりはない。

「覚悟の上や。せやから、歩はんには引き続き監視を頼むで。異変があったらすぐに連絡しぃや」

「う、うん」

 監視とは当然、衣装そのものだけでなく、衣装の異変に気づいたトレーナーがどう動くか、というところまで。

「てことは……トレーナーさんはスパイだったということでしょうか……」

 人を疑いたくない春奈は獅子身中の虫にしょんぼりしている。

「いえ、唐沢氏については渋長さんの方から無作為に選出しています」

「と、なると……偶然吉座絡みのトレーナーに依頼してしまったのでしょうか」

 偶然にしてはできすぎている、と訝しむしとれ。だが、プロデューサーはある程度の必然性を感じている。

「おそらく、彼らがそれほどまでにこの近辺に根を張っているということかと」

 それは、 花子(はなこ)の撮影に使われていた貸し事務所のように。

「とはいえ、依頼当時といまが同じ状況とも限らん。一先ずグレーってことで警戒しとき」

「は、はい……」

 怪しみながら平気な顔をしてレッスンを続けていけるか、歩には自信がない。

 こんなとき、徹底的に攻勢に出るのが糸織の性格であるがゆえに、彼はプロデューサーとして守りの姿勢で事に臨む。

「ともあれ、いまはこのギミックをステージ上で稼働させないことが最重要かと」

 彼には、吉座の行い自体を看過することができない。騙し討ちのような形で女のコに羞恥心を与えるなど。

 そんなプロデューサーの性格を理解しているからこそ、糸織は彼の方向性を鵜呑みにはしない。

「止めるだけなら簡単やろけどな。吉座の活動自体を止めんことにはこんなんが繰り返されるで」

「それは、わかっております」

「わかっとんなら……ええな?」

 糸織は自身の身体が女子として未発達であることを自覚しており、ゆえに裸体に関しても意識が低い。他の同性はそうでないことを知りつつも、つい遠慮なく踏み込んでしまう。吉座を追い詰めるためならば女子のひとりやふたり、人前で裸にすることも厭わない。しかし、今回は面識の薄い相手である。

「とはいえ、部外者を裸にするわけには……いえ、関係者ならいいというわけでもないのですが……」

「私なら大丈夫だよ、オーナー」

 歩は、吉座のための()()()になることに躊躇いはない。

「それでは、もうひとかたをどうするか、ですが……」

「つまり、替え玉を用意するということですね」

 しとれの問いに、春奈が応える。しかし、その人選は難しい。

「ウチは無理やで。思いっきりツラ合わせとるからな」

 意外と皆々何らかの形で吉座と接触している。

 だからこそ。

「話は聞かせてもらったーっ」

 と部屋の扉を開け放つのは紫希。しかし、彼女もまた吉座からスカウトされている身であり、顔は割れているだろう。つまり、本命は小脇に抱えられているのは今日初めて顔を合わせたばかりの新メンバーの方だ。

「あたしは何も聞いてないよー」

 全裸の紫希と異なり、夜白は元のパーカーとパンツを着込んでいる。なお、紫希は自分の生活があるため元のマンションで引き続き暮らしているが、夜白は移動が面倒なのでここで暮らす予定だ。TRKへの加入も二つ返事で了承し、元のソープに加えてカラオケボックス店員の三足わらじとなっている。

 ズカズカと入ってくる新規の二名。だが、詳しい説明を要するまでもなく、みな紫希の意図は理解している。

「なるほど……夜白ちゃんであれば、まだ入ったばかりですしね」

 春奈は納得しつつも――話題の本人より、その隣に座る全裸女子の方が気になってしまう。パイプ椅子には春奈と糸織。簡易ベッドには歩と紫希と夜白が腰を掛けている。そして、プロデューサーが座る事務椅子の後ろに寄り添うように立つしとれ。さすがに手狭になってきた。というか、議論に不要な人間がひとりいる。

「てか、まだおったんかい」

 届け物が済んだのなら、紫希には退室してもらって構わないのだが。花子は比較的夜が早い。なので、顔を合わせずに済んでいるが、起きてきて全裸でうろついている紫希を見かけたら、また面倒なことになるだろうな、と糸織はひとりため息をつく。

 一方夜白は、期待の中心にいるのは自分であり、逃げられないと観念した。

「で、今度は誰の真似すればいーの? てか、何が何やらさっぱりで」

 本人の言とは裏腹に、扉の向こう側で一通りのことは聞いている。ただし、一緒に下りてきた春奈の到着以降のことだけ。

「今度の日曜、新宿の駅前のダンスイベントに出てもらいたいんや」

 歩に話させると長くなりそうなので、糸織は必要な情報だけを掻い摘む。

「あー……それは大変だねぇ」

 遠出するなら数日くらいは休みを要求したかった。が、驚くほど近所である。なので、交換条件は控えめに。

「わかったよー。だから……当日の夜シフト、誰かに代わってもらっていーかなー。ほら、そのイベントって駅前なんでしょ? おロープ頂戴されちゃうかもしれないし」

「いえ、私が警察沙汰にはさせません! 必ず……ッ!」

 彼の言葉は短いが、そこにかける強い意気込みは伝わってくる。むしろ、強すぎる想いに夜白の方が引き気味だ。

「わかっとるわかっとる。せやからPはんはあんま熱くならんといてな。

 あと夜白はん、このニーチャン変なとこで生真面目やから、そーいう類の軽口は勘弁やで。

 それと、シフトの調整はこっちで何とかしとく」

「あー……色々わかった。あと、色々ありがと」

 夜白は何事もアバウトに生きている。なので、警察沙汰になってもまーそれはそれでー、と気軽に構えていた。しかし、プロデューサーはそれを認めない。何より、夜白はすでにTRKのメンバーである。誰ひとりとして、不幸にさせるつもりはない。

 プロデューサーの気持ちが変なところに向かないように、しとれは改めて話を戻す。

「それで、替え玉のためには、本人にも協力を仰ぐことになりますが……」

 夜白が舞台に上がるためには、本来の出演者には下りてもらわなくてはならない。

「それは、歩さんからお願いしてもらいましょうか」

 春奈の提案は当然の流れだが、糸織はそれを却下する。

「んー……、どこから情報が漏れるかわからん。それに、相方もグルって可能性もあるしな」

「そ、それは疑いすぎじゃあ……」

 春奈が言うように、歩もまこを信じたい。自分を勇気づけてくれた頼り甲斐のある先輩を。

 だが、糸織は油断を見せない。

「疑いすぎるくらいが丁度ええで。そもそも、そんな不人気イベントに率先して出たがること自体怪しいんや。歩はんの匿う条件としてそのイベントに出ろって持ちかけてくるところもな」

「そうなんですか……?」

「もしかすっと、新歌舞伎町の外でTRKのメンバーっちゅー歩はんを警察沙汰にすることで、ウチらを潰そうとしとるんかもしれん」

「そんなことは――」

「させへんよ」

 糸織は彼が熱くなる前に冷水をかける。

「だから、この話も秘密裏に進めた方がええな。もちろん、身内にも」

 すでにメンバーの半分がこの場に集っているのだが。そこに、夜白は追い打ちをかける。

「あー、それなら手遅れ。聞き耳立ててたのがあたしたちだけだと思ったかい?」

 そこで扉が開かれた。

「大丈夫だよー……絶対秘密にしとくからー……」

 桃は顔半分出してそれだけ言うと、再び静かに扉を閉める。少なくとも、メンバー内の箝口令は難しそうだ。

「……Pはん、この部屋防音にした方がええんちゃう?」

「防音室であれば二階より上に貸すほどありますので。ともかく、こうなってしまった以上、今回は皆様にも協力していただいた方が良いかもしれません」

 下手に作戦から切り離して自発的に動かれるより、比較的安全な役割を担ってもらった方が結果的に良いだろう。

「何をしていただくかは当日お話いたしますので、それまではこの件について口外せず、いつもどおりの生活を心がけて下さい」

 聞き耳を立てられている前提で、彼は扉に向かって話しかけた。返事はないので誰が聞いているかはわからないが、念の為に明日には一人ひとりにお願いして回ることになるだろう。

「それはともかく、スクールのもうひとかたをどうするか、の件ですが……」

 事あるごとに議論が脇道にそれるので、しとれは逐一元に戻す。どのようにしてまこを本番から下ろすか――残念ながら、室内には意見が続かない。こんなとき、つい部屋の扉が気になってしまう。何か妙案のある者が自己申告してくれると期待しているのかもしれない。だが、今回ばかりは何もないようだ。

「……それについては追々考えよか」

 まだ、もうひとりのスクール生については情報が少ない。

「ですね。どうにかして当日まで本人には気付かれないようにしつつ、当日は会場に到着できないようにする、と」

「それはそのー……会場をこっそり別の場所に移すとか、電車を止めるとか、そういう工夫ですね」

「もう少し小規模にできる案を検討させて下さい」

 春奈からの提案は少しばかり規模が大きすぎた。

 これについて糸織は、いざとなったらエージェントに拉致させるくらいの物騒な案を考えている。が、これをプロデューサーが承諾するはずもないので、自分だけで内密に動かなくてはならない、とも。

「あー……Pはん、相方の件やけど、当日まで監視つけさせてもろてええか? 護衛も兼ねて、ってことで」

「わかりました。お願いします」

 糸織の真意を理解せぬまま、彼は彼女に信頼を寄せる。

「ただ、いつもゆっとるけど、新歌舞伎町近辺はあかんからな。少なくともひと駅かふた駅は離れんと。せやから、もし近所に住んどったらどーにもならん」

 尾行のためにタイミングを合わせて新宿入りするのならともかく、連日新宿近辺をうろついてもらうのは、スクールが新歌舞伎町に隣接しているため難しい。それでは事実上、暗黒街を数日にわたって入り浸るようなものだからだ。

 ここで歩に視線が集中する。少しして、自分が話しても良いらしいと気づいたようだ。

「それなら大丈夫だと思う。終電気にして帰っていったくらいだから」

 詳しい住所についても、糸織のエージェントが調べてくれるだろう。

 そして、他に決めるべきことは当日の役割だ。

「イベント中、私は観客に混じって様子を窺うつもりですが……」

 それが彼の精一杯だろう。うっかり吉座の誰かと顔を合わせてしまっては、必ず姿をくらますに違いない。

「中から探る役も欲しいですね。おふたりの出番中に楽屋で何かあるかもしれませんし」

 と言いつつ、春奈自身は顔なじみであるためその役を買って出るのは難しい。そして、先に言っていたとおり糸織も。

 しかし、今度は。

「話は聞かせてもらったのーっ」

 扉の外からここぞとばかりに入ってくるのは朱美と桃。春奈や紫希と共にゲームをしていたメンバーである。

「こう言っちゃ何だけど、あたしたち初心者ばっかだから」

 胸を張る際に最も力強く感じられるのは、物理的にやはり桃か。

「参加予定のダンススクールに掛け合って、おねーちゃんたちが参加すればいいのー」

 それは、いまここにいない人たちも含めて。派手に動くわけにもいかないが、他のダンススクールは新歌舞伎町から離れている。おそらく、吉座と関係はないはずだ。

 それは危険だとプロデューサーは心配するが、しとれもこの案に賛成している。

「では、私もそちらに参加させていただきます。私も、吉座の方々とは直接の面識はありませんので」

 彼女に加えて――花子は難しいだろうが、慧や優も大丈夫だろう。

 詳しい話はまた明日の日中するとして。

「当日までに課題がないわけでもありませんが……何卒皆様よろしくお願いいたします」

「「「はいっ!」」」

 メンバーたちは、ついに吉座を捕まえられると戦意を漲らせている。だが、プロデューサーの中に、吉座を追い詰めている高揚感はない。ただ心の中で強く誓う。もう二度と、女のコの輝きを曇らせるようなことはしないと。

 そしてその誓いは――吉座だけでなく、自分に対しても。

 

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