ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> BEGINNING-LIVE!   作:添牙いろは

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13話 天菊まこ

 彼は遥か頭上を仰ぎ見る。通りの入り口に掲げられた真っ赤なアーチには『新歌舞伎町』の文字。それはかつて、一度は取り崩されたもの。だが、こうして蘇った。

 ゆえに彼は見上げて思う。まだ、終わったわけではない――と。

 

       ***

 

 (カラサワ)(アイドル) DS(ダンススクール)――通称『キッズ』は見学者大歓迎――だが、生徒の方が見学者を歓迎しているとは限らない。ピカピカに磨かれたフローリングにきちんと正座して静かにスマホを向ける女性――ニコニコと穏やかな表情を浮かべてはいるが、その姿勢にはあまりに隙がなく、必要以上に練習生たちの気を引き締めさせてしまっているようだ。

 あれでも、結構可愛いところもあるんだけど。特に、()の前では――それを(あゆむ)は知っている。しかし、同性に対しては甘えがない。その空気が、女のコしかいないこの教室でも出てしまっているのだろう。

 ちゃんと着飾れば映えるというのに、今日もベージュとブラウンの上下。大きな眼鏡に大きなシニヨン。 崎乃平(さきのひら) 花子(はなこ)――一応、色々と()()は用意してある。歩の“姉”であり、住まいは実家である川口。妹がイベントに出ると聞いて応援に来た――しかし、あまりに清貧すぎる佇まいに誰もが話しかけられそうな雰囲気ではなく、それらを披露する機会には恵まれていない。いまも黙々と歩のレッスン風景を録画している――と見せかけて、さり気なくその隣の女性も併せてカメラに収めていた。

 少し吊り上がった目尻は猫の瞳を思わせる。力強い気性を象徴するような太めの眉毛。そして、左側頭部にまとめられた大きなサイドテールは本人曰く、覚えてもらうためのトレードマーク。赤いトレーニングウェアからは情熱的な印象を受けるものの――そのストンとした 体型(フォーム)から、サイドテールがなかった頃は男子と間違われたこともあったらしい。だからこそ、自身のチャームポイントとして定めているのだろう。 天菊(あまぎく)まこ――彼女は日曜日である明日、歩と共にステージに上がるパートナーであり、しかし、上がってはならない人物である。代わりに上がるのはTRK・ 雪見(ゆきみ) 夜白(やしろ)――コピーの達人――彼女にまこの動きを伝えるために、花子は来た。

 まこと併せて、練習風景の撮影の(てい)で部屋全体――トレーナーの様子も録画している。唐沢氏も多少カメラを意識しているようだが、これといって不審な点はなく、特に何を言うこともない。歩は当初、事務所には秘密にしてほしいと頼んでいた。しかし、花子が来ているということは、すでに公認であることを意味する。だからといって、いまさら事務所に戻るのでイベントには出ない――と言われるわけにはいかない。だから、トレーナーも何も言わない。これまで交わした約束通り、必ずステージには上がるように、と無言の圧力を送っている。

 今日は土曜日。休日だけに練習生も平日よりは多かったが、その皆々も正規のレッスン時間を終えて帰宅していった。そして、トレーナーも。この場に残っているのは三名だけ。花子は“妹”である歩の練習風景を録画し、最終チェックを行っている――という雰囲気で歩と共にスマホを覗き込んでいるが、そこに映し出されているのはチャットアプリ。夜白からの返答は『ちょっと粗いかもー。もっと接近できない?』とのこと。やはり、壁際からでは距離が遠かったようだ。

「ふぅむ、ここんとこ、メモ取っとこか」

「うん、やっぱり難しくて足が追いつかないんだよ。お姉ちゃんはどう思う?」

 と、振り付けについて議論していると見せかけて、入力内容はまったくの別ごと。『ほんじゃ、ターゲットに近づいて』――

 だが、その発言は中途半端なところで送信される。ターゲットが自らやって来てしまったから。

「歩、おつかれっ! それと……歩のお姉さん?」

 さっと本来の動画アプリに戻しているので、まこに覗かれても問題はない。

「はじめまして。あたし、天菊まこっ。歩の先輩で、明日は一緒にイベントに出る――」

 まこは蓮っ葉なアイドルを目指しており、そのようなキャラを作りたがる。だが、花子に対しては最低限の礼儀を保ったか、それとも、年長者の貫禄に押されたのかもしれない。

「……――んです」

 少し間を置きながらも口調を正した。誰もが近づきがたかった花子に自ら声をかけたことには理由がある。

「もうすぐ終電だし、最後にふたり一緒に撮ってくれませんか? 今夜、家で確認しときたくて」

 それはまさに、花子側から打診するつもりのことだった。近くで自然に撮影するために。

「ええよええよー。ほんじゃ、歩も一緒にぃ」

「うんっ」

 本人に許可を取るどころか、本人から頼まれてしまった。ゆえに遠慮なく。周囲から隅々までチェックするようにまこ――と、歩もついでに。これで、必要な情報は不足なく揃ったはずだ。

 踊り終わってみたものの、まこの表情は険しい。まだ納得できるレベルに達していないようだ。早速まこのスマホにデータを送ってあげたが、まこは画面の中の自分と睨み合ってる。

「うーん……やっぱ指先まで意識がいってない……。これは今夜中に対策が必要ね」

「でも、夜は寝んとあかんよぉ。疲れとったら全力出せへんからなぁ」

「そうですね。じゃ、あたしそろそろ上がります」

 まこは立ち上がるが、歩は撮った動画ばかりを見て続こうとしない。それで、少し気になっていたことを尋ねる。

「てか、歩って帰るときも着替えないよね」

 そもそもは、ここで借りていた一着しかなかった、という都合はあるものの。

「うん、私、いつもこのカッコで来てるから」

「まったく、ズボラで恥ずかすいべ」

 花子の苦言は一人暮らしの歩の私生活が雑であるという伏線。これから持ちかける提案で効いてくる予定だ。

 歩が近所に住んでいる(ことになっている)のはまこも知っている。だが、その姉とは初対面だ。

「あはは……あたしも、終電ギリギリのときはそのまま帰っちゃうこともあるし。というか、お姉さん終電大丈夫です?」

 まこは更衣室のロッカーへと足を向けながら背後の花子に帰路を尋ねる。この質問もまた、花子たちにとって都合が良い。

「あたすは車だすからなぁ」

「それなら心配ないですね」

 ここでふと会話が途切れた。この展開では歩から続きが挟まれるはずだったのだが、本人は相変わらず自分の動画を凝視している。やっぱり、服を着てたらこのくらいなんだなぁ、とため息をつきながら。

 しかし、肘でゴッ、と――花子はそこまで強くしたつもりもなかったが、いい角度で入ってしまったのかもしれない。ぅぐぇ、と小さく、鈍く呻いたことで歩は自分の役割を思い出す。

「ま……まこちゃん、どのあたり住んでるの? 私、今夜は実家に帰るから、良ければまこちゃんも一緒に……」

 まこは背を向け気味だったため、苦悶の表情を見られなかったのは幸運だったか。なお、花子はニコニコ顔を崩していない。

 まこが池袋から数駅行った板橋という街に住んでいることは昨晩のうちに 糸織(しおり)が雇ったエージェントにより調査済みである。だが。

「んーと……池袋」

 まこは少しだけ見栄を張る。だが、経路にさしたる問題はない。

「うち、川口やから、ちょうどええべ」

「明日もお姉ちゃんに送ってってもらうつもりだから、一緒に乗ってかない?」

 近所に住みながら遠くの川口の実家に戻るのは、歩の私生活がズボラなので、イベント前夜くらいはコンディションを万全に整えるため――という伏線は張っていたが、まこはあまり気にしていないらしい。ただ、実際のところは知人の姉、という事実上の赤の他人とふたりきりでの送迎は敷居が高いだろうという配慮だった。しかし、これもまたまこならあまり気にしなかったかもしれない。

「いいの? ありがたいわね」

 これで朝遅れることはない、とまこは嬉しそうに微笑み、今度こそ更衣室へと向かっていく。だが――明日、彼女が会場に着くことも、歩が同乗することもない。何かと理由をつけて妹は先に行ったと言い訳して、まこひとりを車で連れ回し――後で弁解は必要だろう。ただ、そのとき会場で何が起きていたのかを知れば、納得してくれるはずだ。

 まこは明日のイベントの出演者であり、 吉座(よしざ)から狙われていないとも限らない。新歌舞伎町に長時間滞在できないエージェントには、念の為にまこの自宅近辺に張り込んでもらっている。そして、花子たちが送り届けた後も、明日に改めて迎えに行くまで監視を続けてもらうつもりだ。

 まこが着替えている間に、歩たちも帰り支度をしなくてはならない。着替えない歩は更衣室ではなく壁際にカバンひとつだけ置いてある。そして、花子は夜白たちと確認を。

「……うん、さっきの動画で大丈夫そうだす」

 OKが出たところで、まこが更衣室から出てきた。その装いはガーリーファッション。薄桃色の水玉模様のワンピースの裾にはフリルがあしらわれている。この格好で蓮っ葉なキャラを演じられると、一世紀前に端を発する古典少女漫画のキャラクターのようだ。おかげで、異様に可愛らしいハンドバッグさえ女性誌のオマケのように見えてくる。

 初対面となる花子と打ち解けさせるために色々と気を回して対策を立ててきたが、まこは本当に人見知りしない性格らしい。三人でスクールを出た後、駐車場への道のりでも意気揚々と明日への意気込みを語り続けている。

「お姉さん、明日のステージも観にきてくれるんですよねっ」

「もちろんだす。楽しみにしとるべ」

 そんなまこの様子を見ていると、歩は騙してイベントに参加させないことが申し訳なくなってくる。とんでもない罠が仕掛けられていることは確かだし、プロデューサーは別の舞台を探しておく、とも言っていた。

 しかし、それでも――

 花子の車まで辿り着くと、歩は助手席へと乗り込んだ。そして、まこは後部座席へ。そこでも、ネアカな彼女は喋り続けている。

「今回のテーマって結構尖ってるから……前の組とかぶらなきゃいいけど」

「でンも、同じテーマなら、それこそ腕の見せどころだべ」

「ん、そーかも。上位互換ってところを見せつけてやればいいんだ」

 きっと、まこにとって明日の舞台は何物にも代えがたいものなのだろう。いや、何事にも全力投球なまこにとって、代えられる舞台などないに違いない。だからこそ、嬉々として熱弁しているまこを見ていられず、歩はつい話題を変えた。

「そういえば、まこちゃんはアイドルに憧れるキッカケってあったの?」

 これは、ずっと気になっていたことでもある。一〇年以上もアイドルに憧れ続けられる原動力は一体どこから湧いてくるのか。

「うんっ、テレビのドッキリ企画でね」

 ルームミラーに映るまこの顔は、少し何かを企んでいるようにも見える。

「これ、ちょっとしたトリビアなんだけど……ほら、お笑い芸人のリリちゃんっているじゃん?」

 一昔前はゴールデンのバラエティ番組でもよく見かけたが、最近は深夜番組を中心に活動ししている。しかし、そのずっと前に遡れば――

「実はあの人、デビュー当時はアイドルやってたんだよ」

 あまりテレビを見ない人には少し意外なトリビアである。

「おぉ、おぉ、知っとるべ。めんこいコだったなぁ」

「あ、さすがお姉さんは知ってましたか」

 なお、ふたりの歳の差は親子ではなく姉妹程度である。

「で、そのリリちゃんがまだアイドルやってた頃、母校の文化祭にサプライズゲストしてね」

「覚えとるよぉ。確か、着ぐるみ着とって、中から登場~って感じだったべ」

 花子の地元ではテレビを観るくらいしかやることがなかったため、それも視聴していたらしい。

「そうそう! 最初は、リリちゃんが声当ててるキャラの着ぐるみだったけど、中からまさかの本人登場! ってゆー!」

 夢のキッカケだけに、まこの弁にも熱が入る。

「スゴかったんだよ。それまでゆるゆる~って感じだった会場が、急にざわ、ざわ、って。で、歌いだしたら、みんなワーって!」

 感嘆詞のみでつながれているが、その興奮は何となく伝わってくる。それまでの体育館は、誰ひとりとしてステージを気にかけることもなく、ご飯を食べたり駄弁ったり――もはや休憩所の様相だった。しかし。

「高校生たちも一気に引き込まれて……それで、憧れたんだ。あたしも、そんなアイドルになりたい、って」

「わ……すごい……」

 歩もまた、その状況に自分を重ねる。これまで誰からも気づかれることなく生きてきた自分が、突如みんなから注目されるようになり――感謝というより照れくさい。だけど、嬉しい。やはり、みんなのところに戻ってきて良かった、と歩は感謝の念を新たにしていた。

 まこと話していると、歩は自分自身と向き合うことができる。もっと色んな話をしてみたい。そう思っていたのだが、それは唐突に打ち切られた。

「あ、車はこのへんでいいですよ」

「え、このへんって……」

 そこはまだ池袋である。しかし、まこにとっては()()池袋だった。

「うち、この辺だし、そのー……ほら、買い物とかしていきたいし」

「そ、そうなんねー」

 本当は板橋に住んでいると知っている――とは言えない。仕方なく、花子はまこに指示されたコンビニ前の路肩に寄せた。

「じゃあね、歩。明日は頑張ろうっ」

「うん、一生懸命頑張るから」

「失敗しても大丈夫だよ。先輩として、あたしがフォローしてあげる」

「頼りにしてるね……えへへ」

 明日の舞台は基本的に着衣である。だからこそ――一緒に踊ってくれればどれだけ心強いことか。

「朝もここに来てもらっていいです?」

「ほいー、わかったべ」

 まこは買い物があると言っていたが、賑わいのない住宅地の方へと向かっていく。これ以上追跡しては変な疑いをかけられそうなので、その件を報告だけして、新宿の事務所へ引き返すことにした。

 その車中にて。

「花子さん……そのー……さっきの話なんですけど」

「んー、なんだべ?」

 歩は流れてゆく街灯を眺めながら、遠く彼方に思いを馳せていた。

「えーと、テレビの企画の。番組名とか、覚えてたら」

 古い番組ではあるが、アーカイブは残ってるかもしれない。もし機会があれば、歩も観てみたかった。着ぐるみを脱いだアイドルが、どんなに輝いていたのかを。

 

       ***

 

 カラオケボックスに戻ると、歩たちはまっすぐ一〇階の仮設スタジオに向かう。そこで踊っていたのは先程送り届けたばかりのまこ――と、歩が見紛うほどの完成度の夜白だった。しとれがチラチラと手元を見ているのは、花子が先程密かに送っていたまこの動画データだろう。夜白は、それを見ることなく記憶だけで踊っている。それでこのクオリティ――クオリティが低いところまで含めてクオリティか。

 決めポーズのはずだが、決まっていない。その前のターンに引きずられてどうしても軸足がブレてしまう、とまこは最後の最後まで悩んでいた。その些細な踵ずらしまで含めて、夜白は忠実に再生を終える。

「ま、念のために本番前もおさらいしとくけど……うん、あまり情報量の多くない振り付けで助かったよ」

 まこがトレードマークだと自称するサイドテールのウィッグも用意した。吉座たちは一度もレッスンに顔を出しておらず、おそらくまことの間に面識はない。これなら誤魔化しきれるだろう。そして、唯一まこをよく知る唐沢トレーナーとは直前でプロデューサー自身が話をつける予定だ。裏でつながっていることも考慮して、カラオケボックスの方で待機していてもらうことになるだろう。

 そして、重要な役割を担っているのはしとれだ。どうやら、今回の『ダンススクール・オードブル』はイベントに出るだけが目的で――宣伝やら目立ちたいやら、挙げ句には友だちが出演するから自分も出させてくれ――等、雑な理由で入会しようとする人が後を絶たず、スクール側も迷惑しているらしい。そんな中、みんなで手分けして事に当たったところ、要望が通ったのはしとれだけだった。実際、しとれにダンス教室に通っていた経験はない。それだけで参加条件は満たすものの、『メイド☆スター』としての実績は伊達ではなかった。これはいい宣伝になる、と一時入会決定。荻窪の新人として、舞台に上がることになっている。だが、その本当の目的は、歩やまこに近づいてくる者の俯瞰的な監視。それと、ふたりの出番中の舞台裏の様子も見張っておくつもりだ。

 しかし、そのためには自分も練習生として出演しなくてはならない。夜白に代わって、今度はしとれが仮設ステージに上がった。さほど難易度の高い振り付けではないが、せっかく受け入れてくれた先生の期待には応えたいとしとれは思う。最終確認のための音楽がなり始めたところで――

「Pはん、緊急事態や!」

 一階でカラオケボックス業務に携わっていた糸織が突如部屋に飛び込んできた。その表情にはいつもの余裕がなくなっている。

「まこはんが……行方不明やて!」

「な……ッ!?」

 エージェントの目を掻い潜ってどうして――?

「別れてから一時間経ったんに自宅に戻っとらんと報告があったわ」

 まこ本人は自分たちで送迎するので、吉座が自宅に寄りつかないかをエージェントに見張ってもらうことにしたが、完全に裏目に出たらしい。

蒼泉(あおずみ)さん、すぐに連絡を」

「う、うん……っ」

 まことの連絡先は交換してある。しかし――

「ダメ……出ない。一応、メッセージも送っておくけど……」

 池袋から板橋はほんの数駅である。その間に何かあったらしい。

「蒼泉さん、崎乃平さん、天菊さんが向かいそうな場所に心当たりはありませんか」

「んーと、まこちゃんなら、買い物してから帰るゆっとったけど……」

 だが、それは本当の住所を誤魔化すための方便である可能性も高い。

「まさか、吉座に、とか……?」

 悪の元凶と見なしているだけに、しとれは何でも結びつけてしまう。とはいえ。

「確率は低いやろな。もしそこまですんなら、とっくにまこはん自身と何らかの形で接触しとるはずやろ」

 まこの性格を考えれば、芸能事務所関係者を名乗る者から声をかけられれば喜々として喧伝して回るだろう。やはり、吉座の撮影のためにトレーナーが協力しており、まこは何も知らない被害者という線が有力か。

「……ともかく、現在情報が乏しすぎるため、こちらから打てる手はありません」

 ただ、もしまこが時間通りに現れなければ即座に警察に相談するつもりだ。彼女は闇の街の住人ではない。

「明日については、天菊さんの状況がわかるまでは予定通りに進めます。崎乃平さんは時刻通りに待ち合わせ場所に向かい、蒼泉さんと雪見さん、(ひのき)さんはイベントの準備を」

 ここにいないメンバーのうち、吉座との関与が薄い者は新歌舞伎町周辺の監視、深く関わっていた者はこのカラオケボックスに詰めてもらう予定だ。

「そして…… 丘薙(おかなぎ)さんは事務所待機でお願いします。何かあれば連絡いたしますので……情報管制の中枢として、よろしくお願いいたします」

「おう、任しときや!」

 わざとらしいまでの重役指定。これは、プロデューサーによる配慮に他ならない。人一倍負けず嫌いの糸織は、喫茶店での吉座との一件を“敗北”として受け取っているきらいがある。何か重要な役割を与えなければ、自らの手で捕らえるべく飛び出していったに違いない。プロデューサーからの指示に対して糸織に不審な反応はなく、彼は一先ず安心する。

 そして、練習を終えた夜白はステージでゴロゴロしながら話が終わるのを待っていた。

 

       ***

 

 ついに当日――

 結局、まこが自宅に戻ってきたという報は受けていない。が、何があるかわからないので、エージェントには本人の所在が明らかになるまでそのまま自宅近辺で待機してもらうこととなった。安否については心配だが、一先ず危険なイベントから切り離すことができただけでも僥倖といえるだろう。

 と思っていたのだが。

「……ん、おやぁ、おっとっと」

 その角を曲がれば『キッズ』が入っているビルに到着する。その一歩手前で、夜白は慌てて後退った。それに続いてプロデューサーもまたたたらを踏む。ふたりの異変で、歩もようやく気がついた。しかし、幸いなことに相手は歩たちの出現に気づいてない。少し疲れているようで、エントランス前の段差に腰を掛けてぼーっとしている。なので、歩ひとりでさり気なく近づいてみることにした。何と声をかけていいものかと迷った結果、とりあえず無難に挨拶を。

「お……おはよー、まこちゃん……」

「わーっ、やっと来てくれたーっ」

「というか、どうしてここに……?」

 本来は迎えに行ったのにいなかったことについて言及しなくてはならないところなのだが、まこはそのような機微を気に留めない。

「ほんとごめんっ! 連絡したかったんだけど……スマホ、更衣室に忘れてっちゃって」

「……え」

「昨日、車から降りたところで気づいてさ。せっかくもらった動画も確認できないんじゃ意味ないし。いまなら往復しても間に合うかも!? ……って思ったんだけど……」

 まこは閉ざされたガラス戸の向こう側を睨みつける。

「てかさ、ここって管理人とかいないの? 入れそうなとこグルグル回ってる間に終電なくなっちゃって……。仕方なく、漫喫で一晩明かすことになったわ。

 あ、けどコンディションなら心配しなくていいからね。この程度で崩れるほどヤワじゃないから」

「そ、そなんだ……」

 昔の漫画喫茶にはネット環境が備わっていた時代もあったらしい。だが、店舗の端末を用いた犯罪行為が社会問題化し、身分証など提示を求めるようになった結果利用者は激減。近年はすっかり見かけなくなっている。それほどまでに、個人所有のスマホが完全に普及している証左でもあるのだが。

「っつーか、先生まだ? そろそろ準備しなきゃいけない時間のはずなんだけど」

 急いているまこと異なり、歩ならば関係者不在でも中に入る手段を知っている。だがそれは伏せておきたい。ならばこちらから聞いてみようとも思ったが、すでに連絡が届いていた。

「……あ、もうトレーナーさんから新着来てる」

 おそらく、まこのスマホにも同様のメッセージが送られていることだろう。

「……え? トレーナーさん、急用で今日来れないって……」

 まこが見つかったかと思えば、今度はトレーナーの不在。プロデューサーから直接言及し、カラオケボックスにお越しいただく予定だったが――こちらの手の内が読まれていたのかと、歩は少し不安になる。

 そして、まこも別の理由で不安になっていた。

「うわ、教え子の舞台に欠席とか、大丈夫なの、あの人」

 やはり、最後の最後まで振り付けのチェックを行いたかったようだ。

 歩は真っ先にプロデューサーに向けて状況の報告。ただし、まこには悟られないように別の話題を進めながら。

「え、えーとね、扉の開け方は書いてあるから、部屋には入れると思う……」

「あ、入れるんだ。だったら昨晩のうちに教えてほしかったわー……って、あたしスマホ持ってないじゃん。あっはっは」

 きっと、漫画喫茶の座席ではよく眠れなかったのだろう。そのうえ、イベントを目前に控えているからか、まこのテンションは異様に高い。

「それじゃ、決戦の舞台に立つ準備を始めましょーかっ」

「う、うん……。あ、時間外の入り口はこっちだって」

「あー、良かった。せっかく近所に教室あんのに、他の学校みたいにワゴン車で着替えることになるかと思ったわよ」

 歩はまこを引き連れエントランス脇の小さな鉄扉へと向かっていく。それを曲がり角となるビルの陰から見守っていた彼は、歩からのメッセージの着信に気がついた。チーム全体で共有する前に、先ずは夜白に意見を聞いてみる。

「んー? 朝起きるが面倒だったんじゃ?」

「……………………」

「……冗談だって。悪かったよ。だから、そんな目で見ないで」

 夜白はプロデューサーの無言の圧力に屈した。

「てかさ、あたしに聞くまでもなく、間違いなく吉座っしょ」

「やはり、そう思いますか」

 歩の手違いでバラバラになってしまうような衣装を、教え子だけに扱わせるはずがない。

「んで、このまま企画失敗ってことで手を引いてくれると助かるんだけどー」

 言っている夜白も、このまま終わるはずがないと諦観している。ならば、トレーナーはどこで何をしているのか。間違いなく吉座と接触しており、次の指示を受けているのだろう。完全に後手に回ってしまった。

 一先ず、メンバー全体にはまこの隔離に失敗したことだけを連絡。そして、共に舞台に上がるしとれには別途警戒を怠らないよう送った。歩たちがステージに上がる直前は、特に。

 

       ***

 

 『ダンススクール・オードブル』――新人たちによる初舞台――バックボードに書かれた情報だけが、このイベントのすべてである。司会進行役や解説役さえいない。スタッフさえも、自動で流れていく音楽を見守っているだけ。何かあれば調整しに行くと思われるが、何もなければ何をするつもりもないのだろう。

 日曜日の新宿駅東口駅前広場ということで午前中から人通りは多い。だが、会場には座席もなく、立ち止まって見物してくれる人もまばらだ。人気アニメのOPとコスプレで知る者の気を引き、最後に『柏崎ダンススクールをよろしくお願いしまーすッ!』と告知するだけならまだ良心的。着ぐるみによるコントをダンスだと言い張る大学生まで出現する始末。一応、踊りをネタの中心にしていたものの、踊りというより奇妙な動きという方が正しく、通行人の笑いは誘っていたようだが。

 このような状況にも関わらず、ガッツリかぶりついていて観覧していては不自然極まりない。ただでさえ、プロデューサーは吉座と何度か顔を合わせている。意図しないところでターゲットと鉢合う事故だけは避けたい。

 歩からは、衣装の細工は二着とも生きている、との連絡を受けている。このまま吉座がこのイベントから手を引いてくれれば一番なのだが――そう願いながら、プロデューサーもふたりの出番が来るまでカラオケボックス事務所で待機となった。情報管理を任せている糸織がいることもあり、ここが最も事態に対して反応しやすい。

 糸織はただ待っているだけでなく、いまのうちにと日々の作業に着手していた。これから、忙しくなる前に。そして、プロデューサーもまた営業に関する諸業務を進めている。だが、どうにも落ち着かない。それは、糸織にデスクを譲り、自分が簡易ベッドに座って作業しているから、というわけではなく――

「……丘薙さん」

「あら、何かしら?」

 キータイプの手を止めて、振り向いてニコリと微笑む糸織は()()()で彼に応える。それで、彼も色々と()()()。ゆえに、お願いしたいのはひとつだけ。

「私はそろそろ現場に向かいますが……引き続き、メンバーからの情報のハブ役はお任せします。丘薙さんがいなくてはメンバーへの指示が滞りますから」

「相変わらず心配性ですね。言われなくても、自分の役目の重要性は理解しておりますわ」

 糸織の服装はいつもの安物シャツだが、下はジャージ。靴はサンダルではなく運動靴。駆け出す準備は万端だ。きっと、吉座発見の報が入れば――おそらく、午前シフトに入っている 春奈(はるな)あたりにこの場を任せて、自ら捕獲のために飛び出すつもりなのだろう。糸織はいつでも、自分の意向を隠す気がない。それでいて、直接口にすることもない。だから、プロデューサーも、情報が寸断されなければそれで良い、と部分的に諦める。あとは、女のコが怪我をしなければ、と願うばかりか。

 彼が部屋を出てすぐ、糸織のスマホがバイブを鳴らす。その報告を読んで糸織は――プロデューサーへの連絡を保留とした。彼の性格を考えると、楽屋に乗り込んでいってイベントを中止させることくらいやるだろう。目的のためには多少の犠牲も必要だというのに。

 

 しとれからの報告は、吉座の出現――ではなかった。現れたのは、唐沢トレーナーの方。舞台の裏側に用意された控室のような場所にて。

「……あ、蒼泉さん、天菊さん、お疲れ様です……」

「トっ、トレーナー……!?」

「なぁんだ、やっぱちゃんと来てくれんじゃん!」

 まこは安堵の笑顔を送るが、トレーナーの表情は酷くやつれている。

「出番直前で申し訳ないんだけど……衣装、着替えてくれる? そこにワゴン停めてるから」

「えっ、なんで!?」

「理由は……いまは聞かないで。スクール存続のためだと思って」

「わ、なんか重たい……」

 何やら迫真の表情に、何も知らないまこは少しだけ引いていた。生徒ふたりが導かれた路肩には大型車両が多数停車している。キッズの教室は近所なのでそこで着替えればよいが、遠方からの参加者たちは、ワゴン車を更衣室として利用するケースも多い。そのひとつに、吉座が潜んでいる可能性もある。少なくとも、これから()()()()()()()()()に変えられるのは確実だ。それをプロデューサーが知れば、力づくでも阻止したに違いない。だから、糸織は自分のところで情報を止めた――と指摘されれば『人聞きが悪いわ、ちょっと遅れただけやねん』と言い訳したことだろう。

 そして、歩もまた、何も言わなかった。怯えているトレーナーの前でどこかに連絡しているような素振りを見せればすぐさま怪しまれる、という事情はある。だが、何よりも――高揚していた。まこちゃんには、悪いことにつき合わせちゃうな、と申し訳なく思いながらも――もしかすると、初めての機会かもしれない。そんなに人は多くないけど、劇場の外で見てもらえる()()()()()()()()()()は。

 新たに用意されたのは、ごく普通のビキニのように見える。衣装は元々水着をベースに改造されたものだったので、初めから露出は多かったが――生地と生地の間を紐でつないだデザインによって、肌色具合はさらに上がってしまった。なお、しとれが参加している荻窪スクールも思いっきりスクール水着である。年齢の合わない装いを求められ、しとれは少なからず恥ずかしい。ともかく、このような方向で衆目を集めようとするスクールはひとつだけではないということだ。

 今回の衣装変更は、水着から水着と考えれば些細なものかもしれない。だが、まこにとっては重要なラインだった。

「うわぁ、ちょ、これ、やば、ねぇ、はみ出てない? 大丈夫?」

「う、うん。大丈夫……だと思う」

 歩はストリッパーとして常に下の毛も整えている。が、まこはそうではない。元々水着のようなコスチュームではあったが、今度のそれは本当にただの水着。それもビキニとしても生地が小さめ。パンツのラインを一生懸命広げて、まこは色々と隠そうとしている。

 目と鼻の先のワゴン車の中でそのようなことが起きていることを、プロデューサーは知らない。たまたま通りがかって、ちょっと興味を惹かれた――そんな雰囲気で立ち止まり、前の演目を眺めている。だが、周囲への警戒は怠らない。ヤツらが現れるとすれば、そろそろだろう。

 そして唐沢氏の接触が意味するところは、ふたりの出番が迫っていることに他ならない。ワゴン車の中では色んな意味で緊張が高まっている。そんなギリギリに、トレーナーから最後の指示が伝えられた。

「それで、後半パートに入る前なんだけど――」

『爆肉カレーは初台駅前徒歩五分!』

『初台ダンサー育成所もよろしくおねがいしますーッ』

 前の組も締めに入っている。曲の終わりに合わせて退場し、次の曲が始まるまで一〇秒足らずであり、その間に速やかに交代しなくてはならない。それは、すべての出演者が共有しており、少し早すぎるくらいのタイミングで初台ダンサー育成所は出番を終えた。おかげで、続くキッズは余裕を持って上がることができている。比較的舞台慣れしているまこは悠々と。歩は――初めての表舞台に緊張を抑えきれない。

 そして、ふたりがステージ中央に立ち並んだとき――ついに聞き馴染んだ音楽が鳴り響く。気持ちが落ち着かないからか、歩は出だしから左右の手足を間違えてしまった。けれど、まこがすっと立ち位置を変えることでぶつからないよう的確なフォロー。そして、歩に向けてドンマイのウインク。本当に頼りになる先輩だと歩は涙目で感謝した。

 そして、紫希に投げかけられた言葉を思い出す。

 あんな恥ずかしいことはしたくない――

 自分のダンスを、歩は初めて恥ずかしいと感じた。それは、拙いことではない。本当は、もっとちゃんとしたものを披露できるのに、こんな体たらくで――手を抜いているわけではないのだが、手を抜いているに等しい。興味なさそうに通り過ぎていく人たちを見ていると、本当に申し訳なくなってくる。

 だけど、きっと、もう少ししたら――

 本番直前にトレーナーより告げられた追加演出――間違いなくそこだと歩は確信する。しかし、それは彼女ひとりだけ。まこは裏側で何が起きているのかまったく知らない。そして、しとれやプロデューサーも――このイベント参加者は初心者ばかりゆえに、誰もが踊るだけで精一杯――凝った演出に合わせて何かするとも思っていない。そのため、舞台下については意識の外にあった。加えて、舞台の両側から現れた雇われスタッフについても不審な様子はない。何故なら、雇い主から詳しい話は聞かされていないのだから。

 それが異変であると、歩以外の誰もが気づいていない。そんな中、前半から後半に移る際に曲調が変わる小休止のタイミングで――

 

 バシャアアアアアアアッ!!

 

 ビシリとポーズを決めたところで、左右の舞台脇から突然の放水。この激しい水飛沫はさすがに人々の目を引いた。これにまこは――自分のダンスではないけれど、これまで無視していた人たちに対して少しだけ溜飲を下げる。

 だが。

 

 ボトリ。

「……え……?」

 

 あまりに予想外の事態だったため、まこの思考は停止する。水着だから濡れても大丈夫――そう考えていたのに――水を吸った生地は重くなり、それを支える紐はもろくなった。プチプチとつなぎ目は簡単に千切れ――まこは、恐る恐る自分の足下を見る。そこに見えるのは、自分が着ていたはずの水着の裏地。そして、目下にはあまり豊かとはいえないふたつの膨らみ――ぽこんと突き出た先端までありありと、そして、そのさらに下には――

「ぎゃあああああああっ!?」

 いやいやいやいやっ! こんなもっさりで――ああ、やっぱこんなことならアイドルとして下の毛も常に備えておくべきだったっ! まこは思わず――()()()()()()股間を隠していた。両胸のことも失念して。しかし、女子としてすぐにそっちも思い出す。今度は両手を股間から両胸へ。しかし、これでは下の毛が顕になってしまう。混乱する頭に響くのはこれまで練習を重ねてきたバックミュージック。そういえば、いまはダンスの途中だったっけ――現実逃避して身を翻してみるも――

「踊ってる場合じゃないでしょッ!!」

 あまりにもっともすぎる自分ツッコミに、あたりはドッと笑いに包まれる。それで、まこは気がついた。さっきまでみんな見向きもしなかったのに――そりゃあ、女のコが壇上で素っ裸になってるんだから見ずにはいられないでしょうけど――でも――あたしが、()()()()()()――

 その一部始終を目の当たりにした彼に、やましい気持ちは一切ない。ただただ、見惚れていた。ここまでまったく気にかけることのなかった女のコが突如眩く光りだした――<スポットライト>――こんな形で才能と巡り合うとは――彼は、こんなときであってもプロデューサーだった。

 ゆえに彼は見落としていたのである。

 それに気づいていたのは歩だけ。

 慌てふためくまこを尻目に、歩は夢中になって――それまで見えない手枷足枷に固められていた四肢が急に軽くなったように感じられる。身体が自由に――動く――!

 まるで、空気が冴え渡っていくようだ。澄み切った青空の下で、歩は教わったすべてを踊りに込める。いや、それ以上の想いさえも。くるりと回す手首は指先まで精密に、伸ばされた足首はまっすぐに。これまで抑えていたものを、歩はすべて解き放つ。

 ここまで、拙い踊りを見せてごめんなさい――とまでは言いたくはない。しかし、本当の実力を出していなかった自覚はある。さっきまではあれが全力だったのだけど――けれども、本当の実力はこれだから――!

 まこはジタバタするばかりで振り付けに気がいっていない。だから、今度は自分がフォローする番、と歩はまこの手を取った。しかし、肝心の先輩はガタガタのブリキ人形のように歩のなすがままになっている。それでも、歩は嬉しかった。一緒に頑張ってきたふたりで、こうして、この姿で舞台に立てることが。

 あっという間に観衆は広場を埋め尽くすほどに膨れ上がっている。それでも、歩には一人ひとりが見えていた。だからこそ――気づく。みんなが注目する中で、いそいそと踵を返すふたり組に。すぐに背を向けたので顔はわからなかったが、その雰囲気は、きっと――!

 突如歩はまことのデュエットを放棄し、ステージの縁に向けて駆け出すと――跳躍。その背中にはまるで羽根が生えているかのように。天使の飛翔は誰にも妨げることはできない。スッと皆が道を開け――歩は雑踏の中を走り出していた。

 突然ステージをぶん投げた後輩をまこは慌てて呼び止める。

「ちょっ、服くらい着ていきなさいよ! て、あたしもかーーーッ!!」

 テンションがおかしくなってきたのか、まこは身体を隠すことさえ忘れている。頭を抱えてのけぞる全裸のダンサーに会場は再びドッと湧く。

 この盛り上がりを魅せられて、プロデューサーは――素晴らしい……素晴らしい……! すぐにスカウトしなくては……ッ! 思わずステージに駆け寄ったところで、見知った顔が彼を静止する。

「店長! ステージは夜白さまに任せてあります。我々は吉座を!」

 スクール水着にヘッドドレス――正規の衣装にかぶり物はないが、メイドの魂は常に持ち歩いている――そんなしとれに驚いたからかもしれない。プロデューサーはすぐさま己の本分に立ち戻る。しとれもまさか、この状況でまこをスカウトしようと向かっていたとは思わなかった。きっと、壇上で混乱している女のコを助けに行こうとしているものかと。しかし、そちらには夜白が控えている。しとれの振り付けもコピー済みなので問題ない。だが、人真似はできても能動的に誰かを追うことは不得手だ。

 そして、プロデューサーは――目の前の才能は惜しい。けれど、スカウトならばあとでもできる。歩はいまでも吉座を追っているはずだ。全裸で。ならば、先ずは彼らを捕らえ、メンバーを保護するのが先決か。

 

 一方その頃――

「春奈はん、打ち合わせどおりあとは頼むでッ!」

「ひ……ひえぇ~……でも、無茶はしないでくださいね……?」

 しとれからメンバー全体に発せられた吉座発見の報――それを受けて、糸織はすぐさま情報管制の任を移譲した。やはり、自分の手で捕まえてやらねば気が済まない。どうやら、大通りをまっすぐカラオケボックスの方に向けて逃走しているという。うまくいけば行く手を遮れるかもしれない。

 表に出ると、ちょうど目の前の信号は青だった。すぐさま車道を渡りきり、新歌舞伎町のアーチの前に立ったところですぐに異変を察知する。向こうから人の波を掻き分け突進してくるあの男たちは――間違いない! 事前に春奈と通話をつないである。糸織はスマホに向けてすぐさま叫んだ。

「吉座発見ッ! 捕獲するでぇッ!!」

「だから無茶は――」

 春奈の忠告など耳に入らない。糸織に前に迫るのは圧倒的な男の質量。だが、身体ごとぶつければ足止めくらいできると構えてみたものの。

「はぷしっ!?」

 瞬殺だった。むしろ、車道まで撥ね飛ばされなかったことが不幸中の幸いだったかもしれない。必死で全力の成人男性による暴力の前に、糸織の体格では太刀打ちのしようもなかった。腕一本で簡単に弾き飛ばされ歩道にゴロゴロと転がされる。

 そして、そこに――

「……はぁっ!?」

 歩の裸など珍しいものではない。が、まさか白昼堂々その姿で繁華街を駆け抜けるとは。歩は男たちを追って、新歌舞伎町の内側へと切り込んでいく。明るい暗黒街を、素っ裸で。さすがの糸織も僅かの間呆けてしまった。しかし、すぐに我に返る。その後をスクール水着のしとれが追ってきたおかげで。こちらもこちらでマニアックであるが、隠すべき部位は隠している。

「糸織さまっ。彼らはどこへ?」

 行方を訊かれて、糸織は慌てて顔を上げた。しかし、そこは休日の繁華街である。

「ヤツらなら――」

 もう少し騒いでくれればわかりやすかったのだが、目立つはずの全裸女子の姿さえ見受けられない。

「あかん! 手分けして探すで」

「事務所には!?」

 糸織が情報の中継を担っていると聞いていた。

「春奈はんが詰めとるっ! 春奈はん、全員に伝達せぇっ!」

 傍に落ちていたスマホに向けて糸織は改めて指示を飛ばす。(もも)(けい) 朱美(あけみ)(ゆう)の四人はそれぞれ街の四方に張っている。漏れがないとはいえないがいないよりマシだ。街から逃げようとしたところを発見したら、改めて連絡が入る手筈になっている。

 ともかくいまは――吉座を追わなくてはならないが、それと同時に――全裸疾走中の歩を放っておくこともできない。

 

 さて。

 今回のタイトルは『街中で偶然起きた信じられないハプニング集』――当然、タイトルに反して仕込まれていたということだ。

 資金繰りに困っていたダンススクールに協力させ――唐沢トレーナーは、あくまで何も知らない被害者として振る舞いたかった。しかし――あの解体衣装は今回の目玉である。それを企画者が本番前にチェックしないはずがない。すぐに異変に気づき、何のつもりかとトレーナーを尋問し――()()()()()()()であれば鉄板ネタであるため手に入りやすい。少なくとも、この業界では。

 急遽差し込むこととなった放水演出も、これまで培ってきた機材と人脈を使えば造作もない。おかげで、思った通りの絵が撮れた――と思われた。しかし、アホ面さらして大慌てしている方はともかく、もう一方は――全裸に剥かれたにも関わらず動じることなく踊り続けている彼女は――歩の正体を思い出す前に警鐘が鳴らされたのは、彼らの経験からきたものだろう。少なくとも、衣装の細工について、トレーナーは本当に何も知らないようだった。だとすると、第三者が――吉座側とて、最近自分たちの邪魔をしている組織があることをまったく知らないわけではない。とはいえ、様々な相手から恨みを買ってきたことは自覚している。女のコに対してはもちろんのこと、ヘマをしたため切り捨ててきた同業者も少なくない。そういえば――貸していた盗撮機材を警察に押収された間抜けがいたことを思い出す。売上も没収され、カメラ一式の補償金として借金まみれにしてやったのはつい数ヶ月前のこと。そろそろ裏の貸金業者によってどこかの山に埋められている頃合いだろうが――その前に一矢を報いようとしているのかもしれない。

 これは、ほとぼりが冷めるまで静かに身を潜めるべきか。その間に、相手のことを調べて潰すなり何なり手を打つなりすれば良い。早々に事務所の貴重品を確保して――その中には、女ひとりを売った手切れ金三百万も含まれている。おいそれと手放すわけにはいかない。

 これは、時間との勝負である。ゆえに、彼らはいささか焦っていた。そして、それは油断にもつながる。人混みということもあり、プロでもなければ追跡などできるはずがない――背後の様子に無頓着だった。

 しかし、一肌脱いだ彼女の視線はプロをも超える。

 どんなに細い路地に入り込もうと歩が彼らを見失うことはない。周囲の人々も、全裸で迫ってくる女子には驚きをもって道を開けてくれる。おかげで目標となっているビルを突き止めることはできた。しかし、重い裏口はふたりが入るとすぐ勢いよく閉じられる。見るからにオートロックで、非常階段に至るまでしっかりと鉄格子で侵入者に対して警戒されていた。

 しかし、どこかに隙はあるかもしれない。歩は素早く表の方へと回り込んでみる。細道を抜けたそこは大通りだった。歩の姿に、人々は思わず足を止めて凝視する。そんな周囲の反応さえ気にせず、見上げた建物の上階は――どうやらここは、小さいながらもマンションのようだ。玄関扉の見える二階の廊下は建物背面とことなり見晴らしがよく開けている。その上の階も。ならば、ここから――!

 歩はすぐに壁に備え付けられていた雨樋を見つける。エントランスから誰かが出てくる偶然に期待している時間はない。プラスチックの筒を両手で掴むと、身体を引き上げ二枚の足の裏でしっかりと挟む。

 そして、蹴り上げるように、するするとよじ登った先で――偶然出会ってしまった。二階には誰もいなかったので素通りし、続く三階フロアの最奥で。建物内部からは最奥でも、雨樋の伝っている壁側から見れば真正面。鍵で解錠しようとしていた男も、さすがに目を見開き硬直する。廊下の柵の向こう側から現れたのは、ふたつの乳房を隠すことなく登り棒にしがみついている全裸の若い女。部屋に戻って逃走準備を図ろうとしていた吉座ふたり組も、これには驚かずにいられない。

 ゆえに、歩の方が一瞬速かった。

「てやああああああああああああっ!」

 手すりを飛び越えながら、自分の身体を放り出す。眼前に迫ってくる小さな足の裏を男は避けることができずに――

「ぐぅをッ!?」

 宙に放り出された鍵が床に落ちる前に歩はパシリと掴み取った。しかし、相手はひとりではない。

「おーおー……そんなカッコで出歩いてるなんて……レイプされても文句言えねぇよなぁ?」

 奇襲の難を逃れたのっぽの男は、その両腕で廊下の逃げ道を塞ぐ。その間に、蹴られた小太りの男も立ち上がった。ついニヤついてしまうのは、思わぬところでいい絵が撮れるかもしれないと期待するカメラマンの(サガ)だろう。登ってくるだけならともかく、この高さから飛び降りることなどできようもない。再び雨樋を掴もうと背を向ければ、そこをふたりがかりで引き込むだけだ。タイトルは『女空き巣の無残な最期』といったところだろう。どの勢力の女か、それとも無所属か――身元がわかれば、これまでにないほど凄惨なシーンが撮れるかもしれない。

 小太りの男は落としたカバンを拾い直す。そして、ファスナーを開ければ、そこには隠しカメラ。捕まえるシーンから実録するつもりなのだろう。

 歩は、油断から来るその隙を突いた。昔、()()は本で読んだことがある。だから、きっと――

「ええええいっ!」

「おいっ!?」

 これには男たちも意表を突かれた。地上はコンクリートである。この高さから飛び降りて無事で済むはずがない。男たちは思わず下階を覗き込む。まさか、路上には受け止める準備ができていて――!?

 しかし、そのようなことはなかった。歩の身体はまるで地面に吸い込まれてるように――両足で着地するとその反発に逆らわず身を捻り、足の外側、そしてお尻、背中、肩――そして、何事もなかったかのように立ち上がった。落下の衝撃を身体の各所に分散させることで怪我なく高所より着地する『五点接地』――理屈はわかっていたので、歩はそれを再現することができた。

 吉座の男たちは思わず呆気にとられていたものの、部屋の鍵は奪い取られて女の手の内にある。それを取り戻さなければ――部屋の中は違法行為の見本市だ。しかも最悪なことに、飛んで出た先はそれなりに賑わっている大きめの通りである。そこに全裸の女が降ってくれば、注目されないはずがない。

 そして、歩もまた状況を理解する。この手の鍵を死守すれば自分たちの勝ちだと。

 なら、ここでやるべきことはわかっている。

 できるのは自分しかいない。

 自分がやらねばならない。

 だから――

 

「~~~~♪」

 

 人通りに向けて、歩は突然歌い始める。

 たったひとりで人々と向き合っている。

 人々の、奇異の目と向き合っている。

 水着は溶かされ、全裸のままで。

 しかも、ステージではない。

 ただの路上で。

 音楽設備もなく。

 言い訳のしようもなく、変な人だ――

 その現実が、歩の良識を蝕んでいく。

 けれど――

 歌っている誇らしさがある。

 踊っている誇らしさがある。

 これが、自分の歌だと、踊りだと、胸を張って言い切れる。

 それについては――ついてだけは――恥ずかしくない!

 裸であることについては恥ずかしいけれど。

 ただ――

 度重なるストリップの舞台のおかげで、少しは慣れてくれたようだ。

 取り囲む目は――決して蔑むものではない。

 やましいものでもない。

 ――いや、そういう雰囲気も感じるけれど。

 胸とか下とかに。

 だとしても!

 

「~~~~♪」

 

 歩の声はアカペラであってもよく通る。何事かと人の輪を覗き込んでみれば、その中心で唄い舞うのは全裸の女性。何の撮影か、事件か、最初は躊躇していた人々の中にもついスマホに収めてみたいと欲望を抑えきれない者も出てくる。しかし、歩はそれを目ざとく見つけ、指で小さくバツを作って視線を合わせれば、相手もそれ以上カメラを向けることはない。

 ついには手拍子まで始まり、すっかり路上ライブの様相だ。しかし、歩の気持ちは落ち着かない。吉座の人たちは、とっくに逃げた? それとも、人がいなくなるのをどこかで窺ってる――? いつまでこうしていればいい――?

 そこにやってきたのは――

 しかし、歩の破顔とは対象的に。

「歩はん……何しとんねん……」

 人混みを掻き分けて入ってきた糸織は唖然と呟いて膝を突く。これから吉座を追い詰めようというときに――しかし、すべきことをほっぽり出して踊りだすほど酔狂ではないはずだ。

「こ、これは……ね?」

 あからさまに失望されて、歩は説明のための言葉を思案する。話せば長くなるので、掻い摘んで話さなければならないだろう。だが、それよりも――仲間が来てくれたことが、歩にとって何よりも嬉しい。その心強さから――場の気持ちと一体になっている。突然歌が中断されてしまい、残念そうにどよめいているギャラリーたちと。

 そしてそれは、しとれの到着によって、その熱は一気に膨れ上がった。

「ご無事で良かったですが……一体何を……?」

 ただのメイド服ならまだしも、メイドカチューシャにスクール水着――その露出に、全裸で唄う美少女の肯定的協力者である、と取り巻く者たちは勝手に解釈した。

 糸織に細かい事情はわからない。ただ、自分が冷やしてしまった空気をしとれがせっかく戻してくれたのだ。さらに冷やしてはアイドルの名折れ――!

「しゃーない、ウチらも続いたるわ!」

 結局、歩が何をしたかったのかはよくわからない。それでも、よっこいしょと立ち上がった糸織は、そのままシャツの裾を捲り上げていく。そして、頭を抜いて――ノーブラだったため、ふたつの乳首が曝け出された。これにはこれで、ギャラリーたちも盛り上がる。しかし、しとれの焦りは増すばかりだ。

「し、糸織さままで……吉座はどうするのですっ?」

「そこんところはよーわからん」

 ジャージの中からつるんとお尻を剥きながら、糸織はあっけらかんとしとれに答える。

「けどな、ウチらも脱がんと、完全に歩はんのバックダンサーやで」

 きっと、すべての注目は全裸の歩に集中したままだ。しかし、理由はそれだけではない。

「……一蓮托生、というわけですか。お付き合いします」

 しとれは糸織の言葉を正しく汲み取った。公序良俗違反で捕まるのならみんな一緒だ、と。元々水着一枚であちこち走り回っていたため、しとれも最後の一枚を脱ぐことに躊躇はない。何より、頭上の魂だけは残っている。

 裸の女子がふたり加わったことで、人々の熱気はさらに沸き上がった。最初は止められるかな、と歩も覚悟していたが、逆に脱ぎ始めたのだから、こんなに嬉しいことはない。

 もう、何も恐れるものは、何も――!

 ようやく、自分の――自分たちの最高の唄を、聴いてもらうことができるから。

 新たに現れたふたりの裸の女のコ――ひとりは見るからに幼いが、下のしっかり生えているロリ体型女子。もうひとりは全裸なのに何故かメイドのヘッドドレスだけは乗せているポニーテールのグラマラスな女子。観客たちは、もはや誰に焦点を合わせれば良いのかすら目のやり場に困ってしまう。だが、誰に焦点を合わせても――

「~~~~♪」

「~~~~♪」

「~~~~♪」

 その歌声も、ダンスも、衣装さえ着ていればプロの舞台と見紛うほど。途中参入ではあったがしっかりと息も合っている。女のコたちが全裸で、路上で、伴奏もなく――それでいて、ハイレベルな。あまりにも非現実的な空間が作り上げられている。

 こんなところで裸踊りとはなぁ……と糸織は自嘲気味の笑いを禁じ得ない。それでも、歌には自信がある。安い裸体ではあるが、歩と合わせられるのなら文句はない。

 一方しとれは――謝る覚悟はできている。きっと、店長から――最悪、警察から――だとしてもしとれは、歩を信じている。歩の歌を信じて、このプロジェクトに参加している。歩と糸織としとれ――三人でメンバーたちを牽引していかなくてはならない。そのためならば、どんなこととて――!

 中断はあったが、一曲目が終わった。沸き起こる喝采と拍手。事情を知らない途中参加のふたりからは、もう満足か? と尋ねるような視線が寄せられる。しかし歩には――三人揃ったのなら、どうしても聴いてもらいたい歌がある。

 ゆえに、弾けるような歓声の中で、彼女は勢いのままに叫んでいた。

「皆さん、聴いてください! 私たちの新曲……『BEGINNING-LIVE!』」

 その曲名は糸織、しとれの両名も知っている。

 誰よりも、よく知っている。

「歩さま、その歌は……」

「デビューのための取っておきやろうに」

 まだ劇場でも披露していない練習中の曲である。それでも歩は――

「~~~~♪」

 すー……っと両手を差し出し、歌唱体勢に入っている。彼女はどうしてもここで聴いて欲しかった。決して、あの劇場が嫌いなわけではない。だが、ずっとあの中から出られないと諦めかけていた。

 けれど、こうして飛び立つことができたのである。

 こんな広い空の下に――

 ――やれやれ、どうなっても知らんで。

「~~~~♪」

 糸織も歩の歌に続く。そして、しとれも。

「~~~~♪」

 ――どこまでもご一緒いたしましょう。

 しとれの覚悟に揺るぎはない。

 だから、歩も。

 きっと多くの舞台は自分を受け入れてくれることはないだろう。

 それでも、あの劇場ひとつではない。

 こうして私たちを求めてくれる人がいる。

 だから――

 歩の中に迷いはなかった。

 これが、自分の歌であり、ダンスであり、そして――自分なのだと。

 

 プロデューサーに無断で新曲を公開してしまっては、あとで叱られてしまうことだろう。それに、このような形を表舞台と呼べるかはわからない。けれど、劇場から離れて唄うことができたことに、歩は心から満足していた。

「ありがとう……ございましたっ!」

 礼を言いたいのはこちらの方だ、と言わんばかりの喝采が巻き起こる。

 名前教えてーっ、と観客の誰かが叫んだ。三人の歌声、踊り、そして裸体に魅せられて、すっかりファンになってしまったのだろう。

 ここは営業のしどころかもしれない。が、合法的なライブでもない。ゆえに、TRKの名を出して良いものか迷う。

「私たちは、そのー……ダンススクールオードブルで――」

 不可抗力で水着を剥がされてしまい――と事情を説明しようとするも、その一言が糸織には気に入らなかったらしい。

「何が 前菜(オードブル)やねん。ウチらこそが『メインディッシュ』や!」

 こんなところで意地を張る。それで、歩は思い出した。自分たち三人には未だユニット名がなかったことに。

「私たち……『めいんでぃっしゅ』ですっ!」

 ワーっと再び拍手が湧き起こった。それは、彼女たちの産声を祝福するように。

 しかし、丁度一曲終わったところで宣伝と共に締めようか、と考えていた糸織の意向とは裏腹に、歩の一声によってさらに空気が再燃してしまった。

「てか、いつまでコレやんねん」

「ですが……こうも盛り上がってしまっては――」

「せっかくだから、もう一曲聴いてくださいっ」

 観客に応えて歩が右手を掲げると、大きな胸もふわりともたげられる。これに呼応するような盛大なめいんコール。これに、糸織は肩をすくめる。

「せっかくで済ませられることちゃうで、ほんまに」

「けれど仕方ないですね、これは」

 歩はこれまでにないほどの気迫を放っていた。それは、しとれや糸織さえも巻き込むほどに。

 歩の歌声を合図にして三曲目――めいんでぃっしゅとしての二曲目が始まる。なお、それを唄いきったところでプロデューサーにより止められたため、四曲目の披露はなかった。

 

       ***

 

 歩が確保していた鍵で三階の奥の部屋を開けてみると――そこには撮影機材だけでなく編集に使用されたパソコンも残されていた。その中には、明らかに違法となるシーンの数々が収められており、もはや言い逃れの余地はない。糸織が用意した三百万もそのまま残っており、その部屋が吉座の本拠地であることは間違いないだろう。

『めいんでぃっしゅ』によるゲリラライブは――そもそも、歩が裸にされたのは事故だったこともあり――併せて脱いだ糸織としとれまで含めて、調査協力の名目で厳重注意だけで見逃してもらうことができた。

 ゆえに、TRK自体もいまだ存続している。これにはイワ爺も称賛を惜しまない。新歌舞伎町のアーチの下で、若者たちを祝福する。

「ファ、ファ。まさか、本当にファンムードの一角を切り崩してしまうとはのぅ」

 自称プロデューサー・金山勝蔵。自称監督・花木竜麻――公序良俗違反だけにとどまらず、詐欺等の二〇を超える余罪を抱えて逃亡中。なお、この二名に対して『我が社に一切の関与はございません』――本当になさそうな天然カラーズ、ライブネットだけでなく、ファンムードさえもそう公表している。これで、吉座とファンムードの関係は断った。つまりは、完全勝利である。

 だが、それでも安心はできない。

「ですが、身柄が拘束されたわけではありません」

 後ろ盾がなくなった以上、これまでのように派手なスカウトや撮影はできなくなるだろう。それでも、彼らがこのまま終わるとは思えない。吉座の件は警察の管轄へと移されたが、TRKとしても引き続き警戒していくつもりだ。

 とはいえ、今日の朝は少し清々しく感じる。そんな新歌舞伎町を、男たちは歩いてきた。正しくは、老人が若者に導かれる形で。イワ爺は女のコたちが早朝リハーサルに訪れるのを迎えるため日課の清掃を行っていた。その最中に、散歩でも如何か、と誘われたのである。

 事の顛末を語らっているうちに、ふたりはここ――真っ赤なアーチの下――街の境界線まで辿り着いてしまったようだ。

「そして、この老骨を街の外にでも埋めてしまえば、今後の憂いはなくなるのぅ」

「御冗談を」

 アイドルプロジェクトの存続に不可欠な劇場を売り払おうとしている張本人――若者にとって協力者から障害物に変わってしまったことは事実である。ゆえに、秘密裏に葬られても悔いはないと覚悟していた。きっと、新しい息吹が自分にはできなかったことを成し遂げてくれることだろう――イワ爺の中に未練はなかった。

 とはいえ、もちろんプロデューサーにそのようなつもりはない。彼がここまで連れてきたのは、見せたいものがあったからだ。

 若者は、これまで歩んできた道へと振り返り、隣の老人に問いかける。

「イワ爺さん、この街はお嫌いですか?」

 一直線に伸びるアスファルトの両脇には白いブロックの敷き詰められた歩道と、同じ素材を積み重ねられた街路樹の花壇が並んでいる。どんなに白さを装おうとも、こびりついた黒さを消すことはできない――そんな街だとしても。

「ファ、ファ。住めば都、といったところかの」

 実のところ、半生を共にしてきたこの街が嫌いなはずはない。現実的な問題は別として。

「じゃが、この老体にはいささか堪えるわい」

 いまも昔も、取り締まりは警察の胸三寸。ひとたび目をつけられれば――それこそ、出演したストリッパーから何か一言供述があれば良い。それだけで取り調べの理由になり、()()調()()()()()()()()()()()により、有罪無罪に関わらず社会的には抹殺される。特に、危ういバランスで成り立っている新歌舞伎町という空間で、そのような反権力は許されない。若いうちはそのような荒波も受け入れてきたものの、すでに逃げ切れる年齢になった。とはいえ、郷愁の念は否めない。

 だからこそ。

「では、この街を眺めながら老後を過ごされるのはいかがでしょうか」

「……ファ?」

 空気が変わったのをイワ爺も感じ取る。ここから先は与太話ではない。

 老人の目に宿った光を受け、若者は街に背を向ける。その目の前を横切るのは新宿両国通り。そしてそこを渡った先には――

「そのための特等席を、あちらに用意いたしました」

 カラオケボックスとストリップ劇場の経営交換――これは若者なりの背水の陣といえる。しかし、それは相手にとっても同じことか。

「ファッ、ファ。ワシにカラオケ屋を始めろと! この歳でか」

 イワ爺とて長年劇場と共に生きてきた身であり、自営業者として素人ではない。だが、これから新しいことを始めるほどの気概はない。

 だが。

「心配はいらんで。あの店には優秀な副店長がおるさかいな」

 唐突に話に加わってきた糸織は、薄い胸を張って親指で差す。

「ファ、ファ、まさに致せり尽くせりじゃのぅ」

 いつもの安価ルックではあるが、このちんまりした女のコが現在の経営を一手に担っていることはイワ爺も聞いている。だが。

「しかし……親子のつながりはもっと大切にせんとのぅ」

 その真意を若者は掴みかねる。ゆえに、老人は言葉をつないだ。

「ふむ、そこは大通り沿いで新歌舞伎町も目と鼻の先。何なら、コインパーキングにでもすれば小銭も稼げるかのぅ」

 それでようやくプロデューサーにも劇場支配人の言いたいことが伝わった。

「イワ爺さんがそれを望むのであれば構いません。しかし、私の“(そら)”にあの劇場は不可欠です」

「空……とな?」

 湾曲させた表現をさらに湾曲させてきた若者に対し、今度は老人の方が真意を問う。だが答える前に、若い夢を語りたい。

「そして、彼女たちの空にも必要なものです」

 ふたりの会話の妨げにならないよう距離を取っていた糸織以外のメンバーたちも続々とプロデューサーのもとへと身を寄せる。

 ストリップアイドルユニット――もしデリヘル業にでも転向するのであれば、劇場のような大掛かりな建造物は必要ない。それどころか、むしろ余計な維持費がかかる。ゆえに、金策に困れば売ってしまった方が手っ取り早い。それはまさに、イワ爺自身が進めていたこと。

「じゃが……いつまでも小さな劇場でくすぶっておるヌシではあるまい」

 老人は知っている。若者の夢は果てしないと。いずれ、誰もが飛び立ってゆき、いずれは誰もが必要としなくなる日が来るかもしれない。それは、若者たちが集う前の日々のように。

 プロデューサーも、一度はそれを夢見た身だ。しかし、それは誤った夢――我々が見る夢ではなかったと理解している。

「丘薙さん、檜さん、それに、 園内(そのうち)さん、 宮條(みやじょう)さん、 駒辺(こまべ)さん、そして――」

 人垣の後ろの方からちょこんと覗き込んでいる控えめな女のコに向けて。

「――蒼泉さん」

 それは、一期メンバーと呼ばれる六人を指す。その面々を含めて、プロデューサーはメンバーたち全員に――

「私の方針が、間違っておりました」

 女のコたちは一様にどよめく。一体彼の何が間違っていたのかと。

「表舞台への進出……これは、秋のオーディションと共に撤回させてください」

「ファ……っ?」

 劇場前で行われた宣誓は、イワ爺も共に聞いていた。だからこそ、この若者に可能性を見出したというのに。

「ならばヌシは……一体、どこを目指すというのじゃ?」

 こんな小さな劇場でできることは限られている。何より、できることと引き換えに普通にできることが何もできない。そんな禁則だらけのステージで――

「……わかりません」

 プロデューサーは正直に答えて表を上げた。しかし、そこに不安な顔はない。

「しかし、彼女たちは……()()()()()()()()()……そう思えてならないのです」

 表舞台を目指すのであれば他の事務所と変わらない。彼が見出してきた< 才能(スポットライト)>は、それとは違う色をしている。歩がいなくなったことで、彼は気付かされた。己の見ている景色は、きっと大衆とは異なるものなのだろう。

 そして――彼女たちもまた、薄々感じていた。

「はいっ、世間の基準では特訓になりませんのでっ」

 と 晴恵(はるえ)

「んー、やっぱり? 普通のアイドルじゃ、セフレとか許されないだろうしねー」

 と桃。

「そうだね。ボクのおすもうプレイは子供には見せられないだろうし」

 と慧。

「はっは、ウチの企画は深夜番組でも通すの難しいやろな」

 と糸織。

「ご主人さまたちが本当に望むご奉仕は、あの劇場でなければ叶えられないでしょう」

 としとれ。

 そして。

「……ごめんなさい、そして、ありがとう……オーナー」

 この決断は――様々な要因が絡み合っていたとしても、自分の事情が大きいのだろう、と歩自身も察していた。しかし――自分らしくあれる場所――裸のまま歌を聴いてもらえる場所――それは、これから増えていくかもしれない。

 けれど、いま、最も活かすことができるのはあの劇場の他にない。

「私……頑張るから。私が、私らしく立てる舞台で……っ」

 あの宣誓を聞いていなかったメンバーも、何となく事情を察し、むしろ、ストリップ劇場で活躍できることに期待を膨らませている。

 だが。

「……で、実際のところどーすんの?」

 ピシャリと冷水をかけるのは誰よりもお金に固執している優だった。ステージはそれなりに楽しんでいるが、もっともっと儲けたい。

 その答えを()()は端的に示す。

「だったら簡単なことじゃない」

 ピンクのワンピースを翻し、ズイと一歩前に出るのは、プロジェクトに加入したばかりの天菊まこ――これまで数え切れないほどの落選と契約終了を経て、ようやく受け入れてもらえる事務所が見つかったのである。

「あたしたちで、()()()()を盛り上げてやればいいのよ。世界中の誰もが放っておけないくらいにねッ!」

「ファ……?」

 ストリップアイドル――まこにとって、最初は迷いもあった。しかし、彼を慕う女のコたち――それに、悪徳業者とつながっていたトレーナーを快く許す度量の広さ――何より、裸になった歩のステージは、裸であることを差し引いても、素直に感服するしかなかった。着衣の歩を知っているだけに。それは、まさに憧れだった。自分もこのステージであれば輝けるのではなかろうか――自分を見出してくれた彼ならば、きっと自分も歩のように――

「おぉ~、さすがは先輩、世界とは言うことがでっかいべ」

 花子に茶化すつもりはなかった。だが、歩に対して先輩ヅラしていたことは――本当のステージを見た後では忘れたい過去になっている。

「そ、それはもう勘弁して……。そもそも、ここでは一番の後輩だし」

 自ら世界に出るのではなく、世界を自分たちのところへ呼び寄せる――まこの誇大表現はさておき――イワ爺は長年連れ添ってきた相棒の姿を思い返す。壁に敷き詰められるのは華やかなブロマイド――入り口には出演を祝うフラワースタンド――それをイワ爺は、今際の際の花火のようなものだと思っていた。しかし、それを今際の際にしようとしていたのは、他ならぬ己自身だったのかもしれない。自分には子がないからとすべてを諦め、この手で看取ることが自分に残された務めだと。

 しかし、もしかつての姿を――

 いや、それ以上の、歴代の誰もが見たことのないほどの盛況を――

 それは夢として、あまりに大きすぎる。

 しかしそれを、可能性のある者に託すのならば――

 もしこの若者が容易に業種を転換する程度であれば、危険を冒してまで三大勢力の一角に噛み付いたりはしなかっただろう。その思いは本物だ。女のコたちの夢と可能性を束ねて、活かすための舞台を誰よりも望んでいる。信ずるに値する者を前にして、託されてきたものを余生の駄賃にしては、それこそ先代たちに顔向けができない。

「ふむ……見違えたのぅ……」

 これまで、昔の馴染みの息子としか見ていなかった。しかし、揺り籠から出ることもなく、盛り立てることもなく、ただ怯え、父の遺産をただ食いつぶそうとしていた自分と比べて、己の空を見出した若者たちの、なんと清々しいことか。

 さらには、その生き様を眺められる席まで用意してもらえたのである。ならば、見守っていたい。自分に成せなかったことを代わりになそうとしている若者の行く末を。そして、あの世で先代たちに胸を張って伝えたい。劇場はこれまでを超える形で進化を遂げた、と。ストリッパーによるアイドルグループ――きっと、興味津々で受け入れてくれることだろう。

 それで、老人は昔のことを思い出した。かつて一斉を風靡していたアイドルたちのことを。

「ところで……そなたたちのグループ名は、たしか……TRK……なんじゃったかな」

「いえ、TRKで合っていますよ」

「ファ? その後に数字は続かんのか」

「数字……と言いますと?」

 やはり、()()()()が無くなってからさすがに久しい。知らないのも当然か。

「ファ、ファ……ワシの若い頃の話じゃよ」

「はぁ……」

 若者たちは置いてけぼりにして、老人はひとり楽しそうに思案する。

「T、R、K……のぅ……ふむ」

 これまであまり意識してこなかった。しかし、改めて口にしたことで、その響きはイワ爺の古い記憶と結びつく。あの世で交わす世間話として。

「TRK……26、か……」

「は、いま、何と……?」

「ファ、ファ、こっちはワシの父……いや、祖父さんの思い出かの」

 いまの世代が知らぬ名だからこそ、先代たちにはいい土産になる。

「よかろう。今日からヌシらのプロジェクト名は『TRK26』じゃ!」

「「「えええええええええっ!?」」」

 急遽名前を変更されてしまった。しかし、拒否するほどの大改名でもない。その数字に何の意味があるのか――そもそも、なぜ数字を付ける必要があるのか――いまを生きる彼らには知りようもない。

 だからこそ、イワ爺はその意味を次の世代へ指し示す。

「メンバーを二十六人集めてみせよ。さすれば、あの劇場をヌシに譲るとしよう」

「それは……ッ!」

 すでに半数が集まっている、などと楽観することはできない。

 だがしかし。

「うわ、十三人しかいないのに26とか。名前負けもいいところじゃない」

 まこは嫌そうに眉をひそめて見せる。だが、その口元溢れ出す高揚感を隠しきれていない。二十六人の大所帯――そのグループの一員になれるのだ。

「アンタはしっかり営業してくるのよ。代わりにあたしが……このTRK26を世界のトップアイドルグループにしてやるわっ」

 まこの大言に根拠はない。だが、そこが彼女の良いところであり、いじり甲斐もある。

「言うことだけはデカイなぁ。まだスッポンすら慣れとらんのに」

 先日のステージでは恥ずかしさのあまり緊張して自分のパートで脱ぎきれず、糸織に後ろからひん剥かれるというむしろ恥ずかしい有様となってしまった。しかし、奇声を上げるまこは注目の的となり、ブロマイドの売上も一気に伸びている。本人は納得していないが、それが彼女の魅力らしい。

 そして、火に油を注ぐような反論もまた。

「あっ、あれはちょっと手がすべっただけで……もういつでもどこでも素っ裸で踊れるしっ」

 これには、待ってましたとばかりに糸織からの追撃が入る。

「ほんなら、いますぐイッてもらおーかいな。ほれほれ~♪」

 スカートの裾を掴まれたまこは慌ててその手を振り切り後ずさる。まさかこの場で要求されるとは夢にも思わなかったようだ。

「そ、そーいうのは……先輩が手本を見せるもんでしょ!」

 これは、後輩なりの反撃のつもりだったのだが。

「お、ええで」

 糸織は自分の裸体に何ら価値を見出していない。ゆえに、まこからの挑発は自分の逃げ道を塞ぐことにしかならなかった。元々膨らみが小さいからか、乳首の張りも目立ちにくい。シャツをめくればその中に下着はなく、その突起をほんのりと染める彩りに、思わずまこは見入ってしまった。しかし、その赤みはすぐに自分の頬へと移る。

「ブラくらい着けなさいよっ」

「ええやんけ。まだリハの途中やし」

「そーそー。あたしもノーブラだよー」

 と、メンバー一の巨乳である桃が露出させてはさすがに破壊力が違いすぎる。

「んー? もう脱いじゃっていいの? Pちん、お洗濯よろしくー」

  紫希(しき)にとって、脱衣所という概念はない。外では服を着なければいけない雰囲気なので着ているだけで、必要さえなければ着ない方が楽だ。彼女の胸は桃ほどではないが、Gカップのボリュームは伊達ではない。

「お、おふたりとも、こんなところで……」

「はぁ、やっぱりバカばっかだわ」

 春奈は困惑し、優は呆れている。

「おおっ、特訓ですねっ。是非とも私もっ」

 マスクをしていれば晴恵にとって恥じるところはない。この興奮が心の強さになると信じて、ふたりに続いてズボンを下ろし始めた。

「こんなことなら、廻しも持ってくれば良かったかな」

「そうですね、大切なものは心の支えになりますし」

 しとれは今日もメイド服である。いつも自分の好きな格好ができて、慧はちょっと羨ましい。

「そうだねぇ。ボクもこれからは廻しで生活しようかな」

 おすもうルックにしか強い関心のない慧は、肝心のものを置き忘れた悔しさを込めてズボンの裾を無駄に上げ下げしている。そんな彼女を悪い道へと引き込むように、長い両腕が後ろから腰にぎゅっと絡みついてきた。

「そんなこと言わないのー。ほらほら、脱いじゃえば~?」

 裸がひとりでも増えれば朱美は嬉しい。迷っている慧の手に自分の手を添え、すーっと下ろされた中から現れた下着に、まこは思わず食い入ってしまった。

「うわ、うわ……これは、そのー……」

 糸織ひとりだけならまこにもまだ止めようがあったかもしれない。しかし、それに続く者がこうも続々と現れては、本当に後には引けなくなってくる。

「そ、早朝とはいえ……ほら、人はいるし、車も走ってるし……」

 まこは観念して自らスカートに手をかけた。が、それ以上捲り上げることはない。何とかプロデューサーに止めてほしいと視線を送るが――彼は、風呂上がりの子供のように逃げ回る紫希や桃を追いかけるので精一杯だ。これにイワ爺は、呑気に笑い声で迎えている。

「ファッファッファ。これで捕まるようなら天命じゃよ」

 この街で長いからこそ知っている。これまで何度もストリーキング紛いのことは行われていたが、それによって逮捕者が出たことは寡聞にして知らない。もっとも、それが客引きであれば話は別だが、営業さえ絡まなければ警察も関わりたくないのである。

 それを、()()は感じていた。

 厳重注意を受けながらも――この人たちは本気ではない、と。

 ただ、変態の相手は面倒くさい、とだけ。

 それでもいい、と彼女は思った。

 短所は長所――自分の羽ばたける空があるのなら――

 はっとして、誰もが新歌舞伎町の方を見る。

 そこには、()()が降り立っていた。

 一糸まとわぬ姿で――それでも、靴だけは履いているが。

 胸には豊かな膨らみを湛え、

 その先には安らかな色合いの温かさを掲げ、

 足の付け根の間にはうっすらとした影を落とし

 細い太ももとふくらはぎ――その足で静かに立っている。

 お尻のあたりで両手を組んで、

 可愛らしげに首を傾げ、

 仲間たちに向けて微笑みかけている。

 早く、一緒に行こう、と言いたげに。

 そんな姿を見せつけられては――まことて負けてはいられない。自分のスタイルはそんなに良くはないけれど――ここで脱がないのは敵前逃亡みたいでカッコ悪いから――ッ!

 歩の姿には、メンバーたちの心に火を灯していく。あるものには勇気を。あるものには憧憬を。一〇人を超える女子たちが一斉に脱ぎ始めてしまっては、プロデューサーひとりでは止めようもない。

「ほらっ、服はアンタが回収しとくのよっ!」

 着ていたものをまとめて丸めて、まこはプロデューサーへと投げつける。だが、まとめ方が緩すぎたのか、彼が腕で受け止められたのはブラとワンピースだけ。空中で分離したショーツが彼の顔にふわりとかかる。

「ぎゃあっ!? ちゃんと受け止めなさいよ!」

 と、言われても――ぼやく暇もなく、二枚目のショーツが積み重なった。

「……って、アンタまで何やってんの!?」

「いやー、まこのこと見てたら、つい。真似し甲斐があるんだよね」

 夜白もワンピースを着ていたからか、まこの動きに釣られて脱いでいたらしい。そして、パンツを投げつけるところまでしっかりと。もしかすると、同じように投げつけてみたかったのかもしれない。ヤケを起こしたまこの挙動は、ちょっと真似てみたくなる面白さがあるようだ。

 やれやれ、と顔の下着も取り除いたところで残り十一人分――ひとりで運びきれるだろうか、と彼は一面に脱ぎ散らかされた服々を見下ろしてため息をつく。しかし、暗澹たる想いはない。そんな彼女たちは、これまでにないほどの輝きを放っているのだから。

 十三人の女神が揃ったところで、歩は先頭で号令をかける。

「それじゃ、みんな……劇場までダーッシュ!」

「「「おーっ」」」

 

 新歌舞伎町に伝わる『全裸痴女集団による早朝ストリーキング事件』――その真相を知る者はあまりいない。

 

       ***

 

 そこは、どこかの事務所か。いや、暗闇の中でモニタに照らされた僅かな光だけでも、その机が重厚な作りをしていることは窺える。どうやら事務所というより社長室のようだ。

「TRK……? ヤツらが、金山を……」

 男が目を通しているのは部下からの報告書。どこぞの個人があの金山たちを摘発しようとしていると聞いたときは、与太話として捨て置いた。しかし潜伏先を暴き、さらにはその建物の前で全裸ライブ――撮影はできなかったが、彼女たちは『めいんでぃっしゅ』と名乗ったという。それは、『TRKプロジェクト』と呼ばれるアイドルグループの中でトップを走る三人によるユニットの名称らしい。そして、それは件の摘発サイトのドメインと一致する。どうやら、ただの個人ではなかったようだ。

 金山たちの手口はグレーどころかブラックに何歩も踏み込んでおり、避けようもなく近いうちに摘発されていただろう。しかし、それを速めるようなことは歓迎すべきではない。

「看過は……できんな」

 この街にはこの街の流儀がある。混沌という名の安寧をいたずらに掻き乱すべきではない。

 男がモニタを落とすと、最後の光さえも失われた。

 この街の闇は、どこまでも深い。

 

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