天下の翠さん誤字報告ありがとうございます
この日、無人島で正臣に的確なアドバイスをし、干支試験では褒められない手段で軽井沢恵を自身の範疇に収めた綾小路はその軽井沢を人目につかないところに呼び出していた。
「こんなところに呼び出してなんなの? あんまりあんたと仲良くしてるのバレたくないんだけど」
「そう言うな。軽井沢に聞きたいことがあったんだ」
「じゃあ、早くして」
まだ手を組んだばかりで信頼関係などほとんど無い2人がいるこの空間の空気感は悪かったが、弱味を握られているに等しい軽井沢は髪をいじりながら、綾小路からの言葉を待つ。
「このDクラスが勝つ為にはどうすれば良いと思う?」
「知らない。紀田くんに任せておけばいいんじゃない? もしくはみんなで頑張るとか?」
「それだ。結局のところ、紀田1人の力じゃ限界がある。だから、Dクラスが勝つにはDクラス全員でやらなきゃいけないんだ。その為には事前に誰が危険か判断しておく必要がある」
「何が……言いたいの?」
この学校の仕組みが発表された時からこのDクラスのクラス分けに合っていない人間に目星をつけていた綾小路。美香や櫛田などの危険性などは身を持って味わった綾小路は早いうちからその人物たちが何故Dクラスなのかを確かめる必要があると感じていた。
「軽井沢、お前は紀田や平田がDクラスに相応しいと思っているか?」
「思ってないけど。2人とも優秀で、みんなのこと引っ張ってくれるし」
「櫛田や張間もそうだ。2人も能力だけ見ればDクラスに相応しくは無い。だが、この4人にはこの4人がDクラスたる理由があるはずだ。それを知っておかなければ、もしもの時にそれが原因で足元を掬われかねない。分かるか、軽井沢?」
綾小路は櫛田が裏の顔を隠していたように他の3人にもDクラスになるに相応しいものがあると確信していた。それは普通ならば放っておいても良いかもしれない。しかし、4人ともがDクラスの中核を担っている事実がそれを良しとしなかった。もしもの時に手遅れになる可能性があるからこそ。
「分からないことは無いけど、人に自分の弱味を探られるのは嫌じゃない? そんなことあたしはしたくない」
「分かってる。だから、軽井沢にやって欲しいのはこの4人を注意深く観察して、何か繋がることがあったら報告してくれるだけで良い」
「それくらいなら……分かった。でも、あんたは何するの? あたしにだけさせとく訳じゃないでしょ? あんなことするぐらいだし」
「俺は他の生徒を観察しておく。いつ干支試験みたいに裏切り者が出るとは限らないしな。それに俺も実力を発揮する必要がある」
軽井沢には綾小路の考えていることの半分も分かっていなかった。しかし、これだけは分かっていた。綾小路は自分の見えている今よりも先を見通して行動しているんだと。最悪に近い形で関係が変わった2人だったが、綾小路の実力に関してはある種、軽井沢は信用していた。
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夏休みの少し穏やかな日。正臣はある人物によってカフェに呼び出されていた。主にDクラスの女子やBクラスの女子たちと遊んでいた正臣はカフェで一対一というそのシチュエーションに警戒半分、喜び半分でいた。その警戒も相手が相手なだけに飾りだけなものだったが。
「きたきた。こっちだよ紀田くん」
「おー! 千秋ちゃん紀田正臣をご指名とはお目が高いねー。でも、俺は全女生徒の味方なんだ」
「あはは、まぁ座ってよ」
入学当初は割と仲の良かった紀田正臣と松下千秋の2人だが、つい最近までは少し疎遠になっており、2人きりで会うのも何ヶ月ぶりというものだった。正臣からしてみれば、自分が何かしてしまって、嫌われてしまったのだと思っていたので、このお呼び出しは嬉しい相手ではあった。
「んで、急にどうしたの? 悩み事ならなんでも聞くよ。遠慮せず言っちゃってよ」
「うーん、悩み事って言うと違うんだけど、紀田くんはさ、この学校の仕組みが発表された時、自分が何て言ったか覚えてる?」
「俺は過去を振り返らない主義だからよ、覚えてないな」
正臣はカッコつけているが、本当に覚えておらず、何か不味いことを言ったかを何重にも頭を回して考えてみたが、結局出てこず、松下の言葉を待つ他無かった。
「須藤くんに夏休みまで頑張ろうって言ったんだよ。本当に覚えてない?」
「あーそんなことも言った気がする。あの時はみんなを説得するのに必死だったからよ」
「うん、その気持ちは分かるよ。それと、私が紀田くんと距離をとっていたのはこの言葉に理由があるんだ」
正臣は松下の言う話が理解出来ていたが、出口がイマイチ想像出来なかった。この会話はどういった結末を向かえるのかが。考えてみてもマイナス的な結末しか出てこない正臣はまたも松下の言葉を待つ。完全にこの会話の主導権は松下が握っていた。
「正直言うとね、あの時の紀田くんが怖かった。いつものお調子者の紀田くんは全然違って。本当は凶暴性を秘めてるかもって思ったの。今思えば、馬鹿な考えだけどね。それで本当に紀田くんにDクラスのリーダーを託しても良いのか、言葉の通りに夏休みまで見守ることにしたの」
松下の懺悔のような告白を聞いて正臣は松下が何故急に疎遠になったのかを理解し、自らの行動を呪った。自分自身で勝手に動いた結果で身近な女性の心を傷つける。そんな昔と似たようなことをした自分のことをまた深く呪った。
「……結果はどうだったんだ? 良かったら聞かせてくれ」
「うん、紀田くんはこのクラスのリーダーに相応しい。これからは私も全力でサポートする。これまではごめんね」
「はぁー千秋ちゃんにそこまで思ってもらえるなんて、紀田正臣は幸せ者だよ、全くよ!!」
この松下が支えてくれることを正臣は表面上の何倍も感謝していた。それはクラスに信頼出来る人間が欲しいと思っていた正臣にとって、渡りに船と言うべきほどにタイミングが良かった。
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それからまた後日、この日Dクラスはクラス会と言えるようなことをしていた。夏にあった二つの特別試験を経て、ポイントに余裕が出たDクラスにとっての改めての祝勝会も兼ねており、高円寺以外の生徒は全員が参加するほどの参加率の高さだった。
「んーまぁなんて言うか、みんなのおかげだ。かんぱーい!!」
このクラスのリーダーである正臣が音頭をとり、この祝勝会は大きな歓声と共に開幕する。騒がしいのが苦手である堀北などは帰りたそうにしていたが、これからのDクラスの行く末を左右する出来事が起こるかもしれないという期待を込めながら残っていた。
「みんな、ご飯はどんどん頼んで良いからね!! 何かあったら私か紀田くんに言ってね!」
この会を正臣と共に企画した櫛田は積極的に声を出していく。正臣は純粋にこのクラスの一体感を上げようとこの会を企画したのだが、櫛田の場合はそんな純粋な理由では無かった。自分の評価と自己肯定感を上げる為、ただそれだけの為にこの会を計画していた。
「平田くん。ちょっとだけ話大丈夫?」
「うん、構わないよ。どうしたの沖谷くん?」
「これからは僕もクラスの役に立ちたくて、これから先、勉強とか教えて欲しいんだ。僕はクラスでも最下位に等しいし。こんな時に頼んでごめんね」
「ううん、全然大丈夫だよ。沖谷くんがそこまで思ってくれるなら、僕も喜んで協力するよ。一緒に頑張ろうね」
Dクラスで女子と遜色ない見た目をしている目立たない男子、沖谷京介が平田に声をかけている所を見かけた櫛田。彼女から見た沖谷のイメージはまさに地味で消極的なまさに草食系の擬人化と言えるもので、彼が平田に頼みごとをすることも驚くほどだった。
「櫛田さんにもお願いしたい。僕の勉強を見るのを手伝って欲しいんだ。少しだけで大丈夫だから……ダメ……かな?」
櫛田のところにも来た沖谷は同じような頼みごとをする。彼がここまで積極的になるのはこの学校に来て初めてのこと。勉強に本気で打ち込もうとするのが伝わるほどだった。そんな沖谷の根気に負けて櫛田は面倒くさいと思いつつも了承をする。
その後の祝勝会は堀北が早々に帰ったり、沖谷を初めとしたどちらかと言えば人付き合いが苦手な組が帰ってしまったが、みんなで親交を深めるという内容は大体達成することが出来ていた。
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夏休みでも学校というものは空いている。もちろん、普段の学校生活よりも空いている時間や日は少なく、わざわざ夏休みに学校に行くような人間は物好きと言える。そんな中、制服を着て、学校を廊下を歩いている人が1人居た。彼には目的地があるようで、歩みを止めることなく一直線にその場所に向かっていた。
「今日も来ていらしたんですね。やはり本はお好きなのでは?」
「そんなことは無い。演劇部の台本を担当することになったから、参考に来ただけだよ」
いつもと変わらないように淡々物を言う幽。そんな彼に話しかけているのはほとんどの日を図書室で過ごしていると言っても過言では無いCクラスの女子生徒椎名ひより。普段教室では物静かな彼女だったが、この場においての幽に対する言葉は圧もテンションもいつもよりも高かった。
「でしたら、演劇の脚本の参考になる本を紹介しても良いですか?」
今日も初対面の時と変わらずにグイグイとくる様子に幽はこんな人もいるのだと興味を持ち、前回は用事もあって断った椎名の誘いを改めて受けてみることにする。
「分かった。椎名さんに選んでもらうよ」
「本当ですか!? 脚本の為とは言え、本に興味を持ってもらえるのは嬉しいです!!」
その後も椎名と幽は図書室中を周りながら、椎名おすすめの本をどんどんとその腕に積み上げていく。その総数は両手で支えきれないギリギリの重さまでなることになった。
「どれにしましょう。やっぱり王道は外せませんよね」
自身に感情が無いと自覚している幽は椎名ほどでは無いにせよ本は読む性格であり、いくつかは読んだこともあるものもあった。しかし、それを省いても他の中から選ぶのは難しかった。
「これにするよ」
「良いと思います。この戯曲には様々な思いが籠ってますから」
幽かの選んだ本はアレクサンドル・デュマ・ペールの『ネールの塔』だった。特に何の意図も無く選んだ作品だったが、他の人の感情というものを良く知るには良い刺激になるような作品であることは間違い無かった。
「ありがとう、椎名さん。また来るよ」
「はい。本の話が出来る人が増えるのは嬉しいですから」
幽はその本を持って図書室から帰っていく。その去って行く幽の背中を椎名は何かを思うように見つめてしまっていた。
カップル同士などの描写の深さについて
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仄めかしもやめてほしい
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仄めかす程度ならば問題なし
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軽い描写なら良し
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多少深くてもok
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ギリギリまで攻めてよし
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どれでも気にしない