堀北兄によって自分の道というものをはっきりと自覚した堀北は前よりも自主的に動いていた。その一貫の一つとして堀北は今、綾小路の部屋に居た。
「さて、そろそろ始めようと思うのだけれど、何故彼女がいるのかしら?」
「ど、どうも」
「俺が誘ったんだ。信用出来る人間だと確信出来る出来事があったからな」
堀北は今日呼んだ覚えの無いDクラスの軽井沢に対して冷ややかな目を向ける。その理由を綾小路に尋ねても大した答えは返って来ることはなく、堀北は不安な表情を隠そうともしなかったが、渋々ながら受けいれることを決めた。
「今日は何の話をするんだ? それは聖辺に聞かせても良いのか?」
「ええ、彼女は大丈夫よ。私が信頼してるもの」
意趣返しという意味もあるか分からないが、綾小路はDクラス内部の話や試験の話をするのならば、ここにルリが居てもいいのかということを堀北に暗に問う。それに対する堀北の答えは先ほどの綾小路の答えよりもひどいと言えるものであったが、それを本気で言っている堀北に綾小路はそれ以上は追求しなかった。
「そろそろ、はじめよ」
「そうね。今回の話の内容はDクラスの内部統制についてよ」
「な、ないぶとうせい?」
「どういうことか聞かせてくれないか?」
わざと難しい言葉を使ったかは分からないが、堀北は内部統制という大言とした言葉を口にする。それに対してルリは特に反応を示さず、軽井沢は言っている意味がよく分からず、綾小路に至っては意味を分かった上で議論を次に進めていた。
「Dクラスの現在のクラスポイントは112ポイント。あの0ポイントからは頑張っていると思うけれど、まだまだよ。そんなことじゃあ、兄さんから託されたものを達成することは難しいと思うわ。だから、改めてDクラスの改革が必要だと思うの」
「……言いたいことは分かった。だが、それは堀北のするべきことじゃないんじゃないのか? 堀北は堀北兄から託されたものに集中して、その辺りは紀田とか平田に任せる方がいいんじゃないか?」
堀北の危機感は何も間違ったものではなく、Cクラスのポイントでさえ594ポイントという離れた数字であり、テコ入れしなければならない値だった。しかし、綾小路の言うことももっともであり、Dクラスを指揮する立場ではない堀北が改革をしようとしても不和を生むだけのものだけの可能性があった。
「私もそれは最初に考えたわ。でも、紀田君も平田君も好んで誰かの地位を落とすようなことをしたりはしないわ。……それに、紀田君が何を考えているかは分からないもの」
「あーそれは分かるかも。紀田くんって表面上はみんなと仲良くしてるし、女の子とよく遊んでるけど、何か影があるっていうか、時々見せる顔も怖いなーとか思うんだよね。もしかしたら、元ヤンとか?」
「あんまり人の過去を詮索するのはよく無いと思います」
「もちろんそれは理解してるわ。でも、そこまでやらなければDクラスの改革は出来ないわ」
Dクラスの面々から出てくる正臣への得体の知れなさに対して、綾小路はある程度の理解を示しつつも、そんなに正臣は強くないと評する。正臣が時々見せる真剣さこそが素であり、逆にいつも見せているおちゃらけたものこそ正臣が被っている仮面なのだろうと綾小路は推察していたが、それを3人に言うことは無かった。
「何を話すつもりなんだ?」
「……私たちのクラスの問題点はいくつかあると思うわ。何故Dクラスに配属されたか分からない数名、楽観視しかしてない人たち、でも、何よりも問題なのは裏切る可能性のある人たちについてよ」
「誰、それ? そんな人いる?」
自分たちのクラスに裏切る可能性がある人がいるという堀北の言葉に反射的に返した軽井沢だったものの、少し考え末にある一人の名前が出てくる。
「……もしかして、張間さんのこと言ってる?」
「彼女もその一人よ。でも、彼女の対策は考えているわ。彼女にはAクラスに同じ中学で親しい人がいるらしいの。園原杏里という名前らしいのだけど、その彼女に張間さんのことを色々聞いてみようと思っているの」
「他にも誰かいるの?」
「……櫛田さんと沖谷くんよ」
「はぁ!? それこそ信じられないんだけど」
「まぁ、軽井沢、とりあえずは話を聞いてからだ」
堀北が新たに上げてきた名前に今度こそ軽井沢はあまりにも信じられない相手ということに大きな声で驚く。しかし、その軽井沢を綾小路が一度落ち着かせる。綾小路にもその二人にある程度の警戒をしていたというように。
「私は櫛田さんと同じ中学なのだけど、彼女には裏の顔があるの。それを知った上で忠告するけれど、彼女は危険よ。そして、沖谷くんだけど、彼は体育祭での様子が変だったわ」
「……それだけの理由じゃないだろ?」
「ええ。彼が平和島先輩にかけてしまった液体は匂いが変だったわ。まるで消毒液のような、そんな匂いだったわ。それを何故彼が運んでいたかは分からないけれど、あの後の騒動を考えれば、彼が繋がっていても不思議ではないわ」
「もしかして、折原先輩?」
「……そうよ」
綾小路も辿り着いていた答えにたどり着いた堀北。その4月の頃よりも成長した堀北に綾小路は綾小路なりのめいいっぱいの賞賛を心の中で送った。そして、櫛田の過去を堀北が語り、櫛田と沖谷の対策を四人で話し合うことに残りの時間は使われた。
★ ★ ★
その最近渦中にいる櫛田はというと、久方ぶりに帝人の部屋にお邪魔していた。そこに大した理由は存在せず、あえて理由をつけるならば、櫛田にストレスが溜まっていたことが起因したからだろう。
「最近は来れないって言ってなかったけ?」
「うん。でも、やっと橋本くんがどっか行ってくれたから来たんだよ? 帝人くんも嬉しいでしょ?」
「居ないよりは嬉しいかな」
あまり帝人相手には冗談を言ったりしない櫛田であったが、今日は久しぶりに会ったということもあって、冗談を口にする。しかし、言った相手が悪く、帝人はこう言ったボケには厳しかった。
「そういう態度取るんだ。そんなことしてたら、モテないよ?」
「柴田くんにもよく言われるよ。経験はしてみたいんだけどね」
相変わらず帝人の前では真っ白の天使のような優しさを持つ櫛田でいくか、多くの人間から隠している本性でいくかがはっきりせず、微妙なグレー櫛田で会話している櫛田だったが、ふいに世間話の一貫として帝人に新たな話を振る。
「そういえば、Bクラスは試験どうするの?」
「うーん、Bクラスが取れる選択肢はそんなに多くないんだ。まず、Aクラスと直接勝負して勝てば100ポイントをAクラスから得られるけど、負けたら100ポイントを取られてまた差をつけられる。もしAクラス以外に勝負を挑んでも、他クラスにAクラスが勝ったら差は縮まらず、Aクラスが負ければ僕らはAクラスになれそうかな」
軽い気持ちで聞いたにも関わらず、冷静で客観的な分析が帰ってきて、少しだけ引いてしまう櫛田だったが、櫛田も一Dクラスの仲間として同じように試験のことを考える。しかし、そもそもとしてDクラスは基礎学力が足りておらず、Cクラスに挑むんだろうなということぐらいしか分析出来ていなかった。
「あんまりこの話をするのは難しいから、別の話にしよっか。櫛田さん、どうしてサイトであんなことを書き込むの?」
「……ッ!?」
その瞬間、櫛田の息がひゅっと止まる。誰にもバレるとは思わなかったし、帝人はそんなことをするはずも無いと思ってからこその息の詰まり方。櫛田の顔に冷や汗が垂れる。
「な、何の話? 私は嘘なんてついてないよ」
「この鈴木ってアカウント櫛田さんだよね? パソコンとかで新しくログインしたのかな。この人が個々人に送ってる内容は櫛田さんの身近な人しか知らないような内容に見えるけど、嘘かな。それをやるメリットがある人間は櫛田さんに嘘を教えられた人間か本人しかいないんだ。でも、信用を失うようなことを人に言うのは櫛田さんらしくない。これは櫛田さん以外ありえないんじゃないかな?」
自分の見解を述べる事に櫛田の表情が変わってることに気付かずに帝人はどんどんと答えに辿り着いていった。言い終えたところで、帝人は改めて櫛田を見るも、櫛田の顔は歪んでおり、どちらの自分でいこうと迷っているようだった。
「う、うーんよく分からないけど、帝人くんはそれを知ってどうするつもりなの?」
「考えてないよ。真偽を確かめたかっただけというよりは櫛田さんに本当にそんな黒幕がいるのかなって気になったことが大きいかな」
「ふーんそうなんだ。じゃあ、この問題には口を出さないでくれると嬉しいな。これは私の私なりの防衛策だからさ。竜ヶ峰くんにも知られたくないことの一つや二つはあるよね?」
「うん。櫛田さんの問題には関わらないよ。櫛田さんと僕はいつもそうだから」
側から見たら帝人が冷たい人に映ることもあるだろうが、二人にしてみればこれが落ち着いた形だった。いつの間にか廃れてしまった二人の関係性、それを二人が能動的に変えることは無いだろう。
★ ★ ★
夜ご飯時、ある寮の一部屋からは芳醇で甘酸っぱい料理の匂いとともに女子同士の楽しげな会話が聞こえてくる。
「今日も美味しいですよ真澄さん。特にこの酢豚はパイナップルさえなければ、完璧でした」
「わざわざ買ってきたのにまさか食べないの? 杏里は食べるでしょ?」
「いえ、わざわざ買ってきてくれたのは嬉しいのですが、必要性が感じられなかったもので。杏里さんもそう思いませんか?」
ご飯や酢豚、回鍋肉などが並びうる食卓で神室と坂柳の両方から板挟みにあう杏里。杏里としてははっきり言えば、どっちでも良い派だったのだが、二人からくる熱意というか圧力がすごくて、言葉にすごく迷いを持っていた。
「パイナップルを入れると肉が柔らかくなると聞いたことあるので、入れるのは良いんじゃないかと思います」
「ほら、杏里もこう言ってるし、酢豚にパイナップルは正解だから」
「迷信ですね」
珍しく勝ち誇った表情を浮かべる神室と大して気にも留めないというように迷信だと言い切る坂柳。この3人の日常はいつもこのようなことばかりで、全員にとって飽きをもたらさない刺激的な日々だった。
「次の試験は誰が指揮をとる予定なんですか?」
「そういえば、言っていませんでしたね。今回は順番的には葛城くんです。はっきり言えば、彼は少々求心力が落ちてますから、ここで恥な結果を出せば、リーダーの座から落ちるでしょう」
「でも、葛城が失敗すれば、Bクラスに抜かれるんじゃないの?」
「構いませんよ。一度ぐらい落ちたってまた上がればいいんですから」
体育祭、無人島試験での結果から、今のAクラスの支持は結果的に吉宗に追い風だった。しかし、そんな状況になっても坂柳はAクラスが落ちることを良しとし、いや、その状況を望むかのように上品に笑う。その坂柳に神室も杏里もある程度の恐ろしさを抱くと同時に頼もしく思うのだった。
次回のあとがきぐらいで櫛田関連は分かりやすく解説する予定です
カップル同士などの描写の深さについて
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仄めかしもやめてほしい
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仄めかす程度ならば問題なし
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軽い描写なら良し
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多少深くてもok
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ギリギリまで攻めてよし
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どれでも気にしない