この数日間調査のために走り回った吉宗はその日、橋本と会っていた。坂柳に続いて吉宗に呼び出されたことから橋本は少しへきへきしていたのだが、相手は坂柳に敵うかもしれない人材。無下にすることも出来なかった。
「率直に言うけれど、橋本くんは櫛田さんに接触してるよね。橋本くんがあのビラをばら撒いた犯人なの?」
またその話題かと思い橋本はどう返答すべきか考える。そもそも前回が終わった後に坂柳から口止めされた訳では無いので答えてはいけない義務はない。しかし、だからと言って、ここで自分の知っていることを素直に教えてるのも納得いかない橋本は吉宗に交換条件を持ちかける。
「まず、言っておくが俺は櫛田を狙っている犯人でもないし、櫛田の黒幕でもない。だが、情報はいくつか持ってる。三好の持っている情報と交換でどうだ?」
「良いよ。それで手を打とう」
そして、橋本からは神室と杏里が櫛田に接触してきたこと、橋本に対して掲示板を通じて櫛田が誰かに脅されているという情報が。吉宗からはビラ騒動の現場の状況とここ数日の櫛田の状況が。
「どうだ? 参考になりそうか?」
「うん……そこそこだけど、櫛田さんを狙う黒幕への手がかりは無い」
意図的に船上で櫛田と接触したことを隠した吉宗はこの情報の得れなさに心の中で残念に思う。元々、無人島で神室と杏里を尾けていた山村からの情報で櫛田との接触を図った吉宗にとって神室と杏里の情報は知っている情報であり、新規の情報と言えば、橋本が掲示板で受け取ったとされるメッセージのみ。そして、まだこれだけでは情報としては薄かった。
「まっ、そっちで情報が得れたら教えてくれよ。俺も知りたいからよ」
「うん。僕ももうちょっとだけ頑張ってみるよ」
「そういえば、三好はこれからどうする予定だ? Aじゃなかった。Bクラスをまとめ上げる気か?」
橋本から三好へと投げかけられる危険とも言えるような質問。誰もがその質問をしようとして避けてきたものであったが、ここから先の立ち振る舞いを気にしている橋本にとっては非常に重要な質問であった。
「その質問には簡単に答えられないよ橋本くん。僕はこのクラスが争わなければ一番だと思っている。でも、坂柳さんが争わなければならないと思っているなら……葛城のくんの意思を継いで僕もそうするつもりだよ」
「そうか。なら、良かったぜ。これからも力を貸していくつもりだからよ」
「ありがとう橋本くん」
吉宗との繋がりを一定程度深めた橋本と別れた吉宗は携帯に来ていたメッセージを確かめる。そこには山村から櫛田がある人間がいるであろう階へと入っていったということが書かれており、この時点で吉宗は誰よりもいち早く櫛田の裏側にいるであろう人物に行き着きかけていた。
「後は櫛田さんを狙った人だけか」
★ ★ ★
その日は本当に偶々だった。偶々、Aクラスの女子友だちであり、櫛田が誰かに脅されていると思っている網倉で二人で遊んでいた櫛田に偶々、その日に限って何らかの用があって南雲が接触してきていた。
「南雲会長! 桔梗ちゃんに何か用があるんですか?」
「ああ、ちょっとだけ聞きたいことがあるだけだ。時間、良いか?」
「はい……大丈夫です」
櫛田とて南雲から何か言われるような覚えなど全く無く素で戸惑っていた。だが、南雲の声色や表情から只事では無いことは明白であり、櫛田の中の警戒心というものは上がっていた。
「ここ数日調べていたんだが、このハンカチお前のじゃないか?」
南雲の言葉とともに出されたのはK.Kという刺繍が入ったハンカチ。それに対して櫛田は表に出さないまでも酷く動揺していた。それは実際に櫛田のハンカチであり、この間、教室の中で無くしたと思われていたものだったからだ。それを2年の先輩が持っているという事実。櫛田は非常に嫌な感覚がした。
「……はい。私のです。無くしていたと思ってたんです! 拾ってもらってありがとうございます!」
「まて、このハンカチ。何処に落ちていたと思う?」
「……分かりません」
「生徒会室前だ。不自然だと思わないか? 生徒会委員でも無いお前のハンカチがそんな場所に落ちているなんて」
南雲から来る明らかな疑い。それに対して櫛田は様々な可能性を模索する。誰かに嵌められたということを言うのは簡単だが、それを南雲に言ったところで簡単には認めらないのがオチだろう。
「桔梗ちゃんは誰かに嵌められたです! ここ最近、そんなのばかりです南雲会長!」
「根拠は何かあるのか? 櫛田が嘘をついているだけかもしれないぞ?」
「桔梗ちゃんはそんな人じゃありませんし、寮の件もあって誰かに狙われています」
櫛田の寮への対応として見せた健気な態度とあのメッセージが来てから、より一層櫛田を守るという決意をした網倉の必死な言葉に南雲は櫛田が本当にやっていないのだろうと少しずつ思っていく。そして、南雲は櫛田本人では無いのなら、この一連の騒動の犯人であろう人物にも検討がついてくる。
「そうか。そういうことか。……あの野郎、俺を巻き込んだな?」
「何か……ありましたか?」
「いや、お前らの意見はよく分かった。信じてやる」
「「ありがとうございます!!」」
急に南雲からの疑いが無くなったことに対して、戸惑いながらもお礼を言う櫛田と網倉。そして、南雲から返されたハンカチを握り締めながら櫛田は頭を働かせる。一体誰が自分を陥れようにしているのか。一番考えられるのは櫛田のことを邪魔だと思っている綾小路と堀北だろう。だが、南雲が勘づくような人物は……。
「桔梗ちゃん! 本当に大丈夫。無理してない?」
「本当に無理してないよ! 南雲先輩の勘違いで良かったよー」
もう少しで答えに辿り着きそうな時にかけられた網倉の声に櫛田は舌打ちが出そうになるも、網倉が居たおかげで今回の危機を乗り越えられたと思い直し、櫛田にしては珍しく心の底から感謝をする。
「本当にありがとう麻子ちゃん! 麻子ちゃんが居なかったらどうなってか分からないよ」
「ううん、桔梗ちゃんが困ってるなら助けるのは当然だよ。いつでも私のことを頼ってね」
「うん、もちろん!」
網倉は今回の出来事を経て、より一層櫛田を守ることについて決意を堅くする。それは何の打算も無い、ただただ網倉の善性からきている行動だった。そして、櫛田が心の底から感謝をするということ。それは櫛田という人間が心の底から感謝という感情を見せた瞬間でもあった。
★ ★ ★
翌る日のDクラスの教室。生徒たちがほとんど帰り居なくなった後、意図的に残った生徒は4名ほど。その生徒たちは適度な距離感を保ちつつ、議論のような話をしていた。
「それで、紀田君は櫛田さんの件について何もする気は無いのかしら?」
「何もって言うのはどういうこと堀北ちゃん」
「今、櫛田さんは裏に黒幕に脅されて行動していると噂されていて、それについて龍園くんも探っていると言われているわ。だから、貴方はそれについて何か対策をしたりしないのかってことよ」
現状でも櫛田の状況に対して何も動く気は無い正臣に堀北は厳しい態度で迫っていくが、それに対しても正臣は何か考えがあるのか、具体的な名言を避ける。そんな正臣に堀北は正臣に逃げ場を与えないように具体的な事例を出しながら詰めていく。
「堀北さん。それはただの噂だよね? 今から騒ぎ出したら櫛田さんに迷惑がかかってしまうと思わない?」
「それがただの噂ならな。櫛田の人の良さで今は何とかなっているが、次にこれが本当だという証拠のようなものがばら撒かれたらどうなるか分からない」
堀北からの指摘に答えるのは松下。松下の懸念ももっともであり、不用意に目立ってしまうことを避ける櫛田にとってはそちらの方が好みではあった。しかし、綾小路の指摘も松下の懸念ぐらい妥当性のあることだった。もし、また櫛田を貶める目的で新しい何かが出てきたとしたら、いくらそれが嘘であったり、捏造であったとしても信じられる可能性が高くなってしまう。そんなどちらの意見も重要な状況、Dクラスのリーダー正臣は黙り、何かを考え込むかのように俯く。
「紀田君。貴方が何も動かないのなら、私が何かしら動こうと思っているわ」
「待ってくれ堀北ちゃん。俺が直接櫛田ちゃんと話してみるっていうのはダメか?」
口調は軽快よりだが、言葉そのものには重みがかかっており、堀北に対して駄目だと言わせないというようなそんな雰囲気が漂っていた。しかし、堀北はそんな物に臆する人間では無かった。
「貴方なら櫛田さんをしっかりと説得出来るというの?」
「そもそもさ、堀北さんと綾小路くんは櫛田さんが脅されている何か証拠でも掴んでいるの? そんな確信があるように聞こえるんだけど?」
松下からの鋭く突いた指摘に堀北が一瞬推し黙る。堀北は直接、櫛田からそういった言葉を聞いたという情報を自分がやらやければならないことだと思い、正臣に隠していた。それは悪意といったものではない。ただの義務感。しかし、そんな義務感からの隠し事が二人に不信感を与えていた。
「そんなことない。堀北は律儀に紀田に対して許可を取りに来ただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それで堀北ちゃんは俺が櫛田ちゃんに話を聞きに行くことは反対なの? あんまり拒否するとそっちも疑わなくちゃならないんだけどな」
何かしらの不安要素を感じているのか、正臣にこの件に関して前のめりになっている。その真剣な正臣に堀北もこのまま平行線を辿るぐらいならと思い、綾小路の方を向く。そして、綾小路は静かに頷く。
「……貴方がそこまで言うのなら分かったわ。その代わり、貴方たちが得た情報や進捗状況は聞かせてもらいたいわ」
「もちろん。櫛田ちゃんの了承さえ得れれば」
その答えにある程度の満足したのか、堀北と綾小路は教室から出ていく。それを見届けた正臣は少し息を吐き、ゆっくりとペットボトルのお茶を口に含む。
「サポートした私が言うのは何だけど、何でここまで自分でやりたがったの?」
「……何でなんだろうな。焦ってことをやってしまうと取り返しのつかないことになっちまう気がしてならなかったからだろうな」
これまでは正臣の行動の理由はある程度察しがついていた今回に関する松下の疑問。それに対して、正臣はまたも遠くを見つめるようにしながら、断片的に語っていく。またも触れてはいけない壁に塞がれた松下。前もそうだった松下。正臣に近づこうとしても見えない壁に阻まれて、それ以上、心を読み取ることが出来ない。誰にでもフレンドリーな正臣の心の奥底にある闇とも言える過去の部分。それを知りたい、理解したい。そんな思いを拒否するような正臣の態度に松下は次こそはという思いとともにまたも一歩引くのだった。それが今の自分と正臣には関係に相応しいのだと自分に言い聞かせて。
「じゃあ、買い物でも付き合ってよ。櫛田さんからアポの返信が来るまで暇でしょ?」
「……そうだなーそのまま千秋のご飯もご馳走になっちまうのもアリじゃね!?」
「練習中だからまたの機会ねー」
二人の関係も平行線に進んで行く。それはどちらかが変えようとしない限りは変わりはしない関係性。けっして、どちかが悪いという訳ではない。ただ勇気は踏み出させないだけだった。だが、その関係性が変わる日は近かった。
この章の投稿速度は一週間に一回ぐらいで頑張る予定です
カップル同士などの描写の深さについて
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仄めかしもやめてほしい
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仄めかす程度ならば問題なし
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軽い描写なら良し
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多少深くてもok
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ギリギリまで攻めてよし
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どれでも気にしない