ようこそ非日常の溢れる教室へ   作:地支 辰巳

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 決着に向けて畳み掛けていきます


追い求めて見えてきたのはただの少年少女

 

 堀北や綾小路に宣言した通り、櫛田との一対一の面談を設けた正臣。場所はその空気感と真逆のカラオケルームだったが、正臣の表情は真剣そのもので既に一緒にいる櫛田にもその事を悟らせていた。

 

「櫛田。言いたいことがあるなら言ってくれ。一体何があったんだ?」

 

 正臣の聞き出そうとしているようでいて、優しい問いかけ。そんな優しさを櫛田は感じとっているものの、この面談もその問いかけも彼女にとってはわずらしいものでしかなかった。櫛田は誰に何を言われようとも自分の過去を話すつもりはなく、それにつながるようなことも話したく無かった。それは帝人だけが知っている櫛田が櫛田は人の秘密を聞くのが好きだということもその内の一つだった。一つ、たった一つのそれだけ。たったそれだけことだが、櫛田という人柄に傷がつくことは間違いない。だからこそ、櫛田は貼り付けたような笑みを正臣に向ける。

 

「綾小路くんや堀北鈴音さんから色々聞いてるよね? それ以上のことは何も無いよ。だから、紀田君は何も心配しないでくれると嬉しいな」

 

 綾小路や堀北から聞いているのだと確認したその上で心配はいらないと言い切る櫛田。その櫛田の様子に正臣は一度顔を俯かせる。正臣は悟ってしまった。いや、察してしまった。櫛田は何の助けも望んでいない。それどころかもう関わってくるなとも言っているということに。正臣も同じ経験をした訳ではない。しかし、それでも分かってしまったのだ。この子は助けを拒んでいるのだと。

 

「……分かった。櫛田がそこまで言うのなら、俺らはもう何もしない」

 

「本当にありがとう紀田くん。でも、私は私の力で何とかしたいんだ」

 

 話は終わったとばかりに櫛田は正臣に深々と礼をして、去って行く。しかし、その足取りはいつもの所作よりも乱れていた。それもそのはずで、櫛田はこの一週間あまりを様々な人間からの好奇の目と経験したことのない経験をしており、ストレスはもう限界を超えそうであった。

 

 

★ ★ ★

 

 

「まさか、てめぇがこの件についてこそこそ嗅ぎ回っているなんてな」

 

「僕は派手に動いてないからね。龍園くんが動いてるのはみんな知ってる」

 

 寮の近くで邂逅していたのは龍園と吉宗だった。そして、二人の傍らにはそれぞれ伊吹と山村がいたが、二人の雰囲気から口出しはあまりしていなかった。

 

「てめぇには船上での返しがまだだからな。ここでぶっ壊してやってもいいんだぞ?」

 

「僕が逆立ちしても龍園には勝てない。だから、直ぐに逃げるよ」

 

 お互いに櫛田の件を探っている中で邂逅した二人。この二人にとっては今、目の前にいる相手は自分が得ようとしている情報を阻害する邪魔者であり、潰しておくのは必然だと思われた事項だった。しかし、そんな二人の状況を変えるように掲示板に新たな情報が芽を上げる。

 

「チッ、このめんどくせぇ文章は何だ」

 

「櫛田さんを狙う人がまた動き出したみたいだね。これで本当に周りの目が変わるかもしれない」

 

 お互いに携帯で確認した掲示板の内容は女性口調で櫛田が抱えている秘密はヤバいと言ったことを話しており、相手が人気者である櫛田だということも考慮しているのかその女性口調で投稿している者は直接的な表現はせずに上手くここまでの空気感を変えていた。

 

「……龍園くん。この件について手を組まない?」

 

「ハッ、一度てめぇには一杯食わされてんだ。そんな容易く信じられるか」

 

「僕は櫛田さんに対してある程度の借りがある。これ以上、問題を先延ばしにすると手がつけられないことになる。だから、協力してこの人物を追い込まないかな?」

 

 龍園は頭を働かせて考える。相手はただ獲物を狙い合う為だけの相手である吉宗。そして、吉宗というのはこれから戦うBクラスの中で言えば、リーダー的なポジションであり、これからのことを考えるのであれば、坂柳と手を組むことは無くとも、吉宗と手を組んでいく可能性は十分に考えられた。

 

「……胡散臭ぇてめぇだが手を組むのも悪くねぇな。てめぇから何か情報はもらえるんだろうな?」

 

「……情報は無いことは無い。だけど櫛田さんの裏にいる人の可能性だけだよ」

 

 吉宗の頭にある人物は本当に人柄も何も知らなくて、学年中に注目されていないただの凡人。しかし、そんな人畜無害な人物こそが櫛田の裏側にいる人物。その事実を吉宗は数少ない手がかりから読み取っていた。

 

「櫛田さんは最近、尾行を警戒するようになっていた。部屋に帰るだけでも何度も周囲を見渡して。エレベーターに乗る時も途中でエレベーターを乗り換えたりしたりしていた。でも……男子しか住んでいないはずの5階で櫛田さんは降りたことがあった」

 

「……」

 

「そこにいる生徒が誰かは既に調べた。その中でDクラスの生徒は高円寺くんが居たけれど、他は櫛田さんと関わりが深い人はそんなに居なかった。でも、櫛田さんと関連がありそうで可能性がある名前が一つあったんだ」

 

「竜ヶ峰帝人という生徒が」

 

 その瞬間、龍園の中にその生徒に関する記憶が蘇る。無人島試験の時、杏里と神室がBクラスの生徒たちにAクラスの優待者の名前を伝えたことがあった。その相手が柴田と件の帝人。その時も相手の人選に疑問があった龍園だったが、吉宗から伝えられた今回のことでようやく理解した。

 

「ああ、そういうことかよ。あの坂柳の腰巾着どもに取引を持ちかけたのが櫛田ってことだろ?」

 

「うん。何故、その二人かは疑問だったんだけど、5階にいる生徒で櫛田さんが関わっていそう男子は他に居なそうなんだ。だから可能性という部分では竜ヶ峰くんが一番高い」

 

 もちろん、5階には他にもDクラスの生徒はおり、櫛田と親しい者も何人か居た。しかし、わざわざ櫛田が指示を従うような人物とプライベートでそこまで仲良くするだろうか。そんな考えの元、吉宗は可能性だということを何度も強調する。

 

「ハッ、雑な推理だな。他に証拠はねぇんだろ?」

 

「うん、何一つない。でも、他に黒幕だと思われる人は根拠もないし、証拠もない。だからこそ、僕は二人が唯一見せたこれが隙だと思ってるよ」

 

 櫛田がたまたまBクラスの中で選出した生徒の中に帝人がおり、その帝人がたまたま櫛田の降りた5階に住んでいたと読み取るは出来るだろう。しかし、吉宗はそう解釈しなかった。これこそが二人の隙なのだと。

 

「ククク、だが、面白れぇ。てめぇのその雑な推理に付き合ってやるよ。この掲示板でまたあいつらも動くだろうからな」

 

 龍園と吉宗は直接は口にしなかったものの、二人ともがその危うい前提を元に行動する。それは伊吹と山村の尾行が帝人に対して開始されることを指していることでもあった。

 

 

★ ★ ★

 

 

 そんな会話がされている事を知りもしない帝人と櫛田は同じ時間に帝人の部屋に居た。何か重要な用があるとかが訳では無く、ただただ今後の対策という名目で集まっていた。しかし、そんな少しだけゆっくり出来るような空気感を壊すように掲示板に龍園や吉宗も見た文章が投稿されていた。

 

「……何なのこれ?」

 

 その文章に帝人の前ということも忘れ、激しく見えもしない相手を罵ったり、呼吸が上手く吸えなくなる櫛田。その様子は非常に精神が不安定で、いつもは櫛田とある程度の距離感を離している帝人にさえ、大きく心配させるほどだった。

 

「何で、何で、こんなことに! 私が何をしたって」

 

「櫛田さん大丈夫? あんまり無理すると危ないよ」

 

 混乱する櫛田に対して適度な距離感で心配するような言葉をかける帝人。しかし、それは混乱し、自分を偽ることさえ、忘れてしまった櫛田にはイラつきを助長するようなものでしかなく、櫛田は帝人を睨んでしまう。

 

「はぁーあんたみたいな地味で無害な人は良いよね。私みたいに悪評を広められても身内にだけ良い顔してれば良いんだから。私なんて道を歩いてるだけで無駄に心配するような目で見られたり、疑惑の目で見られる。毎日のように義務的にくる心配のメッセージにも良い顔で返しなきゃいけないし、やってらんない。いつもは心配も何もしない癖に私に愚痴ばっかり言ってくるのに。みんな死ねば良いのに」

 

 これまで吐けなかった溜め込んだ言葉を吐き出していく櫛田。この展開を演出した黒幕、その黒幕の思惑通りに動いていく周り、全てに怒りをぶつけていく櫛田にそれは心のガス抜きになったのか、吐き出した後の表情は少しだけマシになっていた。そんな櫛田に流石の帝人も何の声もかけられないのか黙ってしまう。

 

「……やっときた」

 

 そんな櫛田の携帯に掲示板に書き込んだユーザー名と同じ名前からメッセージが届く。ただ一言だけ特別棟の屋上という言葉が。そのメッセージが来たこともそれに対して対応しているのだと帝人に悟らせないようにした櫛田は手早く荷物を片付けていき、出ていく。まるで怒りを表すように扉をうるさく閉めて。

 

「もう行くから」

 

 櫛田とて、何故この時期にこの部屋に来て、何故帝人に対してあんなにも心の内を吐いてしまってのかは分かっていなかった。櫛田にとって帝人という存在は多少は自分の中身を出して話せる存在であって、それ以上の何かではなかった。そう、それ以上では無かったのだが、櫛田は帝人に対してこれ以上を求めてしまっていたのだ。

 そして、櫛田は誰にも何も助けを求めることも無く、自分を陥れたであろう相手の元へと歩んで行く。そこに恐怖はなかった。いや、櫛田にとっては恐怖よりも怒りの強かったからだった。

 

「……櫛田さん」

 

 帝人は櫛田が多くの心の内を吐いてから、心につっかえがずっとあった。帝人は冷たい人間では無い。ただ少し人のことを感情を理解するのが遅い普通の少年だ。そんな少年である帝人にとってこれまで櫛田のような距離感の人は居なかった。守りたい対象でも無ければ、信頼のおける人でも無い。友だちと言える存在でも無ければ、恋人ですら無い。だからこそ、帝人はずっと櫛田とは一定の距離を取っていたし、今回の件に関しても度の超えた干渉はしなかった。だが、今回のやりとりで何かが詰まったのだ。帝人の心に。

 

「……行こう」

 

 何がしたいかも、何か言いたいことがあったわけでも無い。だが、行かなければならない気がした。帝人はちらっと見えた櫛田にメッセージを送ってきた相手の名前から手がかりから得て、準備をして走って行く。その先に何があるかは分からないまま。




 いよいよ次回でこの章は終わります

カップル同士などの描写の深さについて

  • 仄めかしもやめてほしい
  • 仄めかす程度ならば問題なし
  • 軽い描写なら良し
  • 多少深くてもok
  • ギリギリまで攻めてよし
  • どれでも気にしない
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