この一連の騒動を起こしたと思われる黒幕からの連絡に櫛田は特別棟の屋上へと向かっていた。日ももう暮れ、生徒たちもほとんど残っていない校舎を進む櫛田はこの事件の黒幕について、どうすれば良いか考えていた。けっして油断出来ない相手であることは確かだが、それ以上に何をすれば解決するのかが分からなかった。櫛田の秘密を詳細にばら撒くわけでも、帝人の影を探るわけでもない、その黒幕の意図が。だからこそ、覚悟を持って櫛田は屋上の扉を開けてみるが、予想に反してそこには誰も居なかった。呼び出しておいて居ないなんてことはあるのかと思った櫛田は屋上の柵から下を覗き込むもそこにも誰もおらず、上から声が聞こえる。
「来てくれて嬉しいよ櫛田さん。会うのは初めてかな折原臨也だよ。今回のことを仕組んだのは俺だよ。今回のことを仕向けた奴に一矢報いてやろうと思ったりなんかして、取引を持ちかけようと思ったりなんかもして、でも現れたのが危険な俺だと思って策が消え去った君の顔が見たかったんだ」
その給水ポンプのある塔屋に座るのは櫛田が想像していた中でもっとも嫌な相手である折原臨也。南雲が関わってきた時点で櫛田の頭の中には浮かんでいた。しかし、自分を狙う理由が全く分からずに候補からは外していた相手だった。いや、臨也の言う通り無意識に外しただけなのかもしれない。やりようが思いつかないから。
「じゃあ、今回のは折原先輩が?」
「そうだよ。2年生や3年生には結構知られてるんだけど、俺は人間が好きなんだ。ああ、勘違いしないんで欲しいんだけど、人間といっても君、個人のことじゃない。人間そのものを愛しているんだ。だから俺は愛を持って人を見る。どんな行動をして、それにどんな感情を表すのか。それを知って、観察するのが好きなんだ。今回もそれの延長線上に過ぎないよ」
櫛田は臨也の言っていることを半分も理解出来ていなかった。人よりも多くの人間と関わり、多くの人のその有様や性格を分かっている櫛田でさて、臨也の考え方は特異であり、理解することさえ放棄するほどだった。
「何で……私なの」
「どうして? そう聞かれると答えに困るんだよね。君さ、自分だけは自分の才能で生きてるって思ってない? でもさ、それって人よりは上手くやれてるけど、みんなとやってることは変わりないんだよ。みんなの秘密を君だけが知っているなんて、思い上がりも甚だしいよね。君に秘密を話した人だって他の人に秘密を話してるのに」
櫛田から言葉が出なかった。自分があれだけの被害を受けたにも関わらず、臨也はそれとは別の櫛田の秘密に関することまで言ってくる。どこまで自分のことを知られているのか。その事実に櫛田は臨也の前だというのに大きく舌打ちをし、周りを憚らず睨みつける。
「そう。君はそうするしかないよね。相手が自分よりも下なら脅し、相手が格上なら泣き脅し。もし、対等な相手から取引を持ちかけるのかな? でも、俺の目的は分からないし、他に仲間がいるかもも分からない。そうやって、怒りを顔に出すしか出来ない。俺が録音をしているかを警戒しているんだよね。まぁ、君の生態はそう、予想通りでつまらないね」
一方的な展開。普段の櫛田を知っている人間ならば、こんなにも櫛田が会話を一方的に握られるなんて光景は見たことが無かったし、想像もつかないだろう。しかし、現に櫛田は臨也に会話を握られ、情報を握られ、もう一生この男に脅され続けるのかと頭の片隅に思ってしまうほどに櫛田は追い詰められていた。自分はこの男への対抗策をもたないのだと。そこに臨也の携帯に着信が入る。臨也も自分の電話が鳴ることを予想していなかったのか。少し首をかしげるが、そのまま何の疑いも持たずに電話を繋がる。
『今良いところなんだけどな、誰?』
『これ以上櫛田さんを攻撃をするのを辞めてください折原さん』
『……聞いたこと無い声だね。彼女の裏側にいる子かな?』
『そうです。掲示板の書き込みから辿りました』
臨也と電話の相手である帝人の会話が聞こえてきた櫛田はこの状況に色んな感情が巡らせる。帝人が電話越しに助けに来てくれたのは素直に嬉しかったが、あんな言葉を言ったばかりであり、それなのに助けてくれたのはいくら櫛田でも申し訳のないという思いも出てくる。そして、何でこんな自分を助けるかという疑問の感情も湧いていた。
『俺もね。これに対して多少の手間暇かけてるから、もう少しだけ楽しませて欲しいだけど』
『駄目です。折原さんがそこまでするなら、僕は数に頼って折原さんを退学に追い込みます』
『それは怖いね。でも、君なら出来そうだ。……どうして、この子を助けようと助けようと思ったんだい? もう少し早く動けたはずだと思うけど』
『僕はずっと櫛田さんのことを守る対象として考えていませんでした。ただの同居人、仕事仲間ぐらいの認識でした。でも、櫛田さんがこのまま退学するのは嫌だと思ったんです。理由はただそれだけです』
『うんうん、良い理由だと思うよ。基本的には人に興味が無いくせに自分の周りが被害があうことになると、責任感を感じて何かをしてしまう。実に人間らしい。君の人間というものが出ていてすごく良い』
『まだ折原さんは何かをするんですか?』
『……いや、やめておくよ。君のことを高く評価してね。俺が手を引いてないと判断すれば、容赦なく攻撃するといい。俺はまだ退学するつもりはないけどね』
『ありがとうございます』
目の前で自分に関することが終わろうとしているにも関わらず、櫛田は自分に注目が向けられるまで何も発することは無かった。それはひとえに櫛田が帝人をここまでの人物だと想像していなかったことが大きかった。
「そういうことだからじゃあね。そうそう、君は自分の進退のことを考えて掲示板を使ったり、色々手は打ってたみたいだけど、そこまでみんな君に興味は無いよ。ああ、そう言えば、ここのカメラは事前に切ってあるから安心してね」
目的は達され、満足したのか臨也は満面の笑みで屋上から去って行く。その様子をただただ呆然と見ていた櫛田はまるで理不尽な災害にあったかのようにその現実を現実と上手く感じることは出来ていなかったが、その拳は血が滲み出るほどにぐっと握られていた。
★ ★ ★
この騒動で帝人が臨也に電話する直前、帝人の姿は自分の部屋におらず、特別棟の中を歩いていた。電話するだけならば、自分の部屋でも出来ただろう。しかし、帝人はこの場に来ていた。何故来たのか。それは本人でも理解出来ていない。ただ一言で言うのならば、この普段体験出来ないような経験をしたいのだとそう無意識に思っただけだった。
「はっ。まさか、本当にてめぇが黒幕だとはな。未だに信じられないぜ」
「本当だね。僕も自分で言ったけれど、まさかここに居るとは思わなかった」
伊吹や山村の尾行により、櫛田が屋上にいることが分かった吉宗と龍園は屋上に向かおうとするも、その階段の近くには帝人が何をするまでも無く、屋上への階段を眺めていた。
「龍園くんと三好くん……僕のことを尾けてきたんですか?」
いつもとは少し態度が違って見える帝人に対して、龍園も吉宗も疑問を少しだけ覚えるも、姿形は噂に聞き、たまに見る帝人そのものであり、その疑問も直ぐに消えていってしまう。
「正確には櫛田さんだけど。疑問には答えてもらえるの竜ヶ峰くん? 君が櫛田さんの裏にいる黒幕かどうかって」
「……掲示板を作って、櫛田さんと手を組んでいるということなら、僕のことです」
しっかりと二人の両目を見て、自分が黒幕だと名乗り出る帝人。変に言い訳をせず、覚悟を示している帝人に対して、普段のイメージの違いから評価を変える龍園と吉宗。
「てめぇには色々と聞きてぇことがあるが、今回の騒動の方は誰が仕組んでるかは分かってんのか?」
「大体は分かってます。今からそれを証明します」
帝人は誰かに電話をかける。その唐突な行動は二人の興味を引くものであり、帝人の動向をじっくりと見守らせた。そして、電話が通じたのか、帝人はひどく冷静に話し始める。
『これ以上櫛田さんを攻撃をするのを辞めてください折原さん』
折原臨也。その名前を聞いた瞬間、龍園と吉宗に驚きと納得を与える。臨也の名前を二人とも思いつかなかったことは無い。しかし、動機が無かった。だからこそ、確信が無かったのだが、今回の帝人の行動で確信を得る。
『ありがとうございます』
そして、そのまま帝人の電話が終わる。ここまで帝人と臨也の会話を邪魔しないようにしていた吉宗と龍園だったが、もう邪魔は無いだろうと言うように帝人に対して会話を振っていく。
「てめぇの能力には感心したぜ竜ヶ峰。警戒していなかったのが馬鹿みてぇだな」
「うん。僕も竜ヶ峰くんがここまでの人だとは思わなかった」
ここまで二人の話を聞いているだけの帝人だったが、ずっと二人に対して疑問に思うことがあった。
「二人の何をしにここまで来たんですか? 折原さんと同じ目的じゃないですよね?」
まるで脅すような言葉と視線にやはり、この帝人はこれまで見ていた帝人では無いのだとまたも実感する二人。しかし、実感したとて、二人ともが一歩引くわけわけでも、押されるわけでも無かった。まるでそれがリーダー足るものの条件だと言わんばかりに。
「僕は櫛田さんが無事そうならそれで十分だよ。元々その為に二人の黒幕を探し始めたんだから」
「綺麗事に過ぎねぇな。裏でコソコソ動いてやつが居るから探っただけだ。それ以外に理由はいらねぇ」
二人の答えは帝人が信じるかはともかく、真実であり、これ以上この件について何かしようとするような答えでも気配でも無かった。それに安心したのか帝人は顔を綻ばせる。
「良かったー! 三好くんと龍園くんを相手にするなんて本当に大変そうなことだから、焦ったよー」
さっきまでとは全く違う人間のように態度を変化させる帝人。そんな帝人には先ほどは押されていなかった二人も戸惑ったようなそんな表情を見せる。その感情の変化を分からなかった帝人は話を終わりを告げるように屋上へと進んで行く。
「僕は櫛田さんを迎えに行かなきゃいけないから。二人ももう暗いから早く帰った方が良いよ」
「ハッ、あの野郎も中々鴨の座った野郎だな。やる時が楽しみだぜ」
「ほどほどにした方が良いと思うよ。彼を侮るとやられる気がする」
「……間違いじゃないだろうな」
二人は階段を上がっていく帝人のその背中を見上げていく。その背中はどのクラスのリーダーとも違う異質のもののように感じた。
★ ★ ★
「ほんっと意味分からない。あんたって何なの?」
「そんなこと言われても困るよ櫛田さん。何かされなかった?」
「別に何もされてないけど」
屋上に来た帝人に対して最後に会った時のことや先ほどの電話とのギャップを感じてしまって、櫛田はいつものように上手く話すことは出来なくなっていた。そんな櫛田の変化に気づくことはなく、帝人はいつものように話していく。
「心配したんだよ。うん、これからは櫛田さんが危険な目に合わないように僕も協力するから」
「……わかった……これからは頼むから」
自分という人を知り、自分という人間の危機を救った帝人に対して櫛田は確かにこれまでとは違うようなそんな感情に動かされていた。本人も意識しないうちに。そして、櫛田は気づいていなかった。帝人の認識の中で守るべき対象になるということはどれほど大きな後ろ盾を得ることだということを。
難しいかったけれど臨也と帝人でやりたいことはやれました。
7巻の内容がこうなったので原作より綾小路と軽井沢の距離は遠いです
次回からは7.5巻になります。
この章の補完とか出番が少なかったキャラに焦点が当たる予定です。
更新速度は元の遅さに戻ります。
カップル同士などの描写の深さについて
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仄めかしもやめてほしい
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仄めかす程度ならば問題なし
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軽い描写なら良し
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多少深くてもok
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ギリギリまで攻めてよし
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どれでも気にしない