話間の繋がりは在ったり無かったり
此処は魔法の存在するとある世界のとある国、その一角に存在する小さな村。八年前に突如出現し、世界各地で暴れ回る魔王率いる魔族の恐怖も小さな村には関係無く、貧しいながらも穏やかな日々を過ごしていた。
「うんしょ! うんしょ!」
一人の幼い少女が日課である水汲みをしている。小さな子供でも朝から遊び呆けられる余裕はこの村には無く、力仕事は無理でも可能な限りは親の手伝いをする物だ。井戸に向かい手桶に水を汲んで家の水瓶まで運ぶ。冬はなかなか辛い仕事だが、幼い彼女にとって親の役に立てると誇れる仕事だ。
「うんしょ! あっ、ごめんなさ……」
そんな彼女は手元に集中していた為か誰かにぶつかってしまった。慌てて謝ろうとして見上げた少女は固まってしまう。目の前にいたのは村の大人でも外からの客人でもなく、人外の存在。
「オ…オーガ……」
濁った鉛色の肌に逞しい四肢を誇る巨体。ボサボサの髪は針金を思わせ、鋭い牙は口からはみ出る程に巨大だ。
その怪物の名前は少女でも知っている。鍛え上げられた騎士が入念な準備を行い数倍の人数で挑むべきモンスター。手桶を落とし、声にならない悲鳴を上げて逃げ出そうとして、無造作に振るったオーガの巨腕の爪先が掠っただけで宙を舞った。
「うぁ……」
数度回転しながら宙を舞い地面に叩きつけられた少女の服も柔肌にもオーガの爪痕が刻まれている。傷自体は浅いものの血は流れるし、落下で負った傷の痛みも恐怖も合わさってうめき声を出すだけで立ち上がって逃げる事すら出来なかった。
「お父さん……お母さん……」
地面に血の線を残しながら少女は張って逃げる。オーガの歩みからして瞬く間に捕まえられる速度だが、オーガは追いかけっこを楽しむかの様にゆっくりとした歩みで追い掛けた。
気を失いそうな痛みに少女の意識は今にも途絶えそうで、今逃げ続けられるのは奇跡の部類に入るだろう。やがて少女の目の前に生まれ育った家が映る。とても普通の農民の両親に倒せる相手ではないが、幼子故の両親への信頼によって助けて貰えると信じていた。
そう、信じていた……。
「あっ……」
思えば不思議な話だった。オーガ程の怪物が侵入したのなら誰かが気が付いて少女を助けようとする筈だ。それが無い理由は直ぐに分かった。
「お父さん? お母さん?」
半壊して火に包まれた生家の前には数匹のオーガと両親の死体。手足を引きちぎられた無残な死体で、周囲を見れば同じ光景が村中で繰り広げられている。
「あっ……あぁ……」
やがて少女を追いかけるのに飽きたのか先程のオーガの腕が少女の頭を握り潰さんと伸びる。この怪物の怪力ならば少女の頭は熟れた果実の様に潰されるだろう。だが、そうは行かない。彼女の両親が苦しめられて死んだのと同じできっと時間を掛けて死ぬ事だろう。
「神様……助けて!」
少女は神に祈る。今まで同じ様な状況に陥った人々が普段から信仰を捧げる人も捧げない人も同じくするように神に助けを求めるた。だが、奇跡など起きた試しは一度も無い。運良く助けが入ったケースも元から助けられる場所に居ただけで神が起こした奇跡によるものは一度も無かった。
結論から言おう。少女は苦しんで死ぬ事もあっさりと死ぬ事も無かった。雲一つ無かった空に突如現れた黒雲から降り注いだ雷にオーガが打たれ絶命した事によって。
「え?」
一瞬で黒こげになった仲間の姿にオーガ達はざわめき少女も何が起きたのか分からず声を漏らす。そのまま何が起きたのか理解するよりも前に次々に降り注ぐ雷はオーガのみを貫き、僅か数十秒の間に村に入り込んだオーガは全滅する。
「助…かった……?」
既に村の中には死体が散乱し、生き残りは三割程。明日からの生活に不安を覚える状況だが、今は悪夢のような出来事から救われた事に安堵し、喜びの涙を流す。
「きっと神様が助けてくれたんだ……」
少女の呟きは歓声に掻き消され、その歓声もかき消される。村全体を覆う程に巨大な雷の雷鳴によって……。
「ハハ…ハハハ…ハハハハハハハッ!」
雷は途切れる事無く降り注ぎ続け、例えるなら金色の大瀑布。日の光さえ掻き消す程の雷光が周囲を照らす中、崖の上より村があった辺りを見下ろし笑う女の姿があった。
「成功成功。新しい魔法は大成功! あ~、でも少し五月蠅いかな?」
銀髪を束ねた知的な眼差しの二十代前半程の彼女は一頻り笑った後で急に不愉快そうに顔を歪ませる。それだけで数分に渡って空から地面へと流れ続けた雷が消え去り、残ったのは黒こげの地面。村があった痕跡も少女の死体の欠片も存在しない。
「あぁ、楽しかった。矢っ張り魔法の実験は最高だね」
この光景を作り出したのは彼女で間違い無いだろう。罪悪感を覚えた様子もなく、ただただ楽しそうにする彼女は村に背を向けて歩き出す。今の彼女は一仕事やり遂げた時の清々しさをその顔に浮かべていた。
「それにしてもオーガに襲われて絶望のまま死んでいった人は可哀想に。私がもう少し早く来ていれば絶望じゃなく希望を抱いた状態で死ねたのに。うん、でも助けられた人の事を喜ぼう。だって私は悲惨な最後から大勢を救ったんだしさ」
あの雷は言葉からして彼女の魔法で間違い無い。確かに村人をいたぶり苦しんで殺そうとしていたオーガを倒したのは彼女で生き残った村人は希望を見出しただろう。例え明日から絶望が待っていたとしてもあの時は希望に満ち溢れていた。
だが、同時に生き残った人々を殺したのも彼女で、理由は新しい魔法の実験だと口にし、成功を笑って喜んでいた。自らの手で生き残りを殺した事を気にも止めずに……。
悪か善か考えるまでもなく、彼女は悪の存在だ。行いも、その精神性も悪としか呼べない。本人にはどうやら自覚が無い風にも見られるのだが、それが一層彼女を凶悪な存在へと押し上げていた。
「……ぐっ! またあの魔女か!」
女が居なくなった後、村があった場所に騎士達が訪れる。全てが終わった後に現れる彼等を最も無力無能と蔑むのは彼等自身であり、屈辱と己の無力さにより拳を振るわせ唇を強く噛んだ事で血が滴り落ちる。
遙か遠方からでも異常だと分かる雷の大瀑布を視認するなり馬に乗り込んでこの場所までやって来た彼等の目的は十年以上前から大陸各地で災いを振りまいている謎の女の調査。数少ない目撃者の全てが女であること以外は髪の色も年の頃も一切覚えていない相手であり、”厄災の魔女”として魔王と同等に恐怖の対象となる相手。
魔法に特化した防具で身を固め、たった一人になろうとも少しでも情報を手に入れる覚悟で向かったが何度も繰り返した空振り。何一つ成果を得られなかった。
「……糞っ! 伝説の聖剣の発見により民の心に希望が戻って来たというのに」
「矢張り聖剣に選ばれし勇者を一刻も早く見つけなくては……」
影在る所に光在り。魔王や魔女が絶望と恐怖を振りまく中、御伽噺とされていた伝説の聖剣の実在は人々の心に光を取り戻させつつある。大いなる力を勇者と認めた者に与え世界に光をもたらすという伝説の武器。
そしてこの半年後、遂に勇者として選ばれた者が発見され、魔王討伐に乗り出す事になったのだ。
「やあ。君が噂の勇者か。私は選抜試験を突破して君の旅に同行する事になった魔法使いだ。うん、宜しく頼むよ。ああ、でも私は人付き合いが嫌いだから必要最低限の会話にしてくれ」
そして、光在る所には影も……。