肝試し
私はそれが好きではない。別に怖いからというわけではないのだ。
普通私たち生きている存在というのは幽霊、お化けなど呼び方はさまざまであるが非科学的かつ非現実的な存在を認識することはできない。
一部そう言ったものを認識できてしまう人はいるけれど……
だけれどある特殊な環境下ではそれが可能となってしまう場合がある。
タキオンさんの受け売りではあるけれど、それはある種の恐怖が関わっているらしい。
本来私達がレース中に感じる殺気や覇気、プレッシャーに対する恐怖と言ったものとは全く違うベクトルの、存在しないものが存在するかもしれないという未知、怖いという言葉が直結する恐怖。
その恐怖を強く感じている条件下では、自然と非現実的存在を感知する方向に感覚が研ぎ澄まされ認識をしてしまうのだという。
「それで、別れ道があったと……」
そしてその時の相談もやはり肝試しの時の内容だった。
ちなみに私は普通にお化け役をやっていた。
「そうなんです。ウオッカも見ているのよ」
相談をしにきたのはダイワスカーレット。
彼女はよくタキオンさんの研究室で投薬実験に身を投じている身体実験者2号らしい。
まあ投薬実験といっても単純にタキオンさんの持つ畑で取れた野菜を食べさせているだけなのだが。
「というわけなんだがね、専門家としての初見を聞かせてもらおうかと」
「……正直そう言った存在はわからないままにして記憶を消しておくのが一番いいんですよ」
実際知ろうとして痛い目に遭うというのはよく聞く話。
「まいったねえ、私としては解明と応用に興味があるから是非とも理解をしてみたいのだけれど」
「じゃあその怪異が出たら光る薬でも飲ませてみたらどうですか?」
正直やりかねないから困るのだけれど。下手に霊障を連れてきたら確実に私に乗り移る。霊障は霊感が強い方に移りやすいから。
「その、霊障が残るとかそう言ったことは……」
「お寺暮らしのTさんにでも聞いてみたら?」
あいにく私は霊の除霊は専門外。知り合いもいない。タキオンさんはいるらしいが……
「……真面目に考えるならヒシアマゾンさんとフクキタルさんの狂言という可能性の方が高いんですけど」
そちらの方が可能性は高い。というか普通ならそちらを信じる。
「ルートの再検証はしたのかい?」
「それができたらここにいません」
必要以上に怖がってしまっている。仕方がないか……
「……私からも頼むよ。研究しがいがある」
スカーレットさんが困っているとかではなく研究しがいがあるというのが先に出てくるあたりタキオンさんらしい。
「じゃあルートを見回るだけですよ」
「こんな昼間明るいうちから?」
1時間ほど後の時間はちょうど太陽が真上に出ている頃で、それでいて夏の残暑は私には眩しすぎた。
こんな時間から現場に向かう私とタキオンさんをスカーレットさんは呆れていた。
「時間は関係ないですから」
「しかし昼間に来ると普通の林道でしかないね」
そう隣で他人事のように話すタキオンさんはやはりエアシャカールさんと同じでカメラを持ってきていた。ただし普通のカメラ一個だけというところが彼女との違いだった。
現象解析はしないようにと釘を刺しておいたのが功を奏したのだろうかな
「そんなものです。……一つ目はハルウララさんが脅かしていたポイントの5分ほど手前でしたよね」
「え、ええ確かこの木だったかしら、ちょうど道が左に曲がっていて…ここが右に分岐していたの」
スカーレットさんが指差している方向には何もなく、ただ鬱蒼とした林があるだけだった。獣道も無い。
特に何かがあるというわけでもなさそうだった。
「……何か見えるのかい?」
「……何も見えないです」
いつもいつも見えているような言い方しないで欲しい。誤解を与えてしまうではないか。
「……そうか。なら地縛霊という可能性はないわけか」
そう簡単に地縛霊も出てこないでしょうに。
守護霊ならともかく……いたずらだったのでは無いだろうか?
だけれどどこかに連れて行こうとする類の霊障は悪戯では済まないケースが殆どだ。
「こういう連れていくタイプの霊障は神隠しって言われる事例に該当します」
「ああ、離れた場所で発見されたりするケースがあるという」
「はい、かなり昔から事例があると言われているものですね。危険と言えば危険ですが対処法は至ってシンプル。絶対にそちらにいかないです」
「……もし行ったら?」
恐る恐るというように聞いてくるスカーレットさんに対して私は答えを持ち合わせてはいなかった。
「さあ?」
「ええ……」
「そもそも私をテレビでよくみる何ちゃって霊能者と勘違いしていませんか?」
あんななんでも知ったかぶりしているような人達と違ってわからないものはわからないし見えるからと言って何ができるとかでもない。
「そんなことは……」
「言いすぎました。すいません」
結局その場所から見えないだけで奥の方に何かあるのではないかと言う話も出た。
そう言い出すだろうと思って用意はしていたけれど実際に使う事になるなんて想定外だった。
腰に紐を結びその先をタキオンさんとスカーレットさんに持たせる。
「……こういう類の相手は何をするかわかりません。とりあえずこれを持っていてください。奥を見てきます」
正直これはそっちの対策ではなく単純に迷子になるのが嫌だからというだけなのだ。普通の道なら迷わないけれど私はこういう道なき場所にめっぽう弱い。小さい林であっても私にとっては樹海なのだ。
「一緒に行くかい?」
「神隠しであれば複数人で行こうとするという提案は逆効果になります。なのでそこで待っていてください」
スカーレットさんを一人残しておいたら紐を放り出してこちらについてきそうだから……という本心は隠しておく。
それにこの紐は焼き付け刃ではあるがないよりはマシみたいなものだ。
藪の中に入る前に手袋を締め直して肌が傷つくのを防ぐ対策も忘れない。
気分は少し探検隊。
私自身が草木をかき分ける音だけが森に響く。
数分、距離にして5分もたっていない。藪の中には何もなく、霊障などが起こる様子は何もなかった。
結局何もない。となれば地縛霊やこの場所に何か未練があるといったものではなさそうだ。
藪から戻ればタキオンさんとスカーレットさんはそこにいて、どうだったのかと聞いてきたけれど、別に何も無かったとしか答えられなかった。
実際何もなかったのだから仕方がないだろう。
「地縛霊じゃない限りその場で霊障を何度も起こすなんて事はないですからね」
「そ、そっか」
スカーレットさんはほっとして、反対にタキオンさんは落ち込んでいた。
やはり諦め切れない様子だった。
「他の人に誰か知っている人はいなさそうかな?」
「フクキタルさんは私達がいつのまにか出発しちゃった……ヒシアマゾンさんは出発は私とウォッカが出発するところは見ていた……あ、ハルウララさん」
「話を聞くだけ聞いてみようか」
まだ検証は終わりそうにない。
スカーレットは用事があったため別れる事になって、私とタキオンさんだけで話を聞く事になった。
ハルウララさんはプールで泳いでいた。
水を滴らせながらやってきたウララさんは、早速用件を聞いてきた。
「実はこの前の肝試しの時のことを聞きたくて」
タキオンさんは黙ってメモを取っている。私が話を聞く係だった。
「驚かす側に回ったやつだね」
「ええ、それでスカーレットさん達を驚かした時のことを聞きたいのですが」
「んー?スカーレットちゃん達を驚かした時?」
その時にスカーレットさんとウォッカさんともう一人誰かいましたか?」
「3人?二人だけだったよ」
やはりフクキタルさんの姿をした存在は見ていないようだった。
「他に変わったこととかありませんでしたか?」
「あ、気温があの時だけ肌寒かった!暑い外から冷房の効いた室内に入った時みたいな感じ」
寒い……体感気温が下がる。兆候はあったようだ。
「音とかは?」
「虫の音と驚かす声と悲鳴くらいかな?」
私達の耳は人間のよりも良いし下手をすればカメラより高性能だったりする。その耳が聞こえていないというのならきっとしなかったのだろう。
結局そのくらいしか変わったことはなかったという。だけれど寒いというのは大きな手がかりでもある。
ただ本人も少し視線のようなものを感じて困ったと言っていた。
去り際のウララさんの背中に何か白いモヤのようなものがかかったように見えたけれど、瞬きの合間で消えてしまいなんなのかはわからなかった。
場所は再び戻りタキオンの研究室。
どこからか取り出してきたテレビをカメラに接続させて撮影してきた動画が垂れ流しとなっていた。
真剣に見ているのはタキオンさんくらいだった。
「ふうん……温度が下がるか。霊障発生時によく聞く現象だね」
トンネルなどでは気流の関係やトンネル内部の冷たい風という説明がつけられるがあそこは林であり近くに洞窟やトンネルといったものはない。
何でもかんでも霊障というのは好きではないけれど、科学的検証を行いその結果残ったのが霊障であるというのならその結果は事実なのだろう。
「ですがスカーレットさん達はそのような温度降下は体験していないと」
あの後電話で二人に聞いたのだが肌寒いというようなことはなかったそうだ。
「となると相手は異界ではなく五感に干渉を行うタイプなのではないかな?」
「どのようにタイプわけをしているのかわかりませんが相手が記憶にある人物を模して現れるという点を見ればその可能性は高いですね」
「そうなると神隠しというよりもっとタチが悪いかもしれないね」
怪異自体が人型をとる時点でかなり力はある方だと思っていたけれどこうなってくると実はそこまで強いタイプではないのかもしれない。
しかし霊障の強さと悪質さは一致しない。むしろ霊障の弱い方が危険なのだ。
「まあ結論はここくらいまでにしていこう」
「……?珍しいですね貴女がここで辞めるなんて」
コーヒーのカップを持つ手が止まった。
タキオンさんが急にやめようなんて言い出すとは。明日は大雨になりそう。
「なに、気まぐれさ。領域を侵すところまでいくほど私は倫理観を無くしたわけじゃないよ」
そうは言うが何もテレビを急に片付けようとしなくても良いのではないだろうか….
「……変な薬の投薬実験はするのにですか?」
「あれだって安全は確かめてからにしているさ」
「ふうん……それにしても霊に対して気を遣ってくれるようになって私は嬉しいです」
「そうかいそうかい。まあそうだろうね。私だって霊に悩まされて研究が滞るというのは避けたいからね」
何か引っかかった。見れば作業する手が少しだけ揺れていた。どこか声に覇気もない。
「……何かあったのですか?」
「それがだね……」
撮影していた動画に奇妙なノイズと映像が紛れ込んでいたのだという。
映像は私が藪の奥に向かって行った直後のものだった。
確かにタキオンさんの声に被せるようにして声にノイズが混ざる。
それと同時に画面が乱れる。だけれどそれは映像の1フレームにすぎない乱れだった。
「ノイズはともかくそこの映像をコマ送りで見てみたらこのようなものが挟まっていてね」
リモコンを操作してコマ送りをするタキオンさん。
画面の乱れは画面半分が赤みがかったモヤにかかったようなものだった。そのモヤに鏡写のように逆さまになった看板のようなものがあった。
ハロン棒のように見える何かだった。
「先程のノイズは君は何に聞こえたかな?」
「……?ただのノイズですけど」
「なるほど、わたしだけにしか聞こえないわけか」
「何か聞こえるんですか?」
「最初はノイズだと思ったのだが、これをみた後にもう一度聞いてみたらノイズが人の言葉だったのだ。相槌を打つような……曖昧だな。だが適切な言葉が当てはまらない」
もう一度映像を巻き戻して音のノイズを聞いてみたが、やはりそれはノイズでしかない。
「なるほど……これが俗に言う霊障か。経験するのは初めてだな」
「見えないし聞こえないので警戒する必要はないですが映像はDVDか何かに移して焼いて破壊した方がいいかもしれません」
「ふむ、参考にさせてもらうよ。しかし良い映像だったのだがねえ」
「放っておいてどうなっても知りませんからね」
「わかっているさ」
流石にこうなってしまってはタキオンさんもお手上げだった。
その後霊障が起こったと言う話は聞いていない。
UINE電話だ。
相手はハルウララさん。
「思い出したんだけど、実は驚かす直前で寒くなった子、スカーレットちゃん達以外にもいたよ!」
「そうですか。ちなみにそれは……」
「青い髪の子だったんだけど…私が驚かしても反応が薄くてそのまま行っちゃったんだ」
「青い髪の子?ツインターボさんですか?」
「ううん。顔は覚えてないけど……ターボさんじゃないよ。誰か知らない」
「わかりました。ありがとうございます」
さて困った。私はウララさんより少し離れた位置にいたのですが、そのような子は見ていない。これもまた迷宮に放り込むべき類のものらしい。
……そういえばよく聞く怪談には青い髪の少女が出てくる。何か関係性があるのかな?
どう思う?