マンハッタンカフェが語る不思議な話   作:ヒジキの木

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VHSテープ03

夕暮れの時間は中途半端に明るく、そして影の部分はより濃くなり視野に制限がかかる。

明るいところから暗いところを見ると全く見えない、ブラックホール現象というものが起こりやすいからだ。

 

そういう見えないところに人は本能的な恐怖を描く。

 

怖い話や怪談が夜を舞台にすることが多いのと同じように……

 

 

VHSテープがカラカラと動き出し、収録が開始された。

 

 

 

 

去年の皐月賞

タキオンさんとぶつかり合い最後までせめぎ合った末の負けに、悔しさを隠し切れなくなっていた私はその日久しぶりに外泊届けを学園に提出した。

 

 

 

気持ちが晴れない時はいつもそうしているように、だけれどその日は少し違う場所に。いくことにした。

特段理由があったわけではない。気晴らしのつもりだった。

 

外出ではなく外泊。実は私の実家は中央トレセンに近い。電車で四つめの駅が最寄りだ。だから外泊届けも出しやすい。

 

でも家に帰ってふて寝をして気分を和らげるという至極真っ当かつ賢い方法は取れなかった。結局のところ私はどこか人のいない落ち着ける場所として郊外へ向かっていた。

 

気づけば片田舎と思われるような場所に降りていた。住宅地が淡々と続く。

それらを見下ろせる丘が少し離れたところに見えた。

丘の周りは自然公園になっているようで、木々と整備された歩道に作り物ではあるが池があった。

夜も夜だったから人通りが全くないものの、それ以外であれば気分は落ち着く場所のように思えた。

丘の上に登って夜景でも見てみようなんて思い、私は公園の奥へ向かった。

丘へ続く道はすぐに見つけることができた。

 

街灯がなくて暗い道だったけれど月明かりのおかげで視界は良好だった。

木々が鬱蒼と茂っているわけでもないから明かりがよく届いた。

 

丘の上から見る夜景は綺麗なんだろうななんて考えたけれど、登っても夜景にはありつけなかった。

どうしてなのかは思い出せない。

ただどこか歩き疲れたような気がして、休めるところが欲しいと思っていたのは確か。

 

ーーーー思想操作かな?

 

そうなのかもしれません。

 

 

 

5分ほど歩いた頃だっただろうか、丘の上に小さな売店があったんです。

夜こんな時間までやっているんだなって思いました。

違和感を持つべきところで持たなくなっている。後から思い出してみると夢のように思えた。

 

 

でもそれにしては灯りが暗くて、街灯がないところでは明るく見えただけだった。やっているのかどうかわからない。

でもシャッターは降りていなくて、古ぼけていたけれど人が中にいた。近づいていってもはっきりしないぼんやりとした人影だった。夜で目が慣れていないというのもあったのかもしれない。だけれどそれが男のものだというのはすぐにわかった。

 

 

「いらっしゃいませ」

店の中に入ってみるとぼやけていた輪郭が急に解像度が上がるかのように鮮明に浮かび上がった。まるで映像の一部を切り取ってその場所だけを拡大していくようなそんな感じだった。

ピクセル画像度が上がっていくといった感じだ。

「……どうも…あいてますか?」

その時に何か勘が働いていたらもしかしたらあの経験はしなかったのだろうと今でも思っている。

「ああ、やっているよ」

その店はカウンターと厨房で建物がほぼ埋まっていて、テーブルと椅子が一個づつあるそんな小さなところだった。

基本は外にテーブルを出してそこで食事をとってみるというスタイルなのだろう。

空いている椅子に座ると、少ししてお冷が出された。

 

 

最初の違和感は書かれている文字だった。

「……ん?」

字の内容は読める。それを字として認識することもできた。

だけれど視覚から入ってくる情報が噛み合わない。まるで脳がそれを字として認識しているけれど視界の情報は全く別のものを写しているような変な感じだった。

定員さんは相変わらずカウンターにいた。

 

ああそうだ。温度がないんだった。

熱気がしない、カウンターの後ろで鍋がいくつもグツグツと湯気をあげているのに、それは全くと言っていいほど熱気がこなかった。

古い建物で換気扇も冷房も動いていないのだからありえないことだった。

そのありえない事象は認知してしまうと強烈な違和感として襲ってくる。

まるでそこが切り取られたただの静止した模型のような。ひどくリアルな作り物のような強烈な違和感だ。

 

そういえばその時お冷を持ってきたのは誰だったのだろう?店員と呼べる存在はカウンターから一歩も出ていないし構造上外側から回らないと出ることはできないはずだった。そういうお店は基本セルフだから水を自分でとってくるのが普通だけれど……あれは誰が差し出したものなのだろう。

 

今となっては確かめようがない。

ーーーー検証してみたいのだが。

 

やめてください。ろくなことになりませんよ。

 

 

 

「注文は?」

再び店主が聞いてきた。だけれどその頃には食欲よりも違和感と恐怖が混じった感情の方が優先されていた。

「食欲が急に無くなったから……」

 

「そうか」

 

店員には悪いと思ったけれど、危険を感じたら逃げる。徹底していることを曲げるといいことは起こらない。

そもそもその店員自体が生きているものかどうかすら怪しかった。

軽く駆け足で坂を下っていく。暗闇が不気味に広がり、行手を阻むようだった。

だけれど左右に曲がっていたはずの道は何故か真っ直ぐなような気がして、あの場所に行く時と道が違うような気がした。

それは気のせいではなく、完全な実態となって現れた。

「あ……あれ?」

 

下っていたはずだけれどこれいつの間にか私はその場所に戻っていた。おかしな話だ。

先程の明かりだけがぼんやりと見えている。

建物と、やはり外からではぼやけているだけの人間を模した何かがあった。素通りをしようかと思ったが既にその時の私は正常ではなかった。

私は負けた悔しさがドロドロと尾を引いていて、このような仕打ちをしてくる相手にイラついていた。

相手は恐怖するこちらを楽しむ。その事実はあの場所では選んではいけない選択だったのだろう。

だけれど相手は怖がらせることしかしてこない相手。恐怖よりも怒りの感情が強くなっていた私は思わず建物の壁を蹴り飛ばした。

木製の壁が破壊され木片が飛び散った。

そもの木片が視界を遮った途端は周囲の暗闇が赤色に染まった。

やけにうるさい鴉の鳴き声が環境音のように流れる。

 

赤い空とそれに照らされて地面や木々も赤色を帯びる。ふと顔をあげたら人間を模したそれと目があった気がした。

そこにあったのは人形……をした赤いマネキンのような見た目のナニかだった。

目が円形でどす黒く、まるでペンで描いて貼り付けたような立体感がおかしいそれと、三日月のように弧を描き大きく異質に半開きになった口。それが意味のわからない言葉を繰り返していた。

 

「縺?≠縺√≧縺斐⊇縺ッ縺舌>縺オ縺峨∴縺セ縺ゥc縺倥∞b繧都hd」

 

駆け出した。それが動いていようといまいと関係ない。体に負担がかかるとかどうかではなかった。無我夢中で走っていた。道なんて気にせず木々の中も駆け回った。鴉の鳴き声が鳴き声がガーガーガーって……あの声のようなものも……

 

息が荒くなった。不思議と脚は悲鳴をあげていなかった。

息を整えようとして、視線を下に向けた時目の前にサッカーボールが転がっているのに気がついた。

 

どうしてこの場所に急にそれが現れたのかはわからない。強烈な違和感が襲いかかる。

恐怖が足から這い上がってくるようにして体にまとわりつき、冷や汗が流れてきた。

危険がすぐそばにいる。近づいてきたのではない。いる。見えないけれど、勘が警告していた。

 

思わずそのボールを蹴り飛ばした。ボールというよりかは濡れて質量があるなにかだった。

思わず尻餅をついてしまい、目を閉じてしまった。

鴉の鳴き声が一層大きくなって、それがピタッと止んだ。

急に肌に冷たい風がかかる。

恐る恐る目を開けると、真っ赤な空は不気味な安心できる闇に戻っていて、全てが夢のように消えていた。

目の前にはサッカーボールが転がっていた。色褪せて随分前からその場所から動いていないのか、少しだけ土に埋もれていた。

 

結局どうしてそうなったのかはわからなかったけれど私は気付けばこちら側に戻ってきていた。異界なんて言葉で表せるようなものではないもっと異質な何かだった。その感覚は今も残っている。

 

そのあとすぐに公園を後にした。今度は普通に下りることができて、時間は驚いたことに、公園に入ってから5分ほどしか経っていなかった。

すぐにその日は家に帰った。

 

 

次の朝に気になってその場所に行って見た。そこには何も無くなっていて、ただ草木に覆われた建物の跡があるだけだった。何年も前からそこには何もなかったかのようだった。いや実際そこには何もなかったのかもしれない。

 

これだけ。私が体験した話で、特に後日談があるわけでもない。一応あの場所には前まで軽食が取れる小さな売店兼食堂があったらしい。だけれど採算が取れなくてやめたのだとか。

それくらい。

真っ赤に染まった空のことや鴉の鳴き声は何にもわからない。多分関連はないのかもしれない。

 

では何だったのか?そんなものはわからないし知らない方がいいものなのだろう。

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