続VHSテープ01
さて、これは前に記録したテープの続きと言いますか、好奇心に勝てなかった人のせいで新たに記録する必要が出てしまった事象を記録したものです。
ーもうちょっと言い方があるんじゃないのかな?ー
原因なんですから素直に受け入れてください。
私は恐怖というものをあまり知らない。
生まれれこのかたずっと『視える』側だったからこそ、それへの恐怖は他の人よりもずっと軽減されている。
それでも恐ろしいと言えるような危険な存在も確かに居る。前のあの赤い空間もそうだ。
しかし恐怖を知らなくても危険を察知することはできる。少なくとも目の前でカメラを回す貴女よりかは。
ーいやなにこの学園の不思議な噂でそのような怪異が起こったのならあながち他の噂も何かあるのではないかと思ってねー
トウカイテイオーさんとエアシャカールさんが怖い思いをしてからそんなに日を空けずにタキオンさんはその噂を私に話した。
「切り株の噂は知っているよね」
「切り株の……あの切り株ですか」
その切り株はトレセン学園の中で最大級の大型練習コースにある。
コースのスタンドがある場所の隅っこにあるなぜか残された切り株の一つだ。
樹齢100年を超えていたであろう太さの幹はその中身がほとんど朽ちていて元から空洞になってしまっていたのだろうか、切断されたその切り口は空洞になっている。
よく悔しい思いや悲しい思いなどそこに叫ぶためのスポットにもなっていてトレセン学園の名物みたいな場所だ。
だがそういう場所でも七不思議はある。実際に集めると14とも20とも言われる七不思議シリーズの数ある一つだ。
「その切り株はある特定の時間に願いを叫ぶとその願いが叶う。ありきたりな噂だよ」
私もクラスの噂話でさわりだけは知っている話だった。そのようなありきたりなものでもこの人にとっては違うらしい。
「私で検証するつもりですか?」
「お友達」もそこまで便利ではない。
「興味深くはないかい?願いを叫んだだけでその願いが叶うなんてのはね」
光がない独特の瞳はそのままに、未知への探究心が見てとれた。さすが研究者、どこか頭のネジは外れているらしい。
「しかしそんなふんわりとした噂ではなにも検証できませんよ」
「勿論調べたさ。噂というのは同じ話でもバリエーションの差異があるから明確にこれだというものではないがね。共通して言えるのは特定の時間があるということと、願いが叶うということ」
しかし私も興味が全くないと言うわけではない。人並みの感性は持っている。だからこそ強く検証を拒否する事はしなかった。
「時間はともかく願いが叶うとはアバウトですね。なんでも叶うんでしょうか?」
「無償で叶う願い……際限がない。それはまるで神の所業だ……」
タキオンさんから神の言葉が出るのは意外だった。そう言ったものと無縁な存在であるのが科学者、研究者と言う人々だと思っていた。
「しかし神は古今東西人の願いなど叶えません。叶えると謳うのは邪教ばかりです」
「しかし奇跡を体現するのは神の所業だ……本当にそれが奇跡で神の所業なのかはわからないがね……」
神は人の願いを叶えたりはしない。
「危険すぎませんか?」
「実際に何かを願うわけじゃない。ただ、調べたいだけさ」
結局、タキオンさんを止めるほど私は強く出れなかった。
問題の切り株は人通りの多い場所にある。練習場にあるのだから当たり前だ。そんな切り株の隣に腰を下ろして私はタキオンさんのデータ取りが終わるのを待っていた。
今の所何かが見えるとか、異変の兆候があるとかそう言った事は起こっていない。
そしてそこにはもう1人の研究者、エアシャカールさんがいた。
「電波探知機に異常は無え、音響測定器も同じだ」
パソコンに繋げられたアンテナやマイクのようなものが取り付けられた装置をいじりつつ画面と睨めっこをしていたエアシャカールさんは途中から時間の無駄だと思い始めたのか気怠さを隠さなくなっていた。
「ふぅむ、やはりどこからどうみても変哲のない切り株だ」
「まあ、噂なんかそんなモンだろう」
「おや?君はこの前その噂によって超常現象を体験したのではないかな?」
「あんなことがポンポン起こってたまるか」
それはそうなのですが一度怪異に遭遇すると体質と言いますが魂がそちらに引っ張られやすくなると言いますか…多くの場合でその後も怪異に巻き込まれるケースが多いんですよ。まあ本人の為を思って黙っておきますけれどね。
「噂話の一つだが、願いが叶う直前には切り株の穴が底が見えないほど真っ暗になると言うものもあった。だとすれば必ず異変の兆候があるはずなんだ」
「一理ありますね。大抵発生する超常現象には前段階で小さな異変が発生しますから」
それは強力な怪異であればあるほど周囲への影響を与えやすいという一種の法則のようなものなのだ。
「けどそんなのどうやってパターンを割り出すんだ?24時間365日張り込むわけにはいかないだろ」
「そこが問題でね。カフェ、君はどう思うかな?」
「私に言われましても……「お友達」はそこまで便利なものではないですし、視える視えないで言えば今は視えませんし」
危険度と言う尺度を持ってくるのであれば実は危険と感じる相手は言うほど危険ではない。回避が可能だから。
真に危険なのは何も感じない相手だ。こちらが意識しないうちに襲われるなんて回避や警戒のしようがない。そういった怪異はまあ、わずかに存在する。
「ならカメラを設置するかな?だけれど人が願いをするというのも発動のトリガーだとすればカメラだけでは意味がないな」
「噂の中に時間を示しているケースがあるんだろ?それで良いんじゃないか?」
「今がその時間なんだがねえ……」
噂では願いが叶う時間は午後4時31分から33分と言う中途半端な時間だ。2分もあるにしてはゾロ目数字の4時44分とかでもない。
噂にしては少し奇妙だ。そんな感想を抱く。
「やっぱ無駄だったんだろう?大体時間が無茶苦茶だ。規則性もあったもんじゃねえ。おおかた噂を流す時に適当に分数を言ったんだろう」
「そうでしょうか?」
「噂話とか作り話をリアルに作る場合、数字ってのは結構ばらけさせようと意識するんだよ。でも何度も数字を出す必要に迫られると適当って言ってもパターンがでちまうんだがな」
なるほど、行動学や心理学の観点からみるとそうなるのですか。
「だとすれば検証のためには願いをいってみた方がいいのかな?」
「だけど願いって言ってもなあ……下手に叶っても嫌だな」
「同感ですね。相手が異形であればあるほど願いの対価はより本人を苦しめるものになるはずです」
例えば願いの対価に命を差し出せなんて襲ってくる相手かもしれない。結構そういった相手はいる。
「そうかい?なら…やめておこうかねえ……」
そういった存在の話はいくらでも存在する。大半は適当な作り話かもしれないがベースになった話は存在する。辿っていくと根は一緒と言うやつでそう言ったものは結構やばいですよ。
そう伝えると流石にタキオンさんも無理をするのは辞めておこうと言った。
結局何も起こらないのだからただの噂だろうと結論が出た。
ただ、エアシャカールさんは帰る直前に何かを感じたらしい。
「……結局何も起こらなかったな」
少しエアシャカールさんの声に覇気がなかった。
「異変も無かったようだしねえ、これは外れたのかな?」
「エアシャカールさん何かあったんですか?」
流石に気になったので尋ねることにした。私の問いには嘘をついたり隠し事をしたくないのかエアシャカールさんは素直に話してくれた。
「ああ、多分勘違いだと思うんだが……」
話を聞くと私達が撤収する直前、エアシャカールさんが荷物を持って切り株から離れようとする背中に一瞬生暖かい風が当たったという。
「最初はただの風かと思ったんだ。けどよ、風なら普通地面と平行に、オレの背中に垂直に当たるもんだろ?」
「多少はずれるけれど確かにそのはずだねえ……」
「でもあの風、なんだか地面から上に向かって吹いていた気がするんだ。背中を縦にこう…押すというか上に擦れる感じだったんだ」
「下から上ですか?」
「でも後ろには切り株しかねえだろ?切り株の穴は別にどこかに繋がってるとかそういうわけじゃねえ。風なんか吹くはずねえんだ。だから気のせいだと思うんだ」
「どうしてそれを言ってくれないんだい!すぐに戻って検証しに行かなければ……」
その話に私も少し興味がそそられた。もしかして噂は本当なのだろうか?しかし切り株に引き返そうとする私達に別の方向から声がかけられた。
「なになに?3人揃って切り株の話?」
マヤノトップガンさんだった。ドーナッツ屋の紙箱を持っているところからして外出帰りのようだ。
「ええ、今それを確認しに言っていたのですが……」
事情を説明しようとしたけれど、マヤノトップガンさんはすぐに眉を顰めて首を傾げた。
「あれえ?あの切り株ってだいぶ前に撤去されなかったっけ?」
放たれた言葉に私たち三人は凍りついた。
「……は?」
最初に言葉を発したのは誰だったのだろう?数秒だったけれど1分くらい沈黙していた気がする。
「マヤノ、その切り株が撤去されているの見たよ。入学してすぐの頃だったからだいぶ前になるはずだけど…」
彼女が入学してすぐ、つまり3年前?そんなにも前に既に切り株は無くなっていたと言うのならそのことも当たり前のように話されているはず。
いやそもそもそういった噂に3人とも疎いから仕方がないかもしれない。でも普通は切り株の噂が聞こえれば同時に撤去されたという情報も出るはずだ。
「ちょっと待て!切り株撤去してたのか⁈だってあそこにあったぞ⁈」
「うそお、あの願いが叶うとか言われていたやつでしょ。あそこマヤノたちが入学する一年前にあの切り株に頭から落ちて怪我した子がいるからって根元から重機で掘り返して撤去したんだよ?」
その現場をマヤノトップガンさんは見ていたという。そんなバカなと全員で引き返した。場所はわかっているのだ。その場所に行けばあるはずだった。
しかし、さっきまでいた場所に行ってみると、切り株は無くなっていた。不思議なことに雑草がただ低めに生えているだけの場所だった。
「あ?この場所だよな?」
「ターフとダートの見える角度からしてこの場所のはずだが……」
流石にタキオンさんも困惑していた。私も混乱している。場所を間違えた?でもそんなことはない。きた道を戻ってきただけなのだ。
「マヤノ、確かこの辺りで撤去作業してるの見たよ。ちょっと記憶はあやふやだけど……」
背筋に冷たいものが流れる感じがした。『お友達』は何も反応しない。
「た、確かにこの場所でさっき……」
「ですが、目の前の光景は否定できません」
では結局あの切り株は……あれ自体が怪異だったとでも言うのでしょうか?私ですら気づかない怪異。危険がわからない、その事実にゾッとする。
結局あの後私達は写真をいくつか撮ってその場を離れ、2人が採取したデータを確認することにした。
温度計や空中の空電ノイズのデータには何も異常は見られなかった。けれど、映像に音声は残されておらず、なぜか映像もデータがほとんど壊れていて映像がうまく再生されずフリーズしてしまっていた。
結局あの切り株が一体何だったのか、今となっては全くわからない。あれに触れていた私達に何か起こるのではないかと警戒はしていたがこうして何事もなく済んでいるということは、大丈夫なのかもしれない。『お友達』も明確な危険は知らせてこない。けれど何週間か経ってから影響が出るかもしれない。
今の所頭の片隅に警戒しようという意識は残してある。
「結局あれはなんだったのでしょうか?」
「私の仮説で良いのなら。答えられるけれどどうかな?」
「聞いておきましょう」
「おそらくあれは異界との接続点だったのかもしれないね。元々はこちら側とあちら側で共通して存在する場所だった。しかしこちら側の切り株が撤去されてしまいあちら側との接続点ではなくなってしまった。だがあちら側には残っている。現役なのかどうかは知らないけれど元の切り株の噂が撤去された事実を押し除けて残り続けているという事はもしかしたらまだ現役なのかもしれないねえ。きっと向こう側と何かの波長が合ってしまうとああしてこちら側に出現するのかもしれない。エアシャカールくんが背中に感じたそれは正しくあちら側から何かがきていたのかもしれない」
「あちら側と言うと霊界?」
しかし私の言葉にタキオン さんは首を横に振った。
「いや、もしかしたらウマソウルの本来の世界かもしれないね」
ウマソウル、私達の体に宿るもう一つの魂とも呼ぶべきもので、今の所異世界の魂と言われている。生まれる時に母親にウマ娘の子供であれば名前を教えたりする存在とも言われている。そのウマソウルのある世界……ですか。
「突拍子ですが否定はできませんね」
「だけれど危険も孕んでいる。今のところはあそこを調査するのはお預けだよ。機材も方法も今はないからね」
……できれば一生あれを探るのは辞めたほうがいいのかもしれない。切り株にはよくない噂も付き纏っていたと言う情報が実は私の耳に入っていたから。
きっとあれば異世界とかそう言う単純なものじゃなくて実はもっと危険な何かなのかもしれない。いずれにしても真相は闇の中だ。