ファインモーションのらあめん珍道中   作:妄想投棄場

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そうだ、今日は豚骨にしよう

 夕日の姿は見えなかった。

 赤く輝く残光だけが町や人を照らしていた。

 この光の美しさは祖国と遜色なかった。

『ファインモーションさんの国ってずっと日が沈まない期間があるんですよね』ってよく言われるわ。でも、そんなことない。私の祖国はアイルランドであってフィンランドじゃないの。

 だからやっぱり祖国にいた時も、日が昇ってから走って、日が沈んだら帰ってご飯を食べていたわ。

 日が暮れれば人がごった返すのも変わらない。でも、やっぱりこっちの方が人が多くてぎゅうぎゅうしている感じがある。私はそれがすごく楽しい。

 家族で外食に来た人たち。仕事帰りで飲んで帰る人たち。部活帰りでお腹を空かせた学生たち。

 行き交う人たちはみんな笑顔だ。たぶん、何を食べようかとか、いっぱい飲むぞーとか、一日が終わって一番楽しい時間が来るのを心待ちにしている人の顔を見るのが好きだから。

 

「お腹、空いたな」

 

 くぅ~とお腹が鳴った。

 私も今日はいっぱい練習したわ。クタクタになって、足もパンパン。

 こんなに練習したら楽しくなくて苦しいだけって来たときはすごく思ってたわ。

 でも、今はちょっとだけ違うの。

 私は運命の出会いをしたわ。それを考えるだけ心が躍るし、また会いたいって思う。毎日顔を合わせたいわ。でも、四六時中あってたら胃もたれしちゃうから一日、一回か二回が限度ね。

 そして、それと会う時はすごくお腹が減ってないとだめって私は知っているの。

 

 

 

「うん、ここにしよ」

 

 ともすれば、鼻について顔をしかめたくなるような獣臭さ。匂いだけで全身がドロドロになったように錯覚するほどの脂の存在感。

 初めて嗅いだ時は、ちょっとだけ気分が悪くなった。お腹がいっぱいだったら見せられないような光景になっていたかもしれない。

 でも今はそれでいいの。いえ。そうじゃなきゃいけないわ。

 私は、看板に書かれた『元祖!漢気豚骨』と書かれたお店の名前にすごく胸のわくわくが抑えられなかったの。

 

 

 

 

「いらっしゃっせー!!! 何名様でしょうか」

「一人です」

「カウンター、テーブルどうしましょう」

「カウンターで」

「では空いてるお席にどうぞ。店内床が脂で滑り易くなってるのでお気をつけて!!! 一名様ご案内しまーす!!!」

「らっっしゃさやあああす!」

 

 ドアを引くと、カランカランと鈴の音が響く。その音を聞きつけたフロアの店員さんが誘導してくれた。厨房もよく聞き取れない大きな声で出迎えてくれる。

 

 これよ、これ。

 

 店内に入ると豚の脂の匂いはより濃くなった。むわっとするような熱気に包まれながら、私はカウンターの空いている椅子に座ったわ。

 椅子のクッションは丁寧に磨かれているのか、ツルツルした感じはない。でも、カウンターテーブルはベトベトで、備え付けのメニューはヌルヌルしている。注文を決める前に出されたお冷のグラスは、凹凸のついたプラスチックのコップであるはずなのに、どこか滑りそうな不安感があった。

 

 そう、そうよ。こういうお店はこうでなくちゃいけないの。

 

 汗が目立たない紺色の制服からでも滲み出るほどの汗をかいている店員さんたち。

 迎えてくれる笑顔は脂ぎっている。店員の声も大きな声を出すためか、ガラガラと喉がつぶれていてハッキリと聞き取りにくい。そして、急に大きな声を上げるから初めて来たときはすごく驚いたのを覚えている。

 

 その店員さんたちに負けないほどの脂ぎった店内。

 メニューもテーブルも本来は清潔のはずである。実際、店員さんも一生懸命磨いてくれて清潔なんだけど、頑なな意思を持った人のように全く落ちることのない脂たち。

 豚骨ラーメンを掲げるお店では大体店内が脂でコーティングされている。でも、やっぱり豚骨ラーメンのお店はこうでなきゃラーメンを食べた気にすらならないほどよ。

 これが、豚骨ラーメンを経営する上でのドレスコードであるとさえ私は思っているわ。

 

 ネバっとしたメニューを開きながら、内容に目を通していく。

 

 豚骨、背脂豚骨、辛みそ、野菜マシマシと豚骨ラーメン系に置いてある王道は全てをカバーしていた。固さはバリカタまであるのね。サイドとしてはギョーザ、チャーハン、ビビンバ。トッピングは海苔、野菜、チャーシュー、煮卵ね。替え玉は……すごいわ、一回無料でそれ以降も50円なんて奇跡みたいだ。デザートはアイス、チョコケーキ、あんみつ。

 

 ビビンバとかあんみつって珍しいな。ちょっと気になるかも。あんみつは後で注文してみよう。

 さて、ラーメンは……うん、私の舌はもう豚骨になってる。チャーハンは少しだけ勇気がいる運要素があるメニューだから、サイドはギョーザにしとこうかな。

 

 一通りメニューを決めた私は店員さんに声をかけて完成まで待つことになった。

 カウンターを選んだのは厨房の様子が見えるからだ。私は食べるのも好きだけれど好きなものがつくられる過程を見るのもすごく楽しみの一つになっていた。

 他のお客さんの料理が出来上がっているのをぼーっと眺めているとまた鈴の音がなった。

 手持ち無沙汰だった私は、耳と目線だけドアの方に意識をやると一人のウマ娘が店内に入ってきたことがわかった。

 

「いらっしゃっせー!!!」

「一人、カウンター」

「店内床が脂で滑り易くなってるのでお気をつけて!!! 一名様ご案内しまーす!!!」

「らっっしゃさやあああす!」

 

 出た出た出た。

 いるんだよね、ああいうお客さんって。

 店員さんとのやり取りをほとんどしないで、短くやり取りをしていかにも通ですって感じの入り方する人。ウマ娘でそんなことをするなんて珍しいと思って私は横目で観察を続けた。

 

 美人なウマ娘だ。額が出るように切り揃えられた前髪。腰まである長い黒鹿毛も束ねて一本の尻尾のようにしているせいか、女性らしさというよりは、獣らしさを強調しているようにも見えた。

 目つきは鋭くて、眼は白い部分が多い。三白眼っていうのかな。

 イライラしているようなにらみつける表情でメニューを開いてすぐに店員を呼びつけていた。

 

「豚骨ラーメン。粉落としで」

「すいません、ウチの固さはバリカタまででして」

「チッ……じゃあ、それで」

「かしこまりました。 バリ豚一丁入りまーす!!!」

「バリ豚一丁了解でーす!!!!」

 

 うわ、うわうわうわ。

 やめてほしいなあ、ああいうの。

 私は、今のあまり気持ちよくないやり取りに辟易してしまう。

 固さはメニューを見ればはっきりと書いている。そもそも粉落としなんて、それこそ博多まで行かないと取り扱ってるところは少ないでしょ。東京にあるトレセン学園周囲にそんなものを求める方が酷だと思うんだけどな。

 そして、舌打ちをするところだ。普通に気分が悪くなっちゃうな。ラーメンを食べる前だからよかったけど、食べながら聞いてたら途中で食欲を無くしちゃうよ、たぶんね。

 

「お待たせしました!!!!」

 

 そんなことを考えているうちに、注文した料理が来たみたいだった。

 

「おいしそう」

 

 背脂豚骨ではないのに背脂がたんと表面に浮かんでいる。見るだけで胸やけをしそうな、カロリーの暴君のような見た目をしていた。

 でも、私は少しだけ警戒をする。私の舌にまだだよって念じる。

 

 豚骨ラーメンというのは奥が深い。これだけ背脂が乗ってる脂の塊ですよっていう見た目のラーメンでも思ったよりあっさりしているものもある。そして逆に、シンプルで無難を行きますよってくらい、あまり濁っていないラーメンなのに、そこらのコッテリラーメンを謳う店よりも濃厚だったりする。

 だから、見た目で期待しすぎてはいけないって私は知っているの。

 そう思って、レンゲでスープだけを掬い一口すする。

 

「おいしい」

 

 豚骨か、そうじゃないかだけしかわからなくさせるほどの豚骨の暴力的な美味しさが私の舌を刺激する。

 これを食べ続ければ、普通の料理がどんな味かわからなくなるだろうと確信をもてるほど、この豚骨は私の舌の上で存在感を放ち過ぎていた。

 

 ラーメンだ。これがラーメンを食べるってことなんだ。

 

 気づけば私は何度もレンゲでスープを掬っていた。背脂で何も見えなかった表面から麺が見えるくらいには私はスープの虜になっていたんだ。

 そして、スープというベールを剥いで見えたのは細麺だった。

 やっぱり、豚骨ラーメンと言えば細麵だろう。

 祖国であれば品が無いと言われるほどに、音を立てて私は麺をすする。

 

 あれ?おかしいな

 

 スープも麺も申し分ないはずだ。だというのに、どうしてか私は麺をすすってから先ほどまでのパンチが消えていくのを感じる。

 もう一度スープを飲むと、やっぱりおいしい。でも、麺をすするとそれが薄まっていくのだ。おいしいが散らばっちゃうって感じかな。

 おいしいのに、ぱっとしない。

 そんなよくわからない感覚に陥ってしまい、先ほどまでの勢いがなくなってしまった。

 食べる手が緩慢になっていると、隣から怒声が聞こえてきた。

 

「なんだ、なんだよこの麵はよォ!!!」

「ど、どうかなさいましたか」

 

 先ほどのあまりマナーのよろしくないウマ娘の声だったみたいだ。

 それに反応して店員さんが対応している。

 

「てめえんとこのラーメンはどうなってやがる」

「どうなっている……とは」

「スープ、これは申し分ねえ。ちゃんとじっくりと煮込んでる。バラとかそこら辺の雑なヤツを雑に煮込んだそれじゃなくて、豚の頭から足までちゃんと丁寧に入れて煮込んで、雑味を取り除いた上で余念なく油を増してる。プライドだ。信念だ。流行りだから乗ろうだなんて甘ったれた精神じゃなくてオレが目指す豚骨というものに対する追窮がすさまじい。執念とさえ言える」

「あ、ありがとうございます」

 

 なるほどね。確かにそうだ。

 

「だからこそだ。だからこそ、どうしようもなく鼻につくんだよぉ! この麵がなぁ!!!」

「え!?」

「そもそも細麵文化ってのは元々長浜寄りだ。短時間でお手軽に食うために生まれたもんだ。だから、コッテリだとか濃厚系のラーメンと相性は悪くはねえがよくもねえ」

 

 そうだったんだ。豚骨って細麵だけじゃないんだ。

 

「このラーメンは、いや、スープは博多だ。骨の髄まで博多ラーメンだ。追い込みに勝るとも劣らないほどのパワーがある長距離を走り抜けるほどの地力を持っている」

 

 わかる

 

「言うなれば、このスープは生粋のステイヤーを求めてんだよ。スープの強さに負けることのない。圧倒的な持久力やパワーを持っている長距離選手が欲しい。だってのに、このスープに用意されてる選手はスプリンターかマイラーだ。最初はいい。最初が肝心だ。スープを全部飲む必要なんかねえからな。だが、スプリンターかマイラーだったらこのバ場はダメなんだよ。すすり終える前にスタミナが切れちまう。あれ、なんかおかしいという疑問を、食べてるヤツが抱いちまうんだよ。細麵の力じゃな」

 

 ああ、だからなんかアレだったんだ。

 

「オレぁ、許せねえ。このスープに対する執念とも言える気概はリスペクトしかないのに、このラーメンの追窮はスープで立ち止まってる。許せるわけねえだろぉ!? あとちょっとだ。あとちょっと努力すれば究極か、至高か、そういったレジェンドに至れるはずだ。だっていうのに、このラーメンは自己研鑽を怠っている。その傲慢とも言える怠惰が、スター程度でいいという甘えが、勝ち取るべき勝利を自分で投げ出している。そんなの許せるわけねえだろうがよ!!!!」

 

 その言葉はキツいものだった。瞳孔を開きながら荒々しくまくし立てる様子に店員さんは顔を真っ青にしている。

 店員さんは結局は、店員さんでしかない。本当に言うべきは厨房にいる人なんだと思う。

 それでも怒鳴りつけるウマ娘は興奮してあまり周りが見えていないんだろう。

 でも、不思議と私はそのウマ娘に対して悪い印象は持っていなかった。

 

「大変申し訳ありません!!! 今回お代は結構ですので」

 

 事態が深刻になっているのを察知したのか店長さんらしき人が出て謝罪をしていた。

 

「あぁん!? オレぁ、金が払いたくなくて文句を言ったわけじゃねえ」

 

 そういうとそのウマ娘は、器を持って、豪快に全てを飲み干した。

 乾いた喉を潤すように夢中で飲んでいた。

 

「オレぁ、どんなサービスだって頼む時にはプライドを持っている。オレが、自分でこのサービスを買うって納得したんだ。それが想定とは違っても契約不履行にする道理なんか存在しねえ。……だけど、クレームをつける権利だって持ってるはずだ。こっちはより良いサービスを受けたいからクレームをつける。それはサービスを提供する側、される側双方にとって重要であることは間違いないだろ。それに道理がなけりゃあクレームじゃなくて、ただの憂さ晴らしだがな」

 

 そして、そのウマ娘はニヤリと笑っていった。

 

「勘定だ。ああは言ったが、悪くなかったぜ」

 

 そして、そのウマ娘は伝票を出して会計を済ませた。

 

 

 

 

「待ってよ」

 

 私も急いで会計を済ませて、黒鹿毛のウマ娘を追いかけた。理由はわからない。でも、彼女と仲良くしたいって思ったの。

 

「あぁん?」

 

 黒鹿毛のウマ娘は振り向いた後に私を睨んできた。

 こっちを見ると顔がピクピクって右に傾く時がある。店内でもそうだった。メニューを見る時、店員さんに話すとき、結構な頻度でなっていた。

 あんまり機嫌がよくない証拠だと店内にいるときは思ってたけど、どうやらただの癖みたいだ。

 それもなんだか、おかしくて、やっぱり私が抱いたこの気持ちを後押しさせている。

 

「私、ファインモーションっていうの。トレセン学園の生徒」

 

 その言葉に彼女は体をピクリと動かした。顔だけでなく全身だ。

 

「あなたの名前を教えてくれる?……私とお友達になろうよ」

 

 私は精一杯にほほ笑んで彼女に手を差し出した。

 

「いやだよ……ばぁーか」

 

 にべもなく断られて、彼女はそのまま立ち去ってしまった。

 ちょっと傷ついてしまった。けど、別に悲しくはなかった。

 たぶん、また会えるだろうし彼女は悪いウマ娘じゃない。その確信があったから。

 だから、私は今日の所はそこまで熱心に行くことはなかった。

 

「お腹、空いたなあ」

 

 あれだけじゃ満足できなかった。町は残光もなくなりす街灯だけが行く道を照らしている。

 私はその中で何軒かはしごすることを決めた。

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