私は、光を遮っているトレセン学園内に設置されている研究室から出て、何日かぶりの日光に当たる。
日光は眩しいけれど、不思議と悪い気はしない。
やはり、この世界の生態系の循環の中にいる限りは日光は生命活動に欠かせない存在だという示唆なのだろうか。
そんなことを考えていた私の制服のポケットが振動する。
「ああ、今回の研究では研究室の中に電波を通さないようにしてたんだっけな」
そう言いながら私は、上から羽織っていた白衣を脱ぎ、スマホを取り出す。
そこには寮の同室者であるアグネスデジタルからのメッセージが表示されていた。
『タキオンさん、そろそろ研究は終わりましたでしょうか!? あたしとしては、ロンリーオタ活ライフ最高って感じで特に気にはしていませんでした。でしたが、モルモットさんがですね。とっても心配していらしてましたよ。もう落ち着かなくて同じ場所をずっとグルグルしているくらいには思いつめていました。やはり、あんなトレーナーさんは少しかわいそうなので、タキオンさん。このメッセージを見ていたら、モルモットさんに声をかけてあげてください』
やはり、彼女はいつも返事が長い。それなのに一分以内には文章が返ってくる。
あれもまた、ウマ娘の領域の外に一歩踏みいれている存在なのだろうか。
少しだけそんなことを考えていると、近くからガサガサという音が聞こえてきた。
いや、私としたことが失念していたよ。彼女よりももっと気にかけなきゃいけない存在がいた。
私は、音のなる方に近づき声をかける。
「やあ、モルモット君。およそ、56時間と37分ぶりかな」
「PUI!PUI!」
「すまないね。私も、どうしても好奇心に駆られると時間という概念が簡単に失せてしまう。キミには苦労をかけるよ全く」
そういいながら私は彼のケージを眺める。
ふむ、手入れが行き届いている。給水も十分。キャベツ、ニンジン……このバナナはスカーレットくんが用意したんだろうな。彼は、あんまり好んではいないけれど。
アグネスデジタルとダイワスカーレット。彼女らには深く感謝しないといけない。
研究に没頭しすぎてモルモット君をおろそかにしてしまいがちな私に代わって、面倒をよく見てくれる。
「PUI!PUI!」
「そう言ってくれると私も幾分か気が和らぐというものさ。さて、本題だ。モルモット君、悪いけど一緒に付き合ってくれないか?」
「PUI?PUI?」
「どこにいくのかって?近所に家系ラーメンが出来ただろう?そこに行くのさ」
以前に私がデータ収集をしている際、シャカールくんがファインモーションに連れられて行くところを見た。道順も覚えているいざとなればスマホで検索をかければいい。
「PUI!PUI!」
「ふむ、ラーメンだけでは健康に悪い? 世間一般と同じことを言うね、君。……安心したまえよ、家系ラーメンはそんじょそこらのラーメンとは違うから」
「PUI!PUI!」
「そうだよ。だから、行ってみてのお楽しみということで、さっそく出かけようじゃないか」
あまり外に出るのは好きじゃない。しかし、今の私の空腹はかなりのものになっていると彼のケージを見てはっきりと認識した。
このままでは低血糖で倒れてしまう可能性もあるからね。その点ラーメンというものはいい。スープを飲むだけでも高いカロリーと栄養が期待できる。
私は、彼を伴って、ラーメン屋に向かうことにした。
「いらっしゃいませ~。……すいませんが、ウチはペット禁止してまして」
「はぁ!?キミはウマ娘をヒト種族ではなく愛玩動物や家畜として扱うっていうのかい!?……やれやれ昨今ではまれにみるとんでもないレイシストがいたもんだよ」
家系と言えば小さな店舗でほとんどカウンター席しかないところも多い。
ここも御多分にもれずカウンターのみであったが、その店舗並みに常識の範囲が狭い人間がスタッフとして働いていた。
ほんとうにどうかしていると思い私も声を荒げてしまったけれど、まあ、そんな矮小な存在など無視してしまえばいい。こちらはサービスを購入するだけ、向こうは提供するだけだ。
そこに感情なんて介入の余地がないのだから。
「いや、お客様じゃなくて……」
「あ?」
「……大丈夫でーす」
「さてと、モルモット君。家系ラーメンは横浜が発祥の地だ」
カウンターにケージを置き、券売機の前に立つ。
「豚骨と鶏ガラをベースにした醤油ラーメンで、〇〇家と屋号がつくことが多いからその家系と名がついた」
「PUI!PUI!」
「そう、なかなかどうして。キミはかなり博識と言えるね」
やはり、彼の見識の深さの恐れ入るね。
「家系は、その派生が多くなりすぎて一見するとどの系統なのかが分からない。けれど、本家かどうかの見分け方はあるのさ」
そういいながら私は、券売機でお金を投入し目的の券を買う。
「ここの麺は特別でね。酒井製麺所から特注で取り寄せているのさ。それを扱うことが出来るのは直系と判断して間違いないだろう」
「PUI!PUI!」
「そう、その製麵所ならではのモチモチの中太麺。かつて横浜の漁港やトラックの長距離ドライバーを魅了した至高の麺と言えるのかもしれない。そして、この家系ラーメンの面白いところは中々にカスタマイズ性があるというところだ」
私は、券売機から吐き出された券を手に取り、もう一枚券を購入する。
「麺の固さ、スープの濃さ、鶏油の量を自分好みに選ぶ。……とかく知性のあるというものは選択肢があると、その分だけ思考に時間を取りがちだ。そして、選んでみれば無為な時間を過ごしていたことに気づき落胆するもののなんと多いことか」
「PUIPUI……」
「ああ、そうだ。だからこそ人間には深みというものが生まれる、それはそうだ。しかし、こと家系ラーメンにおいてはもう最適解はすでに証明されているのさ」
「PUI?PUI?」
「固め! 濃いめ! 多め! 家系ラーメン早死に三段活用。原点にして頂点。基礎にして奥義。あらゆる全てを凌駕する、たった一つの真実なのだよ!」
「PUI!?PUI!?」
「さて、ラーメンが来たわけだけれど、ここでズズっと啜るのでは三流だ。スープを飲むことから始めるのは二流だ。一流というものはその一流の食事を行うために、とかく、丹念に準備を行うものだよ。モルモット君」
さて、家系ラーメンに置いて真実に至るための手段はいくつか存在している。
複数の手段を用いることを可能にしているのが卓上の薬味だ。
数学、物理学、薬理学、人間・ウマ娘心理学、形而上学、社会学、経済学、この世界にはあらゆる学問が細分化されている。恐らく、ここまで分ける必要はないのかもしれない。しかし、細分化し先鋭化することにより、より、鮮烈で的確な真実にたどる道程を踏めるのだと私は思うよ。
世界の真実というのは一般だ。汎用で普遍的というものだ。
そこに至るには一般化というものを行う必要がある。差し当たって、一般化をはじめにしようとしても絶対に真実に至れない。正確に言うならば、いくら時間があっても足りない。非効率だ。
だからこそ、その事象の側面を切り取って、細分化し、あらゆる角度からその事象を考察する。帰納法的に導き出した事実を束ねて、演繹的に推察していくことで世界の真実に至れる、ということなのだよ。
……おっと、ずいぶん、話が逸れてしまった。
話を戻そう。
家系ラーメンの卓上の薬味には様々ある。
ニンニク、豆板醤、お酢、胡椒、漬物(かくいう私はたくあんに魅了された口だ。まあ、全部においてあるわけではないのが口惜しいが)、しょうが。
この世界の多様性を象徴するかのような、素晴らしい、まさにバラエティーに富んだ大地と言えるだろう。
この薬味たちによる化学反応で私は、いつも通り、真実に至ろうじゃないか。
「まず、ここで、ニンニクチップを……ってここには真実に至るための薬味が置いていないのかい!?」
「すみません。ウチには取り置きがないものでして」
「そうかい……まあ、いいさ。やりようというものはいくらでもある」
そうか、まあ、別にいいんだが。……しかし、困ったな。
そうか、そうか。
派手に脳内うまぴょいをしたかったんだが、まあ、いいさ。
「では、手段を変えよう。プラン変更だ」
「PUI!PUI!」
「?……野菜がないだって? あるじゃないか、君」
そういって、私は一つの薬味を手に取った。
「豆板醬の原材料は大豆、にんにく、ごま油、唐辛子……見なよ、野菜のオンパレードだ」
「PUI!PUI!」
「詭弁だって? そんな訳あるものか。小さな政府であるアメリカでは公共事業というものが極端に少なく、学校の給食だって、民営が入っている。その際に、民営企業が提供する野菜など入っていない安価なピザばかりを食べて肥満になったということで訴訟が起きたんだけれどね。……結局、子どもたちはきちんと野菜を食べているということで、不問になったんだよ。ピザソースはトマトが入っているからピザは野菜なのさ」
「PUI!PUI!」
「理不尽かもしれない。だけれど、私の常識は海外基準だからね。この豆板醬もまた、野菜なのだよ」
まあ、説法を説くのもここまでにしておこう。私には、そんなの何一つ重要なことではないからね。
「野菜をどーんっ!」
「PUI!?PUI!?」
「はーはっはっはっは、見なよ、モルモット君。赤だ。背筋も凍るような赤だ! これが真実への大きな一歩というものだよ」
「あの、お客さま。食べ物で遊ぶのはちょっと……」
「スープまで飲むんだからいいだろう!?!?」
「…………大丈夫でーす」
やれやれ、凡人にはこの光景の素晴らしさが欠片も理解できないんだろうね。それは、愚かでもあるけれど、祝福でもあるのかもしれない。
「さて、ここまで豆板醬を入れすぎると、まあ、大抵の場合は、辛みと酸味で味なんかまったく分からなくなるというものさ。そうなれば食べきるのも容易ではないかもしれない」
「PUIPUI……」
「だから、このぐらいのお酢をだね」
ドバドバドバドバ
「PUI!?PUI!?」
「辛みというものは、所詮痛覚でしかない。だから、それを感じないほどの強烈な味覚を補強してやればいい」
さて、真実へ至る準備は整った。後は証明するだけだ。
長かった。本当に待ち遠しかった。
この期待感さえも、真実に至るにはきっと大切なんだろうね。
「とでも言うと思ったのかい!? まだ、最後の仕上げが残ってないんだよ!」
私は、取っておいたもう一つの食券を店員に手渡しする。
間もなく、私のもとへ、触媒が運ばれてきた。
「ああ、素晴らしいよ。この光沢。本当にこれを銀の仏舎利と言い始めたものはひどく背徳的で、詩的だよね」
「PUIPUI……」
「さあ、最後の仕上げだ。まず、ここに生ニンニクを入れる。ここで要注意、溶かしてはいけないよ。このままだ」
私は、血の池から麺を手繰り寄せて、引き上げる。
そして、生ニンニクを麺の上に着座させた。
「麺を海苔で包む! そして一気に駆け込むのさ!!」
速さが大切さ。全てを振り切って、超光速に至ろうじゃないか。
「うまっ! あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
くっそが! やはり、味蕾の感度を最大限に引き上げてうまみだけを感じようとしたけれど、不可能だったようだ。
私の中を、灼熱が暴れ回り、震えるほどの筋収縮が起こった。
だが、そのリカバリーなんて用意しているさ。
「カッカッカッカッカ」
銀シャリをかきこむ。
心頭滅却すれば火もまた涼し。クッションを挟むことでこれくらぃぃぃぃぃ
「いだだだだだいたいたいいたいたいいやいやいうあいあああ」
あれ?…………私は、今どこに、いるんだろうか?
\トウシツカット!/ \コメクイテー!/
!?
勝利? 女神のキス?
…………ああ、そうか!!
辿れた! やっと私は至ることが出来た!!!!
これが! これがうまぴょいだよ!!!!
ああ、近くにあった。本当に側にあったんだ。
ただ、私が気づいていなかった、それだけだったんだ。
「ズゾゾゾゾゾゾゾ」
麺もスープも、白米も全部掻きこんだ。
もう、味覚も、痛覚も何も残ってはいない。
しかし、私の中で、みんながうまぴょいを! 踊っている!!!
18人の内、17人が豆板醬の瓶と、お酢の瓶。
しかし、センターは! 誰もが、目を引く中心は!
ああ、主役は君だ!!!! ニンニク君!!!!
「やはり、ニンニクのライブ感は堪らないねえ!!!!!!」
そうして、私の目の前は真っ暗になった。
「タキオンさん! タキオンさん!!!」
私を呼ぶ声がする。
頭、痛いなあ。寝すぎていたせいだろうか。なにか大事なことも忘れている気がする。
私を呼ぶ声の主を確認する。
「スカーレット……君か」
「大丈夫ですか!? ラーメン屋さんで、倒れたって連絡があって、お迎えに来たんです」
「通りで。見知った、私の部屋だと思ったよ」
「もしかして、実験とかで疲れすぎて、倒れたんじゃないかって。私、心配で……心配で……」
ふむ、なんとなく思い出してきたぞ。
しかし……なんだろうかな。スカーレットくんに真実を告げるのは、なぜか分からないが心苦しい。
とりあえず、彼女に合わせておくとしよう。
「大丈夫だよ。私の心身はそんなにヤワではない。ただ、まあ、私にも目的があってね」
「目的……?」
「モルモット君、彼を元の姿に戻す方策を考えていたのさ」
「どういう……ことですか?」
「君は、なんの気なしに、モルモット君のお世話をしてくれただろう? けれど、その間に私のトレーナー君の姿を、スカーレットくんは見たかい?」
「それは……じゃあ、それって!!!」
「PUI!PUI!」
「ああ、疑問に思わなかったかい? どうして、こんなに人並みに感情豊かなのか、どうして人並みの知能を有した返答ができるのか、どうして、私の側にずっといるのかって」
「そんな!?…………モルモットちゃんの声は私には聞こえなかったけど、じゃあ、タキオンさんが大切にしているこの子は!!」
「タキオン大丈夫か!!! おい、オレが海外出張してる間にまた騒ぎ起こしやがったな? もう少し自重しろって何度言ったら分かるんだよ!!」
ふむ、これは想定外だ。
おやおや、スカーレットくんの顔色怪しいぞ~。
まあ、言い訳をするならば、私は、一つも断定はしていない。勝手に推測して、世界の真実だと思い込もうとしたスカーレットくんに問題があるわけで……
「タキオンさん!!」
「タキオン!!」
「…………PUIPUI」
「PUI!?PUI!?」
残念、今回の実験は失敗に終わったみたいだ。