ファインモーションのらあめん珍道中   作:妄想投棄場

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今日は、カップ麺かな

 私は夏ってすごく好きだった。だって、雪が降らないから寒くないし、過ごしやすいし、沢山の美味しいものが溢れているから。

 でも、今だけはちょっぴり苦手かもしれない。

 

「こんなに、夜が暑いと寝苦しくて起きちゃうよね~」

 

 夏の合宿。私は二度寝が上手く出来なくって合宿所のキッチンの方に向かう。

 日本に来てからは、夏に対する感じ方がちょっとだけ変わった。だって、こっちの夏って私の想像よりも暑いし、ジメジメしてて動くだけで服が肌に吸い付いちゃう。それに冷えたら寒くなって体が熱いのにくしゃみが出ちゃう。

 

「暖かい場所には暖かい場所なりの苦労があるんだなって知ったよ」

 

 普通に考えたら当然のことを口に出す。

 私は、食堂にあった椅子を持ち出して、台所の高い戸棚に手を伸ばす。

 

「やっぱり、お腹が空いた時はこれだよね♪」

 

 棚の中から出てきたのは白いビニール袋。他の子たちからしたらただの袋だけれど、私にとってはお宝の山。手を入れて一つ取り出すと家にある煌びやかな宝石なんかよりもずっと素晴らしいものが目に入る。

 カップ麺だ。

 それもただのカップ麵じゃない。キラキラと金色に光って豪華そうな表紙に書かれているのはノンフライ麺の文字。

 最初は、カップ麺なんて全部同じに見えてたし、ノンフライって麵は茹でるものなんだかた全部ノンフライなんじゃないのかなって思ってたけど、実はそうじゃなかったみたい。

  

「うーん、今日はヌードルタイプの方がいいかも」

 

 今日の気まぐれファインモーションチョイスはヌードルタイプに決まっちゃった。

 取り出したものをテーブルに置き、さらに物色する。

 

「この内から選ぼうっと」 

 

 ヌードル三点セット、うどん麺、激辛麺、デカ盛り。

 

「うーん、悩ましい」

 

 ヌードル三点セット。

 王道のプレーンと、シーフード、カレー。屋台やお店に行って、食べた本物のラーメンとは似ても似つかない。

 でも、食べた瞬間に、あ! ラーメンだコレ!ってなっちゃう。不思議だ。

 やっぱり、すごいのは匂い。ラーメンとはまた違うんだけど、すごくお腹を空かせてくるような魅惑的な匂いだ。お湯を入れて、5分後にはすごく食欲をそそる匂いで私を惑わしてくる。

 そして、お肉のようなナニカ。あれはお野菜らしいんだけど、私には信じられないな。だって、お肉でしょ、あれ。

 

 うどん麵。

 お店で食べられるモチモチの麺とは違って、この麺はすごく平べったい。麵なのかどうかなって食べた最初は思ったけど、今はこの味じゃないと落ち着かなくなっちゃうくらいだ。あと、油揚げが美味しい。汁を吸った油揚げをぎゅーってすると、甘いお汁が沢山出てくる。それが堪らなく私は好き。だから、油揚げを食べるのはついつい後回しになっちゃうかも。

 

 激辛麵。

 ハッキリ言って辛い。お水を飲むと、むしろ痛くなっちゃうくらいには辛い。

 こっちはね、私は本物の方が好きだな。お店の辛味噌麺にバターを乗せてあげると、ちょっとだけ辛いのが薄くなって、口の中の美味しい~が広がる感じ。

 カップの激辛麵は私にはとっても辛くて辛い。最初に食べた時はすっごく驚いたし、こんなのラーメンじゃない!って思ってた。でも、なんだか無性に食べたくなる時がある。気づけば2,3月に1回くらいは買って食べている時がある。この中毒性はお店の辛麺を食べた時に似ている。

 

 デカ盛り。

 量が多い。本当に多いだけ。ラーメンのコーナーでこれを手に取っているのは部活帰りの男の子か、安いのを買う人か、成分表見て正味量で決めてる人くらいだ。

 ヌードルに比べると、味がちょっと薄いような気もする。食べた瞬間のアタックとか、鼻に広がる匂いはラーメンなんだけどすぐに消えちゃう。あれ、今何を食べているんだっけって我に返っちゃう。でも、それは裏を返せばカスタマイズ性が高いってことだと思う。お野菜とか入れて買ってきた調味料で味付けしても、そこまで気にならない。

 ファインオリジナルを作るときは、いつもこの麺を使っている。

 

「うーん、悩ましいなあ」

 

 どれも特徴的だ。魅力がぎゅっと詰まってる。

 本当ならお店で沢山の仕込みをしてようやく出来る最高の一杯。

 私たちはお湯を注いで3分間待つだけでそれが簡単に手に入ってしまう。

 だからこそ、悩ましい。

 

「決めらんないなあ……とりあえず、全部お湯注いじゃおっか」

「頭がお花畑だとか言うレベルじゃねェだろ、それ」

「あ、シャカール」

 

 一つ目のカップ麺の蓋をはがしながら一人で呟いていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「限度っつぅーもんがあンだろうが、ファイン」

 

 私のお友達のエアシャカールだった。

 額が出るように切り揃えられた前髪。腰まである長い黒鹿毛も一つに束ねている。目つきは鋭いからとっても怖く見られがちだけど、本当は一生懸命で真面目で優しい子。本人に言ったら怒られるから言わないけど。

 

「でも、シャカールだってお夜食食べに来たんだよね」

 

 シャカールはビニール袋を手提げていたから。少しだけ見えた中身は、どう見ても袋麵だった。

 

「腹を満たすのと、暴食するのは訳がちげえって言ってンだよ」

 

 そう言いながらシャカールは、私がいるキッチンの方に入ってくる。ドサッと置く動作は、乱暴に見えるけれど、私が取り出した荷物を全部丁寧に除けてくれている。

 こういう所を見るとすごくシャカールだなあって思っちゃう。言わないけど。

 

「アンタはお湯注ぐだけだろ? オレは今から鍋使う。ちょろちょろされると鬱陶しいから、ちょっと退いといてくれ」

「え、え、すごく美味しそう! 私も食べていい!?」

「ああ、鬱陶しいっつってんだろうがよ!!!」

 

 怒られちゃった。でも仕方ないよ。袋麺のラーメン作るなんて、ちょっと力入れたもの作る時だけだし。

 袋麺しか見えてなかったけど、彼女の袋の中には、麵以外の具材も入っているようだった。

 

「ネギに、もやし、ニンジン、スイートコーン……あ、焼き豚もある!」

「退けとは言ったが、袋の中身を漁れなんて一言も言ってないだろうが!」

 

 退けって言われたから退いたのに、シャカールは注文が多いなあ。

 でも、この感じは……

 

「やっぱり味噌ラーメンだ。この袋麺は私も好きだよ♪」

「ああ、そいつは良かったな」

「くれるんでしょ?」

「嫌だ」

 

 それはね、すごくズルいことだと思うんだ。もう犯罪って言ってもいいかも。具材だけですごーく、美味しそうなのにそれをひとりじめするなんて悪いことだと思う。

 

「シャカールのせいで、私、こんなにお腹が空いて堪らないのに?」

 

 それ以上シャカールから返事は返ってこなかった。黙々と料理の下ごしらえをし始めている。

 シャカールはお野菜を水でサッと洗って、包丁で食べやすい大きさにカットしていた。

 

「へー、シャカールってネギ大きめに切るんだ」

 

「……」

 

 返事はなかった、集中してるみたい。

 シャカールは話かけても返事をしないって言うのは結構ある。最初は、無視しているのかと思ったけれど、そうじゃなくて本当に集中してるだけなんだよね。自分の世界に没頭してるって感じで。

 

「緑の部分だけ使うんだー、そっちの部分もいいけど、やっぱり私は白いところの方が好きかな」

 

 だから、私もそこまで気にせず思った事を口に出す。

 お料理してる所を見てるのって私はすごく好きなんだ。

 最初は、バラバラだったものがちょっとずつ形を変えて見知ったものに変わっていくのがワクワクする。

 

 祖国に居た時、厨房にこそっと忍び込むのが好きだった。背が小さかったからどんなことをしていたのかはよく見えなかった。厨房に持ち込んでいるのは泥がついたお野菜とか、お魚とかお肉のはずなのにお皿の上に載る頃にははそれとは似ても似つかない美味しそうな料理なっていた。それが本当にドキドキとワクワクが詰まっているようで私は大好きだった。

 コックさんは本当は魔術師さんなんじゃないかって信じていて、その秘密を知りたくて厨房に忍び込んでいたんだと思う。

 でも、忍び込むたびにすぐに見つかってしまって、追い出されてしまった。さっきのシャカールみたいに。それでも、視察をしに来ましたなんて屁理屈をこねるとコックさんたちは苦笑いを浮かべてちょっとだけ私が厨房にいることを許してくれたの。

 そして、私が出ていくときは決まってナイショですよ、なんて言って味見をさせてくれた。他愛もない小さいころの記憶。

 

「どうだ?」

「からい!」

「だろうな」

 

 感傷に浸っていた私の口の中にシャカールが何かを放り込んできた。その瞬間、青臭さと辛味が広がる。ネギだ、これ。

 

「お水お水!」

 

 たまらずに、コップにお水を注いで口の中を冷やす。シャカールに文句の一つでも言いたかったけど、何も言わずにじっと見ていると彼女は悪びれもせずに言い放った。

 

「この部分が一番辛みがあるんだよ。そして、この部分を繊維を壊すように切るともっと辛くなる。すげえ辛ぇだろ、今食った部分は」

「どうして」

 

 どうしてこんな部分を使うんだろうかと、思わず聞きたかったのに出来なかった。

 

「このぐらい辛くねえといけねえんだよ」

 

 エアシャカールの獰猛な笑みに言葉を奪われた。ニヤリと曲げる口元が、どうしてか祖国のコックさんと重なって見えた。

 

「全部繋がってるんだ。この辛みに寸分の狂いはねえ」

 

 そう言いながら、準備を進めていく彼女の所作がまるでコックさんみたいだったからなんだと思う。

 薄く切ったニンジンをレンジで温めて柔らかくしている間に、お湯を沸かし、その間に焼き豚を切る。

 一つ一つバラバラだったものが、みるみるうちに一つになっていく。

 もやし、ネギ、スイートコーン、ちょっと厚目に切った焼き豚とひとかけらのバターを添えて。

 それは私が何杯だって食べたラーメンになっていた。

 

 もしかすると、シャカールも魔術師だったのだろうか。出来上がっていく味噌ラーメンを見ながら、ぼうっとしていると、不意にシャカールと目があった。

 シャカールは金色の瞳を少しだけ細める。その後、困ったように私に言ってきた。

 

「そんな物欲しそうにするんじゃねえよ」

 

 特別だぞ、と言ってラーメンを小皿に分けてくれた。

 こんな所までそっくりなのは本当にズルいなって思うんだ。だって、こんなの。

 

「はあ!? なんで分けてやってんのに泣いてんだよ。オレがなんかしたか?」

「ううん、ネギの汁が目に入ってびっくりしちゃっただけ」

「いや、そんなわけ……まあ、いいか」

 

 彼女はそう言いながら深くは聞かないでくれた。こういう所もシャカールらしいなって思う。

 たぶん、この涙はきっと嬉し涙なんだと思う。

 いる場所も、食べているものも違う。でもシャカールが料理している所を見て、小皿を貰った瞬間私は祖国にいた。

 現実にそんな訳はないけれど、確かにいたんだ。私の中の小さいころの私の思い出に触れられたようなそんな柔らかな暖かさがとっても嬉しかったんだと思う。

 でも、それに浸っているんじゃ麺が伸びてしまう。それは嬉しさよりも優先しなきゃいけない大事なことなので、私は小皿のスープを飲み込んだ。

 

「辛……くない」

「ふっ」

「味噌とネギでピリ辛になるはずがそこまで辛くない。それにバターのせいで重めの後をひく感覚があるはずなのにそれが全然ない」

「言ったろ? 全部が繋がってるんだよ」

 

 やはり、彼女は魔術師だったみたいだ。

 何がなんだか分からずにいるとシャカールが種明かしをしてくれる。

 

「もやしに、スイートコーン、焼き豚、バター。こいつらのせいで、どうしたって味噌の味が負ける。もやしの水分、スイートコーン、焼き豚の甘み、バターの油分でマイルドになっちまう」

 

 シャカールが話始めた瞬間に私は麺をすすり、ちょっとの具を食べ始める。こうなった彼女は結構話が長いから。

 

「あくまで袋麺だ。多少の具材を入れても問題がないが、こんだけカスタマイズしちまったら大本のスープじゃ太刀打ちできないほど薄まっちまう。だからこそのネギだ」

 

 このもやし、シャキシャキして美味しいな。スイートコーンも最初はどうなのって思ってたけど、バターとの相性いいんだよね。

 

「ネギに求めているのは辛みだ。甘さを引き締める厳しさをこいつに要求している。だからこそ、辛くするための追窮は惜しまねえ。そのおかげでコイツ単体で味の辛さとマイルドさを調和を取ることが出来ている。その強い匂いのおかげでバター特有の甘さと匂いにだって対抗出来ている。ケンカさせたい訳じゃねえ。ただ、バターの一強にならないようけん制を求めているんだ」

 

 うん、うん。美味しい。

 この焼き豚がね、いいんだよね。スープでひたひたにして、味噌がつくともっと美味しくなるんだ。

 

「ごちそうさまー。やっぱり、味噌ラーメンは美味しいってことだよね」

「人の話をちゃんと聞けよ!?」

「でも、思うんだけど、ネギだけじゃ難しいんじゃないかな」

「あ?」

 

 いささか無理があるのだと思う。だって、ワンマンじゃあその調和だっていつかは必ず壊れてしまうだろう。

 

「だって、ゆっくり食べてたらもやしから水分が出ちゃうし、焼き豚のあまーい汁が染み出ちゃう。このままじゃすぐになんか中途半端な味噌ラーメンになっちゃうんじゃないの?」

「ああ、そういうことか」

 

 シャカールは合点がいったように、鍋を一瞥すると、先ほどまで使用していたまな板でまた何かを切り始める。トントンと小気味良いリズムを楽しみながら、私はもう少しだけ鍋の中のラーメンを小皿に移し味見する。

 

「やっぱりちょっと薄くなってるような……?」

 

 気のせいかな。そこまで時間が経ってないし。

 

「んじゃあ、これを入れてみな」

「わわ、こんなに!?」

 

 シャカールがざるをひっくり返して私の小皿に何かを入れる。それは、雪のように真っ白いネギだった。

 

「じゃ、じゃあ頂きまーす」

「水でさっと通しただけだから、辛みはバツグンだから、気をつけろよ」

「~~~~~っっ!?!?!?」

 

 聞いてないよ! そんなの! そう思った時、私はネギを嚙みしめていた。シャリシャリと口の中でかみつぶす食感は気持ちよい。でも、その瞬間に鼻の奥をツンとつく感覚に襲われる。

 か、辛い!!!

 

「だから、ちょっと時間置いて馴染ませた方がいい……ってもう遅ぇーか」 

 

 シャカールの苦笑は何から来るものなんだろうか。

 食い意地の張ったウマ娘に対する呆れか、天罰に対する溜飲を下げた顛末か。

 私には分からない。だから、私は一生懸命シャカールを睨むことしか出来なかった。

 

 

 

 

「はー、美味しかったー」

「おい、おいおいおい」

「なんかあった?」

「あり過ぎるんだよ! なんで! お前が! オレが作ったものほとんど食べてんだ!!!!」

 

 私は膨れたお腹をさすりながら、彼女の言葉を受け止める。でも、それはしょうがない。

 

「私が食べたかったから♪」

「人の物を勝手に食っていい御分だなぁ!?」

 

 うーん。これは結構怒っているみたい。私も止むにやまれずというかなんというか、やりすぎちゃったなって言うのはあるよ。

 

「じゃあ、私のお宝カップ麺一個と交換で」

「は?」

「いや、でも、合宿まだまだあるし、私だってカップ麵食べたいしな」

「誰が作った? 誰が材料を買ってきた?」

「……好きなの好きなだけ選んでいいよ」

 

 シャカールのこういう横暴な所はあんまり好きじゃないかも。なんて思っていると、シャカールは私のお宝を一つ一つ物色していた。

 

「まあ、今回は王道のヌードルにしとくか」

「そうなんだ、意外かも」

 

 てっきり彼女ならマニアックな所を突いてくると思ったから。

 

「別に、オレは王道が嫌いな訳じゃねえ。むしろ自分もそうであるべきだと思ってる。でもそれと自分の中の信念が合致するのは別って話だ」

 

 ?……王道が好きだけど、自分が得意分野は王道じゃないからそう思われているってことかな。

 

「それに、このヌードルは本当にリスペクトを払う要素しかねえ」

「うん、美味しいもんね」

「それはもちろんだ。……そのうえでもっと特筆すべき点として世界で初めてお湯を注ぐだけで食べられるラーメンだってことだ」

「世界で最初ってのはすごいねえ」

 

 それは、すごい。けどそんなこと考えながら食べないよね、普通。

 

「アンタは、カップラーメンはラーメンだと思うか?」

 

 お湯を注いで、蓋をしている間にシャカールは哲学みたいに難しいことを聞いてきた。

 

「うーん、ラーメン。ではないかなあ。いや、カップラーメンはすごく美味しいよ? 美味しいけどお店に出てくるラーメンかって言われると」

 

 似て非なるもの。別物って言うのがちょうどいいと思う。

 そんなことを言ったらシャカールはどんな反応をするかちょっと予測出来なかった。

 だから、話している最中にシャカールの様子をチラリと窺う。

 

「似ているが違う。別物だと言ってもいい」

 

 穏やかな表情で語る彼女はどこか嬉しそうにも見えた。

 

「それはそうだ。実際に売り出した時にだって、企業はラーメンではなくヌードルだという前提で推し進めた。これをラーメンだと押し付ける気は企業にだってありはしなかった。……だが、これはラーメンじゃないかって言われるとどうだ?」

「それは……」

 

 ラーメンかって言われれば、ラーメンじゃないけど、ラーメンじゃないかって言われると、ラーメンかも。

 

「ああ、これはラーメンじゃないが、間違いなくラーメンなんだよ。ラーメンであろうとした結果がこれだ」

 

 難しい話になってきた……!?

 

「中華めんをスープに浸して様々な具をのせれば、それはラーメンだ。シンプル、故に工夫の違いでその形が如何様に変わっていく。だからこそ、ラーメン屋ってのは麺にこだわり、スープにこだわり、具にこだわり、それぞれの差別化を図った」

「そうだね。細麺、中太、極太麺。醤油、塩、味噌、豚骨、魚介。チャーシュー、海苔、メンマ、煮卵。色々お店によって特色があるのはそう」

 

 あのお店の豚骨もちょっと気になるところはあったけど、スープはすっごく美味しかった。

 函館の魚介ラーメンは麺もスープも美味しかったし、お通しにお刺身が出てくるなんてびっくりしちゃった。

 この前はね、アグネスタキオンが早死に三段活用って言うのを教えてもらった。今度行ってみたい。

 

「そんな中、カップラーメンは革新的な点で差別化を図った」

「場所ってこと?」

「ああ、そして時間だ」

 

 そう言いながら、彼女はヌードルの蓋をめくる。もくもくと立ちのぼる白煙は夏の夜だって言うのに魅力的に見えて仕方なかった。

 

「麵は肉体だ。スープやだしなんて言うのは魂だ。具は武器だ。一朝一夕じゃ到底太刀打ちできない、努力の結晶が練り込まれている、溶け込んでいる、研ぎ澄まされている。だからこそ、オレたちはその努力に敬意を払い、その店にまで行って味わう。それが礼儀で誇りだ。だが、それは簡単なことじゃねえ。時間も場所も、行くまでの交通手段も全てをクリアしなきゃいけねえ。それはあまりにもハードルが高すぎる」

 

 ずずっと勢いよく麺を啜るシャカール。普段は粗野な印象が先行してしまうようだけれど、髪をかき上げる彼女の仕草はとても洗練されていて美しいと思った。

 

「だが、こいつは別だ。店にいく必要がねえ。最寄りのスーパーやコンビニに行けば手に入る。24時間営業が当たり前になってきたこの時勢じゃもはや時間なんてあってない。好きな時にラーメンを食べられる。それもお湯をいれて3分~8分くらいあればすぐに食べられる手軽さ、味だって変わらねえ」

 

 啜っては咀嚼し、飲み込んでまた啜る。その合間合間から漏れ出る、喉を鳴らすおと。少しだけ上気する頬。ジワリと浮かぶ玉の汗。カップ麵のはずなのにまるでシャカールが食べているのは店舗で食べるラーメンみたいだった。

 

「カップ麺はオレたちが想像するラーメンじゃねえ。それはこだわる方向性が、店舗で作られているラーメンのそれとは全く別のベクトルだからだ。いつでもどこでもお湯さえあれば食べられる、その時間や場所を問わないと言うこだわりを追窮した結果だからだ。だが、カップ麵はラーメンだ。こだわるベクトルが違うだけであって、カップ麵のコンセプト、魂、そもそもの目的はラーメンだからだ。店舗のラーメンを本物と仮定するならばカップ麵は偽物だ。けどその仮定がそもそもおかしいんだよ。コンセプトが違う、こだわる場所が根本から異なっている。最初から違う方向向いている奴らを比べればどちらかがおかしいなんて言うのは火を見るより明らかなんだよ」

 

 怒り。違いを分かっていない誰かにぶつけるような、心から出た叫びをゆっくりと引き延ばしたような、そんなシャカールの精一杯の主張。

 戦っている場所が違うのに、同じ土俵で比べるなってことなんだと思う。

 

「私たちみたいだね」

「は?」

 

 あれ、これは分かってくれると思ったんだけどなあ。

 

「私たちはさ、レースで戦っているでしょう?」

「ああ」

「ウマ娘はやっぱり走ることが本能的に好き。どうしたって走りたくなる。それを発散させるためにレースって言うものがある」

「それは、そうだ。レースがオレたちの中の抗えない欲求の発散の場で、それを他人が見ることでこの欲求が個人だけでなく大衆の娯楽として昇華している」

「じゃあ、走らないウマ娘はウマ娘じゃないのかな?」

「んな訳がねえだろ」

「そういうこと」

 

 私は、走りたかった。でも、走れなかった。走らせてはくれなかった。

 その思いが積もり積もった。私だって走れるはずなのに、絶対に気持ちのいいはずなのに、走ろうと思った時にはいつも周りの人に止められていた。そんな時に、どうしようもなくなって厨房に忍び込んで気を紛らわせていた。

 

「意味が分からねえ」

「えー、そうかなあ」

 

 走らないウマ娘だって、本当は走りたいんだ。でも走れなくなってしまっただけ。

 走るという生き方を取ったウマ娘を責めるなんて誰にもできやしない。

 

「そんなのロジカルじゃねえだろ」

「え?」

「走りたいか走りたくないかどうかでオレたちの存在意義を量るなんて言うのは非論理的にもほどがあるだろ」

「あ……」

「感情がある、思考が出来る、誰かと共存できる。それに生まれた瞬間からオレたちはオレたちだ。それはたとえ自分であっても否定は出来ねえだろ」

 

 小難しいことを考えていたのは私の方だったみたいだ。

 ただ、自分の境遇に、シニア級に上がった私のタイムリミットが私の心をそうさせたみたい。

 

「俺たちの関係性で最も適しているのは、オレたちウマ娘が、店舗でのラーメンだ。そしてカップ麵がレースを録画したビデオって言うのが妥当だろうな」

「ビデオ……」

 

 シャカールは、私のことなんて一つも気にも留めずに好きに語る。それが嬉しくてちょっぴり切なくて。

 

「毎週毎週、オレたちは誰かしらが走っている。その中で確実にドラマがある、エピソードが生まれる。だが、誰もかもの心を揺さぶる、それこそ伝説ってのはいつ来るか分からねえ。だが、オレたちはビデオを通して時間も場所も関係なく、伝説を目の当たりに出来る」

「それは……」

 

「それは、ワクワクすることじゃねえか?」

 

 無邪気に笑うシャカールに言葉を奪われた。それは昔の私を見ているようだったから。

 

 思えば、無理を押して、私が日本に来たのはビデオがきっかけだった。

 誰もが心を奮わせるような世界のレースを見てきた。どれだけ古くても、そこに走っているウマ娘は確かにそこにいて。いつも最高の走りをしていた。何度も何度も繰り返して擦切りてしまうほどに穴が空くんじゃないかってぐらいかぶりついていて見ていた。それに感化されて私もどうしようもなく走りたくなった。

 お父様もお母様も、ビデオを見ている私を諫めることはあっても、止めることはなかった。

 

「あ? なんか言えよ」

「なんでもなーい」

 

 たぶん、シャカールみたいにニコニコしていたんだろうな。

 

「おい!」

「シャカールのラーメン食べるところ見てたら私もお腹すいちゃった。たーべよ」

「さっき散々食っただろうが!」

「食べたいときに食べるのがファインモーションの流儀なんだ♪」

「あのなあ!?!?」

 

 

 暑い夜は寝苦しくて嫌いだった。うまく寝ようとしてもあんまり寝付けなかった。それは、悪い夢をみてしまうから。

 祖国に帰ってしまい、私の全部が私以外のものになってしまう夢。

 もう今年も終われば、私の気持ちも体も私の物ではなくなってしまう。そういう運命だ。

 何も知らなかったあの頃には戻れない。

 私がただのファインモーションで居られるのもあとちょっとだ。

 

 だから、楽しもう。

 

「本当に、シャカールの作るラーメンは美味しいねえ。ウチに来て毎日作ってよ」

 

 精一杯、笑おう。

 

「なんでアンタのために作らなくちゃいけないんだよ!」

 

 食べきれないほど、ラーメンを食べつくそう。

 

「えー、いいと思うんだけどな~」

 

 今、この瞬間を胸に刻みつけるように。

 

「あのなあ……」

 

 

 

 明日も楽しい日になるといいなあ。

 




色々、駆け足になってしまいましたがこの作品はこれでひとまず完結です。
これでやりたいネタは出し切りました。またネタが沸いたら、更新する形です。

なんとなく不穏な感じにしてしまったんですが、普通にハッピーエンドなのは確定ですし、URAファイナルズ終了後のお話もかけたらいいなとは思っています。
これまで応援していただき本当にありがとうございました。
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