ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった 作:スポポポーイ
僕は意を決してゲームセンターに足を踏み入れると、いつも通り平坦な口調を心掛けて声を掛ける。
「ゴメン、長谷川さん。コンビニのトイレ混んでて遅くなっちゃったよ」
やった、噛まずに言えたぞ。それだけで僕としては及第点だ。
あとはこのまま勢いに任せてやり切ってしまおう。……ボロが出ないうちに。
「わ、脇谷君?」
「紅大?」
「……」
長谷川さんがギョッと驚愕したような表情でこちらに振り向く。
……うん。別に構わないけど、その表情は絶対に夢王くんたちに見られないようにしてね。これから僕が言うことが嘘だって一発でバレちゃうから。
あと、涅さんは無言でこちらを見据えるの止めてもらっていいですか。
もしかして、僕の存在感が薄すぎて名前を思い出せないとかだろうか。まさかとは思うけど、存在を認知してなくて誰だコイツとか思われているとかだったら流石にショックだ。
「紅大……? 長谷川さんと一緒だったのか?」
「うん。今度、図書委員で推薦図書の展示企画があるんだけど、そのための備品買い出しを頼まれちゃって」
嘘です。例年、図書の展示企画自体はやってるけど、本来は今の時期じゃない。
けど、夢王くんは読書好きでもないから図書室の行事なんて把握してないだろうし、今年になって転入してきた涅さんが図書委員のマイナーイベントなんて知っているはずがない。
なので、僕は息を吐くように嘘をついた。
「あー……、あれね。うん。いいよね、展示企画。去年とかすごい盛り上がってたもんな!」
「残念ながら一ミリたりとも話題にならなかったよ。図書室の常連さんたちでさえ見向きもしなかったし」
「……スマン」
「夢王くんはいつも図書室なんて利用しないから、知らなくても無理ないよ」
僕が困ったように苦笑いしてみせれば、夢王くんは気まずそうにそっと目を逸らす。
よし、このまま上手いこと話題も逸らしてしまおう。あと一息だ。
「去年が微妙だったから、今年はもうちょっと見栄えをよくしてみようって話になってね。ほら、この先に大型の一〇〇円ショップがあるでしょ? そこで材料を揃えようってことになったんだ」
「そっか。確かにそういう飾りとかに使えそうなモノが豊富そうだもんな」
「そうそう。だけど、僕にそういうセンスとか無いからさ。委員の人には『映えそうな感じでヨロシク』とか言われたんだけど、正直よく分からないし」
「うわぁ……、無茶ぶり。俺もそういうの苦手だから、気持ちすごいわかる」
僕に共感してものすっごく苦い顔をしてコクコク頷いている夢王くんには申し訳ないけれど、ゴメンそれ全部作り話です。
これ以上、僕の罪悪感を刺激するのは止めてさしあげて。
「それで困って途方に暮れてたら、見かねた長谷川さんが助け舟を出してくれてね。一緒に買い出しに付き合ってくれたんだよ」
「なるほどなー。さすが委員長キャラ。頼りになるね、長谷川さん」
「えっ、ぁ……うん。その、ありがと」
そうです。そうなんです。
だから長谷川さんは君たち二人をストーキングして嫉妬に狂ってなんていないんです。もちろん、僕と放課後デートしてたなんてこともありえない。潔白! 潔白ですよ!! 漂白剤使ってるから驚きの白さだ。捏造万歳。
いい感じに夢王くんが信じ込んでくれて、長谷川さんも戸惑い気味なれどなんとか話に乗っかってくれた。
僕はほっとして安堵の息を吐き、思わず気が抜けて────
「へー、そうだったんですか。やっぱり長谷川さんは責任感があって面倒見がよろしいんですね」
唐突に、横から冷や水を浴びせるような言葉が投げ込まれた。
驚いて声のした方に視線を向ければ、涅さんが静かに笑っている。その笑みはまるで静けさと穏やかさを兼ね備えたラベンダーのようで、きっと遠くから見れば美しいと感嘆していたに違いない。けれど、近距離で向かい合っているからわかる。微かに眇められた彼女の瞳は、胡散臭いものを見るような眼差しを僕に向けていた。
く、空気を読んでくれません……か?
「でも、それならどうして長谷川さんはここに?」
く、空気をっ! 読んでっ! くれませんかっ!!?
「ああ、言われてみれば確かに……。あれ、なんでだ?」
「それっ…は……!」
うわぁい、せっかく僕にしては上手いこと丸く収められそうだったのに。
長谷川さんもキャラ崩壊してはわわってるし。でも大丈夫。まだあわてるような時間じゃない。こんなこともあろうかと、事前に伏線を張っておいたのだ。
「実は途中でお腹痛くなっちゃってさ。近くのコンビニでトイレ借りようと思ったんだけど、混んでて順番待ちしてたんだ」
「……そう言えば、さっきそんなこと言ってたな」
「いくら何でも長谷川さんを待たせるのは悪いし、僕としても恥ずかしいから、ここのゲームセンターで時間を潰しててもらったんだよ」
僕は自分の尊厳とか評判を代償に捧げて、この場を切り抜けるための最後のカードを切った。
正直、この手は使わなくて良いなら使いたくなかったんだけど、涅さんに怪しまれている現状では多少無理矢理でも嘘を吐きとおすしかない。
「そ、そっか」
「そうだったんですね……。その…………ごめんなさい」
どうだ! 例え嘘だと疑っていたとしてもツッコミし難いだろう。
長谷川さんは尾行してたのではなく、僕の買い出しに善意から付き合ってくれただけ。
当然のことながら、僕と長谷川さんはデートでもなければ仲良く買い物なんて雰囲気でもない。普通、恋人や気になる異性の前で堂々とコンビニトイレに駆け込む男がいるだろうか。いや、いるはずがない(希望的観測)。
年頃の乙女としては、彼氏の前でその友人の腹下し事情なんてデリケートな問題をデリカシーなく追及できないはず。
現に涅さんどころか長谷川さん含めて女子コンビはドン引きだ。何なら夢王くんでさえ、あちゃ~って顔してるもん。僕の名誉が著しく損なわれるという致命的な問題以外は完璧な詐術であったと自負している。
今日から僕は親切な女の子を待たせてトイレを優先するような胃腸の弱いクソ野郎というレッテルを貼られて生きていかねばならないのかぁ……。
あれ、これ普通に致命傷なのでは……?
「……ははっ」
自然と口から乾いた笑い声がこぼれてしまった。
そんな自嘲染みた僕の笑みに、三人は気まずそうにふいっと目を逸らす。
うん。まぁ、いいや。どうでも。
もうさっさとこの茶番を終わらせて帰ろうそうしよう。
「それじゃ、僕たちはもう行くよ。デートの邪魔しちゃったみたいでゴメンね?」
「あ、ああ……。いや、気にすることないよ。こっちこそ、なんか……ごめん」
や め て ?
「じゃ、行こっか。さっさと行って、さっさと帰ろう」
「……そうね」
これ以上は傷口に塩を塗るだけなので戦略的撤退を図ることにした。
長谷川さんにアイコンタクトを送り、ゲームセンターを後にする。幸い、彼女にとっても渡りに船だったのか僕の思惑通りに頷いて付いてきてくれた。
夕闇が迫り、帰宅客と買い物客で騒々しいアーケード街を歩きながら、僕は囁くような声量でそっと告げる。
「とりあえず、一〇〇円ショップまで行ったら解散で」
「……そう」
ふと、ちらりと横目で長谷川さんを盗み見る。
前を向く彼女の双眸は、凍てつくような冷たい眼差しをしていた。
* * *
テレビに応募したら取り上げてくれるんじゃないかと思えるほどの突破劇を無事にミッションコンプリートした僕は、自転車を押しながら長谷川さんと連れ立って一〇〇円ショップを目指して歩いていた。
本音を言えば、この場で解散してしまいたい気持ちでいっぱいだ。
だけど、先ほど夢王くんたちに一〇〇円ショップに用事があると言ってしまった手前、そこまでは長谷川さんと一緒に行動するしかないだろう。まさか夢王くんに限って尾行なんてしないとは思うけれど、涅さんのあの雰囲気を考えると用心するに越したことはない。
長谷川さんもその事は理解しているのか、黙って僕の隣を歩いている。
「……」
「……」
きっと物語の主人公ならここで彼女を慰めたり励ましたり、あるいは愚痴に付き合ってあげたりする場面なんだろう。
けれど、残念ながら僕と長谷川さんの間でそのような会話は成立しない。
仮に僕が『悩みがあるなら相談に乗るよ』とでも言おうものなら、長谷川さんからは侮蔑の眼差しを向けられた挙句に『そもそも何でいるのかしら?』『下心で後をつけて来たのね』『気持ち悪い』『最低』『死ねばいいのに』といった罵詈雑言を浴びせられる。
なら黙っていたらどうなのかと言えば、今度はゴミを見るような目で睨まれて『黙ってて不気味』『何か疚しいことがあるから話せないんでしょう?』『気持ち悪い』『最低』『死ねばいいのに』とやっぱり罵声を投げられるのだ。なにそれ理不尽。でも悲しいかな、現実なんて所詮そんなものである。
僕と彼女は、同じ『中途参入組』だ。
その付き合いは小学校四年生のときまで遡る。
そう、かつて僕と夢王くん、そして長谷川さんは同じクラスだった。
長谷川さんにとって、あのときのクラスメイトは二種類しかいない。
敵か、味方か。
あのとき、クラスで唯一、長谷川さんに手を差し伸べた夢王くんだけが、彼女の味方。
長谷川さんを追い詰め、助けようともせずに傍観していた夢王くん以外のクラスメイトたちが、彼女の敵。
構造はひどくシンプルで、それ故に僕らの関係性はとても簡潔であった。
「……どういうつもりかしら」
ほーらきた。
「今さら恩着せがましい真似をして、何を企んでいるの」
別に何も。
「私が失恋したからチャンスだとでも思ったのかしら? ……軽蔑するわ」
違うよ。全然違うよ。
「それとも、ストーカーまがいの惨めな女だって同情でもしてるつもり? 貴方みたいな人にもそんな人間のような感情があったのね。驚きだわ」
あっ、ストーカーって自覚はあったんですね。
「……黙ってないで、なんとか言ったらどうなの?」
「なんとか」
「っ……!」
あまりにも鬱陶しかったので軽口を叩いてみたら鬼の形相で睨まれてしまった。
迂闊だった。うっかりうっかりテヘペロ。許してチョンマゲ。あ~いとぅいまて~ん。……ゴールが近づいてきたのが嬉しくて油断してしまった。まぁ、どのみちここでお別れなのでどうでもいいか。
僕はここまで両手で押してきた自転車を建物前の駐輪スペースに停めると、こちらを不俱戴天の仇のように睨む長谷川さんに向き直る。
「長谷川さん」
「……なにかしら」
名前を呼んだだけで絶対零度の眼差しを向けられる辺りに僕の嫌われっぷりが分かるというもの。
おそらく、僕に対して長年積もり積もった憎悪とは別に、一秒でも同じ空気を吸っていたくないという嫌悪の表れなのだろう。……自分で言ってて悲しく────別ならないね。どうでもいいや。
「それじゃ、お疲れ様でした」
仕事先で交わすようなビジネスライクなお別れ常套句の言葉を伝えると、唖然とする長谷川さんを放って僕は目的地である一〇〇円ショップに入店する。脇谷紅大はクールに去るのだ……。
「────た、そうやって……っ」
お店の自動ドアが閉まる直前、背後から長谷川さんの恨めしそうな声が聴こえた気がしたけれど、何だかまともに聴くと呪われそうな気もするので無視することにした。