ゴールドシップの理想の三角関係 作:カランコエ(Kalanchoe)
トレーナー室の前で少しだけ考える。
扉を蹴破るべきか、力任せに開くべきか。
…うーん、扉を壊すと弁償代がトレーナーの給料から引かれるんだったな。
結局、普通に扉を開けることにする。
「よう!トレーナー!マックイーン!今日のトレーニングは何だ?!海3800mに芝42000m走り込みとかか?!そんなこと、より…山に………」
途中で頭が真っ白になる。
目の前の光景が信じられなかった。
散らばる錠剤の中に眠るマックイーンと、首を吊ったトレーナーの姿が。
グニャリと床が歪んだ気がする。
吐き気がする。
今にも倒れそうだ。
咄嗟に、いつも懐に忍ばせている
が、どうしてこうなったのかを確認してからにしようと冷静な自分が判断する。
辺りを見渡すと違和感だらけのトレーナー室の中に、キラッと光るように目立つ書類を見つけた。
遺書だ。
マックイーンの僅かに丸みを帯びた几帳面な字と、トレーナーの右に傾いた走り書きを読む。
内容を要約すると、マックイーンが繋靭帯炎を発症して引退を余儀無くされたこと、生きる気力を
マックイーンの遺体を見つけて後を追ったこと、アタシには申し訳ないけどマックイーンが最優先だ。
と書かれていた。
「…なんだよ…それ…」
ここから巻き戻したとして、アタシはマックイーンの自殺を止められるのか…?
世界が縮んでいく気がする。
膝から力が抜け、崩れ落ちる。
目蓋を閉じる。
「■■■---ッ!」
言葉にならない咆哮を上げ、感情のままに時計を使おうとして、目を開き---
---見慣れた自室の天井が視界一面に広がる。
「…クソッ!なんて夢見てんだよっ…!」
悪態をつきながら、声も上げずに泣いた。
まだ陽も登っていない時間だったけれど、もう一度眠る気にはなれなかった。
…トレーナー室の前で少しだけ考える。
普通に扉を開けるべきか否か。扉を開けようとする度に今朝の悪夢が脳裏に蘇り、躊躇するのを繰り返している。
「…ゴルシ?何してるんだ?」
突然後ろからトレーナーの声が聞こえて、驚き半分に人心地つく。
そんな内心はおくびにも出さず、いつも通りの『破天荒』の顔を作って、振り向いて返事する。
「よう!トレーナー!いやぁ、扉を奥側に開くか、上に開くかで悩んでたんだよ!回して開けるのが正解なんだよな!」
アタシ達のトレーナーは普段抜けているくせに、アタシ達のことに関してはかなり勘が鋭い。今回もアタシの嘘には気づいているだろう。
今も何も言わないけれど、怪訝そうな顔で片眉を上げる。『何か悩んでるなら話せよ?』って感じの顔だ。
「…そうか?とりあえずトレーナー室に入ろう。紅茶でも淹れるよ。」
「おう!キーマンで頼む!」
トレーナーは扉を右にスライドさせて開ける。トレーナーの後に続いて、アタシもトレーナー室へ入った。
トレーナー室を見渡して、マックイーンがいないことを確認する。
トレーナーが落ち着いているから、そんなことはないと思いつつも、今朝の悪夢が頭から離れない。
「…マックイーンは?」
「マックイーンはライアンとアルダンに連れて行かれたよ。俺には内緒の話らしい。」
手際よく紅茶を準備しながら、トレーナーが答える。
内心、ホッとする。
トレーナーに内緒ってことは大方プレゼント、大穴でパーティだろうな。一番近いお祝い事の日ってなんだったか。祝勝会とかもあり得るか。
ティーポットとカップが二つ、お茶請けにクッキーが添えられる。確か、このクッキーはマックイーン用の低カロリーな物ではなく、トレーナーが忙しい時に食べる、砂糖とバターがたっぷり入った、滅茶苦茶甘いやつだったはずだ。
トレーナーが対面に座ったのを確認して、その隣に移動する。
「何か嫌なことでもあったのか?」
それには答えずに横に倒れて、彼の膝に頭を預ける。
「そうか。」
理解の色が濃い声でそう答えられ、頭をゆっくりと撫でられる。
男性のゴツゴツした大きな手が、優しく耳に当たらないように頭に触れていることに、何故か安堵を覚える。
普段マックイーンはこんな感覚を味わいながらリラックスしてるのかぁ。そんなことを思いながら、ポツポツとアタシは話しだす。
「…今朝、マックイーンとトレーナーが心中する夢を見たんだ。」
確か、夢は話すと実現しない、とか言う俗説があったはずだ。
「…縁起でもない夢だな。」
「だろ?だから、しばらくこのままで居させてくれ。」
「…わかった。」
素っ気ない返事だけど、頭を撫でる手は止まってないし、横目で伺う表情は心配そうな顔をしていて、なんとなく心が暖かくなる。
心に余裕ができ、余計なことを考える余地が生まれる。
少しだけ頭を動かして、トレーナーの表情を伺う。
顔は窓の方を向いていて、物憂げな様相を呈している。
仕掛けるなら今だと思った。おもむろに両手を伸ばし、トレーナーの首に巻き付ける。
驚いてこちらを見た彼の唇に狙いをつけて…
…チュッと軽い口付けを落とす。
幸福感が胸いっぱいに広がる。
「アタシのファーストキスの味はどうだ?」
顔が熱い。そっぽを向いても、この距離だと顔を隠すことは出来ないだろう。精一杯のしたり顔を作って、虚勢を張る。
「…お前なぁ。雰囲気も何もないじゃねぇか。」
困り顔でそんなことを言うトレーナーに、おかしさが込み上げてくる。
「トレーナーって意外とそういうの気にするんだな。マックイーンとは四六時中くっついて、所構わずイチャつくのに。」
「マックイーンが結構甘えん坊だからな。俺はこういう特別なことは記憶に残るんだから、もっとロマンチックにやるべきだと思う。」
気恥ずかし気に笑う顔に、一瞬寂しさが
少しだけ、悲しくなる。
「…アタシじゃマックイーンの代わりに、寂しさを埋められないか…?」
トレーナーの驚き顔が、すぐに困り顔になり、苦笑いに落ち着く。
「ゴルシはゴルシだからな。マックイーンの代わりにはなれないよ。マックイーンは…俺の半身と言っても過言じゃないしな。」
そう言うトレーナーの顔は憂いの中に寂しさを
少しの沈黙の後、ニカッと笑いながら「ゴルシも俺の半身だけどな。」とトレーナーは付け加える。
「それじゃあ、マックイーンとアタシしかねぇじゃんかよぉ。肝心のトレーナーの部分はどこだよっ。」
「あー…じゃあ心でもやるか…?」
「アタシ達二人はアンタに心を奪われたんだし、案外良い喩えかもな。」
油断している彼に、もう一度チュッと軽いキスをする。
キスをする度に幸せが心に広がり、癖になりそうだ。
「えへへ…」
「…やられっぱなしは癪だな。」
言うや否や、トレーナーの顔が近付いてくる。反射的に目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れ、自分からした時とはまた異なる幸せが身体中に広がる。
唇に触れていた温もりが、ゆっくりと離れていく。
恐る恐る目を開くと、まだ目の前に彼の顔があって、
「もう一回。」
そう言われて、今度は目を閉じる暇もなく唇を奪われる。羞恥と幸福が同時に沸き上がってきて、なんとも言えない気分になる。
「満足したか?」
恥ずかしさなんか欠片も見せない余裕の表情に、ちょっとだけムカつく。絶対にその大人な表情を崩してやる。
「…いや、もっかい。」
さっきよりも少し長く、唇を合わせる。
結局、淹れていた紅茶がすっかり冷めきるまで、そうやってキスばかりしていた。
ようやくライアン達から解放されましたわ。三人で食べるささやかなお祝いの相談のつもりでしたのに、やれ惚気話が聞きたいだの、やれ結婚はいつかだの、雑談の方がメインになってしまいましたわ。
おかげさまで、会話している間にお祝いの用意は出来ましたし、時間も良い頃合いですわ。後はトレーナー室で三人で…
「なぁ、トレーナー?いいだろ?」
トレーナー室の前に立ち、扉に手をかけた時、中からゴールドシップさんの声が聞こえました。
はしたない真似だとは思いましたが、魔が差しまして、中の様子を伺ってから入ろうと思いました。
「いや、待て、ゴルシ。」
「でも、トレーナーのここはガチガチになってるぜ?」
「ぐっ…だからって、する必要があるか?」
「しないと、ずっとこのままで苦しいんじゃない?アタシが楽にしてあげるよ?」
!こ、これは!"うまぴょい"案件では?!
くっ、ゴールドシップさん…いつの間にトレーナーさんとそんなに距離を縮めましたの?
もう少しプラトニックな関係で居たいとか言っていた貴女は一体何処へ…
それに、トレーナー室でなんて大胆すぎますわ!
「それに、マックイーンはこんなこと思い付かないだろ?」
「…まぁ、マックイーンは考えもしないだろうな…」
私が考えもしない…?
…
胸、ですか…?
もし、トレーナーさんが巨乳好きになってしまったら、メジロ家に婿入りしてくれなくなるかもしれません。メジロ家のウマ娘として、トレーナーさんの恋人として、それだけは阻止してみせます。
勢いよく扉を開ける。
「ゴールドシップさん!トレーナーさん!少し待ってくださいまし!私も………あら?」
「痛い痛い痛いっ…!ゴルシッ…!」
「どうした?マックイーン?醤油だと思ったらソースだった時みたいな顔してんぞ?」
そこにはソファにうつ伏せに寝るトレーナーさんと、それに跨がって肩を掴んでいるゴールドシップさんがいらっしゃいました。
「…何をしているのでしょうか?」
「トレーナーが最近デスクワークで疲れてるって言ってたから、肩揉み。」
「だからって、ウマ娘の力でやられたら洒落にならん…」
「まだ力入れてねーよ。」
とりあえず私の考えていたような淫らな状況ではないようで、安心しましたわ。
決して、残念などとは思っていません。決して。
「ええと…お二方、私の宝塚記念の勝利祝いとして、ささやかながらザッハトルテを持って参りましたわ。」
トレーナーさんはチョコレートに目がない方なので、きっとこのケーキも気に入ってくださるでしょう。
「いいね。そこの冷蔵庫にフルーツタルトが入ってるから、それも頂こうか。」
いつものレース後に用意してくださるスイーツですね。
毎回毎回『余った果物を盛り付けた。』なんて仰ってますけど、几帳面な貴方が、ケーキやタルトの上から溢れるほど果物を余らせるなんて、本当に信じる方がいると思っていますか?
「まぁ!ありがとうございます!では早速…」
「…肩凝り直してからな?」
ゴールドシップさんの言葉に、トレーナーさんが珍しく顔を強張らせてます。
かなり酷い肩凝りなのでしょう。
「ゴールドシップさん。私も協力したいのですが…」
「おう!とりあえずそのケーキ冷蔵庫に入れて来な!その後、二人でたっぷりマッサージしてやろうぜ!」
「…俺に選択権はないのか…痛い痛い痛いっ!」
この後すぐ、痛がる彼を二人で押さえ込みながらマッサージしましたわ。何度も『やめてくれ。』と言う彼にイケない感情を抱きかけましたが、終わった後に微笑みを湛えながらお礼を言う彼を見て、考えを改めましたわ。