ゴールドシップの理想の三角関係   作:カランコエ(Kalanchoe)

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~黄金の航海の果て~


視界良好。異常なし。

サンサンと陽の光が降り注ぐ天気の中、誰もいないただ広いだけの部屋の中に居るのって、こんなにも退屈だっただろうか。退屈しのぎに文庫本やら動画サイトやらを漁っていたが、どれもこれも三十分と集中力が持ちやしない。

 

学生の頃はどうだったかな。晴れた日にこんな気持ちになることはなかったと思うけど。

 

いや、そもそも天気が良かったらターフやダート、時々無人島とか船の上とかに居るのがほとんどで屋内に居ることなんて(まれ)だったから比べようがないわ。

 

「これもマタニティブルーってヤツなのか?」

 

なんてスイカみたいに大きくなったお腹を撫でて中の子に語りかけてみるが、アイツに似たのかこの子はとても大人しい。今日もさっき一回動いたくらいでなかなか退屈な子だ。ちょっとくらいは退屈しのぎにアタシを困らせてくれたっていいのに。

 

「ま、アンタに言ってもしょうがないんだけどな。」

 

迂闊(うかつ)に外に出られないことも旦那がここに居ないことも、この子のせいじゃない。元はと言えば何にも考えずに妊娠なんかしたアタシが悪いんだ。

 

これでもGⅠ六冠のレジェンドウマ娘なんだ。担当トレーナー、しかも既婚者の男との間に子供を作ったなんてスキャンダルは絶対に露見してはいけない。

 

子供を作ったこと事態を後悔したことは一度もない。ただ、自分勝手な都合ばかりで周りにもこの子にも全く配慮していなかったアタシが悪い。

 

もっと言うなら、妊娠に気付いた時に焦って一人でなんとかしようなんて思うんじゃなかった。畢竟(ひっきょう)、一人じゃどうにもならなかった上に実家にも頼れなくて、頼れるところがマックイーンしか思い付かなかった結果がこのザマだ。もっと早く二人に相談していれば、方々(ほうぼう)に掛ける迷惑ももっと減らせたはずだ。

 

特にマックイーンには迷惑掛けてばかりだ。こんなに迷惑ばかり掛けているとその内見限られるかもしれない……

 

頭を振って暗い感情を振り払う。考える時間ばかりあると、どうしても悪い方にばかり思考が向いてしまう。

 

第一、学生の頃からアタシはマックイーンに迷惑ばっか掛けてんだ。それに今更アタシをここから追い出すようなこと、アタシの知ってる優しいマックちゃんは出来ないだろうし、メジロ家次期当主メジロマックイーンはメジロの誇りに掛けてそんな薄情な真似しないと誓ってくれるだろう。それにお人好しのマックイーンの夫が黙ってないはずだ。

 

だから、そんな無駄なこと考えてないで、今出来ることを探す方が有意義だろう。

 

「さてと、何して時間潰すかな……って、もうこんな時間か。」

 

たまたま視界に入った時計の針はさっき見た時よりもかなり進んでいて、とっくの昔におやつ時を過ぎて、毎日の日課になっている約束の時間が近付いて来ていた。

 

随分と長い間ボーッとしていたようだ。もしかしたら気付かない内に寝ていたのかもしれない。そう思うくらいには時間が進んでいる。

 

服の(しわ)を伸ばし、髪も手櫛で簡単に整える。アタシ以外は誰も気にしないだろうけど、最低限の身嗜(みだしな)みくらいは整えておきたい。

 

そうこうしてる内にコンコンコンっと軽いノックの音が三回。自然と口角が上がる。ノックの主が誰かは聞く必要がない。

 

「あいよ。開いてるぜ。」

 

言葉に答え開く扉。雪崩(なだ)れ込んでくる(すみれ)色がひとつ。優雅に歩みを進める紫がかった銀色がひとつ。

 

「こんにちは!ママ!」

「ごきげんよう、ゴールドシップ。調子はいかが?」

「よう。チビ助、マックイーン。調子はまあまあってとこだな。」

 

駆け寄って来たチビ……マックイーンの娘がアタシのお腹に優しく触れ、紫色の耳をピトリと当てる。アタシのお腹が目に見えて大きくなってきてからのこの子の日課だ。

 

「もうすぐうまれるんだよね?」

「おうよ。フーももうすぐお姉ちゃんだな。」

「うん!あたし、いいおねえちゃんになるよ!ね、おかあさま!」

「ええ、貴女なら必ずや良いお姉ちゃんになれます。」

 

アタシとチビを優しく見守りながらマックイーンがアタシの隣に腰掛ける。

 

前々から綺麗な所作(しょさ)だったが、学園を卒業してからはより洗練され、メジロ家次期当主としての貫禄すら(ただよ)っている。

 

「人払いは済ませてます。今日はどうしますか?」

 

今日みたいに天気の良い日は運動不足解消のために中庭まで軽く散歩に行くんだが、毎回どうするか確認してくるのも先に人払いするのも生真面目なマックイーンらしい。

 

「じゃ、今日は天気も良いし中庭まで散歩に行くか。」

「では、散歩に。」

「いこーっ!ごっごー!」

 

上機嫌に尻尾を揺らし部屋から飛び出して行くチビ助にマックイーンと二人、顔を見合せて笑ってしまう。毎回三人で一緒に何かしようとすると機嫌が良くなるのを見ていると、どうしても微笑(ほほえ)ましいという気持ちばかりが湧いて来てしまう。

 

「はやくはやくー!」

 

ピョンピョンと部屋のすぐ外で()()ねて全身でこちらを呼ぶチビに対して、マックイーンと二人苦笑してしまう。

 

三キロ近い荷物を(かか)えて立ち上がる。万が一に備えてマックイーンがすぐ傍でスタンバっているが、マックイーンに頼らなければならないほどの運動不足には陥っていない。

 

ゆっくりとお腹の子に負担が掛からないように注意を払って立ち上がり、同じように注意を払って歩き始める。

 

「ママー!おかあさまー!さきにいっちゃうよー!」

「今行くぜー、チビ助。」

「フー、ちょっとお持ちなさいな。」

 

今にも走ってどっかに行きそうなフーにマックちゃんが釘を刺す。以前には走って先に行ってしまったことも何度かあるが、今日は落ち着かない様子だが待っていてくれている。

 

ゆったりと部屋の中をマックイーンと並んで歩き、部屋を出たところでちゃんと待っているチビのもとまで、たっぷりと時間を掛けて辿り着く。

 

「コース?おにわのコースまでいくの?」

「そうだな。フーの走りも見たいしな。」

「わかったー!おにわまでさきにいくねっ!」

「転ばないように気をつけなさい、フー。」

 

「わかってるよーっ!」と走り去っていく姿には転ばないようにという注意は一切届いていないようだ。

 

「追ってけば?あの様子だとチビ助ずっこけそうだし。」

「ですが……」

 

はぁ…と溜め息を吐いたマックイーンがこちらを一瞥(いちべつ)逡巡(しゅんじゅん)する。

 

「アタシなら大丈夫よ。マックちゃんに負けないくらいには気を遣ってるからさ。」

 

ここまで言っても心配そうな顔を浮かべるマックイーンに、これ見よがしに自分のお腹を優しく撫でてアピールする。

 

「アタシだってこの子に早く会いたいんだ。そのためなら"らしく"ないことだって、なんだってやるさ。」

 

少しの間、眉根を寄せて悩んでいたマックイーンだったが、はぁ…と再び溜め息を吐いて、軽くアタシに向かって頭を下げる。

 

その後「フー!ちゃんと足元に気をつけなさい!」なんて言いながら早足でチビの後を追いかけ始める。ある程度回復したとはいえ、引退の原因になった脚じゃあ早足だって辛いだろうに。母は強しってことなのか脚の痛みが気にならないほど子供が心配なのか。後で聞いてみるか。

 

それに、なんだかんだでお腹の子を気遣っているアタシは信頼されていて、落ち着きのないチビは危なっかしいのだろう。

 

アタシの部屋は一階にあるから中庭まで階段なんかの転ぶと危ない場所は通らないし、マックイーンが居ても居なくても注意して歩くだけだからアタシにとっては特に問題もない。ゆったりと時間を掛けて中庭を目指すだけだ。

 

その途中、人払いされていて誰とも会うはずのない廊下に、ソイツは居た。自然と早足になり、それに気付いて慌てて歩みを緩めるけど、尻尾が揺れるのだけは抑えられなかった。足音に向こうが気付いた辺りで手を上げて声を掛ける。

 

「よう、ダンナ!おかえり!」

「……ただいま、ゴルシ。君に『旦那』って呼ばれるのにはまだ慣れないなぁ。」

「なんだぁ?『あなた』とか『ダーリン』の方がいいか?」

「それはそれで慣れないだろうなぁ。」

 

少し疲れた顔で困ったように後頭部を掻く姿は、アタシが学生だった頃の弱いところを見せないように振る舞っていた『頼れる大人としてのトレーナー』とは違って自然体で、そう感じただけでなんだか分からないけど胸の辺りが温かくなる。

 

なぜだか無性に気恥ずかしくなってきたから、気持ちを誤魔化すために適当に話を振る。

 

「そういえば今日も早く帰って来たみたいだけど、またサブトレと担当にお節介焼かれたのか?」

「そう。あいつら、また余計な気を遣ってな。まあ、断りきれない俺も悪いんだが……」

 

「早く帰って、奥さんと子供に家族サービスしてあげなよ。なんて言われると、な?」と呟く彼は、チーフトレーナーを早上がりさせるサブトレと担当に呆れているような、自分が居なくてもやっていけることに喜んでいるような微妙な表情を浮かべる。

 

「そういえば」と柔らかい微笑に戻った彼は続ける。

 

「ゴルシ一人なんて珍しい……というかこのお屋敷に来て初めてだよね?マックイーンとフーは?」

「マックちゃん達なら今頃中庭だぜ。アタシも向かってるとこだ。」

「なら、俺も一緒に行こうか。」

 

言葉と同時に天を向いた右の手が差し出される。エスコートするつもりなのだろう。それを左で取り、二人並んで歩く。本格化を過ぎてなおアタシの方が身体的には強いはずなのに、アタシを導く右手からはどこか頼もしさを感じる。慎重に歩いているせいで遅い歩調に自然と合うように歩幅を合わせてくれているのも嬉しい。

 

じんわりと胸の内が熱くなる。これが幸せという物だろう。それにお腹が大きくなってきてから初めて彼と二人きりになったのも相まって、自然と口が動いた。

 

「アタシ、今すっごい幸せだわ。」

「急にどうした?」

 

キョトンと子供っぽい顔の彼を前に、今まで一度も言わなかった言葉が溢れ出る。

 

「夢みたいなんだ。今、この状況が。

 学生の頃、マックイーンの彼氏だったアンタに恋して、愛人にしてくれなんて都合の良いこと言って、んで断られて学生時代の思い出にするつもりだったのに。

 気付いたら三人でお付き合いすることになってて、キスどころかアンタの子供まで作って、フーも入れて四人で家族ごっこしてて……」

 

そこでアタシの言葉は途切れる。ただでさえ遅い歩調を彼がゆっくりと緩めたかと思うと、足を止めて真剣な顔をこっちに向けたからだ。

 

「"ごっこ"じゃない。君も、マックイーンと俺とフーの家族だ。四人、お腹の子も含めて五人だな。みんな家族だよ。」

 

柔らかく優しい、だけど確固たる意思の込められた声音で、彼はアタシの間違いを指摘する。ただ一ヶ所、気になる点があるだけで。

 

「なぁ、ダンナ、アタシはアンタの愛人だ。アンタの奥さんはマックイーンで、アタシは戸籍上でも他人だ。だから、アタシとマックイーンを同じように扱うのはやめてくれ。」

 

意図的に少しだけ不機嫌に聞こえるように、あくまで咎めるような声音で、実際には少し嬉しかったことは隠して。

 

「ああ、君かマックイーンのどちらかを選べと言われたら俺はマックイーンを選ぶだろう。」

 

ちゃんとアタシの願いを汲み取った彼は、そこで口の端をニヤリと吊り上げる。してやったりみたいな表情が垂れ目で優しげな顔に全く似合っていない。

 

「それでも君と俺とマックイーンは家族だよ。君とマックイーンを同列に扱わなくたって、君を邪険に扱う必要はないだろう?」

 

声も顔もカッコ付けてるけど似合ってない上に内容があまりにも優し過ぎる。

 

「……そっか。そう、だな。アンタはそういう人だ。」

 

そうだ。目の前で(いぶか)しげに首を(かし)げて(たたず)む男は、ちょっと草臥(くたび)れた顔をしているけど、アタシを見つめる真摯(しんし)な眼差しは昔っから変わっていない。

 

アタシやマックイーンが恋したあの時のトレーナーのままだった。

 

「なぁ、アタシ、良いお母さんになれっかな…?」

「もうなってるよ。良いお母さんになれるかな?って言葉は良いお母さんしか言わないよ。」

「……そっか。ありがと。」

 

スッと心が軽くなる。

 

あの時からずっと()が付くほど真面目で、裏表なんて全くなくて、アタシやマックイーンのことばかり考えてきたこの男だからこそ、何度も何度もアタシの脳裏を(よぎ)った一番悪い想像を、たった一回の会話でいとも容易(たやす)払拭(ふっしょく)してくれる。

 

そんな男だから今また惚れ直してる。

 

「なあ、明日ヒマだったよな?」

 

もう止まってる必要もないし再び歩き始める。

 

「うん。特に予定は無いよ。」

 

先に歩き始めたアタシの前に出ようと少し速足な旦那が答える。

 

「じゃあさ、五人でどっか行かね?」

「いいよ。それにしてもゴルシからどこかへ行こうなんて久しぶりに聞いたね。」

 

確かにアタシから外に行こうって言うのは久しぶりだ。

 

「だって、外出てアタシがゴルシだってバレたら面倒だし、足の用意はマックちゃん頼りになるし、最近マタニティブルーでサゲ気味だったじゃん?」

「……まあ、確かにそうだね。」

「だろー?でもさ、たまには"家族みんなで"出掛けてーじゃん?」

「だねー。車でも出して海でも行こうか?」

「おっし!久しぶりに海行くかぁっ!」

 

なんでもないように返事しながら、ちゃんとアタシが強調した"家族みんなで"という部分に旦那はすぐ気付いて柔らかく微笑(ほほえ)んだ。それに釣られるように微笑み返す。

 

やっぱりアタシはアンタとマックイーンと一緒に居られて幸せだよ。

 

「あら?あなた、おかえりなさい。」

「あっ!おとうさまだ!おかえり!」

「ただいま、マックイーン、フー。」

 

進行方向から現れるアタシの家族二人。フーが旦那に突撃してきて、よろめきながらも彼がチビを受け止める。それにマックイーンが微笑んだ後、こちらを見てアタシから何かを見て取ったらしく笑みを深くする。

 

「ずいぶんと良い顔になりましたね、ゴールドシップ。」

「色々解決したからな。アタシ達の旦那のおかげで。」

(わたくし)達の自慢の夫ですからね。」

「だな。」

「……えっ?何の話?」

 

本当で困惑している旦那の様子に、マックイーンと二人、顔を見合わせて笑う。

 

「こういうところも愛おしいんですよね。」

「いつもは頼りになるのにな。」

「えっと、ありがとう…?」

 

何を言えばいいのか分かってなくて困り顔の旦那に、マックイーンと二人で笑い掛ける。それはそれとしてフーには退屈だったらしい。

 

「おとうさま!おかあさま!ママ!はやくおにわいくよ!」

「フー、転ばないように気を付けろよー。」

 

走り出すチビに、呑気に声を掛ける旦那。マックイーンと顔を見合わせて苦笑するアタシ達。

 

「では、(わたくし)はフーに付いて行きます。」

「いや、俺が行くよ。マックイーンはゴルシと一緒に歩いて来てくれ。」

「がんばれー、ダーリン。あんなチビでもウマ娘は速いぞー。」

 

軽口を叩きながら中庭へ向かって走って行く旦那を見送り、アタシ達はゆっくりと歩き始めた。

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