東方彼辺此辺 〜 the Visionary World. 作:香椎
幻想郷には霧の湖と呼ばれる場所がある。
その畔に建てられた、紅く窓の少ない洋館。紅魔館と呼ばれるその屋敷で、門番として佇んでいる紅美鈴はため息をついた。
「はぁ……門番なんていらないと思うんだけどなぁ」
冴え渡った空に吐き出された愚痴は拾われることなく、しゃぼん玉のように淡く消えていく。その虚しさがまた、彼女に嘆息を漏らさせた。
紅魔館には吸血鬼を筆頭として、メイドとして雇われている妖精を除くと六人の少女たちが住んでいる。そして彼女らの特徴と言えば、揃いも揃って醜いことだろうか。特に館の主人であるレミリア・スカーレットは、見た目幼いながらにして見た者を卒倒させる醜さを兼ね備えている。
それは幻想郷中にも知れ渡っており、住む妖怪の危険性と外見の醜さ故に、紅魔館に近づく命知らずはいない。
だから彼女もまた、門番として暇していた。
「あーあ、空から美男子でも降ってこないかな〜」
特にやることもないので妄想に耽る。
一人虚しく妄想に勤しむこと数分、彼女は何か様子がおかしいことに気がついた。
「んー?なんか妙に血生臭いような……」
誰か妖怪か獣に襲われたのかな?でもここら辺に近づく人間なんていないしな。やっぱりただの気のせいか。
特に頭を回すことなくそう結論付け、また妄想の世界に意識を落とそうとする。実際、今までここらに近寄ったのは腕に自信がある者くらいで、そこら辺の妖怪なんかに襲われるような奴らじゃない。むしろ返り討ちにしている。
「それにしてもいい天気だ」と天を仰ぐ美鈴は、気の流れの変化に気がついた。
「この気の流れは……!」
それは彼女の持つ能力の効果であり、同時に女として研ぎ澄まされた本能にも近い勘だった。
「近くに男がいる!」
門番の仕事なんて何のその。美鈴は一目散に気配のする方へと走り出す。
紅魔館に近づく物好きなんて幻想郷にはいない。森へ迷い込んだ外来人だろう。そして先程から漂う血生臭さ。やはり、妖怪か何かに襲われているに違いない。そこで颯爽と現れて私が助ければ、ムフフな事が期待できるかもしれない。
そんな打算的な考えを持って、美鈴はすぐに男の存在をその目で捉えた。
だが、彼女の瞳に映る光景は想像よりも遥かに残酷なものだった。
「ッ……!ちょ、ちょっと!」
身体中から血を流した男が、満身創痍の状態で獣と対峙している。一刻もすれば彼の敗北が決まってしまいそうな、絶望的な状況なのが目に見えてわかる。
目論見は想像を超える現実に圧倒され、彼女は一瞬フリーズすると、人助けを最優先事項としてすぐさま彼の元へ駆け寄る。──否、駆け寄ろうとした。
「え……?」
無数の石礫が、彼を中心に旋回している。
くるくる。くるくる。と。
やがてそれは波紋のように広がっていき、その一つが獣に触れる。
瞬きも許さぬほど短い時の中で、獣は肉片を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。
「これは……」
何とも奇奇怪怪な現象に、彼女は目を皿にする。
当然だ。こんな異様な光景を見せられては口をあんぐりとさせてしまう。それが普通の反応だ。
しかし、驚いたのには違いないが理由が違う。
幻想郷に生きる彼女はこの攻撃に見覚えがあった。──否、幻想郷に流通している決闘法の手段に酷似していたからだ。
「……弾幕、なのか?」
美しく、時に命を奪っていく残酷な遊び。
弾幕ごっこと呼ばれるスペルカードルールに基づいて行われる決闘と、彼の攻撃は遜色なかった。
果たして、外来人である彼が弾幕を使えるのかはわからない。けれど、弾幕と言っても差し支えないほど洗練された動きをしているのもまた事実。
「……綺麗だ」
ぽつり、と美鈴の口から言葉が漏れる。
その光景に、美鈴は目的を忘れて見惚れてしまった。
弾幕の美しさでは上位を争う彼女でさえ、その外見故に美しいとは思われない。どころか、醜い女の死の遊びなんて囃されている。
だからこそ、美しい男の放つ美しい弾幕に心惹かれてしまったのだ。
そして彼女が見惚れている間に、戦いは終わっていた。
獣を仕留め、なんとか勝利を収めた外来人はその場に倒れ臥す。もはや立つだけの力もなく、生命活動を維持させるだけで精一杯だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
それに気づいた美鈴は慌てて彼の元へ駆け寄る。
返事はない。出血が酷く、気も乱れている。すぐにでも手当てをしなければ、彼は間違いなく死ぬだろう。
「すみません!今だけは許してください!」
美鈴は何かに赦しを乞うと、その細い両腕で男を抱き抱えた。俗に言うお姫様抱っこである。
そして当然と言えば当然、前のめり倒れていた彼を抱き抱えたのだから、彼女はその尊顔を拝することになった。
「あっ……」
初めて間近で見る男の顔。
触れればキスしてしまいそうな距離で眠る彼を見て、先程の弾幕を放つ彼がフラッシュバックする。
外来人である彼がなぜ弾幕を撃てるのか、そもそもあれは弾幕なのか。そんな疑問を押し退けて、美鈴の心に下心と似て非なる感情が渦を巻いた。
彼を抱える手が急に震え出す。
頬が紅潮していくのがわかる。
心臓の鼓動も速い。
あまりの煩さに頭がおかしくなりそうだ。
「……っ」
彼女はこの感情の名前を知らない。
彼女はこの感情に名前があることを知らない。
それでも、彼女は生まれて初めて恋をしたのだった。
更新が遅れてでも本文を長くするべきか迷いましたが、面倒なので小出しで。
カッコいい美鈴もいいけど、しおらしい美鈴も好きなのよ。そんな2話目でした。続けたい。