東方彼辺此辺 〜 the Visionary World.   作:香椎

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お久しぶりです。漸く重い筆が乗りました。


妄想と幻想

 日も傾いた頃。

 窓から覗く夕焼けは、私にとって早い起床を意味する。

 

「眠いわね……」

 

 大きく屈伸をしては、退屈に外を眺めた。

 

 最近、特に面白そうな異変も起きていないせいか、昼夜どっちつかずの生活を繰り返している。従者には面倒をかけているなとつくづく思うが、直そうと思って直せるものでもないので諦めよう。

 それに、夜更かしは美容に良いと言うではないか。ならば、これは未来への投資だ。

 

 

 ──この私、紅い悪魔(スカーレットデビル)が近い未来幻想郷を支配するんだから、世の男性を虜にするほど美しくならなくちゃね。

 

 

 なんて、不可能とも言える未来に想いを馳せて従者を呼ぶ。

 

「お嬢様、紅茶でございます」

「ありがとう、咲夜」

 

 受け取ったティーカップに優しく口付けをし、口の中へと広がっていく柔らかくフラワリーな香りとミルクの甘さに頬を緩める。

 日常の一コマを切り取ったような、こんな時間も悪くない。けれど、今日ばかりは違う。

 

 ──嗚呼、夜はまだかしら。

 

 今日はなんだか夜が待ち遠しい。夜の帳が落ちるのを今か今かと待ち焦がれている。

 焦らされた恋人がベーゼを懇願するような、いじらしささえ感じてしまう。……恋人なんていたことないのだけれども。

 

 おそらく、今日が何かしらのターニングポイントとなるに違いない。私にとってか紅魔館の住人にとってかは知る由もないが、運命を操れる私は無意識のうちにそう感じ取っている。

 

 

 例えば、平凡な日常が崩れ去って非日常へと変化するように。

 

 例えば、生き別れた兄弟と劇的な再会を果たすように。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 酷い妄想だ。そう吐き捨てる事が出来ないのは、私の能力故だろうか。未だ御伽噺のような理想を求める自分にほんの少し嫌気が差す。

 

「大変ですお嬢様!」

 

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、勢いよく扉を開け放った門番に咎めるような視線を投げる。そして固まってしまった。

 その腕の中で眠る人間。容姿、服装、骨格。それ以上に感じる血の匂いがその人間が(オス)であると雄弁に語る。

 

 あり得ない。人間の雄が、何故此処に来た?化物だらけのこの屋敷に……。

 しかし、そんな疑問など最早どうでもいい。

 重要なのは今日この日、決して訪れることのない客人がやって来たという事実。それはずっと、自分が求めていたことで──。

 

「──咲夜」

「っ……承知しました」

 

 騒ぎ立てる門番と、動揺は隠せぬも従者として主人の命令に実直な彼女の背を見送って、少し冷めた紅茶で喉を潤す。

 

 

 ──嗚呼、今日はなんて素晴らしい日なのだろう。

 

 

 恍惚とした表情を浮かべて薄らと笑う私がそこにはいた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 一通りの治療を終えて、紅魔館の一室で彼は寝かされている。

 身体中に巻かれた包帯が痛々しく、それでいて儚げな雰囲気に呑まれてしまいそうだ。

 

「寝顔も素敵ね……」

 

 醜く悍ましい私たちにとって、彼は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のよう。その唇に、思わず触れてしまいたくなる。

 でもダメ。今はまだ、眺めるだけ。欲を掻いては、彼と私に繋がれた糸が切れてしまう。

 

「早く目を覚ましなさい」

 

 未だ眠りこける彼の耳元で、妖艶に囁く。

 その一挙一動は醜悪で、下劣で、彼が起きていたのなら卒倒するだろうか。それも慣れてはいるが、私が彼に求めるのはそんな凡俗な反応ではない。

 

「あぁ、貴方は私たちを見てどんな反応をするの?」

 

 くるくる、くるくると。

 眠る彼の胸で円を描く。

 体裁もなく零れる涎を、彼の顔に掛からぬよう持ち堪えるので必死だ。

 

 彼の血の匂いを嗅いでからと言うもの、吸血鬼の本能が性的興奮として現れ、理性の箍が外れそうになる。

 それでも、この私が我慢しているのだ。

 男の血など、向こう数百年は飲めないだろう。だから、決して手順を間違えないよう慎重に、彼をあの手この手でここに留めてみせる。

 

 正直、彼は不可解な事だらけで疑問が尽きない。

 獣に襲われていた彼が見せたという、弾幕に似た何か。

 弾幕ごっこなんて遊びが外の世界で流行しているとは到底考えられず、擬似的な何かに違いないが……やはり興味がある。

 それに獣の形をしているとは言え、彼が相対していたのは森に生息する妖の類。その点からしても、何かしらの力があるのは確かだろう。

 とは言え、現場を見た訳ではない。判断を下すには些か早計だ。

 

「でも……」

 

 彼の中にある特別な()()に惹かれているのも事実。

 容姿なんて単純なものじゃない。

 投げられた賽の目を変えてしまうような、そんな何か。

 

「絶対に逃さない……貴方だけは、絶対に」

 

 私は妖怪だ。見た目が醜悪であろうと、貴き吸血鬼だ。欲しいモノは手に入れる。運命さえ掴めるこの手で。

 

 だから、

 

「後は頼んだわよ、咲夜」

「仰せのままに」

 

 その過程で、例え博麗の巫女と相対することになっても。

 彼だけは譲れない。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 見慣れない天井と、身体に巻き付く白い布に様々な疑問が渦を巻く。

 あの場からどうやって生き残ったのか、誰かに助けてもらったのか、ここは何処なのか。

 獣と対峙してからの記憶が曖昧だ。あの時は生き残ることに必死だったため仕方ないとは思うが。思い出すのは朧気な記憶の中で、気絶する前に此方に駆け寄る人影。……その人物に助けられたのだろう。

 全身に残る痛みに顔を歪ませながら上半身を起こすと、疑問に答えるようにタイミングよく部屋の扉が開かれた。

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 入ってきたのはチャイナ服を纏った、腰まで伸びる赤い髪が特徴のストレートヘアーの女性。

 彼女が助けてくれたのだろうか。しかし、言葉こそ私に向いてるものの、視線は明後日の方向に飛ばしている。

 

「……助けていただきありがとうございます」

「い、いえいえ!当然のことをしたまでですよ!」

「その当然のことに救われたのは事実です。本当にありがとうございました」

 

 ベッドの上ではあるものの、誠心誠意頭を下げる。

 彼女に助けられなければきっと私は死んでいた。あれだけ派手に暴れたのだ。血の匂いに誘われた他の獣が気絶した私を発見すれば、その後の展開は想像に難くない。

 だから、彼女は紛れもない命の恩人だ。

 

「頭を上げてください!……その、本当はもう少し早く助けに行くつもりだったんですが……その場から動けずに、事が終わってから気絶した貴方を介抱しただけですので」

 

 その謙虚さを誠実に語る彼女の瞳の中に、揺れ動く劣等感と罪悪感を確かに見た。

 

 私も鈍感な方ではない。そも、ここは結界により隔離された場所と言えど外の世界と陸続きの土地だ。もしかしたらと淡い想いを抱いていたのは事実だが、彼女の様子を見る限り美醜の感覚は外の世界と変わらないのだろう。

 

「それでも、貴女が動いてくださらなければ、私は死んでいたことでしょう。感謝こそすれ、それに対する()()などございません」

 

 彼女が何を言おうと、私がこうして五体満足でいることが何よりの証拠。彼女が私を助けた事実は確かに存在する。

 例え彼女が認めずとも、受け取って貰えるまで何度でも感謝を述べるつもりだ。

 

「……男性を助けて嫌な顔をされないなんて、初めてですよ」

「命の恩人ですから」

 

 そう言って軽くはにかんだ。

 理由の大元は別にあるが、実際私の美醜感覚がズレていなくともそうしていたと思う。礼儀とはそういうものだろう。

 

「随分と紳士な方なのね」

 

 不意に彼女の背後から声がする。

 いつの間に居たのか、メイド服を身に纏った銀髪の少女が凛とした佇まいでそこに立っていた。

 

十六夜咲夜(いざよいさくや)と申します。以後、お見知りおきを」

 

 彼女は片足を斜め後ろに引きもう片方の足の膝を曲げ、両手でスカートの裾を摘んでお辞儀した。所謂カーテシーと呼ばれる礼法だが、お目に掛かるのは初めてで少しばかり感動を覚える。

 そう言えば、とチャイナ服の彼女に視線を向けると彼女は慌てて口を紡いだ。

 

「まだ名乗っていませんでしたね。私は紅美鈴(ほんめいりん)です。よろしくお願いします」

「十六夜咲夜さんに紅美鈴さんですね。……私は東雲圭吾(しののめけいご)です。貴女方には助けられました。感謝してもしきれません」

 

 私が名前を告げると彼女らは破顔させ、確かめるように私の名前を復唱する。

 

「東雲圭吾さん──お客様の治療はお嬢様に頼まれたものですので、どうぞお気になさらず」

 

 そう言って十六夜さんは深く礼をする。

 こちらも礼を返そうとして、彼女の言葉が頭に突っかかって問いかけた。

 

「お嬢様と言うのは、この館の主人のことで?」

「はい。この館の主人、レミリア・スカーレットお嬢様です」

 

 私がこうしてご厚意に預かれているのは、そのレミリアお嬢様の寛大な心のお陰か。……主人がお嬢様ならば下心ありきの可能性が高いと思うが。

 

「レミリアさんは今どちらへ?」

「只今御就寝中でして、後数時間はお目覚めにならないかと」

 

 現在の時刻は分からないが、窓の外を眺めれば陽は昇っている。随分と寝坊助の様だが、お嬢様ならばそう言うものだろうか。

 

「館の主人に礼を申せないことは心苦しいですが、これ以上お世話になる訳にはいきません。帰ります」

「うぇえ!?帰っちゃうんですか!?」

 

 首を縦に振って肯定すると、美鈴さんは露骨に肩を落として諦めた表情を浮かべた。

 その諦めが、自分を下卑してのものだと嫌と言うほど理解出来る。外の世界で散々見てきた顔だ。

 私の瞳に映る彼女らは決して醜いわけじゃない。だが世間一般の見解から、彼女ら自身は自分の評価をそう下している。

 

 だからこそ、警戒せざるを得ない。

 私の中にある懸念点は、私が()()()()()という点。その見返りに何を求められるのか気が気でない。

 

 気絶している間に襲われた形跡こそ無いが、かと言ってこれから襲われないという確証には至らない。これが私の自意識過剰であればいいのだが、生憎と過去の経験(トラウマ)がそう簡単に割り切らせてはくれないのだ。

 私は美醜の感覚こそズレているが、性に対する見識は世間一般と相違ない。もし身体でなんて言われようものなら、即座に逃げる。

 勿論、恩は返したい。だが自分の取れる方法が限られている以上、不用意に口を開けないのが現状だ。

 

 そんな私の心情を悟ってか、十六夜さんは苦渋の顔を浮かべて謝罪する。

 

「大変不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。……ですが、貴方が目覚めたのならばとお嬢様より伝言を預かっております。是非とも、貴方と話がしたいと」

 

 話がしたい、か。

 それで恩を返せるのならば謹んでお受けする所存だが、その対話中に何か間違いが起きない可能性はゼロではない。

 判断は此方に委ねられている所を見るに断ってもいいのだろうが、かと言って他に出来る事などあるわけがない。

 

 迷っている私に「それに」と彼女は言葉を続ける。

 

「失礼ながら貴方には行く宛が無いように思えます。そんな中、怪我を負った状態で森を彷徨うなど正気の沙汰ではございません」

 

 私の身を案じてか、彼女はこの屋敷から出て行くことを遠回しに拒否していた。

 そればかりは否定できない。折角拾われたこの命をまた捨てるような真似など、助けてくれた彼女らに面目が立たなくなる。

 結論を出す前に、ある疑問が引っ掛かる。

 

「それもそうですが……なぜ私が迷い人だと?」

「失礼。……此処は幻想郷と呼ばれる土地で、外の世界と隔離された場所にあります。貴方の服装から外の世界から迷い込んだ外来人であると判断しました。外来人の方は偶に此処を訪れますので」

 

 幻想郷については知っていたが、外来人という単語は初耳だ。

 私の場合迷い込んだというよりも、あの古本に導かれ、幻想郷に()()()()()()()ような感じなのだが……他の外来人がどう迷い込んだのか分からない以上考えても仕方ない。

 

「……わかりました。それで恩を返せるのならば」

「ありがとうございます。では、お嬢様が起き次第お知らせしますので、どうぞご自由にお寛ぎください」

 

 それだけ告げると彼女はお辞儀をし、部屋から出ていく。

 そうして残った美鈴さんと私の間に暫しの静寂が訪れた。お互い、何を話せばいいのか分からない。

 

「……あ、あー……いい天気ですね」

 

 耐えかねた美鈴さんが顔を真っ赤に染めて何とか話題を捻り出す。

 一瞬美容院にでも来ていたかと思ったが、天気の話題を振られても「そうですね」と返すことしかできない。

 

「……えっと、その……お腹空いてませんか?」

「特には」

「……あ、お飲み物お持ちしましょうか?」

「大丈夫です」

「う……その、何かご不便などは……?」

「どうぞ、お気になさらず」

 

 淡々と続く会話とも言えないやり取りに、美鈴さんはうんうんと唸っている。

 その気遣いに少し申し訳なくなるが、かと言って話題を展開出来るだけの技量が私にはない。

 再び訪れた静寂に、少し可笑しくなって笑みが溢れた。

 

「あ、あの……」

「……すみません。なんだか可笑しくって」

 

 そう言ってまた笑うと彼女も釣られたのか、えへへと明るくはにかんで……ちょうど窓から差し込んだ光が、彼女の顔を目映く照らす。

 

 

 その幻想的な光景に、美しいと、そう口から溢れ落ちた。

 




美鈴の圧倒的ヒロイン感
粗は徐々に削っていきます。
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