東方彼辺此辺 〜 the Visionary World.   作:香椎

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罪悪感

 十六夜咲夜にとって、その命令は今まで受けた命令の中で最も困難を極めるものだった。

 

「……どうしたものかしら」

 

 美鈴が連れて来た男性、それも私達では一生関わることなど出来ないレベルの整った顔立ちをしている。

 当然ながら男性に対する耐性など無く、せいぜい香霖堂の店主か人里で店を営んでいる店主と客として公的な関係にあるくらい。

 

 そんな私を前に無防備に眠るなんて、飢えた獣の前に最上級のロースを差し出すような真似をして、襲われたって文句を言えないのではないか。

 一人ならば自制が効かず、何をしでかしていたか分かったもんじゃない。そんな彼を前に体裁を保てたのも、お嬢様が傍にいて、彼が怪我人だったお陰だ。

 

 そんな私がお嬢様から「私が目を覚ますまで彼をここに留めるように」と命令されたのだ。「彼と話がしたい」とも。

 

 自慢ではないが、私たち紅魔館の住民は皆整った顔をしている。それは不健康な女性が好まれる世において致命的な欠点。

 過去に二、三度外来人の男が迷い込んで来たことがあるが、彼らは皆一様に、私たちの顔を見るなり一目散に逃げ出していた。

 

 それほどまでに醜い化物の住む屋敷に、彼を留める。それがどれほど難題な事か。

 逃げられると諦めて生涯失うことのない純潔を、彼が眠っている間に散らす方が良いのではと思う。人里の人間に手を出しては妖怪の賢者が黙っていないが、外来人ならば彼女も目を瞑るだろう。

 

 それでも私達が手を出さないのは、外見は醜くともせめて心は清らかで在りたいと願う最後の足掻き。

 理解されずとも、それで現状か変わらずとも、それでもそうやって生きてきた。

 いつか、誰かが差し伸べる手を掴めるようにと。

 

 

「──十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきを」

 

 

 だから私は従者として、お嬢様の命令を遵守するだけだ。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「……美しい」

 

 そう溢したのは誰か。

 彼だ。目の前にいる彼が確かにそう言った。

 

 ならば、それは何を指す?

 自分、などと自惚れはいない。自惚れが出来ぬほど、生涯身に余る迫害を受けて来た。

 ならばそれは、陽射が映し出した幻想なのだと、そう結論付けて。

 

「そうですね」

 

 私は乾いた笑みを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 悲壮に表情を曇らせた美鈴さんを見て、自分の過ちに気付く。

 しかし、吐き出された言葉は引っ込める事ができない。故に、沈黙を通すことでしか答えることはできなかった。

 

「……少し、屋敷を見て回りませんか?」

 

 居た堪れない空気に嫌気が差したのか、美鈴さんはそう提案する。

 当然一緒に見て回るのだろうが、不用意に口をついた罪悪感と過去の記憶が(せめ)ぎ合う。結果は目に見えて分かるというのに。

 

「是非、お願いします」

 

 ああ、気持ち悪い。吐き気がする。

 上っ面で笑みを浮かべる私は道化に違いない。自分のことを棚に上げて、本音を押し殺す事でしか他者との関わりを持てない自分が酷く嫌いだ。

 

「無理なら無理と言ってくださいね」

 

 彼女の優しさが自己嫌悪に浸っていた脳を(つんざ)く。

 世間では醜いと評され、私の瞳には美しく映る彼女。そのどちらも間違いで、彼女の美しさはきっと別の所にある。

 

「……いえ、私も少し歩きたい気分でしたので」

 

 「わかりました」と歩き出した彼女の背を、覚束ない足取りで縋るように追っていく。

 歩きたいと言うのは嘘ではない。ベッドの上に居るとどうにも厭世的(えんせいてき)な思考に染まってしまう。あまり暗い顔をしていては、彼女に心労を掛けてしまうかもしれない。自分がそういう人間だと、誰よりも理解しているから。

 

 落ち着きを取り戻して改めて屋敷を見渡すと、驚くべきはその広さか。外観を正しく憶えているわけではないが、この様な間取りをしているとは到底思えない。家具の配置や色、目の錯覚を利用したものではない。紅一色の、ただ広く長い廊下がずっと続いている。

 

「……広いんですね」

「ええ、まぁ、空間を弄るのが好きな人がいるので」

 

 空間を弄る?

 突拍子もない言葉に首を傾げて、斜め前を歩く彼女の顔を見る。

 冗談でも嘘でもない。ただ事実を述べただけだと困り顔で頬を掻く彼女に、ならばとその言葉に生まれた疑問をぶつける。──否。ぶつけようと出した声は、突然巻き起こった爆風によって掻き消されてしまった。

 

「ぐっ!?」

 

 廊下の端まで吹っ飛ばされて、背中を強打する。

 骨は折れていないだろうが、脳と内臓が軽くシェイクされたせいか吐き気に襲われる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 そんな私を心配して美鈴さんは駆け寄って来た。

 

 突然の出来事に脳の処理が追いつかない。

 爆弾でも落とされたのか?いや、損傷具合を見るに屋敷の内側の爆発だ。それに規模も小さく、屋敷の物は何一つ燃えていない。

 まるで破壊的な力を純粋にぶつけたような、そんな有り様だ。

 

「これはいったい……?」

「……どうやら、妹様の寝起きが悪いみたいで」

「妹様?」

 

 彼女は首を振って肯定する。その視線はひたすらに目の前を捉えていた。

 

 

 ──何かいる。

 

 

 ぞわり、と。

 全身が粟立(あわだ)って。

 煙が晴れ、出てきた人影に私は息を呑んだ。

 

 

「うるさい」

 

 

 不機嫌そうに、此方を睨みつけて手を(かざ)す幼い少女。

 その手に凝縮されていくエネルギーの塊に、私は獣と対峙した時以上の濃密な死を肌で感じていた。

 




おかしい……美醜逆転で「うはwハーレムwww」的な物語にしようと思ったのに……空気が重すぎる……おかしい……

フランドール・スカーレットが あらわれた!

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