東方彼辺此辺 〜 the Visionary World. 作:香椎
鮮血が空に舞う。
べっとりと頬に付着したそれは、彼を庇うようにして立つ彼女の脇腹から噴き出したものだった。
何が起こったのか、語るまでもない。
本来彼が受けるはずだった
「──っ!美鈴さん!」
腰が抜けて立てない彼はその場から彼女の名を呼ぶ。
痛みに顔を歪めていた彼女はそれでも笑顔を浮かべて軽く手を翻した。
「これぐらい大丈夫です。……貴方は逃げてください。家の事情に、貴方を巻き込むわけにはいきません」
揺れ動く瞳を見据えて、彼女は微笑んだ。
それがあまりに儚くて、消え入りそうな雰囲気に彼は縋るように手を伸ばす。
このまま自分が逃げれば、彼女は死ぬ。
だが無力な人間が一人居た所で足手纏いにしかならない。事実、彼女が傷を作ったのは自分のせいだから。
ならば、彼女の言う通り逃げるべきだろう。
逃げて、助けを呼びに行った方が賢明だ。
それが正解で、それ以外は間違い。そんな簡単な事、わからないわけがない。
彼は震える声で一言謝ると、彼女に背を向けて走り出した。
その様子に安堵して、美鈴は視線を目の前に集中させる。
──それでいい。
凶悪な能力に、純粋な暴力。
彼女を相手にするのは文字通り骨が折れるし、血が流れる。
約束通り、お嬢様と彼を会わせるため。それ以上に彼を守るため。
紅魔館の門番 紅美鈴は、守るべき対象である悪魔の妹“フランドール・スカーレット”と対峙する。
「美鈴、退いて」
不機嫌そうに、あるいは鬱陶しそうに、不快を募らせた表情で彼女は言った。
「それは出来ない相談ってやつですよ、妹様」
「どうして?彼は人間なんでしょう?」
「人間だからです」
その答えになっていない答えに、彼女の中で怒りの感情が渦を巻く。
フランドール・スカーレットにとって人間とはただの食事、延いては食料だ。とは言え、それだけの認識ではない。
博麗の巫女に白黒の魔法使い。人間など飲み物の形でしか見たことのなかった彼女が出会った人間達。
彼女らは強かった。
ごっこ遊びとは言え、自分が完膚なきまで叩きのめされるくらい強かった。
それに比べて、彼はどうだ?
血を見ただけで恐怖し逃げ出した彼。
戦うことすら放棄した彼。
弱肉強食のこの世界で、彼を食われる側の人間だ。
だから殺す。
逃さない。
脚を折り、腕を千切って、眼玉を抉り、腹を裂いて、頭をかち割る。
「あはっ」
じんわりと、狂気が彼女を侵食していく。
理性という
その標的として見据えられたのは眼前で構える門番で──。
「……安心してください。貴女には何も、壊させませんから」
一瞬にして間合いを詰め、彼女は拳を打ち込んだ。
中国武術形意拳の基本技のひとつ。──崩拳。
鋭く、槍で突き刺すように放たれた一撃。
半歩進んで打ち込むこの技を得意としていた人間は、誰が相手でも一撃で倒していたという。
「いったいなぁ!もう!!」
それほどの拳を受けても平然と立ち上がる少女に、種族の壁の高さを改めて認識する。
仕返しとばかりに繰り出される拳。単調で軌道は読み易いが、それでも恐るべき力が込められている。
美鈴は難なく受け流すと、間合いに入った彼女に透かさず拳を打ち込んだ。
同じく形意拳の基本技。──
自分の体を柄に変え、自分の腕を刃に変え、全身で斧を体現し、叩き割るように上から下へと振るう。
この形は打つ前の動作含め、相手の防御も攻撃も崩すことが出来る。
この距離、躱すという手段は取れない。防御も取らせない。完全に首を捉えている。
しかし、打ち込む寸前に彼女は
「まだ壊れないでよね!」
「──っ!」
振り返った美鈴に迫り来るのは無数のエネルギー弾。
腹に風穴を開けられた彼女ではとてもじゃないが捌き切れない。
躱して、流して、相殺して。攻撃が終わる頃には夥しいほどの傷が身体中にできていた。
「正気に戻ってくれませんかね、妹様」
膝をついた美鈴がそう呟くも返事はない。
寝惚けていた時とは違う。フランドールはその内に眠る狂気に染められてしまった。
破壊衝動とでも言えばいいのか。こうなってしまった彼女は手の施しようがなく、正気に戻るまで破壊を続けるだろう。
「……それだけは、ダメだ」
気を整えて美鈴は立ち上がる。
何としてでも彼女を止めなければならない。
その行く末を、彼女は知ってるから。
「全部全部、壊してあげる!」
「絶対に、壊させません」
強大な力が二つ、ぶつかり合った。
×××
走る。
走る。
ひたすら走る。
逃げて、必死に逃げて。
その先の事なんて考えてないけど、それでも逃げる。
本能が警笛を鳴らしていた。
逃げろと言われて、躊躇わず逃げ出した。
だから、逃げる。我が身可愛さで。
今更恥じる事なんてない。
ずっと、そうだったから。
理解されない異常性を抱えて、今日までを生きてきた私。
誰にも打ち明けることなく、上辺だけを取り繕って、自分の心から逃げる毎日だった。
そんな日常を繰り返していれば、嫌でも気づく。
本当は理解なんて求めていなかった。
理解されたくない。理解されて、拒絶されることが怖い。
浅ましくて、卑しくて、本当は誰よりも醜い自分。そんな私を受け入れてもらえるはずがない。
だって、この世界はこんなにも
だから、全てを捨てて幻想に想いを馳せた。
現代では消えた者達を受け入れるこの幻想郷なら、自分も
結果はご覧の通り、無様なものだ。
私は所詮、逃げる事しかできない臆病な人間。
自分から求める事もせず、ただ救って欲しいと強請るだけの屑。
そんな私を救う為に、誰かが戦っているというのに。
「……なんで」
走っていた足が止まる。
ぽたぽたと何かが零れ落ちては床を濡らした。
「なんで、逃げてるんだよ……っ」
涙と一緒に出てきたのは、また逃げようとした自分に対する怒り。
彼女は私を庇って怪我を負った。
彼女は私を守るために戦っている。
彼女は私を見捨てることはしなかった。
彼女は私を救おうとしてくれた。
「ふざけるな……」
なんの為に幻想郷に来た。
なんの為に、幻想を信じた。
妄想でも、幻想でも、空想でも。それでも構わないと、何故がむしゃらに縋った。
「ふざけるなよ……」
全ては自分の為。全部、自分の都合の為。
そうやって辿ってきた運命。
「これは
今も尚聴こえてくる轟音に、震える膝に喝を入れて走り出す。今度は逃げる為じゃない。……戦う為に。
走って、走って、雄叫びを上げながら。
虚勢でもいい。強がりだっていい。
その優しさに救われた
「美鈴っ!!!」
「圭吾さん……!?どうして……っ!」
その選択がどんな結末を迎えようと──。
「……助けに来た」
──後悔はないのだから。
主人公が主人公してる件。
あべこべでうはうはどころかばちばちのバトル物になってらぁ…
これ絶対5話目にする内容じゃないよ。
全ては次章の為。紅魔館は犠牲になったのだ……