TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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もしもの話、本編とは違う時間軸の話です

※以下の要素にご注意ください
匂わせて程度の精神的BL要素
軽度のリョナ描写(首絞め)

この話読まなくても次に繋がるはずです。

上記を読んでも読んでくれる物好きな方、ようこそ!


IF メメのバッドエンド その献身は、愛か贖罪か

 デニスの足を取った俺は勝利を確信していた。奴の背後から迫りくるは人類最強の兵器、聖剣。疑いようもなくそれで終わり、だった。しかしデニスの心はまだ終わっていなかった。

 最期の力を振り絞ったデニスが、手に持った大斧を投擲する。やぶれかぶれ、狙いなんてつけていなかったのだろう。斧はくるくると回転しながらオスカーのはるか右を通過して、そして、カレンの元へと迫った。

 

「――えっ」

 

 何が起きているのか理解できないという呟き。俺のものであるようで、オスカーのものであるようで、カレンのものであるようだった。斧は奇跡的な確率でカレンの脳天に迫り――鮮血をまき散らした。

 

「――カレン!」

 

 力なく彼女の体が倒れ伏す。デニスの命を奪ったオスカーがすぐに彼女の元に駆け寄った。俺はその場から動けなかった。疲労のせいではなかった。

 どう見ても致命傷だった。カレンの顔に刃先がのめり込み、顔面を二等分している。

 

「メメ、メメ!どうすればいい!?どうすればカレンを助けられる!?」

 

 オスカーが焦燥に溢れた声で俺に呼びかける。初めて聞く声だった。

 

「もう、無理だ……。死者は蘇らない。それは神の領分なんだよ、オスカー」

 

 認めたくなかった現実を突きつけられて、オスカーの瞳から大粒の涙があふれだした。初めて見るようで、散々見た光景であるような気がした。オスカーの号哭が鎮魂歌のように響き渡った。

 

 もうやり直しもできない俺の、初めての取り返すこともできない失敗、罪だった。それを認識した瞬間、俺の中の何かが切れた。摩耗した俺を辛うじて目的へと進ませていた自縄自縛の縄。失敗と失望、罪の意識だけを頼りに魔王を殺すその日まで突き進むはずだった。その原動力は今、引っ張られ続けた縄が徐々にほどけていき、やがて完全に崩壊するように、プツンと切れた。

 

 

 あれから、俺の体からは勇者の力の残滓が一切なくなっていた。鍛え上げた剣技はそのままだ。でももう大剣を振るうような腕力はない。水を汲んだ桶を持ち運ぶだけで疲労に震え始める両手。魔術の才能はやせ細って、戦いに使えそうなものは全て使えなくなった。見た目通りの、ひ弱な少女。それが今の俺だった。勇者パーティーの戦いにはもうついて行けなかった。

 

 俺の魔王討伐という目的はもはや達成不可能になった。俺の人生の意義はなくなったかに思えた。それでも俺がここで生き続けているのは、あの時新たな気がかりが生まれたからだった。カレンが助からないと分かった時のオスカーの顔を思い出す。当たり前だった関係が突然奪われた、茫然自失といった、表情の無い泣き顔。

 

 

 

 

 王都には数日前から小振りの雨が降り続いていた。湿気が充満し、商店街の人々の表情はどこか陰鬱だった。今は小雨は時折思い出したように止んで、束の間の晴れ間を覗かせていた。暗雲は変わらず上空を覆っている。太陽はしばらく見ていない。

 

「ああ、おかえりオスカー。飯ならもうできているぞ」

「ただいま、メメ。ありがとう。すぐ頂くよ」

 

 あの時からずっとやせ細ったオスカーの姿。目の下には僅かに隈が見えた。カレンが死んだあの日から、オスカーの様子はすっかり変わっていた。鍛錬には鬼気迫る様子で取り組むようになった。無口になって、何を考えているのか分からないと周囲に気味悪がられるようになった。

 

 俺にはその気持ちが良く理解できた。分かるよ、なんて薄っぺらい慰みではない。俺はかつて全く同じ状態になったからこそ、彼の状態が良く分かっていた。

 

 自分への失望と世界への怒り。悔いと憤怒。行き場のない爆発しそうな感情の矛先を、彼は魔物たちと魔王へと向けたのだろう。人生の全てを戦いに捧げて、必死に自分の生を意味のあるものにしようとしている。そうでなければ悲しみと後悔に圧し潰されてしまうからだ。目的に邁進していない時は常に後悔がちらつくのだ。天真爛漫な彼女の顔が。

 誰よりも分かる。だからこそ俺が、彼の居場所を作った。

 

「食わないのか?」

「うん、ごめん。なんか食欲なくって」

 

 オスカーがフォークを置いた。カツン、という硬質な音を立てる。食器の上にはあまり減っていない豚肉が残されていた。奮発して少し高い物を買ったのだが。気に入らなかっただろうか。

 

「そうか。それよこせ。もったいないから全部食べる」

「うん、ありがとう」

 

 何に対する感謝なんだか。オスカーはふらふらとシャワー室へと向かっていった。また何もせずにすぐに眠るつもりなのだろう。聞こえないようにこっそり溜息を付く。自分で自分を傷つけても良いことなんてないのに。今日は特に焦燥しているように見えた。俺は今日も彼と話をすることに決めた。

 

 彼の寝室は一人部屋だ。彼は俺と同棲しているわけだが、別に恋愛的な関係にあるわけではない。周囲の人間は、俺がオスカーの身の回りの世話を買って出たという認識だ。もっとも俺たちの肉体関係を噂する下世話な人間も大勢いるが。俺も身を清めて、彼の寝室の戸を叩く。

 

「メメ?どうしたの?」

「いやなに、お前の話でも聞いてやろうと思ってな」

「……話すことなんてなんにもないよ」

 

 俺の言葉を聞いたオスカーはゴロリと寝返りをうって向こう側を向いた。俺はベッドの反対側に歩いていって、再び彼の顔を覗き込んだ。目が合わない。

 

「またなんか失敗してカレンのこと思い出したんだろ?」

「そうだよ……」

 

 諦めたようにオスカーが呟いた。ベッドに腰かけて、オスカーの肩を掴む。少し上を向かせるように肩を押すと、やっと彼と目が合った。

 

「前も言っただろ?カレンが死んだのはあの時俺が動けなかったせいだ。責めるなら俺を責めろ」

「違うよ。守れなかったのは僕だ。……失敗したのは僕だったんだ」

 

 何回も聞いた言葉が返ってくる。その返事を聞いて俺は、また彼の感情を吐き出させる時が来たことを悟った。

 

「ハア……仕方ないか。『我が意に従え』」

 

 頬を掴んでオスカーの顔を固定して、目と目をしっかり合わせてから暗示魔術を発動する。俺の目を直視したオスカーの目が焦点の合わないぼんやりとしたものになる。暗示を受けていれる状態が整ったようだ。俺に残された数少ない使える魔術。戦闘に使えるわけではない魔術については未だ多少使うことができた。

 

「オスカー、お前の幼馴染を殺したのはこの俺だ。その鬱憤をぶつける対象は俺だ」

「メメが……カレンを……」

「お前が感じたあらゆる怒りを、悲しみを、絶望を俺にぶつけるんだ。そうしてお前は全部を忘れて、明日からまた勇者の役目を果たせ」

 

 両手をパチンと合わせた。乾いた音がすると、オスカーが突然俺を押し倒した。固い床に頭を軽くぶつける。その痛みに呻く余裕もなく、俺の細首にオスカーの大きな手が巻き付いた。容赦なく、されどへし折らないような力加減で俺の首を締め上げる。

 

「グッ……そうだ、遠慮なんてするな……コホッ……お前の目の前にいる人間が全ての元凶だ」

 

 オスカーは何も語らず、ただ俺の気道を塞ぎ、俺の苦しむ顔を眺めていた。これももう五度目だろうか。

 

 オスカーに暗示をかけて、日頃感じている鬱憤をここで俺に向けて開放させる。そうしなければならなかった。彼の心を壊したのは俺なのだから。人の命があっさりと消えることを俺は嫌というほど分かっていたはずだった。それなのに過ちを犯した。今回ばかりは本当に償いようもない。俺にはもうやり直す権利はないのだから。

 

 だから俺はせめて、この役目だけは果たすつもりだった。壊れたオスカーが最期まで勇者の役目を果たせるように。彼が快適に、誰にも非難されずに夜を過ごせる居場所を作り、そして彼の心がこれ以上壊れないようにするのだ。

 

 だから俺には、彼のために、こうして彼に殺される義務があった。ギリギリと俺の首を絞めるオスカーが手の力を緩める様子は一切ない。ただ薄っぺらい笑みで俺を観察している。首の痛みにも徐々に慣れてきて、ただ酸素が頭に入ってこないぼんやりとした苦しみのみが残っていた。脳内が冷え切ってくるのとは対照的に、体はどんどん熱くなってくる。酸素がなくなってきて、むしろ鋭敏になっていく思考の中で、俺が浮かべる感情は悲しみでも怒りでもない。――喜びだ。

 

「コフッ……ハァッ……」

 

 本格的に酸素が回らなくなり、頭が真っ白になる。意識が遠のくにつれて俺はついに逝けるのだと思った。脳内が歓喜に湧く。

 

 本当は、オスカーの心なんてどうでも良かったのだ。突然、どこか自分でないところから湧いてきたように、先ほどまでと異なる感情が浮かんできた。俺はただ、彼に裁いて欲しかっただけだ。彼の手で殺して欲しかっただけだったんだ。そのためには自分にも周りにも言い訳が必要だった。俺の最後のエゴを果たすために全部必要だった。

 

 だからやった。この家を毎日綺麗に掃除して、毎日食材の良し悪しを見ながら商店街を念入りに見て回って、美味しい料理を作って、オスカーがせめてここにいる間だけでも快適に過ごせるように努力した。全部俺のためだったんだ。

 

 しかし、俺の意識がついに途絶えようかというその瞬間、突然オスカーが絞殺しかけていた両手を放した。

 

「――ッ……ゴホッゴホッ」

 

 体が急速に酸素を取り戻していく。視界はいつの間にか自然と溢れてきた涙でぼやけていた。また、死にそこなった。

 オスカーは暗示にかかったぼんやりとした目のまま、ベッドへと戻っていき、目を閉じて動かなくなった。しばらく、俺の咳だけが部屋に響いた。俺はふらふらと立ち上がると、自分の寝室へとゆっくりと向かった。

 自分が何をしたかったのか結局分からなかった。

 

 

 

 

 小雨がずっと髪を濡らしていたが、その場から立ち上がる気にもなれなかった。重たい聖剣の鞘を撫でながら、僕は昨日の夢について思案していた。今は戦う力を失って、身の回りの世話をしてくれているメメが出てきた。彼女を、絞め殺そうとする夢だ。

 

 どうしてそんな夢を見たのか分からなかった。カレンが死んでから消沈した僕を、メメは必死に励ましてくれた。綺麗な家を維持して、美味しい料理を作って、僕が心から休める居場所を用意してくれた。僕が今もなんとか勇者の役目を果たせているのは彼女のおかげだ。感謝こそすれど、憎しみなど、まして殺意など抱きようもないのだ。

 

 それでも、と僕は夢の内容を思い出さずにはいられない。僕の手で簡単に覆えてしまう細い細い首は、思いっきり絞めると背骨の感触が手に伝わってきた。戦う力を失ってなお、俯きもせずにただ僕のために一生懸命に尽くしてくれていた彼女。

 苦し気に開かれた双眸からは透明の涙が溢れてきていた。時折苦し気に頭を揺さぶって、彼女の乱雑に一纏めにされた後ろ髪がフリフリと揺れていた。突然いなくなってしまったカレンとは違う。徐々に、僕の手で死にゆく姿。――美しかった。彼女の死にゆく顔は。僕はその顔を眺めながら、息を絶つために首を――

 

「……あれ、僕は何を考えていたんだっけ」

 

 ふいに、頭の中が洪水で全て流されたように、先ほどまでの思考が一切思い出せなくなった。何かに感動していたような、何かを達成できたような。そこまでしか思い出せない。きっと忘れてしまうほどどうでも良いことだったのだろう。それよりも今は、魔王軍のことを考えなければ。もやもやとした思考を一度断ち切ると、僕は未来について考え始めた。

 




彼が彼女を絞め殺した場合、彼は暗示に従って遺体を遺棄して、その記憶を忘却します。

「お前になら殺されていい」と「お前に殺されたい」では意味が違ってきますよね。どちらにせよクソ重いですけど。

本編でこんなクソ暗い話を書く予定はありません……。
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