TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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拗らせTS少女と貴族気取りの吸血鬼
23 人でなし、襲来


 痛覚とは、体から発せられる危険信号だ。痛みが生じるような状況、すなわち体が何かしらの危機を抱えている時に、脳にそれを伝える。

 歩きすぎた。食べ過ぎた。斬られた。だから、疲れた。苦しい。痛い。脳に正しくない体の状態を是正するように訴えかける。

 

 単にその機能を記述すると実に味気ない。しかし、ただそれだけではないと俺は考える。

 痛みにこれだけの種類があるのは何故なのか。打ち付けられた皮膚はじわじわと痛みを訴えかける。切り刻まれた傷は燃えるように熱い。

 そして心は、チクチクと、じくじくと、燃えるように、貫かれたような、痛みを訴えかける。実に多種多様で、単に体の危機を知らせるためだけの機能とはとても思えない。

 

 それらについて考えた俺は一つの結論に辿り着いた。痛覚とは、痛みとは、創造主たる大神が人間に残してくれた罰なのではないか。そう、考えたくなった。

 生きているだけで罪を重ねてしまう欠陥品である人間。そんな俺たちに与えられた償いの機能。俺があんなにも罪悪感に苛まれていたのはきっと、罰である痛みを感じづらかったからだ。

 

 勇者と名付けられて、中途半端に神に近づいた体は罪だけを重ねて、それに対する罰を拒んでしまっていた。だから気付かなかった。重ねた罪に対する償いの機能は、俺たちの生まれた時から持っている物だったのだ。生きているだけで体が、心が痛む。

 

 嗚呼、やはり痛みとは俺にとっての神だった。女神のような紛い者ではない。無条件に人を救ってしまう、全知全能の大神の如き本当の神。

 それを自ら追い求めるような浅ましい行いはもうするまい。そんなものは罰ではない。待っていれば罰は、救いは訪れる。そして俺は最後にして最大の罰であり、赦しであり、救い、死が訪れるその日まで、粛々と罰を受け続けよう。

 

 

 

 

 晴れ晴れとした朝だった。開け放たれた窓から吹き込む風が優しく頬を撫でる。寝起きのぼんやりとした頭でも、どことなくスッキリとした気分になるような穏やかな陽気。あるいは、自分の気分が上向きなのは、久しぶりに夢を見ないで起床したからかもしれない。

 

 上体を起こす。期待を込めながらチラリと自分の胸元を見ると、そこにはやはり小さなふくらみが存在していた。せっかくいい気分だったのにため息をつきそうになった。

 女になって早二か月。未だに朝起きたら男に戻っていないかと微かな期待をしてしまう自分がいた。

 

 そこまで思考して、窓の方をなんとなしに見る。そしてはたと気づいた。寝る時にはいつも窓は閉めていたはずだ。なぜ開いている。

 ……物取りでも来たのか!?一瞬で思考が冴える。慌てて部屋の中を見渡そうとして、――目の前に見知らぬ男が立っていることに驚愕した。

 

「うわああああああ!?」

「おはようございます、メメさん。珍しく朝からテンション高いですね」

「いや、誰だよお前!急に人の部屋に入ってきてなんでそんな落ち着いて挨拶できるんだよ!?」

 

 思わずベッドから飛び起きて叫んでしまった。男を見上げる。見覚えのない顔だった。

 すらりとした長身。身にまとっている服は良く見れば結構上質そうだ。目鼻立ちのすっきりとした、整った顔立ち。しかし表情は話している間もほとんど動いていない。

 

 上質そうな青髪と相まって、女性に良くモテそうだ。妬ましい。イケメンは滅ぶべし。街を歩けば人目を惹きそうな彼はしかし今、初対面の相手のベッドの脇に立つ立派な不審者だった。

 

「私ですよ、私。貴女にジェーンと名乗った女神の使者ですよ」

「……はっ?ジェーン?あいつは人間ではなく奇妙な喋る木像だぞ」

 

 ジェーンは俺を女の体に改造しやがった文字通りの人でなしだ。しかしあいつは粗悪な木製の女神像の姿をしていたが。

 

「私の言ったこと忘れたんですか?人間の死体さえあれば乗り移れるってちゃんと説明しましたよ」

「ああ……そんな話確かに聞いたな。声も女神像と同じだし……待てよお前、その体は死体なのか?」

「はい、先日のデニスとの戦いの戦死者から、使えそうなものをかっぱらってきました!」

「馬鹿かお前!?人でなし!早く遺族の元に返してこい!」

 

 とんでもないことを言い出したジェーンに驚愕する。正義の女神の使者を名乗っていたが、やはりこいつは悪霊の類なのではないだろうか。

 

「家族のいない人間を選びましたよ。人でなしでも人間の反感を買わない方法くらい知っていますよ」

「いや、でもそれは……遺体の人間的には気分が良い話ではないのではないか……」

「貴女も言ってましたよね。『死人に口なし』。過去の自分に向かって、説教臭く、かっこつけて」

「かっこ……かっこつけてねえし!……というか、生前の知り合いにでも会ったらどうするんだよ。言い訳つかないぞ」

「顔はもう作り変えました。もう過去の彼との共通点なんてどこにもありませんよ」

「……本当に人でなしだなお前」

 

 勝手に顔を作り変えられてしまった彼に同情してしまった。親近感を覚えたと言ってもいいだろう。この悪辣な悪霊に性別まで変えられてしまった同士として、彼が大神の元に行けることを祈った。

 

「まあおっしゃる通りです。……しかし、肉眼で見るとやはり貴女の顔の造形は良いですね。不快そうに細められた目なんて芸術かと思いましたよ」

 

 何やら変態的なことを言いながらジェーンが近づいてきた。距離が近づくと改めて彼の大きさが分かる。俺の頭一つ分、もしくはそれ以上の身長差。身を屈めた彼のごつごつとした手が俺の頬に触れようとする。

 彼の突然の行動の意図が分からず困惑する。

 

 ちょうどその時、部屋のドアが勢いよくノックされた。朝から元気の良いカレンの溌剌とした声が聞こえる。

 

「メメちゃーん!朝だよー、起きてるー?」

「おい、まずいぞ。どっか隠れろ」

 

 思わぬ状況に焦りを覚える。こんなところ見られたらどんな勘違いされるか分かったものではない。ひとまず返事をして不信感を与えないようにしなければ、などと考えていると、ジェーンが何でもないようにドアの方へと向かっていった。

 

「はい、ただいま開けます」

「ちょっ……!」

「えっ、誰!?」

 

 静止も間に合わず、ジェーンは機敏な動作でドアを開けてしまった。見知らぬノッポの男の登場に、カレンが硬直する。無表情にそれを見つめるジェーン。時が、止まった。

 

「お、オスカー!大変!メメちゃんが男の人連れ込んでるー!」

「ち、違う!誤解だー!」

 

 俺は駆け出して行ったカレンの誤解を解くために走り出した。宿の中をどたどたと走る、追いかけっこから始まる騒がしい一日だった。

 

 

 いつもなら質の高い料理の数々に胸躍る食堂。俺はジェーンとの関係をでっち上げることに終止して、疲れ果てていた。噓八百を並びたてて乾ききった口を潤すために野菜のスープを口に運ぶ。

 

「兄のような方、ですか。……つまりご家族の方、と」

 

 オリヴィアが凛とした声で確認してくる。貴族令嬢である彼女はいつものように背筋をピンと伸ばしてこちらを真っ直ぐに見据えていた。

 

「いや家族って言われると微妙な気も……名義上の保護者って程度だよ。兄というか」

「でも、異性を簡単に部屋にあげちゃダメだよ……?」

「いや、こいつと何か間違いが起こるなんてこと絶対ないから大丈夫だよ」

「……メメちゃんはやっぱり女の子としての危機感が足りてないよ!君みたいな小っちゃい子でも気を付けないと!」

「ちっちゃ……」

 

 俺が男だった頃は俺よりも小さかったカレンに小さいと言われて、想像以上にダメージを負っていた。親しくなってから、彼女はまるで俺の姉であるかのように振る舞うようになった。その距離感が幼馴染だった頃のようで、懐かしくて少し嬉しくなった。

 

「今回はこいつが勝手に上がり込んできただけだよ。もうないよ」

「えっ、勝手に上がり込んできたの!?余計危ないよ!?ちょっとジェーンさん!あなた本当にただの家族なんだよね!?危機感のなさに付け込んでメメちゃんを食べちゃおうとしてない!?」

 

 驚いたカレンの追及の矛先はジェーンに向いた。先ほどまでよりも語調が激しい。

 

「勘違いさせてしまい申し訳ありません。しかし今回は、妹分が危険な戦いに赴いたと聞いていてもたってもいられず……。どうしても無事な顔を一目見たかったのです」

 

 しかしジェーンは先ほどまで少しも動かなかった表情筋を動かして、シュンとした顔を作っている。その表情に騙されたカレンはしぶしぶといった様子で引き下がった。

 

「ま、まあメメなら襲った男の方が危ないだろうし……本人たちが納得しているならひとまず気にしなくてもいいんじゃないかな」

 

 オスカーの一言でようやく追及が終わったことを悟った。相変わらず情けない、勇者らしからぬ弱弱しい声での制止だった。しかし長い戦いだった。数日分は話していたような気がする。噓に嘘を重ねるのは困難を極めた。

 今度また改めてジェーンには文句を言わなければ気が済みそうにない。アイツには人間の常識というやつを理解させなければ。

 

 安心して、大きな大きなパンにかぶりつく。視界に広がる、新雪のような表面を見ているだけでも満足だった。さらにそれに加えて口の中で融けてしまうような柔らかさ。ジャムなどの余計なものは不要な、素材を活かした芸術的な美味だった。

 

「それで、私も勇者パーティーの一員として皆さんと共に戦わせてもらえないでしょうか?」

「うーん、手伝ってくれるのはありがたいですけど……。ジェーンさんはどれくらい戦えるんですか?」

「魔法であれば覚えがあります。少なくとも、そこで大きなパンに顔をうずめているメメさんよりは得意かと」

 

 聞き捨てならない台詞だったが、俺にとってパンの方が優先順位が高かった。顔は上げずそのまま食べ進める。オスカーが何やら呟いていた。

 

「すごい……顔がパンに隠れて見えない……」

「お疑いなら彼女と模擬戦でもしましょうか?」

「魔法戦ですの!?ぜひ、見たいです!」

 

 ああ、オリヴィアが食いついてしまった。こうなれば彼女を止めるのは困難だ。どうやらジェーンと俺の決闘は決定事項になったようだ。

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