TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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俺ガイルばりの面白くて読みやすくて美しい文章が書きたかった……


25 オスカーとオリヴィア

 少し前まではただの村人だった少年、オスカーは成長途上とはいえまだまだ未熟な勇者だ。体の強化の仕方も、魔力の扱いもおぼつかない。魔術の発動もいまいち安定しない。

 特に魔術について、メメやオリヴィアに少しずつ教わっているが、中々上達しなかった。見かねたオリヴィアは、付きっきりでオスカーに魔術のイロハを叩き込む役を買って出た。

 

 魔術を教えるには魔法書の類があった方が何かと便利だ。そういうわけで、オスカーとオリヴィアは今、貸し切った魔法学院の一室で二人きりだった。

 

 貧乏な平民にはなじみのない、洒落た香水の匂いが隣から漂ってきて少年の鼻をくすぐる。部屋に積まれた魔法書のインクの匂いではとてもかき消せないような魅惑的な匂い。15の少年にはあまりに刺激が強かった。オスカーの内心は、オリヴィアの声が聞こえないほどの高揚と緊張に包まれていた。

 

「――ですので、魔術において詠唱とはあくまでイメージの構築で……聞いていますの?」

「ハッ!もちろん!薔薇の香りっていい匂いだよね!」

「集中してくださいませ!」

 

 怒ったオリヴィアの魔術によって、オスカーの頭上に少量の水が現れた。勢いよく浴びせられたそれによって、彼の黒髪がずぶ濡れになった。

 

 

「全く……しっかりしてくださいませ。戦場で見せた勇ましい姿はどこにいったんですの?」

「いや、せっかく教えてくれているのに申し訳ない。その……女の子が隣に座っている状況に緊張して……」

「あっ……いえ、それは私の不注意でした。指導に熱中し過ぎました。申し訳ありません」

 

 オリヴィアが席を立ち、ススと遠ざかっていき向かい側に座りなおした。先ほどまでとは打って変わってこちらの顔を見ようとしない。オスカーは安心したような残念なような複雑な感情を覚えた。

 切り替えて、真剣に教えを乞う。先ほどは集中できていなかったが、オスカーは魔術を使えるようになりたい、というやる気は持っていた。

 

「ごめん。続けて欲しい。水を被って目が覚めたよ」

「そうですか」

 

 オリヴィアは少しこちらの顔色を観察すると、先ほどまでとは少し口調を変えた。柔らかくて、教師というよりむしろ生徒同士で気軽に雑談するような声音。

 

「……少し切り口を変えましょうか。今まで見た魔法、魔術の中で気になったものはありますか?」

 

 それに応じて、オスカーの声からも緊張が取れる。

 

「今日のメメとジェーンさんの決闘は凄かったね。あの不気味な泥の人形とかはなんだか強そうだったね」

「良く見ていらっしゃいますね。確かに、今まで見た中で一番不気味な魔法でした。しかし、あれは特殊例すぎて私では説明しきれませんね。他には気になったものはありましたか?」

「以前見た、オリヴィアさんの使った氷の壁とかかな?魔法は壊すだけじゃなく人を守ることもできるんだなと思ったよ」

「ああ、いい目の付け所ですね」

 

 感心したように穏やかな口調で言うと、オリヴィアは氷の壁を作る魔術について説明し始めた。詠唱。イメージの構築。集中すべき点。懇切丁寧な説明だった。そして今まで以上に、学のないオスカーでも理解できるような工夫がなされていた。

 

「貴方の扱う魔法ならざる魔術でも十分に人を守ることができるでしょう。少し試してみましょうか。私に続いてくださいませ。『氷よ、万物を阻む障壁となれ』」

「『氷よ、万物を阻む障壁となれ』」

 

 詠唱したオスカーの目の前に、氷の壁が生まれる。大きさは彼の体と同じくらい。ガラスのように澄み渡った氷の表面が、窓から差し込む太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 オリヴィアのものと比べれば小さく、厚さもそこまでではない。しかし、こんなにもすんなり魔術が発動したのはこれが初めてだった。

 

「そうです。やはり筋はいいですね。……貴方は最初に防御のための魔術を習得した方が良いかもしれませんね」

「それはどうして?」

「魔法とはイメージの具現。貴方は誰かを傷つけるよりも誰かを守る方が性に合っているのでしょう」

 

 そうなのだろうかとオスカーは自分を顧みる。思えば初めて剣を振るう決意ができたのは、カレンを守る時だった。あの恐ろしいオークと戦った時もカレンを守るために戦って、そして血塗れのメメを救うために剣を振るった。共通する点は誰かを守るために。自分の戦ってきた理由を振り返る。少年はぼんやりと自分の芯となるものが理解できたような気がした。

 

 

 

 

「それでは、今日はここまでとしておきましょう」

 

 オリヴィアの一言を聞いて、疲れ切ったオスカーは机に突っ伏した。勇者は周囲の微細な魔力を自分の魔力にするため、理屈の上では無限に魔術を使える。しかし魔術の発動それ自体にはある程度の体力を使うのだ。

 先日オークのデニス相手に使った聖剣の機能開放などは特に消耗が激しい。せいぜい使えても一日に一度だろう。

 

 室内には既に西日が差し込んでいた。魔法学院も今日の授業を終了したのだろう。先ほどまでは聞こえなかった生徒たちの喧騒が聞こえる。オスカーは力を振り絞って顔だけオリヴィアに向ける。

 

「遅くまでありがとう、オリヴィア」

「いえ、貴方も良く頑張りました。前半の集中力の無さは何だったのかという程に」

「毒があるなあ……」

「……メメさんに感謝すべきですね」

 

 オリヴィアの呟きには反応せず、オスカーが再び顔を机に乗せた。言葉とは裏腹に、オリヴィアの表情は最初よりも柔らかい。彼女は多少なりともオスカーの努力を認めていた。つい厳しくしてしまったが、彼の成長はたいしたものだとオリヴィアは思っていた。

 

 そして何よりも、その努力の方向性が好ましい。誰かを守るためなら、彼は正しく勇者として力を振るえる。まさしく勇者、というべき善良な精神性。

 そんな彼を認めたからこそ、少女は少年に希望を託す。

 

「――オスカーさん、メメさんをよろしくお願いします」

「……メメは僕なんて必要ないほど強いと思うけど?」

 

 否定的な言葉を吐きながら、オスカーには彼女が何を言いたいのか薄々分かっていた。

 

「貴方も分かっているでしょう?肉体的には確かに頑強です。きっと戦いについても良く心得ているのでしょう。しかし、なにか精神的な不安定さが目立ちます。その正体までは分かりかねますが」

 

 そこまで話すと、オリヴィアはくるりと背を向けて窓の方を眺め始めた。その視線の先には、赤い斜陽。

 彼女の言うことはオスカーも感づいていたことだ。何かに縛られているような、何かに追われているような、時折言動に表れる不安定さ。目を離したらどこかに消えてしまいそうな不安に駆られる姿。

 先日の戦いを思い返す。胸部からあふれ出した血液で全身を濡らしたメメは、けれども笑っていた。

 

「できる限りで良いのです。私も協力します。彼女を、彼女の心を守ってくださいませ」

「もちろん」

 

 オスカーにとってそれは言われるまでもないことだった。彼にはメメが赤の他人とは思えなかった。生き別れの兄弟のような、自分に似た誰かがもう一人いるような不思議な感覚。メメを放っておこうとはとても思えなかった。

 そして、彼としてもオリヴィアに同じことを言いたかった。

 

「でも、オリヴィアさんが話すだけでもメメは嬉しそうだよ?」

「……そうですか?」

 

 オリヴィアとしては、メメには何か少し遠慮されているような距離感を感じていた。最初よりはずっと仲良くなれた気はする。しかし言葉の端々から微妙な距離を感じるのだ。

 

「オスカーさんと話している時のような、遠慮のない関係のようなものは築けていないように感じます」

 

 不満げに、白い頬を少し膨らませた。大人びた彼女らしからぬ、子供っぽい仕草だった。オリヴィアは話にだけ聞いていた、平民同士の気の置けない関係というものに憧憬を抱いていた。それこそオスカーとメメのような、お互いに良い感情も悪い感情も遠慮なくぶつけあえるような関係が羨ましかった。

 

「ああ、それはきっとメメが何となくオリヴィアさんに敬意を持っているからじゃないかな?」

「敬意?」

「そう見えるよ。メメがオリヴィアさんのことが好き、とも言えると思う。……というか僕の場合は、遠慮がないっていうか単に嫌われているんだと思う……」

 

 基本的に当たりが強いのだ。情けない言動にいちいち突っかかってくるし、鍛錬の時も鋭い指摘を飛ばしてくる。

 

「そうですか?あれはある種の信頼のようなものの気がしますが……」

 

 オリヴィアから見れば、メメがあんなにも素直に自分の感情を示すのはオスカー相手の時だけだ。いつもよりもずっと、良く笑い、良く怒る。お互いの見方の相違が分かると、オリヴィアはくすりと上品な笑いをこぼした。

 

「こんな所でメメさんについて話していてもどうにもなりませんね。直接、彼女に確かめてみた方が良いのではないですか?」

「それもそうだね」

 

 少し距離の縮まった二人は、柔らかく笑い合った。

 

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