TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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26 人でなしの感情

「自罰なんて辛気臭いだけだ。誰も幸せにしない」

 

 そんなことは分かっている。俺は別に幸せになるために生きているわけではない。

 

「お前がいかにも不幸そうな顔をしているだけで周りの人間の幸福を阻害しているのだ。分かっているはずだ」

 

 うるさいぞ。

 

 

 

 

 嫌に不快な夢を見ていた気がする。しかしその内容が思い出せない。ゆっくりと上体を起こして、思考が明瞭になるのを待つ。風の音が耳に入った。

 

「おはようございます、メメさん。遅刻ですよ」

 

 唐突に響く無機質な声。いつぞやのように、ベッドの脇に長身の男が立っていた。

 

「おわああああ!お前寝床に立つの本当にやめろよ!ビビるだろ!」

「ビビり顔が見たかったので。お許しを」

「タチ悪いな!?また勘違いされるだろうが」

「それもそうですね……。次からは控えましょう」

 

 分かっていないような感情の籠らない声でジェーンが言う。またもや、窓は勝手に開けられていた。窓から他人の部屋に入り込むのは、女神の眷属の常識なのだろうか。

 

「武具店を見て回るのでしょう?私の準備はできていますから、早く行きましょう」

「ああ、そうだったな。すまん。着替えるからちょっと待ってくれ」

「はい、待っています」

「……いや出て行けよ!」

 

 ちょっと待てと言われたジェーンは言葉通りに部屋の中で待とうとしだした。前から感じていたが、こいつには人間の常識というやつは全く通用しないらしい。

 

 

 

 

 武具店を見て回るのにわざわざジェーンを連れてきたのは、柄の悪い奴らに絡まれるのを避けるためだ。前回武具店のある王都東を訪れた時には、柄の悪い男たちに随分と絡まれた。

 その時の経験からも女一人であそこに行くのは無謀だと気づいた。大変不本意な事実であろうと認めざるを得ない時がある。

 

 

 武具店の周辺は相変わらず客層が悪い。刺繍を体中にびっちりと刻んだタンクトップの男。下品な笑い声をあげながら友人と話す、縦にも横にも大きい男。体が小さくなって彼らが余計大きく見える。

 しかし、すらりとした長身をピンと伸ばして歩くジェーンを見ると、柄の悪い男たちは目を逸らしてそそくさと逃げていく。彼を連れていくという俺の判断は正しかったようだ。

 

「あそこだ。正面のあの店」

「分かりました」

 

 目当ての店に着く。ジェーンに揉み手しながら近づく店員を尻目に店内を物色する。

 あまり期待していなかったが、やはり品ぞろえが悪い。粗悪な鋼、過剰な装飾。一つ一つ手にとって確かめるが、俺の新しい武器は見つからない。平和な時に実戦に耐え得る武器を探すのは難しい。売り出されても目ざとい冒険者連中などがすぐに買っていってしまうのだろう。

 やはり腕の良い鍛冶屋と直接コンタクトを取るべきだろうか。しかし、今は小娘に過ぎない俺が、腕利きの職人と会話ができるとはあまり思えなかった。腕のいい職人は、概して頑固で人の話を聞かない。俺が行ってもいたずら程度に思われる気がする。

 

「何か良いものは見つかりましたか?」

「いや、さっぱりだ。どれもこれも実用的じゃない」

 

 店員を振り切ったらしいジェーンが近づいてくる。

 

「ジェーン、悪いがそこの短剣取ってくれないか?そう、そこの一番上の奴」

「はい。今のメメさんでは背が足りませんからね」

「……そうだよ。だいたい武器を雑に高いところに置いてる店も悪いだろ」

「剣を扱う人間ならだいたいこれくらいの上背はあるのでしょう。貴女が小さすぎるだけですよ。貴女が」

「うるさいなあ!だいたいこの体を設計したのお前なんだろ?なんでこんな戦いに向かない体にしたんだよ」

「作ったのは顔だけですよ。後のパーツは体を再構築する過程で勝手にそうなっただけです。知りませんよ」

 

 相変わらず口を開けばこちらを揶揄ってくる言葉ばかり。……そういえばジェーンからはこういう言葉を聞くばかりだ。あまり普通に会話した気がしない。こいつがどんな性格なのかなど全く知らない。

 視線を上げて女性受けしそうな顔を見ていると、興味が湧いてきた。予想通り粗悪品だった短剣をジェーンに手渡す。彼がそれを棚に戻すのを待ってから、俺は問いかけた。

 

「――なあお前、なんでわざわざ人間の体なんて持とうと思ったんだ?俗世に興味があるようには見えなかったんだが」

 

 女神像の姿をしていた時も、長身の男の姿になった今も、その声色にはあまり感情が籠っていないように感じる。女神と同じ、人間を超越した存在である、という印象だった。

 百年も生きられない短命の人間とは違う、俗世の些事に囚われていないような無関心。感情を持たない人でなし。

 その返答も、例に漏れず感情を感じられない無機質な響きだった。

 

「そうですね。おっしゃる通り、私は人間の下らない些事には興味がありませんでした。人ひとりの生き死にも、人類の存亡も、私にとってどうでもいいことです。これでも自我を持ってから千年以上経ちますからね。感情なんて機能はとうの昔に擦り切れているはずです。――でも」

 

 自分について語っている時ですら色のない声。しかし、その後に続く言葉には微熱が感じられた。

 

「でも、貴女の生き方には興味が湧きました。その不器用で奇妙な生き方。自分の生き方が間違っていることを嫌というほど分かっていながら、同じ生き方を続けて、擦り切れた心で絶望に抗っていた。――他の人間とは違うと思いました」

「……俺は勇者だったんだ。人と違ったのは当然じゃないのか」

「肉体の強弱なんてどうでもいいことです。どうせ死ねば等しく肉塊じゃないですか。そんな些事ではありません。

 心の、在り方ですよ。勇者とは体を神に近いものに作り変えられた人間です。しかし、心だけは作り変えることはできません。心まで神のものに近づけてしまえばそれはもう、人間ではありませんからね。人を救うのは人でなければなりません。だから、貴女の心はただの人間のはずなのです。しかし、それでも、人の精神を持ったまま、否、人らしい精神を保ったまま、過酷な百年を生きた貴女に興味があるのです」

 

 語調が強まる。言葉に籠る微熱は、確かな熱となった。

 

「そう、私が興味深いのは、貴女のその愚かしさですよ!残酷な世界に精神を蹂躙されながらも、人間らしい精神を頑なに持ち続ける愚かさ!過去の死なんて忘れればいい。そちらの方が合理的です。全部巻き戻るのですから。なのに、貴女は頑として自分の罪だと思い続けている。

 道理がわからない愚かさを貴女は持ち合わせていません。むしろ合理的にものを考える人間だったはず。何故全部背負い込むのでしょう。どうして苦しいほうを選ぶのでしょう。なぜそこまで追い詰められておきながら人間らしい心を捨てないのでしょう!……そんなことを考えているうちに貴女に興味が湧いたのです」

 

 早口で言い切ったジェーンは軽く呼吸が乱れている。初めて見る姿だった。

 

「……そんなに、俺は愚かか?」

「人ならざる私にはそう見えます。おそらく人間にも」

 

 責めるわけでもない、ただ事実を述べるような、感情の乗らない声。ジェーンの言葉はいつもの無機質さを取り戻していた。断じられて、しかし俺は自分の生き方を変えようとは思えなかった。

 

「ああ、勘違いしないでください。非難しているわけではないのです。私はそんな貴女の不器用な愚かさは好きですよ。愛おしいと言ってもいい」

「……なんだ人でなし。急にプロポーズの真似事か?お断りだ」

「真似じゃないですよ。本気です」

「そういうことは情熱を込めて言うんだよ、下手くそ」

 

 冗談でもないことを言う彼の顔を見る。相変わらず頬一つ動かさない。とても本気とは思えなかった。俺の愚かしさを語っている時とは打って変わった、色のない声。

 愛なんて単なる勘違いだろう。その言葉に情なんて感じられなかった。それはきっと、ただの興味だ。

 

 魂の形が肉体に引っ張られるなら、人間の死体を肉体としている今のジェーンにもまた変化が訪れているはずだ。感情に乏しいコイツが久しぶりに持った感情に戸惑っているにすぎないのだろう。どちらにせよ男の体をしているジェーンが俺にプロポーズして何になるというのか。俺の内面を知っているくせに。

 

「帰ろう、ジェーン。これ以上無意味な物色をする気にもなれない」

 

 知りたいことは知れた。促して、店を出ていこうとする。しかし背中を向けた俺へ、今思い出したように彼が言葉をかけてくる。

 

「ああ、せっかくなのでこれだけ伝えておきましょう。先ほどは聞いていなかったようなので」

 

 振り返った俺の視界に映る彼の瞳は、真剣にこちらを見据えている。今朝聞いた時と同じ声だった。

 

「自罰なんて辛気臭いだけです。誰も幸せにしませんよ」

「だから、うるさいぞ」

 

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