TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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39 憎悪の視線

 砦からは神聖魔法の神々しい光が次々に放たれて、吸血鬼を凄まじい勢いで墜としていった。最初から吸血鬼が来ると分かっていれば、対策も立てられる。

 

 吸血鬼といっても飛べる個体ばかりではない。地上を歩いてくる個体はあまりにも数が多く、神聖魔法も追いついていない。幸い、そちらについては直接斬り伏せることもさほど困難ではない。俺たちも道を塞ぐ吸血鬼を切り伏せていった。

 しかし、いくら援護があるといっても打ち漏らしはある。地を行く俺たちにとって問題なのは上空、急降下して襲い掛かってくる強い個体だった。

 光のない闇夜から、黒い影が降ってくる。漆黒の翼を背負い、女の顔をしたそれは牙を剥き、俺を同族に迎え入れようとしていた。

 

「単純だぞ蝙蝠野郎!」

 

 迫りくる体を撃ち返すように大剣を振る。地面から垂直に振り上げられた刃が吸血鬼に迫り、双方の勢いを利用して勢いよく突き刺さった。醜い断末魔をあげながら死体に還っていく、吸血鬼と名付けられた人間の死体。

 

 自分に迫る影が存在しないのを確認してから、オスカーの様子を確認する。宵闇の中でも、輝く聖剣が躍っている様子だけは克明に見えた。彼に群がる吸血鬼たちはその輝きに本能的な畏れを抱いているようだった。どこか動きが鈍く、近づくのをためらっている。

 

 そんな状況の中で、カレンの神聖魔法は一定の間隔で、確実に成果を出していた。詠唱が終わるたびに神々しい光が飛び出し、周辺の吸血鬼たちを倒していく。神聖魔法を受けた吸血鬼たちはその歪んだ魂を浄化され、ただの死体に戻る。それは俺やオスカーに倒されたものよりもずっと綺麗で、穏やかな死体だった。

 

 勇者パーティーの外に目を向ける。騎士や聖職者が俺たちと同じように砦の外に出て戦っているのが見えた。騎士たちは何も砦に引きこもっていれば良いわけではない。後方には街があるのだ。砦を抜けて街の方に向かっていく吸血鬼は、直接刃を交えなければならない。俺たちの周囲でも、ところどころで甲冑姿が戦い、神聖魔法が飛び交っていた。

 平原を駆ける。より血の匂いの強い方へ。より敵の多い方へ。光がなく足元が見えないので、油断していると転んでしまいそうだった。そんな中で、オスカーもカレンも問題なく俺についてきていた。

 

 三人で突撃する最中、視界の端に苦戦する騎士たちの姿が辛うじて見えた。想像以上の敵の物量に、聖職者の援護が遅れている。援護するには少し遠いか。下手に魔法を撃てば味方に当たりそうだ。

 強力で、剣で軽く刺された程度では死なない吸血鬼相手に騎士たちではジリ貧のようだ。辛うじて保たれていた均衡が破れ、吸血鬼の扱う強烈な魔法に断末魔もなく前衛が倒れる。素早く死体に駆け寄った吸血鬼が、その体に牙を立てた。騎士たちの狼狽が伝わってくる。

 やがて、一度倒れ伏した騎士が不自然な挙動で起き上がった。表情のない顔、目には血への渇望。それはかつての同族の血を求める鬼と化していた。

 

「はやく倒せ!今なら剣で倒せる!」

 

 思わず、遠くから声をかける。血を吸った吸血鬼は今度はカレンの方に向かってきて、オスカーと刃を交えていた。あの生まれたての眷属さえ倒せれば彼らは生き残れる。

 しかし、騎士たちは明らかにかつての仲間に剣を振るうことをためらっていた。動きが鈍い。パンデミックの予感。あのままにしておいたら騎士の姿をした眷属が増える。

 

「アタシが助けに──」

「ダメだ!オスカーの援護を止めるな!死ぬぞ!」

 

 カレンの言葉に、一瞬夢がフラッシュバックする。そのせいで震えた声が嫌に響いた。落ち着け。動揺は後だ。一瞬で頭の中の余計な感情、焦りを無理やり排除する。

 冷静に判断しろ。最適解を選べ。それは未来を知る俺しかできない。いつもそうだ。

 

「『炎よ!我が敵を穿て!』」

 

 俺の打ち出した炎は遠くにいる眷属の頭に直撃し、それを首無しの死体へと変えた。

 

「き、貴様──」

 

 目の前で仲間を燃やされた若い騎士が激昂していた。怒りのままにこちらに駆け出そうとするも背後の騎士に止められる。

 

「馬鹿止めろ!そんなことしてる場合じゃないだろ!」

「そうだ!目の前の敵に集中しろ!俺を許さなくていい!」

 

 若い騎士の憎悪の籠った視線にどうしようもなく高揚する。罪深き俺を断罪するような、嫌悪の瞳。体がカッと熱くなり、麻薬のように幸福感が全身に漲る。嗚呼、俺は今、正しく俺の罪を罰せられている。

 

「……メメちゃん……大丈夫?」

「……?ああ!最高の気分だ!」

 

 だって、彼が俺を背後から貫くその時まで生きなければならないではないか。断頭台への十三階段を登る俺の、なんと幸せなことか!

 ウラウスのいるだろう方に向けて駆けだし、高揚感のままに剣を振るう。期待よりも信頼よりも心配よりも、その憎悪は何より俺を高揚させた。

 

「二人は左の一体を頼む!俺が右側を抑える!」

「無茶だよメメ!数が多すぎる!」

 

 脳内が幸福で満たされている今なら何でもできる気がした。三体の吸血鬼の前に躍り出ると、すぐさま鋭利な爪先が襲い掛かってきた。速い。先ほどまでの平凡な個体と同じと考えて突っ込んだのは得策ではなかったかもしれない。

 一つを避け、一つを剣で弾き、もう一つは俺の腿のあたりに突き刺さった。

 

「──ッ……オオオオオ!」

 

 嗚呼、痛覚!罰!幸福で弾け飛びそうな脳髄はしかし、最適解を選び取っていた。爪が俺の体に突き刺さり、一瞬動きの止まった吸血鬼の心臓を貫く。二百年以上生きているような、特別強い個体でもなければこれで殺せる。

 

 すぐさま反撃が飛んでくる。今度は二つ。致命傷になり得る牙に剣を突き出して、もう一つの爪は俺の眼球を掠め、左の視界を奪っていった。視界の半分が赤に染まり、何も見えなくなる。やはり、肉体の脆弱さが目立つ。──望むところだ。

 吸血鬼の食いついた剣はそのままに、左手に氷柱を形成する。今なら一体は倒せる。俺は頭上から迫りくる爪を無視して、目の前の吸血鬼の心臓に氷の剣を突き立てた。怨嗟の声を上げながら吸血鬼の体が沈む。そして俺は、迫りくる爪に──

 

「メメちゃん!伏せて!」

 

 体が反射的に言葉に従って、身を屈める。夜闇を切り裂く光が頭上を通った。カレンの放った神聖魔法が寸分たがわず吸血鬼の頭を打ち抜き、その体を打ち倒した。

 

「大丈夫!?傷見せて!」

 

 カレンがすぐに駆けてくる。その表情は真剣だ。

 

「たいしたことないよ。心配してくれてありがとう」

「たいしたことあるよ!アタシにその顔と足の傷が見えてないと思ってるの!?いいから座って!」

 

 すごい剣幕のカレンにその場に座らされる。すぐさま治癒魔法が俺の体にかけられた。

 

「……もう、あんな無茶しないでよ」

 

 ぽつりとカレンが呟いた。

 

「ああ、できる限り怪我は避けるよ。心配してくれてありがとう」

「本当に分かってる!?あの調子で戦っていたらいずれ死んじゃうよ!アタシも助けられない時がある!どんな怪我でも治せるわけじゃないんだよ!?」

 

 ──分かっている。

 

 

 

 

 闇の中には血の匂いを漂わせる怪物たちが蔓延っている。時折、曇り空に雷鳴が響き、それに貫かれたいくらかが倒れ伏すが、それでもなお数が多かった。

 徐々に俺たちへの反撃が激しくなっていく。間違いなく敵陣の中枢まで来ている証拠で、頭脳であり、最も強い吸血鬼のすぐそばまで来ている証拠だった。

 

 今から見れば未来の話、魔王軍の全容が明らかになった時に、その個体に与えられた識別名は「貴族気取りの吸血鬼」。名乗る名前はウラウス。数多の人間を眷属として人間領に侵攻しようとする、三代前の魔王の頃から生き続けている強力な魔物だ。

 人類は歴史の中で幾度となくコイツと戦っている。しかし今にいたるまで三百年近く、討伐できていない。時の勇者と遭遇したこともあるにもかかわらず、毎回上手く逃げおおせている。

 

 

「そんなに急いでどこに行くのかな?今世紀の勇者、未熟な者よ」

 

 ふいに、上空から声がした。聞く者が思わず身をすくめるような、威厳に溢れた声。王国の王とはまた違った、相対するすべての存在が思わず平伏してしまうほどの傲慢な自信に溢れていた。

 声をかけてきたそれは、上空に、立っていた。重力など存在しないように振舞いながら、漆黒の双翼はびくともしていない。微動だにせず空中でとどまっている。今まで見た吸血鬼と比べて、それは明らかな異質さだった。そして俺は、そいつを良く知っている。

 

「あれが話にあげていた吸血鬼、ウラウスだ。オスカー、迂闊にカレンから離れるなよ」

 

 声が少し硬くなったのが自分でも分かった。剣を握る手に力が籠る。果たして今の俺に倒せるのか。不安が募る。思わず後ろの二人の顔を確認したくなった。

 しかし、そんな感情の揺らぎすらも、ウラウスの顔を見れば吹き飛んだ。幾度も殺してやろうと思った、美しい顔。手も足も出ずにただ弄ばれた時の記憶が蘇り、その時の憎悪で、他の感情は流されていくようだった。

 

 戦端を開いたのは俺だった。重心をグッと下に溜め、一気に跳躍する。一直線に中空のウラウスの元に飛び込み、大剣を突き出す。直撃すれば生命力の高い吸血鬼といえど重症は免れなかったであろう神速の突きは、しかし真正面から素手で受け止められた。俺の背後から追従するように神聖魔法の光が飛ぶが、ウラウスはひらりと身を躱してしまった。

 重力に従って地面に舞い戻る。やはり腕力が足りないらしい。そしてウラウスの俊敏さも相変わらずだ。今の俺では捉えられるか怪しい。

 冷や汗を垂らす俺を、ウラウスは黙って見下ろしていた。背中に汗が滲む。しかし、俺の心は激闘の予感に昂っていくばかりだった。どうやら長い戦いになりそうだった。

 

 

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