TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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51 人魚

 東西に領土が大きく広がる王国は、その東西の端を海に囲まれている。そのため、海産物の漁が頻繁に行われ、新鮮な魚介類が王都まで届くことも珍しくない。しかしこの大陸で漁を行う際に注意しなければならないのが、海に住まう凶暴な魔物の存在だ。

 

 王国の北西部、その湾岸には、アルパと呼ばれる漁港が存在する。この地の海は、珍しくて美味な魚介類が取れることで有名だ。しかしながら、その漁港を行き来する船の数はあまり多くない。

 

 アルパの漁師といえば、稼げるがとても危険な仕事であることであまりにも有名だ。この地の荒れ狂う海が航海を困難にしているのはもちろんだが、何よりも漁師たちを苦しめるのは海に住む魔物たちの存在だ。

 例えば、イカのような形をした、巨大な魔物。船よりもずっと早く泳ぎ、人間の肉を食らおうと襲い掛かってくる巨大魚。その他にも人間を食料とせんとする魔物が多数生息していて、例をあげればキリがない。

 だから、この地の漁師といえば、冒険者のように魔物と戦うことができるほど腕の立つ者しか生き残れないことで有名だ。

 

 アルパの漁師とはすなわち、単に漁の技術を身に着けているだけでなく、魔物との戦闘技術をも習得している強者たちの呼称だ。

 

 

「十二時の方向!巨大イカがいるぞ!」

「投擲準備を急げ!初撃で仕留めなければ全員死ぬと思え!」

 

 荒れ狂う海上、その船の上で複数の人影がせわしなく動き回る。向かう先には、船にも匹敵するような巨大な魔物の影が聳え立っていた。

 この危険な海域で漁を続けていられた漁師たちの動きは機敏で、船上での戦いにおいては王都の騎士をも上回る練度を見せていた。

 屈強な男たちが、一斉に銛を構える。海中の強力な魔物も仕留められるように魔石を仕込んだ特別性だ。

 

「放て!」

 

 号令と共に、一斉に投擲が始まる。凄まじい勢いで投げられた銛は、一つ残らず巨大な影に直撃した。突き刺さった銛は、ただちに事前に籠められた魔術を発動させる。巨大イカの体内に侵入した切っ先から、体内の水分が凍っていく。水分を凍らす魔術は、水上で戦う彼ら漁師にとって使い勝手の良い魔術だ。その効力を発揮する魔石を、漁師たちは金を惜しまず購入して船に搭載していた。

 白く透き通るような体表から、鋭い氷柱が突き出す。巨大イカが苦し気に身を捩るたびに高波が発生し、船を大きく揺らした。

 やがて、巨体が力を失って水面に浮いてくる。体内から氷の塊に蹂躙された巨大イカは、あっさりと人間によって討伐された。

 

「でかした!今回のはデカいぞ!」

 

 銛を突き刺し巨体を回収する男たち。手慣れたその様子は、何度も巨大イカを討伐してきたことを示していた。

 難敵を倒し安堵した船内には弛緩した空気が流れ、男たちは雑談に興じ始めた。その時だった。どこからともなく、歌が聞こえてきたのは。

 

「あれ?なんですかこれ。若い女なんて船に乗ってたんですか?」

 

 若い漁師は、ヘラヘラしながら年配の漁師に聞く。しかし返答はなかった。経験豊富な漁師は、皆一様に顔色を変え、唾を飛ばしながら指示を出し始めた。

 

「港に戻るぞ!急げ!」

「海に飛び込もうとするやつがいたら止めてやれよ!二度と戻ってこれないぞ!」

 

 巨大イカにすら動揺を見せなかった漁師たちのただならぬ様子に、若い漁師はおずおずと尋ねた。

 

「……なにが起こってるんですか?」

「決まってるだろ!人魚が近くにいるんだよ!」

 

 それだけ言ったきり、老年の漁師はどこかに行ってしまった。若い漁師は人魚という存在がどんなものなのか分からず、困惑した。

 巨大イカすら倒してしまうアルパの漁師たちが、いったい何を恐れるというのか。吞気に考えている若者の目の前に、突如中年の漁師が飛び出してきた。その瞳は定まらず、正気でないように見えた。

 

「あの……」

「どけ!うわああああ!」

 

 若者を突き飛ばした中年漁師は、船の端まで走っていくと、そのまま荒れ狂う海へと飛び込んだ。

 

「……はっ?」

「一人飛び込んだぞ!」

「もう助からない!見捨てるんだ!」

「可能な限り耳を塞いでいろ!歌を聞きすぎるとさっきのやつの二の舞だぞ!」

 

 犠牲者が出て、船内はいっそう慌ただしさを増す。混沌としだした船内を呆然と眺めていた若者には何が起こっているのか分からなかった。どうして歌一つに彼らが動揺しているのか分からない。こんなにも美しい歌なのに──

 混乱する若者は、愚かにも歌を聞いてしまった。美しい旋律だった。悲しいようで嬉しいようで、何かを懇願するような、寂しさを感じさせる歌だった。

 脳内が自分のものではない思考に犯されていく感覚。しかしそれを不快に思うことすら叶わず、ただ旋律に酔いしれる。若者は、なぜか海中に向かわなければならないような気がした。

 

「う、うわあああああ」

 

 海に飛び込む。荒れ狂う海中はとても泳げそうになかったが、若者には少しも不安はなかった。

 歌のところに行けば。歌に向かって進めばいい。海中でも旋律はずっと頭の中で流れ続けていて、若者を誘っているようだった。必死に手足をばたつかせて音の元へと向かった若者は、そこで人魚を見た。

 

 

 

 

 アルパの漁師たちには、代々海に住まう魔物達の生態とその対処法について事細かに口伝えされている。その中でも人魚の伝承については、危険度の高いものとして、海に出る漁師は良く聞かせられる。(先ほどの若い漁師は、老年の漁師の話をあまり真面目に聞いていなかった)

 

 美しい歌が聞こえてきたら気を付けろ。深海に住まい人を食らう、恐ろしい人魚様のお出ましだ

 

 第一に、陸を目指せ。その日の稼ぎは捨てろ。

 第二に、歌を聞くな。耳を塞げ。魔力を持った歌を完全に防ぐことはできないが、助かる確率は上がる。

 第三に、歌を美しいとおもうな。それは邪悪な魔物の甘い誘惑だ。たとえどれだけ美しい旋律であっても、感じ入るな、聞き入るな。

 最後に、海に飛び込んだ仲間は見捨てろ。もう絶対に帰ってこれない

 

 ◇

 

 

 海の中には、既に歌に引き込まれた人間が複数漂っていた。酸素を失いだらんと体を投げ出した彼らには素早く影が迫り、その体をどこかに連れ去っていく。その泳ぐ影こそが、屈強な漁師たちの恐れる人魚。人の女のような上半身をしながら、人を捕食する魔物だ。

 深海にその艶艶とした尾ひれを横たえて、その人魚は今日も今日とて捕まえた人間を貪っていた。長い間海中にいた男は既に息がなく、されるがままに体を捕食されていた。その傍らには、それを見上げる子どもの人魚がいた。

 

「お母さん、それ美味しいの?」

「あんまり美味しくはないかなあ」

 

 苦笑する母親は、太い右腕を咀嚼しながら答えた。

 

「でも、生きていくためには食べないとだからね」

 

 人魚たちの生態はある意味で魔物らしいものだ。生きるために、人間を殺し、食らう。絶対に人間とは相いれない種族。

 

「お母さんは人間が嫌いなの?」

「嫌いじゃないわ。嫌いだから殺すんじゃないの。……昨日聞かせたお話、覚えてる?」

「うん!人魚のお姫様が人間の王子様に恋する話!」

「あの話みたいにね、私たちは人間と恋ができるの」

 

 その口ぶりは、できる、ではなく、したい、と言っているようだった。年若い容貌をした母親の表情は、恋に恋する少女のようだった。無邪気な子どもはそれには気づかない。

 

「お母さんは恋したことあるの?」

「それがないのよ。いつも顔を見る前に食べちゃうから」

 

 クスクスと、母親が笑う。少女のような顔で。

 

「……でもね、セレネ。私の可愛いセレネ。あなたには、恋をしてほしいの。私たち人魚に恋はできない。あんなに綺麗な二本の足は持っていないから愛してもらえない。でも、あなたはなんの奇跡かそれを授かった。──だからねセレネ。人間と愛し合って、そして、子どもを産むの。半分が人間のあなたなら、きっと人間と子どもを産むことができる。──そうして、私たちの人魚に生まれるという呪いを、終わらせてほしいの」

 

 切実な声で少女に語りかけていた母親の人魚が人間に謀殺されたのは、それから数日後のことだった。

 

 

 

 

 バッドエンドの記憶 洗脳

 

 

 

 

 騎士たちと共に馬車に揺られること数日、俺たちはついに、大神教の本部に辿り着くことができた。人気のない海岸の一角、その洞窟はひっそりと存在していた。

 

 入口に集い、突入しようとする騎士たちにはピリピリとした緊張感が漂っていた。先日の自爆攻撃すら厭わない大神教の攻撃は記憶に新しい。同じ人間とは思えないほどの彼らの狂気は、俺の心に深く印象づいていた。

 王都の被害は決して軽くなかった。彼らの目的だったらしい女神教の最高司祭の殺害は阻止できたが、騎士、一般人、共にそれなりの死者が出てしまった。騎士たちの厳重な警戒の中で、だ。その事実は騎士たちのプライドを傷つけ、同時に彼らから慢心を奪った。

 

 現場の指揮官が声を張り上げる。

 

「総員、気を引き締めろ!今回の目的は捕縛ではなく殲滅だ!生け捕りは考えなくていい!全力で剣を振るわなければ仲間が死ぬと考えろ!──突入!」

 

 甲冑姿の男たちが洞窟の狭い入口に殺到する。俺もまた、騎士の背を追って薄暗い洞窟の中へと入っていく。

 じめじめとした暗い洞窟内は、ずっとここにいたら気が滅入ってしまいそうだった。通路は大きく、三人程度なら横になっても歩けるほどだった。時折目に入る松明が、この洞窟が日常的に使用されていることを教えてくれた。

 

「敵がいる!灯りを!」

「囲め!数はこちらが上だ!」

 

 暗い通路を進み続け、暗闇にも目が慣れてきた頃、前方には王都でも見た黒ローブの姿が見えた。素早く散開し、躍りかかる影たち。各々の武器を構えた彼らは、暗闇の中でも機敏に動いて騎士たちを翻弄していた。

 しかし彼らは元々ただの平民。騎士たちの鋭い剣先に、信者たちは一人、また一人と倒れ伏していった。その後数度接敵したが、仲間を殺された騎士たちの集中力と気迫はすさまじく、俺には剣を振る機会すら与えられなかった。

 

「灯りがあるぞ!こっちだ!たくさんいる!」

「油断するな!盾持ちから先に出ろ!」

 

 一方的に信者たちを倒して、やがて辿り着いたそこは、洞窟の最奥だった。退路のない内部には、追い詰められたらしい信者たちが数十名集っていた。その姿を認めた騎士たちに容赦はなかった。

 

「仲間たちの仇だ!行くぞ!」

「一人残らず殺せ!」

「偽女神の手先どもがノコノコ現れたぞ!殺せ!」

「くそっ、真なる信仰を解さぬ愚か者どもがあああ!」

 

 怒号が響き、決して広くない洞窟の中で反響する。搦め手など介入する余地のない、閉所でのぶつかり合い。身体能力、魔力ともに優れた騎士たちが負ける道理はなかった。黒ローブに身を包んだ影が次々と倒れ伏す。血飛沫が舞うたびに騎士たちは歩を進め、やがて立っている信者は一人もいなくなった。

 

「これで全員か?」

「油断するな。相手は卑劣な狂信者どもだぞ」

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように洞窟が静かになる。静寂の中、生き残りを探す騎士たちは最奥に存在した白いベールに目をやった。洞窟の一角を隠しているそのベールは、先ほどまで殺戮の真っただ中にあった洞窟内に存在するにはあまりに不釣り合いだった。清潔感のある絹の布地には、血一つ付いていない。

 

 騎士たちが布地の向こうを注視する。騎士たちの血走った目を集め、気品すら感じさせる白いベールが、ゆっくりと幕を上げた。

 その奥にいたのは、一人の女だった。大きな瞳に、蠱惑的な厚い唇。背中に流された艶やかな蒼髪。何気ない仕草一つにすら色気を感じさせるほどの、美しい女だった。

 彼女はたおやかな仕草で幕を持ち上げると、自分を見つめる数多の目線を認める。すると、劇役者さながらに騎士たちにウィンクをくれてやった。その余裕に溢れる態度は、血生臭い洞窟の中で極めて異質だった。

 

「生き残りだ!殺してやる!」

「待て、捕虜かもしれない。話を──」

 

 不自然に途切れる声。その騎士たちがそれ以上声を上げることは二度となかった。──血が降り注ぐ。二人の騎士は、お互いの首を撥ね、刺し違えていた。

 

「なっなにを……」

 

 そして、気づく。緊迫した洞窟内に、歌が流れていることに。

 

「LaLa──」

 

 美しい歌声は、ベールの奥から現れた女のものであるようだった。それは、これ以上美しい旋律は存在しないと思わせるほどの、至高の歌だった。ひとたびそれが耳に入れば、その歌に酔いしれ、何も考えられなくなってしまうほどの、美しいメロディー。

 

 呆然と、歌に酔いしれる。いつの間にか体は動かなくなっていった。驚愕に顔を歪めることも、声を上げることすら叶わない。他の騎士たちも同じように石像にでもなってしまったように動かなかった。

 

 歌が止む。再び洞窟に静寂が訪れる。先ほどまでとは打って変わって、この場を制圧しているのは屈強な騎士でも選ばれし勇者でもなく、妖艶な女ただ一人だった。

 

「勇者様が出張ってきていると聞いたのだけど、案外あっけなかったわね」

 

 石像のように動かなくなった騎士たちの間を縫って、女が歩いてくる。全てが時を止めたように動かなくなった世界で、女だけが優雅に足を進めていた。

 嗜虐的な光を灯した瞳は、疑いようもなく俺に向いていた。明らかに自分に害意を持っている相手が目の前にいる。しかし命の危機を察知しても、体は全く動かなかった。

 

「──!」

「その剣、切れ味が良さそうね。──ちょっと試し斬りしてくれない?」

 

 女の言葉を認識した途端、俺の右腕が勝手に動き出す。聖剣を握った手が振り下ろされたのは──隣に立っていた騎士の体だった。

 断末魔を上げることすら許されず、倒れ伏す騎士の体。殺した。俺の手で、殺した。

 

「──!──!」

「あらあら、勇者様の反乱なんて、大変ね」

 

 女が嘯く。あまりにも軽い、ふざけた言葉。ありったけの力を籠めて女に斬りかかりたいのに、動けない。自分の体が制御できない。

 

「少し、お掃除に付き合ってちょうだい」

 

 再び、体が勝手に動き出す。振り下ろされる聖剣が身動き一つしない騎士を甲冑ごと斬り捨てる。悲鳴も怒号も上げることは許されず、洞窟にはただ騎士たちが倒れ伏す音だけが響いていた。

 

 

 

 聖剣の剣先から血が滴り、水音が静まりかえった洞窟の中に響いた。眼下に折り重なるように積み重なった騎士たちの死体は、全て俺が殺したものだ。

 操られた俺の手は、極めて効率的に棒立ちした騎士たちを殺していった。人体の急所である首を作業の如く機械的に切り裂く様は、とても自分の体の行ったこととは思えなかった。それは、自分という存在の確証すら揺らぐような根源的な恐怖だった。

 

「アハハハハハ!何が勇者よ!そのへんの凡人と変わりないじゃない!」

 

 言い返すことも、斬りかかることもできなかった。どれだけ力を籠めても体を動かすことはできず、俺は騎士たちの殺戮劇を特等席で見ることとなった。

 

「でも単調すぎて飽きちゃった。少し、趣向を変えましょう」

 

 女が指を鳴らす。パチンという音が洞窟に響くと、処刑を待つばかりだった騎士が一人だけ動き出した。

 

「うわああああ!」

 

 おぞましい光景を見せられ続けていた騎士は、一目散に出口へと走り出した。しかし、その彼の背を操り人形となった俺の体が追う。

 

「やめろ!来るな!あああ死にたくない死にたくない死にたくない!」

「安心して?簡単には殺してあげないから」

 

 興奮にうわずった女の声を聞くと同時に、聖剣が振り下ろされる。その軌道に、違和感を覚える。先ほどまでは首筋に真っ直ぐに向かっていたのに、今回の剣先は──

 

「アアアアア!」

「アハハハハ!最高ね!」

 

 人類の切り札たる聖剣は、騎士の左足を切り飛ばした。足を失った騎士が、全力疾走の勢いのままに地べたに倒れる。俺の体が、這いつくばる騎士の顔を覗く。彼は転倒の衝撃で血だらけになった顔を、俺に向けてきた。

 

「頼む殺さないでくれ。お前を馬鹿にしていたことは謝るから。だから許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ……」

 

 足を振りあげる。そして、ブツブツと繰り返す騎士の脳天を、勢いよく踏みつぶした。物言わなくなる騎士。しかし息はまだあるようだった。そのまま、二撃、三撃。

 騎士の髪を掴み引き上げる。自分の血で真っ赤に濡れた顔だったが、しかし瞳だけが涙に光っていた。そして、叩きつける。べちゃっという音がして、それ以来その騎士が起き上がることはなかった。

 

 

 その趣味の悪い演劇は女の満足のいくものだったようで、それから俺は何度も凄惨な劇に付き合わされることになった。手足を切り飛ばされたまま放置された騎士。素手で絞め殺ろされた騎士。死ぬまで殴られ続けた騎士。冗談のような死に方をした騎士たちが美術品の如く並べられて、女は至極満足そうだった。

 もうやめて欲しい。願望はいつしか懇願にまで変わっていたが、俺の口がそれを伝えることはなかった。そうして、俺の両手はかつてないほどの血に塗れることとなった。

 

「あー面白かった。あなたは?どんな気持ち?」

「……早く、殺してくれ」

 

 本心からの言葉だった。既に罪に塗れた俺の手はかつてないほど穢れて、それでもなお諦めずにいられるほど俺は強くなかった。

 俺の言葉を聞いた女が嘆息する。

 

「つまらない回答ね。……ねえあなた、死ねば全部リセットできるとか思ってる?自分の不甲斐なさのせいで殺した命をなかったことにできるとか思ってるでしょ」

「思ってなんか……」

「いいや、思ってる。三百年を生きる人魚から助言してあげる。──せいぜい百年程度の人の一生を終わらせるくらいで自分の罪をなかったことにできるなんて思わないことね」

 

 それは、人生を繰り返す俺に重くのしかかる言葉だった。返す言葉もなく、沈黙する。

 

「……多少いい顔するようになったじゃない。諦めより絶望の方が好きよ?じゃあ、最期に自分を殺してね」

 

 

 体は全く動かないのに、心臓だけがどくどくと命の危機を訴えかけてきている。目を逸らすことも耳を塞ぐことも許されない。

 

「ああ、勇者様だっていうから期待していたんだけど、結局最後まで私の支配下だったわね──無様ね」

 

 女の唇が弧を描く。クスクスと嫌な笑い声が洞窟に反響した。

 

 聖剣を握り直す俺の手。切っ先は自分の心臓へ。そのまま突き出された刃は真っすぐに俺を貫いた。

 

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