TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~   作:恥谷きゆう

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64 狼たちは満月に吠える

 その日の魔物たちの襲撃は、深夜だった。

 

「起きろ寝坊助ども!顔を洗って表に出ろ!お客様のお出ましだぞ!」

 

 表から騎士の怒鳴り声がする。その内容を理解した俺の頭は急速に覚醒する。素早く外套を羽織り、ベッドの脇に立て掛けていた大剣を手に取る。

 真っ暗な外に出ると、ちょうど松明を持った騎士が仲間たちを叩き起こしているところだった。

 

「状況は!?」

「森に総攻撃だ!今までで一番激しい!」

「了解!」

 

 仲間たちの到着を待たず、1人で先に戦場へと向かう。既に怒号と遠吠えが聞こえた。松明と白刃の煌めく戦場は、確かに今までで一番の激しさを見せていた。

 

「光魔法はまだか!?視界が悪すぎる!」

「『光よ』これで十分か?長持ちはしないが」

「あ、ああ。助かったよ──」

 

 返答を待たずに、狼の群れへと斬りこむ。そして、気づく。今までは四足歩行の狼だけだったのに、今は敵の中にワーウルフの人型の姿がある。どうやら、敵も今回は本気らしい。おあつらえ向きに、今夜は満月だ。ワーウルフ、人狼の力は、満月の夜に最も高まる。奴らからしたら、攻め時なのだろう。

 

「ワオオオオ!」

「フッ!」

 

 迫りくる四足歩行の影を斬り捨てる。

 

「光源の届くところまで下がれ!今回の襲撃は敵も本気だぞ!」

 

 ワーウルフの加わった魔物たちは、明らかに統率が取れるようになっている。今までの襲撃と同じような感覚で対処していれば、遅れを取ってしまうだろう。

 相次ぐ襲撃で、騎士たちは良くも悪くも狼型の魔物の対処に慣れてきている。急に攻め方の変わった狼たちの動きに苦戦しているようだった。

 

「ワオオオオ!」

「く、来るぞ!」

 

 ワーウルフの遠吠えを合図に、一斉に突っ込んでくる狼たち。深夜の襲撃に未だ人員が揃わない騎士たちでは、対処が間に合わないだろう。素早く思考を巡らし、この状況に最適な魔術を使う。

 

「『炎よ、障壁となれ!』」

 

 短く詠唱する。暗闇に、炎のカーテンがかかった。視界いっぱいに広がるそれは、飛び込んできた狼たちを一瞬で丸焦げにしたらしい。こちらに転がってきた狼は、全て息絶えていた。少なくない魔力を使ったことで、少しの脱力感を覚える。

 

「た、助かりました、メメ殿」

「──まだだ、来るぞ!」

「ォオオオオン!」

 

 夜空に飛ぶ影が見えたので、鋭く警告する。俺の作った炎のカーテンの高さは、人間の二倍ほどの高さがあった。しかし、四足歩行の獣たちは宙を舞いそれを飛び越えた。

 小さな、されど獰猛な獣の影が、鳥のように空を飛んでいる。そして、重力に従って凄まじい勢いでこちらに迫って来た。

 

「クソッ!──ガッ!」

 

 天より落ちる顎に対処できず、1人の騎士が頭から噛まれる。鮮血が夜闇に迸った。

 俺の元にも、狼が落下してくる。重力の力を借りて猛スピードで突っ込んでくるそれを、

 辛うじて躱す。爪が僅かに顔を掠め、痛みが走った。

 

 

「畜生!今までそんな芸当見せてこなかっただろうが!」

「ワーウルフがいるんだ!敵に人間の司令塔がいると思え!」

 

 叫びながら、落ちてきた魔物に対処する。おそらく今のは狼が跳躍したのではなく、ワーウルフによる狼の投擲だろう。同族を敵の元に投げ入れるという判断を一瞬で下した。奇襲の優位が覆らないうちに、少しでもこちらの戦力を削ろうという魂胆だろうか。相変わらず、嫌になるほど知能が高い。

 

「来るぞ!第二陣だ!」

 

 地上に降り立った狼たちへの対処も十分にできないままに、再び獣たちが宙を舞っていた。

 

「──まずい」

 

 地上と空中からの同時攻撃。今の騎士の数じゃ対処できない。

 

「──『氷よ、我が敵を穿て』」

 

 混沌としてきた戦場に、凛とした声が響く。打ち出された氷柱が、宙を舞う狼たちの無防備な躰に突き刺さる。

 

「オリヴィア!」

 

 頼もしいオリヴィアの姿。その後ろには、オスカーとカレン、ジェーンの姿もあった。

 

「勇者パーティーが来たぞ!」

「これなら勝てる!おいお前ら、気合入れ直せ!」

 

 頼もしい援軍に、騎士たちの士気も上がる。

 

「メメちゃん!その傷は大丈夫なの!?」

 

 言われて初めて気づく。額から伝う血がこめかみを伝い、顔を濡らしている。

 

「かすり傷だよ。問題ない」

「『女神よ、彼の者に癒しを』大したことなくてもアタシに言ってよね!その傷でメメちゃんが死んじゃったら悔やんでも悔やみきれないよ!」

「ああ、ありがとう」

 

 カレンに背を向け、戦場の様子を眺める。炎のカーテンを飛び越えてきた狼たちの対処もオスカーやジェーンの力で進んでいる。勇者パーティーの面々が到着した後も、起き出してきた騎士たちが続々と戦線に加わっている。

 ひとまず、この場をしのぐことには成功したようだ。とはいえ、敵はこの炎の向こうにまだたくさんいることだろう。

 

「俺の魔術がそろそろ切れる!警戒しろ!」

 

 おそらく、勢いの弱まってきた炎のカーテンの向こうでは、獣どもが突撃の時を今か今かと待っていることだろう。

 

「オリヴィア、炎が切れるのと同時に魔法を放ってくれ!」

「承りました!『──今は亡き氷の神よ──』」

 

 少しの静寂。オリヴィア、それにジェーンの詠唱だけが、朗々と響いた。人類の守護者たちの緊張が高まる。

 やがて、煌々と燃えていた炎が切れる。その瞬間、狼たちは解き放たれた。

 

「オオオオオウ!」

「『──我が敵を穿ち給え!』」

 

 姿勢を低くし疾走する狼たちに、オリヴィアの放った氷柱が殺到した。獣たちの鮮血が舞ったが、それでも全滅させるには魔物達の数は多すぎた。

 

「『大神に創られた完全なる泥人形よ、完全なる肉体を持って蘇り給え』」

 

 ジェーンの重々しい詠唱が完了し、いつだか見た泥人形が姿を現す。禍々しい存在感を放っているそれは獣の本能を刺激したようで、狼たちは動きを僅かに怯ませた。

 

「ハアアア!」

 

 その隙に、すかさずオスカーが斬りこむ。聖剣の黄金色の輝きが夜闇に舞い、魔物たちを蹴散らした。

 

「『女神よ、彼の者に癒しを』」

 

 カレンは負傷し後ろに下がった騎士たちを、素早く治療していた。次々と回復した騎士たちが戦場へと復帰していき、前線は徐々に安定感を取り戻していった。起きてきた騎士たちも続々と合流してきて、人間たちは徐々に異形の軍隊を押し戻していく。

 

 このまま今日の襲撃も乗り越えられるかと思った、その時だった。

 

「う、後ろだ!人狼が紛れこんでる!」

 

 混沌を呼び込む叫びがした。

 

 

 

 

 恐れていた事態だった。人狼は普段はほとんど人間と同じ容貌をした魔物だ。それゆえ、人間の中にスパイとして紛れ込まれると、非常に厄介な存在となる。

 情報を流すなどのスパイ行為はもちろん、戦闘力にも優れている人狼は、人間たちの背後に突然現れるだけでも脅威となる。

 加えて、今回は奇襲を受けている戦況での発覚だ。

 

「ッ……マズいぞ!後方に割けるような人員なんていないぞ!」

「オスカー、1人で耐えれるか?」

「僕は大丈夫!──メメ、1人で行かないで!」

「私が付いていきましょう」

「ジェーンさんが付いていくなら安心ですわね。こちらは大丈夫なのでお願いいたします」

 

 素早く戦場を離脱して兵舎や宿舎のある街の方に走ると、素早くジェーンが付いてくる。仲間たちの安全を可能な限り確保したかっただけに、予想外の増援に悪態をつく。

 

「余計な事言ってくれたな。アイツらがやられたらどうするんだよ」

「彼らなら大丈夫でしょう。というか、あれだけ仲間たちに心配されて、また強情に1人で行動する気だったのですか?」

 

 その通りだ。その言葉に理があるのは分かるが、しかし合理だけで動けるほど俺の心は強くなかった。

 

「……心配なのは俺も一緒なんだよ」

「伝わってると思いますよ」

 

 その後は、無言で走った。俺もジェーンも話さず、ただ後方の拠点へと向かう。

 やがて、騒がしい音が聞こえてくるようになった。音の出どころでは、戦場に出遅れ、兵舎に残っていた騎士が既に戦っていた。

 

「ハッ!──グッ!クソッ、こいつら強いぞ。援軍は来ないのか!?」

「うろたえるな!助けが来るまで持ちこたえるんだ!」

「ワオオオオ!」

 

 獣の如き咆哮を上げる人型の姿が、そこにはあった。人狼。満月の夜には本来の姿を取り戻すその種族は今、獣じみた姿で騎士たちに襲い掛かっていた。数は三。しかし人狼の強さを考えれば、多すぎるくらいだ。

 

「どけ!『氷よ、我が敵を穿て』」

 

 氷柱は真っすぐに人狼の顔面に迫ったが、ひらりと躱される。

 

「右の一体は受け持つ!耐えてくれ!」

「援軍か、助かる!」

 

 人型の影に、勢いづけて斬りかかる。大剣を迎えたのは、騎士のものと変わらない長剣だった。

 

「クソッ、魔物のくせに一丁前に武器なんて使いやがって!」

「ガアアアア!」

 

 咆哮を上げる人狼と、剣を交える。力強い手ごたえ。簡単には倒させてくれなそうだ。

 

「ジェーン!」

「準備に時間がかかります!しばしお待ちを!」

 

 騎士たちは強力な人狼相手に劣勢だ。数人がかりで人狼にかかり、何とか持ちこたえてくれているが、長くはもたなさそうだ。ジェーンの魔法が間に合うかは分からない。

 となると。俺が、一体でも倒して状況を好転させなければ。

 

「──ォオオオオ!」

 

 下段から剣を振るうと、力強く突き出された長剣に受け止められる。剣からは伝わってくる力は凄まじく、単純に腕力で勝負しても決着はつきそうになかった。鍔迫り合いの状態でにらみ合う。

 人狼の口が、わずかに弧を描いた。きっとこいつは気づいている。俺を押さえておけば、他の人狼が騎士たちを倒す、そうなれば俺を数の差で押し切ることも可能だ。全く、嫌になるほど知能が高い。

 

 となれば、俺がこいつの想像の上を行かなければ。

 

「『光よ!』」

 

 鍔迫り合いの状態のままで、目くらましの魔術を放つ。夜闇に唐突に現れた光が、両者の間で輝いた。目を閉じるが、瞼の上から目を焼かれる。

 人狼と俺、両方の視覚が潰れる。状況的には五分五分。しかし、相手は突然のフラッシュに怯んでいるだろう。

 見えないままに、己の勘に従って大剣を振るう。どこかの肉を割く感覚。

 

「グガアアア!」

 

 人狼の悲鳴がする。作戦は成功したらしい。

 しかし同時に、俺の右腕に鋭い痛みが走った。傷は浅い。戦うのに支障はなさそうだ。どうやら、がむしゃらに振るった爪に掠ったらしい。

 

 先に視界を取り戻したのは、夜目の効く人狼ではなく、俺の方だった。

 

「フッ!」

 

 がむしゃらに振るわれる両腕をかいくぐり、大剣を胸の中心に突き刺す。固い筋肉を突き破って、剣先が人狼の息の根を止めた。

 

「一体討ち取ったぞ!加勢する!」

 

 あえて大声で叫ぶと、人狼たちが目に見えて動揺した。

 

「『──土の巨人よ、姿を表せ』」

 

 ジェーンの魔法もようやく準備が終わったらしい。彼の周辺の土が盛り上がっていき、やがて人間の倍ほどの大きさの土の巨人が姿を現した。

 

「──いける」

 

 俺の博打じみた戦法が成功して、状況は一気に好転している。このままいけば勝利を収めることは容易い。

 

 その、はずだった。

 

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