ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ルファス様ヒロインという難題に挑戦してみたいと思います。
怒られたら消します。


瀕死の少女をみつけた

 

優しくてきれいな女神様は言いました。

蒼く輝く女神様は世界に願いをかけました。

 

 

幸せになってください。

満たされてください。

世界が愛と美しいモノに満たされて輝きますように。

 

 

そして。

 

 

汚いモノはいらない。

不快なモノはいらない。

捨ててしまいましょう。

目に見えない所に送ってしまいましょう。

 

 

蓋をして、目を逸らして、そんなモノは存在しないと断じてしまいましょう。

 

 

 

そうです。

世界は女神の愛に包まれているのです。

 

 

だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズガルズ歴3000年。

とある国の勇者召喚の儀式において意図せぬ形で世界に帰還したルファス・マファールは

かつての己の参謀であるディーナと共に現存する7英雄の一人にして古き仲間でもあったメグレズの建国したスヴェルに足を踏み入れていた。

 

 

スヴェルは美しい街であった。

海と見間違うほどに広大な湖の上に、都市が建っている。

中央にある親島ともいえる個所には王城が威容を示しており、それらを囲む様に小島が4つあり、全ては石造りの頑強な橋で結ばれた街は、遠目から見ても美麗としか言いようがなかった。

 

 

そんなミズガルズでも有数の大都市を前にしたルファスは深紅の瞳を細め、断続的に襲い掛かる苦痛から逃れるように全身を緊張させていた。

この世界でも極限といえる戦闘能力を保持している彼女だが、そんなモノは関係ないと言わんばかりに根底の部分が軋みを上げている。

 

 

 

何だ? 

胸が痛い。

心臓がうるさい程に高鳴っている。

頭が揺れている。

落ち着かない。

 

 

ルファス・マファールの肉体に憑依してしまった青年……「彼」はスヴェルの街並みを見ながら、己の身体に起こった変化に動揺していた。

2033年、地球、日本においてエクスゲート・オンラインという世界的なオンラインゲームをプレイしている最中、現れた女神との取引に応じてこの世界に精神だけを連れてこられた「彼」は

元の世界に帰る手がかりを探る為に「彼」として同じプレイヤー仲間であったメグレズに会うため

「ルファス」としてはこの街に居るであろうかつての部下を回収するためにスヴェルを訪れたのだが、そんな事を忘れてしまう程の頭痛に悩まされていた。

 

 

「ルファス様……? どうしました?」

 

 

輝くような青髪を揺らして少女───ディーナがルファスに声をかけた。

怪訝そうな顔をする彼女にルファスはかぶりを振って答える。

額を指で抑えながら彼女は絞り出すように言った。

 

 

「……何でもない。直ぐにメグレズの奴に会いに行きたいが……」

 

 

「隠さないでください。不調なまま行動するのはよくありませんよ」

 

 

暫しお待ちを、と言った後、ディーナは肩にかけていた荷物入れを漁り、中から綺麗な薬液の満たされた瓶を取り出してルファスに差し出す。

かつての彼女の拠点であるマファール塔に無造作に転がっていたアイテムの一つであった。

 

 

「エリクサーです。

 今の世ではすっっっっごく貴重な品ですけど、使うべき時が来たようですね!」

 

 

ささ、どうぞと押し付けられた瓶をルファスこと「彼」は躊躇うことなく飲み干す。

余りの頭痛と動悸に答える余力さえもなかったのだ。

万能の霊薬、おおよそこの世におけるあらゆる病やケガを完治させられる奇跡の品だが……どうやら今回は役に立たないようだった。

 

 

「おかしいですね……ただの頭痛なら直ぐに治っちゃうはずなんですが……」

 

 

思っていた効果が表れない事にディーナは怪訝そうに首を傾げた。

 

 

 

頭痛は収まらず、動悸は一向に安定しない。

ルファスはふらふらと夢遊病の様に歩き出す。

自分でも思っているより低い声でルファスはディーナに言った。

 

 

「すまない。余は暫し周囲を散策する。

 直ぐに戻る故に、それまでに宿を取っておいてはくれないか?」

 

 

「判りました。でも、あまり遠くに行かないでくださいね。

 今のルファス様は……ちょっと危なっかしいです」

 

 

 

判ったと一言だけ告げて背を向けるルファスを蒼い瞳が無機質に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわとした頭でルファスこと「彼」はスヴェルの街を目的も何もなくさ迷っていた。

途中に出会ったガンツという人の良い男にこの町の地形を教えて貰えたお蔭で、辛うじて今自分が何処にいるのか把握することが出来ている。

最初に居た王都の南のエリア、商業区画より東に存在する学業エリア、ソレが今彼女の居る地点であった。

 

 

メグレズに出会う前に図書館に寄り、200年の知識の空白を埋めるべきであると「彼」は思っていたが……。

 

先ほどより視界の端にナニカがちらちらと映りこんでたまらない。

ソレは小さな小さな女の子であった。顔は見えない。どんな表情を浮かべているかも判らない。

ただ、背に生えた真っ黒な翼だけが否応なくアレが誰なのかを教えてくる。

 

 

彼女は、■■■■だ。

ゲームで自分が動かすアバターでしかなかった筈のキャラクター。

所詮はゲームの中の存在であり、子供時代などないはずのただの操作キャラ。

 

 

 

(あれは……誰だ?)

 

 

もう一人、少女の隣に男がいる。

同じように顔は見えない。

少女は男から何かのお菓子を貰ったようで、おいしそうにソレを頬張っていた。

 

傍から見ればまるで親子のようであった。

何度そうであったらいいのにと思ったことか。

 

 

食べている菓子の正体はエイルの実を潰した上で砂糖と混ぜて作られた焼き菓子だと「彼」は思い浮かべる。

()()()が作った菓子はとても甘く、当時は楽しみにしていたものだと。

 

 

 

ルファス()は在りし日の少女を横目に先に進む。

少しずつであるが、胸中に目的意識、目的地への思いが浮かび始めた。

()()はまだあるのか、と。

 

 

元よりレベル1000の身では数時間歩きまわった程度では疲れなどしない。

根気強くさ迷った末に、ルファスは遂に目的のモノを発見する事が出来た。

 

 

 

見つけたのは古ぼけた石碑であった。

路地裏の、こじんまりとした空間に石碑はあった。

縦長で真っ黒な石碑の表面には真っ白な文字が幾つも掘られている。

まるで慰霊碑か、お墓のようだと「彼」は思った。

 

 

 

動悸が激しくなる。

天と地の感覚が狂いそうになるほどの衝撃を覚えながらルファスは石碑へと歩みよった。

所々が欠けていて年代こそ感じるが、決して放置されていたわけではなく、表面はピカピカに光るほどに磨き上げられていた。

 

 

その様子に「彼」は心底の安堵を覚えた。

何故だか判らないが、嬉しくてたまらない。

 

 

 

「良かった……」

 

 

無意識に飛び出た言葉に「彼」は驚嘆した。

どのような言葉を放とうとしても無意識に覇王然とした威圧感のある口調へと変換されてしまうルファスの身体が初めて普通の口調をしたからだ。

ますますもってこの石碑が気になった「彼」が表面に掘られた名前を読み上げようとした瞬間、背後から声がかかった。

 

 

 

「ここにいたか!」

 

 

「其方は……」

 

 

 

振り向いたルファスの視線の先にいたのは屈強な褐色の男、ガンツであった。

傭兵としてこの国に雇われた彼と会うのは二度目となる。

ガンツは快活に笑って言った。

 

 

「やっぱり気になっちまってな。お前さん、とんでもなく体調が悪そうだったからよ」

 

 

「……そうか」

 

 

一言だけ返しルファスは再び石碑に目を向ける。

今はこれ以外視界に入らない程に気になってしょうがない。

 

 

 

「ソレが気になるのか?」

 

 

「あぁ」

 

 

隣に並んだガンツを一瞥もせずにルファスはか細く答えた。

男が腕を組み、暫し瞑目して頭の中を整理する。

学業が盛んな国に雇われるだけあり、それなりの教養を持つ彼はすぐさまこれが何なのかを思い出す事ができた。

 

 

 

「大昔の話さ。

 この地がまだスヴェル国とも呼ばれてなく、小さな街でしかなかった頃。強大極まりない魔物が襲来したんだとよ」

 

 

「…………」

 

 

ルファスは何も言わなかった。

ただ少し、胸の痛みが深くなった。

微かに怒りが湧き上がってくる。

 

 

「普通なら勝てる筈もない位にとんでもない化け物を相手に、街の戦士たちは力を合わせて挑み、撃退した。

 その活躍と栄誉を讃えてコレが作られた、って俺は聞いてるぜ。

 いつだか判らないくらい大昔の話だけどな」

 

 

458年前(17歳の時)だ。忘れるものか」

 

 

唐突に放たれた言葉に「え?」と目を丸くしたガンツに改めてルファスは何でもないと言った。

 

 

「礼を言う。心配してくれたのだろう?」

 

 

「まぁな。……連れの青いお嬢ちゃんも宿を取れたらしいぜ。今日は早く休みな。

 俺は基本的に商業区画にいるから、気になる事があったら何でも言ってくれ」

 

 

 

「そうさせて貰おう。重ね重ね、感謝する」

 

 

いいって事よ、と手をひらひらさせるガンツに軽く微笑んでからルファスはディーナが居るであろう商業区画に向けて歩き出した。

このままここに居たらまずい事になると「彼」は薄々悟っていた。

プレイヤーかもしれないメグレズとの接触やら、この街の何処かに偽名を使って潜んでいるという部下のアリエスの事も今は後回しだ。

 

 

 

まだまだ予定には早すぎる。

()()()()()しなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは微かに歯車がずれた結果のお話であった。

白こそを至高とするコミュニティの中で黒い翼として生まれたルファス・マファールは故郷では壮絶な差別、虐め、迫害を受けており、命を繋ぐのがやっとという状況であった。

そのような中でもしも、誰かが、うっかり一線を踏み越えてしまったらどうなるか?

 

 

これはそんな誰かの悪意から始まった物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズガルズ歴2535年 ヴァナヘイム

 

 

 

 

 

標高3807mの超大な霊峰ヴァナヘイムには天翼族の都市国家が存在する。

最高神たる女神に最も愛されし種族としての自負に満ち溢れた彼らの価値で最も重要なのは己の背に生えた翼であった。

白に近ければ近いほど貴いという判断基準で社会は運営され、少しでも色が濁ったモノ、傷のついたモノ、形の整っていないモノは同族と見なさない、それが天翼族の常識であった。

 

 

 

故に彼らが翼の美しさを維持するのにあらゆる要素を惜しまないというのは当然の話であり、それに対して商機を見出す者が存在するのもまた道理と言えた。

態度こそ傲慢で、己以外の他の全てを見下すのが当然という鼻持ちならない程に思いあがった種ではあるが、その戦闘能力の高さや空を飛べるという利点を活かして

空路による物流を一手に担っており、それによってため込んだ財力は凄まじいモノがあるのだ。

 

 

 

 

 

ヴァナヘイムの麓に広がる広大な森林地帯の入り口に一人の男がいた。

奇妙な出で立ちの男である。

顔を鳥類の頭部を模したような奇妙な長いフルフェイスのマスクで覆い、法服貴族然とした衣服とマントを纏っている。

 

 

衣服の下にはシャツの代わりに金属質な……形容しがたい、ミズガルズでは殆ど見られない何処か絡繰り仕掛けを思い起こさせる鎧を装備していた。

そして何より特徴的なのはサソリの様な尻尾である。

無機質な光沢を放つソレは鎧の腰あたりから生えており、神経が通っている様に時折左右に揺れ動いていた。

 

 

一見すれば新手の魔物か、完全武装した魔神族にしか見えないが、彼は立派な人間であった。

ただ少しばかり個性的で、数々の武装を纏っているだけの。

危険の溢れるミズガルズで一人旅をするのであれば、これだけの装備と、目に見えて判る威圧感というのは大事な要素なのだ。

 

 

 

何回か訪れたヴァナヘイムであるが、男はすぐに森の様子がおかしいという事に気が付いた。

鳥類がうるさい程に泣き喚いている。

小型のワイバーンか恐竜にでも襲われてるかのようにまるで助けを求めるかの如き叫びだった。

 

 

男は警戒心を強めながら一歩を踏み出す。

諸々の事情がある故に、この地においては滅多な事で大規模な騒乱が起こるはずがないと彼は知っているが、それでも万が一という事はある。

 

 

尾の安全装置が解除され、本物のサソリの様に毒が先端より滴る。

特殊な魔物の毒素を元に濃縮配合された凶悪な毒であった。

カチ、カチ、キリ、キリ、という金属音が体の各所より響いた。

 

 

警戒心を高める彼の前に一羽の鳥……カラスが降り立った。

真っ黒な瞳でカラスは男を見つめた後、背を向けて振り返る。

まるで「ついてこい」と言わんばかりの態度に男はマスクの内側で目を細め、スキルを行使した。

 

 

能力ではなくもはや生態と言える程に慣れ親しんだ力が発動する。

 

 

【観察眼】

 

 

瞬間、周囲の景色が様変わりした。

色彩が抜け落ち、不可思議な数式と独特の“波長”が支配する世界へと。

男はそんな世界の中で改めてカラスを見た。

 

パッと浮かび上がるのはこの世界では誰もが知っている基本中の基本であるステータス画面。

あらゆる能力が具体的な数値で描写されるのはこの世界の常識なのだ。

 

 

レベル1

 

 

クラスレベル なし。

 

 

 HP  9

 

 SP  0

 

 STR(攻撃力) 1

 

 DEX(器用度) 9

 

 VIT(生命力) 3

 

 INT(知力)  8

 

 AGI(素早さ) 15

 

 MND(精神力) 10

 

 LUK(幸運)  8

 

 

 

状態 誘導 

 

 

 

“誘導”という単語を把握した男は頷いた。

どうやら森の様子がおかしいと思っていたのは勘違いではないようだ。

何らかの理由によってこのカラスは自分を何処かに連れて行きたいらしい。

 

 

時間は全く問題ない。

男は常に時間に余裕を以て行動するタイプであるが故に、ヴァナヘイムで行う予定の商談までまだ丸一日程の猶予はある。

そして彼はとても好奇心旺盛である故に、こんな面白い事を避けるわけはなかった。

 

 

 

「判った。付いていこう」

 

 

マスク越しにくぐもった声であるがはっきりと告げれば、カラスは羽ばたたき飛翔した。

ちらちらと視線をよこしながら、決して男が自分を見失わない様に判りやすく何回も鳴き声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がさがさと獣道を男は欠片も速度を落とすことなく、整備された街道を征くように歩いていた。

そういうことか、と男はカラスに誘導されながら薄々何がこの先に待っているかを感づき始めていた。

常時【観察眼】を発動させ続けて森を眺める男の目には面白い程に多くの情報が入ってきている。

 

 

 

 

例えば、子供の足跡。

足の小ささから見るに少女か。

左右で体重の掛け方が全く違う様相を見るに恐らく左足を酷く痛めているか骨折しているだろう。

途中からは左足の足跡はなくなり、引きずったような跡に移り変わっている。

 

 

もっと先に進むとついに歩けなくなったのか、四つん這いで這いずった形跡に変わっている。

推測される胴体の太さと形跡の深さを見るに、やはり子供である。

 

 

 

例えばそこら中に散乱している黒い羽。

明らかにカラスのモノと大きさが違う上に、微妙にこれらはマナを纏っていた。

白い翼を至高としマナを毛嫌いする天翼族の住処に、マナを帯びた黒い羽である。

これだけで少女がどのような環境に置かれているか察しがつくというものだ。

 

 

 

例えば至る所に散った血痕。

どうやらその子供は流血するような傷を負っているらしい。

注視すれば気づく程度の量と考えると、失血を引き起こす可能性は少なく、死ぬとしたら他の骨折などの方が可能性は高い。

 

 

 

男は荷袋に手を入れてポーションの準備を進める。

更には包帯、消毒薬、栄養回復の為の食料の数々を確認し始めた。

そして、最悪の場合はその子供がゾンビになどならない為に鎧の機能の一部を使い火葬してやる事も検討していく。

 

 

 

やがて獣道を抜ければ、開けた空間に出た。

時折森林に見られるぽっかりと木々が存在せず開けた空間だ。

やはり予想通りソレはそこに居た。うつ伏せに倒れ込む子供であった。

 

 

 

「酷いな」

 

 

思わず男が呟いてしまうのも無理はない惨状であった。

泥や土、葉などに塗れたその姿は一見では人とさえ認識するのが困難な有様であった。

金色であったであろう髪は汚れに汚れ、脂などに埋もれてしまい真っ黒になっていた。

 

 

身体の至る所には無数の切り傷、痣、何本も突き刺さった枝や肌にめり込んだ砂利などがあった。

靴を履いていない脚の裏の皮膚は剥けており、ぞっとする程の量のタコが出来ている。

 

 

そして幼子の背に生えているのは男が今まで見たことがない程に黒い翼。

これも左の翼の骨が折れているらしく、根本から奇妙に捻じれたように折れ曲がっていた。

もちろん右の翼も無事ではない、左に比べればマシではあるが、こちらも力なく揺れている。

 

 

男は直ぐに察した。

この子は恐らくだが、ヴァナヘイムから落ちてきたと。

いや、()()()()()かもしれないと訂正する。

 

 

 

天翼族の落下事故というのは珍しい事ではあるが存在しないわけではない。

十分なレベルをもたないものが闇雲に高みを目指して飛翔した結果、酸欠に陥り意識を失って落下……。

という事もあるにはあるが、ここまで条件が揃っていてそう思う程男は単純ではなかった。

 

 

“事故”に見せかけての殺害か、もしくは差別が行き過ぎた結果か。

どちらにせよ……度し難い。

子供の傍らにカラスが降り立ち、カーと一声鳴いた後に男を凝視した。

 

 

男は頷いた後、子供──やはり推察通り少女であった──に歩み寄り膝をついて覗き込んだ。

子供が誰かの接近を察知したのか呻き声を上げた。

 

 

脈も呼吸も弱り切っているが、まだ途切れてはいない。

死にたくない、生き延びてやるという強い執着だけがそこにはあった。

爪の禿げた手と、明後日の方向に足首が曲がっている左足を何とか動かそうと足掻きだした。

 

 

どうやら男の事を捕食者と思っているらしく、手足をばたつかせて抵抗しているようだ。

 

 

 

「……ぁ……ぅぅ……」

 

 

漏れ出るのは苦痛にあえぐ声。

頭を僅かに動かして少女は男を見た。

 

 

深紅色の瞳はまるで宝石の様であった。

しかし、今は濁り切っている。

あらゆる負の感情がそこにはあった。

 

 

苦痛。憤怒。そして憎悪。

少女はあらゆる全てを憎み切っていた。

憎悪に満ちた瞳で、身体こそ自由に動かないものの視線だけで殺してやると言わんばかりに男を見ている。

 

 

 

「君を助けに来た。自分は敵じゃない」

 

 

信じられないと瞳で少女は答えた。

真っ赤な瞳の中で憎悪が更に深まった。

折れている筈の手を無理やり動かし、震える指を男の首にかけて力を込める。

哀しい程にレベルの差がある故に何の意味もない行動であったが、少女は男を絞め殺そうとしていた。

 

 

男はそんな少女の行動に取り合う事はなかった。

既に彼の中ではこの子をどう助けるか、助けた後はどうするか、までの計画が練り上げられ始めていた。

 

 

 

【観察眼】が発動され、ソレは少女の身体の各所を精密に走査していく。

本来ならばステータスを閲覧するだけのスキルであったが、男はコレを()()して扱える。

その結果として出てきた情報に男は露骨にマスクの下で顔を顰めた。

 

 

 

まず肺炎を発症している。それも重度になりかけである。

次に栄養失調状態だ。慢性的な栄養不足は少女の発育に重大な遅延を齎すだろう。

ろっ骨が3本折れている。左右の翼も骨折と筋繊維の断裂があり、左足もやはり折れていた。

 

後頭部には何らかの打撲痕もあり、血が滲んでいた。

 

 

後は身体の所々に火傷もある。

明らかに料理の際に間違ってつけるような、可愛らしいものではない。

悪意ある第三者が熱湯などを用いてつけたようなおぞましいものだ。

 

 

そんな容態でありながらも、少女はまだ生きる事を諦めてはいない。

首を絞めようとしてきているが、まぁ、この程度は恐らく今まで彼女が過ごしてきた環境を考えるに仕方ない行動だろう。

 

 

まだまだ、次から次へと映し出されるバッドステータスのオンパレードに男は胸中で女神に祈りを捧げた。

創世の女神、愛と美を司るアロヴィナス神を信仰する彼はこの出会いは女神の齎した運命かもしれないと考えたのだ。

故に祈りの内容は少女を襲った不幸を嘆く言葉でも、己の運命の不可解さに対する問いでもなく、いわば決意表明に近かった。

 

 

 

偉大なる創世の女神アロヴィナス神よ、どうか見守りください。

この子は私が必ずや助けてみせましょう、と。

 

 

 

ポーションや包帯などの医療品を取り出しながら男は少女をそっと抱きかかえた。

同時にエスパーのスキルを用いて少女の全身を力場で保護し、出来るだけ身体に負荷がかからないように細心の注意を払う。

抵抗する様に少女が首を絞めつけようとしてくるが男はそんな事は気にも留めなかった。

 

 

少女の身体は軽すぎる程に軽かった。

強い風が吹けば飛んで行ってしまうのではないかと思ってしまう程に。

 

 

男は迷いのない動作で歩き出した。目的地は決まっている。

天翼族たちの都市に送るつもりはなかった。

コレを行ったかもしれない実行犯がいるかもしれない中に戻すなど愚行にもほどがある。

 

 

 

たしか近くに小さな休憩用のログハウスがあったはずだと男は頭の中で地図を開きながら思い至る。

まずは安心して彼女を横たわらせられる環境が必要だ。

この少女から詳しい話を聞く必要もあった。

 

 

 

男は拾って治して、それで終わり等という形にするつもりは毛頭ない。

()()()……そう、助けると決めた。

ならば最後まで背負い込むのが大人であり、一応は貴族としての地位を持つ者の役目なのだから。

 

 

 

差別そのものを消し去る事は残念ながら不可能だ。

天翼族にとっての常識は、万年単位で積み重なったものであり、これを変えるのは無理である。

で、あったとしても……やりようはいくらでもある。

 

 

 

そうだ、と思い男はもう一度少女を【観察眼】で見る。

レベルに開きがある場合、つまり相手が自分よりも低レベルの場合はステータスや名前などのあらゆるステータスを検閲することが出来るのだ。

そうして瞳に映った名前を男は胸中で噛み締めるように反芻させた。

 

 

 

ルファス……「ルファス・マファール」か、と。

 

 

男は憎悪の目で自分を睨みつけてくる少女に視線を落とし、当然の事を当然の様に行う。

少しばかり段取りがずれたが、初対面ならばコレは当然の事であった。

 

 

 

「こんにちは。自分はプラン・アリストテレスという者だ。君を助けたい」

 

 

 

返事はなく、首筋にかけられた細腕の力が憎悪と共に増した。

 

 




原作のアニメ化を目標にルファス様を布教していきたいです。


それはそうと前作と同じか少し長いくらいで終わらせたいと思っております。

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