ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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任意コード実行やら無を取得やら1KEY等など使ってないので有情です。
更新の余地は大いにありますね。




記録「55秒」

ミズガルズには大まかに分けて「魔物」と「生物」が生息している。

簡単にその違いを言ってしまえばマナの影響を受けた生物か、そうではないかだ。

「生物」はあるがままの原種。そこからマナにより生物として突然変異を起こしてしまった元生物が「魔物」と区分けされる。

 

 

 

四強の一角である“獅子王”などがいい例だろう。

桁違いに巨大ではあるが、かの存在の姿は雄の獅子そのものだ。

恐らくではあるが、彼の先祖は元々ミズガルズに生息していた普通の獅子であり、それがマナの影響を受けて突然変異した結果が獅子王なのだろう。

 

 

 

基本的に生物としての生命力、戦闘能力に優れているのは魔物だ。

マナを取り込み、馴染ませた身体は生まれながらに人類種など遥かに凌駕した力を持っている。

しかしそんな彼らがなぜ「生物」を駆逐しミズガルズの支配者になっていないかというと、生殖能力の低さ故にであった。

 

 

 

人類種でさえ基本種の人間種を除けば異種交配は不可能なのだ。

人間と天翼族、エルフ族などの間に子供は作れるが、天翼族とエルフ族の間に子供は作れない。

たかが翼が生えているだけ、耳が長いだけ、で後は殆ど変わらない姿かたちをもっている人類種でさえ外観からは想像できないほどに遺伝子はかけ離れてしまっている。

 

 

 

ならばマナという超常の力を取り込み、変異を起こした「魔物」の遺伝子とはいったいどうなってしまっているのか想像もできない……。

 

 

 

さて。ミズガルズには「生物」と「魔物」のほかにもう一種だけ存在している者たちがいる。

それは遥か遠く、伝承で歌われる世界においては既に惑星規模の隕石衝突か気候変動で滅び去ってしまったものたちだ。

簡潔に述べてしまうと、ミズガルズにおいては恐竜は絶滅せずに生き延びている。

 

 

それもただ生き延びるだけではなく、立派な第三勢力として成立するほどまでに繁栄を謳歌していた。

その中でも特に凶悪とされる怪物の一つがディノレックスだ。

 

 

全長は平均して10メートル。

体重は9トン。

最大速度は150キロで、持続距離は確認されている記録が正確であるなら20キロ。

 

 

 

四足歩行で、ワニの様な巨大な顔と口を持つ恐竜だ。

数多く存在する恐竜たちの中でも最も原始的な生命体であるともいわれる肉食種である。

かつて海から地上に恐竜が進出した際、最も早く地上の生物を捕食するために進化したとされる存在ともいわれる。

 

 

 

 

巨大な細長い口の中には何十本もの鋭利な牙が生えそろっており

強靭な四肢は四つん這いという文字からは想像もできない程の異常な素早さと踏破性を生み出している。

城壁を直角によじ登り、中の兵士たちをまとめて平らげてしまったという逸話さえ残るほどだ。

 

 

なにより厄介なのはこんな化け物が基本は群れで行動しているという点だろう。

彼ら恐竜は殆ど脳が進化していない生物であるが、そんな彼らでも一つの真実にいつからか気づいてしまったに違いない。

即ち“一人で狩りをするより、同族と協力したほうが楽だ”ということに。

 

 

この不幸な(彼らからすれば幸福な)閃きによりどれだけ多くの人類が犠牲になったかは語るまでもないだろう。

魔物でさえ持っている最低限の節制も後先を考える知能もない恐竜はいわば動き回り、飢え続けている災害と評するに相応しい。

そんな化け物が何の前兆も見せず、まるで空間を飛び越えたかの様な突飛さでリュケイオンの近郊に訪れていた。

 

 

一匹、大地から飛び出してきたディノレックスを淡々と処理したプランは周囲を眺めていた。

何も難しいことはしていない。

ただ大きな口を開けて襲ってきたので、口の中から体内の肺に至るまでに存在する酸素の濃度を【錬成】を使って上昇させた後、小さな火種を投げ込んでやっただけだ。

 

 

結果、高濃度の酸素は一気に燃焼を引き起こし、哀れなディノレックスは汚い悲鳴を上げながら空へと飛び跳ねる事となった。

 

 

プランの周囲の地面が蠢く。

ディノレックスは強靭な前足で地面を掘り進むことも可能な存在である。

大地に埋め込まれた岩や岩盤などを容赦なく叩き割り、時にはかみ砕きながらこの化け物たちは進むことが出来る。

 

 

冒険者や兵士たちへと配られる人類の脅威図鑑においてはディノレックスの群れに囲まれた場合の対処法にはこう書かれている。

「女神に祈り懺悔しなさい。咢が閉じる光景を見るまでが君に与えられた礼拝の猶予だ」と。

つまり、諦めろということである。上位の魔神族であっても十を超える肉食恐竜の群れに襲われればひとたまりもない。

 

 

 

 

 

プランはそんな渦中に呑まれながらも、散歩でもするかの様な気軽さで一歩だけ後退した。

瞬間、大口を開けたディノレックスが大地の奥底より噴火するかのような勢いでついさっきまでプランがいた場所を突き上げた。

ドォンという重低音と共に恐竜の半身が大地より姿を現す。

 

 

黄色とも黒ともとれる甲羅。

ひび割れながらも妙な粘液に覆われた顎の皮。

そして白目はなく、サメの様な純粋な暗黒だけを詰め込んだ瞳。

 

 

ぎょろりと瞳が動き、プランを見た。

食い損ねた、とでも思ったのだろうか?

彼らに知性はないが、それを補って余りある本能と凶暴性が原始的な脳髄を満たしている。

 

 

 

【バルドル】が稼働を開始する。

大気中に存在するマナを収集し、凝縮し、物体としての形を与える。

以前ルファスの眼前で果実を作った事があるが、今度は違う。

 

 

拳銃に弾が装填された。

6つのシリンダーの内部にマナを塗り固められて作られた弾丸が詰められたのだ。

重さは全く変わらない。【バルドル】は主の意思を読み取り、あえて不安定な状態で弾丸を作り出した。

 

 

あえて言うならば半固形状態とでも名付けるべきか。

不安定なソレは絶えず物体と概念の間を言ったりきたりしている。

即ち、物体としての形を持つが物体ではない故に物理法則の外にこの弾丸は存在しているため重さは存在しない。

 

 

 

更にプランは【錬成】を発動させたのち、少なくともはた目から見て全く狙いをつけていない様子で引き金を引いた。

威嚇射撃の様な乱雑さであった。眼前に体を晒しているディノレックスを狙ってさえいない。

そしてディノレックスに知性はないが、危機察知能力は備えているため、獲物の抵抗を予測した恐竜は銃を避けるために体を無茶苦茶に捩りながら後ろ脚を使って全身を大地から引きずり出し……。

 

 

恐竜の片目が潰れた。脳髄の一部が猛烈な速度で侵入してきた弾丸によって抉れる。

血飛沫と砕けた水晶体が噴き出る。

何てことはない、プランが当てたのではない。

 

 

ディノレックスが()()()()()()()だけだ。

 

 

『ッッッッ!』

 

 

 

激痛に恐竜が呻きを上げる前にプランが弾丸に仕込んでいた【錬成】が発動する。

弾丸一発分のマナを完全なる変換効率で消費し、それらは一気に固形の形を得た上で恐竜の頭蓋骨の内部でさく裂した。

 

 

 

錬成【剣の冬】

弾丸を中心に全方位に刀剣が錬成された。

それらは弾丸を構築していたマナのみならず、周囲に存在していた脳を構築する血肉さえも原材料へと変換し、恐竜の頭部を内部から串刺しにした。

 

 

 

ボコリと、ディノレックスの頭部の皮が盛り上がり、一瞬の拮抗の後に内側より何十本もの剣やレイピアなどの鋭利な物体が飛び出た。

一瞬にしてミズガルズで長年人類を悩ませていた捕食者の内の一匹が前衛的な刀剣モニュメントへと生まれ変わる。

 

 

力なく恐竜が倒れ込むが、周囲に満ちる敵意は変わらない。

大地が次々とめくり上げられ、続々とディノレックスたちがその姿を現す。

仲間の一匹がおぞましい死に方をしたというのに恐竜たちはまるで怯えたりする気配は見せない。

 

 

むしろ涎を垂らして喜んでさえいる。

この原始的な怪物たちはきっとこう思っている筈だ。

“取り分が増えた”と。

 

 

 

しかし都合12体のディノレックスの群れを前にプランは佇むだけであった。

だらんと脱力し緊張の欠片もない。

なぜかルファスがリュケイオンに逃げずに上空でとどまっている事以外に彼に不安はない。

 

 

あとでアウラさんに頼んでお説教だなと別の計画を考えてさえいた。

 

 

 

────オォォォオオオ!!

 

 

 

まずは三体のディノレックスが我さきに襲い掛かってくる。

口を限界まで開き、涎を零しながら瞬時に時速100キロまで加速し突っ込んでくる。

喉の奥の筋肉が獲物を迎える準備をするため戦慄いている光景さえしっかりと見えた。

 

 

多くのミズガルズの人類種がこれと遭遇した場合、これが最後の光景となるであろう眺めだった。

 

 

【サイコスルー】と【瞬歩】を連続で発動させる。

自分の身体を動かす力場の方向性を形成し、そのあと、小刻みに発動とキャンセルを繰り返した【瞬歩】で自分を打ち出す。

ミズガルズの法が軋み、意味不明な行動に意味を与えるために再定義した。

 

 

男一人分の存在が女神の世界より消滅し、戻ってくる(当たり判定すりぬけ)を小刻みに繰り返した。

光速さえも超えた域で彼は世界の中を滑っている。

 

 

プランの身体は直立したまま恐竜たちへと向かって“スライド”移動を行い、そのまま口の中へと飛び込み……後頭部から何事もなかったかのように“すり抜けて”飛び出した。

置き土産にプランはディノレックスの脳幹に向かって弾丸を一発プレゼントし、先程と同じように【剣の冬】を発動。

見るもおぞましいオブジェがまた一つ増えると共に、恐竜が力なく倒れ込む。

 

 

腰を捻り、空中でプランは身体を180度回す。

彼の視界にはプランが佇んでいた個所に身体ごと突っ込み、文字通り土の味を楽しむディノレックスが二頭。

しかし直ぐに肉の味がしない事に気が付いたのか、怒りに燃えた瞳で一頭が振り返り、プランを睨みつけた。

 

 

仲間が倒されようと関係ないディノレックスの一頭が仲間の死体を足蹴にながら口を開けてプランへと追いすがる。

恐竜の後頭部から飛び出たプランは空中におり、足場などがない今、彼がこのまま飲み込まれるのは確実かと思われた。

 

 

 

が……空中でプランの身体はまた奇妙な動作を見せた。

【バルドル】が取り込んだ高濃度のマナを背中、腰のあたりから推進力として瞬間的に、爆発させるように噴き出したのだ。

それに合わせるように【サイコスルー】で自分の行きたい方向に向けての力場の流れを作っておく。

 

 

結果として彼は“ドヒャァ”という奇妙な風切り音と共に真横へと打ち出される。

 

 

 

咢が虚空に噛みつく。

直ぐにディノレックスはまたもや食い損ねた事を理解し、プランへと腕を伸ばして掴もうとする。

三本の鋭利な爪はそれだけで長さが60センチはあり、もしもアレに掴まれたらその場でぐしゃぐしゃのミンチである。

 

 

そんな凶暴な捕食者の腕であるが、触れる直前にプランの肘からまたもや瞬間的に圧縮されたマナが噴出され、彼の身体は跳ねるように空を舞う。

彼はルファスの様に空を飛ぶことはできないが、跳ねる事はできるのだ。

もしくは空に向かって落ちるか、だ。

 

 

噴射の威力を調整し、本当に僅かだけ移動した彼はあろうことかディノレックスの腕に足を付けた。

野生の本能だけで生きている筈の肉食恐竜が目を見開き、綺麗なおめめに容赦なく弾丸が撃ち込まれる。

返り血一つ浴びることなく、不気味な男がひょいっと痙攣する肉塊の上から飛び降りた。

 

 

 

完成した三個目のオブジェを背後にプランは淡々とディノレックスたちに向けて歩を進める。

こんな危険な怪物どもを彼は生かしておく気はなく、恐竜たちもまたこの獲物を逃がす気はない。

 

 

 

ひぃ、ふぅ、みぃ、と彼はディノレックスたちを見比べながらこれらを素材として解体し、売り払ったら幾らになるか考えだしている。

危険極まりない肉食恐竜であるが、その分市場に出回る素材の数も少なく、これら全てを資金に変えたらそこそこの値はつくかと彼は思った。

少なくとも“子隠し”に我が子を奪われた親たちへの見舞金としては十分な額になるはずだと。

 

 

 

ギャアアァァボォォオオオォオォオオアァァア!!!

 

 

 

おぞましい顎を限界まで広げ、恐竜たちが凄まじい爆音を発した。

人間の何百、何千倍もある肺活量から繰り出される咆哮はもはやソレそのものが一種の武器であった。

空気を凄まじい勢いで揺らし、疑似的に圧縮された大気の断層がプランへと襲い掛かる。

 

 

全方位への完全無差別同時攻撃。

殴打やかみつき等といった“点”ではなく大規模な“面”に対する攻撃だ。

余波でリュケイオンの窓ガラスが何枚も割れ、上空にいたルファスでさえおぞましい捕食者の絶叫に顔を強張らせ、虹色羊に至っては意識を失ってしまっていた。

 

 

【サイコスルー】【瞬歩】そして【バルドル】の瞬間的なマナ放出。

全てを彼は精確に使いこなす。

 

 

カチ、カチ、カチ、という音が一定のリズムで鳴り渡った。

世界の演算式が狂う音である。

彼の姿は消えては、現れるを繰り返す。

音の発する“波”(当たり判定)を淡々と避けていた。

 

 

 

ディノレックスたちは見た。

渾身の咆哮を浴びせてやったというのに、微動だにしない不気味な存在の姿を。

そして死神の如き出で立ちのソレは、一瞬だけ消えては現れるを何度も繰り返しながら自分たちの所に向かってくるのを。

 

 

さながらミズガルズで子供たちに人気のストップ・モーションのサイレント紙芝居を見ているようだった。

女神の世界がプランの行動を処理しきれず、結果として彼の動きはとても()()()()()しまっている。

 

 

一回消えて戻る。右腕が動く。

一回消えて戻る。右手が向けられた。

一回消えて戻る。その手には拳銃が握りしめられていた。

一回消えて戻る。真っ黒な銃口が自分たちを見ていた。

一回消えて戻る。死。

 

 

一回消えて戻る。銃声。

 

 

 

同時に三頭の頭が内部より【剣の冬】によって弾き飛ばされた。

超速の連射によって発生した銃声は一回だけだった。

着弾、さく裂、死の後に銃声が鳴った。

 

 

とてつもない弾速は音と因果を置き去りにしていたのだ。

ある程度ディノレックスの皮膚や鱗の硬さを把握したプランは放った弾丸に【サイコスルー】を纏わせた上で()()を与えて貫通力を上げてやったのだ。

結果、肉食恐竜たちの頑強極まりない身体は弾丸を相手に全く抵抗することは出来なかった。

 

 

 

残りは7頭。

捕食者たちは一塊となり、機を伺うように唸り声を上げながらプランを見ている。

普通ならば騎士団が総動員でかかり、半壊することを覚悟する必要のある規模の群れだが……。

【バルドル】が稼働し、空になったライフリングに新しい弾が装填される。

 

 

プランの背中より瞬時のマナ放出が発生する。

独特な“ドヒャァ”という深く響く様な音を合図に彼の姿がまた点滅するかのように消滅した。

 

 

ジジジというノイズを纏いながらプランはディノレックスの群れのど真ん中に出現した。

全方位を肉食恐竜に囲まれるという死地であるが、彼にとってはこの位置は、都合のいい座標にすぎない。

【観察眼】に映る全ての数式を読み取り、弾道を計算し、数多ある未来の中でも最もありえないとされるありえる未来を持ってくる。

 

 

 

虚空に向けて弾丸を6発、狙いもつけずにばらまくように全て掃射する。

知性はなくとも同族が次々と狩られる光景を見た恐竜たちが我先にと回避行動をとり()()()()()()()()()()()

 

 

プランは発砲の際に狙いは滅多に付けない。

彼にとって銃とは狙ってうつものではなく、標的がくる個所に銃弾を()()しておく武器なのだ。

そして彼は【ガンナー】のクラスは取っておらず、全ての行為は自力で行われる。

 

 

 

()()を与えられたマナの銃弾は何の問題もなくディノレックスたちの頭部を深々と抉り、脳幹の位置で【剣の冬】が発動される。

結果は強制完全即死である。1万ちかくあった恐竜たちの体力が瞬時に「0」へと変わる様をプランは確認した。

死の後に銃声が響く。音さえも置き去りにするという表現がよくあるが、プランの連射は正にその言葉の通りであった。

 

 

6つの残骸が転がる。

残る最後の一頭は仲間が全滅して……逃げるわけがない。

そんな知性などなく、恐竜は所詮は巨大な獣でしかないのだから自分の死よりも食欲を満たすことを優先する。

 

 

プランは左腕を向ける。

カチ、という音がして安全装置が解除された。

ルファスを助けた際、ぬるま湯を作るのに用いられた火炎放射装置が起動する。

 

 

マナを魔力に変換し、火の属性を持たせて放射するだけの装置だ。

普通ならばディノレックスを相手にするのに心もとない殺傷能力の低いソレの発射口に【サイコスルー】を使って力場を生成。

イメージするのはとても細くて小さな“孔”である。

 

 

その“孔”の中に火の属性を帯びた魔力を凝縮して送り込む。

結果として熱量は凝縮され、発射されたのは蒼い光の線……俗にレーザーと呼ばれるモノだった。

蒼い“線”を伸ばした左腕を下から上に軽く動かす。

 

 

一瞬の後、最後の恐竜は縦に両断されて、花咲くようにきれいに中身を晒しながら倒れ込む。

血は出なかった。レーザーが通った後の個所は血管が焼き潰されていたのだ。

 

 

 

 

残心しながらプランは周囲を見る。

【観察眼】で周囲を警戒し続ける。

念のため銃に弾を装填し、握りしめたままだ。

 

 

正に死屍累々といった有様であった。

10を超える巨大な屍だらけである。

後でリュケイオンから素材の回収部隊を持ってくる必要があると彼は考えた。

 

 

 

安全性などの点からカルキノスに任せるべきだなと彼は結論づけた。

彼なら万が一があっても問題ないだろう。

 

 

55秒で完遂させられた殺戮劇であった。

街一つ潰せる恐竜の群れは1分もしない内に壊滅していた。

 

 

 

【バルドル】が稼働し、倒れ伏した恐竜たちからマナを回収し、凝固させる。

あっという間にプランの手には銅色の“リンゴ”が握りしめられていた。

途方もないマナの集積体であり、これ一つで飛躍的なレベルアップを可能にする世界のバグである。

 

 

表面を一通り眺めた後、プランはソレを懐にしまい、気を取り直す。

 

 

 

「さて……」

 

 

プランは上空を、そこにいたルファスを見つめて手招きした。

さすがに命に関わる事だというのに言う事を聞かなかった彼女にはちょっとばかり注意が必要だろう。

急に意識を向けられた少女が肩を跳ねさせた後、ゆっくりと……本当にゆーっくりと降りてくる。

 

 

明らかな怯えの籠った挙動であった。

30秒くらいかけてルファスはやっと地上に降り立つ。

腕に抱え込まれた虹色羊は泡を吹いて気絶していた。

 

 

意味の分からないものを見せられた動揺と興奮と恐怖と……そうだ、プランの戦闘光景を見た彼女の瞳にはあらゆる感情がごちゃ混ぜになっていた。

そんな彼女をプランは少しばかりの怒りを混ぜた瞳で見て、意図して作った硬い声で言う。

 

 

 

「リュケイオンに戻りなさいと言ったじゃないか。

 本当に危険な事をしたと自覚してほしい。この件はエノク夫人と一緒に後でお話だ」

 

 

「…………」

 

 

ルファスはこくこくと無言で頷いた。

反省云々は元より彼の言いつけを破った時点でこうなるのは判っていたことなので覚悟はしていた。

素直に己の非を認めた彼女にプランはマスクの下で微笑み、恐らくだが初めての血生臭い所を見てしまった彼女を気遣うようにその肩を優しく撫でて、焼き菓子を手渡す。

 

 

しゃり、しゃりと甘味をルファスは味わう。

しかしルファスの心はここにはなかった。

まぁ、焼き菓子は甘くて美味しいのだが、今はそれよりも別の事が気になっている。

 

 

 

彼女の頭の中では1分にも満たないディノレックスたちへに行われた殺戮行動が延々と再生され続けている。

 

 

 

彼のあの意味の分からない動きが瞼から離れない。

強者としてのプランの力は彼女の心を惹きつけてやまない。

いつか自分もあんな風に動いて見たいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと世話するから……!」

 

 

室内にルファスの必死な声が響いた。

普段使っている男性的な口調さえ消え去り、素の彼女に戻った声音だった。

ディノレックス相手に逃げなかった事をアウラとプランに説教され、散々に絞られた彼女であったが、今彼女が懸命に母に訴えているのは虹色羊の件であった。

 

 

 

端的に言うと、アウラは娘が虹色羊を飼う事に非常に難色を示した。

虹色羊を見つけた事と、この存在は希少価値がとても高い事、そして羊が彼女になつき始めた事をプランはアウラに報告していたのだ。

 

 

ヴァナヘイムに居た頃の貴族の嗜みとして女神に纏わる歴史を学んだ事もある彼女は虹色羊の概要は知っていた。

プランはある程度考慮し控えめに虹色羊の価値を評したのだが、生憎彼女は羊の正確な価値を理解していたのだ。

 

 

彼女からすればいきなり娘がとてつもない金のなる木を持ってきたということになる。

そして彼女はそんな現実を前に手放しに喜べるほど愚かではない。

むしろ娘が危険な目に合う可能性が高まると冷静に判断を下せる女性であった。

 

 

リュケイオンの街はいい人ばかりで、天翼族がよりつかないという安全地帯ではあるが

それでも彼女は楽観視はしなかった。

 

 

「ルファス、生き物をお世話するというのはとても大変なことなの……。

 一時の感情に流されて決めていいことではないのよ」

 

 

「一時じゃない! ちゃんと考えて決めた!」

 

 

 

何とか娘を説得しようとするアウラと、恐らく産まれて初めて母と意見の対立を起こしているであろうルファス。

二人の様子をじっと見つめていたプランであったが、内心は決まりかけていた。

ルファスにあの羊を世話させてみようと彼は思っていたのだ。

 

 

ミズガルズにおいては【モンスターテイマー】という職が有名だ。

本来ならば敵対するだけの魔物を捕獲し、己の相棒として共に在る事を目指す共存のスキルである。

生憎ルファスはそのクラスをまだ持っていないが、無力な虹色羊であるのなら万が一に襲われても彼女なら問題ないだろう。

 

 

それに、ここであの羊を放置したら間違いなく死ぬだろうという確信があった。

何の力ももたない歩く宝石箱の様な虹色羊にとってミズガルズとは生き地獄なのだろう。

涙を流していた羊を無視して生きるのは、正直寝覚めが悪いものがある。

 

 

 

もちろん対価はもらう。

虹色羊の毛はとてつもない価値がある故に、家賃としては申し分ないものがある。

研究者としての彼は正直な話、非常に魅力を感じていた。

 

 

かの羊の毛は幾つか現時点で研究を行っている題材に対して、大きな進展を齎してくれるだろう。

 

 

 

「少しいいでしょうか、提案があります」

 

 

延々と会話のループに陥りかけている母子の言い合いを遮るように声を上げてからプランはルファスの背に回り、アウラを見た。

賢明な女性だと彼は思った。

目先の大金に目を眩ませることなく、むしろそれが自分たちにどれだけの危険を齎すかしっかりと認識している人だと。

 

 

エノク卿、貴方は大きな失敗を侵しましたね、と彼は内心でアウラの夫へ向けて呟いた。

 

 

「夫人はあの羊の正確な価値を理解していらっしゃるようだ。

 ……富と同時に危険をもたらしかねないとお考えですね?」

 

 

「はい」

 

 

 

彼女の答えにプランは頷き、ルファスを見た。

真っ赤な瞳は何かを訴えかけてくるようだった。

判っていると瞳で返してやると、少女の目の中に安心が広がる。

 

 

「名義上は自分の所有する家畜ということにしましょう。

 幸い擬装用のアイテムもありますし、毛色だけでも誤魔化す事は可能です」

 

 

 

【ステルス】を応用して作った包帯をプランは思い出す。

アレを加工すれば迷彩としても使える上、うまく応用すれば眩い程に輝く羊毛を誤魔化すアイテムに加工し直せるかもしれない。

何なら常に毛を短くした上で服を着せてやってもいい。単純だが効果的な手法である。

 

 

 

少しばかり窮屈で暑いだろうが、そうすれば毛色がバレることはなくなる。

なにより虹色羊の事を知っているものはそこまで多くはない。

知っていたとしても、伝説上の存在であり、まさか実在している等とは誰も思わないのが大半だ。

 

 

逆に言えば価値を理解しているモノならば何が何でも手に入れようとしてくるだろう。

 

 

 

「プラン様がそう仰るのでしたら……」

 

 

プランの提案にアウラは渋々といった様子で賛同する。

美しい顔には隠し切れない不安があった。

 

 

 

「お世話は任せるよ。出来るね?」

 

 

「当然だ!」

 

 

喜びを隠し切れない様子でルファスは叫ぶように答え、ぴょんぴょんと跳ねまわった。

翼を大きく動かし、羽を撒き散らす様を見れば、どれだけ彼女が喜んでいるか判るというものだった。

そんな彼女にプランは微笑みながら言った。

 

 

「そうだ。あの子の名前を考えておいてほしいんだ。

 きっとそれが、あの子にルファスが上げる最初のモノになると思う」

 

 

 

「……うん、判った」

 

 

 

噛み締めるようにルファスは答えた。

今まで奪われてばかりだった自分が初めて誰かに何かを与える立場になるという状況に少しだけ戸惑っている様だった。

 

 

 

「いい名前を考えてやろう……」

 

 

 

高鳴る胸を感じながら彼女は虹色羊がとりあえず寝かされている自室へと向かうのであった。

あそこにはプランに貰った本がある。

神話の中から、かっこいい名前を見つけ出してあげようと彼女は決意していた。

 

 

 

 







蟹「本編の裏でディノレックス10体をshippingしたミーのことも覚えておいてください……」



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