ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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女神アロヴィナスの唯一できないこと。


「彼女は命を創造する力など持ってはいなかったのだ」

 
「何故なら命というものは、彼女にとって余りに脆すぎたから」
 

「限度を越して儚すぎたから」



───原作185話より抜粋。


「俺は悪いアリストテレスじゃないぜ?」

 

 

“これは地獄だ”

 

 

 

彼女はそう思うのが精いっぱいであった。

どれほど強い力を持とうといまだ15歳の彼女からすれば、これはあまりに刺激的で、精神に焼き付くほどの衝撃がある。

 

 

 

 

ルファスは言葉を失っていた。

最初に彼が語った“全てを見せる”という言葉に嘘偽りはなく、彼女はミズガルズが背負う業を見せつけられていた。

あれほどまでにプランに張り巡らされていたヴェールは遠慮なく引き剥がされてしまったのだ。

 

 

 

天翼族の狂いきった行い。

ヴァナヘイムの麓に層を作り上げる程に築き上げられた“子隠し”の同類たち。

プランと出会えなかったルファスのもしもの世界。

 

 

 

ルファスは己の幸運のステータスを見て何度か頭を傾げた事があったが、どうやらそれは間違いであったのだと心から実感せざるを得なかった。

私は本当に幸福に恵まれていたんだな、と彼女は噛み締めた。

 

 

 

 

魔神族の跋扈。

夥しい村や街が焼かれ、数えきれない人々が彼らに殺される様があった。

魔神族はあらゆる苦痛を人間に与え、殺し続けている。

 

 

 

凄惨な光景であった。

たとえ訓練された兵士であっても心を殺し、耳を塞がなくては精神を病んでしまいそうな所行の数々。

だが、魔神族はそんなこと気にしない。

 

 

彼らは楽しんでいる。

まるで人が美味しい食事を食べた時、顔が自然に綻ぶ様に。

実際、彼らからすれば己の存在理由を果たしているだけであり、殺人を行うたびにとてつもない自己肯定感が得られるのだ。

 

 

 

魔神族にとっての殺人は食事であり娯楽であり、存在意義の肯定でもあるのだ。

 

 

 

プルートで行われている魔神族への暴虐。

それをそのまま正反対にした行いを彼らはしていた。

何のことはない、プルートでのソレは昔やられたことをそっくりやり返しているだけなのだから。

 

 

 

誰もが笑っていた。

心底、人を殺すのが楽しいと言わんばかりに。

ルファスは拳を握りしめ、その光景を見る事しか出来ない。

 

 

 

ルファスの憎む“理不尽”と言う言葉を体現したかの様な有様に少女は微かな怒りを燃やしていた。

こんなこと許されるわけがない。

絶対にリュケイオンでこんなことを起こさせないと彼女は決意を新たにしながら光景を見ていた。

 

 

怒りで煮えたぎる胸とは別に、しかし頭は冷静であった。

自分が魔物的な側面を持ち、瞬間的に沸騰しやすい激情家だと理解しているルファスは感情と頭を切り離す事を意識して行えるようになりつつあった。

 

 

 

 

彼らは人の様な外見をし、言葉を喋るが根底は全く違う。

それでいて魔物とも違う。

ルファスの瞳は彼らの本質をとらえかけていた。

 

 

 

エクスゲートを修めた彼女は魔力と天力を深く観察し熟知できるのだ。

故に理解できた。

彼らは人を殺す為だけに存在している……“法則”染みた存在であると。

 

 

 

 

脳裏で再生されたのは彼女がまだリュケイオンに引き取られて日が浅い頃に教わった事。

ずっと昔に彼は答えを教えてくれていたのだ。

 

 

 

 

 

“そうだ。彼らは“生態”として人類を襲う存在だ”

“これは魔物や恐竜、竜種などが娯楽や捕食の為に人を害するのとはまた違う”

 

 

 

あの時は半信半疑でまともに聞いていなかった彼の言葉。

憎悪に凝り固まった能無しはこんな大事なことも忘れていたのだ。

 

 

 

 

“三日から四日間人類を襲わないでいると魔神族は衰弱にも似た症状を見せる”

“更に五日目になると痙攣を始め、六日で魔神族は消滅する“

“彼らにとって人を殺し害するというのは我々の呼吸や睡眠、食事と同じなんだ”

 

 

 

きっと魔神族とはそういう“モノ”なのだろう。

理由など彼らにも判らない、ただ人を苦しませろとだけ入力された哀れな人形なのだ。

 

 

 

ルファスは目を細める。

延々と続く悲惨な光景にさえ慣れてきた彼女はこの悪趣味な見世物が早く終わる事を願った。

 

 

 

※ あぁ、悪い。こんな人形劇ばかりじゃつまんねぇよな。

 

 

 

※ 貴女ったら女の子らしくお人形さんには興味はないのかしら?

 

 

 

 

「ない」

 

 

 

どうにも言葉の隅々に嘲笑染みた感情を感じてしまう故にルファスの返答は短く鋭い物になってしまった。

それだけを断言してやればまた景色が切り替わる。

 

 

 

 

まずは外の映像。

今のルファスが何をしているか、プランの治療がどうなっているかというルファスの最も気になる情報が映る。

とりあえずプランの心肺は安定しており、安らかな呼吸が続いている。

 

 

 

あちらのルファスは蒼い瞳を嬉しそうに輝かせつつ先ほど無理やり引きちぎられてしまった義手を掴み、何かの調整を行っているようだった。

彼女は懐から不死鳥の宝玉を取り出し、どうやらソレを嵌める為の部位を新たに義手に製作すべくモリアと何かを話していた。

とてつもなく高度な専門用語が飛び交うソレを何とか理解しようとルファスは努力したが、所詮は15の少女でしかない彼女には全体の3割も理解はできない。

 

 

 

※ 当代の件は安心しなさい。必ず何とかしてみせよう。

 

 

※ 我々にとっても他人事じゃないですからね。

  ……貴女の強い愛がある限り、必ずや当代は目を覚ますでしょう。

 

 

 

先の二人に比べれば幾らかは会話が通じそうな面々の励ましを受けて少女は小さく頷いた。

こればかりは自分にはどうしようもない事であり、彼らの力を借りるしかないのだ。

 

 

 

歴代の記憶が高速で入れ替わりつつ、お目当ての記憶へとルファスの思考を押し流していく。

アリストテレスの歴史を彼女は垣間見た。

 

 

 

 

 

お前の世界は気持ち悪くてたまらない。

 

 

 

始まりの怒りを見た。

聖域の乙女と女神に断交を付きつけ、神の僕の座から降りた男の背だ。

ここから全てが始まった。

 

 

 

千年以上経とうと薄まるどころか増大し続けているアリストテレスの根幹を感じ取ったルファスは顔色こそ変えなかったものの、翼が微かに痙攣した。

自分がかつて抱いていたソレなど彼らの物に比べれば全く話にもならないのだから。

 

 

 

 

ごめんなさい、ごめんなさい……!

 

 

 

 

次に泣いている女が居た。

彼女は自分が産む筈だったモノを抱きしめ崩れ落ちていた。

おおよそ歴代の中でも最高位の力を持つ女性の当主ではあったが、死だけは覆せなかったようだ。

 

 

 

 

幾度も幾度も切り替わる。

1000年以上に渡り積み重ねられた彼らの業は人の為という大義名分を以てしてなお度し難いものであった。

 

 

 

縛り上げられた魔神族を生きたまま解体しているアリストテレスがいた。

それどころか死後も直ぐには霧散しないという魔神族の性質を利用し、その死体を■■してレベルアップを試みたアリストテレスさえもいた。

彼の狂気的な好奇心は後に魔神族の食料品への応用などという冒涜的な本として纏められることになる。

 

 

後の時代において【バルドル】に搭載されるマナ蒐集/加工能力の前身となった行為である。

 

 

 

 

クラウン帝国がまだ辺境の小国でしかなかった頃、当時の王と結託しひたすら暗躍したアリストテレス卿がいた。

【ネクロマンサー】のクラスを保持した上で色々と弄りまわしていた彼女は他国の間諜などを片っ端から捕獲/殺害した後、その死さえも弄ぶ行為に手を染めている。

一通りの情報を抜いた後、敵対する国家にギフトとして送り付けた挙句に体内にちょっとした仕掛けを施されたソレは都市区画を吹き飛ばす程の人間爆弾として機能したモノだ。

 

 

恐ろしいこの術によって一体いくつの国が疑心暗鬼に陥り崩落へと追い込まれたモノか。

光の妖精姫ポルクスの誇る最強のスキルの再現を目指したものであったはずだが、気が付けば似ても似つかない人命軽視の術となったのも懐かしい話である。

しかしその結果として無駄な戦争が幾つか省略され、クラウン帝国はその版図を速やかに拡大させることが叶った。

 

 

クラウン帝国という人類最大の国家がどれほどミズガルズにおいて重要なのは語るまでもない。

 

 

 

アリストテレスにソレを命じたクラウン帝国でさえおぞましいと嫌悪する行為であったが

必要ならばどれだけ恐ろしい事であろうがソレを行うのが歴代通しての彼らの性質なのだから仕方ない。

コラテラル、コラテラルと何度も歌うように誰もが口ずさんでいた。

 

 

 

人殺しや強盗殺人などの大罪を犯した者たちを集めて実験に明け暮れたアリストテレスがいた。

人と人を繋ぎ合わせた恐ろしいキメラを始めとした誰もが眼を背けたくなるような実験の数々。

血液の成分や、人の体内の構造などを一から十まで抜き取って観察したのが彼だ。

 

 

リュケイオンや他の国の市民で行わず、犯罪者だけを用いたのはせめてもの道徳の表れか。

 

 

思わずルファスでさえ目を背けてしまう程に血まみれになりながらも好奇心だけで動く彼であったが

結果として人の身体に熟知することができ、彼の書き上げた解体新書は後のミズガルズにおいて医療の重要な基盤へと変わったのだ。

天法という便利な力が存在する故に中々に芽が育たなかった医学という分野の開祖である。

 

 

 

巡り巡ってその医学をピオスが学び、あの夜にアウラを死の淵より引き戻す一助になったのはまさしく因果といえよう。

故にルファスには彼の所業を否定することは出来なかった。

 

 

 

 

魔物の群れの行動をパターン化して操ろうとしたアリストテレスがいた。

彼はマナと魔物の関係性、行動の変化を法則化しある程度操るまで可能にしたアリストテレスだった。

“お試し”と称して幾つかの盗賊団の野営地に魔物の群れを誘導し壊滅まで追い込むことで彼はこれを完全に仕上げたのだ。

 

 

 

この技術を用いることで魔竜ノーガードを誘惑し、竜という抑止力を盤面に引き寄せることによってユーダリルという交易都市は完成したのだ。

ユーダリルがあることによりミズガルズ全土という規模で商人たちの活動は活性化し、人類は経済面でも発展を遂げる事が出来た。

更に天翼族の空中交易網とあわさる事により辺境まで物資は行き渡り、物々交換から貨幣経済へとミズガルズは移行していくことになった。

 

 

 

 

 

深すぎる程に濃い闇がアリストテレスにはあった。

人類の為という大義名分を掲げて暗躍し続けるアリストテレスの暗部をルファスは見せつけられる。

 

 

しかし闇だけではないのも事実。

彼らは少しばかり、いや、かなり頭の構造が常人とは違うがそれでも純粋な悪党ではない。

確かに恐ろしく倫理観の欠片もない行動であったがその結果として多くの人が──母さえも助かる要因となっている。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

隠せない嫌悪を抱きながらもルファスは何も言えない。

巡り巡ってアリストテレスの存在は母と己を救ったのだと理解してしまったから。

彼らの悪行と犠牲を否定すれば、それは此処にいる自分の否定にさえなってしまう。

 

 

 

誰かがやらなくてはいけない事だったのだろう。

クラウン帝国の成立に、医学という概念の創造、そしてユーダリルを用いた経済の発展などなどは間違いなく人類に必要だ。

だがしかし、それでも嫌悪は消えなかった。

 

 

 

うっすらとではあるが気が付きだしたからかもしれなかった。

この存在こそがプランがあそこまで空虚になってしまった原因だからと。

 

 

 

 

再び場面が移り変わる。

現実におけるプランの状態がルファスの眼に映った。

 

 

義手に宝玉が埋め込まれている。

ゆらゆらと輝く小さな太陽の如きソレは甲で輝いていた。

不死鳥の「火」と「日」の波動がオリハルコンに染み込む様に行き渡り、真っ赤な血管の如きラインを金属の腕に刻んでいく。

 

 

 

循環する「火」と「日」の力は呪を抑え込み、二度と義手の支配権を奪わせないための防壁となってくれることだろう。

それどころか不死鳥の炎はオリハルコンを内側から精錬し始めてさえいた。

少しばかりずんぐりとしていた義手が見る見る内に引き締まり、有機的な丸みと細さを帯びていく。

 

 

 

瞬く間にプランの左腕と全く同じ形状へと打ち直されたソレをルファスは掴むと、しげしげと眺める。

何度も持ち方を変え、あらゆる方向から気になる個所を見つけ出すたびに手直しを行う。

一流の彫刻家が作品を整えるようにルファスは義手に対する詰めを行っていた。

 

 

 

気味が悪い光景であった。

どうやっているかは判らないが自分を客観的に見せられているというのは……複雑である。

その上、己の身体を動かしているのは自分ではないときたものだ。

 

 

 

あいつはいったい誰だ?

そう彼女が思ってしまうのも無理はない。

 

 

本当に楽しそうに少女は笑っている。

本来の彼女では滅多に見せない遊びを楽しむ無垢な子供の様に。

もっているのが右腕でなければ本当に微笑ましい光景だろうに。

 

 

操演という表現が一番しっくりくる現状ではあるが、ルファスは別の事を考えていた。

 

 

(……アリストテレスの事は判った。

 だけど、まだ一番知りたい事を知れていない)

 

 

 

言うまでもない。

プランの事だ。

彼の抱えている秘密が知りたくてたまらない。

 

 

 

人の過去や秘密を暴くのは良くない事だというのは百も承知だ。

しかしそれでも知りたかった。

ルファスは瞼を閉じ、強く祈る。

 

 

 

『約束通り、私を穴底の奥に連れて行って』

 

 

 

彼女の祈りに応えるように【一致団結】が強く脈動した。

誰かが喜びも露わに粗野な笑みを浮かべているのを彼女は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おぉ、産まれたか!』

 

 

 

嬉しそうな顔で己を見つめるプランに似ていながらも少し歳を重ねた男の顔が目の前にある。

同時に小さな木の籠の中で泣く事もせずに己を見返してくる赤子の顔も。

 

 

 

二人の視界/視線を同時にルファスは体験していた。

赤子とその父親の双方を。

今は親子が初めて出会った光景であった。

 

 

男の傍らには憔悴しきった女──恐らく母親──が横になっており、今にも消えてしまいそうな程に儚い笑みを浮かべて夫と我が子の語らいを見守っている。

何処か己の母に似た気配の彼女にルファスは何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

ジスモアも最初はこうだったのだろうか? というつまらない疑問をルファスは無視した。

 

 

(……この子は)

 

 

まだ毛も生えておらずくしゃくしゃの顔の赤子の正体をルファスは直感的に悟った。

 

 

 

赤子はじっとルファスを凝視していた。

まるで見定めるように。この時からあった蒼い瞳には何の感情も宿ってはいない。

少しだけ不気味ではあったが、父は当然そんな事を思ってはいなかった。

 

 

 

赤子の視線では燃えるような笑顔の男が見えた。

喜んでいるのは間違いない。

だがしかし、彼のソレは何かが違った。

 

 

 

ルファスの中にソレが流れ込んでくる。

この時、この男が何を思っていたかという生々しい感情が。

 

 

 

彼の内心にあるのは途方もない歓喜だ。

ああ、成し遂げた。

完成した、遂にやったぞというアリストテレスとしての喜びだ。

 

 

その次に我が子の生誕を喜ぶ父の幸福が身体を駆け巡っていく。

廃棄した兄たちの分もたっぷりと愛情を注ぎ、完成させてみせるという強い愛が彼にはある。

 

 

 

“愛”という誰もが持っていて、その実誰もが曖昧にしか表現できない強い感情を男はもっていた。

 

 

彼は家族を愛している。

妻を心より愛し、彼の妻もまた彼を愛している。

コレだけを見れば理想的な夫婦であった。

 

 

しかしその為の出力方法が他者とは決定的に違う。

それこそが彼をアリストテレスたらしめる。

 

 

 

「あなた……プランは……」

 

 

 

母が掠れるような声で己の息子を心配している。

出産によってごっそり体力を削られた女はかつてのアウラの様にこけた頬をしており、ルファスは眉を顰めた。

 

 

 

ルファスはこの顔を知っている。

死に瀕する程に衰弱した女性の顔だ。

 

 

 

 

『何の問題もねぇな。……大丈夫だ、お前は少し休め』

 

 

 

己の妻の手を優しく握りしめ、男は微笑む。

繰り返すが彼は己の妻子を愛している。

【観察眼】で妻の容態を瞬時に確認し、妻の身体がボロボロなのを把握すると心から労いの念を抱く程には。

 

 

 

同時にその頭の中に恐ろしく冷え切った、彼にとっての優しさが湧く。

妻は心身ともどもにボロボロであり、この後も長く生きる事は出来ない。

で、あるのならばせめて安らかな終わりを自分の手で与えてやろうという彼なりの善意が。

 

 

 

 

妻は立派に役目を果たした。

そんな強く美しい女性を彼は本当に心から愛している。

 

 

 

 

7度に渡る“調整”と“剪定”を行った結果、彼女は2年に一度の頻度で死産を繰り返している。

……つまり14年間もの間、彼女は常に妊娠と休息期間を繰り返し続けている事になる。

如何にレベルという概念があり肉体的強度を根底から引き上げられるミズガルズであってもこれは過酷といえた。

 

 

 

そして彼女は気が付いていない事だが実は幾度も手術を女は経験していた。

薬物を投与し深く眠らせた妻を開腹し、体内の赤子に男は手を加え続けたのだ。

そう、彼は【錬成】を己の子に施していたのである。

 

 

 

まだ人の形にもならない状態の胎児はミズガルズの法においては生命と言うよりはアイテムとして識別されている。

彼のやったことは装備品や道具に手を加えて改良するのに近かった。

だが当然の話としてまだ安定していない赤子にそんなことをしたらタダで済む筈がない。

 

 

 

 

ほんの小さな変更が全体に波及してしまうことなど多々ある。

それが生命という女神でさえ全貌を把握しきれていない概念であるのならば猶更に。

 

 

 

 

失敗は7度繰り返された。

その度に彼女は流産を繰り返す事になった。

男か女かさえも定かではない人の形をしていない肉塊を腹から産み落とすたびに女の心と体は削れていく。

 

 

ルファスは見てしまった。

“死産”を経験する女の絶望に満ちた顔と、張り付けたような慰めの言葉を放つ男の容貌を。

どの面を下げて言ってるんだこいつは、そもそもお前が外法を使うからだろうがと叫びたくなる気持ちを必死に抑え込む。

 

 

 

プランに顔こそ似ているがこいつは断じて違うと少女の眼差しは鋭くなっていく。

ジスモアとは違った種類の父親失格の怪物であるとルファスは男を認識した。

 

 

 

(目的の為には何をしてもいいのか?)

 

 

 

(己の人生の全てを賭けているといえば、何をしても許されると本気でこいつは思っているのか)

 

 

 

きっと答えは一言だろう。

後悔の念を抱けるような精神構造はきっとしていないだろう。

怒りがふつふつと湧いてくるがルファスは追憶を止める気はない。

 

 

気を取り直し、ルファスは吐き気を催す邪悪な男の回想の視聴を続ける。

 

 

 

命を弄ぶ外法にて誕生した息子の頬を男は撫でた。

7つの命の上に産まれた命である。

 

 

凡人はおろか、男の中に存在していたとあるアリストテレス卿さえ怒り狂う所行である。

いかに自分たちの悲願に必須とはいえ赤子を弄ぶ外法だけは彼女は断じて受け入れる事は出来なかった。

全てのアリストテレスの中でも有数の力を持つ彼女を鎮めるのにかなりの時間が割かれたが、それでも計画は続行された。

 

 

 

 

そして8度目。

これ以上は母体が限界となる周回においてようやく男は理想通りの個体を作り上げることに成功した。

 

 

端的に言って奇跡である。

男の執念と我が子の顔を見たいという母の祈りが天文学的な確率を引き寄せたのだ。

そして彼にとってプラン・アリストテレスとは己と妻の人生全てを注ぎ込んで作り上げた最高傑作である。

 

 

 

 

それだけではない。

歴代のアリストテレスが積み重ねた生命への理解、ミズガルズを統べる法への知見。

重ねて女神への糾弾の全てを練り込んで創造されたのが彼の、彼らの子たる最新のアリストテレス、プラン・アリストテレスであった。

 

 

 

最新にして最後でもある。

67代目として作られた彼は最高傑作であり、これ以上血を重ね合わせても後は劣化していくだけだという計算結果が出ている。

プランが達成できなければアリストテレスは女神の打倒は不可能であると誰もが頷く程の作品、それがプランだ。

 

 

 

───男の人生はその為だけにあった。

 

 

 

全ては息子を作り出す為だけだ。

その為に彼は産まれ、最適な母体となる妻を娶り愛した。

己の人生はプランという最高傑作を作り出すだけのただの過程であると彼は全てを受け入れている。

 

 

 

しかし幾度も重ねて言うが彼は妻を愛している。

第三者からは腹を利用する為だけだと思われがちで、実際そうではあるが、それでも彼は妻を心より愛しいと思っていた。

 

 

 

 

彼は我が子を愛している。

多くの姉や兄になれなかった者達の尊い犠牲のもとに制作された愛する最高傑作。

女神の法の陥穽を利用するばかりか、彼女の座を取って代われる程の性能を付与した至高の一。

 

 

想定通りに成長しその才を完全に発揮すれば間違いなくあの小娘を踏みつぶせると男は確信を抱いている。

息子を愛する親の贔屓目もあるかもしれないが、それを抜きにしても十二分に可能だと父は息子の能力に確信を得ていた。

息子が望むのならば彼は全てを捧げる事さえ厭わないだろう。

 

 

 

天に至る鍵?

龍?

光の妖精姫にアルゴナウタイ?

女神のアバター?

 

 

 

そして、そして、愛と美を司る女神?

とんでもない笑い話だ。

俺の息子はそれら全てを歴史のゴミ箱に叩き込んでくれる。

 

 

 

 

彼はきたる未来を想像し微笑んだ。

ここ最近は殆ど行われなくなったアリストテレスの代を変える為の儀式を行うのが今から楽しみで仕方がない。

古く役目の終えたパーツは速やかに消え去るべきという考えに疑問を持ったことなどない。

 

 

 

アリストテレスの真なる後継者は一つの時代に一人。

アリストテレスは優れた者と、更に優れた者だけが存在するのだ。

古く老いた者は次の世代の手によって終了されるのが彼らの在り方だ。

 

 

息子が十分に成長したと判断したら彼は代替わりを行い、プランの手で殺されるつもりであった。

 

 

 

子が父を殺したら普通は精神に消えない傷跡を残すなどと言う常識的な思考など彼には存在しない。

プラン・アリストテレスがそんなことを気にするわけがなく、そのように育てるつもりもない。

 

 

 

丁寧に、愛情を込めて息子を仕上げて最後はその命さえ注ぎ一つとなる。

きっと息子は全てを判ってくれると彼は満足を抱いた。

 

 

 

 

そう、きっと全て必要な事だったのだと判ってくれる。

アリストテレスの全てを継承した時、歴代の記憶や人格と同時に父の所業も全てが赤裸々になるが全く問題にしていない。

 

 

 

プランは最高のアリストテレスだ。

だから彼は全て納得するはずだ。

父は息子を信じている。そんなこと、当たり前の話だろう?

 

 

兄/姉となる筈だった7人の試験品も。

プランを産んだ時点で役目を終えた母に齎す予定の安楽死も。

そして自分を殺させる計画も、全て余すところなく継承されることだろう。

 

 

そもそも隠す気もない。

もしも問われたら堂々と全て答えるだろう。

 

 

 

彼は胸を張って言える。

プランならば判ってくれる、と。

我が子ならば全て納得してくれるだろうと心から男は思っていた。

 

 

 

 

誰よりも息子と妻を愛し、その為に己の全てを捧げた男。

彼こそアリストテレス家66代目当主。

タスク・アリストテレスである。

 

 

 

 

ルファスはそんな男を軽蔑と憤怒が複雑に入り混じった表情で眺めていた。

ジスモアという最低最悪と思っていた父と同程度かそれ以上の怪物が存在することを信じられないといった顔で。

 

 

 

 

 




先代当主タスク・アリストテレス卿。故人。


プランの父であり胎児でガチャを回し続けた男。
妻は死んでしまいましたがプランを引けたので問題ありません。

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