ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ルファスが欲しいモノは彼も欲しいというお話。
ちょっと短いですが投稿。


ジスモアの“ひらめく”!

 

 

───真っ白な翼は天翼族の純潔な心と女神から賜った愛を象徴しているのです。

 

 

 

ジスモア・エノクは幼い頃からそう教わって生きてきた。

彼だけじゃない。

彼の父も、そのまた父も、ずっとずっとエノク家の者は誰しもがそういう常識を刷り込まれていた。

 

 

 

それこそ何千年、何万年もだ。

洗脳という言葉でさえ生ぬるい常識の刷り込み、いや、この場合はもはや一種の思想改造とさえいえる。

天翼族にとっての常識は外界における非常識なこともあるが、彼らは外界で猫を被る事はあっても根底では己たちの思想が最も正しいと信じて疑わない。

 

 

そうだ。

天翼族は他種族の下等な存在と話をしている時は、ほんの微かな例外を除いては皆がみんな、他者を見下している。

我らこそ天翼族、女神に最も愛された最初の人類であるぞと。

 

 

 

天翼族の偉大なる始祖の直系である由緒正しきエノク。

その現当主であるジスモア・エノクは一人、机に肘をつき、頭を抱えていた。

 

 

 

綺麗に整えた金髪はルファスに似ており、妻であったアウラとも似通っている。

もしかしたらルファスの髪色は彼の遺伝なのかもしれない。

最も本人が聞けば断固として「母に似たんだ」と譲らないだろうが。

 

 

 

「どうしてだ?」

 

 

 

吐き出した疑問に答える者は誰もおらず、静謐な空間に溶けて消える。

上質な木材で作られた壁と天井は素晴らしい防音性能も誇っており、ここで叫ぼうと外に声が漏れる事はない。

貴族として当然の密談用の部屋ではあるが、今は彼しかいなかった。

 

 

 

近々王族にも連なる高貴なる家の令嬢との結婚を控えた彼はいまヴァナヘイムで最も祝福されている男であった。

閉鎖されていた天翼族に新たなる風を吹き込んだ革新者にして

エノクの家格と影響力を数段階向上させた彼は間違いなく天翼族の歴史に名を残すであろう人物だ。

 

 

 

 

だというのにその顔は浮かない。

しっかりと身なりを整えているというのに何処か影がこびりついている。

 

 

 

 

「何故、俺はあんなことをした?」

 

 

 

再び問う。

自問自答ではあったが、もしかしたらもう隣にいない誰かの返事を期待していたのかもしれない。

 

 

頭の中で彼の友と妻が返事を返してくれた。

もう存在しない筈の声を。

 

 

 

「閣下は何も悪くありません」

 

 

「貴方……余り思いつめないで」

 

 

 

アウラだったら、自分の妻だったら憂いを帯びた顔で痛みに寄り添ってくれただろう。

彼女ならば答えは出なくとも辛いときも病める時も隣に居てくれたはずだ。

 

 

 

だがもう無理だ。

自分は彼女をルファスと一緒に切り捨てたのだから。

狭い狭い小屋に閉じ込め、犬畜生にも劣る扱いをした。

 

 

 

あれだけ自分を愛してくれた/自分も彼女を愛した人をジスモアは手放した。

 

 

 

「どうして俺を選ばなかったんだ」

 

 

 

必死に考えて絞り出した言葉がソレだった。

自分でも酷い傲慢だと吐き気がする言葉だったが、今の彼にはそれに縋るしかない。

恐ろしい程の速さで彼の頭は自分のエゴを正当化していく。

 

 

プラン・アリストテレスが定期的に彼の下を訪れ精神のケアを行っていたのだが、それもなくなった今、彼の精神はある種の淵を超えようとしていた。

加速度的にかつ不可逆的に坂を転げ落ちていく。

もう■■の介入はないというのに、一度後押しされた精神は狂い続ける。

 

 

 

 

 

もはやかの存在にとってジスモアは役目を終えた玩具だ。

あとはどうなっても知らないし興味もないのだろう。

彼女は「お好きにどうぞ。私は知りません」と極点で囀っている。

 

 

 

……いや、最後にもう一つだけ■■は彼に仕事を押し付けようとしていた。

不死鳥を葬った異質な存在の排斥を以てジスモアは使命を果たす事になる。

 

 

 

いつもそうだ。

そうやって好き勝手に弄り回した挙句、飽きたらすぐに捨ててしまう。

産まれた時から世界の全てが矮小に過ぎた童子はどうしようもない飽き性を患っている。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

そもそもの話だ。

アウラがルファスを切り捨てていればこうはならなかった! と彼は必死に言い訳を重ねる。

もしも彼女があの忌々しい黒い翼を産んだ事実を自分で否定していれば、自分が一度だけ持ち掛けた“処分”に賛同してくれていれば何事も全ては上手く行ってたはずなのだ。

 

 

ジスモアには見えた。

劣悪種とはいえ、一度は腹を痛めて産んだルファスを処分して悲痛の表情を浮かべるアウラを己が優しく慰める姿が。

こうなっていれば何も問題はなかったのに。

 

 

 

 

もしも頷いていたら、ルファスは睡眠薬でも何でも飲まされた後に無慈悲に焼却処分され、あの忌々しい黒い翼もろとも灰になっていたことだろう。

他種族の見識の狭い愚か者共はこれを非情だと非難するだろうが、天翼族からすればこれは誰だってやってることだ。

 

 

 

そうだ、誰だってやっていることだ。

ヴァナヘイムでは穢れた翼を秘密裏に処分することなど珍しい事ではない。

天翼族の軍にはそういった汚れ仕事を引き受ける特殊部隊がいることを彼は知っている。

 

 

 

何百人も、何千人も、創世記から続けてきたことを考えるに万にも届く程の劣悪種を天翼族は廃棄し続けてきた。

結果、ヴァナヘイムの麓は立派な森となった。

きっと栄養がよかったのだろう。

 

 

 

 

皆やってることだ。

何も珍しくはない。

産まれてきたことが間違いのゴミを処分するのなど、何も悪くはない。

 

 

 

アウラが悪い。

そしてルファスはもっと悪い。

まだ灰色なら何とか言い訳が出来た。

 

 

 

多少形状が歪んでいても何とか取り繕えただろう。

だがよりにもよって真っ黒だ。

アレではジスモアでさえどうしようもなかった。

 

 

最初からそうだったわけではなかった。

努力した。頑張ったのだ。

だが、どうしようもない事も世の中にはある。

 

 

 

結局、如何に大貴族と言えど彼もまた一人の男に過ぎない。

天地を揺るがす程の戦闘能力もなければ、アリストテレスの様に世界をひっくり返す発明も出来ない。

 

 

彼はただのエノクの男でしかなかった。

エノクの名さえも天翼族という共同体があるからこそ意味があるのであって、それから否定されてしまえばもはやどうしようもない。

 

 

 

彼は弱いただの男であった。それも孤独な。

 

 

 

「どうしてお前が産まれてきたんだ。何故、俺をここまで苦しめる……!」

 

 

 

頭を抱えて嘆く。

彼は心から悲嘆していた。

アウラを刺殺しようとした事はまるで昨日の様に思い出せる。

 

 

 

新しい妻との結婚を控えた彼は古き愛する人と最後の談笑を楽しんでいた。

久しくなかった満ち足りた時間で、心の奥底にぽっかりと開いた孔が塞がっていくような気さえもした。

 

 

 

 

アウラだけじゃない。

プラン・アリストテレスの思いやりも彼を癒してくれた。

いきなり訪れたにも関わらずプランは嫌な顔一つせずにじっと自分が話し出すのを待ってくれた。

 

 

 

貴族同士の駆け引きも何もない、ただの友人として接してくれる。

ソレがどれほど嬉しい事だったか。

 

 

 

 

ズキリと男の胸がまた痛んだ。

ソレさえも失ったのだという現実を再認識するたびに彼は吐きそうになる。

アリストテレス卿が実験の失敗により片腕を失ったという情報を既に天翼族の上層部は掴んでいた。

 

 

実際はルファスが何かをしたのだろうが、腕を失ったという事実だけは確かだ。

口々に貴族たちはこう言っていた。

天翼族においては何も珍しくはない、他種族の存在を罵倒する会話だ。

 

 

 

“いい気味だ”

 

 

 

“劣悪種の分際で調子に乗るからこうなる”

 

 

 

“そのまま死ねばよかったのにな”

 

 

 

 

“バカが調子のって目立とうなんて考えるからだ。天罰だ”

 

 

 

ジスモアも表面上は同意した会話である。

実はヴァナヘイムにおいてのプラン・アリストテレスの立ち位置は急速に悪化しつつある。

 

 

 

元々人間種である彼がこの聖なる国にわが物顔で出入りしてる事に不快感を抱く者も少なくはなかった。

しかし決定的なきっかけはアリストテレス卿がベネトナシュを説得し【人類共同体】の骨組みを完成させたことだろう。

 

 

誰もが不可能と思っていたことをプランは実現させた。

その事実は天翼族のプライドを酷くざわつかせた。

更に彼は今までは半ば放置されていた穢れた翼を引き取り出したというのも大きい。

 

 

 

 

最初は誰も興味なかった。

どうぞご勝手に、そんなゴミを引き取るなんて物好きだなとしか。

だがしかし、時間が経つに連れてそんな評価も変わっていく。

 

 

 

どうやら各国にばら撒かれた劣悪種たちは少しずつではあるが頭角を現しだしているらしい。

 

 

 

不快だ。

酷く、目障りだ。

 

 

 

劣悪種が各国で訓練を受け、社会に復帰しているという情報は天翼族から見れば恐ろしい程に不愉快な話なのだ。

血と魂に刻まれた常識と嫌悪の感情はもはや彼らが普通の生活を送っているという事実だけで青筋が浮かんでしまう。

 

 

 

産まれて来てはいけなかった劣悪種が各国で仕事を任される? あんなゴミが?

不愉快な翼を背中に生やしたウジ虫共が人間的な生活を送る? とてつもない侮辱だ。

 

 

 

閉じたヴァナヘイムの中で同じ意見が響き合い、劣った者達への差別主義が永遠に濃縮されていく。

さながらここは蟲毒の底。

狂信的に白翼を追い求める主義者たちの養殖場であった。

 

 

最近のヴァナヘイムの議題では如何に劣悪種に対処するかが上げられている。

破壊工作/暗殺/風説の流布などを用いて劣悪種を人類から排除するのだと多くの貴族たちは叫びを上げていた。

しかし相手はクラウン帝国やミョルニルを始めとした超大国/人類最強が率いる国家であり、迂闊な事は余り出来ない。

 

 

 

そして何よりもアリストテレス。

天翼族はアリストテレス家への憎悪さえ煮込みだしている。

劣悪種を思うように排除できない現実を作り上げた立役者へ夥しいヘイトが集まるのは当然と言えた。

 

 

 

アリストテレス! 

 

 

その名前は今のヴァナヘイムにおいては一種の禁忌の様な扱いとなっている。

あの少しばかり賢しい人間風情がよくもやってくれたな、絶対に許さないと多くの天翼族は拳を振り上げ、怒りをあらわにしたものだ。

 

 

何が人類共同体だ。

何が全ての人類種の団結だ。

その夢はジスモアがずっと前から抱いていたモノだ。

 

 

その夢の為にアウラを捨てたのだ。

なのに後から来た奴が偉そうに───。

 

 

 

 

「……違う。彼は悪くない」

 

 

 

ジスモアは友を想いながらぽつりと零した。

思い至ったのだ。誰が悪いか───そう、ルファスだ。

 

 

 

 

「アレが彼の判断を狂わせたんだ」

 

 

 

思い出していく。

血涙を流しながら自分を殺しにくるおぞましい魔物の姿、決して己の娘などではない怪物を。

間一髪逃げ出すことに成功したが、下手をしなくとも己はあの化け物に殺されていたかもしれない。

 

 

ルファスはあらゆる人物に迷惑をかけている。

その事実だけが彼の頭を晴らした。

今まで悩み続けていたのがバカみたいだった。

 

 

 

 

ジスモア・エノクは一つずつあのおぞましい化け物の罪を列挙していく。

 

 

 

プランが腕を失った原因もルファスだ。

天翼族がこんなにも彼を疎みだしているのもルファスのせいだ。

アウラを苦しめたのもルファスが悪い。

きっとのあの愚図は命を助けられたというのに憎まれ口を叩き続けているに違いない。

自分の所に居た時もそうだった、何かあると直ぐに口答えをしてきて素直に頷く事一つできない愚物だった。

 

 

 

「ハハハハハハ……」

 

 

 

ギラギラと瞳を輝かせながらジスモアは明確な目標を見つけ、ぐっと拳を握りしめながら虚空を睨みつけた。

 

 

 

自分とアウラ、そしてプランのあらゆる不幸の中心にいるのはルファスだ。

あの晩に殺せなかったのは生涯最大の失敗と罵られてもおかしくはない。

ならば友を助けなくてはいけない。

 

 

欲しいのだ、彼が。

 

 

「そうだ、そうだ、そうだ」

 

 

 

「なんだ、簡単な話じゃないか」

 

 

俺にはやらなければならない事があると決意したジスモアは顔を上げた。

頭は今までにない程に冴えわたっており、彼は一つの決意を抱いた。

 

 

 

ルファスを殺さなくてはいけない。

何としても。それが曲がりなりにもあんなものを製造してしまった責任というものだろう。

しかし自分ではレベル的には絶対に勝てないという現実がある。

 

 

 

 

プランはルファスの特異性をジスモアに伝えている。

一年に一度、彼女が飛躍的にレベルを向上させるということを。

最後に聞いた彼女のレベルは500であり、これはヴァナヘイムの総軍をもってしても倒せない数値だ。

 

 

 

 

ジスモアは愚かではない。

いかに憎たらしい存在が相手とはいえ、相手の持っている力量を過小評価はしない。

更には前回の騒動で自分がプランに警戒されているというのも彼は理解している。

 

 

つまりレベル500というのは最低数値であり、現実はもっと高くなる。

下手をしたら1000という可能性さえも。

 

 

 

それら全てを踏まえた彼は一つの妙案を思いついた。

これなら、全てが解決する。

 

 

 

えぇ、その通り。 

やるべきことを果たしなさい。 

 

 

 

忌々しい現状に満ちたミズガルズを変えられる。

劣悪種を排除することも出来る。

天翼族を差し置いて恥知らずにもデカい顔をしているクラウン帝国やベネトナシュさえ排除できる素晴らしい名案だった。

 

 

 

 

それどころか、世界を最初の姿に戻す事さえ出来るだろう。

何が七つの人類種だ。

 

 

 

世界には天翼族だけがあればいい。

最初の状態に戻すだけ、七つも人はいらない。

そして聞けば新しい勇者は人間種という。

 

 

 

下手に活躍されて天翼族の威光を汚すのを阻止する必要もある。

 

 

 

殺せばいい。

何時だって天翼族はそうやって都合の悪いモノを捨ててきた。

 

 

 

…………。

 

 

素晴らしい計画だ。

直ぐにでも纏め上げて、陛下に陳情しなくては。

 

 

 

 

「“竜王”と手を組めばいいんだ……!」

 

 

 

ラードゥンならば天翼族以外の全てを抹殺してくれるだろう。

恐ろしい憎まれ役はかの怪物に任せておけばいいのだ。

奴には散々に得意絶頂に浸らせておけばいい……偉大なる天翼族の操り人形として。

 

 

 

そう、最後に笑うのは天翼族だ。

人類は滅ぼしてやるが、彼だけは手元に置いてやろうとジスモアは決めた。

ジスモア・エノク。彼は狂っていた。

 

 

 

立ち上がる。椅子が勢いよく倒れるが気にも留めない。

この部屋は防音性能が優れておりどれだけ叫ぼうと外には何も伝わらないだろう。

 

 

 

 

「は、ははははははハハハ……!!」

 

 

 

 

「アウラァァ───っっ!!!」

 

 

「お前が悪いんだっっ───!!!」

 

 

 

「あんな奴を選んだお前が悪いんだっっ!!」

 

 

 

狂い笑いながら叫ぶ。

真っ白に整えられた翼を醜く振り回し、部屋の飾りを幾つか粉砕しながら。

かつて妻だった女への愛情がひっくり返った結果、もはや男の中には嫉妬と憎悪しか残っていなかった。

 

 

 

 

「アウラァァァ────!!!」

 

 

 

「幸せだっただろう!!??」

 

「こんな肥溜めから彼の所に逃げられたんだからな!!!」

 

 

 

「ハハハハハハハははは!!

アウラァァァァァァァ────!!!!!」

 

 

 

 

遥か宙の彼方で蒼い女が哀れむ様に笑っていた。

彼女の手元には翼を生やしたチェスの駒と、竜を模した駒───そして【バルドル】を模した駒があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────すまない。俺が弱かったからこんな事になってしまった……」

 

 

 

その懺悔を聞いてくれる人はもう誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 




親子で主人公を取り合う展開が見たいと以前言われたので。
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