ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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カルキノスの“さそう踊り”!

 

 

「見えて来ましたよルファス様、ヴァナヘイムです!」

 

 

 

200年前と変わらず健在だった魔神王と一戦を交えたあと、ルファスたちはヴァナヘイムへと進路を向けていた。

窮屈な馬車旅に加えて「彼」はミズガルズに対する考察を色々と巡らせていたのもあって少しばかり不機嫌な顔をしつつ窓の外を見た。

馬車の中には回収した十二星天の面々───アリエス、リーブラ、アイゴケロスと参謀のディーナが居る。

 

 

 

ヴァナヘイム。

 

 

その名前を聞くだけでルファスの翼は不機嫌を隠そうともせずに震える。

事前にアリエスと模擬戦をしていたのもあって魔神王との戦闘は難なくこなせたまでは良かった。

それでも一方的に意味深な事を呟かれた上に、戦闘そのものもディーナとリーブラの横やりで中断させられたルファスはまだ僅かに苛ついていた。

 

 

 

何事もはっきりと決めるのが好きなルファスにとって勝負がつかないというのが一番腹が立つことである。

更に本能レベルで嫌悪を抱くヴァナヘイムへと足を運べば不快感は数倍になるというものだ。

 

 

 

(気持ち悪いな……さっきからずっと腹がムカムカする)

 

 

 

スヴェルで感じたものほどではないが、それでもひっきりなしに湧き上がる苛立ちを「彼」は全力で押しとどめた。

次元違いの力を持つルファスが不快感を露わにすれば、それだけで部下たちの空気も悪くなってしまう。

 

 

特にアイゴケロスが問題だ。

この暴走しがちな魔王はルファスの嫌悪を晴らすという名目でどんな事をするか判ったモノじゃない。

まぁ、ギャラホルンでアリエスにこっぴどく叩きのめされてから少しは大人しくなってはいるが、それでも過信は出来ない。

 

 

 

ちなみにギャラホルンでの騒動においてアイゴケロスはアリエスの【錬成】によって体の一部をメサルティムに変換され

延々と回避不能スリップダメージを受けるという荒業によって撃沈した。

 

 

全ての十二星天を知り尽くしているアリエスは同時に全ての十二星天へのカウンターにもなるのだ。

 

 

 

(こいつは放っておくと直ぐに残忍な事をするからな)

 

 

短い付き合いではあるが既に「彼」はアイゴケロスの特徴を把握していた。

彼は一言でいえばルファスの狂信者だ。

仮に自分がそういうことを命令したら嬉々として人々を苦しめだすのが魔王たる証左なのかもしれない。

 

 

 

……最も勝手にそんなことをしようとしたらルファスは迷わず鉄拳制裁することだろう。

彼女は部下たちを信じてはいるが、引き締める所はしっかりしている王だ。

部下が好き勝手にやるのを抑える事が出来ない主など主とは呼べない。

 

 

200年前と比べればかなり穏和になっているとはいえ、それでも彼女は怒らないわけではないのだ。

 

 

勿論味方としては信頼しているがそれでも眼を離す事は出来ない。

アイゴケロスが普段は大人しい理由は単にルファスがそう命令しているからに過ぎないのだと彼女は良く知っている。

 

 

 

「ふむ……」

 

 

気を取り直す様にルファスは小さく頷き、聳え立つ霊峰を見た。

山頂あたりにうっすらと雪を被ったヴァナヘイムは「彼」の世界でいう富士山に少しばかり近い形をしており、美しささえある。

だがしかしルファスは腕を組み、眉を顰めた。

 

 

全く綺麗に見えない。

あぁ、まだあったのか。程度にしか思えない。

200年前の大戦時に流れ弾か何かで破壊しておけばよかったとさえ。

 

 

 

それほどまでに嫌いなヴァナヘイムに彼女が訪れた理由は一つ。

 

 

 

十二星天の一角たる『乙女』のパルテノスを回収するためだ。

200年前からの付き合いたる彼女だが、ディーナが言うには山の結界が健在な以上はいまだ壮健なはず……とのことである。

 

 

(人って200年以上生きられるのか……?)

 

 

 

幾らミズガルズとはいえ、そんなことあり得るのか? と「彼」が思案に沈んでいると、アリエスがそっと挙手した。

 

 

 

「あの……パルテノスと会う前にお伝えしておきたい事が」

 

 

 

「遠慮などしなくともよい。どうした?」

 

 

 

思えばアリエスはパルテノスの事を知っていたなと「彼」は思い出しながら答えた。

 

 

 

「パルテノスとは結構な頻度で手紙でやり取りしていました」

 

 

 

「どうやら彼女は天翼族の娘を拾ったようなのです。名前はウィルゴと」

 

 

 

 

その娘と実際に会ったのは一度だけで、当時はまだ赤子でした、と続けるアリエスにルファスは心から驚きを感じた。

 

 

 

「ほぉ。天翼族とは……」

 

 

 

「ルファス様がお隠れになった後、ヴァナヘイムでも色々ありまして……その騒動の中で拾ったとか」

 

 

 

アリエスの言葉にルファスの顔が強張る。

絶対的な強者であった自分が居なくなったあと、世界が乱れに乱れた事は容易に想像できる。

その後始末をアリエスがどれだけやってくれたかと思うと、心から頭が下がる思いだった。

 

 

 

「僕は一度しか会ってないんですけど、カルキノスならもっと詳しく知っていると思います」

 

 

 

「彼は僕以上にパルテノスと協力してましたから……」

 

 

 

「そう、か」

 

 

 

 

渋い顔を見せるルファスにアリエスは言うべきかどうか悩む事柄がある故に微かに悩んだ。

今のルファスは……彼からすればかなりチグハグであった。

まるで彼と過ごしていた時と同じように穏和かと思えば、時には200年前の様な顔を見せる時もある。

 

 

 

(うーん……どうなってるんだろう?)

 

 

 

だが間違いなく今のルファスもまたルファスなのだ。

だからこそ奇妙だ。

何らかの精神系の術で操られている様にも見えるがどうにも違う。

 

 

あの模擬戦の時もそうだ。

身体の動かした方を思い出すのはまだいい。

しかし、気配まではっきりと変わっていったのは正に異質だった。

 

 

最後の一言を告げた時のルファスは紛れもなくアリエスの知る彼女だった。

しかし今のルファスも違うとはいえ、偽物だとは全く思えない。

彼と過ごしたまま、順当に成長していればこうなっていたかもしれないと思える程に穏和な……。

 

 

 

やめようとアリエスは頭を振った。

ヴァナヘイムというルファスの苦しみの根底に来たせいで、少しだけ感傷的になっているのかもしれない。

主は200年と言う長時間の封印から目覚めたばかりでまだまだ本調子ではないのだ、でなければ魔神王程度に引き分けるわけがない。

 

 

 

 

と、すれば今の主にはあの情報を伝えるべきではないなとアリエスは冷徹に判断した。

今の彼女にあんなことを伝えたら、間違いなくよからぬ影響があるだろう。

そう断言できるほどにアリエスの知っている情報はルファスの根底を揺さぶるものだった。

 

 

 

 

───ヴァナヘイムの麓にはルファスの母の墓がある。

 

 

 

彼女の最期は故郷の森だった。

 

 

200年前、ルファスが覇王として君臨していた時期においてはアウラは健在であった。

エノクの家系図からルファスの名前が削除されていた事もあり彼女はルファスの母ということは世間一般には全くと言っていい程に知られてはいなかった。

故にリュケイオンでカルキノスに護衛された状態でアウラはかつてルファスが巻き起こした戦火に巻き込まれる事はなかったのだ。

 

 

 

彼女が亡くなったのはルファスが封印されている間である。

かつての夫を失い、恩人たちを失い、故郷に……最愛の娘さえも失くした彼女はそのまま衰弱死したのだ。

天翼族の平均寿命の半分もいかずにアウラは息を引き取った。

 

 

死因は全くもって不明。

アリエスの知る限り誰よりも天法に詳しいパルテノスが「全く判らん」と匙を投げる程に肉体は健康だったはずだ。

だというのにアウラは死んだ。まるで生きる気力を失ったかのように。

 

 

誰よりも愛した娘が世界中から憎まれ否定される。

挙句、仲間たちによって葬られる。

ルファスの母であるアウラにはその光景がどう見えたのだろうか、想像も出来ない。

 

 

(…………)

 

 

 

アリエスは彼女の膝の上がどれだけ柔らかかったか知っている。

よく船を漕いでいた自分を優しく撫でてくれた暖かさを知っている。

ルファスがどれほどの苦渋の果てに己の夢の為に母を切り捨てたかも全て見て知っている。

冒険者になるにあたり、あのカルキノスと真っ向から喧嘩をしてしまうほどの騒動さえあった。

 

 

 

 

きっとルファスには深い考えがあるのだろう。

もしかしたら200年に渡る封印さえも計算の内なのかもしれない。

ともすればこの現状の全てが掌の上で、自分たちは無意識にルファスの計画を回している可能性さえある。

 

 

 

 

その上でどうしても思ってしまうのだ。

どれだけ彼女が母を愛していたかを知りつつも。

 

 

「どうして、あの方を一人にしたのですか。母君の死さえも計算の内だったのですか?」と

 

 

 

アリエスが唯一ルファスに抱く不信である。

故に羊は己が余計な事を口走らない様にそこらへんに生えてた草をむしり取り、口に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァナヘイムの森の中にぽつんと建っている一軒の小屋をじっとルファスは見つめていた。

森全体を覆うように厳重に張り巡らされた結界はここだけ強度が段違いであり、明らかにこの中にいる者を守っている。

これだけの規模/精度の天法を永遠に展開することができるのは『乙女』のパルテノスを置いて外ならない。

 

 

 

だが、ルファスの胸中はその小屋を見ていると微かにざわめくのだ。

あぁ、確か……こんな形の小屋だったな、と。

あの小屋はもう460年も昔のモノであり、とうに崩れ果てているだろうが……。

 

 

 

脳裏に誰かの顔がよぎりそうになれば、ディーナがすっと前に進み出た。

彼女はくるっと華麗にターンを決めた後に渾身のドヤ顔を決めつつ言った。

何とも道化師染みた諸作だが、神秘的な青髪の少女がやれば絵になるのだから困ったものだ。

 

 

 

 

「ここは私にお任せを。 

 この私のあふれ出るコミュニケーション能力で件のウィルゴさんの信頼をゲットしてみせます!!」

 

 

 

「……ここらへんで活躍して目立とうという魂胆だな?」

 

 

 

 

ルファスの言葉にディーナの笑顔が深くなる。

自他ともに「影が薄い」というキャラ付けで動いているのがディーナである。

 

 

 

実際は物凄い濃いと「彼」は思っているし、影の薄さの半分は彼女の特殊な能力によってわざとやっているというのもある。

だがそれを差し引いても最近のディーナは当初思っていた程に活躍出来てはいなかった。

 

 

「ここらへんで私も出来る女っぷりを見せておかないといけませんからね!」

 

 

もっとストーリーテラーとしてルファス様たちを導く筈だったのに! と彼女はフンフン鼻を鳴らしながら嘆きを零す。

最初に手元に戻したアリエスが優秀すぎて彼女の計画は微かな軌道修正を必要とされていた。

 

 

 

スヴェル──特に何の問題もなくアリエスの回収に成功しメグレズとも接触できた。

 

 

黒翼の王墓───少しばかり働けたが、リーブラとの戦いやらマッピングなどは殆どルファスとアリエスが片付けてしまった。

 

 

ギャラルホルン──情報収集などで多少は動き回ったが、気づけば事の元凶であるアイゴケロスはアリエスが叩きのめしてしまい解決。

 

 

 

 

満を持して黒幕系キャラとしてルファスと一度はぶつかり合う事もあったがやはり敗北。

その後はアリエスと道中の解説役の座を奪い合いつつも何とかルファスの参謀としての地位を維持して今に至る。

このままではいけないとディーナが思うのは致し方ないかもしれない。

 

 

 

そして行くところ行くところで己の術が綻びかけるのを見るのも中々に恐ろしいモノがあった。

200年前、危うく本当の意味で敗北しかけたことも鑑みるに世の中は上手くいかないことだらけである。

 

 

 

 

「こんにちは! ここにパルテノス様がいらっしゃると聞いてきました!!」

 

 

「怪しいモノじゃありません! 私はルファス様の参謀、ディーナと言います!」

 

 

 

完璧な営業用のスマイルを浮かべたディーナはハキハキとよく通る声で名乗る。

とある事情で営業活動/広報などなどの経験を嫌と言う程に詰んだ彼女にとって、こんな事は電話掛けに比べれば遥かに簡単な事であった。

ドンドンと勢いよく小屋の扉をノックする。

 

 

 

数秒後、同じくらい大きな足音が中から響き渡ったかと思えば返ってきたのは───男の声であった。

 

 

 

「hello!! 丁寧な挨拶ですね!! 非常にGOODですよ!!」

 

 

 

バァンと扉を開ければ出てきたのはウィルゴという少女でも、ましてやパルテノスでもなかった。

朝焼けした褐色の肌にお洒落な洋服。しっかりセットされた黒髪と髭。

第一印象は「出来る男」といった風貌の男性……カルキノスであった。

 

 

 

「ヘアッ!?」

 

 

全く予想外の展開にポカンと口を開けてディーナは固まる。

え? どうしてここにいるの? と心から疑問に思っているようだった。

アリエスだけが「あぁ……」と小さく納得したようにうなずいている。

 

 

 

何百年経とうと決して変わらない仕草と奇妙な口調。

こんな男はカルキノス以外に絶対に居ないであろうと断言できる。

彼の声を聴いたルファスは小さくため息を吐きながらも微笑んでいた。

 

 

 

 

「アリエスからmessageを受けておりましてね。

 ちょうど、今の拠点がここの近くを通るのでミーから来たんですよ!」

 

 

 

「カルキノス!」

 

 

 

アリエスが駆けよればカルキノスは快活に笑いながら掌を翳した。

パァンとアリエスがソレを叩くと二人は笑い合った。

十二星天という括りが出来るよりも更に前、ルファスがただの少女であった頃からの付き合いの二人は彼女の部下たちの中でも特に仲が良かった。

 

 

 

「久しぶりですねアリエス。変わらずhealthinessな様で何より!」

 

 

 

「当たり前でしょ。ルファス様がお戻りになるまでに無様な姿は晒せないって」

 

 

 

HAHAHAHAHAと独特な発音で笑いつつその視線がルファスに向けられる。

すると彼は跳ねた。

文字通りピョンと兎の様な瞬発力で跳ね上がるとルファスの前に着地し騎士が主にそうするように跪きながら両手を取った。

 

 

リーブラとアイゴケロスの視線が鋭くなり、アリエスはため息を吐いた。

ディーナはパチパチと瞬きを繰り返している。

 

 

「Oh! I was surprised! ルファス様! 

 我が最愛の主!! ルファス様ではありませんか!!」 

 

 

 

「あぁ……時間はかかったが戻ったぞ」

 

 

 

クルクルと自分の周りで回り始めるカルキノスに「彼」は不思議と嫌な気持ちはせず、穏やかな口調で返す。

どうにもしまらない仕草が目立つ男ではあるが、たまにはこういった茶番に付き合うのも悪くはなかった。

 

 

 

「えぇ! ミーは知っておりましたとも! 

 貴女様があの程度で終わるはずがないと!!」

 

 

 

「当然だ」

 

 

 

腰に手を回され、手を掴まれるがルファスはされるがままに付き合い続ける。

そのまま彼女は脱力し、ひらひらと踊り始めた。

 

 

 

「許可もなくマスターの腰に手を回すのは無礼です」

 

 

 

「よい。許す」

 

 

 

近距離用の武装を展開したリーブラが切りかかる為に踏み込もうとするが、ルファスは踊りながらソレを制した。

ゴーレムでありながら感情を感じさせるきょとんとした顔をリーブラが浮かべるのを見つつ彼女は続ける。

 

 

 

「健気に余を待ち続けてくれた臣下が求めているのだ。

 一曲くらいは付き合ってやるのが主の役目だ」

 

 

「了解しました、マスター」

 

 

 

主の言葉にリーブラが武装を解除する。

そのままじっと彼女は無機質な瞳でカルキノスを見つめ続けていた。

瞳の中に宿る炎を幻視したアリエスが肩をすくめる。

 

 

 

「苦労をかけた。大事ないか?」

 

 

「えぇ! no problem!! この通り、ミーはピンピンしておりました!」

 

 

 

スラスラと考えるまでもなく言葉が出てくるのを「彼」は少しだけ不気味に感じつつも

カルキノスが登場してから先ほどまであったイライラが消えうせているのを心地よく思っていた。

幾ら中身が男であるとはいえ普通はドロップ・オーバースウェイなどやられたら嫌悪が湧く筈だが、特に何ともない。

 

 

 

ヴァナヘイムという不愉快な地ではあるが、ここでカルキノスと合流できたのは非常に大きい進展になるだろう。

 

 

(特に問題なく回収完了っと……他もこうであればいいけど……)

 

 

 

視界の端で「クッ……我も魔神族に協力などしなければ!」と心から悔しがっているアイゴケロスを見つつルファスは残りの十二星天、特に最も厄介だと言われている『獅子』のレオンの時は大変だろうなと踊りながら思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスたちは新たな仲間としてウィルゴを迎え、次の目的地を『蠍』のスコルピウスに狙われているという『プルートガング』に定めていた。

仲間と主たちが出発の準備を整える中、カルキノスは一人で森の中を歩いていた。

 

 

 

彼からすればこの森の光景は見慣れたものである。

何せパルテノスが主よりヴァナヘイム山頂で眠る龍の監視を命じられた時、彼は万が一のアウラの保護先をここにしてはどうだろうかとルファスに進言したのだから。

 

 

 

200年前の当時は世界的にルファスへの反感が高まりつつある時期であった。

余り物事を深く考えないカルキノスでさえ異常と思ってしまう程に誰もがルファスへ憎悪を向けていたのだ。

 

 

 

覇王の母というのは人質として途方もない価値がある。

彼女は龍さえ歯牙にかけないであろう無敵の力を誇るルファス・マファール最大の弱点だ。

故に彼はリュケイオンからこのヴァナヘイムへとアウラを移動させることを提案したのである。

 

 

 

それに男性である自分よりも同じ女性で、更には天法の専門家であるパルテノスの方が彼女の力になれるだろうという冷静な判断もそこにはあった。

結果としてそれが正しかったかどうかは判らないが、カルキノスは己が最善を尽くしたと信じている。

反省はすれど後悔はしないのが彼なのだ。

 

 

 

塗装されていない道を進む。

周囲の木々は深く、青い草や泥と化した地面が行く手を遮るがカルキノスは気にも留めない。

 

 

 

やがて開けた空間に出れば、そこにあったのは小さな墓標。

かつてリュケイオンで娘と笑い合っていたアウラの墓である。

カルキノスはいつも通りの人懐っこい微笑みを浮かべながらソレに近づき、手に持っていた小さな花を一輪添えた。

 

 

 

「今日はgoodなnewsがありますよ! えぇ、遂にレディがお戻りになりました!!」

 

 

 

返事は当然の話だがある訳がない。

それでも彼は続ける。

 

 

「レディは昔と同じくpowerfulです。

 きっと、これからも上手くやっていくことでしょう」

 

 

 

「ミーも微力ではありますがsupportを欠かさないつもりです。ですからどうかご安心を……」

 

 

 

跪き、深く頭を下げる。

まるで騎士が主にそうするように。

数秒後、彼は立ちあがり最後にもう一言だけ付け加えた。

 

 

 

彼から見たら今のルファスは……なんとも奇妙な状態としか言いようがなかった。

寝ぼけているというか、自分で自分の演技をしているというか。

しかし彼女には彼女の考えがあるのだろう。

 

 

彼の知るルファスという少女に諦めるという概念はないのだから。

 

 

だから彼はぐっとこらえて待つことにした。

彼は我慢強い男なのだ。

 

 

 

「今はまだ色々と事情があるみたいですので……。

 レディをここに御通しするのはもう暫しお待ちください」

 

 

 

「えぇ大丈夫! 最後は間違いなく皆でhappy endになることは間違いないでしょう!!」

 

 

 

自分で自分のセリフに大きく頷いてから立ち上がる。

振り返るといつの間にかそこには緑髪の少女──若かりし時代の姿をしたパルテノスの亡霊がいた。

 

 

 

『久しいのカルキノス。元気じゃったか……なんて質問はお主には無粋か』

 

 

 

「HAHAHAHA! 貴女こそ変わらずbeautifulなままですね」

 

 

 

『嫌味……じゃないんだろうなぁ、お主の場合は』

 

 

 

いつ出会おうと変わらないカルキノスの態度にパルテノスはため息を吐く。

彼は魔物で自分は人間。その寿命は全く違う。

パルテノスとて女、老いていく様を仲間に見せる事に想う所がないわけではない。

 

 

定期的にアウラの墓を訪れていた彼の前で自分だけが醜く老いていったというのに。

それでもカルキノスはいつだってパルテノスを一人の女性として扱い続けたものだ。

最初は嫌味かと思ってイラつく事もあったがカルキノスが本気だと気づいてからは指摘する気さえもなくなってしまった。

 

 

 

 

大きく深呼吸してからカルキノスは頷く。

 

 

 

「それにしても実にGOODな仕事をしましたね。空気も本当に澄んでいて見違えましたよ」

 

 

 

『198年かかったのだぞ? 本当に長丁場だったわい』

 

 

 

パルテノスがヴァナヘイムを任された理由は『天龍』の監視というのもあるが、実はもう一つの役目があった。

それはこの霊峰の麓に溜まりにたまった怨念の浄化である。

天翼族が何千、何万年もの間に捨て続けた混翼の子らの死念はもはや地層の様につもり重なり、並の術者ではどうしようもない程に膨れ上がっていたのだ。

 

 

 

これを放っておけば第二の“子隠し”が生まれる可能性は非常に高く、故にかつてのルファスはその浄化を最高の天法使いであるパルテノスに任じたのだ。

それでも元がつくとはいえ女神の聖域の守護者にして、ミズガルズに並ぶ者なき天法使いのパルテノスの力を以てしても200年近くかかってしまった。

普通の術者だったら途中で呪詛に取り殺されるか、そのまま行方不明になっていたことだろう。

 

 

 

 

『山の上に天龍の奴が眠っていなければ、この森そのものが一つの魔物に変わっていたやもしれん』

 

 

 

「……本当にお疲れ様でした」

 

 

あのカルキノスでさえ笑顔を消してしみじみと言葉を贈る。

 

 

ハァァァと深くため息を吐く。

ここを任された当初は本当に絶句したモノだ。

想像を絶する規模の怨嗟と死念が渦を巻き、それでいて山頂に眠る龍が蓋の役割を果たしてしまっていたせいで発散もされずにたまり続けていたのだから。

 

 

 

最高位の魔物であるカルキノスでさえ森の空気を吸った瞬間に猛烈な吐き気に襲われ、壮絶に顔を顰めたといえばどれだけ酷かったか判るというものだ。

恐らくはヘルヘイムという魔境に馴染み切ったアイゴケロスでさえ不快感を感じることだろう。

 

 

 

「何をどうすればこうなる?」と困惑を隠しきれなかったパルテノスはアウラより天翼族の所業を聞かされて……キレたのが無人の市街地の真相だ。

むしろただ追い出しただけで済ませてやったのを感謝してほしいとさえ彼女は思っていた。

 

 

 

『一仕事を終えて、ほっと落ち着いたらこの様じゃわい。全くままならんのぉ』

 

 

 

『母君様も救えなかったワシには当然の末路かもしれんがな……』

 

 

この森をこのままにしておいてはいけないという使命感から続けていた仕事を完遂し、気が緩んだ瞬間にパルテノスは落命したというのがことの真相であった。

 

 

 

 

「レディの事はお任せください。ミーが絶対にguardしてみせます」

 

 

 

『頼んだぞ。孫も気心しれたお主がいれば助かるじゃろうて』

 

 

 

ウィルゴにとってカルキノスは親戚の叔父の様な人物であった。

定期的に訪れては外の世界の話を聞かせたり、幼子だった頃には遊びに付き合ったこともある。

文字の読み書きや美味しい料理の作り方を教えたりもした。

 

 

 

外界の面白おかしい物語の本を何冊も持ち込んだ事もあった。

パルテノスが眼を丸くするほどにカルキノスは天翼族の少女の扱い方を心得ているようであった。

まるで一度経験した事があるかのような手際の良さだったのだ。

 

 

 

 

「では、そろそろ失礼しますね」

 

 

 

遠くから聞こえてくるアリエスの声にカルキノスはパルテノスに会釈してから言った。

 

 

 

 

()()()がお待ちしていますので!」

 

 

 

 

彼は『蟹』のカルキノス。

十二星天で誰よりも防衛に特化した、とても出来る男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背を向けて去る彼を見送る様に墓の前にぼんやりとした何かが現れたのをカルキノスは知る由もなく、パルテノスもまた瞑目して見なかった事にするのであった。

 




来週は所用で更新をお休みします。
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