ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
今回はちょっとグレーな話ですが避けては通れなかった。
「はじめまして。
出会いこそ良いモノとは言えませんでしたが
自分は貴方の事をもっと知りたいと思っています」
ついさっき自分の胸目掛けて殺人矢を叩き込んできた相手にするとは思えない程に温厚な態度と温かみのある声でアリストテレスは話しかけていた。
彼の後ろではルファスが指を腹部の前で組んで直立しており、鋭い眼差しでこの愚か者が更に愚かな行為をしないように見張っている。
殺しはしない。
しかしもしも先の様な事をしようとしたら片腕は奪ってやる気だった。
「…………」
周囲を完全に武装したエルフたちに取り囲まれているケンタウロス族の少年。
ルファスの魔法で足に拘束用の光の鎖を装着された彼はもはや何処にも逃げようがない。
仮にコレがなかったとしてもルファスに捕捉された以上、もうどうしようもないのだ。
首に真っ赤な痣をつけられた彼は先ほどからずっと黙秘を続けていた。
「アリストテレス卿、この度は申し訳ありませんでした! しかし決して我々エルフは……」
元々白かった肌を更に真っ白にしたトレミーが戦々恐々と言った様子で謝罪の言葉を続ける。
これは誰がどう見てもとんでもない不祥事だ。
よりにもよってロードス王から直々に招待された客人に暗殺未遂を起こしてしまうなど、文字通り首が飛んでもおかしくはない。
彼の焦燥を痛い程に理解している周囲のエルフたちは黙々と準備を進めていた。
獣を解体する時などに用いる巨大な鉈を何処かから引っ張り出してきて、それを複数人がかりで砥石に掛けている。
あと十数分もすれば立派に錆を落とされた巨大鉈が完成することだろう。
偶然かどうかは判らないが、それは何処か斬馬刀にも見える……こう、馬の首を切り落とすときなどがもしもあれば便利そうだ。
そんな彼をプランは微笑みながら宥める。
彼の顔が悪い大人のソレに切り替わったのをルファスは認め、小さく息を吐いた。
余り好きな顔ではない。人のものではなく、アリストテレスとして動くための人形の顔だ。
「お気になさらず。そもそも今回の件は不幸な事故だったかもしれませんよ?」
「森での狩りを行っている最中、暴発した流れ矢がたまたま自分の所に飛んできただけかもしれません」
実際はありえない事だが、彼がそういえばそういう事になる。
だとすれば、そんなモノを使うのは余りに可哀そうだとアリストテレスは締めた。
命を穿たれかけたというのに、全く気にも留めない態度にケンタウロスは信じられないものを見るような目を向ける。
プランもまた彼を見た。体裁だけ整えた笑みを浮かべながら。
「お名前を、是非」
蒼い瞳には何の感情もない。
言葉だけを仮に文章として纏めたら寛大な貴族の余裕に満ちた態度に想えるが、実態は肉食昆虫が獲物を見定めているような無機質な外面でしかない。
彼はこの顔を知っている。あの時は仮面を被っていたが、きっとあのマスクの下ではこの顔をしていたのだろう。
そう、ミョルニルで堂々と大通りを進んでいた時には。
「……サジ、タリウスだ」
苦々しく吐き出す様な声でそう言ってから彼はプランを睨みつけた。
だがしかし、ルファスにはそれが虚勢だと直ぐに判った。
心の内にある恐怖を覆い隠す為に、目を逸らす為に強いフリをしているだけだと。
「こんにちはサジタリウスさん。───ミョルニル以来で間違いないですね?」
何てこともないようにプランは言った。
そういえば視界の端に居たな、程度の記憶ではあったが覚えていたのだ。
実際は確信などなかったが自分が亜人にいきなり攻撃されるような出来事といえばあの時の因縁だろうと思いカマをかけた。
見事にそれは的中したようだった。
アリストテレスに存在を認識される。
その事実にサジタリウスは足をもつれさせるほどに震える。
サジタリウスの脳裏に浮かぶのは不気味な骸のマスク/軍団。
その後に起きた疫病の大氾濫。
たった一人の男の行動が一つの国を滅亡からすくい、そして彼の心に消えない傷を刻んでいた。
産まれながらの強者であり、人を見下していた彼は人間と言う種の底なしの悪意を知ったのだ。
「!!」
ぐっと拳を握りしめ、咄嗟に弓を取ろうとするが既に破壊されてしまった事をサジタリウスは思い出した。
必死に後方に下がろうとするが、ガチャンと光の鎖が音を立てるだけだ。
数秒間鎖を引っ張り続けたが、やがて彼は諦めたのか項垂れながら口を開いた。
「そうだ……俺はあの時、ミョルニルに居た。……竜王の配下としてな」
「……そして俺はあんたのばら撒いた厄災に恐れを為してラードゥンの所から脱走したというわけだ」
エルフたちが「やはり必要かもしれない」と判断し斬馬刀染みた鉈を三人がかりで運んでくる。
ルファスはソレを横目で見つつ「まだいい」と頭を横に振って否定した。
「言い訳はしない。俺は亜人の権利向上を隠れ蓑に、思う存分に暴れたかっただけだ」
サジタリウスもまた生まれながらの強者であった。
ケンタウロス族の突然変異/魔物化した存在として生を受けた彼は物心ついた時にはレベル100オーバーであり、更には固有のスキルさえも所持する存在だった。
【アルナスル】と呼ばれる絶対命中/ゼロ時間着弾攻撃は彼が己を選ばれし者だと思いあがらせるのに十分すぎる程に強大な力だ。
故に彼はこう考えた。
自分のこの力を使って人類の勢力を削れば亜人──ケンタウロスの権利も向上するのではないか? と。
いや、もっと強い欲望と野心がそこにはあった。
人類という種を駆逐し、亜人の、ケンタウロスの国を作って見せると。
そして自分がその王になる……今となっては何とも無謀で愚かな夢だ。
だから彼は竜王の招集に従い配下に加わったのだ。
元より己の実力に自信のあった彼は竜王の血を摂取せず、そのまま初陣として吸血鬼の国に降下したのだ。
その結果がミョルニルの戦いだった。
竜王と吸血姫の激突はサジタリウスなど所詮は井の中の蛙に過ぎないということを教えてくれた。
そして【バルドル】で完全武装した軍団はこの世の理不尽全てを練り込んだ様なおぞましいモノだった。
彼は知っている。
射撃という概念を塗り替えるアリストテレスの所業を。
プラン・アリストテレスが戦火に塗れたミョルニルの大通りを闊歩し、縦横無尽/無慈悲な射撃で多くの仲間を撃ち抜いていた事を。
“スキルを使わなければ当てる事も出来ないのか?”
彼の中で黒い劣等感がそう囁く程の流麗な射撃であった。
彼は知っている。
共に亜人の為に参戦した仲間たちが瞬く間に駆除された事を。
何をされたかさえ判らなかった。
突如として全身を弾き飛ばされ、残っていたのは血だまりだけ。
狙撃手として参戦していたサジタリウスはその最期を遠くからしっかりと見てしまった。
その後はよく覚えていない。
無我夢中でアイガイオンに乗り込み、気づけば竜王の帝国へと帰還していたのだ。
その後も散々としか言いようがなかった。
広がる疫病にいつ自分もかかるか判らない恐怖に怯え、彼は逃げた。
逃げて、逃げて、人類たちとの衝突を恐れて大移動を行っていた同族たちと合流して今に至るというわけだ。
「それで? 仲間の仇討というわけか? ……自分たちは好き勝手やっておいて」
ルファスは嫌悪も隠さずに言う。
アリストテレスたちとの対面でミョルニルの戦いを彼女は知らされていた。
無抵抗の者たちを一方的に殺しまわり、赤子さえ容赦なく惨殺していた亜人たちの蛮行を彼女は見た。
……あんな事をしておいて、まだ繰り返すのか?
しかもよりにもよってプランに攻撃を加える?
やはりこの男はここで殺しておくべきかもしれない。
ルファスは横目で鉈を見た。
しっかりと砥がれているアレはもしも使うことになれば簡単にサジタリウスを両断できるだろう。
「…………俺たちだって、心があるんだ。あんた達人類と同じような心が」
「だというのに、人類はいつも俺たちを魔物だと責め立てる!
だから、俺は戦いでしか世界は変えられないと思ったんだ……!!」
竜王の作る世界はかつてのサジタリウスには魅力的に見えたのも事実だ。
人類と魔神族という対立構造に第三勢力として横合いから殴り込みをかけるというのは本当に……やってみたいと思う事だった。
戦って世界を変える。
それそのものはルファスも納得できる思想だった。
しかしながらどうしても彼女はこの男へのもやもやが消えない。
何かが違う。
サジタリウスのやっている事は、何かが。
“それがどうした? 今更弱音か?”
“負けて逃げた挙句、竜王さえも裏切った癖に”
“最後まで続けられないその性根に問題があるんだろ”
これらの言葉が口をついて出そうになるのをルファスは抑え込む。
どうにもこの男がいきなり暗殺染みた行為を行ったと思うと慈悲の心が湧かないのだ。
しかし迂闊にこれらを言った所で己の利にはならないだろうことくらいは判る。
故にルファスは冷たい目で沈黙してサジタリウスを見つめていた。
沈黙とは金であるのだから。
「判りました」
プラン・アリストテレスが頷く。
何が判ったのかは判らないが。
「貴方の仲間たちに会わせてはいただけませんか?
ご安心ください。何も酷い事などしません」
「ただ、教え子に知見を広めてもらいたいだけなのですよ」
百聞は一見にしかずという言葉の通り、プランはルファスに亜人という種を見せる事に決めた。
何が問題で、なぜ彼らがミズガルズにおいて人類と認められないのかということを知ってもらうために。
亜人。
ミズガルズにおいて人類とは認識されていない種族。
凄く大雑把に簡単に言ってしまえば“人もどき”であり魔物の一種だ。
一言で亜人といってもその種族は多岐にわたる。
魚と人の中間の様な魚人や、人の上半身と馬の下半身をもったケンタウロスなどなど。
何なら殆ど人間と変わらない顔を持つ者だって珍しくはない。
彼らは言葉も通じるし、文字の読み書きも可能だ。
だがしかし魔物として区分けされている。
お前たちは違う、一緒にやっていけないと人類から拒絶されているのだ。
それはどうして?
外見で言えば以前にユーダリルで見た獣人たちの方が人からずっとかけ離れているというに。
しかし彼らは立派に人類として認められ、国家を作り外交だってこなしている。
以上が一通りの亜人についてルファスが知っていた事であった。
「…………」
少しばかりの時間が経過し、苛立ちを消しつつあるルファスは先を歩くケンタウロスの背中を見つめながらずっと考えていた。
プランが仲間たちの所に案内しろと言えばサジタリウスに断る権利などなく、彼は項垂れた様子で力なく歩を進めている。
ルファスはそんな男から眼を離す事はなく、妙な真似をしたら直ぐにねじ伏せるつもりでいつつも、プランに視線を流す。
少女は彼の真意を理解しようと頭を回している。
亜人というのはまぁ、見てわかる通り人とは違うという意味の種族だ。
(亜人たちの事を私に見せたいと言っていた)
言葉通りにそこは受け取っていいだろう。
対外的には彼の弟子として通している身である。
師が勉学に必要と判断したのならばそれでいい。
ルファスの視線が空に向けられる。
バサ、バサという翼が羽ばたく音と共にルファスの考え事は中断された。
「アリストテレス卿!」
急速に空から降りてきたのは3人の天翼族であった。
翼の色は黒に近い灰色で、ヴァナヘイムにおいては劣悪種の烙印を押されていた者たちだ。
そんな彼らもマナの濃いこの地で暫く生活していたからか、そのレベルは既に100近くまで上昇していた。
ルファス程ではないにせよ混翼たちの肉体はマナへの強い適応/吸収能力があるのだ。
後はプランが段階的に各国に銀色の果実をばら撒いたというのも大きい。
「ようこそ光の森へ!」
「何かあれば何でも仰ってください!!」
心からの笑顔をプランに向ける。その瞳は情景を通り越し、一種の信仰さえ宿っている。
自分たちに価値を見出し、人として扱ってくれた恩人への限りない感謝と一種の崇拝さえそこにはあった。
何もしてくれず、助けてくれなかったアロヴィナスなどより現実に行動してくれたアリストテレスは彼らにとって救世主に等しいのだ。
もしもルファスがサジタリウスの事を伝えたら、即座に殺しにかかるほどに彼らはプランに心酔していた。
次に彼らが見たのはルファスだった。
プランに向けていたのと同種の視線を受けてルファスはたじろぎそうになる。
どうにもこういう類の視線は得意ではない。
「貴女がルファス様ですね。活躍はこの森にも届いていますよ!」
「はははは……余り真に受けないで欲しいな。そういうのはよく脚色されてるものだ」
視線をさ迷わせて何とか誤魔化す。
好意は結構だが、行き過ぎると厄介だなと彼女は思いながらサジタリウスに視線を戻した。
ルファスの目線を感じた彼はびくっと震えると、微かに縮こまり少しでもこの場から存在を消そうとする努力を始めた。
「話は変わるが、この森では亜人を保護していると聞いた。貴方達はその護衛か?」
「はい。彼らの保護観察の命を受けております」
一瞬だけその瞳の中に苦々しいモノが走ったのをルファスは見逃さなかった。
プランを見れば彼は微笑んでいる。何の中身もない顔で。
「そうか……それはそうと、この森の住み心地はどうだ?
普通の天翼族はこういったマナに満ちた地は好きじゃないと聞くが……」
“なにか もんだい は あるか?”
「……」の部位であえて唇だけを動かし声を発さない様にする。
読唇術による交信を彼女は試みていた。
屋敷の書の中にあって面白そうだという理由で会得した技術である。
「いえ……実はヴァナヘイムよりもずっとこっちのほうが居心地がいいんですよ。最初は不安でしたけど……」
“あります かちかん ちがう”
伝わるかどうかは殆ど賭けであったが、天翼族は平然と返してきた。
ヴァナヘイムにおいて下手に声を出せばお綺麗な翼の者達が居場所を特定して嬲りに来た事から彼らは声を用いない交信方法を多く会得していたのだ。
光の点滅、トン、トン、トンツーという音の振動を用いた交信、そして読唇術。
「それは良かった。直ぐにこの森が第二の……いや、新しい故郷になるさ」
“わかった あとは じぶんでみる”
これらは彼らの生きるための術であった。
闇に潜み、ドブネズミの様に生きていた頃の名残だ。
プランがそれら全てを見て瞑目している。
天翼族の者達が言う事は正しい。
誰もが最初は亜人たちを嫌っていたわけではなかった。
そうだ。価値観なのだ。
先にサジタリウスは自分たちは人類と変わらないと言っているが、亜人と人類とでは決定的に違う所があるのだ。
彼は己の心を完全に覆い隠す様に【バルドル】のマスクを被るのだった。
「ここだ」
サジタリウスは険しい顔で到着を告げた。
亜人たちの集落は先の詰め所から2キロほどの地点にあった。
何の変哲もない森を切り開いて作られた集落にはウッドハウスが幾つも並んでおり、多くのケンタウロス達が闊歩していた。
それだけではない。
植物人、ラミア、蟲人・カマキリ型などといった植物と相性の良い亜人たちの姿が数多く集落の中には見受けられる。
そんな彼らはサジタリウスの姿を認めれば瞳を輝かせたが、直ぐにその後ろを歩くアリストテレスの顔を見るや否や硬直した。
ミョルニルでの騒動はきっと彼らの耳にも届いているのだろう。
数多くの亜人たちを抹殺したという噂が。
あの後、竜王の血液や散布した“毒”の成分を分析するために数多くの亡骸がエルフの森へと運び込まれた。
その中には亜人たちのソレも多くあったという。
「いきなりの訪問で驚かせてしまい申し訳ありません。
自分はプラン・アリストテレスという者」
「此度は我らの盟友であるエルフの森の異変を解決するために招かれました」
護衛の混翼3名を傍に控えさせ、プランは丁寧に亜人たちに挨拶していた。
何処までも胡散臭いが、実直な声明にケンタウロスを始めとした者達の緊張が微かに緩んでいく。
混翼の者達など、まるで憧れの英雄を見るように目を輝かせていた。
「どうぞ我々の事はお気になさらず。
皆様はいつも通りの日常をお過ごしください」
ルファスだけが腕を組みそっぽを向いている。
これはアリストテレスの言葉でありプランの言葉ではないと知っているからだ。
プランの声で話しているが、その実、違う誰かが喋っていると思うといい気はしなかった。
(いつかその身体を彼に返してもらう)
彼を縛り付ける大きな鎖を認識している彼女は妄執に取りつかれた一族の事を思い苦みを噛み締めた。
彼らがいなければプランもいなかったし母も助からなかったのは判るが、それはそうといずれは成仏してもらわなくてはと思っている。
「わぁぁ……アリストテレス卿だ!」
甲高く甘い声を上げたのは植物人の少女だった。
手足の所々から葉が生えており、頭頂部には飾りではない立派な大花が咲いている亜人だ。
彼女は両手を握りしめ、プランに向かって猫なで声の歓声を上げていた。
傍から見れば憧れの人に会えた少女の様な仕草だ。
しかしルファスにはしっかりと見えていた。
まるで値踏みするかの様な視線をプランに向けているのを。
何もかもが張りぼて。
表面上は敬意を見せているが、何とも薄っぺらいものだ。
周りの天翼族たちも表向きは笑顔で応対しているが、実際は欠片も警戒を緩めてはいない。
亜人たちは気づいているのだろうか?
誰もがリラックスするように見せかけて常に腰に刺した剣の柄に指をやっているのを。
彼らのレベルは100と少々。
もしもやる気になれば瞬く間にこの集落を制圧できるだろう。
ルファス達は産まれた時から悪意に晒され続けていた。
皮肉なことにそれによって培われた探知能力はこういった張りぼてを簡単に見ぬけてしまう。
(…………)
腕を組む。
心の中で隔壁を降ろしだす。
ほんの僅かだが、ルファスはプランが自分に教えたい事が何であるかを理解し始めていた。
サジタリウスに抱いていたもやもやと似た何かを彼女は亜人たちにも抱き始めていた。
「しかしサジタリウス様、どうしてアリストテレス卿がここに?」
「弓の練習中に出会っただけだ。
どうやら彼は俺たちに興味あるらしい」
「それは何と……」
蟲人の男が問えばサジタリウスは前もって用意しておいた内容で簡潔に答える。
下手にボロを出さない為であった。
数歩進んでからサジタリウスは振り返り、大きく腕を広げていった。
先と同じ言葉であったが、先よりも遥かに熱のこもった声で。
「見た通り俺たちは亜人だ。確かに姿かたちはお前たちとは違う」
「だが……心は同じだ。何も変わらないということをどうか見て行って欲しい」
アリストテレスはサジタリウスの言葉に大きく頷いた。
「勿論です。此度はこのような機会を与えて頂き、誠にありがとうございます」
アリストテレスの声は敬意に溢れつつも何処か平坦なものだった。
マスクの下にある無機質な顔がルファスには見えた気がした。
「少しばかり集落を回らせて頂きますね。
先にも言いましたが、自分の事はお気になさらず普段通りの生活をお過ごしください」
「あるがままの皆さんの姿を見たいのですよ」
そう言われてしまえば亜人たちはこれ以上プランに対して何かを言う事はできなかった。
ゆっくりとアリストテレスは亜人たちに向けて歩き出す。
“自分から離れないで”
【一致団結】を通して囁きかけられたルファスは一も二もなく頷き、無言で彼の後を追う。
“同じだな、色々と”
ルファスはサジタリウスの先の言葉に内心でそう返していた。
人とは違った種族の生活風景を見れるというのは中々に面白い事であったが、しかしルファスの中では警報が絶える事はなかった。
何をしていてもだ。
蟲人が蜂と共生して蜜を作っているのを見ていた時も。
植物人が指先をツタに変化させて大地から養分を取り込んでいる時も。
何ならサジタリウスが見事な弓の腕を披露している時だって。
ルファスの羽根はずっとささくれ立っていた。
敵意と悪意、それに準ずるモノを感知するセンサーの様に。
もしも隣にプランがいなければこんな居心地の悪い場所、直ぐに飛び立っていただろう。
(気持ち悪い)
視線が向けられている。
ソレは別におかしいことではない。
アリストテレスとその付き添いという立場からして、亜人たちの注目を浴びるのは仕方ない事だ。
ただし、その視線の中に粘性を帯びた感情がこれでもかと宿っていれば話は別だ。
まるで見定められている様だった。
“どう取り入ろうか?”という下卑た意思がありありと見て取れる。
視線は常にプランとルファスを行き交いしている。
どちらのほうが自分にとって有益なのか見比べているように。
間にいる天翼族などは眼中にもない。
護衛の天翼族の顔は無表情だった。
ルファスと同じ悪意を彼女の何倍、何十倍も受けてきた彼らはとっくに気が付いている。
この亜人たちは全く信用に値しないと。
ルファスには彼らの内心がはっきりと見えていた。
“できれば関わりたくない”“仕事だからやっているだけ”だと。
「おぉ! 植物人の方はそうやって栄養を摂取しているのですね! やはり光合成も可能なのですか?」
「はいぃ♪ でもでも、やっぱり大地から摂取するほうが効率がいいんですよぉ♪」
アリストテレスに少しでも気に入って貰おうと媚びに満ちた声を植物人の少女が上げている。
いっそ哀れに思える程に露骨だった。
混翼の者達が取り立てられた事を知っている彼女はあわよくば自分もそのおこぼれに預かりたいのだろうか。
「なるほど。さすがは蟲人……種類は違えどある程度は他の昆虫と意思疎通が可能なのですね」
「あぁ。彼ら一匹一匹の声は小さいが、確かに意思がある……」
「ほぅ。ケンタウロスの歩法は純粋な馬と同じようでいて、違うのですか……」
「上半身が生物の馬よりも大きいからな」
【バルドル】のマスクを被り、完全に顔を隠したアリストテレスだけが和気藹々とした声で亜人たちと会話しているのが不気味でさえある。
(…………彼らは)
ルファスはふと思った。
亜人たちは差別されていると聞いた。
何処に行っても人類に魔物扱いされると。
ミズガルズ歴が始まって2000年以上。
その前の暦も含めれば万年単位の歴史がこの世界にはある。
しかして、亜人たちはその歴史の中で全く受け入れられた事はなかった。
ならば、自分たちで集まって国を作ればいいのでは? という疑問だ。
強者の理屈なのは判っている。
そうしたくても出来ない者が多いのも当然いると。
しかし、天翼族における混翼よりも遥かに絶対数が多く、同じ志を共有する者達が多々いるのにどうして団結しないのだろうとルファスは思った。
その答えは直ぐに出てくる。
会話は続く。
どのような流れでそうなったかはルファスは考え事をしていてよく覚えてはいなかった。
しかしプランはあえてそうなるように仕向けていた。
彼の予測が正しければこれから先は少しだけ良くないモノを見る事になるかもしれず、ルファスにつなげられた【一致団結】経由で検閲が始まる。
具体的には視界に微かに映像処理が入ることになった。
「出来るぞ。少し待て……」
亜人と人類の歴史について彼はサジタリウスと会話をしており、自然な流れで【人化】を使えるかと問うたのだ。
サジタリウスはそれに対して「出来る」と答え、ちょっとしたデモンストレーションとして彼はそれを実践することになった。
マスクの中のプランの顔はどこまでも無表情であり、これから現れるモノへの処理に彼は能力のリソースを割いている。
閃光が迸り、次に収束する。
そこにいたのは人の姿を取ったサジタリウス。
何処からどう見ても人間の少年だ。
下半身に何も身に着けていない点を除けば。
簡単に言えば彼は男性のソレを露出していた。
「っ!?」
唐突な意味不明の痴態にルファスは吹き出しそうになった。
だが次の瞬間ルファスの視界にノイズが走る。
彼女のみサジタリウスの下半身は無数の砂嵐で覆い隠されたのだ。
混翼たちは相変わらずの無表情だ。
何度言っても聞かない強情さにうんざりしているように。
ルファスはガバッとプランを見た。
これは何で、どうしてこんな事になってるかを今すぐにでも問いたかった。
だが彼は何の動揺もなく佇んでおり、穏やかな調子でサジタリウスの下半身を指さした。
「おや、衣服の生成を忘れていますよ。よろしければこちらをどうぞ」
【錬成】で手元に布を作り上げ、サジタリウスに差し出す。
ルファスはサジタリウスがそれを受け取り身にまとうと思った。
恐らく【人化】の術を用いる時のミスか何かで、これは単なるハプニングであると。
だがしかし、彼はしごく当然の様に答えた。
「必要ない。俺はいつもこうだ」
明らかにおかしかった。
それは違うと指摘されているのに彼は我を曲げない。
意固地になっているともまた違う。
そもそも他の“当たり前”を受け入れるという発想さえない様だった
アリストテレスは言葉を続ける。
「しかし、人の世界ではそういった部位は隠すのが決まりなのですが……」
「そう言われても、俺はいつもこうなのだが」
アリストテレスが頷く。
やはりな、というもう何百年も前に確認し終わった事を再び検証したかのような態度だった。
ここだけ見ればただの露出狂の笑い話で済むだろう。
しかし彼は笑えなかった。
ルファスもまた、プランが何を伝えたいか理解し始めて顔をこわばらせた。
これは断じて笑い話ではない。
だから亜人は魔物として人類に拒絶されたのだと。
「案ずるな。俺は気にしない」
「そうですか……」
アリストテレスが恭しく一礼し、手にしていた布を【錬成】で消滅させる。
プランとの微かな繋がりからルファスは恐ろしい程に彼の心が冷え切っているのを感知し、ぶるっと小さく震えた。
冷たい諦めだった。
世の中には決して判り合えないモノがいるという経験に基づいた見放しである。
そうだ、彼はいまサジタリウスを見限ったのだ。
(そういうことなんだ……何がダメなのか判った)
ルファスはサジタリウスから視線を逸らしつつ、亜人と人類の間にあるどうしようもない障害を理解してしまう。
彼らは自分たちは人と変わらないというが間違っていた。
しかしそれ自体は仕方ない事だ。
人と人同士でさえ判り合う事はとても難しいのだから、それを責める事は出来ない。
亜人の問題───それは彼らが人と価値観をすり合わせる事が出来ないということだ。
自分たちの権利ばかりを主張するだけで、人類のルールを守れない。
これこそ獣人達に出来て彼らに出来ない事である。
それが彼らが人類に受け入れられない原因であった。
サジタリウスは原作では主であるルファスが匙を投げる程に衣服の着用を拒んでいました。
最終的にはあのルファスが折れて人前に出ない様に指示するほどにです。
ああいうことを種族単位でやっていたらそりゃ受け入れられないなと。
そして次話は来週更新予定です。