ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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2023年最後の更新となります。
今年もたくさんの応援と誤字脱字報告ありがとうございました。
もう暫く続く本作ですが来年もどうかよろしくお願いします。



※ 

本話においてはムーンフォックス様の「様々な特殊タグのテンプレ」より
特殊タグ使用例を一つお借りしました。
この場を借りてお礼を申し上げます。


ルファスの“ゲンシカイキ”!

 

 

ルファスは基本的に鎧を装備しない主義である。

11歳の誕生日にミスリルのチェーン・メイルを貰いこそしたが、あれはもう入らないし今では彼女の素肌の方がずっと頑強だ。

あの鎧は今はルファスの部屋で過去を懐かしむ様に飾られている。

 

 

 

今の彼女のレベルは900であり、カルキノスに劣るとはいえその防御能力はミズガルズでも屈指のものだ。

仮に誰かが思いっきりクレイモア辺りを彼女に叩き込んだとしても肌に痣一つつけることはできないだろう。

 

 

 

仮に天翼族の誰かが彼女の後頭部に石つぶてをぶつけても今のルファスにダメージは入らない。

最もそんな馬鹿なことをした奴は殺される事こそないが、この世で最も強い少女の本気の怒りを見るかもしれないが。

 

 

 

「…………」

 

 

自分の身体を触る。

胸部に腹部、肩部などをルファスは念入りにまさぐった。

母が着ているのと同じ様な質素なローブを普段着としてよく着用するルファスだが、今は彼女の身体を覆っているのは武骨な鎧だ。

 

 

ルファスは【バルドル】を身にまとっていた。

【エクスゲート】でリュケイオンから取り寄せた予備の機体を彼女は装備している。

明らかにサイズが合っていないソレであったがプランが色々と調整してくれた為に辛うじて装備として成り立っていた。

 

 

 

元は成人男性である彼が装備していた鎧である故に基本的に大きいが、やり様は幾らでもある。。

幾つかのパーツへと分解され、二の腕、足、胸部といった【バルドル】のマナ蒐集機能において大事な役目を担う個所だけをルファスは装備している。

 

 

 

大きな鏡の前でルファスは何度も己の姿を確認していた。

一度ウルズの泉から地上に戻ってきた彼女たちは王宮の一室で身支度を整えているのだ。

 

 

 

 

人間工学を熟知して製作された鎧は見かけによらず凄く動きやすく、少女の身体能力からすれば重さなどないようなものだ。

バサバサバサと黒い翼が跳ねている。

何故かは判らないが彼女は少しだけ興奮していた。

 

 

 

思ったよりも軽い。

思っていたよりも大きい。

思っていたよりも動きやすい。

 

 

 

思っていたよりも……。

 

 

ルファスは【バルドル】のマスクを両手で持ち上げ、その顔を覗き込んだ。

不気味な鳥の骸の如き顔は何も言わない。

聞けば装備品であると同時にゴーレムでもあるらしい【バルドル】には意思があるかもしれないが、今の所それを感じる事は出来なかった。

 

 

 

「どうかな?」

 

 

 

何処か何時もよりも上機嫌な声でプランはルファスに声をかける。

散々に悪趣味だの何だのとぼろくそに言われた経験があるが、それも着用するまでの話だと彼は思っている。

ニコニコ、ニコニコと普段は滅多に見せない満面の笑みで彼はルファスの意見を聞く。

 

 

 

「むぅぅ……」

 

 

ルファスは敗北を認められない子供が駄々を捏ねるようにうめき声を上げた。

バッサ、バッサと大きく翼が上下に跳ねて回っている。

そこに宿る感情は悔しさか、それとも……。

 

 

 

「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 

 

更に大きく唸る。

まさか自分がこれを装備する日が来るなんて夢にも思わなかった。

何せ彼女ほど【バルドル】を貶した者はいないのだから。

 

 

人生とは何があるか判らないものである。

 

 

 

凄く着心地がいい。

さすがはプランが作っただけあって人の身体を熟知している。

背中に翼があるからソレを通す為に一部無防備になってしまっているが、それは普段の衣服にも言える事だから仕方がない。

 

 

 

デザインは───特にマスクは───悪趣味だがそれ以外は非常に素晴らしいとしか言いようがない。

ゴーレムであると同時に装備品でもあるというミズガルズにおいてはイレギュラーな存在なのもあり、拡張性さえ備えたこれは正しく最高の逸品だ。

 

 

 

 

それに彼女にはこの鎧には貸しもある。

15歳の夜に【バルドル】が応えてくれたから彼を助けられたのだ。

 

 

 

「いい鎧だと思う。……自慢するだけはある」

 

 

 

「よしっ」

 

 

 

シュンっと翼を垂れさせてルファスは認めた。

プランが何度も何度も頷いた上に喜びを表す様に拳を握りしめた。

そのあからさまな勝利宣言にルファスの顔はしおしおになってしまう。

 

 

あとで翼のブラッシングを念入りにさせてやると少女が決意しているのも知らずにプランは上機嫌な態度を隠そうともしない。

 

 

 

【バルドル】は彼の自信作なのだ。

自分の作品に対して芸術家が誇りを抱くのは当然だ。

だからプランが喜ぶのは判るのだが、ルファスが釈然としない感情を抱いている理由は他にある。

 

 

 

 

「……さすがに勿体つけすぎだと思う。本当にもう駄目だと思ったんだぞ」

 

 

 

ルファスが怒っているのはウルズの泉に起きた問題を説明していた時の彼の態度だ。

あんなに理路整然と何がダメかを説かれた上にその原因が惑星規模の大破壊などと言われれば普通はどうしようもないと思ってしまうだろう。

だというのにさも当然の様に、顔色一つ変えずに「では泉を治しましょうか」等とのたまわった時はロードスさえ筆舌に尽くしがたい顔をしていたものだ。

 

 

アリストテレスの悪癖である。

彼と彼らは頭の中で既に答えが出ている事を他人も気が付いている前提で話す節がある。

彼らは常に言葉が足りない。圧倒的に。

 

 

 

「すまない。少しばかり説明に熱が入ってしまったようで……」

 

 

 

「貴方は解説が大好きだものな?」

 

 

 

私がどれほどウルズの泉に期待を抱いているか知っているくせにとルファスは唇を尖らせた。

腕を組み暫くプランを睨んでいたが、やがて脱力する。

 

 

 

「私に出来るかな」

 

 

 

零れたのはルファスらしくない弱音だった。

母以外には決して見せた事のない不安に染まった顔と声。

この場にいるのは彼だけであるからこそ出た発言だった。

 

 

 

プランの提案したウルズの泉復活計画の第一弾。

まずはとりあえずマナを失いつつある泉に応急処置として“力”を注いでやるということだ。

【バルドル】のマナ蒐集機能を用いて光の森に満ちるマナをとりあえず泉に送り込んでみようというのが彼の計画の第一歩だ。

 

 

普通ならば純粋なマナをそんなに簡単に集めたり、ましてや何かに宿したりすることは出来ないのだが、アリストテレスは専門家である。

 

 

ドワーフ達にマナを宿らせた岩などを販売したことなど何度もある。

難易度こそ違うだろうが根底は同じだ。

そして今のプランにはルファスというとても心強い助手がいる。

 

 

 

ルファスの才能は開花しつつある。

【エクスゲート】という天力と魔力を高次元で操作する術を完全にモノにした今の彼女ならば更にもう一段階上の領域の事が出来る下地は整っているとプランは判断している。

故に彼はルファスに【バルドル】の二号機を与えていた。

 

 

 

二人でマナを蒐集し操作するのだ。

最初は外野の者たちの詮索を避ける為に与えた教え子や助手という役目であったが、気が付けば正真正銘の助手へとルファスは至っていた。

しかし、そんな彼女であってもプレッシャーは感じてしまう。

 

 

必ず何とかして見せるとロードスに断言した手前ではあるが、それでも彼女は16歳なのだ。

フェニックスの様に倒せばそれで終わりという簡単な話ではない難題を前に尻込みしてしまうのは当たり前である。

あの時はナナコという心強い友達がいたが、今はいないというのもそれを助長する。

 

 

だがしかし。

 

 

 

「出来る。間違いなく」

 

 

 

プランは一瞬も考えることなく断言した。

プランとしてはルファスの今までの努力を知っているから。

アリストテレスとしてはルファスという新種の潜在能力をある程度把握しているから。

 

 

アリストテレスからしてもルファスの潜在的なスペックには未だ不明瞭な点が多いが、マナを認知し操れることまでは把握している。

13歳の誕生日を迎える前、母に彼女が伝えた事をプランは当然アウラより聞いている。

あの時から既に3年経った今、ルファスのマナへの干渉能力は目覚めつつあるだろう。

 

 

 

 

プラン・アリストテレスはあらゆる方面から見てルファスならば可能だと太鼓判を押していた。

 

 

 

「あのエクスゲートだってモノにしたんだ。今度は更に根源的なマナへの理解を深めようか」

 

 

 

事はエルフの一大事──さらには安定した高品質の回復アイテムの製造にかかわる事から人類全体に波及する問題だ。

しかしプランはいつも通り授業でもする様な調子を崩さない。

【エクスゲート】会得という前提条件を覚えた彼女ならば十二分に出来ると説く。

 

 

 

「既にマナは視えている。後は工夫の問題さ」

 

 

 

「今までルファスはずっと努力してきた。その結果が皆を助けるんだ」

 

 

 

【バルドル】を最低出力で稼働させる。

光の森に漂う濃厚なマナを僅かに掌に集めてやればルファスは問題なくそれを視線で追った。

 

 

 

雑多に固めたソレは雪玉の様である。

それをポンっと投げてやれば少女はそっとキャッチした。

とりあえずマナを視れている上に触る事も可能だなとアリストテレスは確認を終えた。

 

 

 

「───うん」

 

 

 

本当に小さく少女は笑う。

この世にはまだまだ判らない事だらけだ。

きっとヴァナヘイムで生きていたら一生知る事もなかったこの世の真実たち。

 

 

 

ウルズの泉に関しても、ただ“力”を宿したモノとしか認識していなかったが、先のプランの説明はそんな彼女の常識をまた一つ塗り替えるものであった。

レベルだけ上げても意味がない。

この言葉の正しさを月日が経つごとにルファスは思い知らされるのだ。

 

 

 

だからこそもっと多くを知りたいと彼女は思った。

少しでも「知らなかった」なんて間抜けな事をほざかなくてもいいように。

 

 

 

ルファスの身体からいい意味で緊張が抜けたのを見計らってプランは微笑みながら言う。

 

 

 

「……実は人類共同体で使われる鎧のデザインに【バルドル】を採用したらどうかと掛け合ってるんだ」

 

 

 

「え゛」

 

 

 

ルファスの口から濁音が漏れる。

この人は何を言ってるのだ? と半目になるが彼は気が付かない。

彼は身振り手振りを交えて己の【バルドル】のすばらしさを演説するように訴えだす。

 

 

 

「この鎧は着てわかる通り凄く動きやすいからね。

 きっと皆も満足してくれるはずさ」

 

 

 

「デザインだって素晴らしいと自負している。

 戦闘時の威圧感はもちろん、組織アイコンとしても優秀だ」

 

 

 

肩を揺らしキラキラと瞳を輝かせる彼の顔は今まで見た中でも最上の笑顔を浮かべている。

自分の作った品が大々的に世の中に受け入れられて使われる事が嬉しくない芸術家などいない。

 

 

ルファスの頭に浮かんだのは無数の【バルドル】が行進している姿だ。

その様が不気味過ぎてしまい、羽がささくれ立った。

 

 

「……………」

 

 

多分、何処かで絶対に待ったが入るなと確信しつつも少女はプランの言葉を最後まで律義に聞くのだった。

後日旗印のベネトナシュが断固として反対したせいで一時保留になることを今のプランはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリストテレス卿」

 

 

メグレズは上ずった声に最大級の敬意を込めて自分よりも遥かに年下である人間の名前を呼んでいた。

泉の成り立ち/問題と解決策を聞かされた後は簡易レポート作成の為に自室に戻っていた彼であったが、今再びルファスたちの付き人として合流していた。

ロードスとアラニアの計らいに彼は心から感謝し、誠心誠意アリストテレス卿の付き人としての役目を果たそうと全霊だった。

 

 

彼は若くしてエルフの中においても役職を任される程に優秀で人当たりの良い男ではある。

同時に誰よりも貪欲な探究者でもあるのだ。

 

 

 

間違いない。

この人間の、メグレズの半分どころか3割も生きていない男こそが大いなる叡智を得るための道だと彼は確信していた。

と、なればその振る舞いにも熱が入るのも無理はない。

 

 

 

最高の魔法使いになる。

その夢を彼は欠片も諦めていない。

アリストテレスの示したこの世界の真実、宇宙にもマナが満ち溢れているという事を知っても全く。

 

 

 

(今度は何を見せてくれるんだ……!)

 

 

 

エルフの代表としてアリストテレスを近くで見る機会に恵まれた彼は、そわそわしつつも受けた教育から無様を晒す事はない。

アリストテレスに詰め寄って「どうか知恵をお与え下さい!」と五体投地して叫びたい気持ちは多々あるが、それでもメグレズは我慢した。

不死鳥との戦いにおいて見せられた法則のレポートを彼は既に何十枚も書き上げているが、それでもアリストテレスについては判らない事だらけだ。

 

 

 

 

ルファス、プラン、メグレズの三名が今いるのはヴェルンドから少し離れた森の中の開けた地だ。

森の中でも一際マナの濃度が高い場所であり、植物からそこらへんに石や岩までもがキラキラと輝きを放っている。

まずはこの場所でルファスの【バルドル】の試運転と、彼女自身が何処まで出来るかをプランは確認しようとしていた。

 

 

 

リュケイオンもマナが豊富な地ではあるが、この森は桁違いとしか言いようがない程にマナが満ちている。

元来そういったキラキラしたものが好きなルファスは周りを漂う光球を無意識に目で追ってしまう。

深呼吸すれば幾つかの光が自分の身体の中に取り込まれ、レベルアップこそしないものの身体が軽くなった。

 

 

 

 

黒翼が元気に震える。

うっかり気を抜けば浮力を発生させてしまいそうな程に絶好調だ。

胸の奥底から燃え上がるような高揚が昇ってくるのを彼女は抑え込んだ。

 

 

今じゃない。

この喜びは泉を復活させた時まで取っておくのだ。

 

 

 

 

「光に向けて掌を翳して」

 

 

プランの声が彼女を現実に引き戻す。

何処かふわふわとマナに酔っていた思考は冷静な教え子のモノへと一瞬で切り替わった。

言われた通りシャボン玉の様にプカプカ飛び交うマナの塊へと手を伸ばした。

 

 

 

メグレズがルファスの腕の先を視線で追ったが何も見えない。

エルフの優れたマナへの適合によってそこに何かがあると意識すれば判るが、それが彼には限界だった。

ルファス・マファールはやはり特別であると彼は確信し僅かに嫉妬したが、それよりも今の彼にはこれから何が行われるかへの興味の方が強い。

 

 

 

 

【一致団結】が接続される。

頭の中に直接【バルドル】の使い方が書き込まれていく。

一度も使った事がない筈なのに、既に知っているという奇妙な感覚の中でルファスは鎧の機能をオンにした。

 

 

 

【バルドル】の全身に文様が走る。

ルファスの体型に合わせる為に幾つかのパーツが足りない状態ではあるが……光のラインは彼女の身体を代替として刻まれていく。

最初は赤色。しかしルファスの肉体との各種調整が終ればそれは青色に変わった。

 

 

自分の中の何かがこじ開けられていくのをルファスは感じた。

古い血の記憶。かつてマナの果実を食した遠い祖先たちも行っていたとされるマナの収奪と凝固。

数多くの能力を備えている彼女の身体の中の、最も根底の部分に宿っていた力が【バルドル】によって想起させられている。

 

 

 

しかしそこで“壁”をルファスは感じた。

【バルドル】の力とルファスが元来もっているマナ蒐集能力。

この二つが同時に発動しようとしているせいで、処理が乱れているのだとプランは繋がりを通して囁く。

 

 

「判ってる。逃げないから」

 

 

 

だから黙って見ていろ。

私は貴方達の思惑なんて遥かに超えて行ってやると彼女は胸中で宣言を上げた。

彼女の概念的な瞳と直感はプランの中に存在するアリストテレス達が自分を見ているのを感じ取っていた。

 

 

 

彼らはこう言っていた。

 

 

※ やり方は前の通りだ。

 

 

※ 今が正念場だぞ?

 

 

※ 逃げてもいいのよ? 貴女はまだ16歳なんだから。

 

 

と。

 

 

 

 

15歳の夜、力を取り戻した時にも彼女は鎧の力を借りた事がある。

あの時は無我夢中で自分でもどうやったかはよく覚えていないのが正直な話だった。

だが、覚えていないにせよ一度成功させたのも事実だ。

 

 

一度でも成功例が出来たのならば、後はそれを繰り返せばよい。

そうやって技術に落とし込めば何であろうとモノに出来る。

 

 

 

故に感じなくてはならない。

成功時にどんな状態だったかを再現しなくてはいけない。

だから頭の中にある逃げてはいけない記憶をルファスは直視した。

 

 

 

己が殺しかけたプラン

 

 

 

ズタボロになったカルキノス

 

 

 

 

母に突き刺さった刃物

 

 

 

 

初めて「娘」と言ってくれた父

 

 

 

一度も自分を抱きしめなどしなかった腕が、己の首を締めあげてきた。

皮肉な事だ。殺される時こそがジスモアとの最初で最後の触れ合いだったのだから。

 

 

「ぁっ……ぐっぅぅ……」

 

 

 

思い出すだけで脂汗が滲む。

余りのストレスに吐きそうだった。

 

 

呼吸が少しだけ荒くなる。

怪我などないが、それでも身体の何処かが痛みを発した。

存在しない個所が痛くて仕方ないが、絶対に逃げるモノかと少女の決意は更に強くなった。

 

 

ルファスの異変を察知したプランが【一致団結】を切ろうとするが、ルファスは叫んだ。

 

 

 

「やめないで!!」

 

 

 

決死の叫びに彼の動きが止まる。

青い瞳がじっとルファスに向けられた。

歴代と同じ色であるが、全く違う人の暖かみの宿った瞳だ。

 

 

 

彼はただ見ている。

何も言わずにただ。

 

 

 

真っ白な己の翼───何の未練もない。

翼よりも素晴らしい者を彼女は手に入れたのだから。

 

 

 

「もっと、もっとだ」

 

 

 

更に深く記憶をたどり、その時に己の肉体がどのような状態だったかを思い返していく。

体内を駆け巡るマナが支配者の意をくみ取り、急速に肉体を変異させていく。

 

 

 

黒翼が二回羽ばたく。

唯一ルファスの身体で【バルドル】の文様が刻まれていない場所が微かな変化を起こし始める。

どの様な光も通さない程に漆黒だったソレが微かに透き通り始めた。

 

 

 

抱きしめられた時を思い返す。

真っ赤に血で染まったプランの姿を。

痛みと、微かに違う何かを彼女は覚えた。

 

 

 

暖かいが、熱すぎるナニカを。

それが何であるか彼女はまだ知らない。

母が知り、喜びと同時に警戒を抱いた余りに大きな感情。

 

 

 

あるがままにルファスはソレを受け入れた。

 

 

 

欲しい。

どれだけ時間が掛かろうと、どれだけの困難が立ちふさがろうと。

何としても手に入れるとルファスは決めたのだ。

 

 

 

 

光が強まる。

青色が更に強く存在を主張した。

プラン・アリストテレスはその光景を前に言葉さえなく観察する事しか出来ない。

 

 

 

(ここまで馴染むとは)

 

 

 

この世の法則を読み取れる彼をして想像を絶する現象だった。

これは明らかに彼と彼らの想定を超えていた。

 

 

ありえない事がありえている。

 

 

 

適合率が上がる……上がり続ける。

元はプランの為に作られた筈だというのに、瞬く間にルファスは彼さえも超える程に【バルドル】に順応し始める。

最初の天翼族にしてマナの管理者とされたウラヌスの権能の再現を目指して作られたソレは、皮肉なことに彼から果実を盗み取った者と極めて高い適合率を見せていた。

 

 

回路の強化に用いた虹色羊の羊毛との相性もあるのかもしれない。

優れたアイテムは自我に近しい意思を持つことは不死鳥の宝玉の件から明らかだ。

アリエスの毛は愛する主の為に限界以上の性能を発揮している可能性がある。

 

 

あらゆる要素がルファスを後押ししていた。

いま、世界の中心/主人公は彼女である。

古きアリストテレスを超えて新しき少女は更なる地平へと飛び立とうとしている。

 

 

 

 

文様が翼に広がっていく。

真っ黒なキャンパスに絵を描くように、多種多様なラインが走り続ける。

色も何もかもが滅茶苦茶だというのに一瞬も止まる事なく【バルドル】は彼女の翼に銀河の様な光の渦巻きを書き連ね続けた。

 

 

 

ほんの数秒も経てば彼女の両翼はまるで宙の一部を切り取り/張り付けた様なものへと変わっていた。

しかもその絵図は絶えず動き続けている。

まるで数億光年も彼方で行われる宙の運行を降ろした様に。

 

 

カチリ、とルファスの中で何かがかみ合う。

彼女が元より持っていたマナへの干渉能力と【バルドル】のソレが完全に混ぜり合い、完成したとルファスは直感した。

 

 

 

今ならばできる。

確信を込めて掌をマナに差し出す。

 

 

彼女はルファス・マファールだ。

望んだ未来は必ず己の手で手に入れると決めた強く優しい少女。

 

 

 

だからまずは第一歩。

今まで与えられるばかりだった自分が、誰かの命を助ける側に回る為の。

ウルズの泉を治し、プランを治し、皆で竜王を倒して世界を平和にする。

 

 

 

そんな未来へ至る為に彼女は叫んだ。

 

 

 

「来いッッ!!」

 

 

 

認識可能な全てのマナに号令する。

宙を写し取った翼が二回りも大きくなり、全てを抱擁する様に広がった。

 

 

 

彼女の手に光が集う。

永遠に輝き続ける筈の光の森から、光が薄れていく。

ヴェルンドにいたエルフ達が一人、また一人と異変を察知して頭を傾げた。

 

 

産まれた時から身近にあったはずのマナ。

それが急速に薄れていくのを誰もが感じてしまった。

場を満たしていた“力”が流れていく。その空間にあった熱量ごとだ。

 

 

 

 

気温がどんどん下がり始める。

吐く息さえも白くなるほどにヴェルンドの温度が低下していき、パニックが起きる寸前になるが直ぐに王都全体を結界が覆った。

玉座に腰かけたロードスが杖を一振りすれば街全体を彼の天法がすっぽりと囲う。

 

 

 

マナを遮断する結界の正式名称は天法【ヘリオスフィア】という。

これを用いて首都の中のマナを囲い込み、引っ張られる事を阻止したのだ。

更にロードスは深く己の母胎たる大樹と繋がり、マナを引っ張り出してヴェルンドに撒き散らし、空間を温めてやる。

 

 

 

「……さすがに疲れたぞ」

 

 

 

低下していた温度が正常に戻るのを見計らって彼は脱力した。

ぐでっと玉座に溶けるように身を預け、額に浮かぶ汗を脱ぐ。

この規模の力の行使は彼であっても中々に疲れるのだ。

 

 

 

レベル700の彼からすればこの程度はキツくはあるが、出来ない事もない。

配下のエルフ達が早急に原因の究明などをするために動き出そうとするが彼はソレを手で制した。

ウルズの泉を治す為にアリストテレスが実験を行っていると説明すれば彼の子らは眼を瞬かせることしか出来ない。

 

 

森中のバランスを崩すとは一体どんな事をと皆が畏怖する中、ロードスは彼らの居るであろう方角を見る。

 

 

 

「成功したか」

 

 

 

まずは計画の前提は成ったと確信した彼は目に見えて安堵を浮かべ、ため息を吐くのだった。

 

 

 

 

マナが集まる。

 

 

 

最初はルファスとプランだけが見えていたマナであるが、徐々にメグレズにも可視可能な程に高濃度に圧縮され、次々とルファスの掌に向けて集まっていく。

かつてウラヌスが世界中のマナをかき集めたと伝えられるが、正しくこれはその再来であった。

ルファスと【バルドル】の能力が統合されたマナ収奪能力は近郊たるヴェルンドを超え、光の森そのものに多大な影響を与える程の領域に至っていた。

 

 

永遠に輝き続ける筈の森が、この日一時とはいえその光を失ったのだ。

 

 

 

そして──少女の手には輝く星があった。

森のマナを根こそぎ収穫した結果であり、未だ果実に変換される前の純粋なマナ塊が。

メグレズが眼を見開き、わなわなと震えてソレを見ている。

 

 

プランは……無表情だった。

ルファスの性能は彼の予想を遥かに上回るものであり……この力が将来的に彼女を平穏から遠ざけてしまうかもしれないと思ってしまった。

ただ強いだけならば孤高でいられただろう。

 

 

だがしかし。

彼女の力は強さを分け与えてしまう。

世界のバランスを根底からひっくり返してしまうイレギュラーだ。

 

 

正しく世界の特異点。

それがルファス・マファールだった。

 

 

 

※ これほどならば問題なく“祭壇”を使えるな。

 

 

 

始まりのアリストテレスがプランの中で淡々と所感を述べる。

宇宙規模のマナを龍と言う導管を通してミズガルズに取り込み、生物が摂取可能な果実へと変換するプルートの祭壇。

【バルドル】の本来の役目はあの祭壇を起動するための鍵であるが……ルファスならば更なる効率を以てアレを使いこなせるとアリステレス達は確信していた。

 

 

そして……66人は最高傑作のアリストテレスを見て思った。

ここに来てまさか“天然物”がここまでの性能を発揮するなど予想外ではあるが、同時に面白い展開だと。

 

 

 

当代は変わった。

ルファスという少女に対して彼は──本人は認めようとしないが──特別な執着を抱いている。

もしもこの二人が共に女神の打倒を望めば、必ずや可能だと誰もが確信を抱いている。

 

 

問題は彼がルファスを荒事に絶対に巻き込むつもりがないことだ。

 

 

 

宙を映した黒い大翼が掌に集めたマナを取り囲む。

魔物という言葉で括るには余りに美しく神秘的なそれは【バルドル】の能力を生身で再現していく。

プランの目の前で概念的な存在であったマナが物質としての形を与えられ、更には摂取可能な領域にまで引きずり降ろされる。

 

 

 

本来ならば見る事も叶わない女神の断片をあろうことか食用の果実へと変換するなど冒涜としかいいようがない。

神とは地平の果てに座して君臨するモノ。

尊く崇拝されるべき神を物質化するなど断じて許される事ではない。

 

 

 

ここに女神を信仰する一般的な宗教家が居たらルファスを殴ってでも止めようとしていただろう。

だが黒い翼の少女はそんなこと何とも思わない。

彼女は女神なんて信じておらず、神の力とやらも皆の未来の為に有効利用してやるとしか考えていない。

 

 

 

翼が左右に開く。

マナの物質化が完了したのだ。

初めての能力の行使に体力の大部分を奪われつつも、ルファスは掌に生成したソレを見て呟く。

 

 

美しい黄金の果実がそこにはあった。

何処か懐かしい気配がするのは血の記憶のせいか。

 

 

 

「やった」

 

 

 

彼女にとってソレは希望だった。

これを食せば強くなれるという確信があったが、そんなことはどうでもいい。

こんなものを食べなくても一年に一度の変異を続ければレベルなんて勝手に上がっていく。

 

 

 

そんなことはどうでもいい。

強さは大事だが、それより、それよりもだ───。

 

 

 

「これで、泉を、治せる?」

 

 

 

興奮と疲労感で途切れ途切れになってしまいながらルファスもプランに語り掛けた。

何処か幼い口調であったが、もう取り繕う事も出来ない。

 

 

 

プランは頷いた。

ルファスの瞳に強すぎる光が宿り、心はやっとたどり着けそうな未来への期待で満ちた。

 

 

 

「予想以上だったよ……お疲れ様」

 

 

 

微笑みの裏に微かな心配があることをルファスは見抜く。

彼との繋がりは健在で、彼が何を心配しているかも彼女には見えた。

プランは私がこの力のせいで多くの人々に狙われることを心配しているのだと。

 

 

ただ強いだけならば仰ぎ見られるだけだろう。

だがしかし、彼女のマナを支配する力は神を作る事さえ可能な奇跡の御業である。

誰もが欲するのは考えるまでもない。

 

 

 

心配性の一言で切って捨てるには余りに切実な不安だった。

彼はどうあっても人間でルファスと同じ時間を生きる事は出来ない。

自分がいる間は彼女を守るつもりだが、永遠には不可能だ。

 

 

 

(だから)

 

 

 

彼はいつでもルファスの強さだけを見ていない。

それが齎す可能性と危険性を同時に把握し、ルファスの未来を本当の意味で考えてくれている。

時には噛み合わない事もあるが、プランはいつだって本気だった。

 

 

 

本当ならばジスモアがやるべきだったことを彼はやってくれていた。

当たり前だと彼は言うが、ルファスは本当ならばそんな当たり前さえ手に入らない筈だったのだ。

 

 

 

心臓が強く脈打つ。

頬が酒を飲んだ時の様に熱い。

今の彼女は魔物としての側面が強く出ているため、普段より少しだけ大胆な事も出来た。

 

 

 

器用に両の翼で黄金の果実を挟み込み、彼女はプランに差し出した。

自分の黒翼を完全に受け入れたルファスは今や翼を第二の手足として用いる事さえ出来るのだ。

 

 

 

 

 

果実を献上する様に恭しく頭を下げる。

16歳の子供がやっても本当ならばただのごっこ遊びにしかならないだろうが、彼女がやればそれは一枚の絵画の如き完成度となりうる。

 

 

 

「師よ、どうか検分を」

 

 

 

一瞬だけ固まったプランだったが、佇まいを正すと貴族として──何よりルファスの師であるアリストテレス卿として果実を洗練された仕草で受け取る。

【観察眼】を発動させてマナの状態を瞬時に把握。

 

 

 

言う事は何もない。

【バルドル】の補助があったとはいえ非の付け所のない出来栄えだった。

幾度かこれを繰り返して慣れて行けばルファスはやがて鎧の補佐を必要としなくなるだろう。

 

 

そうなれば彼女は単独であの【祭壇】を動かしうる生きた鍵となる。

 

 

 

「素晴らしい完成度だ。ロードス陛下もお喜びになるだろう」

 

 

 

果実を孔が開く程に凝視し続けているメグレズに手渡す。

突然の行為にエルフの目は白黒しだす。

 

 

 

「これを陛下に。ルファスの能力の証明となるでしょう」

 

 

 

「おぉぉぉぉォォ……!!」

 

 

 

痙攣するように震えながらメグレズは果実を両手でしっかりと掴んだ。

そんなに重くはないのに彼はまるで鉛の塊でも渡されたかの如く果実を必死に掴んでいる。

 

 

 

 

伝説を通り越して神話のアイテムが今目の前にある。

それも自分の手の中に。

研究者気質であるメグレズは手の中にある黄金の果実に凄まじい好奇心を抱いてしまう。

 

 

エルフ王への忠誠心と己の欲望がせめぎ合う。

 

 

これを解析したい。

どうやってこれを作ったか知りたい。

切り分けてみたい。

 

 

 

あわよくば……食べてみたい。

きっと、最高の魔法使いに大きく前進できる筈……。

 

 

 

 

「ダメだ!! 駄目だッ!!」

 

 

 

いきなり叫び出したかと思うと髪を振り乱しながら激しく頭を上下しだしたメグレズにプランは呆気にとられ、メグレズの内心をある程度把握したルファスはため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

(何はともあれ……前提条件は達成、だな)

 

 

 

ルファスはほっと一息つきながら考えを巡らせる。

まだまだこの地ではやる事がいっぱいある。

 

 

 

ウルズの水を手に入れた後はポーション作成の為の修行と討論。

それに並行して竜王の血の解析と利用方法の考案。

更には自分が新たに得た力をどう扱うべきかプランと話し合う必要もあるだろう。

 

 

(覚えたぞ。マナを扱うということが、どういうことか)

 

 

 

 

既に頭の中に“感覚”は産まれている。

次に同じことをするとしたら、今回よりもずっと素早くかつ簡単に出来ると彼女の直感は告げている。

 

 

 

女は男を気づかれない様に盗み見た。

狂乱するメグレズを何とか宥めようとしている彼は、非常に珍しい事に心から苦笑していた。

 

 

 

問題はいっぱい山積みだ。

しかしそれら一つ一つをプランと共に乗り越えていく。

彼となら何だって出来る気がした。

 

 

 

 

 

今はそれがたまらなく楽しかった。

 

 

 




改めて1年間ありがとうございました。


次回更新はストック補充などがあるため1月20日を予定しております。

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