ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ルファス 状態異常 “泥酔”

 

 

轟々と音を立てて火が猛っていた。

リュケイオンの広場に拵えられた大きな木製の祭壇には数多くの“隠された”子供たちの遺品が集められており

それらは所定の時間が来ると松明を手にしたプランによって点火されたのだ。

 

 

火が回る。多くの遺品が煙を上げて灰になっていく。

全て親の思いが込められた品の数々である。

 

 

 

与えた手作りの人形があった。

強い男になってほしいという父の願いを込められた木剣があった。

毎日毎日飽きずに着られていたお気に入りのドレスがあった。

可愛らしいリボンで装飾された小さな靴があった。

いつも座っていた椅子があった。

初めて我が子が欲しいとねだった帽子があった。

 

 

子供たちを模した人形があった。

胴の部分に名前が彫られた人形たちだった。

 

 

何もかもが灰に変わっていった。

もう帰ってこない子供たちに届くように灰は空へと昇っていく。

日が沈みかけた夕暮れ時、付近に夜の帳が下りてくる時間帯においてこの猛火はとても輝いて見えた。

 

 

飛び散る火の粉に身体を炙られながら多くの大人たち、夫婦たちは瞬きさえせずに己の子がもう居ないという事実を噛み締め、火を見つめていた。

涙さえも直ぐに蒸発してしまう火の最も近くに直立するのはピオス司祭であった。

彼はこの場にいる全ての者らを代表し、女神へと祈りを捧げていた。

 

 

「慈しみ深き女神アロヴィナス。我が子を愛おしむ様に我らを愛する尊き女神。

 御許に召されます無垢なる魂を祝福したまえ」

 

 

滔々とピオスが祈りの言葉を捧げていく。

女神への信仰を表す強い言葉はそこに込められた途方もない信仰心により聞く者らの心を揺らす強い言霊となっていた。

すすり泣く声が聞こえる。我が子の名を呼ぶ声がある。全ては“けじめ”をつけるための行為である。

 

 

そんな様子をルファスはじっと見つめていた。

隣に立つ母の手を握りながら彼女はプランの言葉を脳裏で反芻していた。

子を失い、その悲しみをプランにぶつけて発散する者らへの憤りを感じていた彼女に彼が諭すように言ったことを思い出していた。

 

 

 

「涙は我慢してはならない。

哀しいのならば哀しいというべきだ。

他者の為であれ、自己憐憫の為であれ、人には涙を流す時が必要なんだ」と。

 

 

 

(馬鹿馬鹿しい……。涙に何の価値があるというんだ)

 

 

 

……本当に、下らないと彼女は内心で吐き捨てた。

プランの言葉を思い出すたびに顔が不快感で歪みそうになるのを何とか堪える。

 

 

彼女の考えは単純である。

涙とは弱者が流すものだ。

弱い自分を哀れんで“あぁ、私はこんなにも可哀そうなんです”と悦に浸る為の演出行為でしかない。

 

 

 

ヴァナヘイムでは幾ら泣いても誰も助けてなんてくれなかった。

落涙など何の価値もない、無駄な行為だと彼女は信じている。

 

 

 

俯く位ならば顔を上げてやる。

殺意を込めて元凶を睨んでやれ。

一矢でも報いるための考えを巡らせてやる。

奪われる己を嘆くならば、自分ならば奪い返してやる。

 

 

 

それこそが強者の在り方だと彼女は信じていた。

だからこそプランの此度の民たちへの態度が気に入らない。

強いのに、あんなに強いのに、弱い奴らにへりくだった態度を取る様が気に入らない。

 

 

もっと堂々と振舞えばいい。

自分があの“子隠し”を倒してやったんだから感謝しろと叫んだっていいはずだ。

誰にも出来なかった事をやり遂げたというのに……。

 

 

ふと、ルファスの視線の淵に入ったのは人形を黙々と掘っていた夫婦だった。

二人で寄り添い、はらはらと涙を流している。

あの時ふと出てしまった自分の言葉に対して曖昧に笑った顔を思い出す。

 

 

故郷で天翼族たちに迫害を受け、痛めつけられていた頃に母が浮かべていた顔とそっくりだった。

 

 

 

……少しだけ、ほんのちょっとだけ、胸の奥がちくりとした。

自分は正しいはずだ、と彼女は改めて自分にそう言い聞かせた。

ぎゅっと母の手を強く握りしめる。あそこで惨めに泣いている者たちの様に、奪われたくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ女神を信じているんだ?」

 

 

祈りを終え、後は祭壇が完全に燃え尽きるのを待つだけとなった時間。

すっかり日が暮れて周囲は暗くなったが街のあらゆる所に備え付けられた松明やランタンなどで文明の光を感じられる光景の中の一幕。

ルファスはピオス司祭に面と向かって常日頃から疑問だった事を問いかけていた。

 

 

腕を組み、ルファスはピオスを見上げている。

何時もの様にキャソックに身を包んだ初老の男は、知的な眼差しで少女を見つめ返す。

そんな彼にルファスはなんだか見下されているような感じがして、抱いた不快感を吐き出すように言葉をつづけた。

 

 

 

「私は女神を信じていない……憎んでいる。

 奴は私を救ってはくれなかった。

 あの人たちだってそうだ、どれだけ祈ろうと奪われた子らは帰っては来ない」

 

 

ルファスが視線を向けるのは浴びる様に酒を飲み、共に失った子らの思い出を語り合う被害者たち。

ああいうのを泣き上戸というのか、涙を流しながら腹の奥底にたまっていた全てのうっ憤を吐き出し続けていた。

 

 

ルファスは思うのだ。自分たちを助けてくれない神様にどうして縋るのだろう? と。

何もしてくれない女神、自分たちを救ってはくれない女神、世界に苦しみをばら撒き、不幸を減らす努力をしない神。

そんなもの、いない方がいいのでは? とさえ思っていた。

 

 

少女の怨嗟を帯びた疑問にピオスは薄く微笑んだ。

深い皺をもった顔が少しだけ笑みを形作る。

 

 

「簡単な話です。

 女神は我々を愛してくれているからです。

 ならば我々はソレに応えなければならない」

 

 

「こんな世界の何処に女神の愛があるというんだ……っ!」

 

 

ピオスの言葉に反射的にルファスは吹き上がった怒りを言葉にしていた。

子を奪われたというのに宴一つで“けじめ”を付ける抗う事をしない弱い奴ら、そしてそもそもの話、そんな悲劇が蔓延る土台であるミズガルズ。

この世界は悲劇ばかり、酷いことばかり、何も救いなどないじゃないかと少女は訴える。

 

 

「貴女はこのミズガルズに、何の救いも、美しいモノも……

 貴女が“好きだ”と思えるモノは存在しないと言えますか?」

 

 

 

「…………っ」

 

 

 

“ない”と叫ぶことは簡単だった。

だが彼女はソレを出来なかった。嘘になると直感してしまったから。

10年の生涯の中、9年は地獄だった。

生きる事さえ難しく、あらゆる悪意を味わった。

 

 

 

しかし、母親だけは自分の傍にいてくれた。

……母だけは救いだった。そして、まだ自分の隣に居てくれている。

一度は死の淵に沈みかけたがそこから帰ってきてくれた。

 

 

 

抱きしめてもらった時の温かさを思い返す。

恐ろしい事を聞いてしまった自分に当然の様に返してくれた言葉が胸の中で再生された。

 

 

 

 

そして、美しいモノ……満天の……13の……。

夢中になってしまった苦い思い出。

まるで■親の様に振舞ってくれたプランの姿。

今まで一度も受け取った事のなかった■■■と、それを心地よいと思ってしまった事実。

 

 

 

 

ありえない。そんな事は断じて、ありえない。

ルファスは顔を顰めて星空が美しかったことを認めた。

 

 

 

「確かにこの世界には苦難が満ちています。

 えぇ、端的に言って苦しみに比重が偏った世界でしょう。

 だというのに女神は何も助けてはくれないと叫ぶ貴女の言葉は正しい」

 

 

だが、とピオスは断言する。

 

「女神に甘えてはいけません。逆なのです。

 私達が目指すべきなのは“なぜ助けてくれない?”と問う事ではなく

 “助けはいらない”と女神を安心させ、いずれは並び立てるほどに立派に成長してみせる事と私は考えています」

 

 

 

「……おかしい。貴方は女神を信じているのだろう? それではまるで……」

 

 

絶対存在であるはずの女神を、何処か自分たちと同じような存在と捉えているようだ、とルファスは内心で続けた。

司祭であるのならば盲目的に女神を絶対視するであろうという思い込みがそこにはあった。

 

 

しかして世の中はそう単純ではない。

多くの人は己の哲学、思想をもっており、それらは千差万別である。

ピオスもまたその内の一人であったというだけの話だ。

 

 

ルファスの言葉にピオスは肯定するように頷いた。

“子隠し”を消し去った時もそうだが、何度か女神の力に触れた事もある彼は女神アロヴィナスを感じ……憐憫を抱いていた。

とてつもない力。この世の全てと表現してもなお足りない凄まじい存在規模。

 

 

正に至高の神。ミズガルズ、いや、三千世界を見渡してもかの存在は正に究極の一と称されるに相応しい。

 

 

きっと自分が触れている部分も女神の総体からすれば砂粒一つにも満たないのだろうと彼は正確に予想していた。

だからこそピオスは思うのだ。

女神アロヴィナスとはこの世で最も強い代わりに、最も孤独な存在なのだろうと。

 

 

確実に実在すると知っているからこそ、彼は女神について思いを馳せる事ができた。

歴史書を見ると明らかに女神は己の意思をもってミズガルズに干渉していることが見て取れたのだから。

故に彼は女神の事を人格をもつ……人のようなモノとして捉えることが出来ていた。

 

 

「貴女の思っている通りですよ。

 私は、女神を信じると同時に哀れんでいるのです。

 これまでも、この先も、ずっと独りぼっちであろう彼女を」

 

 

 

考えてもみてほしいとピオスがルファスに言い聞かせるように言う。

何もかも女神が悪いと考えている彼女の考えを解きほぐす様に、理論立てて語る。

 

 

「たった一人で永遠に世界の全てを統治し、並び立つ者は誰もおらず

 間違えたとしても誰も指摘してくれない……」

 

 

それは“地獄”というのではないでしょうか? と語る司祭の言葉にルファスは何も言う事は出来なかった。

ただ、少しだけ彼女の中で女神への考え方が変わったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

ルファスは複雑な気持ちを胸の中で渦巻かせながら、木製のテーブルの上に置かれた杯をじっと見つめている。

既に祭壇は燃え尽き、夜空には綺麗な満月が浮かぶ時間であった。

街の至る所に設置された灯りのおかげで見晴らしはよく、人々は飲めや食えやの宴を楽しむ方向に気持ちを切り替えていた。

 

 

リュケイオンは近くに交易都市がある故に、非常に物資には困らない立地であった。

街道はしっかりと整備されており、馬車の通りはすこぶる快適。

巨大な湖の中には多種多様な魚がおり、それらは食用として有用である。

 

 

マナが豊富で森や山にも恵まれたこの街の大地は素晴らしい土壌でもある。

簡単に言えば、マナを宿した地面は生命力に溢れている。

そんな土によって育てられた野菜等はとても美味だとミズガルズにおいても評判がよくリュケイオンの主な輸出品の一つである。

 

 

 

周辺の森の木々は素晴らしいまでの実をつけ、多くの草食動物や、それを狩る為の肉食動物を招き寄せる最高級の狩場だ。

肉、野菜、魚、水、おおよそ人が生きていくための全ての要素をこの街は完璧に揃え切っていた。

全てはアリストテレス家が何代もかけて着実に積み重ねた結果である。

 

 

マナを操作し支配するということは、あらゆる繁栄を齎す事にもつながるのだ。

 

 

 

それはともかく、ルファスは視線を杯に固定したまま動かないでいた。

杯の中に入っているのは……ワイン……俗に酒と呼ばれるものである。

母、プラン、カルキノスにピオス、目につく街の大人たちは全員このワインやビールをとても美味しそうに飲んでいるのを彼女は見ている。

 

 

これを飲み始めてから街の大人たちの様子が凄く変わったのを少女は知っている。

我が子に思いを馳せ涙を流していた者たちが今では陽気に笑っている。

まだ悲しみが残っているのは間違いないだろうが、それでも今を全力で楽しむ様に、空の向こうに行ってしまった子を安心させるように、心から笑っていた。

 

 

 

みんな楽しそうに酒を飲んでいるというのに、ルファスに出されたのは果実のジュースだけだ。

透き通ったグラスの中に並々と注がれたジュースを少女は恨めしそうに睨む。

子ども扱いされていると明確に感じた彼女はへそを曲げていた。

 

 

彼女の視線の先には頬を赤染めし、本当に楽しそうにはしゃぐ大人たちがいた。

 

 

夫婦が肩を組み、時には頬に口づけを落としていた。

男同士が杯をぶつけ合い、豪快に笑っている。

カルキノスが幾つものボールでジャグリングし、見る者らを湧き立たせていた。

ピオスは弦楽器を取り出し、即興で曲の演奏を始めている。

 

 

そしてプランと母は楽しそうに談笑していた。

少しだけ酒に口を付けてからのアウラはいつもよりも饒舌で、ニコニコととても楽しそうに笑っている。

 

 

むっとした感情をルファスは覚えた。

母が楽しそうに笑っているのは素晴らしいことだが、相手が気に入らない。

あんな嬉しそうな笑顔、自分でさえあまり見た事がないというのにという嫉妬心が沸き立った。

 

 

 

「理不尽だ。これは決して許してはいけない……この世の歪みとしか言えん」

 

 

ぐっと握りこぶしを作り少女は宣言する。

主の言葉に足元で美味しい野菜の詰め合わせセットに噛り付いていたアリエスが「め?」と首を傾げた。

周囲に少しだけ注意を向け、今は誰も自分の行動を気にかけていない事を確認する。

 

 

 

一番厄介なプランも母との会話が盛り上がっているのか、こちらに意識を向けてはいないと確信。

ぐっと背伸びをして腕を伸ばす。

テーブルの中央、ルファスの身長ではつま先立ちをしてようやく届く場所に置いてあった杯を手に取った。

 

 

中に入っているのはビールである。

多くの大人たちが本当に美味しそうに飲んでいる黄金色の飲み物。

独特の臭いを感じた少女は顔を顰めたが、大人である自分なら問題ないと無理やり納得する。

 

 

 

彼女が手にしているのは交易都市より運び込まれたユーダリル・ビールである。

ミズガルズにおいて最もポピュラーなビールであるコレは、全ての人類種が問題なく飲めるように試行錯誤の末に製作されたアルコール飲料であった。

そのアルコール度数は……8%である。

 

 

 

これを高いと見るか低いと見るかは、どれだけ酒というものに愛着があるかで分かれることだろう。

ただし、間違いなく飲酒経験のない10歳児が飲むには高難易度である。

 

しゅわしゅわと泡立つソレをルファスは壮絶な目つきで睨みつける。

臭い。変な色。鼻がちょっとだけ痛い。何か泡立っている。本当はこれは毒じゃないのか?

胸中で騒ぎ立てる警戒心を少女は全力でねじ伏せた。

 

 

 

 

「見ているがいいアリエス。私の偉大な一歩を……!」

 

 

 

「め、メェッ?」

 

 

なんだか判らないけど主が凄いことをしようとしていると察したアリエスは食事をやめてルファスを見上げていた。

少女はキラキラと輝いた瞳で見つめてくる羊に頷いて返し、一気に杯を煽った。

一気飲みは危険なのでやってはいけないことなのだが、生憎彼女はそんな事を知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アウラとの会話……主にミズガルズにおける珍妙な生物についての雑談を楽しんでいたプランは、ふと強い視線を感じた。

成長させすぎたバロメッツが何処まで語彙を蓄えるかという話にケラケラ笑って頷いていたアウラも異変に気付いたのか、紅い頬をした顔を傾げて周囲を見た。

直ぐに原因であるルファスは見つかった。彼女はテーブルの上に仁王立ちし、腕を組んでプランを睨んでいる。

 

 

 

いつも通りの真っ赤な瞳と、いつもとは違う真っ赤な顔が印象的であった。

プランが「まさか」と思い【観察眼】を使えば、彼女のステータスの一部に【泥酔】と出た。

ありふれた話であるが彼女は酔っていた。

 

 

 

間違えて酒を飲んでしまったな、とプランは瞬時に悟る。

ジュースか何かと間違えて飲んだとしたら、恐らく加減も何もなく、水を飲むように一気に飲み干したのだろうと考えた。

事実、間違えたかどうかはともかく一気飲みをしたという所は正解であった。

 

 

普段の彼女ならば絶対にしないであろう言葉遣いでルファスはプランを勢いよく指さし、大声で宣言した。

 

 

「きょうこそ。わたしのまへに ひざまづかしぇてやろう!」

 

 

身体を前後左右に揺らしながらルファスは堂々とした様子でプランを見つめている。

「ありえす」と呂律の回らない舌で彼女は羊に命令した。

名前を呼ばれた彼女の臣下は口に咥えていた木の枝をルファスに差し出す。

 

 

小枝を幾分かそぎ落として作り出した、ただの枝である。

子供たちがよく拾って振り回しているような、ちょっとばかり見栄えのよい枝だった。

そんな何処にでもある雑多な棒でも、得意満面の顔のルファスが持てば多少は様になった。

 

 

大きく棒を天に翳し、ひくっとしゃくりあげながら少女は高らかに叫ぶ。

 

 

「かくごしろ!」

 

 

翼をはためかせ勇猛果敢に憎きプランへと飛びかかろうとして、少女は濡れたテーブルのせいか思い切り足を滑らせた。

結果、前へ向かうために発生させた浮力の方向性が変わり、ルファスは地面に向けて勢いよく叩きつけられそうになる。

 

 

「おっと」

 

 

しかしプランが動く。

彼は我を失う程に酒を飲みはしない故に問題なく平時と変わらない動きをすることが出来た。

【瞬歩】を使って地面とルファスの間に割り込み、落ちてくる彼女を両腕で抱えた。

 

 

ぽすんという音と共に少女は男の腕に収まり、プランを見上げる。

何が起こったか理解できていない彼女は男が直ぐ近くにいるのは自分が飛びかかったからだと認識したようだった。

真っ赤な顔のまま、ぺしぺしと碌な力の入っていない腕で棒を振るってプランの頭を撫でるように叩き続ける。

 

 

「っっっ! はやく こうさん!! しろ!!」

 

 

三回、四回目あたりで力が入らなくなったルファスは棒を取り落す。

枝がすっぽ抜けた事にも暫く気づかず彼女は腕を動かしていたが、やがてピタッと止まり自分の腕を見る。

たっぷり10秒ほど自分の腕を凝視してから彼女は己が愛剣を喪失していた事にようやく気付く。

 

 

きりっと目の前の男を睨みつける。

どんな手を使ったか判らないが、自分の大切な剣を奪い取った卑怯者を彼女は弾劾した。

 

 

「ひひょうもの! かえせ! わたしの “せいまけん”を かえせ!!」

 

 

彼女の中であの枝はどうやら素晴らしい剣として認定されているようだった。

“聖魔剣”等という「どっちの属性だ」と突っ込まれそうな、仰々しい名前を付けていたらしく、少女はプランの頬を引っ張りながら愛剣を探す。

翼がうるさい程にバサバサと動き回り、まるで絞め落とされる寸前の鶏のようであった。

 

 

 

【エスパー】のスキルを用いて落とした棒をルファスの眼前に浮かばせてやる。

すると彼女は満面の笑みを浮かべて枝を手に取り、両腕で抱きしめた。

 

 

「ぜったいに あげないから!」

 

 

「勿論。取ったりなんかしないよ」

 

 

「しんじない!!」

 

 

お前は嘘つきだと叫んだ少女は両手両足で棒を抱きしめて離そうとしない。

これは……かなりの量を飲んでしまったなとプランは苦笑した。

何やら面白いことが起きていると察したカルキノスがニタニタ笑いながら遠くからこちらを見つめている。

 

 

彼はジェスチャーで「四角」と手に持った「鉛筆」を表現する。

端的に言って「書いていいか?」と問いかけていた。

 

 

プランは「やめておけ」と首を横に振った。

たかが寝顔を描かれただけで噴火するように怒ったルファスである。

泥酔した様などを記録として残されたらそれこそ本当に頭の血管が切れてしまいそうだ。

 

 

笑えない話である。天翼族が憤死したなど。

 

 

 

「ひょい……むしするな!」

 

 

カルキノスに視線を向けていた事が気に入らなかったのか、腕の中のルファスは頬を膨らませてプランの顔に触り、鼻を引っ張り出す。

あいたた、と判りやすくダメージを受けているフリをすれば彼女は満足したようだった。

ペタペタと小さな指がプランの顔を撫でまわした。

 

 

「いつか。ぜっはいに。わたしは おまへを たおすきゃらな! かくごしてろ!!」

 

 

「判ってるさ。首を洗って待ってるよ」

 

 

プランの物わかりのいい言葉に少女は「よろしい」と大仰に頷き、脱力する。

あれだけ拘っていた木の枝が再びポロンと握力を失った手から零れおちた。

虚空を見つめながらルファスはぶつぶつと呟きだす。

 

 

 

酔っ払いにはよくある、ひたすら長くて延々と堂々巡りをする独り言だ。

彼女も例にもれずソレを始めようとしていた。

 

 

 

「わたしがなにをしたっていうんだ……」

 

 

 

視線の先を少女は鋭く睨みつけている。

プランには何も見えないが、恐らくそこにはヴァナヘイムで彼女を虐めた同年代の子らや、大人たちがいるようだった。

ソレは常に強く在れと自己暗示を繰り返しながら生きてきた彼女の、無意識に溜まり続けていた怨嗟と、悲嘆だった。

 

 

「なにもわるいこと、してないのに……ひどいことばっかり……」

 

 

「ルファスは何も悪くないよ。あの地が異常なんだ。何度だって言う。

 君は悪くないし、傷つけられていい筈がない。もう二度とあそこには近寄っちゃダメだ」

 

 

でも、とルファスはかぶりを振るった。

人生の大半を苦痛で彩られた少女の傷はまだまだ治らない。

怨嗟と憎悪と、絶望と……ほんのちょっとだけの安堵を抱きながら彼女は表層に湧き上がってきた憎悪を吐き出した。

 

 

「ぜったいに ふくひゅうしてやる! 

 あいつら、ぜったいに ゆるせない! よくも おかあさんを!」

 

 

 

「………………」

 

 

 

安易に「許してやれ」や「忘れろ」等と言えないプランは沈黙した。

少女の怒りは正当なものだと感じたのも口を閉ざす要因だった。

ただ翼が黒いだけで死ぬ寸前にまで追い詰められ、未遂とはいえ殺害までされかかった。

 

 

しかも何の罪もない、あんなに心優しいアウラ氏まで黙殺されかかったのだ。

誰がどう考えても少女の怒りは正当で、報復心を抱くのは当然の権利と言えた。

 

 

 

歯ぎしりしながら虚空を睨みつけていた彼女であったが、ふと脱力し、今度はプランを見る。

怒りが萎んでいき、今度はそれに代わって別の感情が宿る。

あえて近いモノを挙げるとするならばこれは……「物欲」といった所か。

 

 

子供が欲しいモノをねだるように、ルファスはプランにねだった。

泥酔し、理性と自制の蓋が消え去った今だからこそ出てきた少女の芯根の言葉だった。

 

 

 

「……ほしい。わたし……“しろいつばさ”がほしい……。

 それがあれば、おかあさんも わたしも、みんなに、うけいれて……もらえ……」

 

 

「自分たちではダメかな? 自分も、リュケイオンの皆も、君たちを受け入れてるじゃないか」

 

 

真っ赤な眼が蒼い眼を見つめた。

トロンとした眼の中には残念だが未だに警戒と猜疑心があった。

彼女はリュケイオンの人々にまだ心を許していないようだった。

 

 

「うそだ……くろいつばさのわたしを……みんな、ほんとうは……」

 

 

「皆ルファスの事が好きだよ。もちろん自分もだ。

 大丈夫、ここには君を傷つけるモノは何もないよ」

 

 

 

彼女の根底にあるのは己の黒い翼への嫌悪と拒絶と、嘆きだった。

コレがある限り、自分は何処に行っても部外者で、異端で、仲間の内には入れないと何処かで彼女は思い込んでいるのだ。

とてつもなく根が深いコンプレックスであった。

 

 

ならばプランがすることは一つである。

根気強く「そんなことはない」と説得し、行動でその言葉を証明し続ける必要がある。

コレはいつまでかかるか判らない行為だ。

もしかしたらプランの一生をかけても彼女の心を癒す事は出来ないかもしれない。

 

 

「………………ぅ」

 

 

じっと少女の顔を見つめていると、やがて急激に襲ってきた眠気に耐え切れなかったのかゆっくりと瞼が閉じていく。

憎い男の前で寝顔を晒すなど論外だとルファスは抵抗するが、生まれて初めてのアルコールの力に勝てる筈もなく、直ぐに入眠してしまう。

 

 

 

完全に少女が寝入った事を確認したプランは、近くに歩み寄っていたアウラにルファスを渡す。

眠っていても本能で判るのだろうか、彼女はアウラの腕に包まれた瞬間、首元に腕を回して絶対に離れないと言わんばかりに力を込めた。

 

 

 

「……私は間違えていたのでしょうか」

 

 

ルファスの頬を撫でながらアウラがぽつりと呟く。

娘の怨嗟を聞いていた彼女の顔は悲しみに染まっていた。

 

 

 

「この子を連れて、もっと早くヴァナヘイムから逃げるべきだったのではないか……そう思ってしまうのです」

 

 

 

「過去を振り返って、あの時最善の行動をとっていなかった自分は愚かだと自責するのはやめるべきですよ。

 キリがない上に、どんどん自己嫌悪の螺旋に飲み込まれてしまいます。

 ……今が満たされているなら、それでいいじゃないですか」

 

 

衣食住に困らない生活。

娘と一緒に健康的に送れる毎日。

常に自分を気にかけてくれる多くの隣人や友人たち。

 

 

もう、夜が来るたびに凍死を恐れる日々ではない。

出された食事に洗剤や毒が混ざっているかを確認する毎日ではない。

 

 

アウラは感極まったように「そうですね」と答えた。

 

 

プランは寝入ったルファスの顔を見る。

真っ赤な顔をしている所を除けば年相応の少女の顔であった。

手を伸ばそうとして…やめた。

 

 

動こうとした手を握りしめて止める。

傍から見れば、ただ手を握っただけの動作であり、誰にも心境は漏れていない。

 

 

 

彼は身の程を弁えている男だ。

出すぎた事をするのは愚か者のすることであると自戒する。

自分はルファスの父親ではない。自分が子を持つ事はない。

 

 

 

どれだけ憎もうと、どれだけ両者が拒絶し合い、憎悪と否定しか向けることがなかろうと、ルファスの父はジスモアだけなのだ。

そこに自分が入る余地はない。

……いつかルファスがジスモアを許せる日が来ればいいなとプランは思いながらアウラに微笑んだ。

 

 

 

「今の生活はどうでしょうか? 何か不便などはありませんか? 

 何度もいいますが、遠慮せず何でも仰って下さいね」

 

 

「もったいないお言葉です……本当に、プラン様には幾ら感謝しても足りません……」

 

 

 

恩を返したいと視線で訴えてくるアウラにプランは「その内、仕事を任せますよ」とだけ伝えた。

やがて二人は椅子に座り、燃え尽きた祭壇の跡地を見つめていた。

子供たちが天に昇れますようにと二人で祈りを捧げる。

 

 

暫くそうしていると、酒を飲んでいた領民の一人がプランたちの下へと歩いてきた。

 

 

大柄で恰幅のいい男だ。

ルファスに恐竜の串焼き肉を与えたり、カルキノスと街を見て回った際にハーブを渡したりしていた男である。

何かと彼はルファスを気にかけていた。彼の後ろにも何人か、遠巻き程度とはいえいつもルファスを見守っている民たちがいた。

 

 

彼らは酒が入っているとは思えない程にしっかりとした目つきでプランを見ていた。

 

 

 

「領主様、エノク夫人……」

 

 

「うん?」

 

 

プランが頭を傾げれば彼らは視線を眠っている少女へと向けた。

彼らは直接聞かされてこそいないが、薄々察している面子だ。

天翼族の街で黒い翼をもって生まれた子供がどんな目に合うか、判らない程常識知らずではない。

 

 

 

多くの言葉があっただろうに、彼らは一言だけに全てを凝縮させた。

 

 

 

「いつでも、何でも申し付けて下さい。その子の笑顔が見たいんです」

 

 

 

「……ありがとうございます。皆様には……何度も……」

 

 

 

僅かばかり涙ぐんだ夫人が深く頭を下げて答えるのを見ながらプランは視線を空へと向けた。

少しだけ煙によって靄がかかったソレを眺めつつ彼は思った。

 

 

 

ミズガルズは苦しみの多い世界だ。

この世界にはあらゆる悪意と恐怖と、敵が混ざり合っている。

それでも、この世界も意外と捨てたものではないと、いつか彼女が判ってくれる日が来ることを彼は願った。

 

 

 

 

それはそうとルファスは酒癖が悪そうだという一抹の不安を彼は覚えた。

いつか大人になった時、とんでもない失敗をしそうだなと。

 

 

 

 

 





やらかした結果



聖魔剣・ルシファーブレードエクセリオンΩ


後のルファスが酒に酔った勢いで作った物凄いごてごてした装飾塗れの剣。
よくお土産屋で売っているアレである。

これを見るだけでルファスは動悸、息切れを引き起こし頭を抱えたくなる。
もしも名前を叫ばれたら反射的にぶん殴るレベルの黒歴史である。



ちなみに翌朝彼女は何も覚えていなかったらしい。
覚えていたら数日部屋から出てくる事はなかったので、良かったのかもしれない。


そして、来週土曜日の更新はワクチン接種があるためお休みします。
2回目なので、副作用に備えて大事を取ります。


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