ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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少し気になる事がありましたのでアンケート機能を使ってみたいと思います。
後の展開などに影響はありませんのでよろしければ気軽にどうぞ。


野生のカストールが現れた!

 

少しずつだが、着実に前進している。

少なくとも今の所は順調だ。

 

 

 

「……!」

 

 

ルファスは眩く輝くウルズの泉を見て小躍りしたい衝動に駆られていたが、何とかそれを抑え込んでいた。

プランとルファスが揃い、全ての要素も手元にあった故に泉の復活作業は何の問題もなく進み続けている。

少女は小さく手を開閉しそこに残る膨大なマナを支配/操作した感覚の余韻を確かめていた。

 

 

 

 

【バルドル】をプランと共に着こなし、マナを泉へと送り込む作業を経て彼女の中のマナへの理解と操作能力は更なる高みに至りつつある。

既に鎧と彼女の間の境界線は消え去り、ルファスは息をするように【バルドル】の機能と元々あった己のマナ収奪能力を組みわせて行使ができるようになっていた。

 

 

 

もはや意識するまでもない。

殆どの人が見れない微量のマナをルファスは意識することさえなく観測できている。

何なら見る/見ないの切り替え方さえも覚えた。

 

 

 

彼女の身体に眠る可能性が花開き始めているのだ。

アリストテレスをして想像を絶するとしか評する事ができない程の潜在能力が。

 

 

 

 

ぎゅっと掌を軽く握る。

ウルズの泉から少しだけ漏れ出るマナを圧縮してから開ければそこにあったのは【マナ・ダイアモンド】だ。

伝説にも謳われる結晶化したマナという非常に希少な品の筈なのだが、今の彼女ならばそこらへんのマナをかき集めるだけで生成出来てしまう。

 

 

 

固める為に圧力をかけてやる必要もない。

ただ“固まれ”とマナに命令するだけでマナが自分の意思で従うようにそういう形を取ってくれる。

プランが世界の法則を読み取り利用するのであれば、彼女は逆に堂々と従える事が出来た。

 

 

 

 

正にマナの申し子。

女神の世界に産まれた特大のバグにして可能性の塊、それが今のルファスだった。

 

 

 

次の工程が始まる。

ウルズの泉は力を取り戻したが、これは一時的なモノだ。

また時間が経つにつれ周囲にマナは霧散していき、宿す力は薄くなってしまうだろう。

 

 

 

マナの通り道を見つけ出し、それらがどの様な構造をしているかを判りやすく表す必要がある。

つまるところ泉の設計図を書きだすのだ。

概念的な力の通り道の構造を把握するなど普通は、それこそ産まれた時から魔力に親しんでいるエルフでさえ不可能な事であるが、ここにはルファスがいる。

 

 

 

彼女とプランの前では「ちょっとは難しいかもしれないが、出来ない事はない」

その程度の難易度にまでこの話は陳腐化する。

 

 

彼女が腕を伸ばし紙を手に取る。

彼が【一致団結】経由で送り込んでくる情報を少女の頭は容易く処理できる。

 

 

 

瞬間、ルファスの瞼の裏には全てが見えた。

この泉……規模としては湖と言っても過言ではないウルズの泉の水深に、地質構造。

それらが宿す「力」の総量はやはり微小ではあるが減り続けている事も。

 

 

 

 

そして、先に自分とプランが膨大なマナをミズガルズから取り込んできた時、何処を通ってきたかも彼女には見えた。

相変わらず視界の遥か下に鎮座する木龍の存在感はとてつもないものがあるが今の彼女は微かな恐れ以上に高揚を抱いている。

望めば望むほどに自分の身体が最適化されていくのもそうだが、自分と彼が力を合わせればもっとすごい事が出来るのではないかと彼女は直感してしまった。

 

 

 

 

彼と私が力を合わせれば何だって出来る。

何をとは言えないが、とにかくすごい事だ。

竜王を倒す、ナナコを家に帰す、母や皆と一緒にずっと生きていける。

 

 

 

 

勿論大前提として彼を治す事があるが……そう、だ。

 

 

 

頭とは別に腕だけが動く。

彼女の右腕は恐ろしい速度で筆を走らせ続け、受け取った情報を紙へと書き記していた。

等高線などがしっかり引かれ、泉の底の地形から始まり、物理的に空いた穴の位置やら湖底に沈んでいる岩の分布。

 

 

 

本当に微妙な違いしかないがマナの濃度の分布図さえも一瞬で完成させる。

恐らくここから数百年、数千年という単位でエルフたちがウルズの泉を調べる時に用いるであろう貴重な情報を彼女はどんどんと作り上げていた。

それらが書き終わると今度は“断面図”を彼女は製作し始めた。

 

 

 

 

水深ごとに宿るマナの質/量の違いや、保有する天力の量などをこれでもかという程に詳細に書き連ねたウルズの泉の解体図だ。

完成した紙束を隣で待機していたメグレズに放ると、彼は手際よくそれを回収した後にまた分厚い白紙を何枚も用意してくれた。

ギラギラと輝く瞳の中に宿るのはこの書類を一刻も早く吟味したいという貪欲な研究者の欲望である。

 

 

 

作業は続行される。

今度は周辺の地形を丸ごと彼女は写生し続ける。

もはや彼女の腕の動きは早すぎて見えないレベルであった。

 

 

一秒間に4枚の勢いでルファスは紙を消費し、周囲の地質などを記した書類を生産し続ける。

そんな事をしながらも彼女はふと思い至った余りに甘美な誘惑との戦いを始めていた。

 

 

 

 

彼と私が力を合わせればこんな事だって出来る。

7000年もの時を生きたロードスでさえ打つ手がなかったウルズの泉を容易く修復する事さえ出来たんだ。

 

 

 

それならば……彼の命を伸ばす事だって出来るんじゃないか? と。

命をまるで物の様に考える傲慢な思考がじくじくと湧き出す。

右の翼が囁くように震えた。

 

 

 

彼女は本質的に魔物の部分がある。

簡単に言えば欲望に弱い。

更には高濃度のマナに触れた結果、少し酔ってしまったのかもしれない。

 

 

そして彼女は自分にはそういう側面があると自覚している。

だからこそ自制することが出来た。

 

 

 

(…………)

 

 

 

それはいけない事だと押さえつける。

左の翼がぺちんと右翼を叩いた。

今はそんなことを考えてる場合じゃないだろう、と諫める様だった。

 

 

 

渋々といった様子で右翼が小さくなると彼女の頭からそういった邪な考えが引いていく。

 

 

 

その後は無言だった。

思考さえ放棄してルファスは更に速度を上げる。

一秒に5枚、6枚、最終的には12枚の速度で資料を作成し続け、ピタッと腕が止まった。

 

 

 

最後の一枚に眼をやると、ウルズの泉に繋がる何本ものマナの通り道──【龍脈】ともいえる回廊の状況などが記されていた。

やはりというべきかそれらは詰まり始めている。

まるで流れの悪い血管の様だった。

 

 

 

これはそれらに対する補修の方法や所要時間なども明確に記されている企画書だ。

メグレズにそれを渡すと彼は興奮のせいで微かに指を震わせつつ受け取った。

 

 

 

「お疲れ様。少し休むかい?」

 

 

 

ルファスから少し離れた位置で泉全体を隈なく【観察眼】で走査し、その情報をルファスに送り続けていたプランが一仕事終えた顔でルファスに近づきながら言った。

メグレズが即座に反応し「お疲れ様です!」と敬意に満ちた声で彼に冷たい飲み物とタオルを差し出す。

誰がどう見ても判るほどの媚びっぷりにルファスは苦笑しそうになった。

 

 

もしもここにロードスがいたら「お前の王は余なのだが?」と不機嫌になるほどのゴマの擦りようである。

 

 

 

「大丈夫。まだまだ先は長いんだ、休むのは早い」

 

 

 

「……後で右腕は冷やしておくように」

 

 

 

ニッと笑いながら言えばプランはかつてない程に調子の良いルファスに対して降参する様に手を上げた。

しかしそれでも超高速で動かした右腕に対してのアフターフォローも忘れない様に釘を刺せば少女は自分の右腕を摩った。

レベル900の肉体の限界が何処にあるか彼女もまだ把握しきれていない点も多いが、彼が言うのならばやっておこうと後の予定に書き加えておく。

 

 

 

何せこの後に控える調剤工程はとてつもなく繊細な作業になるのだから。

少しでも不安要素は潰しておきたい。

 

 

 

「次はマナの通り道を修繕するんだったか。……どうやるんだ?」

 

 

 

基本的に龍脈は泉の底や、岩盤の向こう側にある。

さすがにそこまで歩いて行って【錬成】を掛けるとなるととてつもない労力がかかる事になるだろう。

やれと言われたらやるが、さすがのルファスも泉の底で息を止めながら作業をするのは辛いだろう。

 

 

だとすると一番直接的な方法は周囲を砕く事になる。

今のルファスの拳であれば一撃でエルフの森が陥没するほどの拳を振う事も出来るだろうが……。

 

 

 

「……潜るの?」

 

 

 

「まさか」

 

 

 

水中でも呼吸が可能になる魔法を覚えているメグレズが耳をピンっと立てて存在をアピールしていたが、プランの言葉に彼は露骨に落ち込んだようだった。

壁の中や水中の底にあるモノを直したいのであれば、壁の中にめり込めばいいのだ。

訳が判らない理屈であるがプランは本気であるし、ふざけているつもりなど一切ない。

 

 

「これで、ちょっとね」

 

 

「あ……!」

 

 

彼がマントの内側から取り出したのは「Y」の形をした装備こと『パチンガー』である。

壁の中に入る方法など多々もっている彼であるが、最も手っ取り早い上に簡単なのはコレを用いた方法だろう。

オークたちを討伐する際に使われたあの意味不明な行動を思い出したルファスは顔を引きつらせてしまう。

 

 

 

確かにそれが最適解なのかもしれないが、あの時の意味不明さは未だに理解できない。

壁の裏側にある「無」の中を走り回るプランを忘れろという方が無理だ。

単純な力押しでは決して真似できず、到達できない世界の陥穽を用いた技術は良くも悪くもルファスの頭に焼き付いている。

 

 

 

「もっと他のにしないか? ほら、今は私も強くなったんだし【エクスゲート】を使うとかさ」

 

 

私も何だって協力するから、と続ける。

翼が音を立てて跳ね回り両腕をあちこちにやっての必死の説得だ。

 

 

 

プランは微笑むだけだ。

そうか、前と同じじゃ芸がないかと彼は変な解釈をしたようだった。

彼の提案する“他のやり方”が【一致団結】経由で流れ込んでくる。

 

 

 

まずは【瞬歩】を連続で発動/キャンセルさせた上に【サイコスルー】を掛け合わせる例の超速移動方法。

アレを後ろ向きで行う事によって世界の速度限界を無視して吹っ飛んでいく方法だ。

余りの速さにミズガルズはプランの“座標”を認識できなくなり、壁の中にめり込んでしまう。

 

 

 

「ホホホホホホホホッォホォォォ」等と言う奇声を上げて吹っ飛んでいくプランの姿が脳裏に送り込まれる。

何処からどう見ても立派な変態の所業であり、こんなのを見たらメグレズが泡を吹いて失神してしまうかもしれない。

 

 

 

「ダメ!」

 

 

ルファスは大きく頭を横に振った。

まだパチンガーを鳴らしながら跳ね回っていた方が常識的である。

どうして悪化してるんだと叫びたかった。

 

 

 

その3。

 

 

 

何時も用いているリボルバー銃にスコープを装着しそれを覗き込みながらしゃがむ。

そのままカサカサと後ろ歩きで壁に背中をくっつけてから素早く右を見てから、視線を下に戻す。

すると何故か彼の身体が壁にめり込み、そのまま沈んでいく。

 

 

 

もちろん硬い岩盤で出来ている壁に傷など一つもない。

そのままプランはとことこと何処かに歩き去ろうとしていく。

これならば確かにマシか、とルファスが微かに思った瞬間に“失敗例”が映し出された。

 

 

「あっ」

 

 

断末魔を上げて彼は踏み外して落ち始める。

 

 

プランが地面の底とも言えない「無」もしくは「闇」としか形容不可能な異次元に堕ちていく。

クルクルと回転しながら彼は何処かに落下を続け、やがて見えなくなってしまった。

プランとしてはちょっとしたジョークも兼ねた失敗例であるが、永遠に手の届かない所に消え去っていくプランを見てしまったルファスの顔に余裕は一切ない。

 

 

 

「ダメだっ!!」

 

 

 

叫ぶように拒否。

この人は基本的に知的なのに、時折こういう冗談になってない冗談を飛ばしてくる事がある。

腹部を治したらこういった側面はたっぷり時間をかけて矯正してやるとルファスは決意した。

 

 

 

 

その4。

 

 

 

壁を数回殴りつけた後、ジャンプしてから虚空に向けて手を伸ばし壁を掴む。

するとプランの身体は壁の“向こう側”に移動し、内側から壁を掴んでぶら下がるような姿勢となった。

もちろん足元など存在しない。あるのは永遠に続く闇だけだ。

 

 

 

そのまま彼は手を離そうとして……。

 

 

 

「わざとやってるな!?」

 

 

 

「何でどんどん酷い方法になっていくんだ!!」

 

 

 

さすがに我慢の限界を迎えたルファスはプランに飛びかかり襟を掴んでぐらぐらと揺らす。

プランは頭の上に「?」を浮かべつつ本当によく判らないといった様子だった。

あの後は普通に【サイコスルー】を用いて壁の中でドゥエドゥエする予定だったのだが……。

 

 

 

「っっっ~~~ッッ!! とりあえず!! 最初のでいい!!」

 

 

 

「だけどまだボードを使ったやり方とかが……」

 

 

 

「やらなくていいっ!! それは今度!!!!」

 

 

 

腰に手を当てて威嚇するように翼を広げて言ってやればさすがのプランも判ったのか頷く。

「ふー、ふー」と荒い息を吐きながらルファスは猛烈な疲労を感じ肩を落とす。

メグレズを見れば彼はいきなり叫び出したルファスに頭を傾げている。

 

 

 

知らないという事は幸せなのかもしれない。

さすがの彼も予備知識なしでいきなり壁の中に消えていく人間などを観たら今度こそ発狂してしまうかもしれない。

 

 

 

(全く……)

 

 

 

天然としか言いようがないプランの行動にルファスはため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小規模な【エクスゲート】が展開され、プランは一歩を踏み出す。

周辺の景色は光の森と大して変わらない森の中であるが、マナの濃度はまた一段と高い。

ここいらの木々はより木龍に近しいモノが多く、宿す力も相応に大きいのだろう。

 

 

 

ここは妖精郷・アルフヘイム。

光の妖精姫と謡われるポルクスとカストールが統べる領域にプラン・アリストテレスは足を踏み入れていた。

しかもポルクスを捕獲するためではなく、エルフを救うためにだ。

 

 

 

【ウルズの泉】の補修作業を無事終えた彼は次の工程──木龍の化身の協力を得る為に動いている。

 

 

 

世の中とは本当に思い通りにいかないものだなとアリストテレスは小さく息を吐いた。

まず出会えないとは判っているが、念のため【インフィニティ】と【スキル封じ】の指輪を彼は持ち出していた。

もちろんカストールと交渉するにあたって不要なものである故に、ちょっとした気まぐれである……恐らく。

 

 

 

「本当に私が同伴しなくていいのか?」

 

 

 

後ろからルファスの声が聞こえ、プランは振り返った。

空間に空いた黒い“孔”から半身だけ乗り出し、窓枠によりかかるように空間の縁で頬杖を突いたルファスが何処か非難する様な顔で師を見ている。

視線は腹部に向けられており、左右の翼は不規則にゆっくりと羽ばたいていた。

 

 

プランが交渉するといったカストールといった奴がどのような存在かはよく判らない。

読んだ本の中に何度かその名前が出ていたり、星座の名前と同じとしか。

 

 

だからこそ不安なのだ。

彼は自分を理知的な交渉人だと思っているかもしれないが、ソレは違う。

ハッキリ言って何も知らない他者が彼を見た場合の第一印象はひたすらに胡散臭く、怪しさしかない怪人だ。

 

 

 

あのベネトナシュとも交渉するなどと言ってひと悶着起こしたであろうプランだ。

こんな怪我を負った状態で小競り合いになったらどうなるか判ったものじゃない。

さすがに交渉するといって戦闘などありえないと思うが、そのあり得ない事を起こすのが彼なのだ。

 

 

 

 

自分の目の届かない所に彼が行くのが嫌だというのもある。

ルファスは大切なモノは自分の近くで常に守護していないと安心できない性質なのだ。

 

 

 

「アルフヘイムの妖精は臆病な性質なのさ」

 

 

 

返答を間違えたら間違いなくルファスは完全に【エクスゲート】から全身をこっちに移すと悟ったプランは言葉を選びながら説得を開始する。

 

 

 

「ルファスの存在感は自分で思っているよりも凄く強く

 どうやっても怯えさせてしまうかもしれないんだ」

 

 

「勿論ルファスにそんな意図がないことはよく判っているよ。

 だけど、レベル900というのはただそこに居るだけで周囲に影響を与えてしまうんだ」

 

 

「……む」

 

 

 

彼女に誰かを怯えさせるつもりなんてないが、少女は冷静に思い返す。

プルートに初めて訪れた時、恐怖と共に見上げた巨大蠍の化石を。

もう何千年も昔に死んでいるというのに彼女は理屈などない恐怖を抱いた。

 

 

 

アレと今の自分のレベルは同じだ。

今度は自分が見上げられる側に回っているのだ。

 

 

 

全長100メートルを超える超巨大な魔物とそこらへんの少女と同じか少し高い程度の背丈のルファス。

姿かたちこそ全く違うかもしれないが、宿す力は同等だ。

 

 

 

 

彼女に強者の振る舞いと気を付けるべきことをプランは教えたいと思っていた。

ルファスという少女はとても心優しく繊細だ。

それでいて何処かに他人への不信がまだ残っている事も知っている。

 

 

 

これから先の生涯においてルファスはきっと友を得る事だろう。

自分と言う紛い物の師よりも素晴らしい仲間を。

だがしかし、無意識か意識的かどうかはさておき、自分の保持する力の大きさと影響力に無頓着であったら間違いなくズレが生じると彼は思っていた。

 

 

 

かつてフェニックスが今際の際にルファスに残した言葉。

「強いというのは疲れる」という意見にはプランも同意していた。

いきなり現実を見せる様なショック療法ではなく、少しずつ彼は少女の自覚を促していくつもりである。

 

 

 

これはその第一歩。

敵意や悪意がなくとも、今の自分は恐れられるであろう存在であるという前提を説いておく。

そうしておけばその内、そういう事があったとしても彼女の中でかみ砕く余裕が生まれる筈だ。

 

 

 

「ルファスにはルファスにしか出来ない事を任せたい」

 

 

 

「……………」

 

 

 

一時的に力を取り戻したウルズの泉の監視と維持。

それがプランがルファスに与えた任だった。

かつてのノーガード事件と同じく、彼女にしか出来ない事だ。

 

 

 

今のところは安定を見せている泉がまた力を失い始めたら応急手当が出来るのは彼女しかいない。

ロードスの魔法の腕はルファスよりも上であるが、彼は純粋なマナをかき集めて留め置く力はもっていないのだ。

 

 

 

 

「……判った。だけど無理はしないように」

 

 

 

「ありがとう。ダメだったらすぐに帰るよ」

 

 

 

利を説かれてしまった以上、ルファスはもう何も言えなかった。

彼には彼の、自分には自分の仕事/役目があるのだと受け入れるだけの理性と知性を彼女は持っているのだから。

【エクスゲート】をゆっくりと閉じていく。

 

 

 

地下にある泉とアルフヘイムの間にある距離は如何に近場といえど百キロ近い。

“座標”は覚えたとはいえ、そう簡単に再び繋げられる場所でもない。

更に言うとポルクスとカストールの存在が真に歴史書に乗るほどに古いのであれば、こういった術への対抗策を持っていてもおかしくはない。

 

 

 

「とりあえずそのマスクは外しておいた方がいい。……正直言って、怪しすぎる」

 

 

それだけを言いきって完全にゲートを閉じる。

最後に見えたプランの姿は「そんな馬鹿な」とでも言いたげに立ちすくむ姿だった。

 

 

 

ルファスは迷うことなく振り返り、自分たちが蘇らせつつある泉を見た。

これを治すという事は彼を治すための前提でもあるが、同時に数えきれない人々に高品質な回復アイテムを行き渡らせる下地を整えるということだ。

 

 

「よしっ……」

 

 

 

ぐっと翼を伸ばして一呼吸。

それでとりあえず思考はすっきりした。

腕を組み、ルファスはとりあえず自分のマナ可視化能力と【レンジャー】の持つ【観察眼】がどの様な相互反応を起こすかを確かめるべくスキルを発動させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待つんだ」

 

 

ひたすらにマナの濃度が高い地──恐らくポルクスがいるであろう場所──を目指して歩いていると、若い男の声がプランを呼び止めた。

“来たか”と思いつつそんな態度は全く表に出さずプランは声のした方向に顔を向ける。

ポルクスと並び称されるカストール、もっと劇的な出会いを期待していたんだがなとアリストテレスの内の誰かがぼやいた。

 

 

鬱蒼と生い茂った大樹の上に一人の男が立っている。

森の中だというのに海の男が着るようなトレンチコートに、これまた船長の様な帽子。

背中に背負っているのは武器とは到底思えない様な巨大な船の錨。

 

 

更に見れば男の上には翼もないというのに浮いている大型の木製船が一隻。

巨大なガレオン船は何処か時代遅れの設計にも見えたが、実際はミズガルズに存在するどの様な船よりも早く、何より空を飛べる一品だ。

 

 

伝説を通り越して神話に伝わるアルゴー船の登場にさすがのアリストテレスも盛り上がりを見せた。

さながら非常に貴重なサンプルを目にした研究者の様に。

 

 

 

※ 名高き英霊様のお通りだな。

 

 

※ やり方は幾らでもあるわ。

 

 

※ 実に興味深い。是非、一つか二つ、英霊とやらをサンプリングしたい所ですね。

 

 

 

 

彼らは相変わらずであった。

ポルクスとカストールという存在さえも魔神族と同じ資源か何かとしか見ていない様だった。

プランとしてはその気持ちは痛い程に判るが、今は控えて欲しいと思った。

 

 

 

「迷子かい? ならば私が外に送ってあげよう」

 

 

 

 

男──カストールは決して一定以上はプランに近づかずに表面上は温厚に振舞いつつ声をかけた。

ルファスのアドバイスを受け【バルドル】のマスクを外しているプランはいつも通りの微笑みを浮かべつつ頭を横に振った。

 

 

 

 

「いいえ。自分は迷子になったわけではありません」

 

 

 

「貴方たちに会いに来たのです」

 

 

 

いつも通りに挨拶をする。

とりあえずどんな相手であっても一通りの自己紹介と礼は尽くしておくのがプランのやり方だ。

 

 

 

 

「……プラン・アリストテレスというのは君かい?」

 

 

「はい。自分で間違いないですよ」

 

 

 

カストールは当然の様にプランの名前を言い当てて見せるが、プランは「やはりな」と思うだけだった。

基本的にアルフヘイムから動かず、訪れた勇者としか会話しないポルクスと違ってカストールなら知っているだろうという予感があったのだ。

何せこのカストール、とてつもない冒険好きというのもあり著した冒険譚の数も10や20では足りない程なのだ。

 

 

 

「色々な噂に上がっているのを聞いていたからね。

 私としても一度会ってみたかったんだ」

 

 

 

妹と違い活動的である彼はよく外界の情報を仕入れて回っている事もあり、ミズガルズが今どのように変わり始めているか知っていた。

竜王という魔神王と違った本物の脅威の台頭。

それに対抗する為の大同盟の締結と、長き時を生きる彼からしても規格外としか言いようのない“吸血姫”の力などなど。

 

 

 

いま、ミズガルズはとてつもない変革を迎えようとしている。

人類が滅ぶかどうかの瀬戸際と言っていい。

そんな時代のうねりの中で囁かれる名前を彼が覚えない訳がないのだ。

 

 

カストールは木から飛び降り、プランの前に着地した。

片目は眼帯で隠されていたが、残った翡翠色の瞳がプランを見やる。

 

 

プランは微笑んだ。

そして一つだけ告げておかなくてはいけない事がある事を思い出し、動く。

 

 

 

義手となった右腕を大きく翳し、掌を見せつけるように晒す。

中心で輝くのは不死鳥の宝玉だ。

言葉はなかったが、カストールはソレを見て多くを悟ったようであった。

 

 

 

不死鳥。

最初の魔物である彼とカストールは知らぬ仲ではなかった。

時には殺し合ったこともあり、時にはその時代の勇者と共にパーティーを組んだこともあった。

 

 

 

決して良好な仲ではなかったが、それでも認め合っていた。

妹に対する侮蔑と嫌悪だけは認可できなかったが、その気持ちは彼にも判るモノがあったのも事実。

どう言いつくろおうとポルクスがやっていることは勇者たちを騙している事に相違ないのだから。

 

 

 

 

「そうか……彼が逝ったか」

 

 

 

何万年もの腐れ縁が終った事をカストールは認識し大きく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

原作「野生のラスボスが現れた!」を読んだことが

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