ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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皆様アンケートへのご協力ありがとうございました。
拙作は原作を知っている前提で説明などを結構省いて書いておりますので
未読の方の割合が多い場合はもう少し説明を増やすつもりでした。




プランの“リペア→アルゲティ”!

 

カストールとポルクスが誇る超巨大空中船、アルゴー。

その甲板に招かれたプランは傍目から見れば完璧な微笑を張り付けてカストールと雑談を楽しんでいた。

不死鳥さえ超える年月を生きてきた彼との対談は中々に刺激的で楽しいものがある。

 

 

 

ポルクスとは間違いなく合わないだろうが、カストールとプランの相性はそこまで悪くはない。

どちらも人付き合いはそつなくこなせる故に。

少なくとも表面的には何も問題は起きない。

 

 

 

 

「そうか……虹色羊はいまは君の所に」

 

 

 

ほっと息を吐きながらカストールは苦笑する。

まさかそんなところに居たのかともう笑うしかない。

プランの着込む【バルドル】に虹色羊の気配を目ざとく感じ取った彼はかの羊の存在をプランに問い、返ってきた答えに納得したようだった。

 

 

 

今はリュケイオンに居る。

名はアリエスと言い、すくすくと育っていると聞いたカストールは意外な事に執着といった感情を見せなかった。

そういった場合の断る文言を10個ほど考えていたプランからすればこれは意外な事であった。

 

 

何せカストールの記した冒険譚の中でも数少ない目的を達成できなかった旅の一つが虹色羊の探索だったのだから。

プランの訝しむ様な気配に気が付いたらしい彼は満面の笑みで断言した。

 

 

 

「アリエス君はもう君たちの仲間なのだろう? ならば私はソレを祝福するだけだ」

 

 

 

「私達には縁がなかった。全ては風の赴くままに流れていくのさ。きっと君たちの出会いには意味があると私は考える」

 

 

 

カストールの言葉にプランは深く頭を下げて敬意を表した。

余りに身近すぎて感覚がおかしくなりそうではあるが本来ならばアリエスの存在は国家間で戦争が起きる程に希少で、有益なのだ。

彼がいたからこそアウラは死の淵より戻ってくる事が叶い、今こうしてウルズの泉の修復を問題なく進める事が出来ている。

 

 

 

縁の下の力持ち、それがアリエスだ。

この遠征が終ったら彼にはトウモロコシを更に2本ほど与えたいと彼は思っている。

その為には何とかルファスを説得しないといけないが。

 

 

 

 

彼は自分に戦闘力がないことを嘆いているようだが、プランからしたら戦闘など誰でも出来る事だ。

余りこういう表現は使いたくないが戦いをするものなど代わりは幾らでもいる。

 

 

しかし虹色羊はアリエスしかいないのだ。

アリエスに出来る事を代われるものは誰も居ない。

そして何よりも重要な事としてアリエスはルファスに寄り添い、その心を癒す事が出来る。

 

 

 

 

きっと彼はこの先どれほどの年月が経とうとルファスの傍に居てくれるだろう。

これは誰にも出来ない偉業だと彼は考えていた。

 

 

 

「さて。前置きはこれくらいにして……私達に何の用かな?」

 

 

 

笑顔はそのまま、微かにカストールの気配が変わる。

周囲に展開していた英霊たちは構えこそしなかったが明らかに警戒心を一段階上へと引き上げた。

甲板と言う遮蔽物のない空間で、全方位をレベル600から800にも及ぶ英霊たちにプランは囲まれている。

 

 

 

本来ならば死を覚悟する状況ではあるが、彼の心にはさざ波一つ立たない。

変わらず微笑みを浮かべるだけだ。

別に狂っているわけではない。

ここには戦いに来たわけではないのだからこれは当たり前といえた。

 

 

 

 

 

 

 

「実は現在【ウルズの泉】に問題が起きてまして、その対応に当たっているのです」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

無言で続けろと促す。

実際、彼はここでやり合うつもりなど全くない。

礼節を以て訪れてきた旅人を集団で襲うなど魔物と何ら変わらない。

 

 

彼は誇り高きアルゴー船の船長、そのような事をするわけがない。

ただ好奇心があるだけだ。

噂に聞くアリストテレスという男がどのようなモノなのか気になったのだ。

 

 

 

(ハッタリ、ではない……場数を踏んでいるのは確かなのだろうが、これは)

 

 

 

結果、彼は目の前の男を測りかねていた。

長い年月を生きてきた彼は相応に交友関係も広いのだが、こういったタイプは彼の知己にもいない。

 

 

 

若者というには枯れ果てすぎている。

賢者というには寂れすぎている。

戦士というには覇気がなさすぎる。

 

 

 

 

学者が近い表現ではあるが……それも何処か違う。

噂に聞くアリストテレスという男は人というよりはまるで、まるで……表現が出来ない。

ただ漠然とした直感でポルクスに会わせてはならないとは感じていた。

 

 

 

 

「詳細は省きますが、泉を復活させる為にマナの循環を復活させるつもりです。その為に木龍の身体を用いる必要が出てきまして」

 

 

 

平然とプラン・アリストテレスはポルクスが木龍の化身だという事実を知っている前提で会話を続けていく。

本人の他には兄であるカストールと、かのフェニックス位しか知らないというのに。

その結果、カストールの中で更にもう一段階プランに対する警戒が上がる。

 

 

 

「なるほど、何処で知ったかはともかく博識だというのは本当らしい」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

警戒と皮肉交じりの言葉であったがアリストテレスは何ら変わらず返すだけだ。

妹を誰よりも案じているカストールの前で彼女の出生の秘密を知っていると暗に述べながら彼は言葉を続ける。

 

 

 

「貴方方に何かをしてほしいというわけではないのです。ただ、もしも木龍の身に何か変化があったら教えて頂きたく」

 

 

 

「構わない。その程度だったら問題はないよ」

 

 

 

即断であった。

考えるまでもなくカストールは応えていた。

彼からすればもっと法外なモノを要求されると考えていたのに、これはどちらにとっても嬉しい誤算である。

 

 

 

大前提としてカストールは基本的に人類の味方なのだ。

人と言う種に誰よりも価値を見出している。

こんな巨大な船を空に浮かべて一緒に冒険をしたいと思う程には彼は人類を思っていた。

 

 

 

「君の活躍は敬意に値する。……世界が勇者に頼らずとも団結できるというのなら、力を貸す価値は十分にあるさ」

 

 

 

乾いた笑いを零しながらカストールは遠くに視線をやる。

ポルクス程ではないが、彼もまた多くの勇者を見送ってきた。

その結果がどうなるか全てを知りつつ「しかたない」と。

 

 

 

ぴくッと誰にも気づかれない程度ではあるがアリストテレスの眉が動いた。

勇者と言う言葉を聞くと彼らはどうにも、暗澹とした、黒い感情を抱いてしまう。

そんな自分を誤魔化す様にプランは奈々子について聞く事にした。

 

 

 

「最新の勇者の事はご存じですか?」

 

 

 

あぁ、とカストールは腕を組み頷く。

これは本命であるポルクスに備わった本能であるが、兄たる彼もソレは兼ね備えている。

彼ら兄妹は勇者がミズガルズに招かれれば本能でそれを察する事が出来るのだ。

 

 

故にカストールとポルクスは気が付いている。

また始まったのだと。

 

 

 

「快活な少女らしいね。妹も出会う日を心待ちにしているだろう」

 

 

 

「それは素晴らしい」

 

 

 

 

彼らの顔こそ笑顔だが声は全く笑っていない。

どちらも勇者というシステムに嫌気が差している者同士であり、内心は一緒だった。

余りに寒々とした空気に先ほどまで臨戦一歩手前だった英霊たちがそそくさと己の持ち場に戻り始めるほどだ。

 

 

 

カツ、カツと足音を立ててプランはアルゴーの甲板を歩き船首から下界を見下ろす。

全てというほどではないがミズガルズの絶景をここからは一望出来た。

自然と生命と理不尽に溢れた大地、女神の愛するミズガルズをプランは熱のない瞳で見ている。

 

 

 

広大な森林。

連なる山脈に、何処までも広がっていく草原。

空を往く鳥たちに、大地を駆ける魔物/生物。

 

 

 

そして、そして、世界に垂らされた膨大な数の“糸”たち。

 

 

 

何もかもが気持ち悪い。

そこに住まう命はともかく、この基盤となる世界をプランは欠片も思ってはいない。

暫しの無言の後、プランはカストールに背を向けつつ口を開く。

 

 

 

「……皆、気が付いてるのですよ」

 

 

本当に囁くような声で彼は言った。

カストールに話しかけているようで、実際のところは独り言に近い。

ポルクスの兄であるカストールを見ていると、どうにもアリストテレスがざわめく。

 

 

 

彼を見ていると根底の部分にこびり付いたある男の顔がちらつくのだ。

苦いものと一緒に彼の諦観に満ちた言葉が込み上げてくる。

 

 

 

───きっと、俺が最後じゃないんだろうな……。

 

 

 

───帰れないかぁ……。

 

 

 

冴えない男だった。

騙され続けたお人よしだった。

それでも誰よりも他者の幸せを願い行動していた尊く尊敬に値する人物だった。

 

 

 

 

自分ではない男の憤りに身を焼かれつつ……アリストテレスは上空に視線をやった。

パチ、パチという空間の微かな嘶きを彼は捉え、次いでカストールの直感が危機の到来を告げた。

英霊たちが武器を構えて上空を注視し、プランは熱のない瞳を向ける。

 

 

 

【エクスゲート】

 

 

 

循環する天力/魔力は世界に孔を穿つ。

ミョルニルの上空にて開かれたモノに比べれば規模は小さいとはいえ、それでも家屋程の大きさはある空間の歪みがアルフヘイム上空に出現した。

 

 

 

「…………」

 

 

 

ずいぶんと懐かしいモノが出て来たなと、最初のアリストテレスが感慨を抱いた。

「そういえば居たな、こんな奴も」と彼は思ったらしい。

プランからしたらずいぶんと古い構造のゴーレムだなとしか思わなかった。

 

 

余りに古すぎる。

確かに素晴らしい性能を秘めている上に、最強の兵器も搭載されているのだろう。

だがしかし、プランから見たら全く素晴らしいとは思えない酷い出来のゴーレムであった。

 

 

 

ベネトナシュの戦法にも言えるが、なまじ一度優れたモノが出来るとそこから進歩しなくなるのはこの世界の悪癖だ。

 

 

 

 

ゆっくりと降下してきたのは【アイガイオン】ではなく巨大な天秤であった。

支点となる中央部分にはミズガルズの全てを嘲る道化師の顔があり、苦しむ全ての命を高みから見下ろしているようだ。

 

 

 

「何故ここに……!」

 

 

 

カストールが汗を頬に伝わらせながら呆然と呟く。

彼はこれが何であるか知っている。

そしてこの存在がもつとあるスキルは己の軍勢にとって最悪の天敵となりうることも。

 

 

 

【女神の天秤】

 

 

 

これこそミズガルズにおける最古にして最強のゴーレム。

レベル1000という本来ゴーレムではたどり着けない極点に至った存在であり、女神が独自に動かせる手駒でもあった。

 

 

 

これが本来の役目である聖域の防衛任務から外れてここにいるという事は、ミョルニルの戦いと、ルファスの暴走。

クラウン帝国の不死鳥討伐を経て完全にアリストテレスが眼をつけられた証拠だった。

どうやら女神は本格的に自分を消しに来たようだなとプランはつまらなさそうに考えている。

 

 

 

 

「アレはどうやら自分を狙っているようです。此度はこのような騒動に巻き込んでしまい申し訳ありません」

 

 

 

「そんなことはいいっ……早く私の後ろに隠れるんだ!」

 

 

 

必死の形相で手を伸ばしてくるカストールにプランは瞑目し頭を横に振る。

まるで諦めたかの様な態度にカストールの顔に驚愕が浮かんだ。

 

 

 

天秤がカタンと一度だけ揺れる。

 

 

右には女神の意思。

左には敵対者、この場合はプランの意思が乗せられる。

どちらが尊く優先すべきなのか天秤は無機質に測っている。

 

 

 

 

一瞬で、拮抗さえなく傾く。

右、右、女神の意思こそ絶対である。

 

 

 

 

ケタケタと道化の顔が笑う。

左右の秤に膨大なマナが収束を開始。

同時に周辺の景色が歪んでいく。

 

 

 

これこそ女神の天秤が誇る最強/最悪の殲滅スキル。

10万以下のHPしかない劣等種を問答無用で消し去る【ブラキウム】である。

天力と魔力が重なり合った上であえて不安定な【エクスゲート】が形作られる。

 

 

【エクスゲート】の攻撃転用。

あえて世界の構造を乱す波動を放つ。

それがブラキウムの正体だ。

 

 

 

回避は不可能。

防御は無意味。

これはそういうものだと女神が定めている故に。

 

 

 

このままではカストール諸共吹き飛ばしてしまうが、そんなこと天秤と女神には関係ない。

彼女の脚本に必要なのは妹のポルクスだけ。

居てもいなくても問題ない出来損ないの兄の命など考慮に値しない。

 

 

 

あと数秒でアルフヘイムの一角を巻き添えに【ブラキウム】は発射され、アルゴー船ごとプランは吹き飛ぶだろう。

 

 

 

プランが動く。

ここで下手に暴れられてポルクスに警戒されるのは避けたい故に直ぐに終わらせる事にした。

更に言うと昔からコレは好きではなく、チャンスがあったら壊したいと思っていたのも事実だ。

 

 

 

【ターゲティング】

 

 

 

これにより彼の意識の中心に天秤が位置する。

本来ならば対象への命中率とクリティカル率を微かに上昇させるだけの質素なスキルだ。

しかしこれの本質は“対象を取る”効果があることなのだ。

 

 

 

 

【オールリペア】

 

 

 

自分の所持しているゴーレムのHPを100%完全に回復させるスキルをあろうことかプランは女神の天秤に向けて使った。

もちろん天秤は彼の所有物ではないのでHPが回復するまでもない。

だがしかし、HPを回復させようとする力場/処理だけは出現する。

 

 

カストールが気が付いた時には彼の右腕にはリボルバーが握られており、事を成した後だった。

少しばかり作りのいいリボルバー銃はカストールからすればもっと良い装備を整えればいいのにと思ってしまう程にありきたりな銃だ。

だがしかし、それを補って彼の射撃の腕は想像を絶するとしかいいようがない。

 

 

 

間髪入れずに撃ち込まれるのは【デネブ・アルゲティ】だ。

プランでは魔王の様な規模での行使は不可能で、精々銃弾一発分くらいしか生成できない。

だがしかし、無闇に規模を大きくすればいいということでもないのは誰でも知っている。

 

 

 

 

パチンと【ブラキウム】を発射する寸前だった女神の天秤にスキルが命中。

ダメージは45。

参考までに言うとこのゴーレムのHPは48万である。

 

 

 

ミズガルズにおけるダメージ限界を四度撃ち込んでもなお倒せない数値である。

レベル1000の集団を相手にすること前提の天秤はアルゴナウタイの総力を以てようやく打倒が叶うかどうかという域の怪物である。

 

 

が、しかし。

 

 

場に発生していた【オールリペア】のゴーレムのHPを100%回復させようとする処理。

それに割り込んだのは【デネブ・アルゲティ】のそういった回復/修繕/回帰を阻害する処理。

この二つの処理が同時に発生した結果、数値はプラスからマイナスへと転じた。

 

 

 

PPPP────。

 

 

余りに惨めな反撃をせせら笑う様に天秤が揺れ……揺れが大きくなり……全身が一挙にはじけ飛んだ。

煙を噴き出し、何が起きたか判らないといった驚愕のまま天秤が墜落していく。

 

 

 

宙の彼方に座する存在もこれには目を剥いた事だろう。

ありえない、ありえない、バカな、バカな、バカなと三度叫びを上げる程に驚愕したはずだ。

 

 

これは48万のHPが瞬間的に0になった結果である。

処理が反転した結果【オールリペア】のゴーレムのHPを100%回復させる効果は、相手のHPに100%分のダメージを与えるといった内容へと逆転したのだ。

 

 

ミズガルズにおいてダメージの限度は99999だ。

しかし回復の数値に限度はなく、100%回復を真逆のベクトルに変えてやれば理論上では相手のHPが1億だろうと1兆だろうと問題なく確殺できる。

 

 

 

 

呆然としたカストールの前で天秤が墜落していく。

中央部の顔はケタケタと笑い続けている。

もう笑うしかない。

 

 

何千年かもっと長い年月の間、何人たりとも女神の聖域への侵入を許さなかったゴーレムが戦闘さえ出来ずに破壊されてしまったのだ。

もはや悔しいや悲しいを通り越して一種の喜劇としかいえない。

 

 

 

踵を返し蒼い瞳をカストールに向けるプランの背後でアルフヘイムの一角に女神の天秤は土砂を巻き上げながら落下した。

きっと後々、聖域の者達が理由をつけて回収しにくることだろう。

 

 

ゴーレムではアリストテレスには決して勝てない。

この【リペア→アルゲティ】とでも名付けるべき技の他にもあの程度のゴーレムであったのならば幾らでも対処法は存在する。

例えば動力部に【エクスゲート】を用いた反応炉があるのは判っているので、少しばかりそのバランスを弄るなど……。

 

 

 

 

「お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 

たった今、ミズガルズ最古/最強のゴーレムを排除したとは思えない程に平坦な声。

まるで道端に落ちていた邪魔な小石を蹴っ飛ばした程度の疲労。

何の熱もない微笑みを浮かべつつプランはカストールに礼をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピィィィインと両翼が天を衝くように伸ばされている。

時折、小刻みに左右にぴくぴくと動く様は猛禽類が獲物を狙いを定めている時の様にも見える仕草だった。

理屈ではなく、本能でルファスはプランがまた何かやらかしている事を悟っている。

 

 

【錬成】で即席に作った椅子に腰かけ、じっと泉を観察していたルファスであったが突如として感知したプランの気配に顔を顰めていた。

翼が忙しなく右、左と方々に向けられ勝手に浮力を発生させようとするのを彼女は黙らせる。

ここを任せると彼に言われたのだ、それを半ばで投げ出すなど彼女の在り方ではない。

 

 

少なくとも今の所は自分の助力が必要ではないと彼女は超直感で感じ取っている。

 

 

 

(何か、やってるな……)

 

 

または、誰かと戦っている?

瞬間的に感知した彼の戦意とでもいうべきものはとても小さく、直ぐに消えたのを見るに相手はカストールではなく取るに足らない雑魚なのだろう。

それっきり繋がりからは何も流れ込んでこない。夜の海の様に彼の胸中は凪いでいる。

 

 

 

「全く」

 

 

何処の誰と何をしているのだか。

あれだけ危険はないと言いながら戦闘をするなど、彼は自分の身がどうなっているのかもっと自覚した方がいい。

 

 

 

眉が顰められる。

危機を煽る様な感覚はなかったので今の所は静観しているが、どうして彼の周りはこう問題が多いのだと思ってしまう。

もしももう一度同じ感覚が襲ってきたら四の五の言わずにルファスは【エクスゲート】を開いてしまうかもしれない。

 

 

「む?」

 

 

ごそごそという音が遠くから響いてくるのを聞き取り、ルファスは考え事を中断する。

足音の感覚からしてこれは恐らくロードスのモノだなと判断した彼女はすっと背筋を伸ばし、敬意を見せる様に小さく頭を下げて待つ。

王への忠誠やら何やらはともかく、プランの面子の為にこういう事は必要なのだとルファスは納得していた。

 

 

 

ついでにもう一人、メグレズも一緒の様だ。

 

 

 

いや、更にもう一人。

何故だかは全く判らないがサジタリウスもついてきている。

彼は一言も発さず、メグレズの後ろで佇んでいるだけだ。

 

 

「そういうのは必要な時だけやればよい」

 

 

 

何冊もの本や書類を抱えたメグレズを従えロードスが現れる。

彼は礼儀正しく跪こうとしたルファスを鷹揚に手を振って制した。

まずは当たり障りなく、ルファスは泉に関しての報告を述べた。

 

 

 

「今の所は問題ありません。泉は“力”を維持しております」

 

 

 

「礼を言う。其方らのお蔭でウルズの泉は順調に全盛へと戻りつつある」

 

 

 

だから、とロードスは言葉を区切った。

彼の後ろにメグレズがひぃひぃ言いながら書類を次々と置いていく。

 

 

 

「褒美を与えようと思ってな。だがしかし、其方は金銭や権力などには興味がないだろう?」

 

 

 

「はい。私の望みはささやかなものですので……」

 

 

 

平和な世界で大切な人たちと穏やかに生きていきたい。

それだけが彼女の望みだ。

 

 

「で、あるか」

 

 

子供としか思えないエルフ王の瞳が細くなる。

“ささやか”というのは随分と謙虚な表現だなと彼はルファスの中にある巨大な星を見ながら思った。

また大きくなっているように見えるのはきっと気のせいではない。

 

 

 

いつだって男女の機微というのは歴史を揺るがしうる火種になるのだ。

それを幾度もロードスは見てきた。

だからこうやってルファスには慎重に接している。

 

 

 

「余が渡す報酬は“知識”である」

 

 

 

ロードスの口角が本当に微かに吊り上がる。

10歳にも満たない程度の外見だというのに纏う気配は老人のソレであった。

彼は巨大な杖を両手で握りしめ、ルファスを示した。

 

 

 

「“複雑に溶接された臓器”と“消えない呪詛”……“燻ぶる劇毒”」

 

 

 

プランの状態を既に見抜いていたロードスは一つ一つ彼を助ける為には解決しなくてはならない問題を上げていく。

 

 

 

「“全身に転移した悪性腫瘍”」

 

 

 

あと数年で彼の命を奪い取るであろう疵/病気を羅列するだけで如何に今の彼が危険な状態なのか判るというものだ。

普通ならばどんな天法やポーションでも彼は治せない。

神話に伝わる至高の天法であるならばもしかして、というレベルではあるがアレは女神の巫女でさえ容易く行使はできない奥義である故に除外する。

 

 

 

「最初に言っておく。現状、これらを全て同時にどうにか出来るポーションは存在せん」

 

 

 

「…………」

 

 

 

ルファスは黙ってロードスの話を聞いている。

“現状”という部分を聞き逃す程に彼女は愚かではない。

 

 

 

「だが未来は不確定だ。

 新しい素材、新しい理論、新しい発想があれば既存の品では考えられない治療薬が出てくる可能性も無ではない」

 

 

 

ロードスは簡単に「新しい」を連呼するが、それこそミズガルズの民にとって最大の障害であった。

基本的に女神が全てを決めて運営する世界においては人々は自分で何かを考え作り出すという発想に乏しいのだ。

 

 

 

「実を言うと、新しい素材は既に見当がついている」

 

 

 

ごそごそとローブのポケットからロードスは真っ赤な液体で満たされたアンプルを取り出し、ルファスに見せつけるように掲げて見せた。

ルファスがこれが何であるか知っていたが、あえて知らないふりをした。

知っているのは名称だけで、具体的にどのような効果があるかはよく判らないのだから、しっかりと説明を聞きたいと思ったのだ。

 

 

 

 

「それは……血ですか?」

 

 

 

「うむ。それも“竜王”のな」

 

 

 

背後から覗き込んできたメグレズの感想にロードスは補足を付け加えて言い放つ。

 

 

 

メグレズが浮かべた表情は驚愕と深い好奇心だった。

子供が魅力的な玩具を見つけた時の様な顔は無邪気かつ純粋な欲望に満ちている。

長命だから細かいことは後で考えればいいという思考が多いエルフにおいて、彼は生き急いでるとしか言いようがない程にあらゆる物事に興味を示す。

 

 

 

ロードスは将来に大いに期待を持てる我が子の在り様に満足を覚えながら説明を続けた。

 

 

 

「竜王の軍勢は非常に精強だ。

 末端の構成員でさえレベル200は優に超える怪物ぞろいである」

 

 

サジタリウスの彫りの深い顔が微かに強張った。

一時的とはいえ属していた彼だからこそ竜王の軍勢の精強さは良く理解している。

魔神族さえも超えたミズガルズ最強最大の軍団であると。

 

 

 

レベル200。

今のルファスからすれば大したことのない数値ではあるが、プランも表向きのレベルは221で通しており、それだけで誰もが一目置く程の力を持つと思われている。

勇者やら吸血姫やらが例外なだけで、人類は普通はレベル100を超えるのは難しいのだ。

 

 

 

そしてそれは魔物にも言える。

弱肉強食が常の魔物世界においてもレベル200というのはそこそこの階級だ。

そんな次元の存在の数を揃えるなどどうやったというのか。

 

 

当然の疑問にロードスは答えていく。

 

 

 

「ラードゥンは己の配下に自分の血と細胞の一部を分け与え、強化していると卿は述べていた」

 

 

 

「ミョルニルを奴が襲撃した際、アリストテレス卿はその性質を逆手に取り竜王の血のみに反応する疫病を作り上げて散布したのだ」

 

 

 

 

ルファスの頭をよぎったのはプルート地下に眠っていた巨大蠍の残骸。

“特効薬ならぬ特攻毒を作る事も出来るんだ”と彼は言っていた。

そしてそんな蠍の毒袋を彼は所持している。

 

 

 

竜王軍にとっては最悪の組み合わせだっただろう。

ラードゥンの血によって強化されたのはいいが、今度はその血が致命的な弱点となってしまったのだから。

 

 

改めてプランの所業に翼がぶるぶると震えた。

彼は何処まで見えていたのか見当もつかない。

ミョルニルの戦いに勝つだけではなく、もっと遥か先を見ての行動だったのだろう。

 

 

だがしかし惑星を殺せる次元の毒を散布するなど正気の沙汰ではないと多くの人は言うだろうし、ルファスもその意見にはわかる所がある。

 

 

 

「そしてこの血の性質なのだが……口を開く事を許す」

 

 

ロードスが視線をサジタリウスに向ける。

彼はこの亜人の発言を許可したのだ。

畏まる様に彼は頭を下げ、己の中に湧いてくる恐怖を抑え込みながら説明を始めた。

 

 

 

 

「竜王の血は確かにごく短時間で劇的なレベルの上昇を齎してくれる。

 だが無視できない副作用もある」

 

 

 

 

「主たる竜王への盲目的な忠誠心を植え付けられ、最終的にはラードゥンに思考を掌握されるんだ」

 

 

 

 

その光景を直接見たサジタリウスは苦々しい想いを噛み締めながら述べる。

彼の脱走理由の一つがコレであった。

ほんの数日前までラードゥンに猜疑的な同胞の亜人が、ほんの少し経てば盲目的に竜王を信仰し、熱烈に女神に祈りを捧げている光景は怖気が走るモノだ。

 

 

個人差もあるが、最終的にはそうなるだろう。

逆に彼の洗脳を跳ね返す程の強い意思……たとえば復讐心などがあれば一時的に穏和できるかもしれないが、それも時間の問題だ。

邪悪なる竜の加護を受け入れたが最後、骨の髄までしゃぶりつくされる未来は確定してしまうのである。

 

 

 

メグレズとルファスの「実はまだ竜王の配下なのでは?」という猜疑の目に彼は何度も首を横に振る。

 

 

「俺は飲んでいない。

 自分の力に驕り、そんなものなくともやっていけると意地を張ってな」

 

 

 

「…………」

 

 

ロードスはそんな亜人を冷たく見つめていた。

 

 

 

 

────。

 

 

 

本質的に自分勝手で自己中心的な魔物を支配する最も効率的なやり方がコレだ。

意識を乗っ取って己の傀儡にしてしまえばよい。

奇しくもプランとラードゥンは高レベル集団に対する対処法が似通っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

サジタリウスの話を聞いたルファスはほんのちょっとだけ亜人に哀れみを抱いた。

彼女もラードゥンの影響力の強さは良く知っている。

少なくとも彼らの主観においてはより良い明日を手に入れようとしたのに、最後はあの化け物の操り人形とはさすがに同情も覚えるというものだ。

 

 

 

「だが。

 同時にこの血は【錬成】の素材として途方もない価値を秘めている事が判明した」

 

 

 

サジタリウスの言葉を引き継ぎロードスがアンプルを光に翳しながら言う。

 

 

 

「竜王は頭を失おうと問題なく再生を可能とする超生命体。

 更に言うなら今の奴は命を幾つも所持している規格外中の規格外だ」

 

 

 

66666個の命と101の頭。

更には独力で世界の外にある女神の座へと繋げられる最強の勇者。

言わば彼は勇者と魔物のハイブリットだ。

 

 

 

「そんな存在の血は天力/魔力という垣根を超えた純粋なる“力”で満ちておる。正しくこれはエリクシルと呼んでも過言ではない」

 

 

 

最も直に飲んだら竜王の意思に精神をやられるがなとロードスはごちた。

 

 

 

「この血に宿りし竜王の意思を打ち払い、ろ過が叶えばウルズの泉と併せてより素晴らしき薬を作る下地は完成することだろう」

 

 

 

「…………ろ過、ですか」

 

 

ルファスは頭を捻る。

意思を打ち払うと言われて思い浮かぶのは“子隠し”の最期ではあるが……。

あれは意思が宿るマナを消し去ったのであってどうにも違う気がする。

 

 

 

 

(浄化……清める……天法……)

 

 

 

あと一つ、どうにも何かが引っかかって答えが出ない。

指先まで答えを引き寄せられているのに、あとほんのちょっとだけ足りない感じだ。

 

 

 

 

「ならば不死鳥の炎などどうでしょうか……?」

 

 

 

恐る恐ると言った様子でメグレズが発言する。

フェニックス討伐のメンバーでもあった彼はアリストテレスと接続されながら、最も客観的な第三者として最初の魔物の炎を分析もしていた。

純粋な熱量が凄まじいのはもちろんであるが、彼の炎は天法としての側面も持ち合わせていた。

 

 

 

何せその体表から放出された光を浴びただけで奈々子たちは体力が回復したくらいだ。

更に言うと本気を出した鳥人形態の彼は焼きたいモノだけを選んで燃やす事さえ可能だった。

で、あるならば天力を宿した概念的な炎を用いれば残留思念としてこびりつく竜王の意思だけを焼けるのでは? と彼は考えた。

 

 

古来より「火」は邪なるモノを焼き払い清めるとされる。

同時に「日」は退魔の光とも考えられてきた。

そして不死鳥はその二つの属性を兼ね備えている。

 

 

 

 

「それだッ!!!」

 

 

 

叫ぶ。

頭の中で全てのピースがピタッと嵌った。

翼がぐわっと巨大化しメグレズを包み込む。

 

 

羽根がささくれ立ち、撒き散らされる。

興奮の余りロードスとサジタリウスの視線さえ今のルファスにはどうでもよい事であった。

 

 

「ありがとう!! 

 そうだ!!! あの炎なら出来る筈だ!!!!」

 

 

 

 

「本当にありがとう!!」

 

 

 

不死鳥の宝玉を用いればかの炎も再現できることだろう。

ここに必要な全てのピースが集まり、一枚の絵が完成したのをルファスは幻視した。

万病と呪を打ち消し、身体を最高の状態に戻す究極のポーションはもうすぐ完成しうる。

 

 

 

彼を助けられる。

一緒にいられる。

ようやくスタートラインに戻ってこれた!!

 

 

 

余りの嬉しさにルファスはそのまま翼で彼の身体をもみくちゃに撫でまわし始める。

怪我などしないように配慮こそされているがメグレズはぐるぐると玩具の様にルファスの翼の中で弄ばれる事になった。

 

 

 

 

「うわあぁあああああああああっ!!」

 

 

 

 

「それはあああああ、何よりだああああああああああああああ!!??」

 

 

 

 

ぐるぐる、ぐるぐるとルファスの興奮が落ち着くまで2分間メグレズは回転するのだった。

 

 

 

 






女神の天秤


女神の聖域を守護する最古にして最強のゴーレム。
48万という膨大なHPにほぼ全ステータスが9999というレイドボス級の化け物。

更には駄目押しに連射可能な【ブラキウム】さえも搭載されている。
複数のレベル1000を相手にすること前提の怪物ではあったがご覧の有様である。


あの後は聖域に回収されて修理されるが後の時代において再び破壊されることになる。



竜王の血。

飲めば劇的にレベルアップする上に竜の因子によって高位の魔物に進化さえ叶う逸品。

欠点は頭ラードゥンになることぐらいだ。


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