ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
試験運転開始。
67代目の正統なるアリストテレスの号令を以て秘儀が行使される。
プルートの更に下層。
深淵と呼んでも過言ではない領域に座した神殿が微かな呻きを上げて発光する。
ドームにまで圧縮された宙が投影され、全宇宙に満ちる膨大なマナを認識。
20兆にも及ぶ銀河系とそれらを構成する膨大としか言えない星たち。
その全てがマナで構築されているという事実をアリストテレスは知っている。
それどころか膨張する宇宙膜さえもマナであると。
根底にあるのは女神の力だ。
彼女の意思と法則がこの世界を構築し、つなぎ止め、運営している。
この装置はそんなアロヴィナス神の力を分析/解析し、人類という下級次元の生物であっても扱えるようにするための施設である。
あらゆるものを理解し、誰でも扱えるようにする。
それこそがアリストテレスの原則である。
医学しかり、経済学しかり、誰でも知っているがどう表現すればいいか判らないモノを具体的な法則や形、もしくは実践方法に落とし込むのだ。
光の森より伸ばされてきた根を伝わり、その更に先で微睡む木龍を捕捉。
何よりも太く強靭な肉体を回廊として利用を開始。
龍は微動だにしない。きっと気づいてさえいないのだろう。
女神かその化身が号令をかけるまで何が有ろうと彼らは動かない。
それこそ世界に夥しい悲劇が満ちようと、心優しい勇者たちが何人無駄死にしようと、どれだけ祈られようと。
決して彼らは動かない。そういうルールなのだ。
稼働率0,0014%
余りに矮小な数値で神殿は動くが、それでも微かにミズガルズ全土のマナ分布図が変動する程のマナ蒐集能力であった。
カラン、コロンと黄金色のリンゴが2個ほど生成され、巨大な皿の上を転がった。
プランはそれをつかみ取り【観察眼】で確認する。
出来は全く問題なし。
これを完食すればあっという間にレベル1000の誕生だ。
「…………」
蒼い瞳だけが煌々と輝いている。
レベル200だの1000だの、何とも下らない話だと馬鹿にしているように彼は無言である。
……根底にしっかりと“仕込み”を入れておいたのも問題なく効力を発揮しているようだった。
表面を撫でる。
瑞々しい。
きっと果肉は水分に溢れ、とてつもなく美味であるはずだ。
この果実を作る際、味にも拘ったアリストテレスがいたのだ。
誰しも美味いモノは好きだ。
そうすれば自分から望んで食べてくれる。
「完成となります」
「これこそ我らの秘儀。どうかお納めください」
恭しく頭を垂れアリストテレスは背後で成り行きを見守っていたドワーフ王モリアに黄金のリンゴを差し出す。
義手を作る際に迷惑をかけてしまった駄賃もかねた礼のつもりであった。
自分で食べてもいいし、誰かに委ねてもいい。勿論分け合うのもありだ。
「そいか、遂に出来ちまったんばい……」
誰でも簡単に摂取し、限界まで副作用を抑えたレベリングアイテムの量産という歴史的な快挙を目の当たりにしたモリアの顔色は良くはなかった。
レベル1000を量産する果実というのがどれほどの価値があるか彼は良く知っているが、現実はそれ以上の影響力を齎すだろうとも思っている。
がっしりとした腕で果実を鷲掴みにして凝視する。
こうしてみればリンゴというよりも少しだけ黄色がかった梨にも見えた。
本能が刺激される。
こうして見ているだけで血に刻まれた記憶がこの果実を食せと訴えかけてくる。
始まりの人間であるアイネイアースよりも更に遡り、最初の天翼族たちの記憶はどれほどの年月を重ねようとこびりついて消えない。
酒の肴にしたら美味そうだ。
豪華な肉料理の後に口直しに食べてもいいだろう。
聞けば皮も含めて果実らしいから、そのまま噛り付くのも悪くはない……。
魅了の術など発せられていないというのに、果実を見ているだけで様々な食べ方が次から次へと湧いてくる。
モリア王は瞼を閉じた。
どんなドワーフよりもタフな精神を持つと自負する彼であってもこれ以上は見てられない。
「もうよか……これ以上つくるんなやめれ」
今のミズガルズには余りに早すぎるとモリア王は判断した。
竜王という最悪の禍が存在することを踏まえても、これは余りに危険すぎる。
自分ではこの技術を拡散させた後の未来は抑えきれないと彼は悟ったのだ。
そして彼は目の前の怪物がそんな基本的な問題への対策をしない訳がないとも思っている。
きっと、何らかの仕込みがある筈だ。
もしかしたら、彼が気まぐれにスイッチ一つ押し込むだけでこの果実を食した者の生殺与奪を奪い取るような何かが……。
「俺ん手には余る。もしもこれば本格的に増産すんなら、皆ん意見もきくべきや」
だからこそ、今はやめろと訴えた。
少なくともこの施設の存在と使用は人類共同体に参加する全ての指導者たちの採決を問うべきだと。
「祭壇も永き眠りから目覚めたばかり……此度は果実の製作ではなく【ウルズの泉】の復旧と発展の為に用います」
「そか」
モリアの悩みを見透かしたアリストテレスは微笑みながら彼の懸念を柔らかく否定する。
まだ果実をばら撒くつもりは彼にはない。
何事にも順番というものがある。
既にプルートでは多種多様な“兵器”が設計され、実用段階に入りつつある。
とりあえずそれらの実性能を確認してからでも遅くはない。
“究極兵器”の前提ツリーは埋まりつつある。
「ロードスん爺しゃんなどうやった?」
「元気そうでした。しかしさすがに泉の問題に対しては頭を抱えていましたね」
「しかしその悩みももう間もなく解決するでしょう」とアリストテレスは最低限の出力で稼働している祭壇を見上げながら言う。
暖機運転を行うコレは徐々にであるがマナ収奪の効率は上がり始めている。
アリストテレスが指を空中で横に振れば出力の調整が微細に行われた上で、泉へとつながるラインにマナの供給を開始。
これで完全にウルズの泉を復活させるための準備は整った。
後は時間が経つにつれ、泉へと多量のマナが供給されることだろう。
そうすれば後は全て元通りか、前よりも良くなる。
その後は少しばかり流れるマナを経由して【錬成】を施す事により仮に祭壇がなくなろうと問題ない様に調整もできるようになるはずだ。
エルフ達は以前にもまして良質なポーション類を製作でき、人類共同体の重要な基盤を作ってくれるだろう。
プルートと提携すれば兵器と薬品の両方の歯車が完成する。
それらをユーダリルの商人たちがミズガルズ各所にばら撒き、クラウン帝国が効率よく運営する。
そうすることによって経済/技術/文化がこの惑星を駆け巡るのだ。
ミズガルズ全土を一枚の遊戯板に見立てるようにアリストテレスは計画を回し続ける。
戦略という規模さえ超えたあらゆる種族、国家、軍団を動かすグレート・ゲームである。
吸血鬼も忘れてはいけない。
ミョルニルの復興にも莫大な金と資源が必要とされる。
そうすれば自国の復興支援を枷にあのベネトナシュの行動をある程度は制御も可能になるかもしれない。
これら全てが一人の男の手によって動かされている。
つい少し前まではユーダリル周辺の知る人ぞ知る程度の貴族だった男が今やミズガルズの全てを結び付け、その中心に座っている。
そしてその男が今また、エルフたちの抱える難題を解決してのけた上にレベリングアイテムの本格的な量産の目途さえ立たせてしまった。
これでまたプランという男の影響力は高まる。
天翼族が爪弾きにしていた混翼を拾い上げ、事実上の己の先兵として各国にばら撒いた事も忘れてはいけない。
実際は違うかもしれないが、もしもアリストテレスが一声かければ彼らは嬉々としてアリストテレスの手足となって動くだろう。
今は無理かもしれないが何十年と下積みを重ねて、全ての国家で相応の地位についた天翼族たちが一斉に彼の為に動いたらどうなるか。
やるか、やらないかではない。
出来るというのが問題なのだ。
彼には寿命という縛りがあるが、もしもそれさえ何とかしてしまえばもう誰もアリストテレスを止める事は出来なくなる。
気付けば全てが積み重なっていたという事実を前にモリア王は顔を強張らせた。
この男にその手の野心が全くない事は既に判り切っているが……彼は出来るのだ。
「大丈夫ですよ」
モリア王の内心を読み取ったかの様にプランは朗らかな微笑みを浮かべつつ言う。
声音だけは何処までも優しく温かい。
だがしかし決定的な人としての熱に欠けていた。
ゴーレムの方がまだマシとも思える程に薄っぺらな感情で彼は続ける。
「自分の目的はそんな大それたものではありません。
永遠ならざる平和を贈りたい人たちがいるのです」
彼は自分の力では永遠に続く平和を作る事など不可能だと思っている。
どれだけ上手く効率的に世界を回そうと必ず何処かで破綻すると確信さえしていた。
宇宙を作れるだけの力を持つ女神アロヴィナスでさえ自分たちの様な反逆者が湧くのだから。
ただそれでも、平和で豊かな時代というのも確かにあると知っている。
いずれ来るであろう戦乱の世の準備段階に過ぎないとしても、平和な世はあるのだと。
彼は己の領民と友、そしてあの母子にソレを贈りたかった。
100年? 200年?
人類共同体が世界を安定させていられる期間はそれくらいかもしれない。
どう長くやっても500年は無理だなと彼は冷静に考えている。
人形の如き微笑みが微かに綻ぶ。
あのプランが。あのアリストテレスが。人の様な顔をしていた。
人の様な願望を口にしたという事実はモリアを心から驚愕させた上で納得も抱かせた。
天翼族の母子を彼は知っている。
とても仲睦まじく、己の国を心から楽しんでくれた彼女たちを。
「お前さん……」
「おっと。自分としたことが」
ごそごそと懐を漁り一つのガラス瓶を取り出す。
中に入っていたのは木片だった。
カストールから記念に貰ったアルゴー船の一部───つまり木龍本体の断片である。
カストールからすれば天秤から己を守ってくれた恩人に対する小さなお礼と記念品のつもりだったかもしれない。
しかし彼はアリストテレスという存在の本質を余りに知らなさ過ぎた。
小さな木片一つで何が出来ると思うのが普通だ。
鉢植えにでも植えておけばそのうち成長するかもしれない程度の認識しかない。
だがしかし、アリストテレスからすれば正しくこれは可能性の塊である。
龍の欠片が極まったアルケミストの手に渡った。
現実はこうである。
元の予定ではロードスの本体でもある木龍から生えている巨木から培養するつもりだった。
だがしかしいい意味での計算違いが起きたとプランは考えている。
これでまた一つ前提条件が達成される上に、魔神族への本格的な対策も可能となるだろう。
「これはとある縁で手に入った木龍の断片です」
微笑む。
その頭の中では魔神族をどうやって利用するかという前提を以て恐ろしい兵器が組み立てられていた。
「魔神族への対策を念頭に入れた兵器の設計に関してお話があります」
「……よか」
人類共通の敵でもある魔神族。
このプルートにおいては資源として消耗されるだけの哀れな存在ではあるが、その恐怖をモリアは忘れたわけではない。
彼らは無限なのだ。
どれだけ殺そうと、消そうと、その数が0になることはない。
一定の数が絶えず世界に存在すると定義されており、消費された個体の代わりがすぐに世界に発生する。
魔神族は生殖をしない。
魔神族同士で恋愛に似たような感情を抱く事もあるにはあるが、性交渉をしたところで子供は作れない。
余談ではあるが魔神族の殺人衝動を他の欲求によって上書きできないかという実験も行われた事があり、これは一定の効果を上げもしていたりする。
話を戻そう。
ならばどうやって魔神族は増えているか? という疑問に対する答えは一つ。
彼らは「生えてくる」のだ。
文字通り、何もない所からいきなりポンっと。
魔神族には出産も成長もなにもない。最初から三桁のレベルと人類と同等の思考を持って彼らは唐突に出現する。
仮にこの瞬間に一斉に世界中の魔神族を同時に殺したとしても、数日後にはまた何処かから生えてくるのが魔神族だ。
つまり魔神族は決して絶滅しない。
更に強固な個体は魔神王が直々に創造しているともされる。
この事実を前に多くの人類は絶望するだろうが、アリストテレスは違う。
どれだけ狩ろうと絶えない家畜。
無限に使い潰せる資源。
しかも根本的に人類の敵なのでどれだけ倫理にもとる行いをしたところで誰も咎めない最高の実験体。
で、あるのならばアリストテレスの言葉に乗るしかなかった。
「プルート拡大計画についても意見が……」
そしてもう一つ。
人類に無限の時間を与える為の方策がプランの頭の中にはあった。
後はそれを形にするだけ。
“時間断層計画”
時間の流れににズレ───断層を作る。
その中では10倍の速度で時間が流れる様に世界に対してバフをかける。
それを成す一見デメリットしかない小さな指輪を取り出したアリストテレスは薄く微笑むのだった。
泉が輝きを発している。
閉鎖空間で、それも地下深くにある地底湖だというのに真夏の昼間の如き光量が空間を満たしている。
思わずルファスが腕で顔を覆う程にマナの輝きは眩い。
なまじマナを観測できるせいで彼女の瞳は他の者達よりも暴力的な光を受けてしまい、泉を直視するのが難しくなっている。
腕で顔を覆ってもまだ眩しいので、彼女は翼で頭をすっぽりと覆って光を遮断してしまった。
「ちょっとだけこうさせて……“調整”するから」
何度も暗闇の中で瞬きを繰り返し、ピントを合わせる。
一定以上の光量を遮断する様に身体に命じれば徐々にではあるがルファスの視界を埋め尽くす光は小さくなり始めた。
「実に見事だ」
ロードスが進む。
そのまま衣服が濡れるのも気にせず泉の中に進んでいき、両手で水を掬う。
自分の顔が映るほどに透き通りながらも、今まで見てきた中で最も“力”に満ちているソレを呑んだ。
何の加工もされていないというのに身体に活力が湧いてくる。
身体が見る見る軽くなっていくのをロードスは感じた。
7000年と言う年月が刻んだ疲労の蓄積が恐ろしさを覚える程の素早さで退いていく。
まだポーションではない純水の状態で既にウルズの水は飲用者に途方もない活力を与えてくれる効能を得ていた。
これに加えて竜王の血と不死鳥の炎、更には虹色羊の毛。どれもこれも神話に伝わる素材だ。
出来上がる品は正しく死者さえも蘇らせる至高の一品になるだろう。
ぐっと腕を掲げ、ロードスは久しくなく漲る活力と共に宣言した。
「これならば新薬を作る事も十分に可能だろう」
「いや、作って見せよう。久々に余も燃えてきた」
【ウルズの泉】はその威容を完全に取り戻していた。
いや、それどころか以前よりもその力は増していると言っていい。
ここにロードスの依頼は完全に、完璧に果たされた。
であるのならば報酬が必要になる。
世の中には働かせるだけ働かせて用が済んだらお払い箱などという者もいるが、エルフの王はそんな不義理は決してしない。
しかも此度の件はエルフと言う種全体に関わる問題であり、それをこうも見事に解決されればロードスとて大盤振る舞いしたくなる。
その結果プランの余命が伸びたとしても待てばいい。
50年か、長くても80年程度彼からすればあっと言う間なのだ。
じゃぶじゃぶと水をかき分けプランたちの元に戻ってきた彼はルファスに視線を向けた。
「約束通り其方には我らエルフの知識を与えよう。
我が名においてあらゆる蔵書の閲覧権を永久に与える」
「ありがとう、ございます……っ」
余りの喜びにルファスの翼が恐ろしい勢いで膨れ上がり、羽がざわざわと擦り合わされて奇妙な音を立て始めた。
表情こそ変わらなかったが彼女の内心がどうなっているかは想像に容易い。
次に彼はプランを見た。
この無欲な男が欲するものを彼は知っている。
口には出さない。二人の意識は一瞬だけルファスに向けられた。
プランはルファスと同じ時間は生きる事は出来ない。
仮に傷を治し、竜王の打倒が叶ったとしてもこれだけは変える事は不可能だ。
人間と天翼族という大前提がある限り、決して。
故にプランは自分亡き後の後見人の役目をロードスに頼んでいた。
ハイエルフである彼ならば特別中の特別であるルファスの時間についていける。
数千年か数万年か。
この先彼女の人生がどれほど続くかはアリストテレスをして予想できないが、彼ならば大丈夫。
プルートやクラウン帝国の王が幾度も代替わりを繰り返し、いつかはルファスと敵対するかもしれないが、ロードスだけは変わらない。
「任せておくがいい」
問題ないとロードスは頷いた。むしろ望むところでさえある。
死にゆく短命種の願いは元より契約として叶えるつもりだったが、彼女の潜在能力を見るに利としても十分にあると彼は王として判断していた。
ルファス・マファールの力は間違いなくエルフにとって大きな利になる。
今は利用するつもりはないが後見者として投資しておく価値は十分以上にある。
【ウルズの泉】を復活させるにあたってプランがルファスの力を大きく頼った理由の一つがこれであった。
即ちルファスの力のデモンストレーションである。
ロードスが契約を違える事はないだろうが、それはそうとしてルファスの価値と力を示しておけば将来的に無駄な諍いはかなり減らせることだろう。
(……む)
ぴくっとルファスの翼が震える。
喜びという熱に浮かされる本体を諫めるようにペシペシ彼女の頭を叩いた。
それは無意識からの警告かもしれない。既に何度も単語は出ており、彼女も聞いている。
後は気が付くだけだと。
ルファスの深層意識が訴えているのだ。
二人の今のやり取りに奇妙な違和を覚えた彼女は目を細める。
翼が震える。
何かが引っかかる。
何かが。
少し考えてみる。
余りにエルフたちはプランに対し友好的というか、協力的すぎないか、と。
もちろん彼の先代やその前の代から積み重ねた信頼もあるかもしれないが、それでもだ。
“契約の件もあるからな”
ロードスの言葉がふと頭をよぎった。
ここで気が付く。
自分の知らない何か……“契約”をプランとロードスは結んでいると。
疑惑が形を得ていく。
不定形のもやもやが今までの彼の言動と行動という過去を得て肉付けされ始めた。
“リュケイオンの統治権は渡せないけど”
あの時の彼の言動だが、これは既に相続する人は決まっているような口調ではないか?
そしてプランの余りに自分の身を顧みない思考回路。
彼は貴族でありその責務は重々承知している筈。
だというのに後継者もいないというのに誰がリュケイオンを引き継ぐ?
彼は間違いなくこういう点はしっかりしているとルファスは知っている。
「……よろしいでしょうか? 一つ、聞きたい事があるのです」
一瞬でこれらの情報を整理したルファスは行動することにした。
どれだけ頭を捻ろうと自分では答えにたどり着けないと悟り、ならば答えを知っているであろう人物に問う事にしたのだ。
今のロードスは非常に上機嫌で、教えてくれる可能性はかなりあると彼女は見積もっている。
「何だ? 述べるがいい」
ルファスは賭けに見事に勝利した。
エルフ王は翡翠色の瞳を彼女に向けて問いかけを受ける姿勢になる。
プランがルファスの言葉に頭を捻り───直感で察する。
マズイと思った彼であるがエルフ王の前に割って入る事は出来ない。
貴族として受けた教育として王の会話に割って入る事など普通はありえないと教え込まれているのだ。
故に彼は最後の手段を使う事にした、即ち祈るのだ。
どうかルファスが自分がエルフと結んだ契約の事を尋ねません様にと。
大抵の事は乱数の調整を出来るプランであるが、どうにも彼はルファスが関わる話題になるとこうなるのだ。
「陛下と師の結んだ契約とは何ですか?」
どうやら祈りは届かなかったようだ。
少し前に古代の骨とう品染みた天秤を粉々にしたことがよほど女神の機嫌を損ねたらしい。
どうせ聖域に持ち帰られれば数日で修復されるというのに何故そこまでこだわるのだろうか。
「何だ。知らされていなかったのか」
ロードスは心底意外といった顔でルファスを見つめた後、プランに視線をやった。
きょとんとした顔をしている所を見るに本当に予想外だったらしい。
数秒間プランを見つめていたロードスだったが、直ぐに呆れが眼の中に浮かぶ。
この先リュケイオンで生きていくことになるであろう彼女に何故伝えていないのだと。
これはルファスにとっても、そしてロードスにとっても決して他人事ではない話なのだ。
「アリストテレス卿の死後、我らエルフがリュケイオンを統治するという内容だ。
勿論、後継者である実子を作るのもナシだ」
「代わりに我らエルフは卿が生きている間は国家をあげて援助する。そんな話だな」
何故、元々は排他的だったエルフが此処までプランには親身なのか。
何故、最高位の秘儀であるウルズの泉への干渉を許したのか。
その答えがこれであった。
後々リュケイオンはエルフの物になる。
故に今の内から投資しているだけなのだ。
「これは森の外に基盤を築きたかった我々エルフにとっては願ってもない話だったのだ」
エルフは天翼族やドワーフに比べると外界への影響力が弱い種だ。
故にロードスは将来的にミズガルズ進出の為の足場を作る事を考えていた。
魔法やマナ等への研究を行う世界最先端の学問の国などが影響下にあれば素晴らしいと。
その為の第一歩がこれだ。
数百年先においてミズガルズでも最大規模となる学問国家の雛形をプランは提供しようとしていた。
貴族としては本来ありえない行動。
自分の領土に固執し、広げようとする者が後を絶たない中で彼はあろうことか全てを投げようとしていた。
「…………!」
ルファスの目が見開かれる。
つまりそれは……。
「アリストテレス家は自分の代で終わりにするつもりなんだ」
「叶わない夢を追うのはこれで終わりにする。これ以上やっても劣化しかしないからね」
遂に観念したのかプランが真実を打ち明けた。
66人の先駆者たちの想いと願いを全て捨て去ると。
女神の打倒?
人類の進化?
神を撃ち落とす?
それら全てを彼は諦めた。
理由は簡単。
自分ではその先が作れないからだ。
仮に上記の全てが叶ったとしても、プランは自分では優れた世界を作れないと思っている。
で、あれば自分が産まれた意味もなく、この話はこれで終わりだと彼は無機質に判断していた。
目的がなければ彼は生きられない。
そしてソレを果たせないとなれば生きていても無駄だと彼は機械的に判断している。
それに何より彼はこの気持ち悪い世界からさっさとおさらばしたかった。
気持ち悪いモノには関わりたくない。
そんな当たり前の感情ではあるが……。
「それは……」
ルファスは知っている。
彼が先代より夢と使命を託された時に何と答えを出したか。
“良い世界とは何なのか判らない”
プランは世界に対して何の思い入れもない。
プランは自分の人生に対しても何の執着もない。
つまるところ彼は生きる屍なのだ。
必要だからリュケイオンの領主をやっている。
求められたから各国のバランサーをしている。
自分しか出来ないからこのような各国を行脚して問題を解決して回っている。
一般的な“良識”ある大人としてルファスとアウラを保護した。
何度も繰り返すが、母子と彼は赤の他人でしかないとこの期に及んでまだ思い込もうとしている。
どれだけそれ以上を求められてもソレだけは出来ないと逃げ続けている。
それだけのつまらない男なのだプランは。
何なら死ぬことを望んでさえいる。
プルートで呪詛に首を締めあげられた際、彼は脱力してソレを受け入れていた。
あの不死鳥は今思えば最初からそんな彼の性質を見抜いていたからこその「羨ましいか?」という問いだったのだろう。
以前より少しはマシになったとはいえ、彼は諦めという沼にどっぷりと未だに漬かっている。
それがルファスには悔しかった。
自分を人間にしてくれた人が己のことを顧みないという事実がどうしようもなく歯がゆい。
「貴方はそれでいいの?」
「勿論。全て納得しているよ」
無感情に紡がれたルファスの質問にプランは微笑んで答えた。
なるほど、なるほど、そういう事を言うんだなとルファスは何回も大きく頷く。
もうすでに彼女は隠す事も取り繕う事もしないと決めている。
プランという男性を相手にする際は、人間関係を気にするような当たり障りのない対応は良くないと彼女は理解していた。
彼女は彼を敬愛しているが、それでも言うべきところは言わなくてはいけない。
「貴方も十分に考えた事だろうからその点については私から言う事は何もない」
ロードスを見る。
出会って間もない王ではあるが、立派な指導者だとルファスは思う。
プルートのモリア、帝国のアルカスにエルフのロードス。
誰も彼も種類こそ違えど偉大な指導者たちだ。
寿命の事を考えればエルフという長命かつ聡明な人物が長く統治者を務めるのは良い事なのだろう。
「ただ───」
しっかりと釘をさす。
真っ赤な瞳が燃えるような光を放ちプランを射抜いた。
「“後釜は決まってるのだからいつ死んでもいい”なんて考えてたら許さない」
彼女は男の胸中を正確にいい当てた上で怒っていた。
そして正確に心を読み取られた男の顔が固まった。
自分の命を大切にしないプランに対して悲しみつつソレは違うと怒っている。
「もしもそういう事を考えて投げやりに生きるのなら」
「自分の命をいらないって捨てるのなら……」
ルファスが一歩踏み込む。
真っ赤な瞳の中の瞳孔は縦に裂け、彼女の中にある魔物としての側面が強くなる。
「拾い上げて私のモノにする」
かつてヴァナヘイムの森で拾われた少女は今や男を掬い上げる程に成長していた。
燃え上がるほどの執着と情念を向けられたプランは思わずロードスを見た。
さすがに少女の執着に気付かないフリをしようとしても限度というものがある。
エルフ王の瞳は凪いでいた。
彼が言うとすれば一言「諦めろ。得意だろう?」位だ。
メグレズをちらっと見たが、どうやら彼はルファスの言葉の意味がよく判っていない様だった。
良くも悪くも探究第一の彼はそういった機微には少し疎いらしい。
ただ「仲がいい師弟なんだなぁ」程度にしか思っていないのは彼らしいというべきか。
プラン・アリストテレス。
気が付けば逃げ道を塞がれつつある男は目を白黒させてどうしてこうなったか考えたが答えは出なかった。
人類共同体
ミズガルズの全種族とほぼ全ての国家を結び付けた史上類を見ない大同盟。
やがて一人の覇王の下に統合/再編成され大帝国へと変わっていくのはまた別の話。
二人の相手への認識。
プラン→ルファス。
あくまでも自分は第三者であって彼女の言う「好き」というのは精神が安定していない子供時代における刷り込みの一種の様なモノであり大人になっていくにつれてそういった曖昧な感情も風化して(以下延々と続く)
ルファス→プラン。
来週の更新は私事がありますのでお休みします。