ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
魔王&邪神のタッグ+無限分身軍団は本来ならば複数の龍相手に問題なく勝てる強さです。
『勇者』とはミズガルズの希望を担う存在だ。
例え仮初とはいえ、大勢の人々の願いを束ねて背負う光の存在だ。
魔王とてその名前と存在は知っていた。
弱い弱い人間たちが縋るつまらない拠り所であると。
もしも自分を倒す為にそんな者が来たら徹底的に嬲って殺してやるとさえ思っていた。
しかしどんな流れの末にそうなるとしても、相応しい人物が相応しい仲間を揃え、相応しいシチュエーションで眼前に立ちふさがるとアイゴケロスは考えていたのだ。
魔王という勇者の対の存在を名乗るからには彼はいずれ来るその時を待ち望んでさえいたのだ……。
だが……コレは何だ?
今、目の前で聖剣を振っているコレは、何だというのだ?
『ぎゃっはははははは!!』
己こそが世界最強、主人公であると断ずる怪物が哄笑を上げている。
眼以外が存在しない卵の様な顔だというのに、喜悦に溺れているとはっきりわかってしまう。
聖剣を振り回すたびに時空の連続構造体が切り刻まれていく。
余りに強すぎる剣圧は空間の連続性さえ容易く切断しているのだ。
これは技ではない、今のラードゥンにとって次元切断など通常攻撃の一種である。
銀河に存在する惑星間の距離が確かに短縮される。
光年単位で彼の剣は星々をみじん切りにしているのだ。
軽く振っただけでその軌跡をなぞるように魔王の分身たちは消し飛び、マナの欠片も残らない。
勇者というには余りに邪悪であった。
勇者というには余りに醜悪であった。
しかしその強さだけは正しく勇者でしかない。
遂に力の果てを披露したラードゥンの戦闘力は異常や規格外という言葉を幾つ重ねても全く足りない程に狂っている。
彼こそ最強の勇者。彼こそ最狂の竜。そして最恐の魔物。
聖剣から放たれた光をしのぐ事に成功した魔王の分身たちが一斉に破壊魔法を叩き込む。
半数は脱落したとはいえ、残ったのは全てがレベル1000の中でも超えかけている精鋭たち。
その数、どう見繕ってもざっと100万以上。
ミズガルズを数億回滅ぼせるほどの軍勢、魔神族はおろか今の彼らは龍さえ屠れるかもしれない。
竜王あらため勇者は何の防御もせずにまともにソレを受け止める。
無尽蔵に吹き上がる女神の加護が全てを無効化し、竜王の鱗一枚剥すことも出来ない。
彼は“勇者”である。
最後には勝利すると女神がそう決めた存在だ。
故にアロヴィナスの加護によって全ての運命がねじ曲がっていく。
“勇者は勝つ”という固定された結果に対して現実と言う過程が歪んでいくのだ。
邪神の法によって崩れていたソレがラードゥンを中心に編みなおされ、彼に無敵ともいえる補正を与えた。
簡単に言えば無敵属性、子供が張る無敵バリアーの様なモノを勇者は纏っている。
その優先度は「6」であり、世界の管理者たちと同等だ。
最低でも彼のレベルを上回らない限り勇者はダメージを受ける事はない。
故に魔王の飽和攻撃は何の意味ももたらさない。
レベルが1000以上違うのだ、話にならない。
つまりラードゥンとやり合いたければ最低でもレベル3000は用意しなければらない。
女神を讃えれば無敵になれる。
そんなこと常識だ。
ミス。勇者はダメージを受けない。
ミス。勇者はダメージを受けない。
余りに陳腐な魔法は竜に与えられた女神の加護の前に虚しく弾けて散った。
パンパンと勇者は己の胸を手で払う。
『もっとまじめにやってほしいねぇ?』
一撃一撃が月を貫く魔法を何万と浴びせられても勇者はケタケタ笑うだけ。
え? もしかしてこれを攻撃だと思っていたの? と。
これならばまだ己の居城でマグマを浴びていた方が刺激的だ。
『“わるい子”にはおしおきがひつようだよね』
『きみたちがどうして今までいきてこられたと思う?』
勇者は魔王と邪神を前に熱を込めながら語り掛ける。
ニタァとラードゥンは笑う。
口はないというのに細められた瞳で彼は笑顔を形作った。
『それはね! ぼくと出会わなかったからさ!』
『だからもうおしまい!! おにいちゃんたちはおしまいなのです!!』
マナは強い意思に反応する。
女神の世界の法はレベルも大事だが、それと同じくらい意思の強靭さも求められる。
誰しも最初は己の事を信じて人生を送ろうとするが、数多くの挫折や理不尽によって心に折り目を付けられるものだ。
そういった妥協が人の可能性を閉ざしミズガルズの停滞を産んでしまう。
だがしかしラードゥンにはそれがない。
無垢な赤子がこの世は祝福で満ちていると信じているように心から自分を信じ、女神を信仰している。
女神の力は無限だ。
宇宙の広さ、多次元の広さ、時間の果てという様々な人知の及ばない概念は存在すれど、アロヴィナス神の力はそれらさえ上回る。
ソレを勇者は無尽蔵に引き出し使いこなせるのだ。
彼の心には“戸惑い”や“悩み”がない。
普通ならばどれほどの悪人であっても躊躇う様な行為でさえ彼は実行できる。
ラードゥンの心は自由であり、だからこそ女神の力を好き放題に引き出せる。
神の助力を受けて勝利するなんてという躊躇いや、己の意思と力で勝ちたいという感慨も彼にはほぼ存在しない。
究極の魔物である女神アロヴィナスの力を授かるのは名誉であり、最後に勝てば全てが肯定されるという独善だけが竜王には満ちている。
『■■』
脈動を繰り返しながら肥大化を続ける邪神が何かを呟きながら触手を展開。
傘が大きく開き数千万、数億に届く触手が展開されそれらは勇者を殺す為に蠢く。
マッハ29万、一本一本が限りなく光速に近い亜光速で飛来する。
しかも数が多いから精度はそれなり、というわけもない。
ラードゥンの角に比べればマシ程度には精密動作も可能という悪夢だ。
勇者の視界が真っ黒に染まる。
うじゃうじゃという表現がぴったりな程に夥しい数の触手は空間を埋め尽くしてラードゥンに迫った。
邪神は女神さえ誕生を予期できなかったイレギュラーである故に、ただのレベル1000の勇者では成すすべなく殺されていただろう。
だがしかしラードゥンは最強の勇者である。
彼より強い勇者はこれまでも、これから先も存在しない。
女神の加護という無敵の壁を触手は貫通できないだろうが、それじゃつまらないと彼は思った。
何より彼もこうやって全力を出すのは初めてであり、ちょっとばかし身体を動かしておきたいと考えていた。
こいつらを倒した後は全ての龍を叩き起こしてから皆殺しにしてやるのだから。
【エレメント・エンチャント】
勇者スキルの一つである己の武器に属性を付与する単純なスキルをラードゥンは使用した。
聖剣が真っ赤に輝き「火」属性のマナを帯びる。
キィィィィィィンという嘶く様な金属音を上げてマナが収束し赤熱していく。
不死鳥のソレが炎の色彩であるのならば、ラードゥンの聖剣はまるで血の様に塗りつぶす赤色であった。
ニィィィと勇者は笑う。これは凄いぞ、きっと驚くぞ、と。
迫る触手の壁を前に振りかぶる。
心臓がドクンと大きく脈を打ちタイミングを合わせる。
これこそ【スキル】ではない純粋な技能、攻撃の瞬間に心臓を大きく脈打たせ破壊力を跳ね上げる剛剣。
────勇者は剣を一振りした。
【防げ!!!】
身の毛もよだつ危機を直感した魔王が叫ぶが……。
瞬間、剣は内部に込められていたマナを一挙に解放した剣圧を飛ばした。
隔離宇宙が真っ赤に染め上げられる。
剣に込められたマナの総量は比喩でも何でもなく超新星と同等以上のエネルギー量であった。
つまり勇者は刃渡り70メートル程の崩壊寸前の恒星を振り回していると考えていい。
そんな手持ちサイズの恒星は振るわれればその瞬間に超新星爆発を発生させ94861650000000キロメートルの範囲を一瞬で熱/波/破壊で埋め尽くした。
実際の宇宙からすれば砂粒にも満たない程度の空間ではあるが、それでも人類を幾度も絶滅させるに足るエネルギーだ。
数億にも及ぶ触手が。
聖剣の威光に耐えた魔王の分身たちが。
何もかも星の爆発に飲み込まれ、分子単位で消滅する。
隔離宇宙に浮かんでいたミズガルズと同程度の大きさ、延べ数百個が炎で炙られた飴の様に溶解した後に“波”に触れた瞬間吹き飛んだ。
ガス惑星が着火され、一瞬で火だるまになった後は恒星の様に燃え盛る炎もろとも消し飛んだ。
10光年以内に存在するあらゆる物質の分子間構造が引き裂かれる程の衝撃と重力の乱れが発生し、微生物の一匹に至るまで死滅させる。
世界を平和にする方法を歴代の勇者は皆が皆、探究してきた。
どうやれば世界は平和になるか、どうすれば良い世界を作れるか、と。
“我らは貴女様の子として誓う
世を愛することを。世を美しくするために尽くを尽くすことを”
女神に捧げられる祝詞。
女神に頼るだけではなく自分たちで世界を良くして見せるという誓い。
そして“勇者”に乞われる私達の世界を助けて下さいという願い。
ラードゥンの答えがこれであった。
即ち「全部死ねば苦しみなんてないよね!」という屠殺の返答だ。
どうせこの世の殆どは一部を除いてモブだけだ、いくら死のうと誰も困らない。
死は全てを解決する。
何もかも死ねばあらゆる問題は消え去る。
勇者の故郷において偉大な指導者が発した真理を竜王は全力で実現させるだろう。
『いいね!』
グッと拳を握りラードゥンは己の引き起こした災禍を堪能する。
余りに強すぎて使うのを我慢していた力を震えるこの隔離世界は実際の所、彼にとって有利に働いているだけだ。
真っ赤な聖剣が血を零す様にマナの粒子を振りまき、耳障りな金属音と共にマナの再充填が開始。
この程度は勇者に取って必殺技でも何でもないのだから何度も使えるのだ。
一秒の何億分の一の後、飛び散ったガスやマナの残照が微かに引けば残っていたのは本体である魔王と全ての触手を焼き消されながらも活動を続ける邪神だけ。
【集え! 我が同胞よ!! 力を集め、おぞましき女神の走狗を打ち倒すのだ!!!】
魔王アイゴケロスは吹き飛んだ分身たちからマナを吸収し始め更に巨大化を行う。
今の一撃をかつての時と同じく全ての配下を盾にして凌いだ彼は息を整え、怒りによって昂ろうとする精神を抑え込んでいた。
竜王は、勇者ラードゥンは怒りに任せて戦って勝てる相手ではないと改めて今の一撃で確信したのだ。
【魔王アイゴケロス】
レベル 1600
1630
魔王のレベルが上がり続ける。
必要なのは数ではなく究極の個体だと理解した彼は己という存在の限界を試す様にマナの吸収を止めない。
『■■■■』
邪神もまた消し炭にされた触手を再生させつつ今まで無意識にばら撒いていた波動を今度は己の意思で行使する。
根源的な嫌悪と畏怖を感じさせる重低音が邪神を中心に数光年に渡ってばら撒かれ、その波動を受けた惑星が崩壊していく。
まるで惑星が誕生する光景を早回しにするように数えきれない惑星が、それを構築していたマナへと分解され純粋なリソースとして邪神に取り込まれる。
宇宙とは女神の魔法だ。
ならばそれをマナへと分解して再利用すればいい。
アリストテレスが技術として確立させたソレを彼は生物として可能にしている。
肥大化する。
ただでさえ惑星サイズだった巨躯がガス惑星程にまで巨大化し続ける。
更には再生を終えた触手の先端が膨らんだかと思えばプチっと切り離す。
マナによって細胞は変異と自己増殖を繰り返す。
本来必要な栄養や時間と言う要素をマナという超要素が全てを省略する。
切り離された触手は独自に肉を膨張させ続け、あっと言う間に本体と比べれば小さいがそれでも月ほどの大きさを誇る邪神の子が誕生した。
【邪神トゥールー】
レベル 1900
【邪神の子】
レベル 1300
先の邪神と同程度の大きさを誇る眷属の数は数百程度ではあるが、その全てが限界の壁を超えている。
そしてそれら全てが特殊な波動を放ち女神アロヴィナスの宙を浸食していく。
外界の宙が僅かに縮む、数センチ程度ではあるが宇宙という一つの泡が小さくなった。
その分だけ邪神と魔王の宙は大きくなった。
女神の世界のリソースを吸収し己に還元することで彼らは理論上どこまでも強くなれるのだ。
そしてジジジジジという音と共にラードゥンの纏っていた無敵の障壁が微かに撓む。
『あぁん?』
流れ込んでくる女神の力が明らかに減っている事に彼は気が付いた。
成程と頷く。
狂気と悪意に塗れているとは言え柔軟な彼の頭は素直にあるがままの現実を受け入れた上で思考を回す。
なーるほどね、このわるい子たちは女神さまの宙から色々と盗んでるんだーと彼なりの解釈に満ちた回答を打ち出した。
ラードゥンは他者のモノ、特に大切な仲間や家族などを奪うのが大好きだ。
だがしかし自分はいいが他人が自分のモノを盗むのは我慢ならなかった。
女神さまの世界は一つ残さず母であるアロヴィナスと自分のモノだ。
あらゆる存在は自分とアロヴィナス神のおもちゃであり、自分たちだけが弄び壊す権利をもっている。
『ひとのものをかってに盗るなんて、いーけないんだー、いーけないんだー!!』
剣を振りかぶり即興で編み上げた歌を口ずさむ。
そして彼はミズガルズで多くの人に愛用される便利なスキルを発動させた。
【瞬歩】
発動と同時に自分の身体を10メートルほど急速に前進させる便利なスキルだ。
主にアタッカーが相手との距離を詰めるときに発動させたり、逆に間隔を開けたい時にも使ったりする十八番な能力である。
たったそれだけの能力であるが、ラードゥンが使えばどうなるか?
ラードゥンの80メートル程の身体が瞬間的に光を超え、10天文単位程移動した。
光でも約5000秒かかる距離を瞬きの間にだ。
魔王と邪神は一瞬たりとも目を離していなかったというのに、気が付けば竜王の姿は消え去り、15億キロほど離れた位置へと消え失せてしまった。
つまり彼はたった一つスキルを発動させるだけで太陽から木星まで瞬間移動が出来るということである。
聖剣が再び発光する。
マナのチャージが完了したのだ。
これは勇者は超新星爆発を再び放てるようになったということだ。
血涙を流す様に光を放つ聖剣はまるで夕暮れ時の太陽の様に何処か禍々しく、何処か哀愁を抱かせた。
勇者が手招きしているのを邪神と魔王は見た。
傲岸に、自分の勝利を疑っていない有様で。
それはひどく両者のプライドを震わせる行為で────。
────!!!!!
もはや声もなく両者は全力の殺意を以て勇者へと向けて殺到した。
対応しまずは一振り、ラードゥンが聖剣を横一文字に振う。
三日月を思わせる剣線が空間を易々と切り裂いた上で切り開かれた“線”の中に膨大な「火」のマナを送り込んだ。
瞬間的に発生する超新星爆発。
しかし今度は先の様にさく裂はしない。
“線”の中に押し込まれた熱量は超高密度に圧縮され荒れ狂いながら解放の時を待ちわび……。
ラードゥンが剣先で「ちょん」と“線”に触れて指向性を与えれば、空間がガラス細工の様に割れて無数の断片が魔王と邪神に向けてシャワーの如く降り注ぐ。
【エクスプロード・シャワーレイン】
割れた空間は真っ赤に赤熱し、溶けたガラス細工の様だった。
超新星を引き起こす程のエネルギーを込められた空間の“断片”が豪雨として魔を司る両名に襲い掛かる。
惑星さえ易々と貫通する空間の断片とエネルギーの飽和攻撃だ。
数の有利?
邪神と魔王が手を組めば届く?
甘い、甘すぎる。
ラードゥンは最強最悪の勇者だ。
彼のレベルは確かに2999が限度であるが、その戦闘力や手札の豊富さはまだまだ底なしだ。
全ての戦況は終始勇者の掌の上である。
何故ならば彼はもう法則上では勝利しているのだ。
極点に座す女神アロヴィナスが勇者は勝つと決めている。
ならばこれは全て当然の結末に向かうためのつまらない作業でしかない。
その後に続く“しかし勇者もいなくなりました”を彼が体現している以上は相打ちもありえない。
『■■■■』
邪神が動く。
完全に再生を終えた触手を動かす。
一瞬にして天文単位で延長したソレは異界の外へと伸ばされ、何かを掴んで戻ってくる。
邪神の触手がつかみ取ったのは───惑星だ。
スーパー・アースと呼ばれるミズガルズの数倍ほどの大きさがある岩盤惑星。
女神の宇宙の何処かにあった惑星を彼は引っ張ってきたのだ。
それを都合12個ほど絡めとり、降り注ぐ攻撃の盾にする。
更には魔王が補助の術を「盾」にかけて補強する。
そんな前代未聞としかいいようのない防壁に勇者の洗礼が突き刺さった。
恐ろしい重低音が鳴り響き惑星が次々と抉られ、全体をひしゃげさせていく。
周辺に浮かんでいた惑星の幾つかが孔だらけになり、やがては崩れるかという所で邪神は惑星を軽く叩いてから手放した。
すかさず動くのは魔王だ。
ほんの一時の共闘でしかない筈だが、最高と至高の魔は最悪の勇者を前に完璧なる連携を以て動く。
【世界の半分とは言わん!! 全部くれてやるッ!!!】
邪神よりは小さいまでも星よりも巨大化した魔王が邪神からパスされた惑星を殴りつける。
拳に纏った【デネブ・アルゲティ】が星に燃え移り、あっと言う間に直系数万キロの火の玉が完成。
当たれば再生/回復を阻害される暗黒の火球だ。
魔王の剛腕で殴りつけられたソレはこれまた亜光速まで加速し勇者へと向けて投擲された。
降り注ぐ【エクスプロード・シャワーレイン】を真っ向から切り裂きながらラードゥンへと迫る。
方や全長80メートル程の巨人。
方や直系5万キロ程度の惑星。
相対するのはこの二つだ。
ラードゥンも常識の範疇内では巨体といえるが、それでもこれは余りに無慈悲なサイズ差だ。
惑星と人間、どっちが大きくて強いかなど考えるまでもない。
そう……強いのは人間だ。
勇者の心臓が力強く鼓動する。
そのまま彼は無駄口を叩かず剣を構えてスキルを行使。
眼光が鋭くなり目の前の標的を認識した上で「勇者」の直感はこの惑星の後方にも複数の投擲された星がある事を把握し恐ろしい速さで戦略を組み立てていく。
コレをやるのは久しぶりだ。
確か前は油断していた竜王の首を三つほど粉みじんにしたか。
腕がぶれる。
余りに素早く振るった結果、世界は彼の動作を処理しきれなくなってしまいカクついてしまったのだ。
世界の限界を超えたラードゥンの一挙手一動作はあらゆる世界の根底であり運営を行っている極点にさえ負荷をかけてしまっている
【サブアトミック・クイックレイド】
【デネブ・アルゲティ】を纏っていた惑星が切り刻まれる。
それも乱雑に切り分けるのではなく、食肉を加工する様に網目状に切れ目が入り、綺麗に分割されたソレにも更に切れ目が入る。
億や兆等と言う次元ではない。
一秒をどれだけ分割しても足りない程の斬撃数。
文字通り分子単位まで分割してやろうと言わんばかりの剣線の嵐。
そんなものに晒された惑星は文字通り“砂”へと変わった。
5万キロの惑星はそれらを構築する原子単位で切り刻まれたのだ。
デシ、センチ、ミリ、マイクロ、ナノ、ピコ、フェムト、アトのサイズに至るまで勇者の斬撃は止まらなかった。
ラードゥンの剣がやったことはただ細かく切り刻んだだけ。
ただしその単位が本当の意味で分子/原子レベルで。
結果、原子核を破損した物質が核分裂を引き起こし美しく透き通った蒼い光を発する。
俗にいう放射能汚染が引き起こされるがその程度で傷を受ける程にこの場にいる三者の細胞は脆くない。
美しい青い光を放つ砂の塊にラードゥンは大きく息を吹きかければ、惑星はただの砂塵として吹き散らされてしまう。
しかしまだ暴威は止まらない。
魔王が投擲した惑星は幾つもある。
何の生命も載せていないソレは実につまらない岩の塊でしかなく、つまらないと勇者は思った。
彼が壊したいのは生命に溢れるミズガルズなのだ。
そしてラードゥンは勇者の記憶からもう一つの世界の存在も知っていた。
数十億も玩具がいる面白い世界!
信じる神様や肌の色とか言葉とか、持っているお金の量とかでずっと殺し合っている本当に愉快な世界!
ミズガルズに負けず劣らずの絶望と欲望と死と苦しみに溢れた魔物の楽園!!
ならば絶望の女神であるアロヴィナス様の威光を示さなくては。
いつかラードゥンはそこに行ってみたいと思っていた。
何やらつまらない大国同士で意味のないパワーゲームをしているようだが、それらを纏めて全部破壊したらきっと愉快に違いない。
これはミズガルズという舞台の幕を下ろした後の計画だ。
彼はもう一つの世界にも出向き、徹底した虐殺を行うつもりなのだ。
80億の死と滅亡はきっとアロヴィナス神もお喜びになられるはずだ。
それを想像するだけでラードゥンの心拍数は高まり続ける。
此方とは違いレベルという概念のない雑魚しかいない世界を圧倒的な力で蹂躙し、築き上げてきた平和と文明を無慈悲に踏みにじる。
あぁ、それは何と素晴らしい事なのだろうか。
虐めたい。
苦しめたい。
不幸を振りまきたい。
竜王の頭にはそれしかない。
『ハハハはははは!! どんなかおをするんだろう!?』
ミズガルズでも珍しい竜という魔物を見た向こうの人類の反応を考える。
恐怖か、好奇心か、はたまたとち狂ってお友達にでもなりに来るか?
そんな奴らを踏みつぶす様を思うだけでラードゥンの力は上昇を開始した。
竜王あらため勇者の本領はここからであった。
これが後でリュケイオンにやってきます。