ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「俺はまた間違えた」
──ジスモア・エノク、竜王ラードゥンに謁見して。
歓喜に任せて拳を突き出せば拳圧が惑星を貫通しぽっかりとした大穴を穿つ。
わお、これで数万キロサイズのドーナッツの完成だ。
唐突に中央部を抉られた惑星が自重で崩れていくのを尻目に次々と放り込まれる惑星の弾丸をラードゥンは認識し対処に動く。
背中に竜頭を出現させ、ブレスを放出。
本来は敵を攻撃するための攻撃を加速を得るためのブースターとして用いる。
ラードゥンの眼窩の瞳が輝きを増し、全身の至る所に張り付けられた竜頭の眼も怪しく輝いた。
ぎょろりと眼球を動かせば勇者はこの宙域どころか1パーセクにも及ぶ領域を隅々まで見渡して把握。
人間では見れない光の波長や、圧倒的な力に翻弄され無様にダンスを踊る分子たちの動きまでも勇者は捉える事が出来た。
20の竜が魔力を、比例するように20の竜が天力を循環させる。
ミョルニルで受けた一撃に対する対応として彼もまたこの術の技量を磨き上げたのだ。
後の時代に産まれる青髪の乙女には届かないまでも、それに近しい領域に彼はたどり着きつつある。
『まえのときよりずっと面白いものをみせてあげる』
20にも及ぶ【エクスゲート】の発動準備を終え、勇者はこれから行われる地獄に燃えるような喜びを抱いた。
ドンっと心臓が強く鼓動を放ち───勇者は動き出した。
まず一つ目の【エクスゲート】に【瞬歩】を使って潜り込む。
一瞬にして彼は数百の邪神の子とトゥールーの眼前に出現した。
マナの属性を切り替えた上で【エレメント・エンチャント】を発動。
聖剣に集うのは「日」属性のマナ。
魔王の属性の対となる属性であり、邪神の「水」とは特に相克でもないがその出力が問題であった。
【レイ・ソード】
「日」属性のマナで構築される光の剣が形成され、伸びる、伸びる、伸び続ける。
光刃のサイズはもはやソレを剣と認識さえ出来ない規模となった。
その全長───80天文単位。
星系の果てにある冥王星の公転軌道に匹敵する巨大さだ。
もはや剣というよりは「柱」としか思えないソレを軽々とラードゥンは振り回した。
彼が手首をスナップさせて剣を振り回すたびに太陽系の端から端までを覆い尽くす一撃が飛んでくるのだ。
そして恐ろしい事にこの【レイ・ソード】という術によって形成される刃は概念的な刀身であると同時に相手に攻撃を当てた瞬間、物理攻撃としての判定も発生することだ。
さて、ここで面白い話が一つある。
人間が己の腕の10倍ほどある棒を100キロで振った場合、その先端の速度は1000キロに到達するとされる。
ラードゥンの持つ剣の長さは1200億キロで、勇者が剣を振う速度は秒速30万キロとしよう。
運動連鎖の法則によって剣の速度はどういう事になる?
……計算するのはやめておくべきだろう。
訳の分からない数値が永遠と羅列されるだけだ。
ラードゥンは躊躇うことなく剣を振った。
先の様に超光速の斬撃を使うまでもない。
角に溜まったゴミを掃除でもするような、気安い一撃だった。
【化け物がっ!】
まるで埃を払う箒の様に迫る光の壁を前に魔王は叫んだ。
プチ、プチ、プチと豆でも潰れる音がするが、それらは邪神の子が刀身に触れた結果であった。
惑星など星系規模の斬撃を前にすれば砂にも満たないサイズなのだ。
『■■■』
まるでクジラの屍がガスで膨らむ様に邪神が更なる巨大化を行う。
そのレベル、1999。
もう一枚の壁にぶつかる所まで彼は己を強化している。
正真正銘、龍を超えた域にまで至る邪神だが相手はラードゥンである。
いまだレベルでは1000以上差を付けられている上に女神の加護というインチキが向こうにはある。
200億本にも及ぶ触手の全てを総動員して剣を受け止めるべく全身に活力をみなぎらせた。
傘がガバッと展開し、一本一本がキロ単位の太さを持つ触手が全力で展開される。
着弾の衝撃でまず70億本の触手が吹き飛ぶ。
次に邪神本体の傘の4割が吹き飛び、割れた袋の中から内臟が零れ落ちる。
声なき悲鳴を上げながらも邪神は己の平穏を乱す存在の排除を決してやめない。
こんなものと共存するくらいなら死んだ方がマシだと邪神は思っていた。
邪神から見ても筆舌に尽くしがたい邪悪、それがラードゥンである。
真っ白な「日」属性の刀身にどす黒い触手が絡みつき、煙を上げて焼かれながらも受け止めた。
残った邪神の子らも競い合うように【レイ・ソード】に殺到しこの想像を絶する一撃を停止させるに至る。
更には触手を突き刺し刀身を構成するマナを吸収し始めれば邪神の傷は恐ろしい速度で再生を始めた。
『あぁん?』
剣を振り切れない感覚を覚えたラードゥンは頭を傾げれば、彼の眼前には魔王の拳が迫っていた。
散々に煮え湯を飲まされた怨敵に対する憎悪がたっぷりと詰まったパンチだ。
【死ねッ!!】
大陸と同じ程の大きさがある拳をラードゥンはまともに受けてしまい、彼の身体は流星となって数億キロほど吹き飛んだ後に何処かの名も知れぬ惑星に深々とめり込んだ。
【レイ・ソード】が解除され、サラサラと光の粒子となりマナが霧散していく。
だがしかしムクっとラードゥンは何の痛打も感じていない様に起き上がると瞬時に【エクスゲート】を使用し魔王の元に戻る。
【来ると思っていたぞ!!】
アイゴケロスが大口を開ける。
誰よりも魔力という概念に詳しい彼はラードゥンがそれと天力を組み合わせて伝承に名高い【エクスゲート】を使える事を知っている上に何度か見てもいる。
故に彼には距離を離すという概念が無駄であり、むしろこのように奇襲してくることも読んでいた。
魔力が乱れた個所を探してやれば【エクスゲート】が何処に開くか判るというものだ。
【デネブ・アルゲディ】
超々巨大山羊の口から放出されるは宇宙バーストの如き暗黒の炎の噴射。
宙よりもなお暗き色彩の炎の放射はまるでブラックホールが噴き出すガスの様だった。
しかし、しかし、それでもラードゥンは倒れない。
彼は全身を【デネブ・アルゲディ】の炎に焼かれながらも決して後退しない。
再生を阻害するという効果は確かに作用している筈だというのに、それさえ上回る超再生能力と女神の加護によって彼の皮膚は焼かれる瞬間から巻き戻っていた。
背中からブレスを放出しラードゥンは【デネブ・アルゲディ】の奔流の中を突っ走る。
瞳はじっと魔王という獲物から離さない。
『ねぇ、しってる?』
勇者が構えを変える。
今まで片手で振っていた聖剣の柄に両手を添えた。
『剣ってさ、こうやって使うとつよいんだって』
【マキシマム・パワースラッシュ】
ラードゥンは両手で思いっきり剣を振り下ろした。
人間が薪でも割るかの様な動作で。
その結果、暗黒の炎の濁流は真っ二つになった。
斬撃は止まらない。
そのまま“縦線”はアイゴケロスに迫り、通過する。
一瞬の後に彼は激痛を覚えた。
【ぐおおおあぁああああああ!!】
視界がズレる。
右の眼が上に、左の眼に映る光景は下がる。
アイゴケロスは見事に両断されていた。
だがしかし彼は魔王。
普通の魔物ならばこれで終わりかもしれないが、この程度で死んでいては魔王などと名乗れない。
邪神には及ばないまでも彼も優れた再生能力をもっている。
切断面が泡立って修復を開始するが……ラードゥンはソレを待ってはくれない。
彼は再び【エクスゲート】に身を潜らせるとアイゴケロスの真上に出現した。
フゥゥゥと息を吐きながらスキルを発動。
【マジック・ソード】
対象を構築するマナ……この場合はSPと呼ばれる魂の持つ力への攻撃を可能とするスキルだ。
アイゴケロスは元々半ばマナと一体化した存在であったが、今は更にそれが顕著となっている。
そんな彼にコレを撃ち込んだらどうなるかなど考えるまでもない。
【ッッ!!!!】
魔王の瞳が見開かれる。
アレは自分を完全に殺し得る一撃だと理解し、背筋を伝うのは濃厚な死の気配。
普通の魔法や剣による攻撃であれば魔王は肉体を一時的にマナへと霧散させ、長き再構築時間を経てから復活できるだろうが、アレは違う。
あの聖剣に宿ったスキルは自分という存在そのものを破壊するのだと理解したのだ。
生物であるのならば誰でも得るゴールたる死がすぐ傍に迫っている。
一秒にも満たない、フェムト程度の時間の後にラードゥンが一撃を放てば自分は終わりだ。
グッと拳を魔王は握りしめた。
やけに汗がねばついていて気持ち悪い。
勇者の瞳が笑っているのを彼は見た。
きっとあいつはこう思っているはずだ。
“命乞いすれば助けてあげるかも?”と。
アイゴケロスも同じことを考えた事があるから理解できた。
大抵の存在は己の命欲しさに無様に、哀れみを乞う声で許しを紡いだが……。
彼は魔王だ。
敗れて死すべき時が来たとしても、この矜持だけは決して手放さない。
【来るがいい!!! 女神の走狗ごときに我が殺せるか!!!】
それじゃあ殺してあげると言わんばかりにラードゥンは【マジック・ソード】の宿った聖剣を振り下ろそうとして、グルンと身体中にある竜頭の眼がアイゴケロスから外される。
恐ろしい速度で殺到するのは夥しい数の触手たち──邪神はこの世で唯一の同胞を守るために動く。
チッと舌打ちしながらラードゥンは本体の顔も邪神に向けて一言。
『邪魔だ』
明らかに今までとは声色の違う声が勇者から漏れる。
声そのものは同じなのに、何処までも昏く深い。
【サブアトミック・クイックレイド】
再び放たれるのは億兆、京垓の斬撃。
しかも先とは違ってラードゥンはこのスキルに対して技術を込めていた。
ただ振うのではなく、一撃一撃をしっかり狙い、どの触手にどのような一撃を込めるかまでしっかり決めている。
12億本の触手が木っ端みじんに砕け散った。
剣で切られたというよりは巨大な槌で殴られたか、もしくは超高速で物体を叩きつけられたかの様な有様である。
それだけでは終わらず、撃ち込まれた“波”は触手を連鎖的に粉砕しながら波及し、やがては邪神本体にまで届く。
巨大ガス惑星規模まで肥大化したトゥールーの身体の至る所にプクッと水ぶくれの様な泡が産まれる。
撃ち込まれた破壊力が縦横無尽に異形の肉体を体内から粉砕して回り、やがては外部に飛び出そうとしているのだ。
ボンっという音が幾度も響き、一つ一つがミズガルズよりも巨大な泡が何個も何個もトゥールーの表皮で膨れ上がった後に割れた。
『■■■───!!』
たまらず邪神は悲鳴を上げる。
如何に埒外と言えど彼もまた生物。
内臟を破壊され続ければ痛打になる。
怒りを乗せられ、更に勢いを増した触手群がラードゥンに殺到する。
だが今度はそれらの軌跡がズラされる。
ジャブの如き最低限の威力しか籠っていないクイックレイドの剣戟が絶妙なタイミングと速度で触手を払いのけているのだ。
力の流れに逆らわず、最低限の力だけで逸らされた触手は軌道を曲げ、他の触手に突き刺さったり、絡まったりを繰り返す。
20億本の触手はそのせいで使い物にならなくなってしまった。
乱雑に絡まり合ってしまった触手はトゥールーが幾ら力を込めようと解けない。
一度根元からそれらを切断し新しく生やした方がずっといい状態であった。
剛剣と柔剣。
斬撃の瞬間に心臓の鼓動を重ねる事で肉体のリミットを解除させ、超絶的な破壊力を産み出す剛剣。
そしてソレの対となる相手の動きを利用し、受け流す事により最低限の動作でカウンターを叩き込む柔剣。
人外の才能を持った数千年に一人の天才がその人生の全てを捧げてようやく到達できるかどうかという剣。
剣士としての完成形がここにある。
相反する剣技を完璧に両立させ、使いこなす至高の剣士/勇者が芸術とさえ言える技術を魅せた。
『■■■』
邪神の声は相変わらずというべきか何を言っているかは魔王を除けば誰にも判らない。
だがしかし、この瞬間、この時だけはそこに込められた感情は誰にでも理解できるありふれたものであった。
即ち「バカな」だ。
剣士という概念を彼も一応は知っているが、このような事が起こりえる訳がないと思ってしまった。
思考を刹那と言えど停止させてしまった邪神を無視して【エクスゲート】が開かれる。
かつてベネトナシュに対しても行った攻撃を転移させるという応用技だ。
しかし今回はあの時の様な遊びではなく、確実に殺す為に行われる。
上下前後左右。
邪神を取り囲む様に【エクスゲート】が20ほど同時に展開され、そこから吐き出されるのは【サブアトミック・クイックレイド】の斬撃雨。
見る見る邪神の姿が変わっていく。
まるで彫刻を削る様に彼の総身は削られ、砕かれ、すり潰されている。
トゥールーが最速で再生を行っていても、明らかに破壊力の方が強い。
剛と柔を組み合わせた剣技が四方八方から襲い掛かり、その破壊力は波の様に干渉し合い、着々と強くなり続ける。
邪神が、トゥールーが、巨大ガス惑星と同等以上の巨体が、まるで落ち葉の様に圧倒的な暴力によってクルクルと無秩序に回転し続ける。
『■■■■■■!!! ■■!!』
悲鳴を上げて邪神は勇者から距離を離そうとするが、ある一定以上に行こうとすると巨大な力によってそれ以上は先に進めない。
原因を探るべく表層に何万と言う眼を生成した邪神は見た。
『だ~め♪』
手近な触手を猛禽類の如く足の指でつかみ取っていたラードゥンが笑う。
たった80メートル程度の巨人が15万キロはあろうかという邪神の身体をがっちりと掴んでいるせいで距離を離せない。
右腕は根元から延々とぶれており展開した【エクスゲート】に向けて斬撃を送り込み続けている。
触手を何本向かわせようと無駄であった。
頭部から生えた13頭の竜たちが触手を迎撃し音を立てて食べてしまっている。
ラードゥン本体が異常すぎて目立たないがあの竜たちのレベルは2500であり、このパーツ一つだけで邪神を葬れるほどに強い。
ラードゥンの眼が邪神の子らに向けられる。
あいつらは先ほどから偉大なる女神の法を無茶苦茶にしている悪い子たちだ。
もうそろそろ消えてもらおうと考え、即座に実行。
左腕。
腕を形成していた10頭の竜が一瞬だけ解ける。
頭部に比べれば劣るとはいえ全ての竜がレベル2000オーバーという前代未聞の領域にあった。
それらはぐるぐると螺旋を描きながら青白いブレスを放出。
一発一発が周辺星系まで焼きかねない熱量を込めた途方もない吐息だ。
狙われていると悟った邪神の子らが咄嗟に回避行動をとるが、間に合わなかった個体たちがブレスに触れた瞬間何の抵抗も出来ずに蒸発した。
竜たちの放つ光線は伸びる。
先の【レイ・ソード】よりもずっとずっと。
邪神の宙と外界を隔絶する膜を突き破り、それらはミズガルズから50光年ほど先に存在していた星系を直撃し吹き飛ばした。
しかしまだ終わらない。
ラードゥンは鬱陶しい邪神の子らを排すると決めているのだ。
まだ半分以上残っているし……お楽しみはこれからだ。
竜たちが腕として再統合された瞬間に、彼らの放つブレスは混ざり合い、乗数的にその威力を増幅させる。
巻き込まれれば龍でさえ跡形残らず消滅するであろう一撃が邪神の宙と忌まわしき子らを焼き払う。
更には勇者の意思を受けたエネルギーは今度は膜を貫通することなく、縦横無尽に宙の中に拡散を開始。
手あたり次第に浮かんでいる惑星を砕き、元素をかき混ぜ、最終的には飽和した熱は複数の恒星を作り出す。
恒星同士は衝突を繰り返しガスを撒き散らし、複数の暗黒天体を形成した。
そして緩やかに数十光年ほどの広さがある世界の平均温度が急速に上昇を開始。
ラードゥンの放つ熱はこの狭い隔離宇宙では余りに膨大過ぎたのだ。
締め切った部屋の中で火を灯せば室温が上がる、そんな簡単な原理である。
マイナス270
マイナス110
マイナス30
40℃
90℃
310℃
990℃
やがては隔離宇宙全土が鉄さえ溶ける熱量に満たされる。
邪神が切り刻まれながら体内に侵入してくる膨大な熱量に身悶えし、魔王アイゴケロスは窒息する様に首を押さえた。
ラードゥンだけは変わらない、マグマを浴びて寛ぐ彼にとってはこっちの方がずっといい。
勇者は笑った。
あぁ、やはり己こそが最強だと。
女神を除けば己こそが、全宇宙において最も強いのだと彼は確信していた。
『ハハハハハハハハはははははは!!!』
全身から竜たちが現れ四方八方にブレスを乱射。
更に更に温度が上がる。
2330℃
3500℃
温度の上昇は止まらない。
天文学において宇宙の始まった直前の世界は熱地獄だったという。
さながらその再現であった。
ラードゥンの放つ熱量が宇宙を温めているのだ。
マイナス270度ほどが普通であるはずだというのに、彼のブレスは熱的死の真逆の現象を引き起こしている。
30000℃
120000℃
加速的に熱量の飽和が始まる。
邪神の子らが転げまわり、発火し、中には恒星やブラックホールに突っ込んで消滅してしまう。
トゥールーは変わらず切り刻まれ続けているが、徐々に再生能力に衰えが見えだした。
遠からず邪神は死ぬだろう。
正しき女神の信徒である勇者の手によって。
更に悪い事に邪神の子の壊滅およびトゥールーの弱体化によって女神の法が復旧を開始。
魔王も邪神もアロヴィナスを侮りすぎている。
かの女神の総体に比べればこの二匹の害虫など分子一つにも満たない程度の存在だ。
つまり───。
ラードゥンの全身から清浄なる天力、女神の力があふれ出し始める。
それは爆発的に増幅を始め、彼に無尽蔵の加護を与え出した。
何重にも重ねる加護によって勇者は無敵の補正を得たのだ。
最低でもレベル3000オーバー、いや4000級の力がなければ撃ち抜けない無敵の力を。
もはや勝敗は喫した。
いや、最初から決まっていた。
この結果は邪神と魔王が産まれる前から決まっていた。
悪なる魔はより邪悪なる勇者の手によって滅ぼされるのだ。
120000000℃
真っ黒だった宙が白く染まる。
至る所で核融合が開始され、連鎖的に爆発が起こり始める。
3000000000℃
【アア゛アアアアアアアアアアアアア!!】
眼球がひび割れ皮膚が泡立つ中アイゴケロスは最後の意地でラードゥンへと手を伸ばす。
全身を焼かれ続けるせいで魔法を使う事も出来ない。
脳が沸騰し続けるせいで戦術を練る事さえ出来ないが、それでも一矢報いてやると。
『死ね』
沸騰する宙であっても凍えつくような声でラードゥンは10の頭で構築された砲口を魔王へと向けていた。
喉の奥底に光が宿る。
あと一瞬の後に光が放たれれば魔王は死ぬだろう。
身体を構築するマナ諸共蒸発すれば如何に彼と言えど復活できないかもしれない。
より強き魔物によって殺される、ソレはヘルヘイムもミズガルズも変わらないが……。
魔王の身体が急速に薄れ始める。
ラードゥンが頭を傾げ、アイゴケロスは全てを一瞬で理解した。
この世界は同胞であるトゥールーの世界だ、つまり彼がアイゴケロスを終わろうとしている世界から逃がしたのだ。
【よせっ!! やめろ────!!!!】
魔王は懇願した。
まるで友を奪われる人間の様に。
対して無言で勇者はブレスを発射。
聖剣で殺さなかったのは些細なミスかもしれないが、その程度は誤差だ。
バルムンクで止めを刺せばトゥールーは完全に消滅したかもしれない。
この方法では数百年後にはもしかしたら再発生するかもしれないが、その時には世界はもう無くなっているので無意味な誤差だった。
最初の一発は邪神に向けて。
既にぼろ雑巾ともいえる有様だったトゥールーは光の暴力に飲み込まれ、跡形もなく消え去る。
パラパラと残った肉片にも火が回り焦げた炭へと変わり、やがて燃え尽きた。
次に二発目。
魔王は十にも及ぶ竜たちの殺意に満ちた瞳を見た。
次にそれらがニタァと嘲笑を浮かべたのも含めて全てを見た。
66666の命を持つ怪物は一度も殺されることなく完全勝利したのだ。
命のストックなど彼の持つ力からすれば“おまけ”でしかない。
強いて言えば最強が無敵に変わる程度の違いだ。
【────】
完膚なきまでの敗北だった。
何一つ届かず、殺すことは愚か追い込むことさえ出来なかった。
虚空を掴むように腕を伸ばす。
ラードゥン。
そしてアリストテレス。
この世にはどうして自分よりも強い存在がこんなにいるのだと微かに憤怒する。
【…………頼む】
誰か。
誰でもいい。
この際だ、憎々しいアリストテレスでも構わない。
この怪物を殺してくれと魔王は願った。
自分では無理だ。
それでもきっと、誰かがコレを葬ってくれと。
刹那の後、ブレスがアイゴケロスを飲み込んだ。
防御さえ出来ずに直撃した魔王の身体の99.999%は吹き飛んだが、彼の“本質”ともいえる根底は微かに残りヘルヘイムと向けて落下していく。
それを知っていてなおラードゥンは追撃をかけない。
彼はただ見下すだけだ。
『よわいってさ、ほんとうに悲しいよね』
『じぶんの死にかたさえ選べないんだもん』
たとえば村一つ守って死んだ愚図な勇者。
たとえば全て茶番だと薄々察していたのに竜王討伐を行ったバカ。
どいつもこいつも愚かで、滑稽で、最高の道化師である。
女神さまはそういう愚か者を見て指さして笑っているに違いない。
そしてラードゥンは歴代全ての勇者とその祈りを嘲笑してこういうのだ。
“みんなの願いは全部むだでしたー”と。
笑う。
ばいばーいと呑気に手を振って煽る。
無力に死んでいく雑魚の悲痛な顔と声をしっかり堪能し、ラードゥンは虚空を見つめた。
所詮は誤差だ。
こいつらが戻ってくるよりもずっとずっと早くミズガルズは終わる。
仮に戻ってきてもちょっとした暇つぶし程度でしかない。
居てもいなくてもどうでもいい存在。
それが魔王と邪神に対するラードゥンの評価である。
トゥールーの死により世界の崩壊が始まったようだ。
充満していたエネルギーを深呼吸して吸い込むと胸部から噴き出る火の勢いが強くなった。
『さぁて……』
目下最大の楽しみだった二者を葬ったラードゥンは残酷に目を輝かせた。
次のお楽しみはどうするか既に決まっている。
天翼族が彼に面白い話を持ち掛けてきているのだ。
当代の勇者の居場所を教える、と。
また、貴方様の野望を妨げる要因になるやもしれない娘が存在することも彼らは教えてくれた。
名前は確か……ル……ス? ルァ何とかと言った筈だ。
これらの情報の見返りに彼らは竜王の帝国に加えて欲しいと申し出ていた。
天翼族は人類を裏切り、竜王と共に歩むと秘匿忠誠を誓っていたのだ。
ラードゥンをして見事な邪悪っぷりであり、彼は既に天翼族を己たちと同じ魔物として見ていた。
彼らの裏切りによって“残骸”が更に憎悪を滲ませ、竜王の力は増幅する。
ここでもう一度はっきりさせておこう。
お題は勇者の死についてだ。
北星奈々子を殺したのはラードゥンであったが、そうなるように仕向けたのは天翼族である。
勇者は己が助けようとした人々に裏切られ、ルファスの父に殺されたのだ。
何一つ成せない無駄死にであった。
しかし嘆く事はない。
こんなことミズガルズではありふれているから。
これまでも、これからも。
ただ一人、女神だけが微笑んでいる。
竜王の計画 “大団円”
来る日、己の血肉で強化し続けた全軍に総攻撃命令を下し聖絶を開始。
複数のアイガイオンや無数の竜さえ編入された彼の軍は数時間で人類を滅ぼすだろう。
何億年も続いてきた世界に壮絶な最期を与えるこの計画を竜王は【大団円】と名付けている。
次回の更新は私事がありますのでお休みいたします。