ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
ルファス・マファールが誇る十二星天に最後に加入した人物。
ミズガルズの大海を統べる王にして民を思いやる名君である。
覇王が地上を統一した際、直々に地上に出向き、会談の末に覇王に恭順したとされる。
かつては己の快楽のみを追い求める暴君であったとされ、本人もそれを認めているが今の温厚な彼を知る者からすれば到底信じられないだろう。
今回はあいつ何処いった? というお話。
みすぼらしい魚人の子どもがいた。
手入れされていないガサガサの肌に、不揃いの鱗。
足首は外側に歪んでおり、見るに堪えない形状をしていた魚人だった。
魚人というよりは人と魚のキメラと言った方が正しい。
彼の父が自分よりも遥かに低レベルの存在と無理やり血を混ぜ合わせた結果がコレだ。
本来ならば処分されていた醜悪な命であったが、とある理由により生き残れた“失敗作”である。
唯一立派なのは父親譲りの金髪だけ。
これだけが彼の誇りだった。
「ちちうえ、ちちうえ」
舌がうまく回らないながらも彼は柔らかい海草のベッドに寝かされた男───エロスに声をかける。
料理の乗った皿を差し出し、食べてくれと目線で伝えた。
だがしかし重傷を負い、満足に動く事さえままならない男は血走った瞳で己を父と呼んでくる失敗作を睨みつけた。
生涯初の完全敗北を味わった男は怒りのまま不愉快な存在を怒鳴りつける。
抵抗できない者を叱責し、自分が上だと自覚するための行為だ。
何てことはないただの八つ当たりともいう。
「俺様はお前の父ではない! 何度も言わせるなこの愚図が!!」
「なんだこのゴミは!! 俺様にこんなものをっ、よくもっ!!」
力さえ戻ったらこいつを殺してやると幾度も決意を新たにしエロスは差し出された皿を払いのけた。
弱りに弱っているとはいえレベル1000の男が本気で弾き飛ばした結果、乗っていた料理はぶちまけられる。
醜い魚人は深く頭を下げると、のっそりとした動作で散らばった料理の回収を始めた。
その余りに遅い動作にエロスの額に青筋が浮かぶ。
いちいち勘に触る奴だ。
「ごめんなさい……」
魚人は意気消沈したような顔で謝罪を口にすると、ノロノロと部屋から出ていく。
そんなゴミを射殺さんばかりに睨みつけていたエロスは完全に不愉快な存在の気配が消えたのを確認してから大きくため息を吐いた。
「なぜ俺様がこんな目に……」
顔を手で覆って深く息を吐く。
これは全部夢で、もう一眠りすればまた100人の女を侍らせて起きれるのではないかと思う程だ。
つい少し前まで彼はこの世の全てを思い通りにする君臨者であった。
女神アロヴィナスの作り出した最初の魔法であり、龍という調停者の枠にも連なる存在だったのに。
それが今ではこの様だ。
何も悪い事などしていないというのに彼は全てを理不尽に奪われたと信じている。
自分には何の落ち度もなく、全ては己を裏切った者共とあの憎々しいラードゥンのせいだと。
思うように動けない身体を彼は忌々しく睨みつけた。
ラードゥンに内臓を貪られ、徹底的に裏切り者たちに踏みにじられた身体はいまだ全快には遠い。
戦闘どころか自由に歩く事さえ出来ない要介護人が今のエロスだ。
だがしかし。
まだ彼は復権を諦めてはいなかった。
アレは何かの間違いで、次にやりあえば今度は己が勝つのだと思っている。
そうだ。
あれは間違いだ、番狂わせだ。
この世界最古にして至高の王たる己が負ける等あり得ない。
ラードゥンが何らかの卑怯な手をつかったせいだ。
で、あるのならばその手品の種を暴いてやればいい。
次こそ己が勝つと彼は何度も何度も自分に言い聞かせる。
何万年という次元で積み重ねられたプライドが一度や二度の敗北で崩れる訳もない。
仮にあの場で竜王に殺されていたとしても最後までエロスは己は悪くないと思い続けたことだろう。
エロスは生き延びていた。
恥も何もかもを投げ捨て、必死に落ち延びたのだ。
ラードゥンに敗北し止めをさされる瞬間──彼は嬲るつもりだったが──神は彼に味方したのだ。
邪神と魔王の放つ狂気の波動で竜王軍の指揮系統が乱れる中、彼は這う這うの体で逃げ、ここでも運に助けられた。
深海の更に先。
崩落したアトランティス近郊にあった海溝の中には小さな集落があり、そこに彼は匿われた。
何でも彼が捨てた女たちが己の子らを抱えて逃げ込んで作った隠れ里らしい。
言わばここは廃棄場であった。
ゴミ箱といっていい。
エロスが作るだけ作って、育てもせず放り込んだ汚物の最終地点だ。
何万年かそれ以上昔に抱いてやった女が作ったそうだがエロスはそれが誰かなど覚えていない。
女など星の数ほど抱いてきたのだ。
いちいち名前を覚えるつもりもないし、あいつらはただの数字で十分だ。
かつての母たる女たちは今は亡く、エロスの寿命だけを継いだ醜悪な者達が密かに住まう隠れ里である。
エロスは己の先見性に心から惚れ惚れする思いであった。
さすが俺様、あらゆる行動が意図せず最良の結果を産み出すなと。
最も───ここに住まうもの達の醜悪さだけは彼も我慢ならなかった。
誰も彼もが醜い。
手足の欠けた奇形児に、異常に肥大化したもの、言葉を上手くしゃべれないモノ、どいつもこいつも出来損ないばかりだ。
しかしてそんな醜悪な者たちも今だけは使い道がある。
身体の傷の治りが思ったよりも遅い以上は身を隠す場所が必要な事くらいは彼にも理解できる。
本心ではさっさとこんな愚物の集まりから出ていきたかったが人生で初めて彼は我慢していた。
(再起したら全員処分してやる)
内心で反吐を吐きながら思う。
あらゆる全てが醜すぎる。
天上の存在たる己の種から生まれたなど断じて認められない。
「父」と呼ばれる度に勝手に動いて首を刎ねようとする右腕を必死に抑えたものだ。
傷を治し、アトランティスを復興させ、抱いてやったというのにふざけた態度を取った女どもと竜王に復讐するまで彼は死ねない。
再起するためにもう暫くこの地で身を隠す必要がある以上は、この恥辱に耐えなければならないのだ。
(ラードゥンめ……俺様にトドメを刺さなかった事を後悔させてやろう……!!)
幾度叩きのめされようと決して屈しない海の帝王エロス。
彼の憂鬱な日々を少しだけ語ろう。
「とうさま!」
数時間後にやってきたのは先とは違う醜悪なモノであった。
何せこの少年の魚人は左腕がないのだ。
それ以外はまだ見れる姿をしているのだが、なまじエロスを少年にまで若返らせたような顔つきなのが無性に癪に障った。
俺様と似てる癖に五体不満足なのが許せないという絵に描いたような傲慢である。
しかしこれはエロスにとっては正当な怒りであった。
この俺様に似ているだけでも許せないのに四肢を欠損させているなど不敬であるという他者が見たら意味不明な怒りだ。
……“コレ”を見ているとまるで自分の左腕が消えたかのような感覚に陥ってしまうのだ。
思い出すのは己の内側に手を突っ込み肉をかき混ぜるおぞましい怪物の姿。
あの耳障りな笑い声はもはや鼓膜に焼き付いてしまい、ふとした瞬間にエロスを苛む。
───ぎゃははははははははは!!
思い出すたびに「お前は負けたのだ」という現実の刃が胸の中をチクチクと刺激し不快な感覚を産む。
喉が微かにしまった様な違和感さえ抱いてしまいエロスは眉を顰めた。
「どうぞ! やくそうです!!」
「…………」
彼が持ってきたのは海の底に生えているハーブの一種だ。
それを特殊なサンゴを併せて調合することでそこそこの出来の回復薬が作れる。
勿論アトランティスの王であった時代のエロスならばこんなものより何十倍も何百倍も効果のある秘薬を多々所持していた。
それに比べればこれはゴミだ。
実際、見てくれも非常に悪い。
肉食獣が間違って草を食べてしまい吐き出した後の残飯の様だった。
咄嗟に払いのけたくなったが治りの遅い我が身を鑑みて思いとどまる。
内心で爆発するのは激しい怒りであった。
クソが、クソが、クソがっ。
この俺様がこんな貧乏人共が口にする品を使うなど!
王には王に相応しい品がある。
更に言えば彼は至高の帝王であり、用いる薬もそれに相応しい格が求められる。
エルフ王ロードスの秘薬ならば彼も渋々認めるだろうが、目の前の薬はあらゆる意味でゴミだ。
乱雑にすり潰されたハーブの残骸を口に運ぶ。
ほんの僅かだけHPが回復した。
エロスの持つ全生命力の数万分の1程度ではあるが、確かに。
今まで一向に治る気配を見せなかった体力が戻ったというのは大きな一歩であった。
だがしかし余りに微小すぎるのも事実。
仮にこれでHPを全回復させようとするのならば文字通り山ほど食べなくてはならない。
大方そこらへんに生えていた海草を適当に引っこ抜き、そこらへんに堕ちていたゴミの様なサンゴと乱雑に調合したのだろう。
碌な師もおらず、手探りで行われた調合では薬の本来の性能を引き出す事など出来もしない。
ギリッと奥歯を噛み締める。
絶対にやりたくはなかったが……。
はぁぁぁぁぁぁと大きくため息を吐く。
しかたない。
仕方ないのだ。
エロスは無理やり自分を納得させた。
全てが終ったらこの不快な者達を皆殺しにしてやると決意しながら。
「……教えてやる」
「?」
いきなり一言だけ呟いたエロスに少年は頭を傾げる。
当然の反応であるが、エロスはその挙動にさえイラついた。
俺様が一言を述べたら十まで理解しろ、愚物が。
彼の宮殿にはエロスが指を鳴らすだけで何を欲しているか理解し、瞬時に用意する下僕で溢れていたモノだ。
それが出来ない者は全て追放しただけの話でもあるが。
「俺様が、お前たちに、教育してやる」
「俺様を、治す、薬の、作り方」
一言一言を区切って言う。
これでまだ判らないとほざくようだったら本気で頭を潰してしまうかもしれない。
少年は固まっていた。
言葉がじわじわとしみ込んでいくにつれ、その顔に笑顔が浮かぶ。
つまりようやく自分たちは父の役に立てるのだと彼は理解したようだった。
「ありがとうございます! とうさま!!」
「その呼び方はやめろ。俺様の事は陛下と呼べ」
“トリトン様”とどちらにするか悩んだが、こんな奴らに己の栄誉ある名を口にされるのも嫌がったエロスはそう指示するのであった。
「できました!」
エロスが醜悪な者達にも使い道がある事に気が付き、己の為に回復薬を作らせてから3日目。
「1」と名付けられた人と魚のキメラが如きモノは己が製作した薬を父であるエロスに差し出していた。
皿の上に載っているのはサンゴのピンク色が程よくにじみ出た丸薬。
表面は光沢があり、テカテカと輝いていた。
何もしらないモノがみたらお菓子の一種にも見える出来栄えだ。
……正直、悪くはない出来であった。
少なくとも最初期の体裁さえ整っていない薬もどきよりは遥かに良い。
もちろん何万年かそれ以上───カストールとポルクスさえ超える年月を生きてきたエロスから見れば相変わらずのゴミではあるが。
それでも先よりましなゴミには進化している。
腐り切った生ごみがリサイクル可能な粗大ゴミに進化したレベルの違いである。
「……」
屈辱を堪えてエロスは丸薬を口に運ぶ。
見た目ほど甘いわけもなく、むしろ苦い。
しかしそれでもHPは微かに回復した。
「どうでしょう……?」
「………………」
キラキラした瞳を向けられて心の底からエロスは鬱陶しく思い「しっしっ」と無言で手を振れば「1」はしゅんと肩を落として立ち去る。
あれが自分の子として振舞うたびにエロスはどうしようもない不快感を覚えてしまうのだ。
あんな醜いものが、あんなおぞましいものが、俺の種から生まれるわけがない。
早く、早くここから出たかった。
今の余りに惨めすぎる生活から脱出したかった。
これが竜王に敗れた代償だとするのならば、余りに非道だ。
「……ぐっ、ぐぐぅぅぅ!!」
ベッドの脇に置いてあるそこいらの骨から作った杖──あいつらに作らせた──を手に取り立ち上がる為に力を込めた。
顔を真っ赤に染め、かつては海の全てを支配した男がただ立ち上がる事だけを全力で行う。
いまだHPは自動回復せず劣悪な者達の回復薬頼みではあるがそれでも前よりはマシになっている。
そうだ、マシになっているはずなのだ。
俺様は少しずつ回復している……!
そう何度も思い込み、身体に喝を入れた。
ブルブルと足が震える。
ぐ、ぐぐっと力を必死に込めればようやくエロスは杖に頼りながら立ち上がれた。
しかしそこまでだ。まだ歩けない。
「うごくのだ……動けぇ……どうにかして一歩を……!!」
本来ならば深海から月まで跳躍できるほどの力を誇る健脚であるのに、今や小動物程度の力しかない。
いや、力が入らないというよりは、足の感覚がないという表現が近い。
ラードゥンに体内を滅茶苦茶にかき混ぜられた結果、エロスという魔法には不具合が起きている。
簡単に言えば今の彼は下半身不随である。
人間ならば絶望的な病状で、治癒の見込みは殆どないに等しい。
だがしかし彼は試作品とはいえ“龍”たちの長兄とも呼べる存在。
普通ならばこの程度の傷は直ぐにでも治るだろう。
だがしかしどうしてか今の彼の肉体は自然治癒の力が全く働いていない。
皆無ではないが、ほぼ作動していない。
そのせいで彼はあんな劣等種たちに匿ってもらわなければ生きていけない生活を余儀なくされている。
もしも今、ラードゥンの配下の者に見つかりでもしたらその時点で彼はおしまいだ。
竜王そのものはあの奇妙な山羊の軍勢と未だに戦っているかもしれないが、いつ戻ってくるか判ったものじゃない。
腐っても女神の子であるエロスだ。
自分自身に対する過剰すぎる自信を除けば、他者を平等に採決し判断を下す事くらいは出来る。
そんな彼の審美眼があの山羊たちは竜王には及ばないだろうと答えをはじき出していた。
「くそっ……クソぉぉォォ!!」
項垂れた彼の口から生涯で初めてとなる挫折に対する慟哭が漏れた。
“歩く”という誰だって出来ている事が上手くできない、その現実が彼のプライドを削り降ろしていく。
彼は誕生より一度だって負けた事などなかったし、思い通りにならなかった事もなかった。
求めれば何だって簡単に手に入った。
財宝に女に権力だって。
気まぐれに部下同士を殺し合わせ、その様を上座から見下ろし見世物として嘲笑ったこともある。
己こそ女神の子、己こそが至高の王。
このトリトンこそが万物全てを支配する絶対の君臨者なのだと疑ったことはなかった。
だがしかし……今やこの様だ。
───苦しめて下さい。
はっきりと顔が思い浮かぶ。
彼の妻であった女の凍り付いたような顔を。
アレがどうしてあんなことを言ったのか今の彼には全く判らなかった。
───判らないのですか?
お前の気持ちなど判る訳がないだろう。
言葉にもしない心の内側を読めと?
喜んでいただろう?
抱いてやった時、いい声を上げていただろう?
「愛しております」と言ったじゃないか。
つまらない男に娶られるという苦痛から解放してやって、良い生活をさせてやっただろうに、何であんなことをアレは言ったのだ?
エロスは心の底から判らなかった。
彼は自分が愛されていると信じており、その事実を疑った事などない。
───もういいです。
最後に頭の中で響いたのは完全に見切りをつけられた言葉であった。
エロスが気に入らないモノや醜いものを己の国から切り捨てていた時と似通っているが、これはもっと冷たくてどうしようもない。
完全に見限られたのだと彼であっても判ってしまった。
エロスを見つめる多くの眼、眼、眼。
そのどれもがあの女と同じ瞳であった。
瞬間、エロスの足から力が抜ける。
ぷつんと糸が切れたように脱力してしまいエロスは慌てて身体を立て直そうとして腕を近くの家具にぶつけてしまう。
ガシャンという音がしてテーブルが破砕された。
水の浮力があるというのに立ち上がれない。
何せ完全に下半身の感覚がないのだから。
今の彼は腹部から下はただの重りなのだ。
魔法という概念は術者の意思によって効果が左右されるのは大前提だ。
黙々と火を灯すより大声で「ファイアー・ボール!」と叫んで魔法を発動させた方が消費SPは同じでも威力に差が出る。
エロスという魔法を編み上げたのはアロヴィナスであるが、彼は原理的には魔神族と同じく意思を持つ魔法であり、受肉さえしているのだ。
受肉しているお蔭で子を作る事さえ出来たのだが、それが彼と彼の妻にとって良い事かどうかは誰にもまだ判らない。
彼という魔法を管理しているのは彼の心である。
今まで強烈な自己肯定の精神を軸に“エロス”という魔法は発動され続けていた。
自分が負ける事などあり得ない、自分が頂点だという狂信的な感情は魔神族の殺人衝動に近いものがある。
故に彼の言動は時折他者から見ておかしく映るのだ。
まず自己愛が大前提に来るのだから、普通なら行える筈の他者への同情やら慈愛といった感情が薄れがちになってしまう。
しかしこの理由さえない自己への肯定こそがポルクスたちさえ超える程の年月を生きる原動力になってくれていたのも事実。
だというのに何万年間も築き上げてきたその心はたった一人の女の言葉で粉々に砕け散ってしまった。
全てが屈辱であった。
竜王から浴びた暴力とただの女の吐いた言葉を同等の痛撃と感じてしまうのが。
故にエロスという魔法は軋みを上げている。
今まで彼を支えていた土台に亀裂が入ったようなものなのだ。
「ぐっ……おのれぇっ……っ……!!」
身を震わせ眦から涙を零す。
しかしてここは海中である故、涙など直ぐに海水に溶けて消えてしまう。
「へいか……?」
「ないてる?」
物陰から「1」と「2」がそんなエロスの様子を見ていた。
定期的にエロスの子らは父の様子を見に来ているのだ。
何か不満な事がないか、何か不自由がないかと彼らは心から父に喜んでもらうために動いている。
……今の所、一度もその努力が実を結んだことはなかったが。
彼らは互いに顔を見合わせ、自分たちの父が悲しんでいると悟った。
なので出来るだけ気配を消して部屋を後にすることにした。
「どうしようか?」
「何でだろう?」
話し合いながら魚人らしく掌についた水かきを用いてすいすいと進む。
海溝の中にある集落では微かにマナを帯びて発光する岩ぐらいしか灯りはないが、彼らに迷う心配はない。
比喩抜きで数百年、または数千年単位でここに住んでいる子らにとっては海底は庭のようなものだ。
やがてたどり着いたのは深海の中にあるなだらかな砂場。
クジラなどを始めとした魔物の残骸がそこら中に散乱した墓場である。
本来ならばこういった地にはカルキノスの同胞でもあるクラブ種が身を潜めてるのだが、ある事情によってここではそういった心配はない。
「みんなー! あつまってー!!」
「1」が大きく声を上げてから暫くすれば、複数の彼の“きょうだい”達が集まってくる。
誰も彼もが四肢の欠損や不気味な変異などを遂げている者達だ。
エロスの言葉を借りるのであれば「醜い」者達であった。
あわせて10人。
それがこの集落の人数であり、山ほど産まれたエロスの子らの末裔の末路だ。
「どうしたの?」
「へいかに何か?」
「おとうさんは大丈夫?」
彼らは口々に声を揃えて「父」の心配をする。
遥か昔、まだ彼らの「母」が生きていた時代。
いつも口々に「母」たちは言っていた。
いつかお父さんが迎えに来てくれるわ。
お母さんはもう居ないかもしれないけど、その時はよろしくね、と。
だから自分たちがお父さんを助けて見せると彼らは決意していた。
あーでもない、こーでもないと意見を交わし合い、どうすれば父が元気になってくれるか必死に考える。
元気になったら父と一緒に海底の散歩に行くのが彼らの夢である。
「お母さん」たちの所にも連れて行きたいなと誰かが口にすれば皆で頷く。
ただ彼らは父の愛を欲していた。
そして父から「名前」をいつか貰う事を夢にしていた。
ただ親の愛を求める子らを岩陰から誰かが憐憫と共に見つめていた事に気が付けた者は誰もいない。
奪うためにはまずは与える必要があるのだ。
この先は語るまでもない。
この後に復讐で全部奪われます。
とりあえず脇道に逸れすぎなのも良くないのでそれは何時の日か。