ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「早く帰ってくれ」
───ロードス王。
ようやくあのキャラが再登場します。
「まずはここからだ」
真っ黒な空間の中、プランはルファスの囁きを間近で聞いた。
眼を向ければ暗黒の中で深紅の瞳が煌々と輝き標的に狙いを定めている。
闇夜に抱きしめられているといえば詩的な表現になるだろうが、生憎今の彼を包んでいるのはルファスの翼だ。
16歳の誕生日の時に行われた透過図の作成。
それを今一度行いつつ、ルファスは更に極まったマナへの理解とアリストテレスの【観察眼】を併用していた。
自分と彼、二人のソレを重ね合わせてレンズの様に出力を増幅させている。
マナによる概念的な透視。
そして放射線/磁力/電波という科学的な要素を総動員しての透過。
更にはアリストテレスによる最適化された情報処理を組み合わせた結果、ルファスは男の体内を文字通り観察できていた。
鳥類の中でも鷲は紫外線を可視出来ると言われており、彼女のソレはその延長線上にある能力なのかもしれない。
骨や神経、筋肉、臓器の配置はもちろん。
概念的な要素であるマナさえ今の彼女ならば見つめられる。
ユーダリル防衛戦において1000人以上の意思を束ねる事で到達できた領域に今やルファスは一人で潜る事が出来る。
プランという男の魂に宿る66人のアリストテレスさえ観察できた。
今、彼はルファスの掌の上にある。
※ 本当に素晴らしいですね。
※ 見事なものだ。
※ あぁ、何と惜しいのでしょう! 私が生きていた時に会いたかったですねぇぇ……。
己たちを認識されていると気が付いたアリストテレス達は素直に感嘆の声を漏らした。
当代が手塩にかけて育てたというのもあるが、まさか天然でここまでの能力を発揮する個体が産まれてくるなど本当に奇跡と言えるのだ。
しかしルファスは一瞬だけ眉を上げるが、徹底した無視を貫く。
今はこいつらに構っている暇はないのだ。
深紅の瞳はもう一つお目当てのモノを彼の体内において発見する。
他の細胞とは明らかに違う異質なモノ……彼の体内で転移を繰り返すガン細胞である。
「……!!」
腫瘍とも呼ばれるソレが数多く彼の身体の内側にフジツボの様にこびりついており、その気色悪さに少女は思わず身震いする。
思わず鳥肌がたってしまう。翼が微かに軋むような音を上げた。
多くの魔物や亡霊とも違う生々しい生理的な気持ち悪さががん細胞にはあった。
場所は胸部、肺である。
これを放置していたらやがて呼吸が出来なくなる上に水が溜まり始めるかもしれない。
胸を痛めた時の息苦しさを知っているルファスは絶対に彼にそんな思いをしてほしくはない。
「打つぞ……準備して」
「判った」
ルファスが手に持つのは“麻痺針”である。
数年前、魔竜ノーガードを無力化する際にも用いた無力化用の針だ。
しかしこれはあの時のモノよりも倍以上長いが、太さは半分もない。
さすがに毛細血管に通せるほどに細い針は用意できなかったが、今回の用途にはこれが最適なサイズであった。
ルファスが針を構えると同時にプランは前もって用意しておいた【エリクサー・調整済】と書かれたラベルの貼ってある瓶を取り出す。
中では青い液体がキラキラと輝いておりルファスの翼に閉ざされた視界の中でも美しい存在感を発揮している。
翼が微かに開き光が射す。
さすがに真っ暗闇の中で薬を飲ませるつもりはない。
プランはソレを小さじで掬い上げ、口の中に雫を垂らす。
同じ動作を三回繰り返せば、ほんの小さじ三杯程度であってもエリクサーは莫大な活力を体内で発生させた。
細胞が活性化しているのだ。肉体に宿っていた生命力の想起である。
コレをやってしまった以上はもう後戻りはできない。
ルファスの指先がぶれた。
余りに素早い上に精密な動作であった。
速さだけならばベネトナシュも出来るだろうが、おおざっぱな所がある彼女ではここまで正確には動かせないだろう。
全ての大事な血管を避けた上で肋骨の隙間にルファスは針を通していた。
針の先端がぴったりと腫瘍に突き刺さる。
全くと言っていい程に出血はない。
更には麻痺毒が効き始めたのか痛みも殆どなかった。
とりあえず治療の第一段階は達成である。
ルファスが左手を差し出し、プランの義手を握る。
握手する様に指を絡めあわせ、そこに埋め込まれた不死鳥の宝玉を認識。
更に【一致団結】によって一時的にルファスは宝玉の使用権を彼から譲り受けた。
敵とした相対した時はあれほど恐ろしかった不死鳥の炎だ。
此方側になってもその猛威は変わらない。
何か一つ使い方を間違えただけで取り返しのつかない事になりそうな力を彼女は感じた。
だがしかし。
彼女はルファスである。
怯むことはあれど立ち止まりはしない。
“力を貸せ”
命令する。
好きではない理屈だったが不死鳥が自分で語っていた理論をそっくりそのまま返してやる。
勝利したのは私達だ。
ならば負けたお前は私達に従うべきだと。
蛇の様に炎がルファスの左腕に絡みつく。
それは首元を伝って右肩、右腕へと移動していく。
指先に到達し……針を通してプランの内側に微かに炎が撃ち込まれた。
シュゥゥと真っ白な煙と共に肉が焼ける。
フェニックスの炎はプランとルファスの【観察眼】によって補足されていたガンの腫瘍だけを綺麗に焼き潰したのだ。
周りの細胞には焦げ一つない完璧なる力加減である。
更にはもう一つのターゲットであった胸水も併せて除去。
それだけやっても勿論彼には何の悪影響はない。
元より不死鳥の炎には破壊と同時に回復効果も混ざっている。
ルファスの意思に完全に掌握されたソレがプランを傷つける訳がないのだ。
念入りに【観察眼】などで焼き残しなどがないかを確認し、とりあえず問題はなしと判断。
ふぅ、とルファスは小さく息を漏らした。
ただ力任せに殴る訳にもいかない作業は彼女ほどの力の持ち主であっても精神が削られる。
(【エクスゲート】を覚えておいて本当に良かった……)
天力と魔力に対する理解と精密動作の技術は間違いなく今の作業において役立っている。
まさか彼でもここまで見越していたとは考えづらいが、きっとあの時に手に入れた忍耐や集中力はこれからも重宝することだろう。
これで第二段階は終了。
残りは後始末である。
殆ど治療は終わったようなものであるが、だからこそ詰めの作業が大事なのだ。
微量とはいえエリクサーを摂取したことによりプランの体内では膨大な“力”が溢れている。
今度はコレを有効利用するのだ。
二人が出会った時、プランは天力の流れを操作し何処を集中的に治療するか選んで彼女を治した。
あの時は己の【ヒール】を利用したが、此度は少し違う。
ルファスは更にもう一段階【観察眼】の倍率を上げた上で天力を重点的に見るように調整を行う。
ただ願うだけで面倒な手順は全て省略されて彼女の肉体は最適化した。
たった一度瞬きするだけで彼女の瞳はミズガルズの何者よりも優れた天力への観察能力を得たのだ。
腹部からエリクサーの効能が広がり始めているのをルファスは診た。
このまま行くとこの復元しようとする力は肺の麻痺針を突き刺している個所を治そうとするだろう。
しかし治したいのはそっちではない。
掌を彼の胸に当てる。
ルファスは瞬き一つしなかった。
今、自分は【エクスゲート】に匹敵する難問に挑んでると思うと彼女であっても緊張してしまう。
そしてこの挑戦は試金石でもある。
ルファスという存在がただ暴れる事しか能のない魔物ではないと証明するための試練だ。
レベル900という数字を見れば誰もが圧倒的な戦闘能力を思い浮かべるだろう。
だが彼女の目指す地平はそっちにはない。
彼女は命を助けるための力が欲しいのだ。
プランやピオスがそうしたように、自分も誰かを──彼を助けると少女は自分に言い聞かせながらスキルを発動する。
【サイコスルー】
念力による力の方向性の操作。
物体を静止させたり一定方向に加速させることを可能にするのがこのスキルの本質である。
更にもう一つ【エスパー】のスキルをルファスは用いる。
彼女の強靭な精神力とこの【エスパー】のクラスは非常に相性がよく、高レベルというのもあるが並の術者の数倍にも及ぶ出力が叩きだせた。
仮に彼女と同じレベルと同じステータスの者が同じスキルを使ったとしても威力は雲泥の差になるだろう。
【サイコ・コンプレッション】
物体に全方位から圧をかけて圧縮するスキルだ。
本来ならば対象の敵を不可視の手で握りつぶしたりする攻撃用のスキルである。
今のルファスが用いれば炭素がダイヤになる程の圧を出せるだろう。
どちらも本来ならば攻撃用のスキルである。
天翼族という本来であれば魔法を使えない種族がそれを補うために取るクラスだ。
平然と魔法を使えるルファスが異常であり、埒外なのである。
この二つ……というよりは【エスパー】のサイコ系列のスキルは不可視の力場を発生させるスキルだ。
【サイコスルー】は物体のベクトル操作であり【サイコ・コンプレッション】は平たく言えば握りつぶす能力だ。
【サイコキネシス】も遠くに己の意思を飛ばし世界に影響を与えるのが本質だ。
そしてこの“力場”というのは難しい理屈を全てすっ飛ばして語れば“意思”の延長線上にある。
認識さえすればあらゆる概念に干渉可能という破格の能力なのだ。
そんな素晴らしい力をたかが岩投げに用いるなど余りに勿体なく、宝の持ち腐れとしか言いようがないだろう。
そしてルファスは既に知っている。
彼からスキルという概念の奥深さを教えてもらっている。
何より自分を信じる事が大切だという世界の真理も理解している。
前提条件は全て解決されており、十分な能力の持ち主がいる。
であるのならば結果は一つである。
ルファスの掌が微かに熱を帯びた。
熱いわけではなく暖かいと形容できる熱を。
少女は男の中に己の意思を送り込み、麻痺針へと向かうエリクサーの“力”をつかみ取った。
そっちじゃない。
こっちだ、と。
毛細血管まで完全に見透かす瞳を用いて男の体内を巡る力を動かす。
それをフェニックスの炎で焼いた腫瘍の跡地まで持っていくと、今度は【サイコ・コンプレッション】を使って“力”だけを凝縮する。
秒にも満たない時間の後、役目を終えた力が霧散すればそこには傷跡も何もない健全な肺があった。
成功である。
同時に全く新しい治療法の確立でもあった。
最低限のポーションを用いて最大級の効果を生み出す天力集中治療法である。
今までプランだけが扱えたソレをルファスは完全にモノにし、これからも精進を重ねていくだろう。
こうしてルファスはまた一つ大きな武器を得た。
天力や魔力に十分熟知した彼女だけが扱える効率的な治療法という武器を。
判りやすい外傷だけではなく人体の内部にさえ干渉できる天法使いというのはとてつもないアドバンテージとなるだろう。
“終わった?”とプランに目線で問い、彼が頷けばルファスは完全に脱力した。
大切な人の体内、それも生きるのに必須な臓器である肺に干渉するのだ。
如何に彼女と言えど途方もない重荷であった。
「はぁぁぁぁ…………」
翼を開き、ふらふらした動作で歩いた後にルファスは手近な椅子にストンと墜落した。
何度か腕を回して眼を揉む。
数千キロ走っても息一つ上がらない程の体力の持ち主が心から疲労を感じていた。
「お疲れ様。そして……ありがとう」
プランが微笑んで言うとルファスは疲労は残っているが、それに勝るほどの喜びを顔に浮かべて笑った。
「まだその言葉はとっておいて。治し終えたら……改めて」
ルファスにとってはまだスタート地点に戻っている真っ最中なのだ。
それなのに感謝されても困るというものだ。
「……【エクスゲート】を習った時の技術がここで役立つなんて」
「身に着けた技術や知識は思わぬ所で役立つものさ。
ルファスが真面目に取り組んでたからここまで来れたんだ」
「師の教え方が良いという要素を忘れてるな?」
悪戯っぽくルファスが言うとプランは困ったような顔をした。
彼からすれば普通に、ただ真摯に教えただけであってそこまで称賛される理由が判らないのだ。
そんな彼を見てルファスはやれやれと思った。
彼は私を凄い凄いとよく褒めてくれるが、そんな凄い私を育てたのは貴方なんだがな、と。
「いつかコレも判らせるべきだな……」
しみじみとルファスは呟く。
謙遜は美点になるときもあるが彼のそれは行き過ぎている節がある。
ここまでくるともはや病気であり、自己嫌悪の域に片足を入れていた。
産まれが産まれだけに仕方ない面もあるかもしれないが、そんな呪は終わらせてやるべきだ。
今はまだ見当さえつかないが何時の日かアリストテレスという妄執は眠るべきだとルファスは思っていた。
「…………」
スー、ハーと何回かプランが深呼吸を始める。
肺で増殖していたガンが消え去り、更には溜まっていた水なども除去された彼は久しぶりに満足の行く呼吸を行う事が出来ていた。
彼をして「空気とはこんなに美味だったか」と思う程の劇的な変化である。
そんな彼の様子をルファスはじっと見つめている。
じっと彼の胸部を見つめ、もうそこに命を脅かす悪性腫瘍がないことを確認。
着実に彼女は彼を助けるという目標に向かって進み続けている。
「呼吸できない辛さは私も良く知っているんだ。本当に成功して良かった」
とりあえずの大成功にルファスはもう一段階気を抜いたのか一番楽な姿勢を取る事にした。
椅子から立ち上がると彼女の黒翼が羽ばたきはせず浮力だけを発生させた。
一回り巨大化した翼は折りたたまれ、傍から見ればまるで三日月の様な形状に変わる。
己が作り出した黒い三日月の上にルファスは身を預けた。
羽毛は素晴らしいもこもこでアリエスともいい勝負が出来るルファスの密かな自慢であった。
空中で闇黒の月に座る少女の絵はとてつもなく美麗で神秘的だがプランは苦笑するだけだ。
昔の彼女なら考えられない翼の使い方だ。
何なら雑さが以前にも増している。
己の不幸の象徴ともいえた黒翼を憎んでいたのが嘘の様な翼使いの荒さを思うと笑うしかない。
「……私の翼だぞ。いいじゃないか」
“繋がり”から彼の心境の一端を流し込まれてルファスはそっぽを向く。
ざわざわと尻に敷いた翼が抗議する様に震えたが無視した。
もしもこれらが権利向上を要求とかしてきたらとてつもない面倒になるかもしれない。
「もう一度確認するけど」
ルファスが話題を切り替えた。
既に判っている事であるが、もう一度しっかり確認するために彼女は彼に問う。
エリクサーが完成した時の己は舞い上がりすぎてしまい、冷静な判断能力と記憶力はなかったから。
「エリクサーを飲んで解決、っていうわけにはいかないんだよね」
それはわざわざガンを一つずつ見つけて駆除している理由。
失った手足を生やせるほどの秘薬を作ったのだからさっさと飲んでしまえばいいじゃないかという疑問に対する回答だ。
当初はルファスも薬が完成した時点でゴールにたどり着いたと思ったものだ。
しかしそれに待ったをかけたのはロードス王と、他ならぬプラン自身であった。
確かに傷は治せるだろう。呪だって打ち払えるかもしれない。
だが今度は逆にその強すぎる治癒力が仇になるかもしれないと両者は口を揃えて言った。
【エリクサー】の宿す“力”による復元は前代未聞の領域にある。
失った手足どころか理屈の上では臓器の喪失さえも覆せるだろう。
それどころかもう一工夫を加えれば死後間もない状態であれば死者さえ蘇らせる可能性があった。
であれば、直ぐにソレを飲んで体内の溶解した臓器と呪詛を吹き飛ばしてしまえばいいと考えるのは当然だろう。
だがここで問題になるのは【エリクサー】の原理はそれを呷った者の生命力をとてつもない領域で倍化させているということだ。
摩訶不思議な力で0から欠損を治しているわけではなく、もともと肉体に備わっている生命力/再生力を軸に治している事を忘れてはいけない。
プランの肉体は溶けた臓器と呪詛と癌に蝕まれている。
ここで最も問題になるのは癌細胞である。
元より細胞に付与されていたリミッターが外され無秩序に増殖と転写を繰り返す悪性細胞に対して、そんな凄まじい効能の“力”を浴びせたらどうなるか?
あくまでも最悪という前置きがつく仮説だが、一瞬にして【エリクサー】の効能を取り込み癌細胞が爆発的に増殖するかもしれない。
そうなった場合、プランは即死するだろう。
勿論人間の肉体には日常的に産まれてくるソレを駆除する機構があり、そちらも出力を上げて打ち勝てるかもしれないが……。
即死か全快か。
この二択を突き付けられたルファスは迷うことなく保留を選んだ。
もしも自分で作った薬で彼を殺してしまったら彼女は二度と立ち直れないかもしれない。
余りに強すぎる【エリクサー】の効果は逆にそういった問題を引き起こしてしまったのだ。
普通の病気であるのならば肉体の免疫が強化されて終わりになったかもしれないが、元が身体の一部でもあり癌の場合はどう転ぶか読めない節があった。
癌に比べればマシではあるが臓器の方も恐ろしい可能性がある。
果たして複雑に溶け合った内臓がしっかり薬品の効能で元の様に戻るかどうかである。
無秩序に再生した内臓が腹を突き破る可能性さえあるのだ。
故に彼女は遠回りをしている。
【エリクサー】の濃度を調節した品を作り、それと不死鳥の炎を用いてプチプチとプランの中の癌を駆除してまわっている。
とりあえず目についたモノを全て潰し終えた後は、少しずつ薬を摂取しながら今度は臓器を【錬成】と不死鳥の炎で整えていくつもりであった。
気が遠くなる作業量であったがルファスに苦はない。
昔であったら思い通りにいかない現実を前に苛立っていたかもしれないが、今はもう違う。
医学の本を読むたびに命や身体というものが如何に複雑か教えられた彼女にとってはこれは当たり前であった。
命とは女神さえ理解しきれていない無限の神秘なのだ。
それを弄ろうというのだ、この程度で済んでむしろ良かったとさえ思っていた。
「水を差してしまって済まない」
プランは小さく頭を下げる。
【エリクサー】が完成した時の彼女の喜びようを知っている彼からすると自分の不甲斐なさに付き合わせてしまっている事に面目ない想いを抱いてしまう。
元より今の状況は彼からすると恥に近いものがあった。
自分の命を他者の力を借りてまで繋げようとするのはやはり……彼の今まで築いてきた価値観からすれば“違う”のだ。
産まれる前から“きょうだい”達の命を用いているというのに、これ以上誰かに手間を取らせる事に対して嫌悪が湧いてしまう。
あの時ルファスの訴えに頷いておいて今更であるが、30年以上続けてきた生き方をいきなり変える事はやはり難しい。
彼の言葉にルファスは薄く笑った。
「私が初めてゴーレムを作った時のこと、覚えてる?」
「個性的な作品だったね」
「アレには悪いことをした……」
ルファスは瞳から光を消し去り遠くを見つめる。
自分の初めての作品にじっと糾弾する様に見つめられた事はきっと忘れられない。
あの時はレベル500であったが、それでも基礎なんて全くなかった。
そんな状態でいきなり人型のゴーレムを作って大失敗したのも今やいい思い出だ。
「じゃなくてだ! ……その時に貴方が教えてくれたんだぞ?」
“覚えてる?”と言外に問われればプランは瞬時に想起できた。
人に物を教えるという事には責任が伴う故に、彼はルファスに自分が何と講義したか全て覚えている。
もしも後々その内容に間違いなどがあった場合は速やかに訂正するためにだ。
「どれだけ大きなことを成そうとしたとしても、いきなり結果だけを求めるのはやめておくんだ……だったね」
確かこうだったはずだ。
復唱している間に察したプランの顔が自嘲によって歪む。
そういう事かと彼はルファスの言いたいことを把握した。
「月並みな事だけど、基本を大事に、してほしい、だ」
三日月から降りたルファスはゆっくりと、そして確実に男との距離を詰めつつ言葉を区切りながら述べていく。
彼の数歩手前で止まり、腰に手を当てて自信家の様に笑う。
「こういう言い方もあるぞ?」
声を少しだけしゃがれさせたルファスがわざとらしい口調で朗々と語り始める。
アリストテレス好みの言い回しで。
「“貴方の身体を治すにあたって得られた知見は本当に素晴らしい”」
「“人の身体をここまで丁寧に解析し、治療する機会など滅多にありません!”」
「師よ、ありがとう!」
盛大に広がった翼が拍手するように震えればプランはもう何も言えなかった。
考えようによっては自分の身を使ってルファスに経験を積ませているのも事実なのだ。
と、なるとこれは彼女の将来においても無駄にはならない行為であり……。
男は負けたと言わんばかりに肩を落とした。
どうにも最近はこういう事が多い気がする。
ルファスが成長してくれているのは嬉しいが……何か、こう、尻に敷かれ始めているというか……。
「それでも気になるなら……“お代”を貰おうか」
んっと掌を差し出す。
呆ける男に向けて少女は何かを求める。
不思議な事にプランは一瞬で答えをはじき出した。
何故かは判らないが彼はルファスが何を求めているか一瞬で判ったのだ。
勿論エルなどではない。
【一致団結】を使っているわけでもないのに何故かだ。
そっと焼き菓子の包みを少女の掌に乗せるとルファスは「判ってるじゃないか」と言った後に笑うのだった。
夜。
皆が寝静まった時間帯にプランは唐突に目を覚ます。
直ぐ近くに勝手知ったる気配が出現した事に気が付いたのだ。
誰が来たかは判っている。理由も大体察しはつく。
彼女の立場を考えるに光の森を訪れる事は十分にありえるのだから。
何せかの国においては薬は幾らあっても足りないのが現状であるのだ。
ここまで接近された事に気付かない理由も判っている。
彼女はああ見えて高レベルの【アサシン】でもあるのだから。
ただ素早さを上げる為だけに取ったクラスだったはずだが、どうやらあれからそちらの方面の修練も積んだらしい。
【バルドル】を着込み、音を立てない様に窓を開けて外を見渡す。
真っ暗というほどではないが、誰一人いない『ヴェルンド』の大通りに誰かが立っておりプランを見上げていた。
腕を組み、何処か透徹した瞳でじっとプランを見据えるその様にはかつての無秩序に暴走していた頃の名残は一切ない。
ただ一人だけを彼女は見ている。
憤怒も敵意も何もかもをとりあえず脇に置いて分析するために。
「……………」
一言も発さない。
寒気がするほどに彼女は落ち着いていた。
『吸血姫』ベネトナシュ。
アリストテレスの傑作にして人類共同体の旗印でもある最強の少女がそこにはいた。
ミズガルズ最強女子たちの修羅場を早く書きたいですね。