ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ベネトナシュ判らせ第二弾となります。
お納めください。


ベネトナシュの“だいばくはつ”!

 

人類七種において吸血鬼は最も生殖能力が低い種族だ。

ただでさえ永遠ともいえる寿命を持つ彼らは次の世代に託すという意思が薄弱なのだ。

そこに加えて自分たちこそが最高の種だという自負も重なり吸血鬼は世代交代という概念に疎い。

 

 

 

老いず死ぬこともないのに子供をつくる必要がある? そういう考えを彼らが抱くのは当たり前といえよう。

しかし逆を言えば己の血を分けた一族には誰よりも誠実なのが彼らである。

吸血鬼という種にとって“血”という概念は天翼族の白翼信仰に近いモノがあるほどに重い。

 

 

 

天翼族といい勝負をするほどにプライドが高く傲慢な一族ではあるが、この点が天翼族とは明確に違う。

彼らは同胞を決して見捨てないし差別もしない。

俗な言葉で言えば彼らは仲間想いだ。

 

 

 

しかしそれでは種族として絶対数が目減りするのも事実だ。

如何に半不老不死といえど死なない訳ではない。

再生能力を上回る程の攻撃を受けるか、もしくは精神が摩耗しきり生きる意思を失った個体は吸血鬼であっても死んでしまう。

 

 

 

 

 

表沙汰にこそなっていないがミョルニルの人口はここ300年で着実に減り続けていた。

ベネトナシュという絶対の庇護者に守られた彼らは己で戦う事を忘れ、進歩もせず怠惰に沈んでいたのだ。

国家間の戦争よりも更に根底的な、種としての生存競争を忘れた吸血鬼たちは着実に衰退していたのが事実である。

 

 

 

 

本人は意図していなかっただろうが竜王がミョルニルを奇襲したタイミングは正に最高だった。

温室育ちの牙が抜けた吸血鬼たちは天から響くラードゥンの声を聴いてもなお傲慢を捨てきれず、ベネトナシュが何とかすると思って右往左往していたのだから。

最も圧倒的なレベル差という現実がある以上は蹂躙されるのは遅いか早いかの違いだけだろうが。

 

 

 

 

 

話を戻そう。

そういった理由から生殖能力が低い吸血鬼たちであるが、一つだけ手っ取り早く種を増やす方法がある。

一定以上のレベルを持つ吸血鬼が対象の血を吸いながら、逆に己の血を相手に送り込むというやり方だ。

 

 

 

つまり血を交換するのだ。

そうすることによって相手が人類七種の内のどれであろうと吸血鬼に作り替える事が可能である。

かつて真祖と呼ばれたブラッド王はこの手法を用いて圧倒的な速さで勢力を整えたとされる。

 

 

 

 

 

原理としては竜王が己の血を部下に分け与えて強化したのと同種である。

高濃度のマナが宿った血を用いて対象の体内を作り替えて魔物化させるのだ。

生殖能力の劣る吸血鬼たちが持つ種としての保険、それがこの同族作成能力だ。

 

 

 

 

 

 

しかしこの方法はあくまでも“出来る”というだけで実際に使われた事は吸血鬼たちの歴史を紐解いても皆無である。

自分たちの血に誰よりも誇りを持つ彼らが他種族にソレを分け与え、同胞として招きいれるなど生き恥にも等しいからだ。

一万年にも及ぶ歴史の中で初めての出来事が起ころうとしている。

 

 

 

「訳知りの貴様らの事だ。知らんとは言わせんぞ」

 

 

 

ベネトナシュは犬歯をプランに見せつける様に口を開く。

肉眼では見えないが歯の切っ先には汗腺の様な孔が存在し、そこから血が噴き出る機能があることをアリストテレスは知っている。

ブラッド王さえ超えるベネトナシュだ。もしもアレに噛まれたらその時点で作り替えが始まる事だろう。

 

 

 

つまり吸血鬼にされるということだ。

そうなれば当然、プランは死ぬことは出来なくなる。

人間から吸血鬼に種族が変わったとしても『一致団結』は使えるだろうが、彼にとって大事なのはそこではない。

 

 

 

人として死ねなくなる。

永遠にこのミズガルズに付き合う事になる事だけが彼にとって重大な事であった。

 

 

 

「ベネトナシュ様。落ち着いて下さい」

 

 

 

「確かにミョルニルは未曽有の大災害に襲われました。しかし、復興は着実に進んでいます」

 

 

 

もはや事は自分の手を離れているとプランはベネトナシュに訴える。

実際、彼は全てを整えていた。

自分が手を加えなくとも全自動でミョルニルに資源が集まり復興が進む様に計画は組んである。

 

 

 

 

後は時間経過と共に吸血鬼の国はかつての栄光を取り戻す事だろう。

だから自分の手など必要ないと彼は言葉を並べる。

吸血鬼の末端に加えてもらうなど恐れ多いのだと。

 

 

 

 

「やっと生の感情が見えたぞ……思った通りだ」

 

 

 

ベネトナシュは初めてプランの前で笑った。

粘性/熱を帯びた生々しい感情がこびりつくような瞳で。

プランの襟をつかみ、顔を間近に引き寄せる。

 

 

 

耳元で彼女は囁いた。

 

 

 

 

「貴様は死にたいのだろう?」

 

 

 

「判るさ」

 

 

 

ある時期までベネトナシュとプランは似た者同士であった。

どちらも生きる事が苦痛で、世界は灰色で、何の面白みもなく生きる楽しみなど全く判らなかった。

当初の考えとは違ったが、ベネトナシュは遂に己の同族を見つけたのだ。

 

 

 

 

そしてこれは父を始めとした家族を殺した者への最大の復讐でもある。

殺すのではない、死ねない様にするのだ。

 

 

 

「逃がしはせん。アリストテレス、貴様は私と地獄を生きてもらう」

 

 

 

「喜べ。私がお前の飼い主になってやろう」

 

 

 

男の首元に口が近づく。

犬歯の先端に赤い染みが出来ており、あの血液を体内に打ち込まれたら吸血鬼の仲間入りだ。

 

 

 

プランの姿が掻き消える。

【任意コード実行/座標移動】で彼は10歩分ほどベネトナシュから距離を取って逃げていた。

彼は無言で己の首元を摩っている。

 

 

 

 

「だろうな」

 

 

 

ベネトナシュは判っていたと言わんばかりに頷く。

瞳はギラギラと執着とそれ以外の感情で輝いているがそれとは別に彼女は絶えず【観察眼】を発動させ続けていた。

 

 

 

 

今までの彼女からは考えられない方針───情報収集を優先した戦い方だ。

どう頭を捻っても自分ではこの男の秘密を解き明かせないと判断したベネトナシュは直接やり合いながらプランを観察し続けている。

まるで弱者が格上に一矢報いるための様な動きだが、今の自分はこの男より弱いと素直に彼女は認めている故に何の問題もない。

 

 

 

 

プラン・アリストテレス。 

 

 

 

アルケミスト 「100」 

 

レンジャー  「50」 

 

エスパー   「20」 

 

プリースト  「10」 

 

ストライダー 「20」 

 

アーチャー  「20」 

 

 

Aristotle  「 1 」

 

 

 

 

 

目に映るのはある一点を除けば普通のステータス欄。

【クラス】もそうだがステータスそのものもベネトナシュからすると雑魚だ。

しかしベネトナシュはかつて負けた。

 

 

 

(……切り替わる瞬間を見つけてやる)

 

 

 

レベルとは違う何か。

それを彼女は見つけ出そうとしている。

あの時に観測した意味不明なステータスに変わる瞬間を彼女は待ち望む。

 

 

 

プランはじっと蒼く輝く瞳でベネトナシュを見ていた。

いきなり首元に噛みつかれかけたのは彼にとっても驚きらしく顔には困惑が色濃く出ている。

あのベネトナシュがこんなことをするなど本当に信じられないといった様子だった。

 

 

 

 

「ベネトナシュ様。吸血鬼という種にとって眷属の作成は神聖な儀式であると存じております」

 

 

 

「自分の様な粗忽者に用いて良い儀式では断じてありません」

 

 

 

 

男の言葉にベネトナシュはたまらずクスクス笑った。

余りに……何だ、本当にそれで説得しているつもりか?

彼の言葉は余りに遠回し過ぎた。

 

 

 

「考える時間はたっぷりあったさ」

 

 

 

「貴様が私にしたことにどんな報いを与えてやろうかとずっと考えていた」

 

 

 

文字通り寝ても覚めても、何をしていてもベネトナシュはプランの事を考え続けていた。

あいつにどのような報いを与えてやろうか、次はどうやって戦おうか、そもそも奴はどのような存在なのかと延々と。

 

 

 

 

理由があり、同意もあったが彼女は家族を皆殺しにされたのだ。

報復は正当な感情である。

どうやら自分が思っていた以上に吸血姫は己の親族に情があったらしい。

 

 

 

小さく細い指から恐ろしい音が鳴り響く。

余りに強く握りしめすぎた拳からは血が滴っていた。

 

 

 

「最初は殺すつもりだった。だが……それでは貴様の場合、褒美になってしまう事に気が付いた」

 

 

 

 

ベネトナシュは血に塗れた人差し指でプランを示す。

 

 

 

 

「貴様は死にたがりだ。勝ち逃げするつもりだ」

 

 

 

「私をこのような目に合わせておきながら、自分だけは人間として死ぬつもりだ!」

 

 

 

たった50年ほどで男は死ぬだろう。

ただでさえ強すぎた自分を更に強化して死ねなくした上で「さようなら」をするつもりだ。

まるで用が済んだ女を捨てるように。

 

 

そんなこと断じて許せない。

あらゆる矜持を踏みにじられたベネトナシュは決して泣き寝入りなどしない。

地の果てまで追いかけて必ず報いを与えてやるという決意が彼女を満たしている。

 

 

 

大きく腕を少女は広げた。

ミスリルで編み込まれたマントが彼女の魔力に反応し黒い霧の様な煙の放出を開始。

言葉を交える時間の終わりは着々と近づいている。

 

 

 

 

「私の眼を誤魔化せると思うなよ。貴様が病巣に侵されているのはお見通しだ」

 

 

 

 

吸血鬼の瞳はプランの内側で燻ぶる呪詛とアンタレスを見通している。

そしてソレが自然に発病するものではないことも彼女は理解していた。

 

 

 

「それを見るに“先約”は失敗したようだな」

 

 

 

「…………」

 

 

 

ベネトナシュはプラン・アリストテレスを打倒するために理解しようと心から努力を続けている。

狩人が獲物について学ぶように、吸血姫は生涯で初めて現れた怨敵の一挙手一投足を全て記憶していた。

当然、あの夜に彼が何を言ったかも覚えている。

 

 

 

激情家ではあるがベネトナシュは決して愚かではないのだから。

 

 

 

“自分の命には先約が入っております”

 

 

“順番は守られなくてはなりません”

 

 

 

この男は自分以外にも命を狙われている。

パズルのピースをかき集めれば答えは簡単に出せる。

 

 

明らかに人為的な傷だ。

つまりこの男は殺されかかったが何とかソレを凌いだのだと彼女が思うのは当然の流れだった。

 

 

そいつがどうなったかなどベネトナシュの知った事ではない。

失敗して死んだにせよ、機を再び狙っているにせよ、今日、この場で彼女は事を終えるつもりだ。

 

 

 

私は待ったぞ。次は私の番だ。

ベネトナシュは降ってわいた大義名分を心から堪能し利用することにした。

今までは考えた事もなかったが、こういう己の正統性を主張するのも悪くはないと思う程にプランの命へと執着を向けている。

 

 

 

 

「順番は守られなくてはいけない、だったな?」

 

 

 

 

見せつけるように一歩を踏み出す。

小さな歩幅だというのにそこから発せられる圧は何よりも強い。

数万の竜でさえたじろいでしまう程にベネトナシュの一歩は重い。

 

 

 

口を大きく開ける。

犬歯が輝く。

1万年という途方もない時の中で初めて行使されることになるが、吸血鬼という種の本能がやり方は教えてくれた。

 

 

 

魚が泳ぎ方を知っているように。

鳥が空を飛べるように。

吸血鬼もまた眷属の作り方を理解しているのだ。

 

 

 

「次は私だ」

 

 

 

ぎらつく瞳は砂漠の太陽の如く残忍な光を宿している。

外見こそ可憐な少女のベネトナシュも間違いなく魔物の類だと証明する様な眼だ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

もはや事ここに至り説得は不可能だとプランは判断。

カチっと頭の中でスイッチを押し込むことによって彼はアリストテレスへと成った。

 

 

(来るっ……!!)

 

 

 

ベネトナシュは【観察眼】を全力で発動する。

この男の未知を一つでも解き明かし、討ち果たして屈服させるために。

 

 

 

プラン・アリストテレス
 

 

 

 

 

アルケミスト「100」

 

レンジャー「50」

 

エスパー「20」

 

プリースト「10」

 

ストライダー「20」

 

アーチャー 「20」

 

 

Aristotle  「 1 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐにゃぁりという表現が正しく相応しい。

ベネトナシュの前で女神の法によって定められたステータスがぐちゃぐちゃに溶け堕ち歪んでいく。

 

 

彼はこの瞬間、世界から外れた。

ベネトナシュが先を征く者だとすれば、プランという男は道でもない何処かへと落下するものだ。

 

 

 

 

 

4

0

4

 

n

o

t

 

 

 

「っっ!!」

 

 

 

背筋に冷たい何かが走る。

人は意味の判らないモノを恐れるというが今の状況は正にソレだ。

レベル1500と言う規格外である筈のベネトナシュでさえ霞む異端。

 

 

これこそ1000年を超える人間の妄執が形になった異形だ。

 

 

レベルという概念をアリストテレスは嘲笑っている。

1000だの2000だの、子供の遊びなのかと。

彼らの目的は宙の彼方にいる女神であるのだ。

 

 

 

力だけは本物であるかの愚物を排除するのにいちいち数字遊びをするつもりなどない。

全ては神という概念を陳腐化させるためにある。

 

 

 

 

※ ははははは、可愛らしいモノだ。

 

 

 

※ 私たちは平和主義者なのに、困ったものです。

 

 

 

※ あれ使っちゃう?

 

 

 

 

いいえ、まだ大丈夫ですとプランは頭を横に振った。

ベネトナシュにはもちろん製造段階から安全を保障するための仕込みを施しているが、今はまだ良いと彼は判断した。

一度使ってしまったらベネトナシュの性格上、次は枷を外すか最悪自殺しかねない危険性がある。

 

 

 

プラン・アリストテレスはベネトナシュから目線を外し、空中に無数に存在する数式を見た。

ベネトナシュの速度は間違いなくミズガルズ最速であり、どうやっても捉えられないのだ。

で、あるのならばこっちを見ていた方がずっと良い。

 

 

 

しかしその行為は吸血姫の逆鱗に触れる行為でもあった。

戦いだというのに一瞥さえされないというのは少女のプライドを酷く摩り下ろす。

 

 

 

 

「またそれか!!」

 

 

 

「私はここにいる!!!」

 

 

 

激情と共に吠え力強く踏み出す。

爆発的な加速を得るが、しかしてそれは制御されている。

【グラップラー】がそうするように腰を捻り、勢いを活かして拳を叩きつけるようなパンチを放つ。

 

 

丁度良いお手本(ラードゥン)を見たばかりなのもあり、その動作は洗練されている。

 

 

ベネトナシュの攻撃はたった一撃だ。

以前の彼女ならば何百回かの連撃を叩き込みながらそのまま後方に何百キロも移動し、そのまま旋回して戻っただろうが……。

この男を相手に前と同じ戦法を行っても前と同じ結果になるのは判り切っている。

 

 

 

可憐な少女の一撃がプランに迫る。

十代前半程度の外見であるベネトナシュのソレはともすれば可憐や愛らしいという表現も浮かぶだろうが、実際はもしも当たれば腹部に大穴が開通するだろう。

 

 

 

プランは冷たい瞳で虚空を見つめ続け───あろうことか両指を腰で合わせて「休め」の姿勢を取った。

回避も防御も何もしない完全な無防備。

ベネトナシュの攻撃に対して彼は何処までも無情だった。

 

 

 

プランは自分の状態を良く知っている。

簡潔に言えば自分は病人で、今は治療中だ。

肺の癌は除去されたとはいえ、余り激しく動く事は出来ない。

 

 

 

だから動かず彼は戦う事に決めた。

ベネトナシュも見るにどうやら前に比べれば修練を積んできたようであり、自分もまた違った戦い方をするべきだろう。

ミズガルズにおいて殆ど見向きもされない弱スキルを彼は発動させた。

 

 

それにこういう仕草をすればベネトナシュがどの様な反応をするかも把握している。

既に彼は戦いの支配権を握りつつあった。

 

 

 

【クリエイト・トラップ】

 

 

 

これは【レンジャー】の【トラップサーチ】と【アルケミスト】の【錬成】を覚えている事が前提条件であるスキルだ。

効果は読んで字の如く、罠を製作し仕掛けるといったものである。

この“罠”というのがまた曲者揃いで凶悪なのだが、それをミズガルズの者は殆ど知らない。

 

 

誰もが直接的な大破壊を齎したり、眼に見える形でステータス上昇を可能とする天法しか見ていないのだから。

 

 

 

“回転罠”

 

 

 

光の森には多量のマナが満ちている故に材料には不足しない。

ベネトナシュの拳が通る空間に“回転罠”という踏んでしまったものをグルグルと回転させ三半規管を乱す罠をクリエイト。

その空間に身体を侵入させた瞬間、罠が発動する。

 

 

罠は地面や壁などにしか設置できないというのは思い込みである。

適切な材料さえあれば三次元的な空間に配置できるのだ。

 

 

出来ると思えば出来る、それだけの話である。

 

 

 

「こいつっ!!」

 

 

 

“場”そのものがぐるりと回転。

当然、ベネトナシュは光速に匹敵する速度のままそのベクトルだけを無理やり捻じ曲げられ、明後日の方向へと軌道を修正されてしまう。

吸血姫の顔に驚愕が浮かぶがそれも一瞬。

 

 

 

やはりなという納得だけがあった。

この男ならばやるという歪な信頼だ。

直ぐに彼女は膝を抱えて空中で丸まり、空中で器用に方向転換。

 

 

ほんの一秒にも満たない時間ではあるがベネトナシュは光の森の上空300キロほどに飛ばされてしまっていたが、直ぐに戻る。

赤い瞳は男だけを見つめている。蒼い瞳は彼女を観てはいない。

 

 

足裏から魔力を爆発的に放出させ身体を捻りながらプランに向けて突貫。

大きく掬い取る様に腕を動かす。

ダイヤで出来た岩盤さえ抉る吸血姫の爪は間違ってもレベル200程度の人間に振っていいモノではない。

 

 

 

更にもう一度、ベネトナシュの身体がぐるぐると回転し、その度に彼女の速力は半分になった。

ガクンと己の無敵を支えていた速力が半減した事に少女が息を呑む間にもう一回転し、更に彼女の速さは分割される。

 

 

 

AGI(素早さ)42000→21000→10500。

あっと言う間に吸血姫ベネトナシュのAGIは4分の1へと堕とされた。

 

 

 

“回転罠”

 

 

 

進む方向をランダムに変更し前進の処理を行う。

初心者などがこの罠にかかり落とし穴に向けて進まされるのはミズガルズでも珍しくはない。

 

 

 

“鈍足化”

 

 

 

踏んだ者の素早さのステータスを半分にする罠だ。

大抵は閉鎖空間に設置されているため、移動速度が半分になろうと問題はない事も多いが……。

 

 

 

この二つの罠を重ねた上で同時に発動させることにより、ミズガルズの法則は“回転”するたびに鈍足化の罠を踏んだと判断しベネトナシュの速力に半減の処理を加えたのだ。

もしも仮に彼女がAGIに対するデバフを防ぐアイテムを装備していればこうはならなかっただろうが既に遅い話だ。

強者故の傲慢、状態異常など気にせずごり押しすればいいという考えがここにきて仇となっている。

 

 

ステータス上における4分の1というのは単純に速度が25%にまで下がるという話ではない。

幾つもの桁が消えうせ、今のベネトナシュは雷速程度しか出せなくなってしまった。

これならば問題なくアリストテレスは彼女を補足できる。

 

 

しかし、見る必要はない。

ベネトナシュが何処で何をしようとアリストテレスは彼女を見ない。

 

 

 

蒼い目は一度もベネトナシュを見る事はない。

余りに変わらない強者としての振る舞いにベネトナシュは噛み締めた歯の隙間より唸り声を上げた。

それはプランへの怒りか、はたまた変わらず歯牙にもかけられない弱い己への憤怒か。

 

 

 

とりあえず罠の効果が問題なく通用する事を確認したので、彼女を無力化する計画を頭の中で複数個組み立てていく。

アリストテレスは微動だにしない。

まるで石造の如く直立しただ虚空を見上げている。

 

 

 

 

「……ちっ!」

 

 

 

舌打ちしながらベネトナシュは速力を抑え込まれた不快感も露わにプランの正面に着地し、呼吸を整える。

以前までならば叫び声を上げながら突貫していただろうが今の状態でそんな事をしたらいい的だと彼女は判っていた。

何処までもやりづらい相手だと苛立ちも露わにしつつ、慎重に彼女は動く。

 

 

 

 

彼女は忍耐を覚えていた。

竜王との戦いで今まで蓄積していた経験が花開いた結果、戦いにおいてただ闇雲に突貫すればいいというわけではないと知ったのだ。

 

 

 

確かに勢い任せの戦法は封じられた。

だがしかし自分にはまだ多種多様な魔法があると彼女は気が付いている。

 

 

 

(私には多くの手札がある……!!)

 

 

 

(奴にないモノを活かすんだッ……ペースを握られるんじゃない……!!)

 

 

 

体力も再生能力も魔力といった生物としての要素はあらゆる意味でベネトナシュの方が格上だ。

ひ弱な80年も生きられない惨めな人間種と永遠の命を持つ吸血姫ではそれこそ虫と竜ほどの差があるはずだ。

 

 

 

 

己を鼓舞する。

今まで積んできた勝利を頭の中で想起する。

苦戦らしい苦戦などした事もなかったが、それでも自分は強いのだと何度も何度も確認する。

 

 

 

 

落ち着く。

冷静に考える。

プランという男を倒す為に知識を蓄えたのがここに来て功を制した。

 

 

 

 

(アレは回転罠か。そして私の速力を落としたのは鈍足化の罠)

 

 

 

 

で、あるのならば使ったのは【クリエイト・トラップ】だとベネトナシュは見抜いた。

弱すぎて以前までならば意識さえしたことのない雑魚スキル。

そんな誰も見向きもしなかった故に誰も対抗策など考えもしなかったスキルが今やベネトナシュを蝕んでいる。

 

 

 

アリストテレスが形成できる罠とその組み合わせは星の数ほどあると思い至ったベネトナシュは壮絶な目つきで何もない空間を睨みつける。

彼我の距離は十数歩、この一見すれば何もない空間に何が仕掛けられているか判ったものじゃない。

 

 

 

 

クソっと胸中で吐き捨てる。

こんなことなら、もっとしっかりとダンジョン攻略関係の専門書を読んでおけば良かったと。

だがしかし、彼女は自分が【レンジャー】のクラスを持っている事も自覚している。

 

 

 

ゴーレムになど興味のない彼女はアリストテレスに付与された【アルケミスト】と【アーチャー】のクラスをレンジャーに差し替えたのだ。

 

 

 

 

【トラップサーチLv4】

 

 

 

産まれて初めてベネトナシュは戦闘用以外のスキルを発動させる。

レベル1500の圧倒的極まりないステータスを用いて何処に罠があるかを確認。

99%を超える確率で罠を見破るコレを用いればこのような子供だましなど恐れるに足らずだった。

 

 

 

 

結果は───罠は無し。

ベネトナシュとプランの間には何も仕掛けられていない。

吸血鬼は安堵したように息を深く吐く。

 

 

 

視界の先ではプランは相変わらず「休め」の体勢で佇んでいるだけだ。

本当に何も攻撃をするつもりはないらしい。

憎たらしいが自分が挑戦者である以上は文句などつけられない。

 

 

 

 

ハッタリだと判断したベネトナシュは拳を握りしめ腰を落とす。

渦巻く魔力が拳に収束を開始。

光速を超える程の【シャインブロウ】を放つ為に一歩だけ踏み込み───。

 

 

 

 

“カチ”

 

 

 

 

ベネトナシュは足元からそんな音を聞いた。

「え」と思う間もなく彼女は足を取られ、思い切り前方に転んだ。

幼児が駆けっこをしている時に見せるような受け身も取れない全力の転倒である。

 

 

 

“転倒の罠”

 

 

 

これに引っかかった被害者は己が出せる全力の速度で思い切り前に転び、頭部を強打するというモノだ。

「それだけか?」と思うかもしれないが、ド派手な爆発や毒ガスを撒き散らす罠よりも数多くの探検者の命を奪っているのがコレなのだ。

ダンジョン内で頭部が潰れて這いつくばった死体を見たらこの罠のせいだと思えと言われるくらいには。

 

 

 

そして今のベネトナシュの全力の速度はデバフが掛かっている故に雷と同じ程度の速度でしかない。

つまり秒速200キロの速さで彼女は頭部を地面にたたきつける事になった。

 

 

 

ズゥンという重低音が森を揺らした。

大地が少女を中心に陥没し深さ20メートルほどのクレーターを形成。

カルキノスに匹敵する頑強性を持つ故に頭部が潰れこそしなかったが、その代わりに深々と大地に頭をめり込ませるという屈辱を少女は味わう。

 

 

 

しかし今日の彼女は運が悪かった。

発動を控え後は発射するだけであった【シャインブロウ】が暴発したのだ。

彼女は全力でプランに打ち込む予定だったそれを己の腹部に向けて放ってしまった。

 

 

 

参考までに言うと今の彼女の攻撃力は26000。

散々に強固だと強調されるカルキノスの防御力が10500と言えばこれがどれほどの数値か想像できるだろうか。

龍さえ殺しえる火力の持ち主が、本気で撃とうとした強スキルを自分に使えばどうなるか、その答えがプランの眼前で披露される。

 

 

 

 

まるでコントの様な動作でベネトナシュは己のスキルで空へと打ち上げられる。

月と重なる程に吹き飛びながら少女は呻きと悲鳴がごちゃ混ぜになったおぞましい絶叫を上げながら宙へと昇っていく。

 

 

 

 

「あああ゛あああ゛あアア゛ァ゛ァ゛───!!」

 

 

 

26000を超える攻撃力の上に世界の法則を超えているせいで9万9999という限界さえ突破したダメージを彼女は自分の身で味わう事になった。

内蔵と骨で作られたカクテルを口から吹き出しながら宙へと昇り、プランはここでも容赦というものを見せない。

 

 

 

どうしてレベル1500の化け物を相手にするのにいちいち“戦い”などしなくてはならないのか?

あっちは一撃でこちらを殺せるのだから、出来るのならば何もさせない様にしてしまうのが一番だ。

 

 

 

ベネトナシュの失敗。

それはこの絶対に負けたくない戦いにおいて【トラップサーチLv4】という中途半端なスキルを使った事だ。

確かにこれならば彼女のレベルとステータスを考えるに99%を超える精度で罠を見抜けるだろう。

 

 

 

まず罠を見破れないという事はないが、その“まず”はどうやら今の様である。

来てほしくない時に外れを引いてしまうのが人生というものだ。

 

 

 

99%は信じられないとアリストテレス達は全会一致で判断している。

0か100以外は基本的に彼らは信じていない。

 

 

 

【レンジャー】のレベルを200以上取った場合に発動可能な【トラップマスター】を彼女は使うべきだったのだ。

確かにアレは消費SPが非常に高いが、絶対に全ての罠を見破れるという素晴らしい能力があるというのに。

あれだけ教えてやったのにどうやらまだ判っていないんだなとアリストテレス達はため息を吐いている。

 

 

 

 

そもそも弱いスキルなど存在しないのだ。

全ては使い方次第で、どんなスキルであれ有効利用法を見つけて見せようと彼らは宙へと旅立とうとしている滑稽な少女をせせら笑った。

 

 

 

“カチ”

 

 

 

座標に設置された罠が発動する。

“起爆罠”と言う誰もが知っている対人地雷である。

本来ならばベネトナシュに痛打など与えられないちっぽけな爆弾であるが、地面でも壁でもない空間にセットされると話が変わってくる。

 

 

 

 

起爆の瞬間とベネトナシュの身体が“座標”を通過する瞬間が重なる様に調整すれば面白い結果が見られる。

そもそもこの罠が起こす爆発の原理は周囲のマナを爆薬に変換してさく裂させるのがからくりである。

起爆罠は設定通りに周囲のマナを爆弾に変換させた───ベネトナシュの肉体の一部を。

 

 

 

 

爆発に巻き込むのではない。

そもそも対象を爆弾に置換するのがプランの狙いであった。

かつてのアリストテレス卿もよく用いた人間爆弾。

原理は違うがその効果のほどをベネトナシュは身を以て味わう事になる。

 

 

 

「やめっ」

 

 

 

ベネトナシュは己の肉体が作り替えられていく感覚に思わず呟いていた。

覚悟はしてきた筈だった。

プランという男には血も涙もないことも知っていた筈だった。

 

 

 

周囲を爆弾で囲まれても無傷で切り抜ける自信が彼女にはある。

しかし身体を爆発物に変換されることは想定外だった。

自分の腹部から光が漏れる光景は少女の生涯に永遠に残る疵となるかもしれない。

 

 

 

 

光の森の何処からでも見れる美しい花火が空でさく裂する。

数秒間木々が揺れ、吹き付ける衝撃は窓ガラスをがたがたと嵐の夜の様に揺らした。

寝静まっていたエルフたちが叩き起こされ、口々に何かを呟いたり叫びながら窓へと駆け寄り、そこに映った途方もなく巨大な花火に息を呑む。

 

 

 

 

更に10秒ほど待ってから何もないことを確認。

追加の打ち上げもないらしいと悟った彼らは誰もが頭を捻りながらベッドに戻るのだった。

 

 

 

遂に始まった事を悟ったロードスだけが渋い顔をしている。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、ぁぁぁカ、ハァァァ……!!」

 

 

 

 

黒焦げになり、丹田から下をそっくり失った彼女は無様に地べたを這いずりながらプランへと向けて腕を伸ばしていた。

勿論男は手を差し伸べなどしない。

彼女が「参った」とでも言えば薄っぺらい慰めの言葉と共にしてくれるだろうが、そんなことはベネトナシュのプライドが許さない。

 

 

 

 

稲光の様な発光を伴いながらベネトナシュの肉体が再生していく。

丸焦げだった皮膚が瑞々しさを取り戻し、美しい銀の長髪が戻る。

ルビーの如き瞳も再生を完了し……その視線はただ一人の男を観ている。

 

 

 

(くそっ……クソッ……くそぉぉ……)

 

 

 

届かない。

何一つ。

家族を殺した仇に傷一つ付けられない。

 

 

 

触れる事さえ出来ないのに血を吸うなど夢のまた夢の話だ。

 

 

そして相も変わらずプランはベネトナシュを観ない。

まるでそんな価値などないと断ずるかの様に。

あの仮面の下にある瞳をベネトナシュは知っている。

 

 

自分もまた討ち果たした敵に対してそんな視線を向けていたのだから。

ただ自分の順番が来ただけの話であった。

 

 

 

余りに無惨な光景だった。

侮っていたつもりはなかったが、それでもあらゆる意味でアリストテレスは想定の外にいる。

 

 

 

 

「負けるか……!」

 

 

 

無心で呟く。

ただ一心に勝ちたいと願う。

決して運命の相手等と認められないが、この男を手に入れれば今までとは違った人生が手に入るかもしれないと彼女は期待していた。

 

 

 

 

“つなぎ”だ。

やりたくもない仕事を押し付けてきたのだから責任を取れと彼女は心から願い───。

 

 

 

 

 

『ベネトナシュ』

 

 

 

声がした。

もう居ない筈の父の声が。

 

 

 

「な、ぜ……?」

 

 

困惑であった。

如何にベネトナシュと言えど死んだ筈の父がいきなり目の前に現れればこうもなる。

 

 

 

顔を上げる。

泥や血に塗れた無様な様相で視線を上げて行けばそこには己を再構築する為に犠牲となったアウストラリスが佇んでいる。

彼はベネトナシュが今まで見てきたことない程に穏やかな顔であった。

 

 

 

我らの仇を討ってくれ。

立つのだ、そして……どうか奴を。

 

 

 

アウストラリスはそう言ってベネトナシュに手を差し出すのだった。

 

 

 

アリストテレス達はそんな茶番を死んだ星の如く冷たい瞳で見つめていた。

彼の眼前ではベネトナシュが莫大としか表現できない程の天力の力場に囲まれている……。

 

 

 

 

 

プランは先の発言を撤回し一つの準備を始めた。

ベネトナシュに仕込んだ安全装置のトリガーに概念的な指を伸ばして何時でも押し込める様に。

これが発動すれば最悪ベネトナシュという存在の人格はマナとして排出/消滅するがそれさえも彼にとってはコラテラルでしかない。

 

 

 




ベネトナシュとプランの好感度比較


ベネトナシュ→プラン

許さない。
生涯をかけて従順になるまで調教してやる。
勝ち逃げなど絶対に認めない。


プラン→ベネトナシュ。


替えのきかない貴重な道具にして作品の一つ。
ルファスの未来の為にも役目を果たしてもらう。


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