ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
そして漫画版でも現在ベネトナシュが大活躍しておりますので
是非そちらの方もお読みください!
ベネトナシュ。
仇を討ってくれ。
もう会う事は叶わないと思っていた父。
それが唐突に目の前に現れ、ベネトナシュの瞳は不規則に揺れていた。
今がプランとの戦いの最中だというのも忘れる程に彼女は父の顔を凝視している。
彼女の小さな身体が微かに痙攣を始める。
そう、ベネトナシュは震えていた。
余りに大きな感情によって我慢できずに痙攣/ひきつけを起こしているのだ。
その感情とは───怒りだ。
ベネトナシュは激怒していた。
プランにいいようにあしらわれるのはまだ判る、それは自分が弱いのが悪いからだ。
だがしかし、部外者がこのような真似をするのだけは断じて認可できない。
とてつもない侮辱にベネトナシュは顔を憎悪と憤怒に歪めた。
その様子に父が頭を傾げていることさえ不快でたまらない。
「ふざけるなあぁぁぁぁぁッ!!!!」
「父はッ!!! あの男はっッ!!! 自分から望んであのザマになったんだ!!!」
血を吐くような叫びだ。
怒りのままに己の胸に爪を立て、肋骨を押し破り、そのまま心臓を鷲掴みにする。
この身体を流れる血と筋肉に骨、その全てに家族は溶けてしまった。
アリストテレスが無理やり強行したというのならばまだ救いはあっただろう。
それはこの怪物がクズだったというだけの話なのだから。
ベネトナシュも今ほどプランに執着を抱かず淡々と殺しにいけた筈だ。
だが現実はもっとグロテスクだ。
誰もが望んでベネトナシュの為に身を捧げた。
最期の瞬間、父たちは満足気だったのだとベネトナシュは身に染みて理解している。
100年間何の進展もなかった。
此方が父と思わなかったように、あちらも娘とは思っていなかったと彼女は考えていた。
瞼の裏にちらつくのは臣下として跪くあの男の後頭部。
だというのに……なのに!!
ベネト……済まなかった。愛している。
全てが遅くなってから呟かれた謝罪が彼女を焼く。
感情の高ぶりによりマナが活性化。
ベネトナシュの下半身が衣服ごと瞬間的に再生。
立ち上がり、禍々しく歪んだ瞳で彼女は父を騙るナニカを睨みつけた。
「失せろッッ!!! 不愉快だ!!!!」
スキルも何もないただの拳を顔面に叩きつけてやる。
重低音と共に父を名乗る存在が仰け反り……ぐぐぐっと押し返してくる。
理解できませんね。貴女は勝利したいのでしょう?
ガワが剥がれ落ちていく。
アウストラリスの顔/肉体は陶器の様に割れ、内側より純白の光の塊としか形容できない何者かが現れる。
光の正体は細い手足などを見るに女性であった。
まるで着ぐるみを脱ぎ去る様に、孵化するように出現したソレは美しい女性の声をしていた。
女は遥か高みから虫を見下ろす様な口調でベネトナシュの行動に疑問を抱いていた。
この哀れで小さくて弱い存在はどうして自分が手を貸してやろうというのに頷かないのか本当に判っていないようだった。
父親の姿を借りたのも彼女からしたら挑発などではなく本当に心から気を利かせてやっただけだ。
いきなり赤の他人に語り掛けられるよりも非業の死を遂げた父の方が受け入れやすいからと思ったのだ。
それがどれほど彼女の矜持を踏みにじり、心を突き刺すことになるのかこの存在は判らないのだ。
余りに物事の物差しが違う。
途方もなく巨大すぎる故に産まれた時から独りである彼女は心の機微というのが全く判らない。
「この戦いは私のものだ!! あの男は私の獲物だ!! 貴様が何処の誰であろうと横やりは許さんッ!!」
…………。
小さな存在の叫びを彼女はどう受け取ったのかは誰にも判らない。
これが何を言っているかはよく判らないが、つまり強い意思があるということだけは伝わった。
ふむふむと頷く。
突発的に湧いてきたイレギュラーであるこの娘、意外と悪くないかもしれないと。
今はまだどんな役割を与えるか決まっていないが、いずれ面白いように使えるなと偉大な存在は値踏みする。
自分を一目で父ではないと見抜いたのも強い家族の絆があったからこそだ。
家族愛、その単語は彼女も好きである。
だって綺麗だから。
貴女……良いですね。悪くありません。
私が父ではないと一目で見抜いたのも愛のなせる業でしょうか?
“愛”という単語を呟いた瞬間に女は誰が見ても判るほど上機嫌な口調になる。
元より彼女はソレを司る神であるのだから、こういった美しいモノを見せられれば気分が良くなるのも当然だ。
非業の死を遂げた父と歩み寄れなかった娘。
文字通り我が子の為に全てを捧げた父の愛!
自己完結し自分で作り上げたストーリーを滔々と女は語り出す。
その様にベネトナシュは怒りさえ暫し忘れて沈黙した。
こいつは、何なのだ? こいつは何だ?
どうにも噛み合わない不快感だけがある。
この存在との話は会話しているようで会話出来ていない。
他人を見ていないのだ、この女は。
相手の都合など全く考えずただ濁流の様に自分の言いたい事だけを述べ続ける。
他人と関わりながら磨き上げる対話能力が全くと言っていい程に存在していない。
細い指がベネトナシュの腕を掴む。
そっと添えられたソレは本当に慎重に力加減をしているようであった。
まるで羽虫をつまんでいるかの様に。
膨大な天力が吸血姫に流れ込んでいく。
HP/SPが瞬時に全快し【オーラバースト】を何重にも重ね掛けたかの様な強烈なバフが全ステータスにかかる。
レベル限界突破と女神の補正、この二つを揃えた今の彼女はラードゥンと同じ領域に足を踏み入れかけていた。
(これなら、奴にも……)
戦闘者としてのベネトナシュは己の今の状態が最高を通り越した至高だと判断する。
それどころか今までの生涯で最高の状態だ、これならアリストテレスという怪物をねじ伏せられるかもしれない。
ベネトナシュの背後で女が頷いた。
そうです、貴女なら成せると。
女は無邪気に笑う。
まるで童の様に。
心から彼女は己の行為を正しいと信じている。
ふふふふふふ……。
貴女の様な強い意思を持つ方こそ私の力を得るに相応しいのです。
家族を奪われ、復讐さえ叶わない哀れな子……大丈夫、私が貴女をその惨めさから救ってあげます。
冷や水を浴びせかけられるというのはこういう事なのだろう。
女の上から目線で心底自分に酔った様な発言がベネトナシュの頭を覚ました。
「…………」
ベネトナシュは無言だ。
怒りが過ぎた結果、彼女は一周回って冷静になっていた。
コレが何であるかは判らないがきっと会話は通じないと彼女は理解したのだ。
何を言ってもきっと都合よく解釈して独り言を垂れ流しながら不愉快な自慰を行う存在だとベネトナシュは少ない接触でこの存在の本質を見抜いた。
そして怒るという行為は自分の感情を相手が判ってくれるかもしれないという期待を込めて行う行為だ。
込められた感情が憎悪にせよ、悲嘆にせよ、ある程度は共感を求める行為なのだ。
そして話が通じない相手にそんなことをしても無駄であると彼女は悟った。
そうだ、ベネトナシュは諦めたのだ。
こいつには何を言っても無駄だと。
さぁ、私の力を得て父の仇を───。
「うるさい」
無表情でベネトナシュは爪を振う。
対象は女ではなく、女が掴んでいる己の右腕だ。
スパっと野菜でも切り分けるように二の腕から少女の腕は切り離された。
自壊しろという意思を送れば残った女の掴んだ腕はサラサラと灰に戻り消えていく。
女は掴んでいた腕とベネトナシュを交互に見て頭を傾げる。
あれ、今の流れでどうしてこうなった? と彼女は本気で思っているのだ。
え……?
全く訳が判らないと言った様相を見せる不快な存在にベネトナシュは凍り付くような目線を向けた。
送り込まれた天力は体内に残留しているため、瞬く間に新しい右腕が生えてくる。
指を開閉させながらベネトナシュは嫌悪の滲んだ声で告げる。
「必要ないと言った。聞いていなかったようだな?」
自分で思っているよりも低い声が出た事に驚きつつベネトナシュは淡々と告げる。
勝負を邪魔された事への怒りは未だに燻ぶっているが、それもどんどん冷たくなっていく。
「貴様など呼んでいないし、助けて貰おう等とも思わん」
「だというのに……貴様ときたら此方の話も聞かずにベラベラと……」
はぁぁと深くため息を吐く。
女は凍り付いた様に硬直してベネトナシュの言葉を聞いている。
彼女はこのようにダイレクトに敵意と拒絶をぶつけられたのも初めてなのだろう。
自分は世界を愛している。
だから皆も無条件で自分の愛を判ってくれると思っている節がある故にベネトナシュの拒絶は信じられない現象なのだろう。
なまじ人の意思を捻じ曲げる力を持っている事もそれに拍車をかけた。
彼女は純粋培養なのだ。
綺麗なモノや美しいモノしか見えない彼女はそういった人と人の間に発生する生の感情を知らない。
そして基本的にこの存在は自分を肯定するものしか傍におかないし、声も聞かないのだ。
「貴様のソレは会話ではない。ただ一方的にまくし立てているだけだ」
コレは余りに稚拙な精神構造をしているのだと見抜いたベネトナシュの中に既に怒りはない。
ただ呆れがあるだけだった。
だから言ってやった。
どんだけ愚図な頭をしていても絶対に判る様に。
「貴様、友の一人もいないだろう」
「それどころか、会話相手さえいない天涯孤独の身だな?」
……………………………………。
あらゆる武器を用いても傷つけられない筈の存在にベネトナシュの一言は痛打を浴びせる事に成功した。
発生より数億年以上ある筈の強大極まりない存在が言葉を無くしていた。
ベネトナシュの指摘を否定しようとして、眼を逸らしていた現実を直視せざるを得なくなったから。
事実として彼女は独りぼっちだ。
誰かと心を通わせた事もなく、誰かと手を繋いだこともない。
どれだけ交流に飢えても誰も隣に来てくれない。
そして間違えても誰も正してくれない。
それが彼女───アロヴィナスの背負った業である。
ッッッッッ!!!
歯ぎしりの様な音を残して気配が消える。
力だけは残っているがもう干渉してくる気配はない。
彼女を取り囲んでいた膨大な天力による領域が霧散する。
真っ白な世界から戻ってきた彼女はため息を吐く。
気勢が削がれたが……先より頭は冷静であった。
とんでもない道化を見てしまったせいで緊張やら何やらが吹き飛んでしまっている。
深紅の瞳が鋭さを取り戻し眼前の男に向けられる。
深呼吸しながら吸血姫は再戦を告げた。
体力も魔力も十分。
戦いは仕切り直しだ。
「邪魔が入った。さぁ、続けるぞ」
「…………」
プラン・アリストテレスはじっとベネトナシュを観ていた。
初めて彼はこの吸血姫という個体を認識したのだ。
顔には欠片も出さないが彼の内側では全てのアリストテレス卿たちが盛大に喝采を上げている。
彼女が女神に投げかけた「友達もいないだろう?」という問いかけは67人の琴線に触れるモノであった。
するとベネトナシュが不機嫌そうに顔を歪めた。
こいつが自分を見ているのは自分の実力を認めた訳ではない事くらい彼女にも判る。
「何処までも失礼な奴だ」
鼻を鳴らす。
しかし怒鳴りはしない。
良くも悪くも彼女は肩の力を抜き、自然体でプランを見ていた。
何処か透徹した瞳で彼女は男を見上げる。
たった30年ほどしか生きていない短命の男。
だがそんな男に彼女は二度もやられた。
二度の敗北を経て吸血姫は更なる成長を遂げていた。
魔物としての本能を理性で抑え込み、冷静に立ち回る大人の振る舞いを彼女は得つつある。
認めるしかない。
先の戦いもアレは敗北であったと。
そしてこれから始まるのは三戦目。
大前提としてプランはベネトナシュを殺せない。
計画に必須な柱である以上、無力化はしても殺す事だけは絶対に出来ない。
そしてベネトナシュは己の命が尽きるまで決して諦めない性質だ。
つまり、永遠にプランは吸血姫に追跡されることになるのだ。
始まる前に彼女は素直に己の帳に湧いた感情を言葉にしていた。
産まれて初めてベネトナシュは誰かを称賛する。
それは短命の者では決して持ちえないモノを用いようとする己の卑劣さに対する呵責なのかもしれなかった。
「貴様は強い。私よりも」
言葉にしてみればすんなりと彼女は現実を認められた。
100年間無敗だったせいでこびりついていた奇妙な見栄が剥がれていくようだった。
微笑んだ。
あのベネトナシュが。
家族を殺した仇に対して。
「これは今気が付いた事なのだがな。どうやら私は
アリストテレスと相対してベネトナシュは弱者である。
最初はそれを認識するだけで狂いそうな程の屈辱だったが、今はもう違う。
挑むことに楽しさを彼女は見出しつつあった。
プランの【バルドル】のマスクで覆われた顔を窺う事は出来ない。
だがしかし彼は何かが変わった事に気付いていた。
ミョルニルで収集した彼女のデータと今の彼女の間に差異が生じ始めている。
完璧とも言えた対ベネトナシュ戦用のマニュアルに大幅な加筆が求められていた。
今の彼女は以前までの様に感情任せに突貫してくるようには見えないのだ。
※ 誤差修正開始。
※ あーあー、ありゃ面倒だぞ。
※ 素敵ね。若い頃を思い出すもの!
※ 良いネ。実にイイ! 成長とは我々の愛する言葉だよ。
総じて厄介だとアリストテレス達は判断した。
レベル1500という規格外に相応しい精神を育みつつあるベネトナシュは未知数でしかない。
「始めようか」
ふぅと少女は小さく息を吐き……目つきが変わった。
真っ赤な瞳には恐ろしい程の戦意が籠っているが敵意はない。
ただ純粋に目の前の男を倒そうとする挑戦心だけがある。
腰を低くし、両手の爪を見せつけるように構える。
勿論【トラップマスター】を用いて罠への警戒も忘れない。
今の彼女は一人の戦士であった。
プランが初めて「休め」の体勢を崩す。
ベネトナシュをチラと見てからホルスターに指を伸ばす。
出来るだけ動かずに無力化したかったがどうやらそれは出来ないらしい。
「シッッッ!!」
たん、たんと踊る様にベネトナシュはプランに迫った。
拳闘士としての戦い方など意識したこともなかった彼女であるが、お手本を参考に動いたのだ。
“竜王”は性格はともかくとして戦闘者としては破格の技量を持っている故にそれを彼女が模倣するのは当然と言えた。
手刀が迫る。
細い5本の指を束ねたソレはオリハルコンの刀剣にも迫る強度/切れ味を誇る吸血姫の刃だ。
如何に【バルドル】が防具として優れていようとまともに受けた時点で真っ二つ確定の一撃が光速と同等の素早さでプランに向かう。
大気との摩擦で彼女の指は赤熱しプラズマ化さえしていた。
ベネトナシュはプランを殺す気で攻撃していた。
この程度で死ぬわけがないという信頼と、仮にそうだったとしたら亡骸から血を吸って眷属に変えてやるという打算で。
しかしプランは既に対処法を考え終えていた。
後は実行するだけだ。
【サイコスルー】【瞬歩】
プランだけが認識できる“軸”に向けて自分をねじ込み世界を不安定化させる。
時間を巻き戻すためではなく、その更に応用を行う為に。
彼としてもこれは余り使いたくはないが、そうも言ってられない。
処理が終わったと同時にベネトナシュの一撃がプランに届いた。
何の抵抗もなく手刀はプランの胸に突き刺さ……らない。
どれだけ力を込めようと爪先は進まないというあり得ない現象をベネトナシュは見る事になった。
見えない壁があるとか、硬いとか、そういう次元の話ではないのだ。
まるで“そこにはいけない”というルールがあるようだった。
そしてそんな法則をプランは鎧の様に纏っている。
簡単に言えば今の彼は無敵である。
天法やら【ヘリオスフィア】やらといったスキルとは全く違う埒外の法則を彼は使いこなしている。
「!」
ベネトナシュの瞳が驚愕に見開かれる。
今までの戦いの中で経験した事のない手応えを前に少女は顔を狂気で歪める。
3回ほど全身全霊で拳と手刀を叩き込むが結果は同じであった。
星に亀裂を刻む一撃であっても今の彼が着込む鎧の前には無力だ。
【ラグアーマー】と呼ばれる世界の処理による変動を利用した理不尽極まりないズルを彼は行っている。
「…………」
かつての彼女ならば理不尽を前に喚いていただろう。
だが、今のベネトナシュはプランの手品の種を淡々と分析していた。
感情をむき出しにして勝てるのならば幾らだって吠えてやるが、生憎この化け物はその程度で勝てる程甘くはない。
(容易く使える技でないのは確かだ)
前の戦いの時やら先の戦いの時に纏っていれば良かったのに何故使わなかった? という疑問に彼女は自分なりの解釈を点ける。
もしくは自分が弱すぎて使う必要さえなかったのかもしれない。
だとすればそれはいい事だ。
少なくとも新しいカードを引っ張り出させるほどに自分は強くなったということなのだから。
(……連発も無理と見たが、さて)
次から次へと理解の外にある技を見せるプランを考察する。
頭の中に「いつも通り連撃を叩き込む」という思考が浮かぶが冷静に却下する。
プランは己の動きを全て読み切っている。
今までの戦法は全て捨て去り、新しいモノを産み出さない限りは決して越えられない。
ただ暴れ回るだけの子どもでは冷静な大人には勝てない。
だから彼女は一度退いた。
不死身の肉体と無尽蔵のスタミナを活かして攻勢を続けていた時にはありえない行動である。
十数歩分ほど離れてから掌に魔力を集める。
【ルナ・シューター】
「月」属性の上位攻撃魔法を収束して放つ。
乱射などせず槍の様に凝縮してから一撃だけプランに打ち込んだ。
これは必殺技である【銀の矢放つ乙女】の劣化版とも言える魔法であった。
重視したのは貫通力。
山にトンネルを開通できるほどの魔力を練り込まれたソレは普通の人間に対して使うなどありえない程に過剰な威力が宿っている。
仮にプランを穿ったらこの魔法は光の森に地平まで続く新しい谷を刻んでいただろう。
プランの右腕が動く。
ベネトナシュでさえ一瞬見失う程の速さで。
気付いた時には銃口が【ルナ・シューター】に向けられており、行動は終わっていた。
ぐにゃりと【ルナ・シューター】の形が撓んだ。
膨大な魔力に雑多に混ぜ込まれた天力は相互に反応を起こし崩壊を連鎖させる。
不完全なエクスゲートへと変換された魔法が完全に崩れ去る前にプランはもう一つ意味不明な動作を見せた。
懐から取り出したのは空き瓶。
最近はポーション製作などを良く行うために持ち歩いていた小さなソレ。
しかし彼はコレが無限の可能性を秘めている事を知っている。
アリストテレスからすれば常識である。
空き瓶を使えば魔法などどうとでも出来るなど。
彼はその場で空き瓶で素振りをした。
ブンっという空気を切る音は吸血姫との戦闘において発生したとは思えない程に滑稽である。
以前のベネトナシュなら青筋を浮かべるか呆れていただろう。
……ありえない現象を見た吸血姫は顔を強張らせる。
「何故」
“そうなるんだ”と胸中で続く。
何もない場所で空き瓶を素振りした瞬間、ベネトナシュの放った魔法が一瞬で消え去ってしまったのだから。
代わりに瓶の中にあるのは巨大な魔力の塊。
どうやったかは見当もつかないが、プランは【ルナ・シューター】を瓶の中に収めていた。
種を明かしてしまおう。
不完全なエクスゲートになった時点で【ルナ・シューター】はベネトナシュの手から離れている。
それを【ターゲティング】した後に【マネー・ゲッター】を使いながら瓶を振ればミズガルズは魔法をアイテムとして処理してしまった。
誇らしげにプランは魔法を収めた瓶を天に翳していた。
これはかつて勇者も行ったとされる伝統あるモーションなのだ。
デデデーンという効果音が彼の頭の中で鳴り響いている。
そして魔法を一つ無力化した程度でプランが終る訳もない。
これは新たな技への取っ掛かりでしかないのだ。
瓶のトルクをきょぽんっと親指で開ける。
『××××』 ←使用しますか?
ピロン♪
アイテムとしてストレージした魔法を使用。
するとあふれ出る魔力が渦を巻く。
アイテムとして時間凍結処理を受けていたソレは不安定なエクスゲートという本来の姿に戻った事により急激な爆発へと変わろうとしていた。
【瞬歩】【サイコスルー】
プランが【ラグアーマー】を纏った瞬間と大爆発が発生したのは同時であった。
傍から見れば自爆したようにしか見えない意味不明な動作。
しかしベネトナシュはじっとりと背筋に冷や汗を流す。
爆風が収まって姿を見せたアリストテレスはやはり無傷。
そして何故かその身体が絶え間なくブレているのだ。
チリリと頬を何かが掠める。
プランが歩き出す。
ゆっくりと散歩でもするようにベネトナシュに迫り出す。
両手は自然体で全く攻撃する様子など見せない。
ただ近づく事だけを目的にしたような動作は非常に不気味だった。
そして男が身にまとう霞の様なナニカに触れればきっと碌な事にならないだろうという予感がある。
防御さえ考慮していない様子の男に飛びかかれば殺せるかもしれない。
しかし猛烈に嫌な予感を覚えたベネトナシュは全力で退いた。
最初は後ずさりながら、やがては後方に何度も跳ね続ける。
撤退/逃走など産まれて初めてやる事だった。
そんな少女をプランは黙って追いかけ始める。
余り激しい運動はしたくない故に強歩で。
「……………」
「……………」
二人は無言だ。
黙々と奇妙な追いかけっこをする様は滑稽に映るかもしれないがベネトナシュは本気だった。
何が何だか分からないが、今のアリストテレスに近寄るのは危険だと本能が訴えかけてくる。
やがてベネトナシュはアリストテレスに背を向け、全力で走り出した。
空気を蹴り上げ爆音を響かせながら光の森の上空へと退避。
先に受けた鈍足化の罠の効力を解除した彼女の速さは概念的なという前置きがつくが光速であり、部分的には物理法則の限界さえ超えている筈だった。
この世で自分より素早い者など存在しないというのはベネトナシュの密かな自負であり、当然の誇りでもあった。
やろうと思えば一瞬で月まで行ける筈の彼女が後ろを見れば間近に背中があった。
【バルドル】の尻尾が変形し天秤の様な形をしたポンプになっており、放出した水で彼は飛翔しベネトナシュを追いかけていた……後ろ向きで。
微かに身体を「く」の字に曲げて背中から悪質なタックルをかまそうとしてくる男の絵は意味不明かつ不気味でしかない。
ここまで沈黙を保っていた少女が叫んでしまったのを誰が責められる?
「何だそれはっッ!!??」
ベネトナシュは知らない事だが前を向いて走るよりも後ろ向きで飛んだ方が早いのはミズガルズのルールなのだ。
プラスには限界があるがマイナスには何の制約もないというバグである。
彼我の距離があっという間につまり、プランは思わず身構えたベネトナシュの脇を何もせず通り抜けていく。
まるで道端ですれ違った時の様な安楽さで。
“ちょっと通りますよ”とでも声をかけていれば本当にただの散歩時にしか見えないだろう。
(……!)
しかし通り抜け様にベネトナシュは腹部に熱を感じた。
あの男は何もしていない。
瞬き一つせずに注視していたのだからそれは間違いない。
剣を使ってはいない。
銃どころか拳を使ってもいない。
だからこそ全く訳が判らない。
どうして、何で────自分の下半身は切り落とされている?
腹部から下をまたもや彼女は喪失していた。
身体が軽くなる。
比喩表現でも何でもなく文字通り。
両足が落下していくのをベネトナシュは見つめていた。
何故なのかは判らない。
考えても考えてもなにが起きているかなど理解できない。
だから対症療法的にベネトナシュは動く。
アレが渡してきた体内を循環する膨大な天力に意思を送り込む。
すると腹部の切断面から真っ赤な血液が濁流の様に噴き出し、下半身を絡めとる。
そのまま糸を巻き戻す様に半身を引き寄せて接着。
真っ二つにされた位ではベネトナシュは止められない。
さすがに全ての臓器を瞬間的に再生させる際の苦痛には顔を顰めたが、不思議と怒りは湧かない。
理解できないモノを見た混乱はあるが───彼女は楽しみ出していた。
アリストテレスという怪物が次から次へと見せてくる現象に彼女は惹かれていた。
断じてこいつは運命の相手ではないが、それでも先に言った「共に生きてもらう」という建前も悪くはないと思うくらいには。
「その程度で私はやれんぞ!!」
「もっとだ!! もっと魅せて見ろ!!!」
ピタッと空中で静止し自分を見つめている男にベネトナシュは叫んでいた。
灰色の人生を送ってきたというのならば、そのうっ憤を全て私にぶつけてこいと。
その言葉に反応したプランが背中を向けその姿を吸血姫は見失った。
意識の外に出たのではない。
単純に早すぎてベネトナシュが眼で追えなかっただけだ。
プラスの速度しか知らない彼女ではマイナスの限界を超えた速さを捉えられない。
自分の横を何かが通った、程度にしか彼女には理解できない。
刹那の後、身体の至る所に真っ赤な“線”が走りボロボロと肉片に変わって落ちていく。
全ての指が落ち、両腕も根元から切り落とされる。
心臓や頭部といったさすがに喪失したら死んでしまう部位以外のあらゆる個所がバラバラにされていた。
カルキノスに匹敵凌駕する彼女の身をこうも簡単に切り裂く攻撃力をプランは持ち得ていないというのに、彼女は切り刻まれていた。
種明かしをしよう。
ベネトナシュの身体を切り裂いているのは他ならぬベネトナシュの攻撃だ。
先に【ラグアーマー】に叩き込んだ全力の一撃をプランはストックしていたのである。
ソレを再度【ラグアーマー】を纏った状態で自爆することによりダメージ処理を乱し、その中に挿入したのだ。
当たり判定だけが残存し、ひたすらに処理を連鎖し続ける攻勢防壁をプランは装備している。
彼が止めない限りこの判定は持続し続けて全てを切り裂き続けることだろう。
無限残像剣、もしくは無限残存アタリハンテイ剣とでも名付けるべきか。
つまり今の彼に近寄られるという事はベネトナシュの猛撃を無限に浴びるということである。
ミズガルズの頂点にまで上り詰めた連撃の威力を彼女は我が身で味わっている。
いま彼女が生きているのはプランが不殺を守っているからだ。
そうでなければ頭部や心臓といった生存に必須な部位もバラバラにされていたことだろう。
誰が見ても明らかな三度目の敗北であった。
あの日と同じく、彼女は一日に二回負けた。
“敗北”という現実を前にベネトナシュは吠えた。
もはや自分が強者ではなく挑戦者側であると認めている彼女にはこの程度は些事だ。
泥に塗れようと、幾度叩きのめされようと、彼女は自分と同じ存在に手を伸ばす。
まるで、まるで───彼女の様に。
「構わない!!!」
「何度やられようとっ!!!」
吸血姫の意思に応じてマナが活性化を開始。
再生能力がかつてない程に高まり、瞬間的に全身を復元。
更には周囲に飛び散った血が矢印の様な形状に変わり彼女へと収束していく。
光の森は今、アリストテレスの地脈の調整により木龍と祭壇を通じて膨大なマナの通り道が開かれている。
そして吸血鬼という種族は元は女神の怒りから逃げる為にヘルヘイムという地下世界に逃げた人類の末裔だと神話では言われていた。
つまり───本質的に吸血鬼という種はドワーフ以上に大地との親和性が高いのだ。
太陽光に耐え切れなくなった時は土の中に潜るという性質もかつての性の残照なのかもしれない。
光の森の地下を流れるマナが引き寄せられる。
まるでミョルニルで彼女が再臨した時の再現であった。
ベネトナシュはアリストテレスの傑作であり、レベル1500というのはただの出発点に過ぎない。
圧倒的な身体に対して今までの彼女は精神が余りに不安定すぎた。
家族を一気に失った上に叩きのめされたという現実が彼女を縛り付けていた。
100年間の無敗は悪い意味で彼女のプライドを育ててしまい、アリストテレスとの戦いにおいて足を引っ張っていたのだ。
「絶対に届かせて見せるっッ!!!!」
レベルが上昇していく。
既に一枚目の壁を壊した彼女である、理論上では可能だ。
しかしこの土壇場で己の性能をアップグレートするのはさすがというしかない。
彼女の本質は非常にルファスに近い。
つまり強く願えば身体は答えてくれる。
身体が修復され、超再生によって更に強くなり続ける。
吸血姫という種は難敵を前に進化を始めたのだ。
1500
1600
1650
1700
そのレベル実に1800。
更なる強さに至った吸血姫は燃えるように熱い言葉で宣言した。
「もう一度言うぞ」
「アリストテレス。私のモノになれ」
怒りはない。
慢心もなく、プランに対する嫌悪も今やなくなっていた。
彼女にあるのはただ一つ。
欲しい者に手を伸ばそうとする根源的な欲望だけだった。
意識はしていませんでしたが漫画版の彼女に合わせる事が出来て嬉しい限りです。
以下バグ技解説
無限残像剣
元ネタはゼルダの伝説に登場した無限残像剣となっております。
発動に成功するとリンクの剣が常にぶれ続け、近寄るだけで全ての敵を切り刻む判定を発生させ続けます。
その際の攻撃判定にラグアーマーで宙にういた状態となった
ベネトナシュの攻撃による処理を挿入した結果がアレでした。
空き瓶
空き瓶には無限の可能性があります
──プラン・アリストテレス 最高の道具とは? と問われて。