ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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プランの理想



ルファスとベネトナシュの両名は同族と言っていい程に似通っており
更には同性というのもあり直ぐに意気投合できるのは疑いようがない。
究極ともいえる高みで両名は竹馬の友になれるだろう。


大変結構。
我ながら良い計画だ。


───プラン・アリストテレス。机上の空論を組み立てながら。



( ˙꒳˙ )و ̑̑ グッ ←己の計画に手ごたえを感じるプラン。





ベネトナシュの“きゅうけつ”!

 

 

ベネトナシュが全身を爆弾に変えられ、散華する少し前まで時間は戻る。

ルファスは何の前触れもなく眼を覚ましていた。

天翼族としての性質に漏れず普段は深く長い眠りを必要とする彼女だが、一瞬で意識は覚醒していた。

 

 

訳が判らない現象にルファスは眼を丸くしている。

元来、寝起きは余り強くない筈の彼女だったが完全に覚醒している。

自分でも不気味に思う程だ。

 

 

 

頭を傾げる。

心臓がうるさい程に鼓動を刻み猛烈な勢いで体中に血液を送り満たす。

パチ、パチという音がするかと思えばソレは己の毛先が文字通り燃えだしているからだった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

翼がうるさい程に震えている。

バサバサ、バサバサと騒ぎ立てるように暴れ狂い急かしてくるようだった。

どれだけ意思を送り込もうと止まらない、一種の痙攣の様だ。

 

 

数瞬後、ルファスは思い至る。

 

 

 

「────まさか」

 

 

 

脳裏を掠めるのはプランの事であった。

思い至って“繋がり”を確認して見れば案の定、彼は戦闘をしているようだった。

前の時とは違う、本格的な戦いを。

 

 

 

相手がだれかなど判らない。

だがしかし離れているというのにその気配は鋭く重々しい。

レベル900という高みに居る筈の彼女でさえ見上げる程に強いのが判る。

 

 

 

女だ。間違いない。

 

 

第六感? 

魔物として発達した超感覚?

いや、もっと根源的な感覚器でルファスはプランが何と相対しているかを把握してしまう。

 

 

 

気付き跳ね起きる。

何処か楽観的だった思考が一瞬で戦闘のソレに変わり、ルファスの眼つきは鋭くなった。

胸の内側で跳ね回る激情を彼女は瞬く間に掴み制御する。

 

 

 

 

己が激情家だと痛い程に理解している彼女である。

感情の処理を鍛えるのは当たり前であり、その成果が表れていた。

一度だけ瞑目しルファスはプランの生命の安全を何よりも優先して探りながら大きく深呼吸した。

 

 

 

情報の整理をしながらテキパキと着替えていく。

着の身着のままで行ったところで邪魔になるのは目に見えている故に準備は怠らない。

何かあった場合の保険として試作型エリクサーもポーチに入れる。

 

 

まず第一に。

 

 

(エルフの森で戦いが起きている……)

 

 

第一候補として相手は魔神族かと彼女が考えるのも無理はないだろう。

基本的に人類より強い魔神族ならばプランと戦闘を成立させられるかもしれないが……違うなと頭を振る。

こんな近辺に魔神族が出現したのならば間違いなく『ヴェルンド』の内部に他の魔神族が侵入し殺傷行動を始めている筈だ。

 

 

魔神族は基本的に複数人で行動するのだと彼らの生態を纏めた本には書いてある。

肉食動物が狩をするように、魔神族も軍で言う分隊規模でよく行動するのだと。

 

 

 

当然ロードスがそんなことを許すはずもなく、ともすれば警報が鳴り渡っているのが普通の対応だろう。

だがしかし周囲を探ってみればエルフ達は避難したり何かに怯えている様子はなかった。

それどころか何が起こっているか判っていない者が大多数だ。

 

 

至って普通の日常の延長上に彼らはいる。

 

 

 

(ロードス王は対応していない。

 つまり、エルフたちには害はない、ということか?)

 

 

 

 

投げ捨てるように寝間着を脱ぎ去り、動きやすく頑丈な衣服に袖を通しながら思考を回す。

これは冷静になる為の一種の儀式のようなものであった。

早く、早く、早くと先走りそうになる肉体を冷ますための。

 

 

 

 

 

短い付き合いではあるがルファスはロードスの本質をある程度わかっているつもりだ。

彼は誰よりもエルフという種を愛している。

王としてというよりは父として彼は全てのエルフを愛し守護している。

 

 

 

そんな男が我が子らの危機に何もしないというのは考えられない。

光の森は彼が7000年かけて作った巨大な作品であり、ルファスでさえ計り知れない思い入れがある地なのだから。

 

 

(相手は、誰だ?)

 

 

ロードスが我関せずを貫き通すほどにはエルフに危険はなく、それでいてプランだけを狙う存在。

それでいて今のルファスよりも恐らくであるが格上で女。

そんな人物は一体だれだと彼女は延々と考えるが中々に答えが出てこない。

 

 

 

あと少し、何かのきっかけがあれば閃きそうなのがもどかしい。

ノーガードのブーツを履き込み、一通りの準備を整えたルファスの視線に入ったのは【バルドル】だった。

彼女は予備機のソレに近づき語り掛けた。

 

 

 

これを装備した時の己の力の高まりを彼女は覚えている。

魔物としての本能も同時に沸き立つ危険性もあるがそれでも今は少しでも大きな力が欲しい。

そして一言も喋らないが【バルドル】には自我のようなものがあるのだとルファスは知っている。

 

 

ただのゴーレムにこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、ルファスにとってこの鎧はただの道具ではない。

あの夜に力を貸してくれた立派な恩人で、仲間なのだ。

ただちょっと顔のデザインが趣味と違うだけで。

 

 

 

「貴方の主人が戦っている。相手は誰かも判らないけど強敵なのは間違いない」

 

 

 

だからと訴える。

彼女は頭を下げて言った。

 

 

 

「力を貸してほしい。彼を助けたいんだ」

 

 

 

数秒の沈黙の後に【バルドル】は全身に文様を走らせて答えた。

同時にピロンという奇妙な音が少女の脳内に響く。

一時的に鎧の所有権を得たという内容がそこには記されていた。

 

 

【バルドル】は何も言わない。

ただ黙ってルファスを見ているだけだ。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

少女の身を【バルドル】が包み込み、彼女の戦闘準備は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

正確な居場所/座標が判らなければ使えない【エクスゲート】には頼らず、け破る様に部屋を飛び出たルファスを出迎えたのはサジタリウスであった。

彼は苦々しい顔をしたままルファスを暫し見つめていたが、やがて「ついてこい」とだけ言った。

そんな彼にルファスが信用できないと言った顔をしたのも無理はなかった。

 

 

 

正直な話、亜人という種に対して彼女は良い想いを抱いていないのだ。

差別というには温いかもしれないが、信用には足りないとルファスは思っている。

勿論自分が彼女の師に対して何をしたか覚えている彼は端的に今の彼女が求めている情報を差し出す。

 

 

 

 

「ベネトナシュだ。間違いない」

 

 

 

「吸血姫だと?」

 

 

 

ミョルニルの王にして人類最強の少女の名前を出されたルファスは一瞬だけ驚いたが直ぐに納得したように頷く。

なるほど、これならば全ての前提に当てはまる。

エルフに興味などなく、今の自分よりも強く、それでいてプランに執着を抱いている人物だ。

 

 

 

(ベネトナシュがプランを襲っている……?)

 

 

 

どうして? と理由を考える。

幾ら節操なしに暴れ回っていた彼女でも今や人類共同体の事実上の指導者であり代表だ。

それが創設者でもあるアリストテレスを襲うなど本来ならばあってはならない事というくらいルファスにも判る。

 

 

 

いや、と頭を振る。

ミョルニルの戦いの記憶を想起し理由を探す。

ミョルニルにおけるプランの行動をルファスは客観的にではあるが知っている。

 

 

アリストテレス達から記録として見せられた虐殺の映像は余り気分のいいものではなかったが。

 

 

 

彼は国一つを【一致団結】で纏め上げ、竜王の軍を撃退した上で疫病をばら撒き、ベネトナシュを蘇生させたのだ。

あの行動がなければミョルニルと吸血鬼は滅び去っていただろう。

そんな事はベネトナシュも判っている筈だが……。

 

 

 

しかし思い至ったルファスは顔を壮絶に歪めた。

何故かは判らないが彼女はベネトナシュの心情に共感してしまった。

 

 

 

“ベネトナシュを蘇生させた”

 

 

 

(もっとだ。もう一段階……)

 

 

 

彼女を蘇生させたというのならばわざわざこんな遠く離れた地までやってきて襲うなどしないだろう。

幾らなんでも竜王にやられたから助けたのを逆恨みする程の愚者だとは思えない。

 

 

 

 

そうだ。これだけは伝えておこうか。

 

 

君の肉体を再構築するにあたって、君の両親ときょうだい達13人を消費させてもらったよ。

 

 

 

「ぁ……」 

 

 

 

 

思い至る。

効率と目的達成の為には手段を択ばないアリストテレスの悪辣さを。

そうだ、ベネトナシュを復活させる際にあいつらは彼女の親族を根こそぎ消費したのだ。

 

 

人類の為やらミョルニルの為やら、そんな事はどうでもいい理由がベネトナシュにはある。

家族の仇というルファスでも納得できる大義名分が。

 

 

 

黒翼が震える。

脳裏をよぎったのは母の顔だった。

もしも自分が死に瀕したとして、その時に──例え同意の上だったとしても──勝手に母を生贄にされたらどう思うか。

 

 

 

……家族の仇討を彼女が図っているのならば自分にそれを邪魔する権利はあるのか?

 

 

 

迷ったのは一瞬だった。

ルファスは一歩を踏み出す。

勿論プランに助力するために。

 

 

とりあえずベネトナシュを止める。

彼女にも言い分はあるのだろうが、それはルファスにだってある。

 

 

 

プランはルファスにとって大事な存在だ。

傷つけられるのを黙って見過ごせない。

 

 

 

「教えてくれてありがとう。お蔭で腑に落ちた」

 

 

 

理由は推察に過ぎないとしても納得できた。

ロードスが放置している訳も判った。

ベネトナシュの眼には本当にプランしか映ってないのだろう。

 

 

 

エルフの王としてエルフに危害がなければ黙認するのも仕方ない話だ。

そも、大前提としてベネトナシュはロードスより強いのだから。

むしろ下手にちょっかいを出して矛先が向けられるのを警戒したのかもしれない。

 

 

 

「……なぁ。一つだけ聞かせてくれ。アリストテレスはどうして()()()()を俺に向けたんだ?」

 

 

 

「?」

 

 

 

サジタリウスの言葉にルファスは怪訝な表情をする。

言葉の意味がよく判らなかったのだ。

彼の言う“あんな眼”というのが思い当たらない。

 

 

 

 

「何時もだ。皆が()()()を俺たちに向けてくるんだ」

 

 

 

「俺たちだってバカじゃない。あんな瞳を向けられたら何を考えているか位は判る」

 

 

 

それは彼が【人化】を使った時、下半身の衣服を生成していなかった事をプランに指摘された時の話である。

彼はいつも通り「気にしない」と答えてプランの差し出してきた衣類を断った。

たったそれだけなのにプランは「もういい」と言わんばかりの冷たい視線を彼に送ったのだ。

 

 

 

いつもだ。

いつもあの視線が彼らを観ている。

サジタリウスはどうして人類が自分たちをそういう眼で見るのかが本当に判らなかった。

 

 

 

 

ケンタウロスが語るのは“あぁ、こいつは駄目なんだな”という諦めの籠った瞳だ。

こいつとはやっていけない、共存できないという見放しが大いに宿った眼を彼は何度も見てきた。

そしてソレが判らない。どうして人類は自分たちにあんな顔をするのか。

 

 

自分たちは差別されていた。

自分たちは苦しめられていた。

なのだからそっちが俺たちの感情を考慮して受け入れるべきではないか、という傲慢が未だに彼の中では燻ぶっている。

 

 

故に彼は聞く。

同じ被差別者なのに立派に己の居場所を作り上げ、受け入れられている者達の一人であるルファスに。

 

 

 

「お前たち混翼は着実に人類に受け入れられている。この光の森でもだ」

 

 

 

「俺とお前たちで何が違う? 空を飛べる事か? 天法を上手く扱えるからか?」

 

 

 

 

嘆きと疑問だった。

決して解けない難題の回答を乞う様な哀れさがあった。

どうして人々は俺たちを受け入れてくれないんだという。

 

 

そんな彼の心からの問いかけにルファスはサジタリウスを真っ向から見据えて言った。

自分の16年の人生では決して完璧な答えを語れるわけがないと判りつつも。

 

 

 

 

「自分たちと人類は同じと言っていたが……私から見れば違う」

 

 

 

「人類でさえ七つも種類があるんだ。お前たちと私達が違うのも当然だ」

 

 

 

亜人と人間は違う。

それがルファスが光の森を訪れて知った事実だ。

そもそも“亜人”と一くくりにしているだけでその中でも蟲人やケンタウロスや植物人などと多くの違いがあるのだ。

 

 

 

そんな大勢を纏めて「同じだ」と片付けてしまうのは違うとルファスは言う。

 

 

 

「それぞれ差も別もある。当たり前だ、私とお前たちは違うんだから」

 

 

黒い翼に白い翼。

そんな他の者から見たら「それがどうした」と言われるような違いだけで大勢の命がヴァナヘイムの麓に積み重ねられた。

その重さを誰よりも理解しながらルファスはあえて言い切った。

 

 

 

「まずは人と自分たちの常識の違いを知るべきだと思う」

 

 

 

「お前たちにとっては当然でも他の種族からすれば異常だと思われる事があるのだと知るべきだ」

 

 

 

自分と他人は違う。

それは当たり前のことだ。

そも比較的外見の差異が少ないと言われる人間種でさえ肌の色やら髪の色といった要素が異なっているのだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

サジタリウスは黙りこくってしまう。

彼にとって人と自分たちは同じというのは基本中の基本といった思想であった。

それを全面的に違うと否定され、更には自分の中の常識は他種族の非常識とまで言われたのは初めてだ。

 

 

彼は愚かではない。

前提となる常識がかけ離れているだけでその認識を擦り合わせる事が出来れば、ある程度は柔軟に物事を考えられる。

そして己の行動を振り返り……いつも同じ話題に同じ返答を返した時にあの眼を向けられていた事を思い出す。

 

 

ケンタウロス族は下半身に衣服をつけないのが常識だ。

しかし馬の姿の時はそれでいいかもしれないが【人化】を使った際は衣服を着なくてはならない。

彼はいつもその常識を「俺は関係ない」と切り捨ててしまっていた。

 

 

 

何てことはない。

自分から人類と距離を開けてしまっていたのだ、サジタリウスは。

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

話は終わったと悟ったルファスがプランを探すために立ち去ろうとすれば彼はルファスに声をかけた。

 

 

 

「ベネトナシュと師の居場所を知りたいのだろう。ついてこい」

 

 

 

どうして彼が自分に協力するのかが判らず眼を丸くするルファスの視線を受ければ彼は薄く笑った。

 

 

 

「俺にとってのミョルニルの戦いも終わらせたいんだ」

 

 

 

彼は敗北者であり、更に言うと脱走兵だ。

仲間がアリストテレス達によって次々と殺される中、自分だけが逃げ回って生き延びた。

更に疫病が蔓延した時も我が身可愛さに逃げ出した。

 

 

この光の森に運ばれた亡骸の中には彼と同じく亜人の権利向上の為に竜王軍に参加した同胞のモノもあった

逃げずに戦い死んだソレを見て……彼は恥ずべきことに安堵したのだ。

「あそこで横たわっているのが俺じゃなくて良かった」と。

 

 

 

サジタリウスは恥ずかしそうに笑いながら言った。

 

 

 

「吸血姫の気配は良く知っている……何せ、ずっと怯えていたからな」

 

 

 

竜王と吸血姫の激突を見てしまったのが彼の転落の始まりだ。

自分などは所詮は井の中の蛙でしかないと判らされた戦いを観たのが始まりなのだ。

 

 

それからは逃げ続けた人生だった。

ミョルニル/ベネトナシュから逃げ、アリストテレスから逃げていた。

更には亜人が差別されるのは全て人類が悪いと己たちの非からも逃げていた。

 

 

 

 

しかし……それでは変わらないと彼は気が付いた。

今、ルファスから言われたことをもっと深く考えて行動に反映させれば、もしかしたらという希望があった。

 

 

 

だから彼はルファスを助けると決めた。

彼女をもっと近くで見てその在り方を学べれば自分も、自分たちももしかしたら混翼の様に皆に受け入れて貰えるかもしれないと思ったから。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

腕が震える。

あの化け物たちと相対するのかもしれないと思うだけで恐ろしい。

しかし彼は逃げなかった。

 

 

己を鼓舞する様に、努めて自信満々に言う。

 

 

 

「ついてこい」

 

 

 

彼のその一言にルファスは始めてサジタリウスの前で笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は一方的なものだった。

誰よりも強い筈の少女はたった一人の人間を殺せず足掻き続けている。

今のベネトナシュは星さえ壊せるというのに男一人殺せていない。

 

 

 

 

“何がどうなっている?”

 

 

 

少女は余りの光景に絶句し恐怖さえ覚えていた。

プラン・アリストテレスという男の無機質な冷酷さを直接見た少女は男がベネトナシュに対して行った行動に絶句している。

如何に彼が自分を相手にしていた時に手心を加えていたか否応なしに理解する光景だった。

 

 

 

ルファスは息を殺し身を潜めていた。

彼女の視線の先───2キロほど向こうではプランがベネトナシュを処理している。

 

 

 

そうだ、処理だ。

戦闘でも抗戦でも苦戦でもない。

アレは断じて戦いでさえない。

 

 

畜産の従事者が淡々と家畜を処理するのと同じだ。

 

 

あのベネトナシュが、人類最強で、今のレベル900の彼女でさえ目視できない速度で動き回る吸血姫が無様に地面に這いつくばっていた。

【スマッシュブロウ】で自爆し、追い打ちとして身体の半分を花火に変えられた彼女は今や虫の様に這っている。

余りに現実離れした光景にルファスの隣のサジタリウスなどは必死に震える腕を押さえ込んでいた。

 

 

 

 

プランは何もしていない。

少なくとも直接的な戦闘行動は何も。

余りに使いづらいせいで誰も使った事のない罠を設置するスキルを用いて吸血姫を翻弄しているだけだ。

 

 

 

何も知らない者が見ればコントに見える事だろう。

転ばされた衝撃で自爆し、そのまま爆破されるなど滑稽なショーでしかない。

実際は死に物狂いで食らいついてくる怪物を前もってそう決めていたかの如く翻弄しているだけである。

 

 

 

一手でもしくじればその瞬間に死ぬというのにプランはいつも通りだ。

ルファスには決して見せない冷徹で無機質なアリストテレスとして彼はベネトナシュを処理し続ける。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

じっとりと冷や汗をかきながらルファスは歯噛みした。

助けると決めたのに、割り込めない。

2キロも離れた場所から遠目で見ているというのにベネトナシュの動きは全く見えないのだ。

 

 

 

技術でも何でもなく単純に早すぎる。

意識を戦闘用に切り替えた圧縮時間の中であっても吸血姫の動きは追えない。

そんな化け物をプランは視線を向ける事もなく嘲弄している。

 

 

 

仮に飛んで入ったとしても瞬間的に切り刻まれる光景しか浮かばない。

かつて不死鳥相手に感じた圧倒的な格差をルファスはベネトナシュに抱いている。

間違いない、ベネトナシュは魔物として己より格上だと。

 

 

 

しかもあの時は共に戦うナナコにメグレズ、プランがいたが今回は自分だけだ。

サジタリウスも弱くはないだろうが、まだ彼女は共に戦える程に彼を信頼していない。

機を狙うのだ、何処までが彼の戦術なのかが判らない以上は無駄な手助けは却って足手まといになる。

 

 

 

 

そう言い訳をしてルファスは二人の戦いを見上げていた。

レベル900など何の意味もない世界を前に彼女が出来るのはそれだけだった。

己の無力を呪うように握りしめられた拳からは血が滴っているが決して眼を離さない。

 

 

 

身体を切り刻まれる事になろうとチャンスさえあれば飛び出していく気概が彼女にはある。

じっと、瞬き一つせずルファスは心から楽しそうに戦うベネトナシュを観ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸血姫ベネトナシュは全力で【パワーブレイク】と【スピードブレイク】を両手に宿らせた状態でプランに殴りかかった。

攻撃力と速度へデバフを与えるという単純なスキルだが、それ故に使い勝手も良くベネトナシュはこれを愛用していた。

プランが纏う無限残像の鎧を突破する為に彼女がとった手段は単純明快なもので、かつての己の攻撃を今の己の力で上回りねじ伏せるというものだ。

 

 

 

 

「はあぁあああああああああっっ!!!」

 

 

 

指先が弾き飛ぶのも構わずにベネトナシュは吠えた。

一秒に何十億回も腕を振るい『収奪者の爪』を全力で叩きつけ、レベル1500相当だった時の己と打ち合う。

目の前にいるのはかつての自分、勝ち続けてしまった故に無駄なプライドだけを育ませた愚鈍な過去だ。

 

 

挑戦者として生まれ変わったベネトナシュは怠惰な王者を叩き割る様に拳を叩きつける。

1000分の1フレーム程度の時間だけ拮抗するが、直ぐに今のベネトナシュの拳はプランの纏う無限残像の鎧の突破に成功。

 

 

今の彼女のレベルは1800。

たった300程度の上昇であるが、この差は大きい。

そして何より、今の彼女はかつてない程に精神が昂っている。

 

 

 

絶対に勝利する。

ただ勝ちたい。

手に入れたい。

 

 

 

家族を殺された復讐心もある。

だがそれよりも吸血姫は勝利を願っていた。

全身全霊で燃え尽きるように戦う事を彼女は心から楽しんでいる。

 

 

 

 

「アリストテレスッッ!!」

 

 

 

「お前は私の合わせ鏡だ!!」

 

 

 

 

喉が枯れる程に叫んだ。

もう少しで届くと指を伸ばす。

蒼い瞳は変わらず無機質であった。

 

 

 

「逃がしなどしないぞ!! 私と共に苦しんでもらう!!!」

 

 

 

あとほんの数ミリで顔に手が届くという所で空中に設置された極小の【エクスゲート】に阻害されて届かない。

人や物が通る事を考慮していないマイクロ単位の【エクスゲート】は不可視の侵入禁止エリアを作る際に非常に有用だ。

対象の同意がなければゲートを生物が通る事は出来ないというルールは裏を返せばこういう使い方も出来る。

 

 

【エクスゲート】というそこにあるのに侵入できない領域に触れた事でベネトナシュのスキルはキャンセルされてしまった。

 

 

如何にベネトナシュがレベル限界という壁を超えさせられた存在といえど、このルールはアロヴィナス神が定めたモノである以上は突破は難しい。

全力で進んでいるのに全く前進できないという奇妙な現象を体感したベネトナシュの身が僅かに硬直する。

その隙を逃さずプランは目にも留まらぬ速さで少女の腹部に向けてリボルバーを発砲。

 

 

 

 

【ガンナー】のクラスなど持っていない故にスキルも何も伴わない攻撃だった。

クリティカルが発生したが与えたダメージは11。

プランが【サイコスルー】の力場で加速しながら発射した弾丸は少女の肌に本当に小さな痣をつけるくらいしか出来ない。

 

 

 

 

それも吸血姫の優れた再生能力を前に瞬時に消え去るとなれば何の意味があると多くの者は思うだろう。

しかし極めて特殊な条件を満たすことによって発動可能な技術がミズガルズには存在する。

全身の筋肉とマナを大いに活性化させた状態で強制的にスキルをキャンセルさせて硬直を引き起こさせ、その後にアタリハンテイを対象にぶつけることで一時的に処理を狂わせる事が出来る。

 

 

 

 

「マズッ、っ!!」

 

 

 

意味不明な行動で散々にやられたベネトナシュが口の端から声を漏らす。

本能が全力で警鐘を鳴らす。

 

 

 

“い”と続ける前にプランが動く。

彼はリボルバーをあえてベネトナシュから外し空に向けて発砲。

それもマナを凝縮して作った弾ではない実弾を。

 

 

 

 

繰り返すがプランは空砲でも撃つかの様に空に向けて発砲していた。

だというのに───ベネトナシュは微かなダメージを受け続け始める。

まるであの時の竜王の様に。

 

 

 

処理を狂わせた状態の対象は付近で発生する全ての攻撃アタリハンテイを引き受けてしまう特異な状態に変化させられているのだ。

更にもう一つ。この技の本当に恐ろしい個所がある。

この状態に陥った場合は最後にヒットしたアタリハンテイが1万分の1フレームごとに処理され続けてしまう。

 

 

 

そしてプランが発射した弾丸は麻痺弾。

つまりベネトナシュは一秒間に60万発麻痺弾を叩き込まれ続ける処理を受ける事になった。

高い耐性を持っているのは事実だが、それを上回る回数の処理でプランは吸血姫の全身に丹念に麻痺を流し込んでいく。

 

 

 

 

7 ──ベネトナシュは麻痺状態になった!

 

 

 

 

 

3 ──ベネトナシュは麻痺状態になった!

 

 

 

 

 

5 ──ベネトナシュは麻痺状態になった!

 

3 ──ベネトナシュは麻痺状態になった!

 

 

 

 

チクチクとしたダメージとさえ言えない微量の数値が連続で処理され続ける上に、その度に麻痺の状態異常を被せられてしまい少女の肉体から感覚が消えていく。

神経が切断されたかの様に手足に力が入らない感覚は麻痺の状態異常としては当たり前であるが彼女にとっては産まれて初めての経験だった。

種族として高い耐性を持っていたからこそ防御用のアクセササリーなど装備したことがなく、勿論対処法など判る訳もない。

 

 

 

体力は自動回復により減る事はないが、状態は戻らない。

何度かは自動で解除を行っているがそれを上回る麻痺の連鎖処理がベネトナシュを包んでいる。

 

 

 

全身に麻痺が回る前に何としても麻痺用のポーションを飲めというのは新人の兵士が最も最初に教わる事だ。

もしくは仲間に飲ませてもらわなければ生きたまま魔物に貪られる可能性があるほどに麻痺とは危険な状態なのだ。

しかもベネトナシュが受けた毒素は元を辿れば“エンペラーバーサクスコーピオン” の毒素であり解除は非常に難しい。

 

 

 

「────!!!」

 

 

 

驚愕する。

そして同時に後悔も。

自分が状態異常などにかかる訳がないという慢心を少女は心から悔いた。

 

 

 

スキルへの理解を深めはしたが、こういった搦め手にまで思考が回らなかったのは生まれながらの強者が持つ陥穽なのかもしれない。

あっと言う間に全身に麻痺が回り動けなくなったベネトナシュを前にプランが半歩だけ進む。

今の彼は無限残像の鎧を装備したままであり、これは常に彼の周囲に判定を発生させ続けている。

 

 

 

周辺の全ての判定を引き受けてしまうベネトナシュ。

全自動で己に接近する全てを切り刻むハンテイの鎧をまとったプラン。

この二つが接近すればどうなるかは明らかであった。

 

 

 

 

三度目の敗北は見るも無残なものであった。

死にさえしなければ何をしてもいいというアリストテレスのベネトナシュへのスタンスが窺える程に酷い光景である。

 

 

 

 

頭部と心臓、後は生存に必要な最低限の臓器。

それだけを残し吸血姫ベネトナシュは解体されることになった。

 

 

 

両腕両足、腹部に肩。

家畜を解体するかのように綺麗に切り分けられ、血肉が飛び散っていく。

幸いな事に麻痺の作用により痛みはないが、そのせいでベネトナシュは己の身体が切り分けられていく様を客観的に見せられる羽目になる。

 

 

 

(まだだ……!)

 

 

 

小さな旅行用のカバンに詰められるほどにコンパクトに変えられていきながらベネトナシュは────諦めない。

真っ赤な瞳はアリストテレスを見つめており離される事はない。

 

 

 

 

(何かあるはずだ)

 

 

 

自分が決して殺されないという最高のハンデを彼女は利用しつくす。

手足もなく、唇さえ麻痺で動かせず、それどころか全身麻痺の状態では抵抗も逃走も出来ない。

完全に詰んだとしか言いようがない現状であっても、頭を回す。

 

 

本能のままに暴れ回るだけでは決して勝てない。

しかしどうあっても手足が動かなければ状況の打破は不可能だと理解し、ベネトナシュは己の身体に喝を入れた。

 

 

 

(動け)

 

 

 

淡々と命ずる。

不甲斐ない現状に怒りをばら撒くのではなく、王が臣下にするように。

頭はかつてない程に冷静だった。

 

 

 

(動け)

 

 

 

手足は既に切り分けられている。

圧縮時間の中、己の右腕が無重力空間に漂っている様にクルクルと回っているのをベネトナシュは見て、命ずる。

微かな糸が接続され、ピクりと人差し指が痙攣する様に動き───ベネトナシュは瞬く間にその繋がりをつかみ取り完全に接続した。

 

 

 

残った手足も同じように“接続”すれば彼女の身体は再起動する。

未だに麻痺の判定が残っている故に動かしづらいがそれでも詰みからは逃げられた。

 

 

 

(今のままではダメだ)

 

 

幾らレベルを上げてスキルを発動させようと全て対処されるのは目に見えている。

全く新しい、今までアリストテレスが見た事のないナニカをする必要があった。

 

 

 

 

ふと……脳裏に浮かんだのは忌々しい竜王との戦いの記憶だった。

アレを一度殺した際、ラードゥンは己の全身を霧に変えてそこから復活させてきた。

『ライフ・ストック』という反則極まりないスキルを用いて復活した光景を忘れる訳もない。

 

 

 

 

そもそもの話、かのスキルは元を辿れば竜王のモノではない。

真祖とも称される吸血鬼の王たるブラッドが所持していたものだ。

そしてベネトナシュはルファスと同じく先祖返りと突然変異を同時に誘発した存在でもある。

 

 

 

 

前提として『ライフ・ストック』の再現は不可能である。

そも彼女には命を蓄える気質などなく、そんなことをするくらいならば一つの命をありったけ強化するだろう。

 

 

だが、もう一つの“霧化”ならば──?

 

 

 

願う。

すると、呆気ない程に容易く実現できた。

今まで出来たのにやらなかっただけであった。

 

 

 

 

ニッと悪戯を閃いた子供の様に笑った後にベネトナシュの身体は散華した。

一度死んでいるのだ。

アレを出来るだけ再現しようと彼女は考えた。

 

 

 

さらさらとベネトナシュの全身が崩れ落ちる。

一瞬だけプランがソレを見て固まった。

誤って殺してしまったのか、と考えるのも無理はない。

 

 

 

 

一瞬だけ出来た明確な隙を彼女は絶対に離さない。

三回敗北/死亡して手に入れたチャンスに彼女は食いついた。

ミシとオリハルコンで作られた【バルドル】が軋む。

 

 

 

「……」

 

 

圧力を感じた時には既に遅い。

己の失態を悟ると同時に素直にプランはベネトナシュの執念に感嘆を抱いていた。

 

 

熱量に乏しい彼はこういった生の感情が起こす事象を見落としやすい性質があるのかもしれない。

 

 

 

霧が再度人の姿に戻り、がっちりと細い腕がプランを抱擁している。

腕だけじゃない、両足も彼の腰に回され何が何でも離してたまるかと締めあげている。

霧が収束し胴体が形成され、最後に頭/顔が再生すれば、それはプランの眼前で喜悦に歪んだ。

 

 

当然無限残像の攻撃判定に身体を切り刻まれるがもうそんな事はどうでもよいのだろう。

 

 

 

「つかまえたぞっ……!!」

 

 

 

「わらひは、おまえを、はなさない」

 

 

 

 

興奮の余り呂律も余り回っていない。

年齢相応の童女が欲しいおもちゃをようやく手に入れた時の様な笑顔を彼女は浮かべている。

 

 

 

獲物を前に舌なめずりなど彼女はしない。

プランが何をしようと関係はない。

大きく口を開けて、吸血姫は人間の首筋に噛みついた。

 

 

 

 

 




ベネトナシュのスペック


超光速で飛び回りHPを無限に回復させながら突っ込んでくる化け物。
普通にやりあえば龍ともタイマンで勝てる可能性が高い。


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