ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

137 / 221
レベルの前に別のモノが限界突破してしまったお話になります。
キャラ崩壊寸前のアクセルベタ踏みイチャイチャなのでご注意を。




ルファスの“限界突破”!

 

 

「ありすと、てれ……」

 

 

 

平時はあれほど美しかった銀髪をボサボサにし、己の膝を抱きかかえながら吸血姫は深い眠りに落ちていた。

こうしてみればあどけない少女の様であるが実態はミズガルズ屈指の危険生物であり情緒不安定で暴走癖のある100歳越えの女だ。

ほんのちょっとでも扱い方を間違えれば暴れ回るかもしれない本当に困った存在である。

 

 

 

完全に潰れて動けなくなったベネトナシュを前に師弟は暫し様子見し、完全に彼女が熟睡したのを確認するとハイタッチした。

次にそそくさとルファスはベッドメイキングを行い、プランはベネトナシュを抱き上げる。

「ん」と微かに身じろぎするだけで吸血姫は起きる様子を見せない。

 

 

 

ゆっくりとベッドに寝かせた後、ルファスが慎重に毛布をかけてやる。

内心で何度も「起きるな起きるな、寝てろ」と繰り返す。

 

 

 

後は部屋の灯りを消して足音を立てずに退室。

全ての動作を手早く行った後は扉に「就寝中」と書かれた札をぶら下げて任務は完了だ。

 

 

元よりロードスが手配したこの部屋、というか屋敷は集落から少し離れた位置にある。

高位の者達が重要な話をするために拵えられたモノでありここで働いている従者たちもそこらへんの事情は弁えている者が多い。

「就寝中」という札を見てそこに込められた意味を読み取る事が出来るくらいには。

 

 

ここまでやっておけば明日の朝まで誰もこの部屋には近づく事はないだろう。

何せ帳簿ではここを使っているのはエルフと吸血鬼の王なのだ、魔神族が攻め込んできた等がない限りは王族同士の会談に割り込む勇気のあるモノなど居ない。

 

 

 

 

 

「よしっ」

 

 

やったとぞルファスは拳を握りしめてポーズを取った。

ここまで上手くいったのはプランの協力があったからだ。

彼の巧みな話術を用いてベネトナシュの愚痴を延々と引っ張り出し、彼女がやけ酒に走る様に誘導したのだ。

 

 

彼女たちがやったことは言ってしまえば「ひたすら飲ませろ」戦法である。

悪酔いしてふらふらしているベネトナシュを見てルファスはもう少し盛れば潰れるなと直感し、ならばそのまま潰してやると決めたのだ。

二人でひたすら酒を注ぎ、話題を振り、ベネトナシュをひたすら接待して飲み潰れるように誘導したのである。

 

 

 

 

「それにしても……彼女も苦労してるんだな」

 

 

 

凝りを解す様に腕を回しながらルファスは呟いた。

ベネトナシュに延々と聞かされた仕事の愚痴の数々は多くの意味で彼女の王という役職に対するイメージを塗り替える内容であった。

やれ書類仕事が面倒だの、やれ帳簿を作るのが大変だの、決算がたいへんやら何やら、少なくとも20は越える程の文句の山だ。

 

 

 

如何に強大な戦闘力があろうと書類の処理能力とは別の話である。

最近の吸血姫最大の敵は執務であった。

 

 

 

「ベネトナシュ様は真面目な方だからね。

 一度やると決めた以上、妥協はできない性質の持ち主なんだ」

 

 

 

「……不器用過ぎないか」

 

 

 

良くも悪くも実直で裏表がないのがベネトナシュと言う少女だ。

気に入らない奴は気に入らないと断言するし、ムカつく奴は誰であろうと殴り飛ばすだろう。

それでいて己の掲げていた理念が跳ね返ってきて不利益になったとしてもそこで自分は例外だと誤魔化す事はしない。

 

 

 

 

王としては余り向いていない性質でもあるが、何、時間はたっぷりある。

100年ほど経験を積めば良くも悪くも割り切りが出来るようになるなとプランは考えていた。

どっちみちその頃には自分は死んでいるだろうが。

 

 

プランは微笑みながらルファスにもしもの未来図を言ってみた。

そうなればいいなと思う程度のちょっとした理想だ。

 

 

 

「いつの日か、彼女をルファスが支える日が来るかもしれないかな」

 

 

 

「嫌だ! あんな不安定なのを相手にしていたら身体が幾つあっても足りないっ!」

 

 

 

断固とした拒否をルファスは見せる。

如何に強大な生命力を持っているとはいえルファスは再生能力を持ってはいない。

傷を受ければ普通に痛いし、ましてやベネトナシュの様にミンチになった状態からの再生などできはしない。

 

 

 

レベル1000を超えた化け物の接待相手など絶対に嫌だった。

そんなことをするならば彼女は別のことに時間を費やすだろう。

 

 

 

 

更にはどうにも彼女を見るとムズムズするというのも理由の一つだった。

 

 

 

全方位に敵意をばら撒いて常に警戒し続けている。

圧倒的な力を持ちながら持て余しており、発散する様に暴れ回る。

無駄に自尊心が高く力だけにしか興味がない。

 

 

 

他者との交流基準は強いか弱いかの一点のみ。

まるで何処かの誰かの様だった。

 

 

 

「私、あんな感じだったんだ……うわぁ……」

 

 

 

本当にか細く呟く。

酒とは別の要因で顔から火が出そうだった。

ほぼ同族というとおりベネトナシュの行動はまるで姉妹の様にかつての彼女と瓜二つ。

 

 

 

 

自分の黒歴史に足が生えて歩き回ってるような存在なのが吸血姫だ。

何てことはない同族嫌悪である。

黒翼が限界まで伸びた上に根元から先端にかけて痙攣が走った。

 

 

 

やめだ、やめだ。

せっかく寝落ちして静かになったのだから吸血姫の話題はこれで終わりだとルファスは決めた。

ロードス王も気配を探ると一室に引っ込んだようだし……つまり今は自由時間ということになる。

 

 

 

光の森を訪れてからひたすら忙しなく動き回っていたせいでこういった時間を取るのも久しぶりだ。

だから彼女はこの自由な時間を最も一緒に過ごしたい人と共に過ごすことにした。

きれいな森の中を散歩しながらゆっくりと今までの事を振り返る様に雑談がしたかった。

 

 

 

 

「一仕事も終えたことだ。少しだけ付き合って」

 

 

 

「勿論。だけど結構寒くなってきたから一枚着込んでいこうか」

 

 

 

妙な所で気配りを見せる男に女は嬉しそうに微笑むのだった。

全く、本当に心配性なんだからと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気づけば私達って一通りの国を回ってたんだな」

 

 

 

湿気を含んだ土をブーツで踏みしめながらルファスは歩き、自分の少し後ろで付かず離れずを維持しているプランにそう切り出した。

特に目的地もなく気の向くままに歩を進める二人は暫し無言であったが特に嫌な気分ではなかった。

ルファスが会話を始めたのも居心地が悪いとかそういう事ではなく本当に頭にふと思い浮かんだからだ。

 

 

空に浮かぶ満月を見上げながらプランは答える。

喋るたびに吐く息が白くなった。

 

 

 

「そうだね。あと行ってないのはミョルニル位かな?」

 

 

 

「絶対にいかない! 頼まれても嫌だ!!」

 

 

 

判っててそういうことを言うプランにルファスは振り返り全身で断固とした拒絶を放った。

現存するミズガルズ最古の国ことミョルニルはベネトナシュ云々を除けば中々に良い国ではあるのだが……。

 

 

 

 

「どの国が一番良かった?」

 

 

 

「……そうだな」

 

 

 

プランの問いに頭を捻る。

ヴァナヘイムに居た時は想像することしか出来ない広い世界を知った彼女はそれらを思い返していく。

 

 

 

プランと共に巡った6年間を彼女は順に想起し評価をつけていく。

 

 

 

プルート。

 

 

 

ドワーフたちは本当に伝承通りの職人たちで、彼らの物づくりに対する情熱や拘りにはルファスも惹かれるものがあった。

先の留学の話は断ったがプランが治り、ラードゥンを倒した後ならばと思うくらいには。

あとは温泉が凄く心地よく一緒に入った時に母も喜んでくれたのはポイントが高い。

 

 

 

 

 

ユーダリル。

 

 

 

多くの種族が商業という一つの概念の下に集う光景はエルの価値に疎いルファスでも経済活動の重要性がよく判るほどだ。

この都市国家が出来た事によりミズガルズ全土が物々交換からエルという統一貨幣に移り変わったことを考えるにその重要性は想像以上かもしれない。

何より“ユーダリル”という一人の男が皆の心を動かしたという逸話は彼女の心に大きな影響を与えていた。

 

 

 

腕のいい靴職人がいるのも大きい。

ノーガードから作られたブーツは数年使っても全く草臥れたりせず今日も彼女の足を守ってくれている。

 

 

 

 

 

「後はクラウン帝国に、この光の森……」

 

 

 

 

指を折りながら一つ一つ丁寧に思い出していく。

どの国もいい所、悪い所があった。

色んな人がいて、いろんな考え方があった。

 

 

 

ナナコの語る故郷の話も面白かった。

娯楽に溢れていて少なくとも生きるか死ぬかという話とは程遠い平穏な国の話を。

魔物も魔神族もおらず、レベルという概念もない。

 

 

もしも私がそんな国で生まれたらどうなるかとちょっとだけ考えてしまうくらいに面白そうな世界の話だった。

まぁナナコを返したら二度と関われない異世界の地だが。

 

 

 

何はともあれ。

ヴァナヘイムの在り方などミズガルズにおいては本当に小さなシミでしかないとルファスは知ったのだ。

 

 

 

そして、どの国が一番いいかと聞かれて出てくる答えは実のところ最初から決まっていた。

上記に上げた国は旅行などの一時の滞在ならば悪くはないが、はっきり言って住みたいとは思えなかった。

 

 

ルファスの心はもう決まっている。

 

 

 

「色々回ったけど、一番はリュケイオンだな」

 

 

 

 

「……田舎の小さな領土でしかないよ」

 

 

 

自分の領地の名前を出されたプランは「やめておきなさい」と苦笑いしながら頭を振る。

領地の経営に手を抜いた事はないが、それでも何処まで行ってもリュケイオンは小さな田舎街でしかなく、発展の速度も遅々たるものだ。

ルファスほどの才能ある存在を収めるには余りに小さな辺境だと彼は思っている。

 

 

何時の日か彼女はあの小さな鳥かごから出ていく筈だ。

彼女には自由にミズガルズで生きて欲しいとプランは願っていた。

それが自分の生きている間かどうかは判らないが。

 

 

 

「……」

 

 

 

そんな彼の考えを読み取ったルファスは微かにむっとした。

ソレは違うだろうと彼女は思ったのだ。

領主であるのならば己の領地を誇るべきだ。

 

 

「ふぅん……そういうことを言っちゃうんだな」

 

 

 

そんな素晴らしい人々が暮らす街を作り上げたのに、それを本人が過小評価するなど余りに……多くの人に失礼だ。

だから彼女はちょっとしたお仕置きをすることにした。

普段ならば出来ないようなちょっとだけ大胆な事も酔いが程よく回っている今なら可能だった。

 

 

 

「あの街は私の故郷だ。小さな田舎? それが何だという」

 

 

 

「前々から思っていたけど、やっぱり貴方は少し露悪的すぎる」

 

 

私がどれだけ貴方を思っているか、感謝しているのか、きっとプランは知らない。

もしくは判っていても眼を背けている。

自分は赤の他人だ、どうせもうすぐ死ぬと言い訳をして逃げる為に。

 

 

 

機構染みた性質であった男は自分を人間と思っていない節がある。

ただ目的/計画を回すだけの歯車と思っているのかもしれない。

人はどうやってもシステム染みた存在にはなれないというのに。

 

 

 

 

 

そして彼が領主だからこそ少女は己の故郷への行き過ぎた謙遜を許せない。

いや、それだけではない。

ずっと言おうと思っていた事だが、プランという男の悪癖を今日こそ修正してやるとルファスは決めた。

 

 

 

何が自分がいなくてもルファスは立派になれた、だ。

何が自分は赤の他人でしかない、だ。

何がほんのちょっとだけ手を貸しただけ、だ。

 

 

見聞を広めた今のルファスだからこそ判る。

貴方のそれは間違っていると断言してやる。

 

 

 

 

タンっと地面を蹴る。

翼を広げてプランに迫り、猛禽類が獲物を掻っ攫う様に彼の身体を掴んでから上空へと飛び上がった。

ぐんぐんと地上が小さくなり、雲を越し、月明かりに照らされる雲海を見渡す高度に二人は出た。

 

 

 

一回り巨大化した右の翼がプランを握る様に包み込んでおり頭だけ露出させた彼は突然の少女の行動に思考が追いついていない様だった。

見えていた筈のプランは抵抗せずされるがままに困惑していた。

はて、自分は何か変な事を言ったのだろうかととぼけた顔をしている男を雲の上まで運んでから翼を折りたたんで引き寄せる。

 

 

 

うるさい程に高鳴る心臓は果たしてどちらのものか。

 

 

 

逃がさない為に腰に腕を回して強引に引き寄せる。

また一段と成長したルファスは今や彼と頭一つ分程度しか背丈は変わらない。

ルファスのソレは女性としては高身長で既に母と並んでいた。

 

 

プランやカルキノスと言った皆の隣に早く並びたいという願いに肉体が応えているのか、天翼族としては異例の成長速度であった。

 

 

 

マナを纏った左の翼が大きく展開され二人を覆う事によって周囲の冷気を遮断した。

かつては忌み嫌った両翼を今や彼女は三本目、四本目の腕の様に手繰る事が出来るのだ。

 

 

 

直ぐ近くにあるプランの顔に向けて女は今の心情を明かしていく。

この人にはしっかり言葉で言わないとダメだと彼女は理解している故に。

下手な曲解の余地など入らないようにしっかりと。

 

 

 

 

「私の産まれはヴァナヘイム。そこはどうやっても変えられない」

 

 

 

夜空が綺麗なところ以外は何もない肥溜めの様な故郷。

翼しか見ていない狂った魑魅魍魎の国だ。

 

 

 

だけど。

 

 

 

「何処で生きていくかは自分で決められる。私は……あの街で生きていきたい」

 

 

 

 

それは最初の日、カルキノスに連れられてリュケイオンを回っていた時の話。

当時のルファスは世界の全てが憎くて、自分に向けられる視線は全てが悪意に満ちていると決めつけていた。

余りに愚かな童子は自分を受け入れてくれる場所なんてないと思っていた。

 

 

 

 

「────“よろしくね”って、言ってくれた人がいたんだ」

 

 

 

 

「“大丈夫?”とか“何かあったら言ってくれ”って、言ってくれたんだ」

 

 

 

 

「あんな可愛げもない、バカな小娘を……受け入れてくれたんだ」

 

 

 

それが誰であったかは今も判らない。

何せあの時は人の顔を見る事が苦痛でたまらなかったから。

誰も自分のことを見てくれない、理由さえないのに疎んでくる奴らばかりだ。

 

 

 

誰の声かも判断できない。

他人の声など虫の鳴き声の様にしか聞こえていなかったから。

どうせ聞いたところで嘲笑されるだけだと思い込んでいた。

 

 

 

 

でも、確かに誰かがそう言ってくれた。

それも一人ではなく複数人。

歓迎してくれたのが全員ではないにせよ、少なくとも悪意を向けてくる人は誰もいなかった。

 

 

 

 

「私は貴方が好きだ。……貴方の作った街が好きだ」

 

 

 

一言告げる度にルファスの顔は赤くなっていく。

ここには誰もいない。

厄介なベネトナシュも今や夢の中だ。

 

 

 

……あとは自分次第。

 

 

 

頬が熱い。

頭がふわふわする。

おかしい、酒は高速で分解し続けているというのに深酔いしたように目線がぐるぐるした。

 

 

どうすればいいか判らず、縋る様に少女は男を抱きしめた。

翼が二人を外界から隔絶する様に閉じていく。

ジジジと昂りすぎた精神が肉体に影響を及ぼしたせいか膨大なマナが両翼の間を循環している。

 

 

 

「リュケイオンを故郷だと思ったら……駄目?」

 

 

 

「……いや」

 

 

 

その先に続く言葉は「そんなことはない」だったかもしれない。

もしかしたら他の別の何かであったか。

どちらにせよソレを言う事は出来なかったのだから意味はない。

 

 

 

彼女の身体は無意識に動いていた。

そんなつもりはなかったのに。

どうすればいいか判らなかったのに。

 

 

二つとない美酒を味わうかの様に。

または無邪気な子供が信頼する親にするように。

もしくは女が執着する男に己の爪痕を残す様に。

 

 

 

 

 

脳裏をよぎるのはベネトナシュがこの人を奪おうとした光景。

あれを思い返すだけで言語化できない粘性を帯びた感情がどろりと蠢く。

 

 

あげない。

いや、彼は自分の所有物ではないのだが、そんな事実は今はどうでもいい。

誰にも渡さない。それだけが全て。

 

 

 

 

衝動的にルファスはプランを抱き寄せていた。

燃えるような瞳が吸血痕に鋭い視線を向けている。

蒼い瞳がソレを見てたじろいでいる。

 

 

 

そっと指でなぞる。

丁寧に【ヒール】で傷跡を塗りつぶしていく。

徹底的に、偏執としかいいようのない程に消す。

 

 

 

「ルファス?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

少女の行動の意味が分からず声をかけるが返事はない。

ただ……太陽の様に輝く瞳だけが見返してきた。

背に回された腕の力が増す。

 

 

瞳の中には誰が見ても判る程に濃厚で粘性を帯びた感情が満たされている。

どう言い繕おうと誤魔化せない執着の感情を見て取ったプランはようやく気付いた。

 

 

ルファスは本気だ、と。

 

 

刷り込みの延長にあるものだと彼は思っていた。

世界を知らない故に身近な存在に対して強い執着を抱いているだけだと思っていた。

彼女の語る“好き”というのは、もっと単純でうつろいやすい概念だとプランは分析していた。

 

 

 

だがこの世の全ては決してそんな判りやすい数式で動いてるわけではない。

特に人の生の感情、心というものは未知数な混沌なのだ。

 

 

 

もしかしたらこれは違うのかもしれないと悟った時にはもう遅かった。

ルファスにとってプランはもう切り離せない存在になっていたのだ。

ただ彼は……ルファスを受け入れる訳にはいかない。

 

 

 

それだけは出来ない。

絶対に。

たとえ身体が治り竜王を退治したとしても、その先の時間において彼はこの娘から距離を置くつもりだった。

 

 

胸の内側で父が囁いた。

 

 

 

 

※ ヤリ方は知ってんだろうに。お前は女を夢中にさせるのも上手だろうが。

 

 

※ 魔神族で練習させた時は凄かったじゃねえか。

 

 

※ 何せお前に相手してもらう為に同族の首をもってきたんだからな。

 

 

 

 

それはちょっとした閑話。

貴族である以上は女とのそういった経験も積んでおかなくてはいけないとタスクがプランに施した教育。

決して妊娠しない魔神族の雌の個体を相手に実験も兼ねてタスクは女の扱い方を息子に学ばせていた。

 

 

ちなみにかの個体は既に廃棄済みである。

 

 

プランは父の言葉を聞き流す。

確かにそういうことはあったが今は関係ない。

 

 

 

 

この少女の未来はまだまだこれからだ。

いつかきっと自分などより遥かに彼女を想ってくれる人が現れる。

だから何もできない。

 

 

積んできた経験から今どうすればいいかの最適解(抱擁を返す)は浮かぶ。

しかしやらない。

 

 

少女が求めているソレを理解しつつ決して抱擁を返さない。

ただされるがままになるだけだ。

逃げるために座標移動を行おうとするが、無駄だと判りやめた。

 

 

 

身体に纏わりついた羽根が強くマナを発していた。

これを目印にルファスは惑星の裏側までエクスゲートで追いかけて来るだろう。

 

 

彼は逃げられなくなりつつある。

少なくとも物理的には。

 

 

 

そんな当代を見てアリストテレス達はほくそ笑む。

 

 

 

男女のあれこれは何時の時代でも最高の見世物なのだ。

それにこれは彼らにとってもメリットがある。

当代は確実に変わった。

 

 

悪くない流れだ。

天然物がここに来て面白い乱数となっている。

どう転ぶかはいまだに未知数ではあるが、少なくとも停滞よりは遥かに良い。

 

 

 

 

私のモノだ。

私のものだ。

コレはわたしだけのものだ。

 

 

 

そして……。

 

 

 

一度緩んでしまった理性の蓋、その隙間から絶え間なく執着が噴き出てくる。

ぶるっと遠くでロードスが身震いした。

まだ大きくなるのかと呆れ交じりに息を吐き、眼を逸らす。

 

 

 

完全に翼が閉ざされる。

後は真っ黒な繭が月明かりの中に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の男を抱きしめながらルファスの心は凪いでいた。

気付けば彼女は男を己の胸元に抱き寄せて母が我が子にするように包んでいた。

プランは変わらず微動だにしなかったが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 

 

この人は母に抱きしめられた事もないとルファスは知っている。

父親は怪物で、母は産まれた時から既にいない。

余りに身勝手すぎる先代への憤りと軽蔑をルファスは抱く。

 

 

 

そして……。

 

 

無限に膨れ上がる執着は臨界を既に通り越し新しい境地に到達していた。

少女の“恋”は“■”に変わり始めている。

大切な人の幸せを願い、その為に自分が何か出来ないかと考える献身だ。

 

 

 

(この人の幸福はどこにあるのだろう)

 

 

 

生まれながらに業を背負った男に対して自分が何をしてあげられるだろうかという疑問。

今までは求めてばかりだった。

いや、今だって欲しくてたまらない。

 

 

 

抱きしめて……その後はどうすればいいかは判らない。

アウラが娘の強すぎる執着を危惧し意図的にそういった情報を検閲した成果だった。

貴族にとって女性とのそういった問題は厄介極まりないと彼女は知っている。

 

 

 

故にルファスは身体を内から突き破りかねない衝動をひたすら堪えるしかない。

その上で彼女は己の心と向き合い、次の領域に至り出している。

 

 

 

欲しい。

手元に置いておきたい。

身体を治した後は寿命という限界さえ超えて隣にいてほしい。

 

 

 

これらは遠慮のない言い方をすれば全て自分本位な我儘だった。

 

 

 

しかし、それだけではダメだろうと女は考え始める。

ただ強請るばかりでは人の心は動かせない。

だから彼女は思ったのだ。

 

 

 

あの日、ヴァナヘイムで死にゆくだけだった己を見つけてくれた人に自分が何を返してあげられるか。

ミズガルズという理不尽と絶望に満ちた世界であっても輝くモノがあることを教えてくれた人に何をしてあげられるか。

欲しい()”という想いと同じくらいに湧き出すのは“与えたい()”という気持ちだった。

 

 

 

その第一歩としてルファスはまずは思いを口にした。

ピオスに教わった通り、胸に秘めるだけでは意味がないのだから。

 

 

 

 

「貴方と出会えて本当に良かった」

 

 

 

 

何時も助けられている。

何時も導いてくれる。

時には叱られる事もあるが、それは本気で自分の事を考えてくれているのだとルファスは知っている。

 

 

 

だからこれは宣言だった。

いつか必ずと。

 

 

 

 

「今度は私が貴方を助けるから」

 

 

 

そして。

 

 

 

「皆で未来に行こう。絶対だ」

 

 

 

「だから、これからも宜しくね?」

 

 

 

一人の女に変わりつつある少女はこの世で最も愛しい人を決して離さないと改めて誓い、母が昔ジスモアにしていた呼び方でプランを呼んだ。

 

 

 

 

 

まるで伴侶を呼ぶような声音で彼女は優しく囁く。

 

 

 

母がかつてそうしたようにルファスも愛する人をこう呼ぶ。

 

 

()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごきげんよう!』

 

 

 

 

『はいはいはーい、こんにちは! きみがこんかいの“勇者”だね?』

 

 

 

 

『あたらしくできた“ともだち”がね、おしえてくれたの!』

 

 

 

 

(複数の笑い声)(侮蔑の声)(何かが羽ばたく音)

 

 

 

 

『そういうこと! きみね、だまされちゃったのさ!!』

 

 

 

 

『かわいそう! すっごくみじめ!!』

 

 

 

 

『じゃ、死のっか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『~~♪♪ ばらすのをてつだってくれてありがとう! 

 あとはこれをポルクスちゃんの所におくるだけだね!』

 

 

 

 

『はいはーい、わかってる! そのなんとかって子だよね?』

 

 

 

 

『ちょっと準備があるから、それがおわったら行くよー』

 

 

 

 

『あ、そうそう! このアイテムを君ももっていってね。

 ぼくの伝言とさっきの勇者ちゃんのひめいがはいってるからさ』

 

 

 

『いやぁ、しんじゃう時のこきゅうっていいよね。

 いろんなものが抜けてくのがたまらないよ!』

 

 

 

『うんうん! そういうこと! みんなにこれをきかせてあげたら面白そうだからね』

 

 

 

 

『じゃあね! つぎあうときはきみたち以外のじんるいさんがしんだときになるかも』

 

 

 

 

 

『ぼくのあたらしいおともだち、ジスモアくん』

 

 

 

 

 

 

 

───以上はアリストテレス卿の葬儀の後、天翼族が裏切っていた証拠として各国の王にエルフが提出したマジックアイテムの録音である。

 

 

 

 

他にもメッセージはあるが再生しない方が良いだろう。

勇者の断末魔とそれを嘲笑う下劣な声しか入っていないのだから。




そろそろ2部も終わりの予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。