ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
冷気が落ちてくる中、リュケイオンの街並みをルファスは歩いていた。
パサパサに乾いた冷風が容赦なく全身に吹き付けられるが今の彼女にとっては「少し寒い」程度だ。
息を吐けば白くなり、ルファスは薄暗くなってきた空を見上げる。
子供たちの喧騒が遠く聞こえる。
バタン、バタンと戸締りをする音も。
そろそろ町は夜の時間へと移行する事だろう。
空気が透き通っているせいか今日は月がとても綺麗だった。
今年は冷えるなと思い足元に目を向けた。
「メェ?」
視線を向けられたアリエスが頭を傾げる。
毛色を誤魔化す為のシャツの上に防寒として赤いマントを羽織った今の彼は王冠でも被せれば羊の王様になれることだろう。
くりくりした瞳の中にはルファスの顔が映っている。
「そろそろ帰ろうか?」
「メメっ」
散歩を終わらせるかどうかを問えばアリエスは首を縦に振る。
その様子を見て、帰ろうかと思ったが……もう一カ所だけ顔を見せる事にした。
「と、その前に……教会に行こうと思う」
「メッ゛!?」
アリエスは何故か嫌がるかもしれないが、教会に寄ろうとルファスは思った。
特に理由はない。あえて言うならもうそろそろいい年であるピオスを気にかけたからだ。
何せこんな寒い夜だ。
暖を取る為の薪も追加で持って行った方がいいかもしれない。
人間種の老人にとってこういう寒い夜は大敵だと彼女は知っている。
「メェェェ……メメッ……メェェ」
しかしアリエスは露骨に嫌そうな顔をしている。
教会という単語が出た時点でぷるぷる痙攣し、ぎゅっとその場で丸くなった。
更にはぶんぶんと頭を振って全身で「嫌だ」という態度を隠そうともしていない。
ルファスは苦笑しながらアリエスを抱き上げる。
もこもこしていて、それでいて暖かい。
大切な仲間の顔を覗き込み、前々から気になっていたことを彼女は問う事にした。
「んー……司祭の何が怖いんだ?」
「……メ」
判らないと言わんばかりにアリエスは首を横に振る。
従者としての繋がりからもその感情が流れ込んできてルファスは眉を「八」の字にした。
彼女もどういうことなんだか全く判らない。
彼女の記憶をたどる限りではピオスとアリエスには殆ど接点はない。
大きく関わったのはそれこそ2年前のあの夜くらいだ。
リュケイオンの仲間たちだって皆アリエスによくしてくれている。
虹色羊だというのは周知されているがだからと言って向けられる目線が変わったわけでもない。
奪取を試みる悪意などそれこそまさかだ。
なのにアリエスのこの嫌がりようはちょっと異常だった。
「悪い人ではないぞ? 母と私もよくしてもらっている」
それはアリエスも判っている。
ピオス司祭はルファスとアウラの命の恩人で、本当ならば感謝しなくてはいけない存在だ。
だがしかし嫌なのだ。
自分でも判らないがとにかくアリエスはピオスが怖くてたまらない。
そうだ────
彼には悪意など全くなく、それどころか本当ならば尊敬に値する人物だというのに、何故か。
もっとアリエスが違和の詳細をルファスやプランに訴えていたら。
ルファスがもう一歩だけ踏み込んで「何故」と考えていたら。
もしかしたら。
それは何の意味もないたらればだ。
この陥穽には結局、誰も気づく事はなかった。
だってその理由はとうのピオスさえも最期の最期まで気が付かなかったのだから。
「おかえりなさい。もう少しでご飯も出来るわ」
相変わらずマイペースであったピオスの顔を見てから屋敷に帰ったルファスをアウラが出迎える。
カルキノスと協力して料理を作っていた彼女であったが、直感でもうそろそろ娘が戻ってくると察知し玄関で待っていたらしい。
青いエプロンを身に着け、髪を結わえた姿は本当に何処にでもいる主婦といった様子であった。
「先に手を洗って……あっ! こらっ!!」
「メメメ~~!」
ルファスの言葉が終る前にアリエスがアウラに飛びつく。
ピオスとルファスが雑談している時もずっと彼女の後ろに隠れてプルプルしていたせいもあってかストレスが溜まっていたのだろう。
ポフンとアウラの胸に飛び込むとそのままグリグリと頭を押し付ける。
「あら……」
「メェェ……」
潤んだ瞳で見上げればアウラは理由も問わず優しく微笑んでアリエスを撫でた。
そのままぐったりと脱力し身を委ねればアウラは目線で「何かあったの?」とルファスに聞いた。
「別に何もない筈なんだけど……ピオス司祭の所に行っただけ」
腕を組んで頭を傾げる。
さっぱり意味が判らない。
単純に好き嫌いの話であったのならばそれこそどうしようもない。
アウラも何故かアリエスがピオス司祭を苦手だと思っている事を知っている故に複雑な顔を浮かべる。
彼女にとってかの司祭は二度も命を助けてくれた恩人なのだ。
素晴らしい人なりもよく知っている故にどうしてとしか思えない。
「無理強いはよくない、か……」
“司祭はいい人だ“と言い聞かせる事はあっても無理に好きになれとはルファスは言いたくなかった。
そういった人間関係の強制は良くないと彼女は考えている。
まだアリエスは子羊だ。
もうそろそろで7年の付き合いになるが、それでもアリエスは子羊だ。
虹色羊もまた魔物の一種だと考えるにその寿命はとてつもなく長いのだろう。
とりあえずあと5年待ってみようとルファスは答えを出す。
もう少しだけアリエスが大きくなって物の見方などが変わってきたら改めてこの問題について考える事にした。
大雑把に5年と言う年月を持ちだす辺り、天翼族やエルフなどが持つ長大な時間感覚に彼女も目覚めつつあるのかもしれない。
「ほらっ、何時までも引っ付かない! 外から戻ったらちゃんと足を洗わないと駄目だぞ!」
「メェェェェ……!」
カツカツと母に近寄り、アリエスを引きはがす。
子羊は足をパタパタさせながら柔らかくて暖かったアウラの胸を未練がましく見ていたが、ルファスの言う事に逆らう訳もない。
微かに滲んだ涙と鼻水を気合で引っ込める。
しかしそこはルファス。
昔は厳しさだけであったが今の彼女は一回りも二回りも変わっている。
具体的に言うと身近にいた汚い大人のやり口を学んでいた。
つまるところ飴と鞭である。
「……後でおやつもあげるから」
「メッ!」」
一瞬で瞳に光を取り戻したアリエスがキビキビとした動きで素早く湯あみ場に走り去っていく。
遠くから鳴き声でカルキノスを呼んでいるらしく直ぐに「HEY! 帰ってきてたのですね!」という慌ただしい声が聞こえた。
その後はバタバタとカルキノスがアリエスの足を洗うための準備を整える音が鳴る。
とんでもない騒がしさだが、ルファスは嫌いではなかった。
こういうのを見ていると生活感があるというか、本当にここは私の家なんだなという実感がする。
プランはかつて「家族ごっこ」だと称していたが、それは違うとルファスは思っている。
世の中にある普通がどうかは判らないが。
きっと、こうなのだろうと。
「ご飯にしましょう?」
「うん」
母の言葉に素直に頷く。
もちろん手洗いとうがいは忘れない。
カルキノスの作った料理は何時でも美味しく、この日もまたルファスはおかわりをするのだった。
「始めるぞ」
その夜、ルファスはポーションの入ったフラスコを手にプランの前で仁王立ちしていた。
光の森から持ち帰ったコレは【エリクサー】である。
もちろん癌の暴走が懸念されていた原液ではなくプランの為に各種成分を調整された一本だ。
今日飲むのは聖水としての側面が強い【エリクサー】だ。
これでは完全なる除去は不可能であるがそれでも薄められることが期待されていた。
忌々しい2年まえの自分がこれで少しでも薄れる事をルファスは望んでいる。
人を壊すのは簡単だが、治すのは途方もなく難しく手間がかかるのである。
少なくともプランを治す為には高性能な薬を一本だけ飲めば全て解決とはいかない。
都合10本の【エリクサー】をルファスはロードスから預かっていた。
少しずつプランの体内の癌細胞を駆除する度に薬の濃度を上げていこうというのが計画だ。
机の上には分厚いレポートの束。
ここに至るまでの彼の治療の経過などを纏めたレポートだ。
以前に作成したレントゲンは至る所に書き込みがされており、消え去った癌の個所などがまとめられている。
経過は非常に順調。
既に7割がた癌は消し去られており、溶解した臓器の再構築も問題なし。
呪詛も弱まりつつある。
このままいけば17歳の誕生日には彼は完治するかもしれない。
もしもそうだったらそれは何よりもうれしいプレゼントになる。
「そろそろ一人で……」
「何か言ったか?」
「…………」
身体の調子も非常によくなってきたのもあり、そろそろ一人で治療を行いたいとプランが述べるが、ルファスが一段低い声を出せば直ぐに負けてしまう。
どうにもこの少女に押されるとプランは弱い面があった。
本人は気が付いていないだろうが既に立派に尻に敷かれつつあるのだ、プランと言う男は。
治療計画も半分を超えた辺り。
治りかけの状態にまで身体と体力が戻れば彼はごね始めていた。
理由は簡単。ルファスに迷惑をかけたくないからだ。
今更すぎる理由にルファスは腕を組み、口を開いた。
「どうせ“情けない所を見せるのは駄目だ”とか“大人として迷惑をかけるのはー”とか思ってるな?」
“繋がり”を辿るまでもなくルファスはプランの内心を言い当てる。
平時は泰然自若としているプランであるが、時折自分で作った“良い人”や“物わかりのいい大人”の仮面を頑なに守ろうとするときがある。
もっとかみ砕いて言えば人に己の弱みや本心を曝け出す事を病的なまでに嫌がる。
少し前までのルファスだったら話してくれるまで待つという考えだっただろう。
だがしかしプルートにおける事件などを通じて彼女は学習したのだ。
少なくともこの人の場合はこっちからどんどん押して行かないと物事は絶対に進展しないと。
だからルファスは遠慮しない。
いうべきだと思った事ははっきりと口にしていく。
「そういうプライドなんて今更気にする仲じゃないだろう?」
「それに私もお互い様だ。色々と」
7年も一緒に居れば相手の良い所、悪い所など幾らでも見つけられる。
試しに10個プランの悪い所を上げて見ろと言われたらルファスは難なく言えるだろう。
最もその後に11個ほど良い所も言うが。
「そもそも私なんてつい2年前まではほんっっっとうに恥ずかしい話ばかりだ……っ!」
頬を真っ赤に染めて叫ぶようにぶちまける。
思い出すだけでちょっと昔の自分は黒歴史だらけの歩く恥でしかない。
寝る前、ふと過去の失敗例が頭をよぎるたびにベッドに深く潜り込み「ああぁぁぁぁ」と小さく悲鳴を上げる事だってあるほどだ。
そんな時ほどルファスは自室が手に入って本当に良かったと思ったことはない。
母と同室だった時は発散することも出来ず、毛布を力強く握りしめながらぷるぷる震える事しか出来なかったのだから。
全方位に敵意を向けていた事も。
プランに何度も殺すと言い続けていた事も。
カルキノスやピオスの真心に意味なく反抗し拒絶していたことだってある。
思い出すだけで転げ回りたい失敗ばかりである。
どれだけプランや周りの大人たちがフォローに回ってくれたのか、それを考えるだけでルファスの翼は暴れ狂う。
具体的には左右の翼でベシベシ己の頭を叩くのだ。この愚か者が! と無言で叫びながら。
全ては今の自分を作るために必要な事だったのかもしれないが、それでもルファスにとってはとんでもない恥部だ。
そしてそれらをプランは全て記憶している。
これは想像を絶する弱みであった。
普通に説得していてはのらりくらりと躱されるプランに対してルファスは半ば自傷しながら強引に突っ込んでいく。
使えるものは何だって使って彼の治療を自分の手で完遂させるのだ。
その為ならば黒歴史の開帳やら何やらなど幾らだってやってやる。
「やらかした回数で言えば私の方がずっと上だという事を忘れないでもらおうか!」
「恥ずかしい話の一つや二つ、私に比べたらな!」
ずんずんとプランに迫る。
とんでもない重圧が迫ってきて思わずプランは後ずさりしそうになった。
真っ赤な瞳には言葉に出来ない凄みが宿っている。
「あえて言うぞ。貴方にも恥をかいてもらう」
「まだまだ全然足りないけど、公平じゃないからな。
私だけ全部知られてるのは、全然、全く、不公平だ」
一しきり言い終わった後、ルファスは己の羽根に手をやった。
「これだけ言ってもまだ納得できないなら───」
ぐっと力を込めて羽根を引き抜き掌で弄ぶ。
うん、程よく柔らかい。
これで肌を撫でればきっと物凄く擽ったい事だろう。
「待ってほしい。もうちょっとだけ、時間を……」
目を白黒させたプランはぐぐぐと歯噛みした。
普段ならばどんな言葉であろうと淡々と返せるのに、ルファスの自爆染みた説得に対する返答が中々に浮かばない。
貴族社会を生きる為に上品な会話や駆け引きを教え込まれた彼はこういった損得の一切ない訴えには弱かった。
彼に出来たのはただ後ずさるだけだ。
しかし一歩下がるたびにルファスは二歩詰めてくる。
気付けば壁に背中が当たってしまう。
まるで衛兵に追い詰められる犯罪者の様だった。
ルファスの口角が吊り上がった。
「さぁ、何処に行く?」とでも言わんばかりの視線が向けられる。
「ダメかな?」
「ダメだな」
逃げられない現実を前にプランは肩を落とすのだった。
ちなみにこの日の治療はかなりの成果を上げたらしい。
そして……。
「パーティーか……」
17歳を目前に控えたある日、少女は沈みゆく太陽をベッドから眺めている。
オレンジ色の光がとても眩しいが、この明るさが良い刺激となって眠気を抑えてくれていた。
「あれで隠してるつもりなんだからな」
噛み締めるように言う。
体温が急速に冷えていく中、ルファスはベッドの中でほくそ笑んでいた。
リュケイオンの人々たちが自分に何かを隠してコソコソしていたのを彼女は知っている。
最初は頭を傾げたが、飾りつけの一つに“ルファスちゃん誕生日おめでとう”と書かれていたのを見てしまったらさすがに気づく。
毎年必ずルファスの誕生日を祝い続けたプランは今年はどうやらリュケイオンの有志達とパーティーを開催するらしい。
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。まさか、こんな、自分が。
17歳と言えばミズガルズではそろそろ大人の仲間入りする年齢だというのに──子供の様に楽しみで仕方がない。
「楽しみだ」
無意識に出た言葉は心からの本音だった。
徐々に眠気が込みあがってくる。
次に起きた時はきっとレベル1000に至ると彼女は決めた。
己の肉体をどうすれば操れるか、既に彼女はその真髄を掴んでいた。
プランから知識を与えられた上に己のルーツも教えてもらった。
【バルドル】を装備したことにより魔物としての自分の能力を開花させ、掌握した。
ルファスは本当の意味で己を知ったのだ。
今の彼女は自分の中に溢れるマナを完璧に制御できる。
医学を修めたお蔭で肉体がどういう構造/原理で動いているのも知っているから、何処をどう変異させれば強くなるかも判る。
だから決めた。
次のレベルは1000にすると。
きっと変異の度に眠るのもこれが最後になる……否、そうする。
レベル1000。
ミズガルズの頂点と呼ばれる領域に彼女は踏み込むことにした。
その更に先を目指すための足掛かりとして。
レベル限界の先。
その先に竜王は座している。
悪意の塊であるあの邪悪と戦うためには、プランやベネトナシュ、ナナコの足手まといにならない為にはその域に至らなくては話にもならない。
「待ってて」
ここには居ない友と大切な人に語り掛ける。
気付けばかつてのアリエスと同じような心境で彼女は己より先に居る人たちに言った。
ナナコに、プラン……癪ではあるがベネトナシュに。
「直ぐに私もそこに追いつくから。そして、皆で戦って勝とう」
ラードゥンに好きにはさせない。
これ以上、あいつには何も奪わせない。
プランを助けて竜王を倒す。
そしてナナコも故郷に帰す。
最後は皆で平和に暮らして大団円。
それがルファスの願いだった。
明日への希望を胸に少女は眠りにつく。
ハハハハハ!! モブのみなさーん!! ごきげんよう!!