ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
ミズガルズの人々のクラスやスキル
特殊能力など全てのシステムは女神が作り運営している。
『自分で技を編み出す』、『自分で技を作る』といった概念はミズガルズには
存在せず、全ては女神から与えられたものである。
その結果、人々の文明の発達さえも何処か歪だ。
ルファスは無事に11歳の誕生日を迎えた。
気づけば彼女がリュケイオンに引き取られて1年が経過していたのだ。
そして2日間の高熱を経て、体調を回復させた彼女の現在のレベルは60まで上昇をしていた。
レベル20から三倍も彼女は寝ていただけで強くなったのだ。
ベッドの周りに散乱した羽の中で彼女の黒い翼はいっそう美しく、全ての光を吸い取る程の輝きを発していた。
また一歩、彼女は“完成”に近づいた。
【観察眼】によりルファスのステータスを計測したプランは難しい顔をしてしまった。
これは11歳の子供がもっていて良い力ではないからだ。
恐らくミズガルズ全土を見渡しても彼女ほどの強さを持つ人類はそうはいない。
レベル60。
これだけのレベルがあれば、スキル構成などにもよるが平均的な魔神族とも渡り合えるかもしれない強さだ。
人類圏という狭い世界の中で例えるなら、王族の護衛を任されたり騎士団の重役を務められる程の能力である。
そんな力を彼女は11歳という若さで手に入れてしまった。
力への欲求が強い彼女ならば満足感を覚えるだろうが、ルファスは恐らくまだまだ満足しないだろう。
“四強”の話をした時に浮かべていた、己こそが全てを凌ぐ存在になるという野心を未だに彼女はもっている。
それどころか着実に力をつける自分を鑑みて、己の野望が夢物語ではない事を実感した彼女にはとても危うい側面があるのも事実だった。
それはそうと彼女の体調が快復し、無事に「成長」を果たせたのは喜ばしいのも事実である。
なのでプランがルファスにプレゼントを渡そうと考えたのは特におかしい話ではなかった。
10歳の時に渡したのは本で、11歳となれば何を渡そうか彼は考えた結果……判らなかった。
いや、普通ならばドレスや靴、装飾品などが上げられるのだが、生憎彼女は母から貰った髪飾りに執心しておりそれ以外は目に入らないようだった。
なので彼はいきなり問いかけるのではなくカマをかけることにした。
どうせならちゃんと使ってもらえるもので、なおかつ気に入って貰えるものがいいと考えた末、彼はルファスを探ってみることにしたのだ。
ふと頭に浮かんだ品はあるが、年頃の少女にソレを渡すのはどうかと思ったというのも大きな割合を占めての行動だった。
だって誰がどう考えてもおかしいではないか。
11歳の子供、それも少女に武器を贈るなど。
しかしルファスが喜びそうなモノといえばこれしか浮かばなかったのも事実である。
当然、プランに「もしも武器が手に入るなら何がいい?」等と聞かれたルファスは腕を組み、左の眉を上げて怪訝な顔をしながら言った。
「武器だと……?」
失敗だったか? とプランは思い「何でもない」と言おうとしたが、ルファスの次の反応は彼の予想を超えたものだった。
まさにこの話題を待っていましたと言わんばかりに少女の翼は大きく動き出し、赤い眼が喜色で輝きだす。
普段は滅多に笑わない彼女だったが、今はとても楽しそうに語り出した。
「やはり剣だな……!
いや、剣と一口で言っても種類があるのは知っているが……
露骨に上機嫌になったルファスは語り出す。
武器というものは彼女にとって“力”の象徴である。
最後にモノを言うのは己の身体と頭脳だとプランに教えられ、それは正しいと認めている彼女であるがそれでも己だけの武器というものに憧れはあるようだった。
プランの書斎で武器に関する多くの書物を読み漁る彼女の今の趣味は自分がもしも本の中の武器を使ったらどう動くか想像することであった。
強い自分をイメージし、それに近づく為に彼女は毎日努力し続けている。
「しかし槍も捨てがたい。
棒術を基本としながら先端についている刃物という凶器をどう振り回すか試行錯誤して……」
朗々と彼女の口は動き続ける。
もしも自分が槍を手に入れたらどう動くかまでプランに延々と彼女は話して聞かせた。
しかしこれで終わりではない、彼女は次々と武器に関する所感をプランに話つづける。
大剣にナイフ。ハルバード。
ジャマダハル。トンファー。どこで知ったのかパイルバンカーまで。
屋敷にあった資料で知れる限りの武器についてルファスは話し続ける。
私がナイフをもったらこう動く。
いつか大剣を片手で扱える程の膂力を手に入れて見せる。
蛇腹剣の稼働ギミックは実にかっこいい、などなど。
いつか絶対にたどり着いてみせる強者の座。
そこに至った自分ならこういう風にあの武器を使うんだと少女は男に語り続けた。
さながら子供が己の親に将来の夢を話して聞かせるように。
最初はルファスの勢いに押されて驚いていたプランであったが、直ぐに微笑みを浮かべてルファスの言葉をしっかりと聞き始めていた。
実によい傾向だと彼は内心で思っていた。
年頃の少女が話す話題にしては物騒なものだが、こうして何かに夢中になれるのはよい傾向だと。
やがて一通り話し終えた後、彼女は唐突に気が付いたのか少しだけ顔を赤くして俯いて言った。
誤魔化しきれない程にボロを出してしまったと自覚した彼女は唇を噛み締め、んんんと唸った。
ひとしきり唸り、頭の中の感情を整理した後にルファスは風に流されてしまいそうな程にか細い声で一言だけ呟いた。
「…………
探るような目でルファスはプランを見た。
実のところ彼女は最初から全て知っている。
まるで自分が物乞いの様に思われていると彼女は思ったが、とある男はこう言って彼女を説得したのだ。
「考えをchangeしましょう。乞うのではなく、
瞬間、彼女の中では閃きが産まれた。
貢がれた、献上された、差し出された、奪った、勝ち取った。
実によい言葉たちだとルファスは考える。
確かに、この男がどうしても
断じて誕生日プレゼントという概念が毎年もらえると聞いて、衝撃と喜びを受けたわけではない。
繰り返すが、断じて欲しいモノが一つ手に入ると聞いて、その話に飛び乗ったわけではないのだ。
なにより今の己のレベルは60である。
リュケイオンに訪れた当初は3だったレベルはたった1年で20倍にも跳ね上がった。
このまま順調に進めばプラン・アリストテレスの221を超える日もそう遠くはない。
その時こそ、今までの全ての恨みを晴らす時だと彼女は考えている。
どれだけ奇妙な動きをされようと、圧倒的なレベル差で押しつぶしてしまえばいいのだ。
憎き存在の命に手が届くのもそう遠くはないからこそ、彼女は余裕をもつことが出来る。
プランから最後に貰うものは最初から決まっている。
今はそこに至る為の道程の最中にすぎない。
何が50年生きる、だ。
何が死んだら屋敷を自由に使っていい、だ。
お前の命などあと10年もしない内に奪ってやるとルファスは内心で吐き捨てながらプランを伺う。
「……本当に?」
「勿論。どうやら知ってたみたいだね……」
ばれてたかと苦笑するプランをしり目にルファスは未だに疑い深く彼を凝視した。
きょろきょろと周囲を見渡し「嘘だよ」と叫びながら乱入してくるものがいないか警戒する。
事前の情報通りなら何の問題もないはずだが、ここにきて少しだけルファスは不安を抱いたのだ。
上げて落とす、なんてことはヴァナヘイムで何回も経験してきた。
冷えていたとはいえ初めて出された肉入りのスープには洗剤が混ざっていた。
他にも近所の子供から渡された飲料水の中に虫が入っていたり、貰ったパンの中に夥しい量の釘が混入してたこともあった。
そういった輩はいつも笑顔で渡してくるのだ。まるで改心したかのように。
後は……渡すといって直前で渡さないということもあった。
これが一番堪えることをルファスは知っている。
仲間に入れてやると言われて、何度その期待を裏切られたことか。
だからこそ彼女は滅多なことでは他人を信じないのだ。
全ては己を守る為の術であった。
串焼き肉の件が頭をよぎったがアレは……そうだ、捧げられたから貰ったのだと彼女は自己解決する。
「じゃあ、まずは自分の工房に行こうか。ちょうどレベルも上がったし、武器やクラスについても教えないとね」
ルファスの不安など全く考慮せず、あっけらかんとプランは言った。
自分の悩みを軽く見られたような気がして、ルファスはふんっと一度だけ不機嫌に鼻を鳴らした。
幾つかの魔法的な“鍵”を操作し、工房……屋敷の地下室へ繋がる古びた扉をプランが開く。
部屋の主である彼は何の気負いもせずに己の研究室に入っていく。
主の入室を歓迎するように部屋の至る所でランタンに火が灯った。
ルファスが何処か緊張した面持ちで男の後に続いた。
地下室だというのもあり冷たい空気が肌を撫でる。
思えばプランの工房にルファスが足を踏み入れたのは初めての事であった。
彼の工房、拠点、研究室ともいえる場所はルファスの想像とは違う内装だった。
彼女の想像では無数の書類や実験結果、サンプルなどが所狭しと並べられ、意味不明な実験器具で埋め尽くされたいかにもなモノであったのだが……。
実際の彼の部屋は幾つかの本棚と、主機と予備の【バルドル】が並んで壁にかけられているだけの質素な部屋だった。
主が着ていないというのに無機質なゴーレムのマスクがルファスを見ている気がして、思わず彼女はそちらを見ない様に顔を逸らす。
部屋の隅には金庫が置いてあり、もしも貴重品があるとしたらあそこの中なのだろうとルファスは考えた。
(……ちょっと不気味だな。それとも、こことは違う個所にも研究室があるのか?)
おかしな話ではない。
表向きのモノと本命を別けておくのは普通に考えられることだった。
唇を強く閉じ、ルファスはあらゆる個所に注意を払っていた。
彼女の心にあるのは警戒と、期待と、野心だった。
この男の強さの秘密がここにあるとしたら、彼女はそれを盗んでやりたいと思っている。
プランは手早く椅子と机をルファスの前に用意する。
「とりあえず座って待ってて欲しい。後は黒板とチョークを用意して……」
【錬成】を発動させ、あっという間に彼は勉強机に黒板などを作り上げた。
チョークを手に持ち、ルファスを見るといつも通り微笑んだ。
もう何回も授業で見た顔だった。
「まずは誕生日おめでとう!
体調も戻ったみたいで、とりあえず一段落付いた感じだ」
「レベルも上がった……今の私はレベル60だ」
大事な事だとルファスは「60」の所に物凄い力を込めて強調した。
言葉にするたびに彼女の心は優越感に満たされるのだ。
自分は着実に強くなっているという事実がルファスを喜ばせた。
そんな彼女にプランは告げた。
「そろそろ本格的に【クラス】の事も意識しないといけないレベル帯だね……。【クラス】という概念は何処まで知ってる?」
試す様に笑いかけるプランにルファスは腕を組んで逆に見下す様に笑い返してやった。
随分と温い問題だなと笑い飛ばす様に彼女はスラスラと答えていく。
「我々には“レベル”と“クラスレベル”の二つが存在している。
“レベル”は生物の位階の高さ。
“クラスレベル”というのは……大まかに言ってしまえば、どの能力を重視しているか……ステータスの偏り、方向性みたいなものだな」
二つは似ているようで違うとルファスは纏めた。
“レベル”は見てわかる通りレベルだ。
ミズガルズにおいては生物としての位階の高さ……大まかに言ってしまえば生物としての強さを表す数値で、戦ってマナを貯め込み、一定値まで溜まる事で上昇していくものだ。
女神の定めたルールにおける上限は1000で、これ以上は何をどうしようが上がらないのが普通である。
次に少しややこしくなるが“クラスレベル”
これはその人物が習得しているクラスのレベルを表すもので上限は100である。
“クラスレベル”を上昇させるには“レベル”を上げる必要がある。
つまりレベルアップする時は、二つの“レベル”が同時に上がるのだ。
そしてその時の【クラス】構成によって能力上昇の比率は大きく変わってくる。
剣士やグラップラーなどの前衛職ならば攻撃力や防御力、体力などが重点的に上がる。
逆にプリーストやメイジなどの後衛職ならば魔力や知力などが上がっていくだろう。
「正解だよ。しっかり知識を身に着けている」
偉いぞと褒めながらプランは焼き菓子の入った包みをルファスの前に置いた。
下らない子供だましだなと思いながら少女はソレを手に取り、口の中に放り込む。
とても甘く、しゃりしゃりした感触が口の中に拡がった。
「“クラスレベル”という概念は我々人類種だけが持っているモノだ。
魔物は“クラス”という概念を持たず、ただレベルだけがあるんだ」
だから間違っても【アルケミスト】のオークなんて存在は出てこないんだよと冗談交じりにプランは続ける。
「“クラス”という概念は女神アロヴィナスが我々人類に対する愛として与えたという見方が一般的だ。
自分たちが使うスキルなどは全て女神が作り上げ、用意してくれたものだという考え方だね」
黒板に「女神」と書いてプランは続ける。
その下に「魔神族」と彼は書き連ねた。
「しかし唯一の例外として魔神族も“クラス”という概念を持っている。
魔神族の厄介な所はそこなんだ。
彼らは基本的に我々人類種よりも高いレベルをもつ上に、自分たちの武器である【クラス】や【スキル】さえも使ってくる」
魔神族の性質も含めて、本当に厄介な奴らだとプランは世間一般で言われる所感を述べていく。
そんな彼の様子に少しだけ違和を覚えたルファスは訝しむような眼で問いかけた。
何回か頭の中で質問を吟味する。
彼女が気になったのは取り繕われた当たり障りのないものではなく、プランの生の感情を宿したものだった。
「貴方はこの……“クラス”やら何やらの法則をどう思ってるんだ?」
ルファスの予想外の質問にプランは一瞬だけ固まった。
まさか己の所感を問われるとは思っていなかった彼は少女の真っ赤な瞳を正面から見返した。
「ちょっとだけ……
「……判った」
この話題をこれ以上掘り下げるのはやめておいた方が良いとルファスは判断し、軽く頷く。
時折プランはこのように……とても無機質な面を見せる事があると少女は知っていた。
「さて、では本題として今のルファスの“クラスレベル”を見てみようか」
【観察眼】を発動させ、プランはルファスを見る。
同年齢の子供どころか、ミズガルズに存在するあらゆる人類という括りにおいても上位に位置する能力が表示された。
ルファス・マファール。
レベル60
種族 天翼族
クラスレベル
【ソード・ファイター】 40
【グラップラー】 20
HP 3800
SP 250
STR(攻撃力) 290
DEX(器用度) 199
VIT(生命力) 220
INT(知力) 144
AGI(素早さ) 211
MND(精神力) 407
LUK(幸運) 105
表示されたステータスを見てプランは「平均的な前衛職だな」と淡々とした感想を抱く。
剣士系統と拳闘士のクラスを持っているのも納得だ。
いつも彼女にその手の技術を教えていたのは自分なのだから。
精神力が突出して高いのも普段の彼女を知るならば納得だ。
天翼族は元よりこのステータスが高いモノであるが、彼女はそれを除いてもとてつもない高さだった。
HPが平均値より高いのは……
次にプランは二回【観察眼】を使用し、次に【錬成】と【サイコスルー】を使った。
結果、彼は自分が発動させた【観察眼】を【錬成】と念力によって
脳内に無機質な女の声でアナウンスが響き渡る。
本来ならば管理者しか入れない領域にプランは苦も無く入り込む。
恐らく女神はこのような事態を想定していないのだろう。
己の法則を浸食されるなど彼女には想像もできない故に、防御措置など存在はしなかった。
───優先度『6』への書き換えを完了しました。
───対象情報の完全閲覧権を取得しました。
───選択。対象の
次に見るのは彼女のレベルアップの記録だ。
やはりというべきか、10歳の時と同じく2種のレベル及びステータスの上昇が発生した時期は彼女が寝込んでいたタイミングとぴったりと重なった。
プランは1年前に立てた己の仮説が正解であったと確信しながら、羊皮紙の上に凄まじい勢いでルファスのステータスを書き写し、それを彼女に差し出す。
「今のルファスのステータスはこんな感じになってる。
前衛系の【クラス】が二つあるよ」
両手で紙を握りしめ、彼女は己のステータスなどを凝視していた。
自分の強さをこうして改めて数値で出力されると、強くなったという実感が湧くのか彼女の口元はにやついていた。
「……ふふっ……そうか、レベル60……中々だな……」
ぱたぱた翼を動かしながら少女は何度も頷いていた。
まるで子供がよい点を取った問題のプリントを眺めているかの様だった。
「さて、それを踏まえてなんだけど……。
これから先、ルファスは前衛か後衛か、どっちを重視して強くなりたい?」
大まかに分けて二つの道があるよ、とプランは少女に告げた。
華々しく武器を振るい、並み居る敵を薙ぎ払う戦士。
多種多様な魔法、天法を使いこなし、あらゆる状況を莫大な知識と術で乗り越える魔法使い。
どちらもルファスにとっては魅力的な存在だった。
しかし彼女が目指す強さというのはその程度ではない故にルファスは口を開き……
「どっ」
「っちもというのはお勧めできない。
万能といえば聞こえはいいけど、器用貧乏になりかねないから」
己の思考を読まれ、言葉を先読みされた事実にルファスは「むっ」とした顔を浮かべてプランを見た。
彼は少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべていた。まるで悪戯が成功した悪ガキの様な顔だった。
「基本は特化したほうが強くなるんだ。
出来ない事は出来ないと割り切って、自分の不足した部分はパーティを組んで補えばいいのさ」
それに、と彼は続ける。
ミズガルズにおける殆ど誰もが知らない秘密を彼は当然の様に語った。
「実はミズガルズには殆ど知られていない【隠しクラス】っていうのがあるんだ。
例えばウォーリアー三種に、ソードマスターの【クラス】を取り続けると……」
「取り続けると?」
隠されたクラス、そんなロマンある言葉に惹かれてルファスは身を乗り出した。
是非とも知りたい。とても強そう、なってみたいという思いがそこには溢れている。
そんな彼女にプランはあっけらかんと言った。
「“勇者”になれるかもしれないよ?」
「こいつっ!」
茶化されたと判断したルファスが飛びかかり、プランの身体を揺らす。
しかし彼は顔色一つ変えずに宥めるように語り掛け続けた。
かくかくと首が前後に揺れるせいで、言葉が奇妙な吃音を起こす。
「本当なんだ。信じてほしし、し、し、し……」
「嘘をつくな! 何が“勇者”だ! このっ! 騙されんぞ!!」
ひとしきりプランの頭をシェイクした後、ルファスは精魂はてたのかぜーはーと荒い息を吐く。
無駄にプランの体幹が強いせいで揺するのも一苦労なのだ。
何事もまずは体力から、というのは事実だと彼女は痛感した。
小手先の力などいらない。
私は絶対的で、どんな理不尽でも跳ね返せる無敵の力が欲しいと彼女は己の初心を振り返った。
その点を考慮し、考えを巡らせてからルファスはやがて決心し、口を開く。
これから先、自分がどのように強くなるか彼女は決めた。
彼女は欠片も諦めてはいない。
いずれ自分は前衛も後衛も、何もかも一人で完結させた完璧で、無比の存在になるという夢を。
これはただ順番を決めただけなのだ。
「……前衛。まずは自分の身体を強くしたい……。
どんな奴が相手でもねじ伏せる様な力が欲しい」
真っ赤な瞳を輝かせながらルファスはプランに宣言した。
彼は一言「判った」とだけ答えて頷き、小さく息を吐いた。
「じゃあ、今後の予定も決まった事だし……お待ちかねと行こう」
「え……? ───あ!」
唐突に話題を変えたプランに“お待ちかね”と切り出されて当初ルファスは何のことなのか判らなかった。
しかし直ぐにここに来た理由の一つを思い出し、途端に高揚を覚えた。
大きく翼が広がり、昂る心を表現する様にそれは震えた。
「自分は【アルケミスト】のクラスを持っているから【錬成】を使えば武器なんかも作れるんだ」
店で売っているものよりずっと良いモノが作れるぞ、と彼には珍しく己の力を誇示する様にルファスに言う。
少女はそんな男の言葉に眼を細めて返答する。
「……ズルイ。つまり何でも作れるってこと?」
「色々と制約は多いけどね。……だけど何事も
【サイコスルー】を発動させて部屋の片隅に置かれていた布袋を取り寄せ、中身を取り出す。
出てきたのはいつぞやルファスの授業で使ったようなマナを取り込ませ、レベルアップを果たさせた鉱石である。
プランはソレの表面を軽く撫でてから輝く原石を凝視し続けるルファスに微笑みかけた。
頭の中で彼は計画を立てている。
剣の形状、重さ、長さなどは既に決まっている。
あとはルファスと相談しながら調整していくだけだ。
装飾系統は……末永く使ってもらいたいので、シンプルに何もなしにしよう。
何の変哲もない質素な剣というものも味があるものだ。
プランは華美な装飾などは好まない性格であった。
一応貴族としての体裁もあるゆえに【バルドル】には装飾を施しているが、あれ以上の飾りはいらないと彼は思っている。
「ではでは。ルファス・マファール嬢。
本日は私のショーを是非“体験”していってくださいませ」
プラン・アリストテレスはまるで役者の様にキザな笑みを顔に張り付け、恭しくルファスに一礼した。
彼の能力の本質にして究極を出力するために【観察眼】がいつもの様に発動する。
このように自分の力を見せつけるように彼が行使するのは非常に珍しい事だった。
【観察眼】【ターゲティング】【観察眼】【観察眼】
倍率変更。認識。出力。
【観察眼】の対象は……表現不可能。
女神アロヴィナスの支配するあらゆる世界の、あらゆる宙の、あらゆる鉱石を彼は“観測”した。
ジジジと世界の歯車が軋む波長を感じながら、黙々と男は記録領域を読み漁る。
オリハルコン。
ヒヒイロカネ。
ダマスカス。
アダマンタイト。
ウーツ。
玉鋼。
ベリル鉱石。
殆どが伝説、神話上のものでしかないが……やろうと思えばプランはそれらを女神世界の記憶領域から引っ張り出す事が出来た。
時間という行程を無視すればの話であるが。
【錬成】を用いて記録領域より引きずり出すのに、相応の時間がかかるという弱点もあった。
そして何より恐ろしいのは、とてつもない全能感を得てしまうことである。
意のままにあらゆる物質、法則、そればかりか“結果”さえも作り出す人の手に余る術だと。
故にプランはこれを禁忌とし、滅多な事では使わないと自戒している。
しかし今回はルファスの11歳の誕生日プレゼントということもあり、ちょっとばかり締め付けを彼は緩めた。
アリストテレス家の秘術であるが、使うべき時には使うべきで、今がその時だと彼は判断した。
その上で彼はルファスに相応しい武具の材料を選ぶ。
壊れにくく、扱いやすく、プレゼントの名に相応しい原材料と言えば……“ミスリル”辺りかとプランは決めた。
この程度ならば数秒でコードの打ち込みは終わる。
これより上のランクとなると、数時間、下手すると丸一日【錬成】を使わなくてはならない超希少鉱石ばかりだ。
「世にも珍しいモノをご覧に入れましょう」
佇まいを正し、よく通る声でプランは言う。
【一致団結】を用いてルファスと認識を共有する。
とたん、視界全てに奇妙な数式が浮かび上がったルファスは肩を跳ねさせた。
何度見ても慣れない異形の世界である。
文字だけではなく、あらゆる記号が浮かんでは消え、浮かんでは飛び跳ねるという意味の分からない世界だ。
プランが見続けるこの世界の裏側であり本質の世界である。
そんな異界の中、さらに訳のわからないモノをルファスは見せつけられた。
発動したのはプランの定番の技である【錬成】である。
ただし
ルファスの眼前で淡々と【錬成】によるコード入力が行われていく。
一文字一文字【錬成】されるたびにミズガルズが混乱し、因果に乱数がねじ込まれ出す。
【錬成】 ①①=[Tl]=0xooppopkopjjhihohp;;:l:;l];,ui9hh
【錬成】 ①①+❶❶=0xoooerrooaihiuhiE+0x1A00=0xFACE
【錬成】 ①①+❶❶=0xE0ooopppiji=llpaijhoh;ophauasiohh
【錬成】 9がれョににへマだらへザよへおおじほphp:::あいふぉhjpはしエ
ちかちかと淀みなく【錬成】は繰り返され、理解できない法則による世界根底の捻じ曲げが繰り返される。
それはルファス・マファールをもってしても寒気が走るものであり、力への渇望が強い彼女でさえ畏怖してしまう御業であった。
人は理解できない未知に恐怖を抱くというが、今の彼女は正にソレだ。
「な、なに……なんなの、これ……」
震える腕を抱きしめるようにしながら、少女は零す。
今、自分はとてつもないものを見せられているとルファスは本能で悟っていた。
とてつもなく恐ろしく、強大な「力」は魅力さえも消し飛ぶほどの……。
【錬成】の繰り返しが終了する。
全ての必要な事項を打ち込み終えたのだ。
結果、世界は裏返る。
一瞬の閃光の後、プランの眼前にあった8キロの原石はミズガルズより消滅し、世界の質量の絶対数がその分だけ消え去った。
しかし直ぐにその消え去った分を補うように出力されたミスリルが入れ替わって出現する。
先のレベルアップを果たしていた原石と比較してなお、眩い輝きを放つソレは見る者を惹きつける薄い翡翠色をしていた。
人類世界においてかなり希少なソレの表面を確かめるように撫でながらプランはルファスに説明する。
「これは“ミスリル”という金属さ。名前くらいなら聞いた事があるんじゃないかな?」
「……さわって、大丈夫なの? なんか、変な呪いとかかけられないだろうな?
いや、そもそも説明が必要なのはそっちじゃない!」
おや、とプランはルファスの意外な反応に予想と違うなと思った。
普段の彼女ならば、ミスリルに飛びついてくるだろうに、どうにも今の彼女は警戒心の方が強いらしい。
なのでプランは【錬成】できめ細かな布を作り出してミスリルを磨く。
すると瞬く間に原石は美しく輝きだす。
何の加工もされていないというのに、現時点で既にミスリルはルファスを魅了する美しさを放っていた。
少しだけ少女の警戒が弱まる。
小さな指が何度も開閉を繰り返した。
触りたい。
危険かもしれないけど、触りたいというルファスの心の声が聞こえてくるようだった。
「本当に、大丈夫なんだろうな? 触れたら爆発とかしないと誓えるか?」
「問題ないよ。磨くときに自分も触ったじゃないか」
警戒心をむき出しにしながらルファスはゆっくり、ゆっくり、ナメクジよりも遅い速度で腕をミスリルに伸ばす。
人差し指の先で、2回ほど「ちょん」と突いて何の問題もないと確認。
「冷たい……」
「ミスリルは鋼よりも硬く、それでいてある程度の柔軟性も兼ね備えている非常に優れた金属なんだ。
コレで作られた鎧を着る事が出来れば、所有者はあらゆる戦場から生還できると言われる程に優れた武具の材料にもなる」
「……どうやって作ったの?」
少女の探るような視線にプランはいつも通りの微笑みを浮かべて言った。
「秘密」
「……ケチ!」
少女の拗ねた声が部屋に響き渡った。
「…………」
薄く翡翠色に輝く刃を少女はじっと見つめていた。
光を反射し、ミスリルは神秘的に輝いている。
にやつきそうになるのをルファスは必死に抑え込んでいた。
プランがミスリルを加工して作ったのはショート・ソードと呼ばれる刃渡り55センチ程度の武器である。
当初ルファスはもっと長い剣を希望したのだが、取り回しの観点から見て、この大きさが最も使いやすいのだと説得され納得した結果だ。
曰く“狭い場所ではロングソードは振り回せないよ”や“この位の長さならば戦闘以外でもあらゆる場面で役に立つ”らしい。
実際、戦いが起こる場所がいつも何の障害物もない平地とは限らないと言われればルファスもその言葉に頷くしかなかった。
「私の武器……」
赤い瞳に焼き付けるように刀身の輝きを映し込みつつルファスは呟く。
そしてこのリュケイオンで過ごした一年を振り返った。
たった1年でレベル3でしかなかった自分は60まであがった。
プランによって、自分は強くしてもらっているという自覚はある。
そこだけは感謝してもいいと彼女は思っていた。
だが……まだまだ、足りない。
世間一般で言えば、自分はもう“強者”と分類される立ち位置だ。
だけど彼女は全然、全く、満足を覚えていない。
この程度のレベルなど、彼女からすれば雑魚でしかない。
「強くなる。私は強くなる。
もっともっと、強くなる。誰よりも……」
刀身に映った自分の顔に言い聞かせる。
少しだけ鈍った己の中の怒りに燃料をくべる。
故郷で受けた仕打ちを反芻する。父が自分にしたことを再生する。
誰も彼も諦めて理不尽に立ち向かおうとしない不甲斐ないリュケイオンの奴らの顔を思い出す。
怒りと憎悪を強める。世界に対する憤怒を増させる。
まるで自分に呪をかけるようにルファスは「強くなる」と連呼し続けた。
最後に「いつかプラン・アリストテレスを殺す」と述べた。
しかしふと彼女は思った。
もしも自分がプランを殺したら……そうしたら、きっともう誕生日を………。
少女は壁にかけられたチェーン・メイルを見た。
武器を作成した際、余ったミスリルで作られた鎧だ。
街の外に出るときは絶対に着るようにと念を押された逸品である。
ディノレックスの時もそうだが、プランは基本的にルファスの命を最優先で考えてくれている。
まるで■親が■を心配するように、ルファスを気にかけ続けてくれる。
ぶんぶんと頭を彼女は振った。
弱い考えを追い出す。やるといったらやるのだと自分に暗示をかけていく。
「強くなる、強くなる……強くなって、誰も彼も見返してやる……」
いまだ憎悪は消えず。
どれだけ主人公の力を盛っても許される原作ルファス様の圧倒的パワー。
追伸
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。